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横浜地方裁判所 昭和45年(ワ)1233号 判決 1975年2月04日

原告

亀崎幸平

右訴訟代理人

陶山和嘉子

外二名

被告

鈴木英雄

右訴訟代理人

塩田省吾

外二名

被告

三菱重工業株式会社

右代表者

牧田與一郎

被告

横浜三菱自動車販売株式会社

右代表者

田辺辰雄

右両名訴訟代理人

仁科康

外一名

主文

1  被告鈴木英雄は、原告に対し三六万四三〇六円ならびにそのうち三〇万四三〇六円に対する昭和四二年四月二九日から、残金六万円に対する本判決言渡しの日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告三菱重工業株式会社は、原告に対し一二五万三二二一円ならびにそのうち一二〇万三二二一円に対する昭和四二年四月二九日から、残金一五万円に対する本判決言渡しの日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告の被告鈴木英雄および被告三菱重工業株式会社に対するその余の請求と被告横浜三菱自動車販売株式会社に対する請求を棄却する。

4  訴訟費用は、これを一〇分し、その六を原告の、その三を被告三菱重工業株式会社の、その一を被告鈴木英雄の各負担とする。

5  この判決は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一事故の発生

請求原因1項の事実は、原告、被告鈴木間では争いがなく、原告と被告三菱重工業、また原告と被告横浜三菱との間では、<証拠>を総合してこれを認めることができる。右認定に反する証拠はない。

二責任

1  被告鈴木

同被告が本件車両を所有して、それを

同被告のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。そこで同被告の自賠法第三条但し書にいう免責の抗弁につき判断する。いつたい本件事故は被告鈴木の急停車に始まり、其の後の一連の連鎖的現象(人間の行為及び自然現象を含む。)の継起に因り発生したことは当事者間に争いがない。ところで、<証拠>を総合すれば、被告鈴木が急停車したのは、その急停車の直前、その先行車が横断歩道のてまえで横断者との接触を避けるため急停車したので、その先行車に追突するのを避けようとしたためであること、ならびにその際、同被告は先行車と約五メートルの車間距離をおき、時速約四〇キロメートルで走行中であつたことをそれぞれ認め得る。この認定に反する原告本人の供述の一部は信用し難く、ほかにこの認定を覆えすに足りる資料はない。これでは事故を防止し得るに足る適当な車間距離を置いたことにならない。本件事故の発端をなす同被告の急停車は、このように同被告の車間距離不足運転という過失によつて惹起されたのである。この点において既に同被告の行為は自賠法第三条但し書きの要件を充足しない。即ち同被告は免責されないのである。

2  被告三菱重工業

同被告が助手席背もたれに前倒防止装置を装備していない本件車両を製造したことは当事者間に争いがない。そして急停車の際助手席背もたれが前倒し本件事故が発生したことは前示一認定のとおりである。

そこで、助手席背もたれに前倒防止装置を設けなかつたことが同被告の過失であるかどうかにつき審案する。

現在の社会においては、自動車は大企業により同車種の車両が大量に製造され、広般な消費者に販売、利用されている。従つて自動車に何んらかの欠陥があるときは、消費者をはじめ同乗者、歩行者等の生命、身体あるいは財産に損害を与える危険性が高いのであるから自動車製造者は予見可能な危険を回避すべく製造当時の工学上の技術水準に照らし可能な限り安全な自動車を製造する義務があるというべきである。ただし、これは自動車の機能を損つたり、その製造、使用に著しい困難を伴うような場合にまで右の義務を課する趣旨でないことは勿論である。

そこで本件につき考察するに、助手席背もたれの本来の機能は、助手席に乗車した者が後方へ寄りかかることであるが、しかし他方後部座席に乗車した者が急停車の際に身体が前倒することを防止するため、前部座席の背もたれに手をついて身体を支える副次的な機能をも有していることも又経験則上明らかである。そして<証拠>によれば、本件車両の助手席背もたれは、指の力で容易に前倒するものであつて、この背もたれに手をかけて乗車していると急制動をかけた場合その衝撃で背もたれは簡単に前倒してしまうものである。

しかるに、被告三菱重工業は本件車両の助手席背もたれ前倒防止装置を設けることの可否について何等の考慮も払わず又この点についての実験もせずに、後部座席への乗車の便宜という観点からこの装置を取り付けないことにした事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

被告三菱重工業が自動車製造会社として高度に専門的な技術と設備とを有しているという公知の事実からすると、同被告は、助手席背もたれの持つ副次的機能を認識し、その前倒防止装置を設けないことによる危険を予見することができ、又予見すべきであつたにもかかわらず、右認定のとおりこれが注意義務を怠り、右危険に対する安全策を講ぜずに本件車両を製造したものといえる。

