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横浜地方裁判所 平成9年(行ウ)12号 判決 1998年12月14日

横浜市港北区日吉本町四丁目二二番一七号

原告

樋口浩一郎

横浜市港北区日吉本町三丁目四〇番二四号

原告

樋口順子

右両名訴訟代理人弁護士

佐藤義行

後藤正幸

横浜市港北区大豆戸町五二八―五

被告

神奈川税務署 安島和夫

右指定代理人

前澤功

井上良太

菅野勝雄

森口英昭

佐藤周明

石黒里花

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告樋口浩一郎の平成四年分所得税について、被告が平成七年六月三〇日付けでした更正処分のうち、納付すべき税額四三三五万六〇〇〇円を超える部分を取り消す。

二  原告樋口順子の平成四年分所得税について、被告が平成七年六月三〇日付けでした更正処分のうち、納付すべき税額四三三七万五五〇〇円を超える部分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告らが、別表三「本件土地の明細」記載の一三筆の土地(以下まとめて「本件土地」という。)及び本件土地上に存在する建物一棟(以下「本件建物」といい、これと本件土地とを併せて「本件土地等」という。)を平成四年中に譲渡し、同年分の所得税の確定申告に当たり、右譲渡には租税特別措置法(平成四年法律第一四号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三一条の二第二項七号の適用があるとして、右の譲渡に係る分離長期譲渡所得の金額を、同条第一項の税率(一〇〇分の一五)を適用して算出し、同年分の所得税の申告をしたのに対し、被告が、右譲渡には同条第二項七号の適用はないとして、右の金額を同法三一条一項の税率(一〇〇分の三〇)を適用して算出し、平成七年六月三〇日付けで、原告らに対し、各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び各過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい、本件各更正処分と併せて「本件各更正処分等」という。)をしたのに対し、原告らが、本件各更正処分等には、同法三一条の二を適用しなかった違法があるなどとして、その取消しを求めたものである。

一  争いのない事実等(末尾に証拠等の記載のないものは、当事者間に争いがない。)

1  原告らは兄妹であり、その父は小嶋碩蔵である。

2  原告らは、父碩蔵が平成二年二月一七日死亡したことに伴い、本件土地等を相続により取得した。

3  原告らは、平成四年中に本件土地等を他に譲渡(以下「本件譲渡」という。)した。これによる譲渡所得は、分離課税の長期譲渡所得に該当する。

4(一)  日本エステート株式会社(以下「日本エステート」という。)は、本件土地等について、平成四年三月三一日売買を原因として、原告らから所有権移転登記を経由した。

(二)  日本エステートは、横浜市長に対し、平成四年八月一二日本件土地の一部である横浜市港北区日吉本町五丁目六九八番地の土地(面積一六一二・二八平方メートル)に計画戸数二〇戸の共同住宅を建てる旨の都市計画法上の開発許可(以下「開発許可」という。)の申請を、また、同年九月二五日同所五丁目六九九番地ほかの土地(面積一五〇二・一二平方メートル)に計画戸数一九戸の共同住宅を建てる旨の開発許可の申請をし、右各申請について、それぞれ平成五年六月四日付け及び平成六年七月一一日付けで開発許可を受けた。

(三)  日本エステートは、本件土地を平成六年一一月二二日付け売買契約により株式会社大京に譲渡し、前記各開発許可は、平成七年一月九日付けで株式会社大京に承継された。(弁論の全趣旨)

5  措置法三一条の二は、優良住宅地等の供給の促進を図ること等を目的として、優良住宅地等のための土地等の譲渡がされた場合に、長期譲渡所得税の負担の軽減(以下「本件特例」ともいう。)を認めた。そして、同条第二項は、その各号において、適用の要件を具体的に規定しているが、そのうちの七号は、右の優良住宅地等のための譲渡とは、開発許可を受けて住宅建設の用に供される一団の宅地の造成を行う個人又は法人に対する土地等の譲渡で、そのことにつき大蔵省令で定めるところにより証明がされたものをいい、また、開発許可に基づく地位の承継があった場合には、当該土地等の譲渡は、右地位の被承継人又は承継人のいずれに対するものであってもその適用があると定めていた。

