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横浜地方裁判所 昭和34年(ワ)29号 判決 1961年4月25日

原告 ジヨージ・イー・オルコツト

被告 本井錬一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金三、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三四年一月二四日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、請求原因として、

「原告は鎌倉市津字猫池一〇七一番の二に約二八五坪の宅地を所有し、その南東部上に、原告が昭和三〇年に建築した、家屋番号同市腰越第一一四八番の三木造亜鉛葺平家居宅一棟建坪三六坪があり、その北西部に同年建築の付属木造亜鉛葺平家車庫建坪九坪五合を所有し、これらを使用し居住していた。被告は、その東側に隣接した約二九〇坪の土地を所有するものである。右被告所有の土地は、地形上大体西部、中央部、東部の三部分にわかれ、西部(すなわち原告所有地と接する部分)は約五〇坪、東部は約一〇〇坪のそれぞれ平坦地であるが、東部は西部より約一三米高くそこに被告の住宅があり、中央部は西部と東部との中間で西より東に漸次高くなつている崖地である。崖の略中腹に南北に走る巾約一米六の小路があり、小路の下方は約二五度、上方は約四〇度の傾斜をなし、右の小路の上方約四〇度の傾斜を有する土地上に小路に沿い、崖の斜面保護のため被告所有の擁壁が設けられていた。右擁壁はL字型(扶壁式)鉄筋コンクリート製で、長さ約二三米、高さ約二米〇五、厚さは上部において約二〇センチ、下部において約三五センチ、基礎の厚さ約四〇センチ、壁裏面の略中央に厚さ約四〇センチ、高さ約一米六〇、底辺約一米の三角形扶壁があり、その底辺は基礎に接着していた。(当時の両敷地の地形、家屋、擁壁の位置、擁壁の構造は別紙第一ないし第三図のとおり。)

昭和三三年九月二六日は終日雨天であつたが、午後一〇時五〇分頃、前述の擁壁はその略中央から割れて外側に開いた後、その支えていた土砂と共に崖地を辷り落ちた。そしてその南半分(巾約九米)は原告の前述住宅の北半分を他の半分より切断して押し潰すとともに、住宅の残部に全く使用に耐えぬ程の損傷を与えた後、一部はその場所に止まり、他部は更に転落して原告方敷地の西部を走る道路傍に止まり、擁壁の北半分(巾約一一米)は原告の前述車庫を押し潰してその場所に止まつた。その際右住宅で就寝中の原告使用人高島幸(当時一七歳)は圧死し、原告の長男ジヨージ・シー・オルコツトは頭部に全治五ケ月の重傷を負つた。結局この事故のため原告は別紙損害額明細書記載のとおり合計金四、四一一、八〇〇円の損害を蒙つた。

この擁壁の倒壊は、その排水設備および根入れの不完全であつたことに起因する。この程度の擁壁にあつては、容易に排水できるより少くとも直径一〇センチ位の排水孔を一〇数個以上設けるべきであるのに、本件擁崖には直径三センチ七ミリの排水孔が少々設けられていたのみで、これでは豪雨の際には軟弱化した泥土によりその完全流通が妨げられるから、排水の用を充分に達することができない。

次に、本件擁壁の敷地の地盤は池子火砕岩層からなつており、この層の表層は風化しやすく、表面から一米ないし二米の間はかなり脆弱になつている。また擁壁によつて支えられている部分は敷地造成の際一部盛り土をされていた。このような場合擁壁の根入れは少くとも一米以上とせねばならないにも拘わらず、本件擁壁の根入れは僅か四〇センチであり土圧に対する安定度は不充分であつた。

仮りに本件擁壁の崩壊が、擁壁下方に沿つて南北に走つている鎌倉市有道路の土地の土砂崩れに基因するとしても、右道路表面は特別の舗装もなく、又擁壁上段の崖地が急勾配なのであるから大降雨の際擁壁根入れ部分の土壌が洗い流され、そのため擁壁が崩壊することを防止するため、擁壁の根入れを深くする等の適切な危険防止措置を施すべきであつた。以上要するに擁壁の崩壊は当日の大降雨が近因ではあつたが、擁壁自体の設置、保存の瑕疵によるものであつた。なお設置保存に瑕疵があるか否かは、擁壁の設置当時の技術的基礎によつて決すべきものではなく、事故発生当時の技術的水準を基礎として判定すべさものであり、本件擁壁は少くとも事故発生当時としては、その保存に瑕疵があつたものである。