ところで、<証拠>を総合すれば、被告三菱重工業が本件車両を製造したのは昭和三九年であるが、その当時他の自動車製造会社で製造された本件車両と同様な軽ないし小型乗用車でツードア式の車両にあつてはその大部分が助手席背もたれ前倒防止装置をつけていなかつたことが認められるが、右事実をもつてしても前記判断を左右することはできない。

次に前倒防止装置を装備することが本件車両製造当時の工学上の技術水準に照らし可能であつたかどうかにつき判断する。

前記村沢証言によれば、本件車両製造当時既にツードア式小型車の中には前倒防止装置を装備しているものもあり、昭和四二年ころからはツードア式軽四輪自動車についても右装置を取り付けるようになつたことならびに右装置を設けなかつたのは後部座席への乗車の便宜からであつて、これを取り付けることにより自動車の機能を損つたり或いはその使用、製造が著しく困難になる等の理由からではなかつた事実が認められる。

よつて、本件車両製造当時前倒防止装置を装備することは技術上可能であつたことは明白である。

さて、被告三菱重工業は本件車両製造に当り道路運送車両法、運輸省令第六七号道路運送車両の保安基準に基づき右基準に合致するものとして同法施行規則第六二条の三第一項による運輸大臣の型式認定を受けているのであるから、自動車製造者としての安全車製造義務を果しているのであつて本件車両は欠陥車ではないと主張している。道路運送車両法および同法施行規則は、道路運送車両の安全性を確保するため車両の基本的な構造、装置について、その保安基準を運輸省令で定めることとし、軽自動車、小型特殊自動車以外の自動車については右保安基準に適合しなければ運行の用に供してはならないものとしている。そのため使用に先立ち新規検査を義務づけているが、同一型式車両が大量に生産されるものについては、保安上の基準に適合し均一性を有するものと認めるときは型式指定を行い、右検査の際の現車呈示を免除することとし、右検査制度のない本件車両のような軽自動車にあつては、型式指定と同様の措置として保安基準に適合するものにつき認定型式の公示制度をとる旨規定してある。その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき<証拠>によると本件車両の型式について型式認定を受けている事実が認められる。

しかしながら、右保安基準に適合した車両を製造したことをもつて直ちに当該車両の構造および装置に欠陥が存在しないものとも、自動車製造者としての安全車製造義務を果したものとも断じ得ない。けだし、同法の立法趣旨および規定を検討すれば、同法は自動車製造者が保安基準に適合した車両を製造したことをもつてその安全車製造義務を免除したものとは到底解し難いし、保安基準が基本的な構造、装置についてのみ規定していることからしても右基準に定められていない点についての安全性確保は製造者に委ね、製造者の責任において安全性の確保を図ることを予定しているものと解される(前記省令はその第二二条において座席のスペースに関してのみ定め、背もたれが前倒する構造の車両を製造することならびにその前倒防止装置を取リ付けることの可否につき何んらの規定もしていないのである。)。

されば、欠陥の有無および製造者として安全車製造義務を果したか否かの判断は、道路運送車両法、運輸省令第六七号に定める保安基準に適合するものであつてかつ製造当時の工学技術水準に照らし可能な限り、予見可能な危険に対する防止策を構じたか否かによつて決するのを相当とすべきである。

そうすると、既に認定したとおり本件車両製造当時助手席背もたれ前倒防止装置のないことによる危険は予見でき、しかも右装置を設けることも技術上可能であつたにもかかわらず、右装置が装備されていなかつたのであるから、本件車両はいわゆる欠陥車というべきであり、かような車両を製造した被告三菱重工業には安全車を製造すべき義務を怠つた過失があるものといえる。

そして前倒防止装置のなかつたことが本件事故発生の一原因であることは既に認定したとおりであるから、被告三菱重工業は、民法七〇九条により本件事故に基づく損害を賠償する責任がある。

3  被告横浜三菱

同被告が本件車両を販売した事実ならびに本件車両に助手席背もたれ前倒防止装置が装備されていないことを同被告が知つていた事実は当事者間に争いがなく、本件車両が右前倒防止装置のないいわゆる欠陥車であることは二、2認定のとおりである。

そこで、本件車両を販売したことが同被告の過失であるかどうかについて審案する。

自動車販売会社は、自動車の販売とアフターサービスを主たる業務とし、仕様書記載の構造、装備、性能等を有する製品を販売すべく、それに必要な限りでの点検、整備のたのめ技術者や設備を保有しているにすぎず、製造者のように設計や構造、装置、性能等の決定に携わることもないので、これらの点についての安全性の追求、確保に必要な高度に、専門的な技術者も実験設備等もかかえていないことは、公知の事実である。そして両者の業務内容の差異に着目すれば、販売会社に製造者と同様の人的、物的設備を保有することを求め得ないし、それ故に又製造者と同程度の予見および結果回避義務を要求することも相当でないというべきである。

