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横浜地方裁判所 昭和41年(ワ)183号 判決 1966年11月10日

原告(反訴被告)

伊藤朝次

右訴訟代理人

武井林平

被告(反訴原告)

八木沢キミヨ

右訴訟代理人

本橋政雄

主文

一、本訴被告は本訴原告に対し金一五、〇〇〇円およびこれに対する昭和三九年一二月九日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、本訴原告のその余の請求を棄却する。

三、反訴原告の請求を棄却する。

四、訴訟費用は、本訴反訴を通じこれを一〇分し、その二を本訴被告の負担としその余を本訴原告の負担とする。

五、この判決は、本訴原告勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

一、原告の本訴請求の趣旨

被告は原告に対し、金五二五、九〇〇円及び内金九五、九〇〇円に対しては、昭和三九年一二月九日より、内金四三〇、〇〇円に対しては昭和四〇年一二月一九日より、それぞれ完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、原告の本訴請求原因

(一)原告は、昭和三九年一〇月一七日午後五時一〇分頃、ホンダ・モーターバイク(排気量五〇CC)を運転して磯子方面より本牧方面へ向け道路の左側を進行し、磯子区西町四番二〇号(もと磯子区中根岸三丁目一八八番)地先の道路交差点に時速約三〇キロメートルの速度でさしかかつた際、反対方面より被告運転の軽自動四輪車が進行してきたが、右車輛は被告の進行方向と同一方向へ進行していた市電の蔭になり原告には確認できなかつたところ、被告車は、市電が前記交差点を通過した直後右交差点を右折した為、原告は急ブレーキをかける余裕もなく、原告のモーターバイク前部が被告車の前部左側ドア付近に激突し、その結果原告は、右交差点路上に跳ね飛ばされ、頸部挫創右手右足打撲等の傷害を受けた。

(二)本件事故は全て被告の過失に因り発生したものである。即ち本件事故現場の如く交通整理の行われていない道路交差点において右折しようとする場合に於ては、対向車の動静に注意を払い、対向車がある場合には道路交通法三七条一項によりその直進を妨げてはならないにも拘らず、被告はこれに反し対向して進行してきた原告車を認めながら距離が充分あるから容易に右折できると速断し、敢えて右折を強行した為本件事故が発生したものである。

(三)原告は、本件事故に因り左記の損害を蒙つた。

1  財産的損害

(1) モーターバイク修理費及びその引取費二一、五〇〇円

(2) 治療に要した費用四、四〇〇円

2  精神的損害

原告は、本件事故により前記の如き傷害を受けたが治療しても完治するに至らず、現在も後遺症として左肘、頭部等の痛み右脚の痺れがあり、将来も全治は困難な状態である。また、原告は昭和三三年一〇月より株式会社大林組に資材係兼守衛として勤務し一カ月金三万円の給与を受けていたが前記負傷のため勤務に支障を来すようになつたため止むを得ず昭和三九年一二月一六日退職した。これら原告の受けた精神的苦痛に対する慰謝料の額は金五〇〇、〇〇〇円を以て相当とする。

よつて原告は、被告に対し金五二五、九〇〇円及及び内金九五、九〇〇円に対しては訴状送達の翌日である昭和三九年一二月九日より、内金四三〇、〇〇〇円に対しては請求の趣旨拡張申立書送達の翌日である昭和四〇年一二月一九日よりそれぞれ完済に至る迄年五分の割合による金員の支払を求める。

三、被告の本訴請求の趣旨に対する答弁

本訴請求を棄却する。訴訟費用は本訴原告の負担とする。との判決を求める。

四、被告の本訴請求原因事実に対する認否

(一)  本訴請求原因事実中、原告主張の日時に本件事故があつた事実及びその結果原告が負傷した点は認めるが、その余の事実は全て否認する。

(二)  被告は、前記交差点の手前約三〇メートルの地点から右折の為の方向指示器を出し、交差点の軌道敷内に入つてから一時停止して対向車の流れを注意したがこれがないので右折を進め軌道敷内を出かかる際更に対向車に注意したところ、被告車の左前方約二〇ないし三〇メートルの地点に直進してくる原告車を発見したが、被告としては右折するには距離的に充分であると確信し、又被告車は既に右折を開始しているので当然原告車は被告車の右折を妨げないものと思つて右折を完了し、交差点を出ようとしたときに原告車が被告車の左側ドア付近に衝突したものである。

(三)  本件事故は全て原告の過失に因り発生したものである。

即ち、本件事故現場の如く交通整理の行われていない交差点に於て被告車が交差点に入り右折を開始したときには、原告は交差点の手前約二〇ないし三〇メートルの地点を直進していたのであるから、道路交通法三七条二項により交差点に進入して被告の右折を妨げてはならないのにも拘らず、飲酒して注意力散漫となり前方注意義務を怠たり、漫然直進した為右折中の被告車を発見し得ず、右規定に違反して本件事故を惹起したものである。