よつて原告は擁壁の占有者であり、かつ所有者である被告に対し、原告の蒙つた損害の内金三、〇〇〇、〇〇〇円の賠償およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三四年一月二四日より右支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴に及んだ。」

と陳述し、証拠として、甲第一ないし第七号証、第八号証の一ないし七、第九ないし第一二号証、第一三号証の一、二、第一四号証、第一五号証の一、二を提出し、証人小泉安則、大窪一、同山本美智代、同榎並昭の各尋問を求め、鑑定人榎並昭、同斎藤迪孝の各鑑定の結果および検証の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、[原告主張事実中、原告および被告の所有地の位置および形状(ただし正確には、同所に存する被告所有の土地は、(一)鎌倉市腰越字猫池台一四六三番の五宅地一六六坪、(二)同市津字猫池一〇六九番の四宅地五〇坪、(三)同所一〇七〇番の八宅地七五坪、の三筆より成り、(二)(三)は隣接して一区画をなしているが、これと(一)との間には、巾員約一米半の鎌倉市有道路が南北に走り、被告所有土地を上下に分断している。そして更に、原告が被告の敷地と称する土地のうちには被告所有土地の外に、訴外国土計画株式会社の所有土地および公道々路敷地が含まれている。)家屋の配置、擁壁の位置、構造が原告主張どおりであること、昭和三三年九月二六日に雨が降り、午後一〇時五〇分頃擁壁が崩れ落ち、その際これが一因となつて、原告の住宅に損傷を生じ、高島幸が死亡し、ジヨージ・シー・オルコツトが負傷したこと、は認めるが、その余はすべて否認する。特に被告は、本件擁壁の設置保存に瑕疵があり、それが事故の原因であつたとの原告主張を争う。

すなわち、本件擁壁には直径四センチ強の排水孔が壁面に一〇数ケ所設けられていた上に、擁壁の存する崖地の上部には、被告の居宅が存するのであるが、居宅周辺の雨水は樋および土管により下水管に導かれ別に崖下に放流処理され、崖地を含めて居宅敷地への自然水滲透の負担を軽減する処置がとられていた。従つて本件擁壁ならびに崖地の排水設備については通常必要とされるに充分の注意が払われ、何等欠陥がなかつた。また擁壁は鉄筋コンクリート造、壁面の長さ約二〇米、厚さ上部二〇センチ、下部三五センチ、脚部の厚さ五五センチ、壁裏面の略中央に巾四〇センチの三角形の扶壁があり、その底辺を長さ一米二〇の基礎に定着させ、根入れも四〇センチ程度ではなく、充分深く施されていた。昭和六、七年頃の築造であるが、崖地の安全保持のための当時の法令上の要請を完全にみたし、それ以来何等の事故もなかつた。その後も擁壁の外面には亀裂その他の損傷は全然存在せず、又崖地の形状、実質にも特段の異変はなく、従つてその設置保存には全く瑕疵が存しなかつた。たまたま事故当日二二号台風が襲来し、前日夜半より引続き雨天であつたところ、当日午後に至り急激に降雨量が増大した。(鎌倉市における前日と当日の降雨量合計二六九ミリのうち約八五パーセントが当日の午後に集中した。)本件擁壁上部の崖地は相当急勾配で、かつ崖面は芝で覆われ、手入が行届いていたためもあり、降雨の大部分は地中に滲透する余裕もなく、直ちに地表を伝つて擁壁の下に落下流出した。擁壁下方にこれに沿つて南北に走る巾員約一米半の鎌倉市有道路には表面に特段の舗装もなく、地肌のままであつたため、逐次道路面の土が雨脚に掘り起され、擁壁上段の崖地よりの流水のため、擁壁根入部分の土は雨水とともに道路下方の崖地へ流れ去り、ついに擁壁脚部を露出し、擁壁の支えのバランスを崩し、擁壁はその自重に堪え兼ね、下方の崖面を伝つて辷り落ちた。すなわち擁壁の崩壊はその下方にあつた道路部分の土地の土砂崩れに基因し、擁壁自体の瑕疵によるものではなく、また原告方家屋の損傷も崩壊した土砂と土砂崩れに伴う擁壁の落下とにより生じたもので、擁壁の崩壊のみによるものではない。

