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横浜地方裁判所 昭和50年(ワ)1752号 判決 1977年2月15日

原告 石川勝夫

同 石川キヨミ

右両名訴訟代理人弁護士 坂根徳博

被告 東京急行電鉄株式会社

右代表者代表取締役 五島昇

右訴訟代理人弁護士 田中登

主文

被告は、原告らに対し、各金五二九万七五九三円及びこれに対する昭和五一年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、原告らに対し、各金九〇〇万円及びこれに対する昭和五一年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求をすべて棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  左のとおりの交通事故(以下、本件事故という。)が発生した。

1 発生年月日  昭和五〇年六月一四日午後四時四五分頃

2 発生場所  横浜市鶴見区鶴見町五一六番地先路上

3 加害車  営業用大型乗合自動車(品川二う八六四号)

運転者  訴外安田芳郎(以下、安田という。)

4 被害者  訴外石川英雄(以下、英雄という。)

5 態様  前記番地先の信号機が設置され横断歩道の設けられた十字路交差点(以下、本件交差点という。)において、青信号に従い横断歩道上を子供用自転車に乗って進行中の英雄と、その進行方向と同一の進行方向で青信号に従い交差点内に進入した後左折して横断歩道にさしかかった加害車左前部とが接触した。

(二)  被告は、加害車を業務用に使用し自己のために運行の用に供していた。

(三)  英雄は、右(一)の接触により、路上に転倒し、加害車に胸腹部を轢過されて、内臓破裂のため即死した。

(四)  英雄の死亡により、英雄は次のとおりの損害を蒙った。

1 逸失利益    金一六〇六万円

イ 英雄は、昭和四四年一一月生まれで、本件事故当時五歳であったが、一二年一〇か月後に高等学校を卒業してから六七歳に達するまで、勤労により通常の収入を得られたのに、本件事故の結果これを失った。

ロ しかし、死亡により、右高等学校卒業までの養育費として一か月金五万円の割合による支出及びその後六七歳に達するまで収入の五割の割合による生活費の支出を免れた。

ハ 昭和四九年度の高等学校卒業の全男子労働者の平均賃金は年間金一九五万三〇〇〇円であり、これがその後昭和五〇年度に一三・一パーセント、昭和五一年度に八・八パーセント上昇した。

ニ そして、将来生ずべき利益の現在の価値を求める方式としては、複式ホフマン方式によらなければならないから、以上により英雄の逸失利益を求めると、別紙計算表1のとおり、金一六〇万円を下らないことになる。

2 慰藉料      金四〇〇万円

英雄が本件事故による死亡のため蒙った精神的苦痛を慰藉するには、金四〇〇万円を下ることができない。

(五)  原告らは、それぞれ英雄の父及び母であり、英雄の権利義務を各二分の一の割合で相続により承継した。

(六)  英雄の死亡により、原告らは次のとおりの損害を蒙った。

1 慰藉料     各金三〇〇万円

英雄の死亡により、いずれも本件事故当時三〇歳であった原告石川勝夫と二九歳であった原告石川キヨミは、それから先の生涯にわたり、英雄のいない寂しい毎日を送っていくことになり、その蒙った精神的苦痛を慰藉するには、各金三〇〇万円を下ることができない。仮に右(四)の2の死者英雄本人の慰藉料相続分の請求が認められない場合には、原告らの蒙った精神的苦痛を慰藉するには、各金五〇〇万円を下ることができない。

2 葬儀費用     各金一五万円

本件事故により、原告らは、英雄の葬儀費用として、昭和五一年三月までに、各金一五万円の支出を余儀なくされ、同額の損害を蒙った。

3 弁護士費用    各金八二万円

本件事故により、原告らは、本件訴訟の提起追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、それぞれ相当額の報酬を支払うことを余儀なくされたが、その内各金八二万円が、本件事故と因果関係があり被告に対し賠償を請求しうる損害である。