6(一)  原告らは、平成五年三月一一日、平成四年分の所得税の確定申告に当たり、本件土地等の譲渡の相手方欄に日本エステートと東邦産業株式会社(以下「東邦産業」という。)とを記載し、本件譲渡は措置法三一条の二第二項七号の譲渡に当たるとして、同条一項の税率(一〇〇分の一五)を適用して分離課税の長期譲渡所得の金額を算出し、同年分の所得税の申告をしたところ、被告は、本件土地等の譲渡の相手方は東邦産業であり、東邦産業な開発許可を受けていないから、右譲渡は同条第二項七号の譲渡に当たらないとして、同法三一条一項の税率(一〇〇分の三〇)を適用して右金額を算出し、原告らに対し、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分をした。

(二)  原告らは、本件各更正処分等を不服として、被告に対し平成七年七月三一日異議申立てをしたところ、被告は、いずれも同年九月一三日付けで、右各異議申立てを棄却する旨の決定をした。

なお、前記のように、租税特別措置法は平成四年法律第一四号により、同法施行規則は同年大蔵省令第一四号により、それぞれ改正されたが(同年四月一日施行)、原告らに対する異議決定書における決定理由には、右の改正後の措置法施行規則の条文が記載されていた。

(三)  原告らは、右各異議決定を不服として、平成七年一〇月一二日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は、平成八年一一月一九日付けでこれを棄却する旨の決定をし、原告浩一郎は同月二三日に、原告順子は同月二二日に、それぞれ裁決書の送達を受けた。

(四)  以上の本件各更正処分等の経緯は、別表一、二記載のとおりである。

また、原告らの総所得金額、分離課税の長期譲渡所得金額、譲渡収入金額、取得費、譲渡のために要した費用、取得費に加算される相続税額、特別控除額、総所得金額に対する税額及び源泉徴収税額は、別紙一記載のとおりである。

7  東邦産業は、鉄筋工事業等を目的とする会社であり、平成四年当時、本件土地につき、開発許可を受けていなかった。(甲第一六号証、弁論の全趣旨)

二  争点と双方の主張

本件の争点は、(一)原告らが平成四年中にした本件土地等の譲渡には、措置法三一条の二の適用があるか、具体的には、本件土地等の譲渡は、開発許可を受けていない東邦産業に対してされたものか、それとも、開発許可を受けた日本エステートに対してされたものか(争点1)、(二)本件異議決定書における決定理由に、被告が改正後の措置法施行規則の条文を記載したことが本件各更正処分等の違法をもたらすか(争点2)、である。

これらについての双方の主張は以下のとおりである。

1  争点1(本件土地等の譲渡と措置法三一条の二の適用の有無)について

(被告の主張)

(一) 措置法三一条の二第二項七号の「土地等の譲渡」とは、開発許可に基づく地位の承継があった場合を除き、土地等の譲受人において自ら開発許可を取得し、宅地の造成を行う場合をいうものと解される。原告らは、本件土地等を東邦産業に譲渡したものであり、東邦産業は本件土地について開発許可を受けていないから、本件土地等の譲渡について、措置法三一条の二を適用する余地はない。

(二) ところで、原告らの平成四年分の総所得金額及び分離課税の長期譲渡所得の金額は、別紙一「本件各更正処分等の根拠」記載のとおりであり、右各所得金額に基づいて算出される原告浩一郎及び原告順子の納付すべき所得税額は、それぞれ八五〇五万五一〇〇円及び八五〇六万二〇〇円である。右金額は本件各更正処分に係る原告らの納付すべき所得税額とそれぞれ同類であるから、本件各更正処分は適法である。

また、原告らは、平成四年分の所得税に係る課税標準及び納付すべき税額をそれぞれ過少に申告していたところ、それについて国税通則法(以下「通則法」という。)六五条四項に規定する正当な理由も存しないから、被告は、同条一項の規定に基づき、本件各更正処分により原告らがそれぞれ新たに納付すべきこととなった税額四一六九万円(ただし、通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの。)にそれぞれ一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額四一六万九〇〇〇円をそれぞれ賦課決定したものであり、本件各賦課決定処分も適法である。

(原告らの主張)

