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横浜地方裁判所 昭和43年(ワ)1629号 判決 1971年2月27日

主文

被告は原告に対して金六百八拾万円及びこれに対する昭和四拾壱年拾弐月五日以降完済まで年五分の金員の支払をせよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「主文同旨」の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

「一 事故の発生と原告の受傷

原告は昭和四一年一二月四日午前九時頃第二種原動機付自転車(以下原告車という。)を運転して横浜市港北区市ケ尾町一、二一三番地先道路上を厚木方面から川崎方面に向つて進行中、折柄同所を同方向に進行してきた被告運転の普通貨物自動車(神四の九二一八、以下被告車という。)が原告車の右側を通過した際同車に接触したため原告はその場に転倒し、因つて頭部外傷、頭蓋骨骨折の傷害を蒙つた。

二 被告の責任

被告は被告車を所有しこれを自己のために運行の用に供していたものであり、本件人身事故はその運行により生じたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条本文に則り、原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。

三 原告の蒙つた損害

(一)  原告は本件受傷により、昭和四一年一二月四日から同月二六日まで社会福祉法人恩賜財団済生会神奈川県病院に入院して開頭手術を受け、以後同月二七日から昭和四三年四月一八日まで同病院に通院治療を継続した。

入院当初の症状は意識不明で頭蓋骨骨折の重傷であつたが、開頭手術の結果生命をとりとめ、本来は引きつづき入院治療を継続すべきところ、主として経済的理由からやむなく通院治療に切り換えたのである。なお、右治療費は被告において支払つた。その他、東京労災病院に於て昭和四三年一〇月二八日に初診を受け爾来昭和四四年八月二二日まで継続して通院治療を受け―(注射したり、投薬を受けて服用する等の治療方法)、その中昭和四四年八月一三日から同月二二日までの一〇日間同病院に入院して脳神経外科及び精神科の諸検査を受けた。

(二)  後遺症

右東京労災病院における諸検査の結果頭部外傷により脳の器質的変化が広範囲に及んでいる諸症状(全体的な精神機能低下、性格の変化、記銘力、記憶力の低下等)について労災保険施行規則別表第一障害等級表の第三級第三号に該当し、又味覚、嗅覚の低下について同表第一一級に該当し、結合して同表第二級を準用し得る後遺症(これは、自賠法施行令付属別表によつても同等級に該当する。)があることが判明した。

従つて、原告は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができない程度の後遺症(同表第三級第三号)を有している。

(三)  慰藉料 金三、五〇〇、〇〇〇円

(1)  前記入院期間約一ケ月及び通院治療期間は約二四ケ月であるが、その間原告は後遺症を伴う重症に苦しんだのみならず、全く働くことができなかつた。ところで、原告は本件事故当時たまたま病気などの事情のため無職であつたが、勤労の能力と意思はあつて丁度再び働こうとしていた時であり、働けば少くとも月額金五〇、〇〇〇円の収入は得られる見込であつたが、本件事故のためそれもできなくなり、精神的、肉体的苦痛を蒙つた。そこで、慰藉料は右入院期間一ケ月当り金一〇〇、〇〇〇円、通院期間同金五〇、〇〇〇円の割合により合計金一、三〇〇、〇〇〇円を請求する。

(2)  なお、前記後遺症に対する分として、既に自賠責保険金として受領した金七〇、〇〇〇円を除き、金二、二〇〇、〇〇〇円を請求する。

(四)  逸失利益 金三、〇〇〇、〇〇〇円

原告は昭和四四年一一月二一日現在五三才の男子であり(事故当時ではなく、後遺症がはつきりした時点を基準とする。)、その平均余命は第一一回生命表によれば約二〇年間であり、その稼働年数は一〇年間である。

原告は事故当時はたまたま無職であつたが、就労の意思と能力を有し過去に於て働いた経験もあり、本件事故がなければ少くとも一日金一、五〇〇円、月額金四五、〇〇〇円程度の収入(これは、労働者の平均賃金以下である。)を挙げ得たと考えられる。

よつて、原告の逸失利益をホフマン式計算方法により算出すると次のとおり金四、二九〇、三〇〇円となる。

45,000×12ケ月=540,000

540,000×7.945(係数)=4,290,300

そこで 諸般の事情を考慮し、右のうち金三、〇〇〇、〇〇〇円を請求する。

(五)  弁護士費用 金三〇〇、〇〇〇円

本件損害賠償請求の訴訟手続費用を含め本件一切の紛争解決に当る原告訴訟代理人に対し支払うべき費用

四 よつて、原告は、被告に対し以上損害合計金六、八〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日たる昭和四一年一二月四日以降完済まで年五分の遅延損害金の支払を求めるため、この請求をする。」と陳述した。〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人及び同復代理人両名は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として

「一 請求の原因一のうち、原告主張の日時にその主張の場所で被告運転の被告車が原告塔乗の原告車に接触し原告が負傷した事実はこれを認めるが、原告の負傷の部位、程度は不知であり、事故の状況はこれを争う。

