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横浜地方裁判所 昭和56年(ヨ)1057号 判決 1982年7月19日

債権者

呉桂顕

外九六名

右債権者ら訴訟代理人

宇野峰雪

鵜飼良昭

柿内義明

野村和造

三野研太郎

山本傅

債務者

横浜華僑総会

右代表者会長

呉笑安

外四〇名

右債務者ら訴訟代理人

荒井道三

池田晴美

渡辺一成

主文

債権者らの申請をいずれも却下する。

申請費用は債権者らの負担とする。

事実《省略》

理由

一債務者総会が権利能力なき社団であり、その定款において会員資格を「日本国神奈川県下に居留する自由華人にして本会の目的並びに任務に賛成する者で、会員二名の紹介により理監事聯席会議の承認を得た者」に限定し、かつ右にいう自由華人の範囲を、中華民国籍を有し日本に居留する者、中華民国籍より無国籍に変更し日本に居留する者、中華民国籍より外国籍に帰化した者及びその子孫で日本に居留する者をいう、と定めていること、債務者らが債務者総会の昭和五六年六月二四日会員代表大会において理事、監事に選出され、かつ理事の互選によつて会長、副会長に選任されたものであること、債務者総会が債権者らの会員たることを否定し、債権者らを右役員選任手続に関与させなかつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二そこで債権者らが債務者総会の会員であるか否かについて検討する。

1  第二次大戦後日本に在留する中国人(以下「華僑」という。)は、日本各地において荒廃した生活の復興、相互扶助、福利厚生等を目的とし、華僑連合会または華僑総会と称する団体を設立し、神奈川県下に在住する華僑も昭和二一年頃横浜華僑連合会または横浜華僑総会と称する団体を設立したことは、当事者間に争いがない(設立当初の名称が横浜華僑連合会であるかまたは横浜華僑総会であるかにつき争いがあるが、遅くとも昭和二六年頃には横浜華僑総会と称していたことは争いがない。以下単に「横浜華僑総会」という。)。

ところで右横浜華僑総会の組織、就中会員資格の点については、本件全疎明資料によるも必ずしも明らかではない。債権者らは、神奈川県下に在住し中国籍を有する者はすべて当然に会員となる旨主張し、これに対し債務者総会及び債務者らは(昭和四六年以前においては)、同郷会その他の団体のみが会員資格を有し、華僑個人には会員資格がなかつたと主張しているところ、右いずれの主張についても、的確な疎明資料がない。

しかし<証拠>によれば、横浜華僑総会はもともと本国の出身地別に組織された団体である同郷会を母体とするもので、その後職業団体、居住地域の自治会、婦人会、校友会等の団体も加わり、これらの団体の推薦によつて役員を選任し、運営していたが、華僑個人も右各団体に加入することによつて同時に総会の会員になるとの意識を有していたこと、昭和二六年頃中華民国駐日代表団僑務処が指導し、日本各地の華僑総会の定款の模範となるべき統一章程が作成されたが、右章程には、僑務処に登録され華僑登記証を有する者は華僑総会の会員となる旨規定されていたことが疎明され、また<証拠>によれば、昭和二八年度の横浜華僑総会の役員選挙に当つて、中華民国留日僑民登記証を有する二〇才以上の者は、男女を問わず役員の選挙資格を有するとされていたことが疎明され、これらの事実から判断すると、横浜華僑総会において前記統一章程に則つた定款が制定されたことの十分な疎明はないが(<反証判断略>)、昭和二八年当時において、神奈川県に在住する華僑で中華民国駐日代表団僑務処より発行された僑民登記証によつて身分を証明する者は、横浜華僑総会の会員として取り扱われていたものと疎明されているということができる。

そうすると、債権者らに関しては、<証拠>により、神奈川県に居住し、中国籍を有することが疎明されていることだけでは不十分であるが、<証拠>により、中華民国駐日代表団僑務処発行の留日僑民登記証の交付を受けたことが疎明されている者については、横浜華僑総会の会員たることが疎明されているということができる。

