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横浜地方裁判所 昭和32年(ワ)793号 判決 1958年3月10日

原告 伊東正明

被告 神奈川いすゞ自動車株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金弐拾万円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

(一)、原告は自動車修理加工を、被告は自動車の販売を、訴外鈴木栄次は砂利運搬を各業とする商人である。

(二)、原告は訴外鈴木栄次に対し弁済期にある約束手形金債権金弐拾万円(金弐万円弁済期昭和三十二年三月三十日、金三万円弁済期同年五月二十日、金十五万円弁済期同年四月十六日)を有し、たまたま同訴外人がその所有にかゝる別紙目録記載の本件自動車を修理のため原告方に昭和三十二年七月二十日項持参したので、原告は自己の占有に帰した本件自動車を右双方のために商行為たる手形行為によりて生じたる右約束手形金債権の弁済を受けるため商法第五二一条により留置中であつた。

(三)、ところが被告は訴外鈴木栄次に対する横浜地方裁判所昭和三十二年(ケ)第二五〇号自動車競売手続開始決定の執行力ある正本により、昭和三十二年八月十四日原告方に臨み原告に対し原告占有中の同訴外人所有の本件自動車の引渡を求めた。

(四)、よつて原告は前記留置権に基き引渡を拒否したところ、被告はその委任に係る横浜地方裁判所執行吏木村慎次郎をして引渡の執行をなさしめ、本件自動車に対する原告の占有を奪い、これに対する原告の留置権を消滅させた。そもそも前記自動車競売手続開始決定の執行力ある正本は原告に対するものではないから、右正本に基いて原告に対し自動車引渡の執行をなし得ないことは民事訴訟法第二百一条に照らし明らかである。また原告が留置権により本件自動車を留置するとき、その引渡を求める者は被担保債権に相当する担保を提供しなければならないことは民法第三百一条の定めるところであるが、被告は右担保の提供をしていない。

(五)、右の次第で原告は被告の違法な執行手続により留置権を奪はれ、その結果若し被告の不法行為がなければ、原告は右留置権を行使することによりその被担保債権金弐拾万円の弁済を得られたであろうが、留置権を失つたため右被担保債権の弁済を得られない。結局原告は被告の不法行為により留置権の被担保債権金弐拾万円相当の損害を蒙つたから、その損害賠償として被告に対し金弐拾万円の支払を求めるため本訴に及んだ。と述べ、

被告の抗弁に対して

原告が訴外鈴木を相手方として本件自動車につき被告の主張するが如く仮差押命令及び監守保存処分の申請をし、監守保存処分の決定を得てその執行をなしたことは認めるも、原告が右の執行にあたり本件自動車に対する占有を放棄し、これによつて原告の留置権が消滅したとの主張はこれを争う。原告が本件自動車につき仮差押手続をしたことは、昭和三十二年七月末頃訴外鈴木が本件自動車に対する原告の占有を奪う様子が見えたためである。ところで監守保存の執行をなすにあたり、訴外鈴木は本件自動車を占有していなかつたので、原告方において一応訴外鈴木に対し監守保存の執行をなしたものである。従つて同訴外人に対する自動車監守保存の執行は、法律上執行不能であるから外形上なされた右執行は法律上無効のものである。仮りに有効だとしても右監守保存の執行は同訴外人に対しなされたもので、原告に対してなされたものではないから、原告の本件自動車に対する占有には何等影響はない。被告が前記の如き訴外鈴木に対する自動車監守保存の執行があつたことのみを理由として原告の本件自動車に対する占有を否認することは失当である。と述べ、

立証として、甲第一乃至第八号証を提出し、原告本人尋問の結果を援用した。

被告訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、

原告主張の(一)の事実は認める。(二)の事実は否認する。(三)の事実のうち原告の占有中という点は否認、その余は認める。(四)の事実のうち、引渡執行の事実は認め、その余は全部争う。(五)の事実は争う。と述べ、

抗弁として、仮りに原告が本件自動車に対しその主張の如き留置権を有していたとするも、原告は訴外鈴木に対し有する債権につき執行を保全しようとし、横浜地方裁判所に対し本件自動車の仮差押命令の申請をすると共にその監守保存処分の申立をなし、その決定を得て、これに基く執行が同年八月二日原告方において行はれた際自ら本件自動車の占有を放棄してこれを同執行吏の占有に移したのであるから、原告は自ら留置権を放棄したものである。被告はその後訴外鈴木に対する抵当権実行のため同裁判所に対し本件自動車につき競売の申立をなし、その結果同裁判所昭和三二年(ケ)第二五〇号自動車競売手続開始決定による本件自動車に対する執行が行はれ、同裁判所執行吏は自己の占有中にかゝる本件自動車を現実の保管場所であつた原告方敷地内より引揚げて執行の便益のため被告方敷地内に移管したのである。そして同執行吏は仮差押の執行と競売開始決定に基く執行との間に何等不合理も牴触もなきものと判断して右の措置をとつたもので、適法且つ妥当な執行行為である。換言すれば原告の留置権の消滅は占有放棄という原告自身の行為に基くもので、それは何等被告の行為に原因するものではない。被告は抵当権を有しており、これに基きその実行を裁判所に求めるのは当然の権利行使で裁判所もこれを適法として本件自動車につき競売手続開始決定をし、執行吏もこれを執行したものでその間に被告の不法行為が介在する余地はない。と述べ、

