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横浜地方裁判所 昭和49年(モ)267号 判決 1975年2月07日

債権者 京浜倉庫株式会社

右代表者代表取締役 大津正二

右訴訟代理人弁護士 原生

債務者 不動建設株式会社

右代表者代表取締役 庄野勝

右訴訟代理人弁護士 坂野滋

同 浜田俊郎

主文

債権者、債務者間の当庁昭和四九年(ヨ)第九二号不動産仮処分申請事件について当裁判所が同年二月八日にした仮処分決定を認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実および理由

第一当事者双方の申立

一  債権者

主文第一項同旨の判決を求める。

二  債務者

「1 主文掲記の仮処分決定(以下本件仮処分決定という。)を取消す。

2 債権者の本件仮処分命令申請を却下する。

3 訴訟費用は債権者の負担とする。」との判決ならびに第1項につき仮執行の宣言を求める。

第二当事者間に争いのない事実

(一)  債権者は倉庫業を営む会社であり、債務者は建設業を営む会社であるが、昭和四七年一〇月三一日、債権者は債務者に対し本件仮処分決定添付の物件目録記載の倉庫(以下本件倉庫という。)の建築工事を注文し、債務者は右工事を工事代金総額九億四五〇〇万円、支払方法契約成立時、中間、完成引渡時に各三〇パーセント、完成一年後一〇パーセント、工期同月から昭和四八年一〇月三一日までと定めて請負った。

(二)  債務者は昭和四七年一〇月右工事に着手したが、その後の工事の進行が当初の予定よりも遅れたため、債権者、債務者間の協議により、工事の完成した部分について債権者への引渡と債権者によるその占有使用を認めることになり、債務者は債権者に対し、昭和四八年一一月一日倉庫部分一階、同月八日事務室棟部分ならびに倉庫部分の各二、三階、同月二〇日事務室棟部分一階、同月二三日事務室棟部分五階をそれぞれ引渡した。

(三)  債権者は、前記工事代金に関する約定に従い、昭和四七年一〇月三一日第一回支払金として二億八三五〇万円を、同年一一月一三日右金員に対する九〇日分の利息として四七〇万六一〇〇円を、昭和四八年六月三〇日中間金として二億八三五〇万円をそれぞれ債務者に支払った。

(四)  債務者は、木材、生コンクリート、鉄材等の建設資材の価格ならびに労務費が異常に高騰したことを理由として、債権者に対して再三にわたり工事代金の増額変更を要求していたが、その後本件倉庫の四、五階部分の工事が完了し、倉庫として使用可能な状態となったところから、債権者がその引渡を求めたところ、債務者は、債権者が右工事代金増額変更に応じなければ引渡さない旨回答した。

(五)  債権者は、昭和四九年二月四日債務者に対し、工事完成引渡時に支払うべき工事代金二億八三五〇万円を提供して右四、五階部分の引渡を求めたが、債務者は右申入れを拒絶した。

(六)  債権者の本件仮処分命令申請に基づき、同年同月八日、本件倉庫の四、五階部分に対する債務者の占有を解いて横浜地方裁判所執行官の保管に付し、債権者に右部分の使用を許す旨の本件仮処分決定がなされ、同月九日その執行がなされた。

第三争点

一  被保全権利について

(債権者)

(一) 債務者は、本件においては本件工事請負契約書添付の四会連合協定工事請負契約約款(以下単に約款という。)二四条一項(d)、(e)に該当する客観的な社会経済上の情勢変動があり、債務者の一方的な意思表示によって工事代金が増額変更される旨主張するが、約款二四条二項によれば、「請負代金の変更をするときは、甲(注文者すなわち債権者)、乙(請負者すなわち債務者)、丙(監理技師すなわち申請外横河建築設計事務所―以下横河設計という。―)が協議してその金額を定める」ものとされており、また約款二九条には、「この契約について紛争を生じたときは、当事者の双方または一方から相手方の承認する第三者を選んで、これに紛争の解決を依頼するか、または建設業法による建設工事紛争審査会のあっせんまたは調停に付する。前項によって紛争解決の見込がないときは、建設業法による建設工事紛争審査会の仲裁に付する。」と定められているから、工事代金の変更は、右の協議、あっせん、調停または仲裁のいずれかの手続によって金額が確定したときに初めてその効果を生ずるものであって、単に請負人の一方的な増額請求があったからといって、直ちに工事代金が増額変更されるものではない。換言すれば、約款によって認められた請負代金の変更を求める権利は、形成権ではなく、請負代金の変更について協議、あっせん、調停または仲裁を求め得る請求権にすぎないのであるから、一方的な増額代金を要求して、建築請負の目的物たる本件倉庫四、五階部分の引渡との同時履行を主張することは許されない。