(一) 本件土地の買主は、東邦産業ではなく、開発許可を受けている日本エステートである。

(二) (一)のとおりであるから、本件譲渡には、本件特例の適用がある。したがって、分離課税の長期譲渡所得の金額二億七七九九万円に対する税額は措置法三一条の二に規定する税率(一〇〇分の一五)を乗じて計算した四一六九万八五〇〇円であり、納付すべき税額は四三三五万六〇〇〇円である(別紙2の1の「確定申告」欄参照)。

2  争点2(異議決定理由における適用条文の誤りと本件各更正処分等の違法性の有無)について

(被告の主張)

原告らに対する異議決定書における決定理由には、平成四年大蔵省令第一四号による改正前の措置法施行規則の条文が記載されるべきところ、改正後の措置法施行規則の条文が記載された。しかし、これは誤記であり、適用条文は改正前及び改正後のいずれも同様の内容のものである上、原処分は正当な適用条文に基づき行われているから、右誤記は、本件各更正処分等の違法をもたらさない。

(原告らの主張)

本件異議決定書は、決定理由において、改正後の措置法施行規則の条文を記載しているから、本件各更正処分は、明らかに後に成立した措置法施行規則を遡及して適用しているものであり、違法である。また、これは、以下のとおり、本件各更正処分を無効にするものである。すなわち、本件各更正処分を受けた原告らにとって、更正の理由は異議決定書によって初めて知ることができる。それ以前はもとより、それ以後においても、右決定書以外のものによって原処分の更正の理由を知ることはできない。そして、原告らを含む納税者は、異議決定書の理由のみによって不服甲立をすべきかどうかの判断をすることになる。したがって、異議決定書の理由の記載が誤記である旨の主張は許されない。また、誤って改正後の措置法施行規則を記載したというのであれば、内部的意思決定と異議決定書における表示行為との間に錯誤があったことになるが、行政行為は権限のある行政庁の書面の到達によって成立し、市民の側では行政庁の内部的意思決定は知る余地がなく、文書に記載されたところを信ずるほかはないのであるから、他の違法原因や明白な不合理が存在しない限り、錯誤に基づく行政処分も、表示されたところに従って効力を生ずると解するのが相当である。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件土地等の譲渡と措置法三一条の二の適用の有無)について

1  前記争いのない事実等及び証拠(甲第一号証、第四号証の一、二、第五、六号証、第一二、一三号証、第一五号証の一、二、第一六号証、第一七号証の一、二、第一八号証、乙第三号証、第六号証、第七号証の一ないし三、原告樋口浩一郎本人尋問の結果、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告らは、平成二年八月、相続税の延納申請をして認められたが、平成四年八月に納めるべき税額については納付の目処がつかなかったため、本件土地等を売却してその原資に充てることにし、本件土地等の売却先を探していた。平成三年七月ころ、財団法人神奈川県労働者住宅協会から本件土地等を購入したい旨の打診があったので、原告らは、同月一五日、同協会を譲受人として、横浜市長に対し、予定対価を一四億九九九三万一一二五円とする国土利用計画法(以下「国土法」という。)二三条一項に基づく土地売買等届出書を提出し、同年八月二〇日付けで国土法二七条の四第一項の不勧告通知を受けた。しかし、その後、この売買の話は、同協会の都合で成約までに至らなかった。

(二) 原告らは、引き続き本件土地等の売却先を探していたところ、不動産仲介業者の日吉不動産こと平元時男(以下「日吉不動産」という。)から、東邦産業を紹介された。そこで、原告らは、平成三年一一月下旬、本件土地等の譲渡について、日吉不動産と専任媒介契約を締結し、さらに、同年一二月上旬、東邦産業との間で、原告らが東邦産業に本件土地等を売り渡すことを合意した旨の協定青(以下「本件協定書」という。)を取り交わした。本件協定書の内容は、大要以下のとおりであり、これには日吉不動産も記名押印した。

第一条 本件土地の売買は実測売買とし、その売買価格は総額一三億円とする。

第二条 代金の支払方法は契約成立時一括支払とする。

第三条 原告らと東邦産業は、本件土地について、すみやかに国土法二三条一項に基づく届出を行い、同法二七条の四第一項の不勧告通知を受けた場合、届出価格にかかわらず、本件土地等の売買価格を一三億円として売買契約を締結する。

