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横浜地方裁判所 昭和39年(行ウ)8号 判決 1967年10月31日

原告 和泉萬吉

被告 川崎南税務署長

訴訟代理人 鵜沢晋 外三名

主文

被告が原告に対し、昭和三八年八月二八日付川所第一八八八号でなした昭和三六年度分所得税の更正処分中金三、五一七、三六〇円の部分及び過少申告加算税一七五、八五〇円の賦課決定はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因を次のとおり述べた。

(1)  原告は昭和三七年三月八日川崎税務署長(後に機構改革により被告がその職務を承継)に対し、昭和三六年度分所得税について、総所得金額を一、九七九、五六〇円、所得控除額を二八九、〇八四円、算出税額を四〇四、一四〇円、差引税額を三二四、一四〇円とする確定申告をしたが、同税務署長は昭和三八年八月二八日、原告に対し、川所第一八八八号をもつて総所得金額に譲渡所得金額七、七七七、五五〇円を加え、所得控除額は前同様とし、算出税額を三、九二一、五〇〇円、差引税額を三、八四一、五〇〇円、増加納付税額を三、五一七、三六〇円、過少申告加算税額を一七五、八五〇円とする更正並びに加算税賦課決定処分(以下本件処分という)をした。

(2)  原告は本件処分につき右譲渡所得の不存在を主張して、昭和三八年九月二六日川崎税務署長に対し、異議申立をしたが、これを棄却され、更に同年一二月頃東京国税局長に対し審査請求を行なつたところ昭和三九年五月二八日頃請求棄却の裁決があつた。

(3)  原告は昭和三六年度中に前記譲渡所得を得たことはない。従つて本件処分は右譲渡所得を認定した部分につき違法であるから、その部分及び過少申告加算税の賦課決定の取消を求める。

二、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告の請求原因事実に対する認否及び抗弁を次のとおり述べた。

(1)  請求原因事実中(1)(2)は認める。

(2)  同(3)は争う。原告には昭和三六年度中に次の様な譲渡所得があつた。

(イ)  原告は昭和三六年七月一四日訴外合名会社上野運輸商会と次のとおり交換契約を締結した。

原告は自己所有の別紙第一目録(一)(二)記載の各土地(当時(一)の地目は畑地、(二)の地目は雑種地。以下本件譲渡土地(一)、(二)という)を訴外会社へ提供し、同会社は訴外武藤章造所有の別紙第二目録(一)、(二)記載の各土地(当時(一)の地目は畑地、以下本件取得土地(一)、(二)という)を買い受けて原告に提供する。右各土地中農地については農地法第五条の許可を得た時に所有権移登記をする。

(ロ)  訴外会社は右交換契約の履行として、前同日武藤より本件取得土地を三・三平方米あたり四九、〇〇〇円、合計一六、五六二、〇〇〇円で買い受け昭和三七年四月二一日頃までに右代金を支払つた。同土地(一)につき昭和三六年九月三〇日神奈川県知事から許可を受け、同土地(二)と共に昭和三七年五月二六日頃これを原告に引渡し、同土地(一)につき昭和三八年九月三日中間登記を省略し、武藤から直接原告名義に所有権移転登記がなされた。

他方原告も契約の履行として、本件譲渡土地(一)について昭和三六年一〇月三〇日県知事より農地法上の許可を得て同土地(二)と共に昭和三七年五月二六日頃訴外会社名義に所有権移転登記をして引渡した。

(ハ)  原告のなした右交換は資産の譲渡による所得(昭和三六年当時の所得税法第九条一項八号)に該当し、その発生年度は昭和三六年である。

すなわち旧所得税法第一〇条一項にいう収入すべき金額とは収入すべき権利の確定した金額をいい、資産の譲渡によつて発生する譲渡所得についての権利確定の時期は当該資産の所有権が相手方に移転するときである。従つて本件についてみれば、本件譲渡土地(一)に対する県知事の農地法上の許可がなされて訴外会社に土地所有権が移転した昭和三六年一〇月三〇日に譲渡所得が発生したとみるべきである。

なお本件取得土地(一)に対して昭和三六年九月三〇日になされた県知事の許可は譲受人を有限会社和泉製作所としているが、これは許可申請の際原告とすべきを誤記したにすぎないから、原告を譲受人とした許可として有効である。

(ニ)  そこで川崎税務署長は交換によつて原告の収入すべき金額を本件取得土地(一)、(二)の価格即ち訴外会社が武藤から買い受けた値段である一六、五六二、〇〇〇円とし、本件譲渡土地はいずれも昭和二八年一月一日以前に取得した資産として資産再評価法に基いてその取得価格を二八、八〇〇円と再評価し、譲渡に関する経費を収入すべき金額の一〇〇分の五である八二八、一〇〇円として、再評価額と共に収入すべき金額から差引き、更にこれから所得控除額一五万円を差引いた残額の一〇分の五である七、七七七、五五〇円を譲渡所得金額とした。