甲第四乃至第八号証はその成立を認め、甲第四乃至第六号証を利益に援用し、甲第一乃至第三号証は知らないと述べた。

理由

原告主張の(一)の事実及び被告が原告主張の日時に訴外鈴木栄次に対する横浜地方裁判所昭和三二年(ケ)第二五〇号自動車競売手続開始決定の執行力ある正本に基いて本件自動車に対する自動車引渡の執行をなしたことは当事者間に争がない。

よつて先ず原告が本件自動車につき商事留置権を取得していたかどうかについて判断すると、成立に争のない甲第四号証、第六乃至第八号証及び原告本人の尋問の結果並びにそれにより真正に成立したものと認められる甲第一乃至第三号証を綜合すれば、原告は訴外鈴木振出原告宛三通の約束手形に基き、昭和三十二年七月二十日頃同訴外人に対し弁済期にある合計金弐拾万円の三口の約束手形金債権を有していたところ、その頃同訴外人はその所有にかゝる本件自動車を原告方に持参し修理を依頼したので、原告はこれを承諾して本件自動車を預かり占有するに至つたこと、原告はその頃本件自動車の修理をしたけれども、右手形債権の弁済を受けていないので、その弁済を求めるため後記認定の監守保存処分の執行に至るまで本件自動車を留置していたことが認められる。

ところで以上の各事実によれば、商法第五百二十一条所定の留置権の成立要件が備わつていることが明らかであるから、原告は占有中の本件自動車につき商事留置権を有していたものというべきである。

よつて進んで、被告の抗弁につき判断するに、原告が訴外鈴木を相手方として横浜地方裁判所に対し本件自動車につき仮差押命令の申請をすると共に監守保存処分の申請をもなし、同裁判所から監守保存処分の決定を得て同年八月二日その執行をなしたことは当事者間に争いがなく、右の事実及び前示甲第一乃至第三号証、第四号証、第六乃至第八号証、成立に争のない甲第五号証、原告本人尋問の結果を綜合すれば、本件自動車に対する右監守保存処分の執行は原告の訴外鈴木に対する前段認定の約束手形債権に基く執行を保全するためなされたものであつて、そのため原告は、同裁判所執行吏岩瀬甲が本件自動車の所在場所である原告方に臨み右の執行をするにあたり、自ら本件自動車の占有を放棄してこれを同執行吏の保管占有に移し、同執行吏は引続き原告方において本件自動車を保管することどし、原告を保管補助者として無償でこれを原告に看守させたこと、その後被告は冒頭認定の如く本件自動車に対する競売手続開始決定の執行力ある正本に基き自動車引渡の執行をしたものであるが、被告から右引渡執行の委任を受けた同裁判所執行吏木村慎次郎は上述の如く、本件自動車は既に監守保存処分の執行として岩瀬執行吏の保管にかゝるので、同執行吏から強制執行によりこれが引渡を受けると共に保管場所を原告方から被告の車庫に移したことをそれぞれ認めることができ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

原告は監守保存処分の執行をする際訴外鈴木は本件自動車を占有していなかつたので、原告方において一応同訴外人に対し監守保存処分の執行をなしたものである。従つて右の執行は法律上執行不能であるから無効であり、仮に有効だとしても右の執行は同訴外人に対してなされ原告に対しなされたものではないから、原告の本件自動車に対する占有には何等影響がないと抗争するけれども、仮差押物件たる本件自動車は仮差押債務者たる同訴外人の所有ではあるが、同訴外人の占有にはなく仮差押債権者たる原告の占有中であつたところ、原告がその占有を放棄したので、所在場所である原告方において、仮差押執行として監守保存処分の執行がなされたものであることは以上認定事実に徴し明らかであるから、自動車及び建設機械強制執行規則第七条第一項後段、民事訴訟法第五百六十七条の法意に照らし右の執行は執行法上違法無効のものではないと解すべきである。従つて原告の右主張はその理由がない。

そうだとすると、原告は自己の申請に基ずく本件自動車に対する監守保存処分の執行後は本件自動車の占有を喪失し、その結果本件自動車に対する原告の留置権は消滅したものというべきである。

よつて、原告の留置権が右執行後も存在することを前提とする原告の本訴請求は既にその前提において失当であるから、原告のその余の主張につき判断するまでもなく、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 久利馨)

目録

一、貨物自動車 一台

但し車名 いすゞ

型式 TX六一-七 一九五四年

自動車登録番号 神一す一二三〇

車体番号 五四-TX六一-二一二四六〇

原動機番号 DA四八

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