遺留分減殺請求権、借賃減額請求権(民法六〇九条)、建物買取請求権、造作買取請求権などは判例学説により形成権とされているが、これらはいずれも法律上認められた権利であり、かつ法文上「協議により定める」旨の規定がないのでこれを形成権とされているものであって、右の各権利と一般的契約条項にすぎない約款の規定とを同列に置くことは失当であり、元来注文者と請負人の合意によってのみ定まる工事契約の内容を一方当事者の意思表示によって変更せしめることは相手方当事者の意思に全くそぐわないことになる。また、もし債務者の主張するように約款二四条をもって請負人に形成権たる代金増額権を与えたものと解し、右権利の行使によって増額された代金についてまで同時履行の抗弁が認められるとするならば、注文者は事実上請負人の要求する金額を承認せざるを得なくなり、ひいては右増額要求が全く理由がない場合においても同様の結果となるのであって、協議、あっせん、調停および仲裁に関する約款の前記各条項は空文となるに至るのである。

(二) 債務者は、契約上定められた工期を遅延しながら、その間代金増額を再三にわたって請求し、これに対して債権者は、昭和四八年一〇月六日開催した協議会においても、債務者に対し速かに本件倉庫を使用可能な状態に完成して引渡して貰いたい旨懇請し、工事代金の増額については工事完成引渡後に信義則に則って協議すべき旨を再三にわたり回答してきた。しかるに債務者は、昭和四九年一月八日横河設計に対して工事代金増額および支払条件改訂の申入れをし、さらに同月一〇日増額内訳明細書を提出したので、横河設計としては、その内容を検討の上、同月二三日に内容説明と検討結果の説明会を開催する予定であったにもかかわらず、債務者は、横河設計に右の検討結果等を問い合わせることもしないまま、同月二二日それまで開放されていた本件倉庫四、五階部分に旋錠して、債権者の使用を拒否し、債権者および横河設計の再三の要請にも応じなかった。これは、債権者が早急に本件倉庫を使用する必要性に迫られていたことに乗じて、債務者の満足できる工事代金増額を一方的に債権者に承認させようとした強迫行為というべきである。

(三) 本件工事の追加工事代金は二九六六万二〇〇〇円、設計変更工事代金は二〇〇万円であって、合計三一六六万二〇〇〇円が当初の工事代金九億四五〇〇万円に付加されるべきところ、債務者は昭和四九年三月七日本件工事中第一七ないし二〇倉庫解体工事および右解体工事に伴う舗装工事、守衛室工事、以上合計三六一〇万円分の解約を申入れ、同月一九日債権者はこれを承諾したので、前記追加工事および変更工事の代金額を右工事解約分の代金額から差引いた四四三万八〇〇〇円が当初の工事代金額から差引かれるべきものであるから、結局工事代金総額は九億四〇五六万二〇〇〇円となった。

(債務者)

(一) 本件倉庫の工事については、施工着手直後より木材(主として型枠材)価格の暴騰、入手難という事態に直面したほか、引続き生コンクリート、鉄材等の入手難と大幅値上り、その他各種資材ならびに労務費の異常な高騰と労務者の確保困難という社会経済情勢の激変が生じた。右のような異常事態は本件請負契約締結当時全く予測し難かったところであり、請負業者にとっては、工事の施工について満足な進捗が得られないばかりでなく、進行の督励には多額の経費を要し、結局その使命である工事の完成につき誠実に努力すればするほど当初の契約代金を超過し、大幅な損失を覚悟せざるを得ないという未曽有の危機に直面した。