しかのみならず、当日の台風は東日本を襲つた観測開始以来最大のものであつて、中心気圧九〇〇ミリバール、最大風速七〇米、中心から半径五〇〇キロ以内は風速二五米であり、東日本方面は同月二二日以降断続的の長雨で、鎌倉市における降雨量は、前述のとおり二五、二六両日で二六九ミリを数え、しかもその大部分が二六日の午後に集中した。その被害は神奈川県下のみにても、死者九四各、負傷者一二三各、行方不明一二名、全壊家屋二七九戸、半壊二五〇戸、山崖崩れ七六一件という程であり、本件の擁壁の崩壊もこの未曾有の短時間に集中された多量の降雨により突発したもので、かかる台風の襲来は何人も予想しない不可抗力であつたから、被告はこれによつて原告の蒙つた損害を賠償する責を負うものではない。」

と陳述し、証拠として、乙第一ないし第五号証を提出し、証人上野進、同伊藤秋三郎、同勝俣勘太郎、同木部隆吉、同鈴木トシエ、被告本人の各尋問を求め、鑑定人榎並昭、同斎藤迪孝の各鑑定の結果および検証の結果を援用し、甲第一ないし第六号証の成立および甲第一五号証の一、二が本件現場の写真であることを認めその余の甲号証は不知と答えた。

理由

原告が鎌倉市津字猫池一〇七一番の二に約二八五坪の宅地を所有し、その上に木造亜鉛葺平家居宅一棟建坪三六坪およびその付属建物として木造亜鉛葺平家車庫一棟建坪九坪五合を所有してこれを使用居住していたこと、被告はこれに隣接する同市津字猫池一〇六九番の四宅地五〇坪、同所一〇七〇番の八宅地七五坪および同市腰越字猫池台一四六三番の五宅地一六六坪を所有しているところ、その三筆の土地は地形上およそ西部、中央部、東部の三部分に分かれ、原告所有地と接する西部は約五〇坪の平坦地、東部は西部より約一三米高所に位する約一〇〇坪の平坦地、中央部は西部と東部との中間で、西より東に向い漸次高くなつている崖地であつて、崖地の略中腹には南北に走る巾約一米六の鎌倉市有の公道があり、公道より下は約二五度、公道より上は約四〇度の傾斜をなしていること、この四〇度の傾斜地に公道に沿い、崖の斜面保護のため被告所有の擁壁が設けられていたこと、その擁壁は鉄筋コンクリート製で長さ約二〇ないし二三米、高さ約二米、厚さは上部において約二〇センチ、下部において約三五センチ、壁裏面の略中央に厚さ約四〇センチの三角形の扶壁があつたこと、以上当時の両敷地の地形、家屋の配置、擁壁の構造については、略別紙第一ないし第三図のとおりであつたことはいずれも当事者間に争いなく、成立に争いのない乙第一ないし第三号証によればなお正確には、被告の所有地のうち、崖の部分の中段を走る公道の付近に、若干訴外国土計画株式会社の所有地が北側よりくさび状に入りこんでいることを認めることができる。

そして昭和三三年九月二六日に雨が降り、午後一〇時五〇分頃右擁壁が崩れ落ち、これが一因となつて、原告の家屋に損傷を生じ、原告の長男ジヨージ・シー・オルコツトが負傷し、雇人高島幸が死亡したことは当事者間に争いがない。

よつて、原告のこれによつて生じた損害を被告が賠償すべきか否かの前提として、右の擁壁の設置保存に瑕疵があつたか、前示の事故の発生はこの瑕疵に基くものであつたかどうかについて判断する。