2  次に<証拠>を総合すれば、およそ次の事実が疎明されている。

第二次大戦後中国本土において国共両党の対立抗争が再発し、次第に激化して内戦状態となるに及び、その影響は在日華僑に波及した。昭和二七年八月横浜市在住の華僑がその子弟を通学させている同市山下町の横浜中華学院に新しく校長として債務者王慶仁が任命され、着任するに当つて、同学院の一部の教職員及び父兄が新校長の排斥運動を行い、これが警察力によつて排除されると、右教職員及び父兄は同市山手町に新しく横浜山手中華学校と称する学校を開設し、ここに同市に在住する華僑は、その子弟を中華学院に通学させる者(右派)と山手中華学校に通学させる者(左派)とにわかれ、左右両派の対立があらわとなつた。右両派の対立は次第にその激しさを増し、昭和二八年度において一般華僑の投票による横浜華僑総会の役員選挙が行われ、その結果同総会の役員は右派系華僑によつて占められることになつたが、昭和二九年度以降においては、役員改選の僑民大会を開催することが不可能となり、更にその頃中華民国代表団の指導を受けた同総会の役員が華僑に対し、反共声明を出すこと或いは山手中華学校に通学している子弟を同校から退学させることを要求し、これを拒否する者に対しては、同総会の施設の利用その他の便宜の供与を拒否するようになつた。そこで左派系華僑は、昭和三五年自らの団結を強固にし、相互扶助、福利の増進をはかる目的で横浜華僑聯誼会を組織し、横浜華僑総会は事実上左右両派に分裂した。やがて国際情勢が中華人民共和国政府に有利に展開し、日本国政府も中華人民共和国政府を承認し、同国政府との間で国交回復の動きが顕著となるに及んで、中華民国政府を支持する華僑の間で急速に危機感が高まり、昭和四六年六月二八日横浜華僑総会の役員は神奈川県に在住する華僑のうち中華民国政府を支持する右派系のみに呼びかけ、僑民代表大会を開催し、同大会において役員改選を行うとともに、「日本国神奈川県下に居留する自由華僑を聯合して互助団結と親睦を図り、福利の増進、自治の強化並びに会員相互の連繋を実現し、居留する国の経済建設及び社会繁栄の推進に協力すること」を目的とし、会員資格を前記のとおり自由華人にして横浜華僑総会の役員の承認を得た者に限定した定款を採択し、右定款に則つて新たに各華僑の会員資格を審査し、会員名簿の作成に当つた(右定款のもとにあるのが債務者総会である。)。かくして左派系華僑は、定款の会員資格に関する規定のうえでも横浜華僑総会から排除されることになり、引続き前記横浜聯誼会によつて活動を進めていたが、昭和五〇年一一月横浜華僑総会正常化委員会をもうけて同総会の正常化(一体化)を訴え、更に昭和五一年五月左派系華僑のみによる僑民大会を開き、「日本国神奈川県下に在住する華僑(中国籍を有する者を指す。)の団結互助と親睦を図り、祖国中華人民共和国を熱愛し、華僑の正当な権益を擁護し、中日両国人民の友好の発展に寄与し、かつ財団法人中華会館の趣旨及び事業を承継すること」を目的とした定款を採択し、自らも横浜華僑総会と称するに至つた。現在左派系華僑は華僑総会の正常化(一体化)を呼びかけているが(本件仮処分申請も、右正常化運動の一環と思われる。)、右派系華僑は反共イデオロギーを堅持し、中華民国政府を支持しているのに対し、左派系華僑は中華人民共和国を中国の唯一の合法政府であるとし、中華民国政府支持者を將一味としてその追放を求めていることからみて、現状において両者の一体化を実現することは不可能と考えられる。

3 以上の疎明事実から判断すれば、戦後神奈川県に在住する華僑全員に開かれた社団として組織された横浜華僑総会は、中国本土の政治情勢を反映して左右両派にわかれて対立し、事実上の分裂状態となり、昭和四六年右派系華僑のみによつて開催された僑民大会において前記のとおり会員資格を制限した定款が採択されたことにより、法律上も分裂したものであつて、本件の債務者総会は、右分裂の結果右派系華僑によつて新たに組織された社団であると評価するのが相当である。そして債権者らが右定款に則つて債務者総会に加入し、会員となつたことの疎明はないから、債権者らは債務者総会の会員であるということはできないといわざるを得ない。

債権者らは、昭和四六年の僑民代表大会における定款の採択をもつて、従来の横浜華僑総会の定款の改正であるとの前提のもとに、右改正が会員大会ではなく、会員代表大会によるものであること、大会の開催に当つて債権者らに何らの通知がなされず、改正手続につき債権者らの関与が完全に排除されていること、右改正は実質的には債権者らを正当な手続によらないで横浜華僑総会から除名したものであることを理由として、右定款の改正を無効であると主張しているが、前記説示のとおり、右大会における定款の採択は従前の横浜華僑総会の分裂による新たな社団の設立と解せられるので、債権者らの主張は、その前提を欠くものであつて失当である。

三以上のとおり、債権者らが債務者総会の会員であることにつき疎明がない以上、その余の点につき判断するまでもなく、債務者総会の役員の職務執行停止、職務代行者選任を求める本件仮処分申請は不適法であり、疎明にかわる保証をもつて右申請を認容することも不相当である。

よつて本件仮処分申請を却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(後藤文彦 小林亘 小林昭彦)

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