(二) 右のような事態は、約款二四条一項(d)の「工期内に予期することのできない異常の理由の発生にもとづく経済事情の激変などによって、請負代金が明らかに不適当であると認められるとき」および同項(e)の「工期が長期(別に期間を定めない限り、一年とする。)にわたるとき、その工期内に法令の変更、物価、賃金などの変動によって請負代金が明らかに不適当であると認められるとき」に該当し、請負代金を増額変更すべき場合であること、および約款二三条三項の「不可抗力その他正当な理由があるとき」に該当し、工期の変更を求め得べき場合にあたることが明らかである。

(三) そこで債務者は、昭和四八年三月以来再三にわたり、本件工事完成時には明らかに工事代金が当初の契約代金額を大幅に超過することを債権者に申し述べるとともに、採算を度外視した工事を強行してもなおかつ工期内における完成は困難である事情を債権者に説明してきた。

しかるに債権者は、約款二四条および二三条により工事代金の増額および工期変更の協議に応ずる義務があるにもかかわらず、同年一〇月六日開催された横河設計を含めた三者協議会において、工期について同年一二月二五日までの延長変更を認めたにとどまり、工事代金の増額については全く協議に応ぜず、その後も何ら明確な回答を示さなかった。

(四) ところで、わが国の建築工事請負契約においては、追加工事があった場合は勿論、その他工期が長期にわたる工事契約において契約時に到底予見し難い著しい客観的事情の変動があったときには、定額請負の場合といえども、当事者の一方が相手方に対して一方的に代金額その他の契約条件の変更を強要し得る商慣習が存在する。

約款二四条は工事代金の変更についてこの理を明らかにしたものである。すなわち、同条は第一項において「つぎの各号の一にあたるときは、当事者は、相手方に請負代金の変更を求めることができる。」旨明記し、(a)ないし(f)の六項目のいずれも客観的な代金変更を要すべき事由を列挙しており、これを受けて第二項において「請負代金の変更をするときは、甲、乙、丙が協議してその金額を定める。」と規定しているのである。

この規定の体裁をみると、法律の規定により形成権とされている地代借賃増減請求権(借地法一二条)や家賃増減請求権(借家法七条)の規定の体裁を踏襲したものであることが明白であるから、約款は、いわゆる「事情の変更」に基づく請負代金の変更に関する契約当事者の権利を形成権として把握し、同条一項(a)ないし(f)所定の客観的条件を充足する限り、当事者の一方的な意思表示によって直ちに代金変更の効果を発生させることとしていることは明らかである。同条第二項の「協議」は、具体的に右変更の妥当な範囲(金額)を定めるについて、まず監理技師を含めた契約当事者の協議によるべきことを注意的に規定したものにすぎず、請負代金変更の発生要件とは何ら関係がない。

換言すれば、債務者のなした工事代金変更請求は、約款二四条所定の要件を充足する限り、約定に基づく一種の形成権の行使であるから、協議の成立を待つまでもなく、請負代金は客観的に妥当な範囲で変更されているのであって、債権者の主張する協議、あっせん、調停、仲裁あるいは判決による金額の確定は、右形成権の行使によって既に発生し変更されたと主張する代金請求権について、その発生もしくは行使要件の充足の有無ならびにその請求額が客観的に妥当なりや否やを確認する手続にすぎない。

もし、債権者主張のように、協議が成立しない限り代金変更という法律効果が発生しないものとすれば、追加工事等による当然の代金増加分についても、協議が成立しない限り訴訟によってもその変更代金の支払を求めることが許されないことになり、協議に応じないことが如何に不当であっても相手方を救済する途がないことになって、その結果の不当なことは明らかである。