第四条 売買契約は、不勧告通知を受けた後一四日以内に締結する。

第五条 売買契約締結までに、原告らは、本件土地等について、抵当権等の義務負担を一切消除し、隣地との境界を明確にしておく。

(三) その後、原告らと東邦産業は、平成三年一二月九日付けで横浜市長に対し、予定対価を一四億九九九三万一一二五円とする国土法二三条一項に基づく土地売買等届出書(以下「本件届出書」という。)を提出し、同月一八日付けで国土法二七条の四第一項の不勧告通知を受けた。そして、原告らと東邦産業は、平成四年二月二〇日、原告らが東邦産業に対し本件土地等を代金一三億一六六七万円で売り渡す旨の同日付け売買契約書を作成した。そこには、本件土地等の引渡し期日が平成四年三月三一日と(第三条)、代金一三億一六六七万円の支払期日が本件土地等の引渡し完了時と(第五条)、それぞれ定められていた。そして、この売買契約書にも、日吉不動産は仲介人として記名押印した。

(四) 原告らは、右の売買契約履行のため、平成四年三月三一日、株式会社横浜銀行日吉支店の二階の一室に赴いた。そこには、東邦産業の代表者石山良昭のほか、日本エステートの社員、日吉不動産(平元時男)、司法書士藤野義秋、神奈川税務署徴収部門統括国税徴収官本間専司ほか一名が参集した。席上、出席者の間で、次のやりとりが行われた。

(1) 日本エステートは、原告らに対し、株式会社日本興業銀行新宿支店振出しの三通の小切手(額面合計一三億一六六七万円)を交付した。この三通の小切手の内訳、使途は次のようなものであった。<1> 額面九億八五一七万九一〇〇円の小切手一通(原告らが神奈川税務署に支払うべき相続税未納分全額と納付日までの利子税額)、<2> 額面三〇〇〇万円の小切手一通(原告らが日吉不動産に支払うべき仲介手数料)、<3> 額面三億〇一四九万〇九〇〇円の小切手一通(原告らが取得すべき売買残代金)。

(2) 原告らは、東邦産業に対し、本件土地等の売買代金として一三億一六六七万円を受領した旨の領収証を交付した。

(3) 原告らは、司法書士藤野義秋に対し、本件土地等の所有権移転登記手続に必要な書類を交付した。

(4) 東邦産業は、日本エステートとの間で、本件土地等を一四億三九三二万五八〇〇円で譲渡する旨の平成四年三月三一日付けの売買契約書を作成した。

(5) 日本エステートは、東邦産業に対し、右の売買代金から一三億一六六七万円を控除した一億二二六五万五八〇〇円を、株式会社日本興業銀行新宿支店振出しの小切手四通(額面一五〇〇万円二通、額面四五〇〇万円一通、額面四七六五万五八〇〇円一通。この部分は、乙第一号証の一二頁による。)で支払い、東邦産業は、日本エステートに対し、本件土地等の売買代金として一四億三九三二万五八〇〇円を受領した旨の領収証を交付した。

(6) 東邦産業は、司法書士藤野義秋に対し、本件土地等の所有権移転登記について、原告らから日本エステートに直接移転することに同意する旨の平成四年三月三一日付けの中間省略登記同意書を交付した。

(五) 本件土地等については、その後、平成四年三月三一日売買を原因として、原告らから日本エステートに所有権移転登記がされた。

(六) 日本エステートは、右の売買に先立ち、本件土地等の購入代金の支払のため、平成四年三月三〇日付けで出金請求書を起票し、これに、支払は小切手、使用年月日は三月三一日、部名は不動産部、使用内容は土地代金、支払先は東邦産業、支払金額は一四億三九三二万五八〇〇円と記載した。

(七) 原告らは、平成四年分の所得税の確定申告に際し、確定申告書に添付した「譲渡内容についてのお尋ね」と題する書面の売却先欄に、東邦産業と日本エステートの両者を並記した。

