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横浜地方裁判所 昭和55年(ソ)2号 決定 1980年11月14日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

二本件記録とくに、藤沢簡易裁判所昭和五五年五月三〇日受付の「異議申立書」と題する書面によれば、抗告人は、抗告人が被告であつた同簡易裁判所昭和五二年(ハ)第七二号貸金請求事件の第九回口頭弁論調書(期日昭和五三年五月三一日のもの)の一部たる原告本人調書中に一部記載漏れがあるとし、このことを同事件がその控訴審(横浜地方裁判所昭和五三年(レ)第六三号事件)に係属した後に発見したとして、原審に対し、同調書の補充的更正を求めているものであること、同調書につき民訴法一四六条所定の読聞け、閲覧の行われた形跡のないことが明らかである。

したがつて、抗告人は、原審に対し民訴法一四六条の異議、すなわち、申立により法廷において関係人に調書を読聞かせ、又は閲覧せしめた後に述べられた調書の記載に対する異議を申立てているのではないとみるべきであるから、抗告人の本件申立を同条所定の異議の申立と即断し、これを前提として本件申立を判断した原決定の理由は当をえたものではない。

三ところで、一般に、訴訟当事者に当該訴訟事件の口頭弁論調書についての更正の申立権があるか否か、特に本件におけるように、違算、書損等の明白な誤謬のある場合でないのに当事者に口頭弁論調書についての更正の申立権があるか否かに関しては(因に、調書に明白な誤謬のある場合には、訴訟手続の安定を害する虞はないし、立会書記官、審理裁判官の記憶の問題を顧慮する必要もないから、申立につき時期的制限をつけることなく常に当事者に調書についての更正の申立権を認めて差支えなく、その申立については一般に民訴法二〇六条に従い処理すれば足り、ただ、右調書が確定判決と同一の効力を有する和解調書、認諾調書等であるときは、特別に判決の場合に準じ、同法一九四条を類推適用して処理すれば足りる、と解せられる。)民訴法は直接の規定を設けていないので、解釈によつてこれを決するほかはないところ、調書に常に全く誤りのないことは期し難いことであるし、また当事者の権利擁護の必要を軽視することもできないから、明白な誤謬のある場合でなくても、当事者に口頭弁論調書についての更正の申立権を認めるのが相当である。

四しかしながら、右の更正の申立権を時期的に無制限に、又は長期間認めることは、段階的に行われる訴訟手続の安定を害し、同手続に対する関係人の信頼を損うので、相当でなく、これらの点に、日時の経過とともに当該訴訟事件の当該期日における審理裁判官、立会書記官の記憶が薄れる点、右裁判官、書記官の転官、転職等の可能性(明白な誤謬がある場合と異り、右裁判官、書記官は同一の官職にある場合にかぎり右申立に基づく更正をなしうるものと解される。)、その他調書作成事務処理の実情を考え合わせ、かつ、当事者の権利擁護の要請とを比較考量し、結局、当事者は当該事件の調書が完成された後、同事件が上訴により移審し、かつ、これに伴い同事件の記録が上訴審へ送付されるまで(同事件の判決が確定した場合であればその確定のときまで)の間にかぎり、右申立権を行使することができ、その後は右申立権を失う、と解するのが相当である(尤も、右裁判官、書記官が職権でなす右のような調書の更正はいつまで可能かという職権による調書の更正の時期的制限の問題については別論であり、また、当事者が右の職権の発動を促す趣旨でなす調書の更正申立に関する時期的制限の問題についてももとより別論である。)。

五そこで、本件について検討するに、本件記録(本件更正が申立てられている事件記録を含む)によれば、抗告人が更正を求める前記貸金請求事件の第九回口頭弁論調書(昭和五三年五月三一日の期日のもの)は、遅くとも第一〇回口頭弁論期日である昭和五三年七月一二日までには完成したと推認できるところ、同記録によると、原審により同事件の判決が同年九月一八日に言渡され、抗告人(同事件被告)が同年九月二六日に原審に控訴状を提出したこと、右控訴に伴い、原審が同事件記録を控訴審に送付した日が、同年一〇月一三日であること、抗告人が、原審に対し、本件更正の申立をなした日が昭和五五年五月三〇日であること、以上が認められる。

六以上によれば、抗告人の本件調書の更正の申立は、その申立権が失われた後になされたことが明らかであるから、不適法として却下を免れないものであり、これと結論において同趣旨の原決定は結局相当である。

よつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとして主文のとおり決定する。

(海老塚和衛 菅原敏彦 氣賀澤耕一)

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