(五) 債務者がした客観的経済情勢の変動による代金増額請求額は二億六九六〇万五〇〇〇円の多額にのぼり、この他に債権者の注文による倉庫部分に関する追加工事六件分代金総額三〇四六万二〇〇〇円があって、それぞれその工事費見積が債権者に通知されているのであるから、協議の成立を待つまでもなく、前記形成権の行使によって、工事代金は客観的に妥当な範囲で変更されたというべきであり、それゆえ、債権者が右変更前の工事代金の提供をしても、それは債務の本旨に従った履行とは到底いえないのである。

(六) ところで、本来同時履行の抗弁権は、双務契約すなわち当事者双方がそれぞれ互に対価的かつ交換的意義を有する債務を負う場合において、双方の債務の履行の牽連性に着目して公平を期するものであるから、結局等価的な商品交換の実現を保障するための法的手段に外ならない。そして、等価的な商品交換という経済法則に奉仕するためのものである以上、この抗弁の許否にあたっては、両当事者間の給付と反対給付との実質的衡平をはかるという具体的、弾力的配慮こそが必要であり、それゆえ、いわゆる事情変更の原則あるいは信義誠実の原則に基づく配慮が不可欠となる。

そうとすれば、いわゆる事情変更にあたる客観的情勢の変化が存在する以上、金額の確定の有無はさておき、給付と反対給付のバランスが著しく崩れていることは明白であるから、当事者の一方が変更前の給付をしたからといっても、相手方はバランスの回復に至るまで反対給付を拒み得なければならない道理である。また、給付すべき金額の不確定がその当事者自らの不誠実な増額協議の拒否によって招来されているにもかかわらず、その当事者が金額の不確定を理由に従前の自己に有利な低額給付のみを行い、反対給付を求めた場合においては、信義誠実の原則に反する給付として、反対給付を拒み得べきものであろう。

(七) 債権者は、本件倉庫の引渡後でなければ、事情変更による工事代金増額要求についての協議に一切応じないとの態度をとってきた。しかし、約款二四条に基づく協議は当然目的物の引渡前になされるべきものであって、このことは、約款二七条に「注文者が正当な理由がなく約款第二四条(2)の協議に応ぜず、請負人が相当の期間を定めて催告しても、なお解決の誠意が認められないときは、請負人は工事を中止することができる。」旨定められていることからも明らかである。

(八) なお、約款上、契約の目的物は請負代金の支払と引換えになせば足りるものであり(二一条)、ここにいう「請負代金」とは「適正な請負代金」をいうものであるから、当初の契約金額が客観的にみて明らかに不当である場合には、その金額をもって「請負代金」とすることは著しく公平に反し、許されないものというべきである。

(九) しかるに債権者は、工事代金増額の協議に応じようとしないまま、不当に低廉な契約当初の工事代金の支払を理由に本件倉庫四、五階部分の引渡を求めるものであるから、債務者はこれをもって債務の本旨に従った提供とは到底認めることができず、債権者が誠実に右協議に応じて協議成立に至るまでまたは債権者より債務の本旨に従った誠実な工事代金の提供があるまで、右倉庫部分の引渡を拒む正当な利益を有するものである。

二  保全の必要性について

(債権者)

(一) 債権者は、昭和四九年二月一〇日横浜港に入港予定のイベリア号積載にかかる米国産黄色葉たばこ五、九三六樽(九、二三六トン)について、申請外中央たばこ株式会社(以下中央たばこという。)との間で寄託契約を締結しており、当初から右葉たばこを本件倉庫四、五階に入庫する計画であり、これを使用できないときは、他に入庫場所を得られない状況にあった。

(二) ところで、イベリア号は西独船籍のKラインチャーター船であり、傭船者との契約に基づいた運行が基本となっているため、定期航路の船舶と異なり、その動静の把握が著しく困難であった。