二 同二のうち、被告が当時被告車を所有しこれを自己のために運行の用に供していた事実はこれを認めるが、被告に損害賠償責任があるとの点は争う。

三 同三の事実は不知である。

四 同四はこれを争う。

五 本件事故の状況は次の通りである。

被告は被告車を運転して国道二四六号線を長津田方面より川崎方面へ向つて進行中本件事故現場に差蒐つた。同所は幅員一七mの片側二車線及び両側端に幅員一・五mの歩行者及び自転車用通行帯が設けられた直線路で、被告車の進路からみて長い上り坂になつている所である。

被告車は道路左寄りの通行帯を進行し左前方に原告車が道路左側端から一m位の所を直進中であるのを認めその右側を追い抜くべく進路をやゝ右寄りに転じて原告車に接近し同車との間隔二乃至三mを保つてこれを追い抜いた。その際被告は自車左側バツクミラーによつて原告車が被告車左後方に遠ざかつて行くのを確認したのでそのまま約一〇m直進したところ右後方から大型貨物自動車がかなりの速度で自車を追い抜こうと接近しつつあるのを発見しアクセルをゆるめて減速した直後自車左側に接触音を感じ直ちに急停車したところ原告車が被告車左側を掠めるように走り抜け道路左側端に転倒するのを目撃した。

原告車のスリツプ痕から判断すると右接触地点は道路左端から四mの所で片側車線のほぼ中心に近く何故に原告車がかかる地点まで移動してきたか判らない。おそらく原告は被告車に追い抜かれた後速度をあげ被告車に追従しようと接近した時被告車が右の如く減速したので勢い余つて自から被告車の左側面に衡突したものと思われる。

以上明らかなように、被告としては原告車を追い抜いた際完全に離れつつある原告車を目撃しており、道路左側端を直進中の原告車が、交差点でもなく且つ道路両側が車両等の進入し得ない丘陵地帯である同所において、まさか右側に進路を変更し速度をあげ自車に追尾してくるとは予見し得なかつたのであり、右後方からの大型車の接近により減速したとしても何等非難すべき点はない。

一方、原告としては原動機付自転車の通行すべき道路の左側端を直進せず漫然右前方を先行する原告車に追従すべく速度を上げその動静に注意を払わなかつたのであるから、同人には本件事故発生につき重大な過失があるべく、結局本件事故は原告の一方的過失によつて発生したものである。

かくて、本件事故は運転者兼運行供用者である被告に過失なく、原告に過失があつたもので、しかも被告車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたのであるから、被告は本件事故に因る損害賠償の責任はない(免責の抗弁)。

六 仮りに被告に右責任があるとしても、右のごとく原告に重大な過失があつたのであるからその損害の数額を定めるについてこれを斟酌すべきである(過失相殺の抗弁)。

七 なお、被告は原告のため治療費として金五二〇、八〇四円を支払い、かつ、原告は被告車の自賠責保険金七〇、〇〇〇円(労災保険級別一四級九号、当時の自賠責後遺障害別等級表一二級九号各該当「局部に神経症状を残すもの」として査定された。)を被害者請求の手続により給付を受けたから、以上合計金五九〇、八〇四円はこれを損害額から控除すべきである。」

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一  原告主張の日時、場所において被告運転の被告車(普通貨物自動車)が原告搭乗の原告車(第二種原動機付自転車)に接触し原告が負傷した事実は当事者間に争いがない。

右事故の態様については〔証拠略〕を綜合すると、「本件事故現場は非市街地で歩車道の区別のない幅員一六・八m(片側八・四mで幅員三・五mの車両通行帯二車線プラス同一・四mの通行帯)のコンクリート舗装、平坦、直線、見透しのよい、北東方川崎市に至り南西方厚木市に至る東京沼津線上の道路上で、厚木方面から川崎方面に向つてかなり急な上り坂となつている個所で、当時晴天、微風、路面乾燥の状態にあつたところ、被告は右方向に被告車を運転して右二車線の第一車線を時速約三五kmで走行してきて前方約四・五mの所を原告車(ハンドルの両側にそれぞれバツクミラー付)がほぼ同一時速で同通行帯(第一車線)の中央より稍々左を同一方向に進行しているのを認めたが、この車線は前方約六〇mの個所が工事中であつて通れないことを予じめ知つていたので原告車を追い抜いた方が良いと考え速度を時速約四〇kmに上げて稍々右に転把して自車の右側が第二車線(追越車線)にいく分入つた状態で、即ち同車線の左側部に跨つて、被告車の左側と原告車との間隔約五〇cmで正に追抜きを完了せんとした瞬間被告車の後方から大型貨物自動車が第二車線上で被告車を追越そうとして進行してくる(二重追越的状況)のを発見し、(それまでは第二車線に被告車の追抜きを妨げる車両はなかつた。)危難をさけるため右大型貨物車をして自車を追越させようとブレーキをふんで減速したがトラツクがまた追越をしないので更に思い切りブレーキを踏みこんで急減速をした(上り坂であるから減速度は高い。)ところ右トラツクは追越をして行つたが同時に追い抜いたばかりの原告車のハンドルの右側が被告車の運転台左側のドアに接触し原告は原告車もろともその場に転倒し因つて左硬膜下血腫及び脳挫傷、右硬膜外血腫の負傷を受けた。」事実が認められ、この認定に反する〔証拠略〕はたやすく措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実に徴すれば、本件事故は被告において原告車を追抜くに当り完全に第二車線(追越車線)に進入し原告車との側面間隔を十分に保持してこれを追い抜き(かくすれば、第二車線を後方から進行してきた大型貨物自動車が被告車を追越すことはできないから、右の如き二重追越的状況をも避止される。)原告車との接触を避くべき注意義務があるところこれを怠つて同車線後方から進行してきた大型貨物自動車を追越させるため自車と原告車との側面間隔僅か約五〇cmを保つたまま自己の追抜完了直後に急減速した過失に基因するものといわねばならない。