以上のとおり認められ、甲第一二、一三号証(原告浩一郎の陳述書)及び原告樋口浩一郎本人尋問の結果中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし採用することができず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、原告らと東邦産業は、国土法二七条の四第一項の不勧告通知を受けることを条件に、本件土地等を代金一三億円で売買する旨の本件協定書を取り交わし、その後直ちに横浜市長に対し、本件届出書を提出し、不勧告通知を受けたので、平成四年二月二〇日、本件土地等の売買契約を締結し、他方、東邦産業が本件土地等を同年三月三一日日本エステートに転売することが決まったので、これらの代金決済、所有権移転登記等の処理を三者で一括処理することとし、同日、三者が集まり、その席で、日本エステートは東邦産業に支払うべき売買代金一四億三九三二万五八〇〇円のうち、東邦産業が原告らに支払うべき売買代金一三億一六六七万円に相当する金員を小切手三通で原告らに支払い、残金(一億二二六五万五八〇〇円)は東邦産業に支払うことによって、三者の代金決済を一度に行い、本件土地等の所有名義は、東邦産業の同意を得た上で、原告らから日本エステートに中間省略登記することにしたと認めるのが相当である。したがって、原告らが本件土地等を譲渡した相手方は東邦産業であり、日本エステートではないというべきである。

2  これに反し、原告らは、本件土地等の譲渡の相手方は日本エステートであり、東邦産業ではない旨縷々主張するので、以下検討する。

(一) 原告らは、「平成三年一一月ころ、日吉不動産から、本件土地等の買主として東邦産業を紹介された。しかし、東邦産業の資本金はわずか二〇〇万円で、会社の目的の中に不動産業も含まれていなかったし、原告らが面会した東邦産業の代表者は、本件土地の買主は日本エステートであると説明した。そこで、原告らは、日本エステートと交渉し、同社が大規模マンションの建設用地として本件土地を一括して取得したい旨の意向を有しており、資金力においても不安がないことが判明したので、日本エステートに本件土地等を譲渡することにし、日本エステートから、平成四年三月末を目途として売買契約を締結し、履行を完結する旨の確約を得た。ただ、原告らは、日本エステートが東邦産業の代表者が探してきた買主であり、その関係上東邦産業を抜きにして売買契約をすることはできないため、東邦産業を名義上の買主として、平成四年二月二〇日付けの本件土地等の売買契約書を作成した。この代金額(一三億一六六七万円)の決定及び契約書の作成には、日本エステートの社員が関与した。そして、原告らは、平成四年三月三一日、日本エステートとの間で本件土地等の売買契約を締結し、同日、日本エステートから売買代金の全額を受領した。したがって、本件土地の買主は、日本エステートであって東邦産業ではない。このことは、日本エステートが、甲第二号証の書面で、本件土地等を原告らから譲り受けた旨を表明していることからも明らかである。また、原告らは、平成四年分の所得税の確定申告書に添付した『譲渡内容についてのお尋ね』と題する書面の売却先欄に、東邦産業と日本エステートの両者を記載したが、これは東邦産業を介して日本エステートに売却したことを示したものである。結局、東邦産業は、仲介手数料以上の高額な報酬を得るため、名義上の買主若しくは日本エステートの代理人として、本件売買契約に関与したものと解される。」旨を主張する。

しかし、まず、原告らと日本エステートとの間における契約があったことを端的に示す契約書がない。これほどの大きな取引を見ず知らずの個人と法人とが行う際に契約書が作られないというのは考え難い。なお、原告ら指摘の甲第二号証は事後に作成された証明書という題名のものであり、かつ、右書面の内容は、正確には、日本エステートが原告ら所有の本件土地を譲り受けたと記載しているものであり、日本エステートが原告らから本件土地を譲り受けたと記載しているものではないから、これを根拠に、原告らが本件土地等を日本エステートに譲渡したと認めることはできない。また、原告らと日本エステートとの間に代金をいくらとする売買契約があったのか、先行していた原告らと東邦産業との契約をどう処理することとしたのかも不明である。さらに、前記認定のように、東邦産業は、ともかくも一億二二六五万五八〇〇円の利益を得たというべきであるが、このように高額の利益を得た者を、単なる名義上の買主であると認定することは困難である。また、原告浩一郎は、当裁判所において、本件土地等を譲渡するに当たり、本件土地等の買主が措置法三二条の二の適用を受ける者か否かに関心があったと供述するが、そうであれば、開発許可を受けていない東邦産業と売買契約を締結するのは避けて然るべきであるのに、敢えて東邦産業と売買契約を締結しているのであり、しかも、その理由について合理的な説明をしていない。仮に、原告らが相続税を早く納める必要からともかくも買手として東邦産業を確保したがその後に開発許可を受けている日本エステートが有力な実質上の買主として浮かび上がってきた、としてみよう。しかし、それなら、東邦産業との売買契約を合意解除等しなければ東邦産業から契約責任を追及されるのは見易い道理である。そして、それがされなかった以上は、原告らと東邦産業との売買契約は有効に存続していたといわざるを得ない。原告らは、日本エステートを譲受人として国土法二三条一項の規定に基づく土地売買等届出書を横浜市長に提出していないが、それは、原告らと東邦産業との売買契約が有効に存続していたことをうかがわせるものということができる。いずれにしろ、東邦産業が日本エステートの代理人とか名義上の買主であるとの原告らの主張は、採用することができない。