五、抗弁

(過失相殺)

(一)  仮りに被告に損害賠償義務があるとしても、右四(二)に述べた如く原告にも本件事故の発生につき過失があるから、原告に対する損害額の算定にあたり右過失は斟酌されるべきである。

(相殺)

(二)次に被告は昭和三九年一二月五日の本件口頭弁論期日に原告の前記四(二)の過失に基づく本件不法行為により左記のとおり金一五九、七〇〇円の損害を蒙つたので、右額の損害賠償債権を以て、原告が本訴で認容された場合の額の損害賠償債権と対当額につき相殺する旨意思表示をしたのでその限度で原告の債権は消滅した。

(1)  原告車の衝突により破損した車輛の修理代金二三、七〇〇円

(2)  車輛の修理期間中の被告の得べかりし利益の損失

被告は本件事故発生当時,本件車輛を使用して魚類の行商をしており、一日四、〇〇〇円を下らない純益を挙げていたが,車は昭和三九年一〇月一八日から同月二六日迄九日間修理の為営業ができず合計金三六、〇〇〇円の損害を蒙つた。

(3)  得意先喪失による損害

被告は、本件事故による車輛の修理期間九日の間、営業ができなかつた為,修理完了後再度営業を始めたが、得意先は他の業者にとられてしまい、営業を継続できなくなつたのでこれを廃止した。

その損害は金一〇〇、〇〇〇円を下らない。

六、抗弁事実に対する原告の認否

抗弁事実は全て争う。

七、反訴請求の趣旨

反訴被告は反訴原告に対し金九五、九〇〇円及びこれに対する昭和四〇年九月二六日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は反訴被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

八、反訴請求の原因

本訴請求原因に対する認否四(二)記載のとおり反訴被告の不法行為に因り反訴原告は記載のとおりの損害を蒙つたので、仮りに前記相殺の意思表示が失当であるとするなら右損害のうち金九五、九〇〇円及びこれに対する反訴状送達の翌日である昭和四〇年九月二六日より完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

九、反訴請求の趣旨に対する答弁

反訴原告の請求を棄却する。

訴訟費用は反訴原告の負担とする。

との判決を求める。

一〇、反控請求原因事実に対する認否

反訴請求原因事実中、反訴被告車が反訴原告車と衝突したこと、右事故当時反訴被告が飲酒していた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

一一、証拠<省略>

理由

(本件事故の態様)

一、昭和三九年一〇月一七日午後五時一〇分頃、原告はホンダ・モーターバイク(排気量五〇CC)を運転して磯子方面より本牧方面に進行中、磯子区西町四番二〇号(もと磯子区中根岸三丁目一八八番)地道路交差点にさしかかつたが、折柄反対方面より進行してきて右交差点に於て右折した被告運転の軽自動四輪車の前部左側ドア付近に衝突し,原告は道路上に跳ね飛ばされ傷害を受けた事実については当事者間に争いがない。<証拠>によれば、本件交差点の車道幅は東西に一〇・七メートル、南北に一八・一メートルであること、被告は前記交差点において右折すべく同交差点の手前約三〇メートル附近で右折のための方向指示器による合図をし道路中央の市電軌道敷内を通行し、交差点の中心で一旦停止し対向直進車の流れを注視したところ、前方二〇ないし三〇米附近の地点を本牧方面へ向け時速三〇ないし四〇キロメートル位で直進して来る原告車を発見したが、原告車との距離を考え先に右折できるものと考え発進して右折を開始したこと、一方原告は当日自宅で二級酒一合を飲酒した上原告車を運転して本交差点にさしかかりまさに右折を終ろうとしていた被告車の左側ドア中央部に激突したものであることを認めることができる。

<証拠説明省略>

(責任原因)

二、右争いない事実と右認定した事実によれば、被告は交差点中心附近に於て右折を開始するに当り前方二〇ないし三〇メートル附近を時速三〇ないし四〇キロメートルで直進して来る対向車を発見したのであるから、対向車との距離およびその速度から考え、右折を開始したなら対向車の直通を妨げるのみか同車と接触する危険があるので道路交通法三七条一項により、被告は原告の直進を妨げる右折を開始すべきでなかつたにも拘らず、これに違反した過失があるといわなければならない。然し乍ら右一掲記の争いない事実と認定した事実によれば原告車が本件交差点へ進入しようとしたときは被告車が右交差点に於て既に右折していたと認められるから、同条二項により原告車は被告車の右折を妨げないよう減速するか一時停止して事故の発生を未然に防止する注意義務があるのに原告がこれを怠たり酔余被告車の右折に気づかず同一速度で漫然と交差点内へ直進したことにも過失があるといわねばならない。