(七)  原告らは、現在までに、本件事故につき、自動車損害賠償責任保険金(以下、自賠責保険金という。)として、各金五〇〇万円を受領した。

(八)  よって、原告らは、被告に対し、本件事故による損害賠償として、自動車損害賠償保険法(以下、自賠法という。)三条本文に基づき、それぞれ右(四)の1、2の金員の二分の一と(六)の金員との合計金一四〇〇万円から(七)の金五〇〇万円を差引いた各金九〇〇万円及びこれに対する本件事故の後であり本件損害の現価基準日である昭和五一年四月一日から完済に至るまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  (一)ないし(三)、(五)及び(七)の事実は認める。

(二)  (四)の1の事実につき、イ及びハの内昭和四九年度の高等学校卒業の全男子労働者の平均賃金が原告主張のとおりである事実は認め、その余は争う。現価計算の方式は、複式ライプニッツ方式が相当である。

(三)  (四)の2並びに(六)の1及び3の事実はいずれも争う。(六)の2の事実は知らない。

三  被告の主張

(一)  過失相殺

1 本件交差点は、鶴見駅方面から市場町方面へ通ずる車道幅員約九メートルでその両側に幅員各約二・八メートルの歩道を有する舗装された市道と、第一国道方面から地下道方面へ通ずる車道幅員約一五・六メートルでその両側に幅員各約三・二メートルの歩道を有する舗装された県道鶴見溝の口線とが交差する信号機の設置された十字型交差点である。本件事故当時は、天候は晴で路面は乾燥し、信号機も正常に作動しており、交通量は人車とも中程度であった。

2 安田は、加害車を運転し鶴見駅方面から市道を進行し本件交差点にさしかかった際、本件交差点を左折して県道を地下道方面へ進行しようとしたが、対面信号が赤であったため左折の合図をしたまま本件交差点手前で一時停止した後、青信号に従い本件交差点に入り、左方の安全を確認したところ、県道上地下道方面寄りに設置されている横断歩道(以下、本件横断歩道という。)上には県道中央付近を市場町方面へ向かう二人の歩行者があるのみで他に歩行者はなく加害車の進行に支障がなかったため、左転把して左折体勢に入り、対向右折車の動静に注意して進行し本件横断歩道にさしかかった。ところが子供用自転車に乗った英雄が、加害車が本件横断歩道にさしかかっているにもかかわらず、これとの安全を確認せず、うつむいたまま、鶴見駅側の歩道から本件横断歩道に進入したため、安田は加害車左前部を右自転車に衝突させ、転倒した英雄を左前輪で轢過したものである。安田は、前記のとおり、本件横断歩道上及びその付近の安全を確認し加害車の速度と通常の歩行者の歩行速度からして左側に危険はないと判断して左折体勢に入り、たまたま対向右折車があったのでその動静に注意を向けていたため、幼児で身体が小さく、通常の歩行速度より速い自転車の速度で進入した英雄が安田から死角に入ったこともあって、本件事故発生に至るまで英雄を発見できず、加害車が本件横断歩道上を通過しつつあるとき加害車左前部付近でガチャンという衝突音を聞き、次いで加害車左前輪が障害物に乗り上げる衝撃を感じて事故に気づき、急制動をかけて急停止し、加害車から降りて初めて本件事故発生を知ったものである。

3 英雄は本件事故当時五歳七か月であるが幼稚園年長組に所属しており既に事理弁識能力を有するところ、同人には、道路交通法上自転車の通行が認められていない歩道及び本件横断歩道を通行し、かつ、加害車が本件横断歩道にさしかかっているのに、これとの安全を確認せず本件横断歩道に進入した過失がある。

4 仮に英雄に事理弁識能力がなかったとしても、親権者である原告両名は、英雄を七歳の姉と共に自宅に残したまま外出し、英雄を無断かつ単独で自宅から約八〇〇メートル離れた本件事故現場に至らせた点に監護上の過失がある。

5 従って、被害者側の右過失を賠償額算定につき斟酌すべきである。

(二)  弁護士費用について

被告は、本件訴訟の提起前に、原告らに対し、自賠責保険金を含み金一七五〇万円の賠償をする旨提示したから、原告らの負担した弁護士費用は、本件事故と因果関係のある損害ではない。

