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横浜地方裁判所 昭和47年(行ウ)3号 判決 1976年1月28日

原告 荒井五郎

被告 相模原税務署長

訴訟代理人 野崎悦宏 室岡克忠 渡辺信 星野明一 ほか二名

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  被告が昭和四五年四月一八日付でなした原告の昭和四三年分所得税の総所得金額を金二二三万九、三八〇円とした更正処分のうち金四六万一、六六二円を超える部分および昭和四四年分所得税の総所得額を金二八九万〇、六九〇円とした更正処分はこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

旨の判決。

二  被告(請求の趣旨に対する答弁)

主文と同旨の判決。

第二当事者の主張

一  原告(請求原因)

1  原告はアミノ酸の販売を業としている者であるが、被告(但し、昭和四九年七月一日付大蔵省令第四一号大蔵省組織規定の改正により昭和四九年七月八日から原告の所轄税務署が相模原税務署に変更される前の厚木税務署長をいう。)に対し、昭和四四年三月および同四五年三月それぞれ(一)昭和四三年分所得税について総所得金額金四六万一、六六二円(二)昭和四四年分所得税について総所得金額金〇円の各確定申告をなしたところ、被告は昭和四五年四月一八日付をもつて右(一)について原告が訴外ハイケミカル株式会社(以下「訴外会社」という。)のためにした保証債務につき、その履行として取引銀行に支払つた金一七七万七、七一八円の必要経費算入を否認し、総所得金額を金二二三万九、三八〇円と更正する旨の、また右(二)についても右と同様原告が取引銀行に支払つた金二九一万八、六〇〇円の必要経費算入を否認し、総所得金額を金二八九万〇、六九〇円と更正する旨の処分をなし、その旨原告に通知した。

2  原告は右各更正処分(以下「本件処分」という。)について昭和四五年五月一七日被告に対し異議を申し立てたところ、被告は同年八月一一日右異議申し立てを棄却したため、原告は更に同年九月一一日東京国税不服審判所に対し審査請求をなしたところ、右審判所は昭和四七年一月一〇日右審査請求を棄却した。

3  しかし前記一七七万七、七一八円および同二九一万八、六〇〇円について必要経費算入を否認した本件処分は所得税法五一条二項および同法施行令(昭和四〇年三月三一日政令第九六号)

一四一条に違反しており違法である。

すなわち

(一) 原告は訴外大洋産業株式会社よりアミノ酸を買い受けこれを他に売却し、もつて自己の名と計算においてアミノ酸の販売を行つているものであるところ、昭和四一年ころ訴外浜田重工業株式会社が画期的な耐熱塗料の製造に成功したことを知り右塗料の販売によりアミノ酸の販路拡大ならびに販売量の増加が期待できるものと考え、訴外会社(原告が代表取締役であつた食品販売会社シスター商事株式会社が商号変更増資をなしたもの。)をしてその販売営業をすることにし、訴外会社の代表取締役に就任した。

(二) ところで訴外会社は取締役を含め実際に仕事に従事する者がわずか六名という小規模の会社であり、原告の信用によつて活動がなされる性質の会社であつたため、金融機関(主として大和銀行有楽町支店)との与信契約には原告個人の保証が必要とされ、原告は訴外会社のために連帯保証人となり、かつ原告個人所有の上地建物について根抵当権を設定した。

(三) 訴外会社は昭和四二年七月倒産しており、また原告とともに訴外会社のための保証人となつた訴外高橋悌三、同玉木良衛、同浜田忠重については、右高橋はすでに原告より多額の保証債務を履行しているため、右玉木は負担割合がないため、そして右浜田は無資力であるため、いずれに対しても前記金一七七万七、七一八円、同金二九一万八、六〇〇円について保証債務の履行にともなう求償権を行使することは不可能である。

(四) 以上のとおり原告が訴外会社のために個人保証をなしたのは単に原告が訴外会社の代表取締役であつたという形式的な理由だけからではなく、訴外会社がもともと原告のアミノ酸販売に役立つものとして塗料の販売業を始め、訴外会社の倒産が原告のアミノ酸販売業者としての信用に影響を及ぼすことが明らかであつたからであり、それ故右保証債務の履行として支出された前記金員は原告のアミノ酸販売業者としての事業の遂行上支出されたもの、すなわち所得税法五一条二項、同法施行令一四一条にいう「事業の遂行上生じたもの」というべきであり、所得税の算出については必要経費としての計上を認められるべきものである。

4  よつて原告は被告に対し請求の趣旨記載の判決を求める。

二  被告(請求原因に対する認否および反論)

1  請求原因第1、2項は認める。

2  同第3項のうち原告が訴外会社の代表取締役であつたこと、原告が訴外会社のために個人保証をなしたことは認めるが、訴外会社の塗料販売が原告のアミノ酸販売の販路拡大、販売量の増大を目的としていることは否認し、本件処分につき違法があるとの主張は争う。