被告は原告が原告車走行車線の左側端を直進しなかつたことを本件事故発生原因たる原告の過失の一として指摘し、なるほど被告車が原告車に追従して走行してきていることを当時原告において、例えば自車のバツクミラーにより認めているとか、被告車が適当な距離で警音器を鳴らしたため判つたとかして、認識していたならばその通りであろうが、かかる認識の事実は本件に顕われた全立証に徴するもこれを認め得ないから、この点についての被告の主張は採用できず、従つて被告の免責の抗弁も過失相殺の抗弁もこれを認めることはできない。

二  被告が当時被告車を所有し自己のためにこれを運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがなく、又本件事故が被告自から運転中の同車の運行により生じたものであることはすでに判示、認定したところにより明らかであるから、自動車損害賠償保障法第三条本文、第四条、民法第七〇九条、第七一〇条に則り被告は原告に対し本件事故に因り同人の蒙つた財産的、非財産的損害を賠償すべき責任がある。

三  よつて、進んで損害につき案ずるに、

(一)  原告が本件受傷によりその主張の期間その主張の各病院に入院、通院し二回に亘りその主張の如き開頭手術を受けその主張の如き治療、検査を受けた事実は、〔証拠略〕によりこれを肯認し得べく(但し、主として経済的理由からやむなく済生会神奈川県病院を退院し通院に切り換えたという原告主張事実はこれを認めるに足る証拠はなく、却つて〔証拠略〕によれば医師の治療方法についての指示に従つてそうした事実が認められる。)、かつ右の中済生会神奈川県病院の入院、手術、治療費を被告に於て支弁したことは原告の自陳するところである。

(二)  〔証拠略〕に徴すると原告は本件事故による受傷の結果その主張の後遺症(自賠法施行令別表後遺障害第二級該当)を有するに至つたことが肯認され、その労働能力の喪失率は100/100となる。

(三)  慰藉料 金三、五〇〇、〇〇〇円

本件事故に因る受傷のため原告は二回に亘り開頭手術を受け長年月間心身の苦痛に耐え、しかも右後遺症のため労働能力を失い働きたくても働けない状態にあること、その他入、通院治療期間等々諸般の事情を考慮しこれが慰藉料としては(後遺障害補償分をもふくみ)原告主張のとおり金三、五七〇、〇〇〇円を相当と判定するところ、原告が右後遺障害補償金として金七〇、〇〇〇円を被告の自賠責保険から給付を受けていることは原告の自陳するところであるから、その残額は金三、五〇〇、〇〇〇円となる。

(四)  逸失利益 金三、〇〇〇、〇〇〇円

〔証拠略〕を綜合すれば、原告は本件事故当時満五〇歳の健康な男子で当時東京の目黒から肩書住所に転居したばかりでたまたま無職であつたが、転居の前には浄化槽工事の請負業をしており、転居後も身の廻りの整理をしてお得意先を探してこの仕事をつづけようとして居たもので右業務従事中の月収は、少くとも金四〇、〇〇〇円であつたことが推認でき、原告主張のとおり後遺症が判然と診断された昭和四四年一一月二一日を基準とすれば同人の平均余命は二〇年、就労可能年数は一〇年とみるを相当とするから、年間収入金四八〇、〇〇〇円を基準としてホフマン年別式計算法によりその逸失利益を算定すると金三、八一一、三六〇円となるところ、原告はそのうち金三、〇〇〇、〇〇〇円を請求している。

(五)  弁護士費用 金三〇〇、〇〇〇円

本件訴訟の難易度、訴訟の経過及び訴訟活動等諸般の事情を斟酌して本件不法行為と相当因果関係にある弁護士費用はこれを金三〇〇、〇〇〇円が相当と判定する。

されば、以上(一)乃至(五)の合計金六、八〇〇、〇〇〇円が損害残額となる(被告は、前記自賠責保険金七〇、〇〇〇円の外治療費金五二〇、八〇四円を支払済である旨弁済の抗弁を提出しているが、本件訴で原告は治療費は被告において支弁した旨自陳しこれを訴求していないのであるから、この分を右損害残額から控除すべきいわれはない。)。

四  よつて、被告は原告に対し右損害金残額金六、八〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件不法行為の日の翌日たること明らかな昭和四一年一二月五日以降完済まで年五分の民事法定利率による遅延損害金を支払う義務があるから、その履行を求める原告の本件請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項、第四項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 若尾元)

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