四  被告の主張に対する認否

(一)  (一)1の内、交通量が人車とも中程度であった事実は否認し、その余の事実は認める。同2の内、安田が左方の安全を確認したとき本件横断歩道上に二人以外の歩行者がなく、加害車の進行に支障がなかったこと、英雄が、加害車が本件横断歩道にさしかかっているとき、加害車との安全を確認せずうつむいたまま本件横断歩道に進入したこと、安田が左側に危険がないと判断したこと及び英雄が幼児で身体が小さく自転車で進入したため安田から死角に入ったとの事実は否認し、その余の事実は認める。同3の内、英雄が五歳七か月で幼稚園年長組に所属していたこと及び道路交通法上本件横断歩道は自転車の通行が許されない事実は認め、その余の事実は否認する。同4の内、原告両名が親権者であること、英雄を七歳の姉と共に自宅に残して外出した事実は認め、監護上の過失があったとの主張は争う。

(二)  (二)の事実は否認する。被告の最終の提示額は金一四六五万円を越えなかった。

第三証拠《省略》

理由

第一本件事故の発生及び被告の責任原因

請求原因(一)ないし(三)及び(五)の事実についてはいずれも当事者間に争いがない。以上の事実によれば、被告は、原告らに対し、自賠法三条本文により、英雄の死亡の結果英雄及び原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

第二過失相殺

一  請求原因(一)の5及び本件事故当時の交通量の点を除く被告の主張(一)の1の事実はいずれも当事者間に争いがない。右の事実に《証拠省略》を合せると次の事実を認めることができる。右認定を覆すに足りる証拠はない。

本件交差点付近は、見通しがよく路面は平坦であり、本件交差点には各方向に通ずる道路に横断歩道が設置されており、本件事故当時、交通量は人車とも普通であった。安田は、加害車を運転し鶴見駅方面から市道を進行し本件交差点にさしかかった際、本件交差点を左折して県道を地下道方面へ進行しようとしたが、対面信号が赤であったため左折の合図をしたまま本件交差点手前で一時停止した後、青信号に従い本件交差点に入り、鶴見駅方面に向かう道路に設けられた横断歩道上を過ぎた付近で左方の本件横断歩道上には県道中央付近を市場町方面へ向かう二人の歩行者以外に歩行者がないことを確認した後、時速五キロメートル以下の速度で左折を開始したが、その後は対向右折車の動静に注意し、左方の確認をしなかった(左方確認時の加害車の位置、二人以外の歩行者がなかった事実及び左折開始時の速度のほかの事実は当事者間に争いがない。)。そして加害車が時速約七キロメートルにまで加速し、その左前部が本件横断歩道上にさしかかろうとする頃、英雄が、ハンドルの高さ八〇センチメートル、車輪直径四〇センチメートルで側車の付いていない機械式ブレーキを備えた子供用自転車を走行させて鶴見駅方面の歩道から市場町方面へ向かい本件横断歩道に進入してきた(英雄が、子供用自転車を走行させて本件横断歩道に進入した事実及びその進入の方向については当事者間に争いがない。)。その際、英雄は、下を向くような姿勢であり、やや安定を欠いて左方に方向を変えるかに見えたがそのまま進行し、本件横断歩道上の地下道方面寄りで、加害車の左前部と衝突した(英雄が、加害車左前部と衝突した事実は当事者間に争いがない。)。安田は、その衝突音を聞いたが、そのまま約四・三メートル進行しそこで転倒した英雄を加害車左前輪で轢過し、障害物に乗り上げる衝撃で事故の発生を知り急制動をかけ、衝撃を感じた地点から約四・八メートル進行して加害車を停止させた(距離関係の数字を除く事実は当事者間に争いがない。)。