しかし、債権者は、船会社の運航スケジュールによりモアヘッド港出航予定日が一月一五日であることを確認し、その後同船が同月二二日同港に入港して前記葉たばこ五、九三六樽を積込み、同月二五日出航、パナマ経由日本に向い、日本における最初の寄港地が横浜港である旨の情報を中央たばこから入手した。そこで、天候や潮流の関係により多少の遅速を生じても、一四日ないし一五日後すなわち二月一〇日前後に横浜港入港が予定された。その際、同船がロサンゼルス港に寄港することは、京浜船舶日報等に寄港の予定が掲載されていなかったことや、過去においてモアヘッド港から葉たばこを積載した本船が日本に来航するにあたりロサンゼルス港に寄港した例がほとんどなかったことから、予想されていなかった。その後一月一四日付の京浜船舶日報に、ロサンゼルス港寄港、二月一七日横浜港入港の予定が掲載されたが、船舶の運航上途中の寄港その他はその船の状況如何でしばしば変更されることがあり、運航計画の変更の確認はできない場合の多いのが実情である。

(三) しかして、債権者としては、イベリア号入港とともに遅滞なく荷捌きを完了する義務を負っており、万一それが遅滞したような場合には、それによって生じた滞船料その他一切の損害を賠償する義務を負うことになるところから、債権者の取引上の信用保持のためにも、遅滞は許されない。そして、庫入れの準備作業として、庫内の清掃、搬入荷役、機械の整備、保管用台木の搬入、葉たばこ搬入のための実測による備付予定図の作成、同予定図による荷捌き計画の樹立、荷捌きによる荷役の手配等に最低七、八日の日数が必要であるから、債権者としては、本件葉たばこを遅滞なく本件倉庫に入庫するには、ぜひとも二月九日以前に本件倉庫四、五階部分の引渡を受ける緊急の必要性がある。

(債務者)

(一) 債権者主張のイベリア号は、本件仮処分申請のなされた昭和四九年二月五日にはロサンゼルス港に在り、翌六日同港を出港したのであって、速力一七ノットの同船が横浜港に入港するまでには少なくとも二週間前後の航海を要することは常識であり、事実同船は同月二一日午後六時ようやく横浜港に入港したのである。

しかるに債権者は、同船が同月一〇日横浜港に入港予定であるとの虚偽の主張をして、一刻をも争う状況であるかの如き印象を作出し、裁判所に対し、満足的仮処分について通常当然行われる債務者審尋の暇すらないとの虚偽の事実を作為的に印象づけている。

(二) 横浜港およびその周辺には多数の倉庫があり、債権者主張の葉たばこを本件倉庫に入庫できなくとも、他の倉庫を一時借用する等して確保することは少しも困難ではないから、債権者が回復し難い損害を被ることはあり得ない。

(三) そもそも本件倉庫の引渡が拒否された原因は、前述のような債権者の増額協議拒否という不誠実な態度にある。自ら引渡を拒否される原因を作っておきながら、引渡を受ける緊急の必要性があると主張して仮処分命令を求めるのは、およそ身勝手といわざるを得ない。

しかも、債務者のした工事代金増額請求に対する監理技師たる横河設計の査定は既に昭和四九年一月二三日に完了しており、右同日債権者に対して報告ならびに説明がなされたのである。したがって、代金額の確定は債権者が協議に応ずるか否かにかかっており、債権者が誠意をもって増額協議に応ずる姿勢を選びさえすれば、イベリア号の横浜港入港までに具体的金額の確定に至った可能性がきわめて高く、むしろそうでないとすれば、債権者においてその努力にもかかわらず代金額確定の見込みがなかったことを立証しない限り、仮処分の必要性はなかったと断ずるほかはない。

三  立保証の方法について

(債権者)

債権者が本件仮処分決定の保証として供託した債権者会社の株券は、申請外京浜埠頭株式会社所有の四七万株(額面合計二三五〇万円)、申請外千葉丸京運輸株式会社所有の四九万株(額面合計二四五〇万円)および大津正二所有の一〇〇万株(額面合計五〇〇〇万円)をそれぞれ借受けて供託したものであって、自己所有株式ではない。右株式はいずれも有効に発行されたものであって、右供託は有効であるから、債務者の主張は全く理由がない。

(債務者)