そしてこの譲渡取得金額を、原告が確定申告をした昭和三六年分総所得金額一、九七九、五六〇円に加算して適法に本件処分をしたものである。

三、原告訴訟代理人は、被告の抗弁事実に対する認否及び再抗弁として次のとおり述べた。

(1)  被告の主張事実中(2)の(イ)、(ロ)は認める、但し(ロ)の本件取得土地(一)に対する県知事の許可は譲受人を有限会社和泉製作所(代表者原告)とするものであつた。

同(ハ)は争う。すなわち譲渡所得税が課されるのは利得を生じた者に国費を分担させるのが公平とされる場合でなければならないのに、本件交換は客観的に等価値のものとしてなされ、何の利得も生じていないから資産の譲渡にあたらない。仮りに譲渡土地、取得土地間に価値の相違があつて原告が本件交換によつて利得をしているならばその差額にのみ課税すべきである。

又課税されるにしても所得の発生時は本件取得土地について原告名義の移転登記のなされた昭和三八年度と解すべきである。然らずとするも、本件取得土地(一)に対する県知事の許可が有効になされたのは昭和三七年一一月三〇日であるから、原告の譲渡所得の発生は早くとも昭和三七年度であり、これを昭和三六年度の所得として課税することは許されない。

同(ニ)は争う。訴外会社が訴外武藤に支払つた本件取得土地の価格は同社が事業拡張のため同土地を一刻も早く必要としたことにより、時価よりも遙かに高額であつた。従つて被告は収入すべき金額の評価にあたつてこの事情を考慮すべきであり、本件では客観的に適正相当な評価額を収入すべき金額としていない。

又本件譲渡土地(一)は原告の先代和泉銀蔵が大正一五年頃三・三平方米あたり四円五〇銭で、同土地(二)は原告が昭和二二年六月頃同じく五〇円で買い受けたものであるから、この各土地につきその後のインフレによる実質的な資産再評価をし、これを収入すべき金額から控除すべきである。

(2)  本件交換契約は次のとおり無効又は取消されたから、原告の譲渡所得は存在しない。

(イ)  本件交換契約に際し、訴外会社は土地交換によつて譲渡所得税が賦課されることはないと告げたので、原告はこれを信じて契約締結に至つたところ、前記のとおり課税された。原告としては課税されるならば交換に応ずる意思がなかつたのであるから、本件交換契約における原告の意思表示はその重要な部分に錯誤があり無効である。

(ロ)  訴外会社は土地交換によつて譲渡取得税が賦課されることを知りながら課税されないと原告を欺き、その旨原告を誤信させた上本件交換契約を成立せしめたものである。よつて原告は訴外会社に対し昭和三九年八月二八日到達の書面で本件交換契約を取り消す旨の意思表示をした。

四、被告訴訟代理人は原告の再抗弁事実に対する認否及び再々抗弁として次のとおり述べた。

(1)  原告の主張事実中(2)の(イ)は否認する。同(ロ)は意思表示の到達のみ認め、その余は否認する。

(2)  仮に本件交換契約に際し、原告に錯誤があつたとしても、原告はその主張するように課税の有無について疑問をもつていたとすれば、当然税務官署又はその他の税務専門家にこれを確めるべきであつたし、それをなし得る時間的余裕も十分あつたのであるから、かかる措置もとらずに漫然と本件交換契約を締結したことについては表意者たる原告に重大な過失があるものというべく、原告は自ら錯誤により無効の主張をすることはできない。

(3)  仮に本件交換契約が詐欺により取り消されたとしても被告は右詐欺の事実を知らない善意の第三者であるから、原告は取消をもつて被告に対抗できない。

(4)  仮に本件交換契約が無効又は取り消されたとしても、原告は本件取得土地を訴外千代田化工建設株式会社に賃貸し、本件譲渡土地も訴外合名会社上野運輸商会が工場用地として、いずれも当事者がそれぞれの経済的成果を享受しているのであるから、右契約が有効であることを前提として課税することは適法である。

五、原告訴訟代理人は被告の再々抗弁事実に対し次のとおり認否した。

被告の主張事実中(2)は争う。複雑な税法を一般人が知らなかつたからと云つて過失があつたとは云えない。同(3)は否認する、被告は善意の第三者に該当しない。同(4)は争う。

六、立証関係<省略>

理由

請求原因事実(1)(2)については当事者間に争いがない。

被告は、原告には昭和三六年度に交換による譲渡所得があつたと主張し、原告はこれを争うのでその点について判断する。

原告が昭和三六年七月一四日訴外会社と被告主張のとおりの交換契約を締結したこと、及び農地たる譲渡土地(一)に対して昭和三六年一〇月三〇日神奈川県知事より農地法第五条の許可がなされたことは当事者間に争いがない。