二  右認定の英雄の自転車は、大人用の自転車に比し遅いとはいえ歩行者より格段に速い速度をもち、かつ惰力で進行するから、人車等に衡突するときは歩行者が惹起する危険とは質的に異なる危険を他の歩行者及び右自転車運転者自体に生じさせうるものであり、これを防止するため機械式ブレーキを備えるものである。従って、右自転車は道路交通法二条一項一一号及び同条三項一号に定める小児用の車にはあたらず、軽車両として扱うべきものであって、道路交通法規上横断歩道上を通行することを認められていないものというほかない。これは、単に右自転車の危険に着眼した横断歩行者の安全確保のための規制ではなく、右自転車の速度及び一定の速度以下の低速で走行するときは安全性を欠くという性質に着眼した自転車走行者の安全確保のための規制でもある。そうすると、英雄が、右自転車を走行して本件横断歩道に進入したこと自体、本件事故に関する英雄の不注意と評価すべきことになる。また、右認定の進入の際の英雄の体勢と加害車の不注視も、本件事故に関する英雄の不注意となる。さらに、英雄が、本件事故当時五歳で幼稚園年長組に所属していた事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、英雄は家庭において一応の交通安全の知識を与えられており、かつ、幼稚園においてもよくその指導教育に従う子供であった事実が認められ、以上の事実に照らせば、英雄には、道路において安全に自転車を走行させるに必要な注意をする能力があり、右程度の不注意を避けえたことが明らかである。

三  しかし、他方で、右認定の安田の運転方法に見られる左方不注視の過失は大きく、さらに衝突音を聞いた後の対応にも極めて遺憾なものがある。これらの諸点に英雄が幼児であることを合わせ考えれば、英雄の不注意と安田の過失との割合は、五対九五とするのが相当である。なお、英雄の右不注意は、公平の原則に照らし原告ら固有の損害賠償額を算定するに当っても同じ割合で考慮される。従って、原告らは、本件事故の結果英雄及び原告らの蒙った全損害中弁護士費用を控除した部分の九五パーセント及び本件事故と因果関係のある弁護士費用の填補を請求することができ、残余の五パーセントは英雄の不注意により生じた部分として甘受すべきことになる。

第三損害

一  そこで、英雄の死亡の結果英雄及び原告らに生じた損害の金額につき判断することになるが、まず、英雄に生じ、前記第一のとおり当事者間に争いのない請求原因(五)の事実により原告らが各二分の一の割合で相続により賠償請求権を承継したことになる損害につき判断する。

(一)  逸失利益 各金五八五万五〇九三円

1 英雄が、昭和四四年一一月生まれで、本件事故当時五歳七か月であった事実及び一二年一〇か月後に高等学校を卒業してから六七歳に達するまで、勤労により通常の収入を得られたのに本件事故の結果これを失った事実については、当事者間に争いがない。

2 ところで、交通事故により被害者が得べかりし利益を失った場合としては、休業等により得たであろう収入を現実に得られなかった場合と、労働能力の全部又は一部を失ったことにより将来得るであろう収入を得られなくなった場合とがあり、後者の場合には、失ったのは労働能力であり、これを金銭的に評価する方法として、その労働能力が将来どの程度の収入を生ずるかを検討するのである。従って、被害者がいまだ現実に稼働を開始していない者である場合には、その失った労働能力の評価は、一般的抽象的な形でなさざるを得ない。その場合、平均的勤労者の得るであろう収入が一つの資料にはなるが、もとの資料に相当のばらつきのあることが十分予想されるのであると同時に、被害者が平均的勤労者になるであろうという蓋然性は一般には存しない。平均的勤労者の収入は、あくまで、右一般的抽象的評価の一つの資料に過ぎない。そして、人は一五歳で法律上(労働基準法五六条一項)他人に雇傭されて労働できるようになり、また一般に知能体力からみても中学校卒業後直ちに経済上評価しうる労働をなしうるところ、中学校卒業後直ちに稼働を開始する場合の方が、後記計算方法に従えば、高等学校卒業後稼働を開始する場合よりも、得べかりし利益が大きくなることは統計及び計算上明らかであるから、右のように労働能力につき一般的抽象的な金銭評価をする場合には、平均的労働者が中卒と高卒のいずれであるかを問わずに、被害者が中学校卒業後直ちに稼働を開始するとして、統計を用いて計算を行うのが相当である。仮にその被害者が現実には高等学校あるいは大学に進学する蓋然性が高くても、それは、彼が労働能力につき金銭的評価以外の側面を重視したからにほかならないのであって、労働能力を単に金銭的にのみ評価する場合には、そのような蓋然性は右評価と関連させるべきではない。