三、(本件事故により蒙つた損害額)

(一)  原告

(1)  財産的損害

<証拠>によれば原告は横浜赤十字病院の治療費として計二、五〇〇円を、モーターバイク修理費として金二一、〇〇〇円をそれぞれ支出したことが認められる。右認定を上廻る財産的損害についてはこれを認むべき証拠がない。

(2)  精神的損害

<証拠>によれば原告は本件事故により路上に跳ね飛ばされ頸部挫創右手右足打撲左前腕手部挫傷等の傷害を受け治療しても左手拇指がきかないためタオルを絞ることができないほか右足の痺れ等の後遺症が残つていること、この事故による負傷のため原告は勤務先を退職するに至つたことが認められる。原告の受けたこれら精神的苦痛に対する慰謝料額は金三〇万円を以て相当とする。

(3)  しかしながら前記認定のとおり原告側にも過失があり、その過失は被告の過失より寧ろ相当大といえるからこれを斟酌し原告の賠償請求額は財産上の損害と慰謝料の合算額三二三、五〇〇円につき三万円を相当とする。

(二)  被告

(2) 車輛修理代

<証拠>によれば、被告の運転していた軽自動四輪車は同人の父の所有であり、修理費も父名義で支払つていることが認められる。かように、他人所有の車の破損により、その修理代金を被告が請求する場合に於ては、被告が実質上その他人に代つて修理代金を支払つたか、或いはその他人の原告に対する損害賠償債権を被告が譲り受ける等の特段の事情がない限り、請求できないものと言わねばならないのに本件においては、これらの点に関し何ら主張立証がないからこれら修理代は被告の蒙つた損害額に算入することはできない。

(2) 車輛修理期間中の被告の得べかりし利益の損失

<証拠>によれば、被告は毎日平均四、〇〇〇円相当の魚類を仕入れ、それを売却することにより約五割の純益を挙げていたことが認められ、さらに右供述によれば、被告が本件事故により休業を余儀なくされたのは九日間であつたことが認められる。そうすると結局被告は本件事故により一八、〇〇〇円の得べかりし利益を損失したことになる。右認定額を上廻る逸失利益についてはこれを認めるに足る証拠はない。

(3) 得意喪失による損害

被告は本件事故により休業した結果、得意先を喪失し、その損害は一〇〇、〇〇〇円を下らない、と主張するが、本件証拠によつても右損害及びその額を認めるに充分ではない。

(4) 結局本件事故により被告の蒙つた損害額は(2)の逸失利益一八、〇〇〇円と認められるが、前記被告の過失を斟酌するときはその賠償請求額は一五、〇〇〇円を以て相当と認める。

四、被告は昭和三九年一二月五日の本件口頭弁論期日に本件交通事故によつて蒙つた被告の損害賠償債権を以て原告が本訴に於て認容される損害賠償債権と対当額につき相殺する旨意思表示をしたのでその相殺の効果について判断するに、前記認定のとおり被告は自働債権として金一五、〇〇〇円を原告は受働債権として金三〇、〇〇〇円をそれぞれ有し、いずれも相殺適状にあるものと認められるから原告の有する受働債権は金一五、〇〇〇円の限度で消滅したものといわなければならない。(なお、債権の性質が相殺を許さないことについては相殺の効果を争う側に主張立証責任あるものと解すべきなのに原告はその旨の主張をなんらしないのみならず、不法行為により生じた損害賠償債権を受働債権として相殺することは、民法五〇九条により許されないと解する余地もないではないが同条による相殺禁止は債権者が自力救済的に債務者に対して加害行為をなしその賠償債務と自己の債権を帳消しにするのを防ぐ趣旨であるから、双方の不法行為による債権が自動車の衝突のような同一の事実から生じたような場合は相殺を禁止する理由がないと解するのを相当とするので右見解は当裁判所は採用しない。)

五、次に、被告の反訴請求につき判断すると、その主張額のうち前判示認定の如く金一五、〇〇〇円を超える賠償債権が存しないこと、認容された金一五、〇〇〇円の賠償債権については本訴において既に相殺に供され、その相殺の効果が認容されているところである。かく被告が本訴において相殺を以て対抗した債権を反訴において請求する場合、本訴につき相殺の抗弁が理由ありと認められれば右自働債権はその対当額につき存在しかつ相殺によつて消滅に帰したことが既判力を以て確定されうる状態になつたのであるから反訴請求は棄却を免れない。

六、以上説示したところにより明らかなとおり、本訴被告は本訴原告に対し金一五、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和三九年一二月九日より完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならないから右限度において本訴請求を認容しその余の本訴請求および反訴原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。(田口邦雄)

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