従つて販売会社としては、設計上、構造上の問題により事故が頻発していて、高度の専門的知識を要せずに危険を予見し得るような特段の事情がない限り、製品が仕様書のとおりの構造、装置、性能等をそなえていることを点検、確認したうえで販売すれば足り、販売車両の設計上、構造上の問題点を検討し、その危険性の存否を予見すべきことまでも要しないものと解される。

よつて、既に認定したように本件は助手席背もたれ前倒防止装置が装備されていなかつたという設計上、構造上の欠陥であつて、販売当時本件車両と同種のツードア式軽四輪自動車の大部分は前倒防止装置が取り付けられていなかつたことならびに前記村沢証言によつて認められる右欠陥による事故発生の報告がなかつたことなどの諸事実を総合すると、被告横浜三菱が前倒防止装置のないことによる危険を予見することができなかつたことは止むを得ないものと認めざるを得ず、他に同被告が右危険を予見し得たことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本件車両を販売したことをもつて、被告横浜三菱に過失ありと認定し得ないので、その余の点を判断するまでもなく、同被告に対する請求は理由がない。

三受傷<省略>

四損害

本件事故によつて原告の被つた損害は次のとおり合計五五一万六一〇七円である。

1  治療費等 一七万四五五五円

<中略>

2  休業損害

三〇五万八〇〇九円

<中略>

3  逸失利益 四八万三五四三円

<中略>

4  慰藉料 一八〇万円

<中略>

五過失相殺等

1  過失相殺

原告が本件事故当時本件車両の後部座席に腰かけ腕を組んでこれを助手席背もたれにのせ前かがみの姿勢で乗車していたことは当事者間に争いがない。更に<証拠>よれば、原告は本件車両の助手席背もたれが容易に前倒するもので、しかも前倒防止装置が取り付けられていないことを認識していたにもかかわらず、前記のような乗車姿勢をとつていたため急制動をかけた際の衝撃によつて身体が前倒し、これとともにこの背もたれも前倒したことから本件事故が発生した事実が認められ、右認定に反する原告本人の供述部分は前記各証拠に照らし措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、正常な乗車姿勢をとつていなかつた点に原告の過失があるものといえる。

そして、原告の過失および前記二、1、2で認定した被告鈴木、同三菱重工業の各過失ならびに本件事故の態様を総合して判断すると、本件事故発生についての各当事者の過失割合は、原告五割、被告鈴木三割、同三菱重工業二割であると認めるのが相当である。

従つて原告は、本件事故に基づく損害のうち被告鈴木に対しては三割、同三菱重工業に対しては二割の限度で請求し得るに止る。

2  好意同乗

原告と被告鈴木とは、ともに浦賀造船所に勤務する同僚であつたところ、この両名は本件事故当日に行なわれた横須賀市議会議員選挙の投票所入口付近で偶然出会い、結局本件車両に原告が同乗し、その通勤途上で事故に遭遇したことは当事者間に争いがない。そして原告本人尋問の結果および被告鈴木本人尋問の結果によれば、被告鈴木は同僚としての友誼上、無償で原告を同乗させたことが認められる。

右事実によれば、原告はいわゆる好意同乗者であるといえる。従つて、前記五、1で認定したとおり原告は被告鈴木に対し本件故事による損害のうち三割の限度で賠償を請求し得るのであるが、好意同乗者であることを考慮すると信義則上更にこれを減じ二割の範囲に限り損害の賠償を求めるに止まるものと認めるのが相当である。

以上によると、被告鈴木、同三菱重工業は、それぞれ本件事故による損害、即ち前記四、1ないし4の合計額五五一万六一〇七円のうち二割に当る一一〇万三二二一円(円未満切捨)の賠償債務を原告に対し負つているものといえる。

六損害の填補

原告が本件事故による損害賠償の一部として被告鈴木加入の自動車損害賠償保険から七八万六〇九五円および同被告から一万二八二〇円を受け取つた事実は原告の自陳するところであるから、これらを被告鈴木の前記損害賠償債務一一〇万三二二一円に充当する。そうすると同被告の右債務は三〇万四三〇六円である。

七弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は本訴の提起・追行を原告訴訟代理人に委任した事実が認められる。そして本訴の経過、難易、認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、被告鈴木に対する関係で六万円、被告三菱重工業に対する関係で一五万円が相当であると認められる。

八結論

以上によれば、本訴請求中被告鈴木に対し三六万四三〇六円およびそのうち弁護士費用を除いた三〇万四三〇六円について本件事故発生の日の翌日である昭和四二年四月二九日から、弁護士費用六万円について本判決言渡しの日から、各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金ならびに被告三菱重工業に対し一二五万三三二一円およびこのうち弁護士費用を除いた一一〇万三三二一円について前記昭和四二年四月二九日から、弁護士費用一五万円について本判決言渡しの日から、各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める部分は理由があるのでこれを認容することとし、被告鈴木および同三菱重工業に対するその余の請求ならびに被告横浜三菱に対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項但し書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(高橋雄一 石藤太郎 大野市太郎)

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