3 被害者が幼児である場合には、稼働を開始するに至るまで養育費の支出を要する。これは、その労働能力の完成のための費用であるから、その労働能力の金銭的評価に際しては、その労働能力が将来生ずるであろう収入から右費用を差し引かなければならない。しかし、この場合にも、労働能力完成のための費用の範囲内でのみ養育費を差し引くのであり、日常の生活のための費用が全て労働能力完成のための費用ではないから、稼働開始に至るまで父母にどの程度の出費があるかを具体的に検討することは当を得ず、これも一般的抽象的に考察せざるをえない。その場合、労働能力完成が相当程度公的社会的負担によって行われており、右費用として差し引かれるのは私的負担のみであるから、これらの諸点に鑑みれば、右費用としては、一か月当り金一万円が相当である。

4 将来得べかりし利益を失った損害額の現在価額を計算する方式には種々な方式があり、一般に複式ホフマン方式と複式ライプニッツ方式が採用されているが、貨幣資本の元本の利殖、運用が複利法の計算によって行われていることは公知であるから、右方式としては、複式ライプニッツ方式を採用するのが相当である。この点につき、原告ら代理人は、価幣価値の下落の趨勢等を根拠に、より真実にせまる方式として複式ホフマン方式によるべきであることを強調するが、将来における価幣価値の下落が、物価及び賃金の過去の動向から、相当の確実性をもって予測されるとしても、そのこと自体は、労働能力の現在の金銭的評価と直接関連せず、さらに、本件においては、稼働可能年数が非常に長期にわたるのであるから、これらの諸点に照らせば、原告ら代理人の右主張を採用することはできない。

5 労働省が昭和五〇年に実施した賃金構造基本統計調査(以下、賃金センサスという。)によれば、中学校卒業の男子労働者の全年令を通じた賃金の平均は、きまって支給する現金給与額が一か月当り金一四万二四〇〇円、年間賞与その他特別給与額が金四五万五一〇〇円であって、年間の収入は金二一六万三九〇〇円となる。右事実は公知である。ところで、過去に喪失した労働能力の金銭的評価をする場合には、近時の物価と賃金の上昇が著しいことが公知である事実に鑑みれば、現実にその評価に従って損害賠償義務が履行される時点に最も近い時点における資料に基づいて右評価をし、これを事故発生の時点において、発生した損害とすべきである。そして、昭和五一年に勤労者の賃金水準が平均八・八パーセント上昇したことも又公知である。

6 英雄が稼働開始後得るであろう収入中、英雄の生活費に充てられる部分は、その五割とするのが相当である。

7 以上の資料により英雄の逸失利益を計算すると、別紙計算表2のとおり、金一二三二万六五一三円を下らないことになる。なお、ライプニッツ係数は、稼働期間につき英雄が六七歳になる年を除く六一年の、稼働開始までの期間につき英雄が中学校を卒業するであろう年を含む一〇年のものをそれぞれ採用する。従って、厳密には稼働期間は右よりやや長期に、稼働可能までの期間は右よりやや短期になるが、この点の厳密性をこれ以上追求することは前記2に説示の逸失利益算定の性格上無意味であるし、これを追求すべき資料もない。そこで、挙証責任の原則により、細部の誤差を原告らに不利に解決すべく、右の数値を採用するのが相当である。そして、これにつき、前記第二に説示の英雄の過失を考慮すると、英雄は、本件事故の結果、被告に対し、逸失利益として金一一七一万〇一八七円の填補を請求できることになり、原告らは、その各二分の一である各金五八五万五〇九三円を前記相続により取得したことになる。なお、右2の説示につき、念のため高等学校卒業後稼働を開始する場合の逸失利益を示せば、別紙計算表3のとおりである。