債権者は、本件仮処分決定の保証として、発令の当時現金一億円のほか額面合計四八〇〇万円の債権者会社株券を供託し、その後昭和四九年三月五日付担保物変換決定により、右の現金一億円をも額面合計五〇〇〇万円の債権者会社株券に変換して供託した。

しかし、右担保物たる株券は商法二一〇条により取得を禁止された自社株であって、その取得は無効である。所有名義人が誰であろうと、自己の名において自社株を自己の申請にかかる仮処分命令の保証として供託する以上、自己の計算において自社株を取得したことを否定し得ないから、明らかに法令上無効の取得に基づく有価証券供託であって、保証として無に帰し、結局保証を立てなかったに等しい。また、債権者の場合、資力の点において第三者供託を許すべき理由はない。この点においても、本件仮処分決定はこれを維持すべき理由はない。

第四証拠関係≪省略≫

第五争点に対する判断

一  被保全権利について

(一)  債務者の請負った本件倉庫の建築工事が遅くとも昭和四九年一月二二日頃までに完成したことは前記争いのない事実および弁論の全趣旨によって明らかであるから、債務者は注文者たる債権者に対し、未だ引渡の行なわれていない本件倉庫四、五階部分を引渡す義務があり、債権者がその引渡請求権を有することは明らかである。

(二)  債務者は、本件工事着手直後より各種建築資材ならびに労務費の異常な高騰という社会経済情勢の激変に直面したため、契約当初の請負代金が明らかに不適当なものとなったので、約款二四条一項(d)、(e)の規定により請負代金が増額変更されるべきであるところ、右の規定は契約当事者の一方に形成権たる請負代金変更請求権を与えたものと解すべきであるから、本件請負代金は、債務者の右請負代金変更請求権の行使により、客観的に妥当な範囲で変更された。よって、右変更された適正な請負代金の提供あるまで本件倉庫四、五階部分の引渡を拒む旨主張するので、右主張の適否について考える。

本件請負契約は請負の報酬額が一定されたいわゆる定額請負に属すると解されるところ、一般に定額請負においては、仕事の完成のために請負人が当初予想した以上の費用と労力を要した場合でも、請負人は原則として報酬の増額を請求することができないというべきである。けだし、請負人は、賃金や物価の動向に関する合理的な予測と計算のもとに費用額を見積り、それに一定の利潤を折り込んで受くべき報酬額を算定した上で、契約締結に至るのが通例であると考えられるし、逆に実際に要した費用が当初の見積りを下廻ったとしても、その差額を注文者に返還することを要しない「うまみ」を享受できるからである。しかし、本件のような建築工事請負契約など仕事の完成までに相当の時間を要する請負契約においては、その間に当事者の全く予期し得ない経済事情の大変動が生じて資材の価格や労賃が暴騰し、当初の約定報酬額で仕事の完成を強いることが著しく公平に反する結果を招くこともあり得るのであって、このような場合には、いわゆる事情変更の原則の適用により、請負人に報酬額の相当な範囲での増額を請求する権利を認めるのが相当である。約款二四条一項(d)、(e)が、「工期内に予期することができない異常の理由の発生にもとづく経済事情の激変などによって、請負代金が明らかに不適当であると認められるとき」または「工期が長期(別に期間を定めない限り、一年とする。)にわたるとき、その工期内に、法令の変更、物価、賃金などの変動によって、請負代金が明らかに不適当であると認められるとき」は、「当事者は、相手方に請負代金の変更を求めることができる」旨規定しているのは、まさに右の法理によるものと解される。