(二) また、原告らは、「原告らが、平成三年一二月九日、東邦産業との間で本件土地等を売り渡すことを合意した旨の協定書を作成し、さらに国土法二三条一項に基づく予定対価の届出をしたのは、右の予定対価が不勧告となる額か否かを値踏みするためであり、本件協定書もそのような値踏みのための届出をするために便宜上作成したものである。」と主張し、原告浩一郎は、当裁判所において、これに沿う供述をする。

しかし、原告浩一郎の供述によれば、当時原告らはまだ日本エステートと売買契約の交渉に入っていなかったというのであるから、未だ買主も決まっていない段階で、本件土地の価格を値踏みしたというのはおかしいし、また、前記認定のように、原告らは、すでに平成三年八月二〇日付けで、横浜市長から、一四億九九九三万一一二五円の予定価格について不勧告通知を受けているのであるから、そのわずか四か月後に、再度同一価格について値踏みをする必要があったとは思えない。結局、本件届出書の提出は、原告らと東邦産業とが国土法二三条一項の届出をすべきことを定めた本件協定書第三条に基づいて行われたものであり、本件土地等を東邦産業に譲渡する前提で、その準備行為として行われたものと認めるのが相当である。

(三) さらに、原告らは、東邦産業が本件土地等の買主といえないことは、当時東邦産業に本件土地等を買い受けるだけの支払能力も、融資を受けるだけの信用、見込みもなかったことから明らかであると主張する。

しかし、東邦産業は、本件協定書第四条に謳っているように、本件土地等をあらかじめ取得に要する費用よりも高価で買い受けてくれる転売先を確保した上で取得し、三者で売買代金の授受を一括処理することによって、自らは代金を支払うことなく売買差益を取得することができるのであるから、東邦産業に資力がなかったからといって、同社が本件のような売買契約の買主になり得なかったということはできない。

(四) また、原告らは、東邦産業と日本エステートとが、いかなる場所で、いかなる時期に契約を締結したのか不明であり、東邦産業から日本エステートへの本件土地等の売買契約書の末尾に名前を連ねている日本開発株式会社の社員と原告らにおいては会ってもいないと主張する。

しかし、必ずしも原告らが東邦産業と日本エステートとの売買契約締結の場面を現認していなかったとしても東邦産業と日本エステートとの間の本件土地等の売買契約が存在しなかったということはできない。また、右の売買契約書の末尾に記名押印のある日本開発株式会社がどのような立場で右契約に関与したかは売買契約書上だけからは明らかではないが、立会人であったにしろ、仲介人であったにしろ、またそれ以外の立場であったにしろ、契約日以前に売買契約の成立に関与していてその日にはたまたま居合わせなかったとしても不自然とはいえないから、原告らが三月三一日に日本開発株式会社の社員と会っていないとしても、東邦産業から日本エステートへの売買契約の成立を否定する理由とはならない。

(五) 原告らは、ことの実体を実質的に見れば、原告らが東邦産業の紹介により日本エステートに本件土地等を売却し、日本エステートが優良宅地等とするための土地の開発をしたということができるから、本件特例の適用があってよいはずであると主張したいもののようでもある。

しかし、法律的に見ると、原告らから東邦産業への譲渡及び東邦産業から日本エステートへの転売がされたと評価すべきである以上、これを原告らから日本エステートへの譲渡ということはできない。