(二)  慰藉料 なし

原告らは、英雄が、本件事故の結果即死したことにより被告に対し慰藉料請求権を取得し、これを原告らが相続により承継取得したと主張する。しかし、交通事故において被害者が即死した場合には、慰藉されるべき主体はその場で失なわれるから、被害者自身において慰藉料請求権を取得することは考えにくいのみならず、仮に被害者が致命傷を受けたことによって蒙った精神的苦痛に対する慰藉料請求権が発生し、かつ、これがその被害者に帰属することが認められるとしても、精神的苦痛というものは、その性格上、当該人格に固有の極めて主観的色彩の強い損害というべきであり、その賠償のための慰藉料請求権も、通常の金銭債権とは異なり、それ自体高度に個性的、人格的、主観的色彩の濃い権利として、被害者の一身に専属する性格を帯びたものといわざるをえない。従って、これは、その個人的、主観的色彩が褪せて通常の金銭債権と同視しうるほどに客観化したと認められるような特別の事情がある場合のほかは、相続の対象にはならないと解される。本件においては、右のような特段の事情を窺うべき証拠はない。そうすると、本件においては、遺族である原告らの固有の権利である慰藉料請求権の金額の算定にあたって、原告らの蒙った精神的苦痛として、被害者即死の状況その他を考慮するほか、英雄自身が取得し原告らが相続した慰藉料請求権はないものとするほかない。

二  次に、原告らに固有に生じた損害の金額につき判断する。

(一)  慰藉料      各金四〇〇万円

前記のとおりいずれも当事者間に争いのない英雄と原告らの身分関係、英雄の即死の状況を含む本件事故の態様その他本件にあらわれた一切の事情を総合勘案すれば、原告らが本件事故による英雄の死亡の結果蒙った精神的苦痛を現在慰藉するには、前記第二に説示の英雄の過失を考慮しなければ、各金四〇〇万円が相当である。

(二)  葬儀費用     各金一五万円

弁論の全趣旨によれば、原告らが英雄の葬儀を行った事実を認めることができる。さらに、右葬儀のための費用は、本件事故と因果関係のある損害と解されるところ、これが金三〇万円を下らないことは経験則上明らかである。そして、その負担につき特段の主張・立証のない本件においては、右費用は、原告らが平分で負担したと解するほかない。従って、原告らは、本件事故の結果、右と同額の損害を蒙ったことになる。

三  そこで、原告らは、後記五の弁護士費用を除き、右二の合計として各金四一五万円の固有の損害を蒙ったことになるが、これにつき、前記第二に説示の英雄の過失を考慮すると、原告らが被告に対し填補を請求しうるのは、各金三九四万二五〇〇円となる。

四  そこで、原告らは、後記五の弁護士費用を除き、右一ないし三に説示のとおり、被告に対し、英雄からの相続分と固有分の合計として各金九七九万七五九三円の填補を請求しうることとなるが、請求原因(七)の事実については当事者間に争いがないから、結局、原告らは、後記五の弁護士費用を除き、被告に対し、右金員から自賠責保険金として受領した各金五〇〇万円を差し引いた各金四七九万七五九三円の賠償を請求しうることとなる。

五  《証拠省略》によれば、原告らが、本件訴訟の提起追行を、弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、報酬としてそれぞれ弁護士費用を除く認容額の一五パーセントを支払う旨を約した事実を認めることができる。被告は、本件訴訟提起前に原告らに対し自賠責保険金を含み金一七五〇万円の賠償をする旨提示したと主張して、右弁護士費用と本件事故との因果関係を争うが、右弁護士費用を除く認容額が右提示額を超過することは明らかであるから、右主張事実の存否を問うまでもなく、右弁護士費用は、被告が任意の弁済に応じないために原告らに生じた負担と解さざるをえず、これも又、本件事故と因果関係のある損害と解する。そして、本件訴訟の経緯及び認容額に照らせば、右の内各金五〇万円を本件事故と相当因果関係があり原告らが被告に対し損害として賠償を請求しうる金額とするのが相当である。

第四結論

以上の次第で、原告らは、被告に対し、それぞれ前記第三の四及び五の合計金五二九万七五九三円及びこれに対する本件事故の後である昭和五一年四月一日から完済に至るまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払いを請求することができるから、原告らの本訴各請求をいずれもその限度で正当として認容し、その余はいずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高瀬秀雄 裁判官 江田五月 清水篤)

<以下省略>

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