事故当日の昭和三三年九月二六日は関東地方南部を狩野川台風の中心が通過し、これによつてもたらされた豪雨のため各地に著大の被害を生じたことは公知の事実であるところ、成立に争いのない乙第四、五号証によれば、鎌倉市の年間平均降水量一五二八ミリメートルに対し、当日九時より翌二七日九時までの同市における降水量は二三五ミリメートルで、これは明治四一年三月同市において観測開始以降の日降水量の最大値であり、なおその数日前より雨天つづきで同月二三日は一九ミリ、二四日は三ミリ、事故前日の二五日は三四ミリの日降水量を見ていたこと、鎌倉市における事故当日たる二六日の毎時間降水量の記録は存しないが、これに準ずると認むべき横浜市における毎時間降水量は同日の午後に当日の降水量の大部分が集中し、すなわち同日一時三・二ミリ、二時三・一ミリ、三時二・五ミリ、四時〇・三ミリ、五時〇・九ミリ、六時三・五ミリ、七時一・八ミリ、八時〇・三ミリ、九時一・〇ミリ、一〇時四ミリ、一一時七・四ミリ、一二時五・二ミリ、一三時一七・二ミリ、一四時二六・二ミリ、一五時二九・七ミリリ、一六時一八ミリ、一七時二二・五ミリ、一八時二五ミリ、一九時三七ミリ、二〇時三・二ミリ、二一時五・八ミリ、二二時二二ミリ、二三時二〇・五ミリ、二四時一・一ミリ(以上合計二六二・四ミリ)であつたことを認めうベく、そして本件擁壁の崩壊はこの集中豪雨が近因をなすものであることは、当事者間に争いがない。そして以上認定の事実と検証の結果、鑑定人榎並昭、同斎藤迪孝の各鑑定の結果および証人榎並昭の証言を総合すれば、本件擁壁の崩壊は前示のとおりまれに見る豪雨による雨水の地面への滲透により土の重量が増大したゝめ、擁壁の基礎盤下の土砂が広範囲に流失崩落したによるものと推測されるところ、右の豪雨が全く予想外の規模のものであつたとのことは、これを認むべき的確な証拠が存しないので、本件事故は不可抗力によるものであつたとまで断定することはできないけれども、右に挙げた各証拠と被告本人尋問の結果とによれば、擁壁自体のコンクリート部分の設計施工の不備は認められず、たゞコンクリート打ちの不良個所が一部見られるけれども、これは壁自体の強度に決定的な影響を与える程度のものではなかつたこと、排水については崖上の建築物部分に降下した水の排水については別に排水溝を設けてあつたが、擁壁裏面に滲透した水の排水については、直径約三七ミリの排水孔が若干壁面に設けられていたのみで、その数、直径の大きさ、孔裏のフイルター層の設置が不充分であり、もしこの点を充分にし、さらにボーリング、土質試験等により斜面の地辷り面を予想して擁壁の基礎をより深くしあるいは擁壁下に杭を打つ等の処置を施してあつたとすれば、崩壊を防ぐことが可能であつたと考えられるけれども、これはごく最近の進歩した技術的基礎に立つての観察であつて、本件擁壁が設置されたと認められる昭和六、七年頃の擁壁設計に関する技術上の水準においては、擁壁自体の強度の問題はともかくとして、擁壁を含む斜面の安定すなわち擁壁に関連した土に関する事項の科学である土質力学は未発達であつたから、たとえ斜面崩壊のおそれがあることがわかつていたとしても、その原因の本質および対策について明確でなく、かつこれを設計に取り入れる程度には研究されていなかつたものであることが認められ、証人小泉安則の証言およびこれにより成立を認めうべき甲第一〇号証、証人大窪一の証言およびこれにより成立を認めうべき甲第一一号証も右認定を覆えすに足りず、他に以上の認定を左右するに足る証拠は存しない。

従つて本件擁壁の設置の際には、当時の技術的水準より見てこれにつき瑕疵が存したとはいゝえられず、そしてその後この擁壁に関し、事故があつたり、亀裂その他の損傷が見られたり、崖の形状に特段の変化があつたりしたことは、これを認むべき証拠がない(被告本人尋問によれば、それまでに擁壁に異状はなかつたことが認められる。)から、その保存についても瑕疵が存したとは認められない。原告は技術水準が進んだ場合には、現在の技術的基礎の上に立つて保存の瑕疵の有無を判断すべきであると主張するけれども、ここにいわゆる瑕疵の有無は、絶対的、抽象的に決められるべきものではなく、相対的、社会経済的な見地に従つて考慮さるべきものであつて、この見地からするときは、技術に格段の進歩があり、しかも旧来のものによるときは極めて危険であるとして、すべて新規の技術に従い在来の擁壁を補修することが法令によつて要求され、あるいはそうでなくとも、それが一般に行われるというような特別の状況があれば、格別、そうでない以上は設置当時瑕疵がなかつた施設につき、その後異状がない場合、進歩した技術に基き、これを補修することは必ずしも一般に期待できないところであつてこれを怠つたからといつて保存についての瑕疵があるということはできない。本件ではそのような特別の事情の存したことは、証拠上認められないのであるから、原告の右主張は採用し難い。

以上のとおり本件擁壁の設置保存につき瑕疵の存したことが認められないので、これを前提とする原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、既にこの点において失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉岡進)

別紙<省略>

原告の蒙つた損害額明細書

<省略>

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