しかして、同条二項が「請負代金の変更をするときは、甲(注文者すなわち債権者)、乙(請負人すなわち債務者)、丙(監理技師すなわち横河設計)が協議してその金額を定める。」と定め、「工事の減少部分については、請負代金内訳書により、増加部分については、時価による。」旨規定した同項但書がわざわざ削除されて、本件請負契約への適用が排除されていること、そもそも約款の右条項が、事情変更の原則が適用される前記のような場合に請負業者が注文主に対し「値増嘆願」の形式で請負代金の増額を求め、これに対する注文主の承諾を得て増額が実現されてきた従来の建設請負業界における慣行を条文化したものと解されること、約款二六条二項(d)が「乙(請負人)が正当な理由なく二四条二項による協議に応ぜず、甲(注文者)が相当の期間を定めて催告しても、なお解決の誠意が認められないときは、甲は工事を中止し、または契約を解除することができる。」旨規定し、また約款二七条一項(b)が「甲が二四条二項による協議に応ぜず、乙が相当の期間を定めて催告しても、なお解決の誠意が認められないときは、乙は工事を中止することができる。」旨定め、さらに同条二項(a)、(c)が「甲の責に帰する理由による工事の中止期間が工期の三分の一または二月以上になったとき、または甲がこの契約に違反し、その違反によって契約の履行ができなくなったと認められるときは、乙は契約を解除することができる。」旨規定して、当事者の一方が二四条二項の協議に正当な理由なくして応じないことを、相手方当事者による工事中止権または契約解除権発生の法律要件とするにとどめていることをあわせ考えると、少くとも本件請負契約に関する限り、約款二四条の規定によって認められる請負代金の変更請求権を債務者主張のような形成権と解する余地はないというべきである。

債務者は、わが国の建築工事請負契約においては、事情変更の原則が適用される前記のような場合には、定額請負の場合といえども、当事者の一方の相手方に対する一方的な意思表示によって請負代金額その他の契約条件を変更できる商慣習が存在する旨主張するが、右のような商慣習の存在を認めるに足りる疎明資料はない。

債務者は、請負代金変更請求権を形成権と解さないと、注文者が正当な理由なくして協議に応じない場合、またこれに応じたとしても協議が成立しない場合における請負人の救済の途が閉ざされることになって、不当な結果を生ずる旨主張するが、注文者が正当な理由なくして協議に応じないときは、請負人は、前記約款二七条一項の規定に基づき、工事を中止して、損害の発生拡大を防止するとともに注文者の協議への参加を間接的に強制することができ、同条二項の要件が満たされる場合には、請負契約を解除し、注文者に対して右解除によって被った損害の賠償を求めることができるのであり、また、注文者が協議には応じたものの、変更すべき代金額について合意が得られず、結局協議が不成立に終った場合には、約款二九条により、当事者双方が合意した第三者に紛争の解決を依頼し、または建設業法による建設工事紛争審査会のあっせん、調停または仲裁に付することによって、右代金額変更に関する紛争を解決する途が開かれているのであるから、債務者の右主張はあたらないというべきである。

したがって、約款二四条の規定による請負代金変更請求権を形成権と解する前提のもとに、右変更請求権の行使によって客観的に妥当な範囲内で変更されたとする請負代金の支払義務と本件倉庫四、五階部分の引渡義務とが同時履行の関係にあるとする債務者の主張は理由がなく、採用できない。

(三)  債務者は、約款二四条に基づく協議は目的物の引渡前に行われるべきものである旨主張するけれども、そのように解さなければならない根拠はない。

(四)  また、債務者は、債権者の債務者に対する約款二四条二項の協議に応じるべき義務と債務者の債権者に対する右引渡義務とが同時履行の関係に立つものと解すべき旨主張するが、右両義務は互に対価的関係にあるものとは認め難いから、同時履行の関係には立たないものと解するのが相当である。

(五)  そうとすると、債権者が昭和四九年二月四日債務者に対し本件倉庫の建築工事完成引渡時に支払うべき工事代金二億八三五〇万円を提供したことにより、債務者は本件倉庫四、五階部分の引渡義務について履行遅滞に陥ったものというべきであり、本件仮処分決定の被保全権利については疎明が十分である。

