大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和31年(ワ)842号 判決 1959年6月19日

大同信用協同組合

事実

原告岡本興業有限会社は訴外新興建設株式会社(以下単に訴外会社という)に対し公正証書による金九十五万円の金銭債権を有するところ、訴外会社は後記のように被告大同信用協同組合に対して金二百三十六万九千円の金銭債権を有していたので、原告は右公正証書の執行力ある正本に基き、訴外会社を債務者、被告を第三債務者とし、右金銭債権中の金九十五万円を被差押債権として横浜地裁に債権差押命令を申請し、昭和三十一年七月五日債権差押命令を得たが、同差押命令は翌六日第三債務者である被告に送達された。次いで、原告は同裁判所に右差押にかかる債権の取立命令を申請し、同年八月二十七日債権取立命令が発せられ、同取立命令は同日被告に送達された。

一方、訴外会社は、昭和三十一年六月二十日米軍東京ファイナンスオフィス振出、金額二百三十六万九千円、支払人日本銀行なる小切手一通を所持していたところ、昭和三十一年六月三十日頃被告との間に右小切手の取立委任及びその支払を受けることを停止条件とし、これと同額の預金債権を取得する旨の預金契約を締結して右小切手を被告に交付した。而して被告は、同日右小切手の取立を更に株式会社三和銀行川崎支店に委任し、同銀行はその頃これを東京手形交換所を経由して小切手金の支払を受けて被告との決済をすませた。それによつて訴外会社は被告に対し金二百三十六万九千円の預金債権を取得したから、原告は前記取立命令に基き、訴外会社が被告に対して有する債権中金九十五万円の支払を求める、と主張した。

被告大同信用協同組合は答弁として、昭和三十一年六月二十六日被告は訴外会社から本件小切手の取立委任を受けたことはあるが、同小切手は裏書の連続に欠缺があつたために支払を拒絶されたので、被告は同月二十八日これを訴外会社に返還した。その後の同年七月二日被告は裏書連続の欠缺を補正した本件小切手の取立委任を受けたが、その取立委任者は訴外会社ではなくて訴外新井基賢(同会社役員)であると述べ、抗弁として、原告主張の訴外会社と被告との本件小切手の取立委任が前記昭和三十一年六月二十六日の契約を指すものとすれば、前述のように被告は小切手を訴外会社に返還しその委任にかかる事務を完了したものである。また、仮りに、前述の裏書連続の欠缺を補正した本件小切手の取立委任をした新井基賢が訴外会社から代理権を授与され、その代理人として契約したものとすれば、同人は取立金の受領従つて原告主張の預金債務の弁済の受領についても代理権を有していたものであるところ、被告は、本件差押命令送達前に金額二百三十六万九千円、支払人三和銀行川崎支店なる小切手を作成し、訴外会社の代理人たる新井基賢に対しこれを交付した結果、原告主張の預金債権は前記差押命令が被告に送達される以前に既に消滅していたものであるから、右差押命令は効力を生ずるに由なく、原告の主張は失当たるを免れない、と抗争した。

理由

原告が訴外新興建設株式会社に対するその主張の債務名義に基き横浜地裁に右訴外会社を債務者、被告を第三債務者として、原告主張の預金債権二百三十六万九千円の内金九十五万円を被差押債権とする債権差押命令及び取立命令を申請したこと及び昭和三十一年七月六日右債権差押命令が、次いで同年八月二十七日取立命令がそれぞれ被告に送達されたことは当事者間に争がない。

そこで、原告が右取立命令によつてその主張の債権の取立権を取得したとの原告の主張について判断する。先ず、訴外会社が被告に対する原告主張の預金債権を取得した事実の有無について按ずるのに、昭和三十一年六月三十日頃訴外会社代表者が自ら被告に同年六月二十日米軍東京ファイナンスオフィス振出にかかる金額二百三十六万九千円の小切手の取立委任をした事実を肯認すべき証拠はない。もつとも、被告が同月二十六日訴外会社から本件小切手の取立委任を受けたことは被告の自認するところであるけれども、証拠を綜合すれば、被告は取立委任を受けた本件小切手を更にその取引銀行である三和銀行川崎支店に取立の再委任をし、同銀行において東京手形交換所を経由してこれを呈示したところ、裏書連続に欠缺があつたために結局被告に返戻されたので同月二十八日被告は本件小切手を訴外会社に返還した事実が認められる。

次に、訴外新井基賢が被告に本件小切手の取立を委任したとの原告の主張は被告の認めるところであるが、証拠を綜合すれば、新井基賢は訴外会社の役員で、本件小切手の取立につき訴外会社から代理権を授与されていたものであつて、同人が被告に本件小切手の取立を委任したのは、前記のように裏書連続欠缺の事由により訴外会社に返戻された小切手の不備を補正した上訴外会社の代理人としてこれを委任したものであること、及び右取立委任の日は昭和三十一年六月二十九日頃であること等が認められる。而して、右取立委任に際し、新井基賢が訴外会社の代理人として被告との間に原告主張の趣旨の預金契約を締結して本件小切手を被告に交付し、被告は更にその取引銀行である三和銀行川崎支店に小切手の取立を委任し同銀行が東京手形交換所を経由して本件小切手金の支払を受けて被告との決済をすませたことは当事者間に争がない。してみると、訴外会社は預金契約で定めた停止条件の成就によつて被告に対する預金債権を取得したものといわなければならない。なお、証拠によると、本件小切手金が支払われたのは昭和三十一年六月三十日であつて、被告と三和銀行川崎支店との間の決済は、被告が同銀行川崎支店に取立委任をした際小切手を同銀行川崎支店の普預金口座に振り込んでおいたのが同日預金債権として具体化したことによつてこれを了した事実を認めることができる。以上の認定事実によれば、訴外会社が、停止条件の成就によつて預金債権を取得した日時は昭和三十一年六月三十日ということになる。

よつて、被告主張の弁済の抗弁について判断するのに、証拠を綜合すれば、被告は訴外会社から委任を受けた本件小切手の取立を済ませたので、昭和三十一年七月二日(七月一日は日曜日)三和銀行川崎支店の普通預金の口座から本件小切手金相当額である二百三十六万九千円を同銀行川崎支店の当座預金の口座に振り替えた上、その当座預金を支払資金として、同日付を以て金額二百三十六万九千円、支払人同銀行支店なる小切手一通を作成して訴外会社の代理人たる新井基賢に交付し、別段預金の口座を閉鎖したこと、及びその頃右小切手が支払われたことが認められる。原告は、新井基賢は弁済受領の権限を有しないと主張するけれども、同人のために被告が開設した別段預金の口座は本件小切手の取立委任事務処理の便法であるから、小切手取立委任の代理権を有していた新井は反証のない限り取立金の受領従つてまた別段預金の払戻ないしその手段たる小切手の受領についても代理権を有していたものとみなければならない。なお、本件別段預金の払戻に関して被告が小切手を振り出した行為が預金返還債務の弁済のためにしたものか或いは弁済に代えてしたいわゆる代物弁済であるかは必ずしも明白とはいいい難けれども、前記認定の事実によれば、弁済に代えて振り出したものであることを推認することは困難でないのみならず、前述のように、右小切手はその頃支払われていることが認められるから、何れにしても本件別段預金が差押命令送達前に消滅していたことは明らかである。

してみると、その余の争点について判断するまでもなく原告の主張は失当であるとしてこれを棄却した。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例