3  そもそも所得税法第五一条二項、同法施行令一四一条にいう「事業の遂行上生じた」保証債務とは「事業の遂行」と関連を有するものすべてをいうものではなく、当該事業の収入を得るために通常必要とされる保証債務に限られるものと解すべきであるところ、訴外会社の目的は耐酸塗料および薬品類等の販売であり原告個人の事業たるアミノ酸販売とは直接関係を有しておらず、しかも訴外会社自体法人格を有しているのであるから原告の訴外会社に対する保証債務の履行は原告個人のアミノ酸販売業者としての「事業の遂行上生じたもの」というべき性質のものではない。

それ故求償権行使の可能性を問うまでもなく必要経費算入を否認した本件処分は適法である。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因第1、2項については当事者間に争いはない。

二  本件での唯一の争点は、原告が訴外会社のためにした保証債務につき、その履行として取引銀行に支払つた昭和四三年度金一七七万七、七一八円、同四四年度金二九一万八、六〇〇円の各金員について、右金員の支出が所得税法五一条二項、同法施行令一四一条にいう「事業の遂行上生じたもの」として必要経費の算入が認められるか否かにあるので、その点について判断する。

1  <証拠省略>を総合すれば以下の事実が認められる。

原告は昭和三二年ころより訴外大洋産業からアミノ酸を買い受けそれを醸造会社に販売するアミノ酸の販売業に従事していたものであるが昭和四一年訴外浜田重化学工業が耐熱性、耐酸性にすぐれた塗料「ベスタ」を開発したことを知り、原告のアミノ酸販売業の顧客たる醸造業者において耐熱性、耐酸性の塗料を必要としていたことから右塗料の販売を思いたち昭和四一年七月当時原告が代表取締役であつたシスター商事株式会社をハイケミカル株式会社(訴外会社)と商号変更したうえ、右訴外会社と訴外浜田重化学工業間で日本国内における右塗料「ベスタ」の独占販売契約を締結し、訴外会社の名と計算において右塗料「ベスタ」の販売を開始した。

ところが訴外会社は右塗料「ベスタ」を販売した当初より業績不振、経営困難であつたが昭和四二年七月に至り不渡り手形を出し、倒産してしまつた。

ところで原告は訴外会社の代表取締役であり、その立場上訴外会社の営業資金の借り入れについて訴外大和銀行、同平和相互銀行、同東京相互銀行等に対し、訴外会社のために個人資格において債務の保証をなしていたため、訴外会社の倒産にともない昭和四三年度金一七七万七、七一八円、同四四年度金二九一万八、六〇〇円の右保証債務の履行を余儀なくされた。

なお原告において訴外会社の名と計算において塗料「ベスタ」を販売するに至つたのは、当初原告のアミノ酸販売業の顧客たる醸造会社において耐熱性、耐酸性の塗料を使用することから思いつかれたものではあるが、訴外会社と訴外浜田重化学工業との間の塗料「ベスタ」の独占販売契約においては販売先を醸造会社に限定していたわけではなく、現実に訴外会社が塗料「ベスタ」のサンプル販売を行つた会社約二〇〇社のうち原告のアミノ酸販売営業と関連を有する醸造会社の数は約三五社にすぎず、また原告と訴外会社とは原告が訴外会社の代表取締役であるという以外にはアミノ酸ないし塗料「ベスタ」について何らの取引関係も存在しなかつた。

以上のとおり認められる。なお原告本人の供述中、アミノ酸販売の販路拡大のため塗料「ベスタ」の販売を始めたとの供述は右認定事実に徴し信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

2  ところで所得税法五一条二項、同法施行令一四一条により保証債務の履行にともなう損失について必要経費算入の認められる場合とは、当該保証の引受が当該事業所得の基因となる事業と何らかの関連を有するすべての場合をいうものではなく、当該事業所得の基因となる事業の遂行上なされたものと客観的に認められる場合、換言すれば、当該保証を引受けるに至つた経緯、当該事業者と主たる債務者の関係、保証債務の金額、その成立時期等諸般の事情を総合判断し、当該保証の引受をすることが社会通念上当該事業の維持遂行のために客観的に必要または有益であると認められる場合をいうものと解するを相当とする。

3  これを本件についてみるに、原告と訴外会社とは明らかに別人格であり、しかも前記認定事実によれば訴外会社と原告とは一部販売先が一致すること以外には事業遂行上取引関係を含めて何らの関係もなく、原告において訴外会社の債務につき保証をなしたのは唯ひとえに原告が訴外会社の代表取締役として経営の責任者たる地位にあつたことに基因すると認められる以上、たとえ訴外会社の前記倒産が原告のアミノ酸販売業者としての信用に事実上幾許かの消極的影響を及ぼすことがあるとしても、そのことの故のみを以ては到底原告による右保証引受が原告自身のアミノ酸販売事業の維持遂行のための客観的必要性又は有益性を充足するものと解することはできないところである。

三  結局、原告が訴外会社のためにした債務の保証は、原告の事業遂行上なされたものとは認められないものである以上、原告主張の金員は保証債務の履行にともなう求償権の行使が可能であるか否かの判断をするまでもなく必要経費算入は認められないものであり、それ故被告のなした本件処分は相当であるといわなければならない。

四  以上説示のとおり原告の本訴請求はすべて理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する、

(裁判官 日野達蔵 吉岡浩 松崎勝)

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