二  保全の必要性について

≪証拠省略≫を総合すると、債権者は、昭和二四年以来日本専売公社の指定葉たばこ保管倉庫として輸入葉たばこの保管業務を続け、昭和四八年度においても、本件倉庫が同年一〇月末日頃には完成して使用可能となる予定のもとに、同公社から一万四二九〇樽の寄託数量の割当を受け、同年一一月以降順次その寄託を受け入れていたこと、債権者は、本件倉庫四、五階部分が昭和四九年一月二〇日頃までには使用可能になることが工事の進行状況から明らかになったので、同日頃以降入港予定の輸入葉たばこを本件倉庫四、五階部分に受け入れることとし、その準備に着手した矢先に債務者が右部分の債権者への引渡を実力をもって拒む態度に出たため、右受入れ計画に齟齬を来し、急遽当時取毀しの予定されていた他の倉庫等を利用して急場をしのいだこと、しかし、葉たばこは日本専売公社指定倉庫以外の倉庫には入庫を許されていない関係上、イベリア号に積載されて入港予定の米国産葉たばこ五、九三六樽を受け入れられる倉庫としては、もはや本件倉庫四、五階部分を除いてほかにはない事態となったこと、当初右葉たばこは同年一月一五日頃アメリカ合衆国モアヘッド港でイベリア号に船積みされる予定であったが、債権者は、右葉たばこの輸入業務受託会社である中央たばこからの船積予定通知、イベリア号の運行会社である申請外川崎汽船株式会社の運行計画等の情報をもとにして、同号の横浜入港予定日を同年二月一〇日頃と予測したこと、しかるに、同号のモアヘッド港出港は当初の運行計画よりも遅れて同年一月二四日となり、しかも債権者の予測に反してロサンゼルスなどへも寄港したため、同月一五日頃には、同号の横浜港入港予定は同年二月二〇日頃になることが明らかになっており、実際にも同号は同月二一日同港に入港したこと、葉たばこを受け入れるには、庫内の清掃、搬入機械等の整備、保管用台木の搬入、実測による備付予定図の作成、同予定図に基づく荷捌き計画の樹立、荷役の手配等の庫入れ準備作業に遅くとも入港予定日の一週間前には取りかかる必要があること、以上の事実が疎明される。

右事実によれば、本件仮処分申請のなされた同年二月五日当時には、イベリア号の横浜港入港が同月二〇日頃になることが既に明らかであったというべきであるが、債務者が、本件倉庫四、五階部分を債権者に引渡すべき義務があるのに、実力をもってしてもこれを拒む態度に出ていた状況のもとでは、債権者が本件仮処分決定を得て直ちに執行官にその執行の申立てをしたとしても、執行が完了するまでには若干の日数を予定しておかねばならなかったものと考えられるし、庫入れ準備作業に最低一週間の日数を要するのであるから、既に本件仮処分申請の時点において、前記倉庫部分を執行官保管に付し、債権者にその使用を許す旨の仮処分を命じるべき緊急の必要性があったというべきである。

三  立保証の方法について

本件記録によれば、債権者は、本件仮処分決定の保証として、当初現金一億円のほか債権者会社株式九六万株(一株の額面五〇円、額面合計四八〇〇万円)を供託し、その後昭和四九年三月五日付担保物変換決定により、右現金一億円に代えて同じく債権者会社株式一〇〇万株(額面合計五〇〇〇万円)を供託したことが明らかである。

債務者は、右株式がいずれも自社株であると主張するが、その事実を認めるに足りる疎明資料はなく、かえって、≪証拠省略≫によれば、右株式は、債権者が、その関連会社であり、かつ債権者の株主である申請外京浜埠頭株式会社、同千葉丸京運輸株式会社および個人株主の申請外大津正二からそれぞれその所有株式を借り受けて供託したものであることが疎明されるから、債務者の右主張は失当である。

そして、債権者会社株式が東京証券取引所第一部に上場されており、ほぼ安定した市場価格を有していることは≪証拠省略≫によって明らかであるから、これを担保として供託させたことにつき特段の違法もしくは不当な点は認められない。

第六結論

以上の次第で、債権者の本件仮処分申請は、その被保全権利および保全の必要性についての疎明が十分であるから、当裁判所が債権者をして前記保証を立てさせてなした本件仮処分決定は相当としてこれを認可すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 魚住庸夫)

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