資産の譲渡に対して所得税を賦課するのは、資産の実質的、名目的価値の増加を所得とみて、所得者がその資産につき譲渡行為をした時、それを契機として課税の対象とするという考えに基くものである。所得者が資産の譲渡によつて利益を得ることは課税の要件とはならないのであるから、本件交換契約による所得も当然旧所得税法(昭和三六年時―以下同様)第九条一項八号の資産の譲渡による所得に該当する。

次に先ず譲渡所得のあつた年度について審究する。

旧所得税法第一〇条一項にいう収入すべき金額とは収入すべき権利の確定した金額をいい、その確定の時期は、交換に基く土地所有権の取得については、その基礎となる交換契約の効力が発生して、その取得すべく権利が法律上行使することのできるようになつた時と解すべきである。

本件交換契約は双方共に農地を含んでおり、一方の譲渡土地(一)に対しては昭和三六年一〇月三〇日神奈川県知事の農地法第五条の許可があつたことについては当事者間に争いがなく、被告はそれのみで足りると主張するが、然し農地所有権の移転を目的とする契約は県知事の農地法上の許可を法定条件として成立するから、その許可があつて始めて契約の効力が発生し、双方共に農地を含んだ交換契約の場合には双方共に許可がなければ効力は発生しないと解される。よつて一方のみの許可では足りず、他方の取得土地(一)に対しても同様の許可がなければならない。(なお農地でない土地に対しても契約効力発生の時期は後記判断のとおり農地と同様である。)

そこで取得土地(一)につき昭和三六年九月三〇日付で神奈川県知事の農地法第五条の許可があつたことは当事者間に争いがなく、被告は、右許可は有限会社和泉製作所となつているが原告が譲受人としてなされたとみるべきであるから、武藤と原告間の取得土地(一)の譲渡に対し有効な許可であると主張し、原告はこれを争うので検討する。

農地法第五条の許可を受けるには、契約当事者の氏名住所職業の事項を記載した申請書を提出し、申請書には契約当事者が連署しなければならない(農地法施行規則第六条一項、二項)。すなわち農地に関する権利移転が両当事者間の契約によつて行われた場合には、両当事者連名の上で許可申請をしなければならず、契約当事者双方の申請が許可の前提となる。

しかして右許可の申請書である成立に争いのない乙第一〇号証によれば、申請当事者は譲受人有限会社和泉製作所、譲渡人武藤章造であること、そして譲受人代表取締役和泉萬吉と譲渡人武藤章造が連署したことが認められ、右事実によれば、許可申請は有限会社和泉製作所と武藤章造の両名からなされたものと解すべきである。

被告は、右許可は譲受人を原告とする有効なものとみるべきだと主張する、そして当時原告が右会社の代表取締役であつたことは当事者間に明らかに争いがなく、また前記許可申請書のうち権利を移転しようとする契約の内容欄には譲受人が原告である旨の記載があるが、然し右会社と原告とは別個の人格であるし、実際は原告が譲受人であつたにしても許可申請の当事者になつていない限り、前記の許可をもつて原告に対する適法な許可と解することはできない。

本件交換契約の対象となつたもののうち、非農地である譲渡土地(二)、取得土地(二)についてその契約が成立したかどうかについて検討するに、成立に争いのない甲第八号証、同第一〇号証、同じく乙第一一号証、証人館山芳郎の証言によれば、訴外会社は本件譲渡土地(一)(二)を共に同社陸運部のために必要としたので原告へ交換を申し込み、これに応じた原告も譲渡土地、取得土地を一括して互にみあうものとして交換契約を締結した事実が認められる。

右事実によれば、当事者の意思は共にその物件を不可分のものとして本件交換契約を締結したと認めるのが相当であり、その効力は農地について適法な許可がなければ発生しないものと解すべきである。してみれば昭和三六年度中に非農地について交換契約が成立したと解することはできない。

次に被告主張の再々抗弁(4)について判断するに、原告が昭和三七年五月二六日頃本件取得土地を訴外会社より引渡をうけ、その頃訴外会社に対し本件譲渡土地を引渡したことは当事者間に争いないが、しかし昭和三六年度中に本件取得土地を訴外千代田化工建設株式会社に賃貸し、訴外会社が本件譲渡土地を工場用地として使用した事実を認めることのできる証拠はないから、右主張は採用できない。

かように判断すると、被告主張の原告に昭和三六年度に譲渡所得があつたとの点は理由がなく失当であるから、その他の点につき判断するまでもなく、本件処分中増加納付税額三、五一七、三六〇円及び過少申告加算税額一七五、八五〇円の賦課決定はこれを取消すべきであり、原告の請求は正当なものとして認容すべきである。よつて訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石橋三二 藤原康志 新城雅夫)

(別紙第一、第二物件目録省略)

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