しかも、本件特例は、譲受人の範囲が限定され、さらに土地等の買受人が発行した法定の書類を確定申告書に添付することが要件となっている。したがって、原告ら主張のように実質解釈あるいは経済的観点から本件特例の適用について拡張解釈の可能性を探る余地もないといわなければならない。

3  以上のとおり、本件土地等の譲渡の相手方は東邦産業と認められるところ、東邦産業は開発許可を受けていないから、右の譲渡に措置法三一条の二第二項七号の適用はないとして、被告が原告らに対して行った本件各更正処分及びそれに伴う本件各賦課決定処分は、いずれも適法というべきである。

二  争点2(異議決定理由における適用条文の誤りと本件各更正処分等の違法性の有無)について

証拠(乙第一号証の一、二、第四、五号証の各一、二、第八号証の一、二、弁論の全趣旨)によれば、被告は、原告らに対する異議決定書の決定理由において、本件土地等の譲渡は、「租税特別措置法(平成四年法律第一四号による改正前のもの。)三一条の二第二項七号」にいう譲渡には当たらず、かつ、原告らは、確定申告書に、「租税特別措置法施行規則一三条の三第一項七号又は第七項一号」の書類を添付しなかったから、右譲渡には、措置法三一条の二の適用はない旨記載したこと、しかし、租税特別措置法施行規則は、平成四年大蔵省令第一四号により改正され、それに伴い、同規則一三条の三第五項は、内容は変わらないまま、同規則一三条の三第七項一号に改められたこと、本件土地等の譲渡については、右の改正前の法令が適用されるところ、異議決定書における決定理由に、措置法施行規則の適用法条として改正後のものを摘示しているのは謙りであり、正確には、「租税特別措置法施行規則(平成四年大蔵省令第一四号による改正前のもの。)一三条の三第一項七号又は同条第五項」と記載すべきであったこと、以上の事実が認められる。

原告らは、右のような異議決定書における決定理由の適用法条の誤りは、たとえ誤記であったとしても、記載されているとおりに解すべきであるとして、本件各更正処分等は、違法、無効であると主張する。しかし、右にみたように、改正の前後で条文の内容に変わりはないのであるから、異議決定書の誤りは、法律の改正に伴う条項の摘示を誤ったものであることが明らかであり、かつ、右の各異議決定は、原告らの審査請求により確定が遮断され、国税不服審判所長の審理に付され、その裁決書においては、右のような誤りが指摘され、正確な適用法条が示されたのであるから、異議決定書における前記のような適用法条の誤りが、本件各更正処分等の違法ないしは無効をもたらすとまではいえない。

したがって、本件各更正処分に、原告らの主張するような違法、無効があるということはできない。

三  結論

よって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 近藤壽邦 裁判官 近藤裕之)

別表 一

課税処分等の経緯

樋口浩一郎

<省略>

別表 二

課税処分等の経緯

樋口順子

<省略>

別表 三

〔本件土地の明細〕

<省略>

(別紙一)

本件各更正処分等の根拠

注 用語の略称については、本文の例による。

一 原告浩一郎について

1 総所得金額 一一〇五万二七〇三円

右金額は、不動産所得の金額四八七万〇三四七円と雑所得の金額六一八方二三五六円との合計額であり、原告浩一郎の確定申告額と同額である。

2 分離課税の長期譲渡の所得金額 二億七七九九万二三一二円

右金額は、後記(一)の譲渡収入金額六億五八三三万五〇〇〇円から、後記(二)の取得費三二九一万六七五〇円、後記(三)の譲渡のために要した費用一六〇八万七六〇〇円、後記(四)の取得費に加算される相続税額三億三〇三三万八三三八円及び後記(五)の特別控除額一〇〇万円の合計額三億八〇三四万二六八八円を控除した金額である(別紙1参照)。

(一) 譲渡収入金額 六億五八三三万五〇〇〇円

右金額は、本件土地の譲渡金額一三億一六六七万円のうち、本件土地についての原告浩一郎の持分(二分の一)に相当する金額であり、同人の確定申告に係る譲渡収入金額と同額である。

(二) 取得費 三二九一万六七五〇円

右金額は、措置法三一条の四第一項本文の規定に基づき、前記(一)の譲渡収入金額六億五八三三万五〇〇〇円に一〇〇分の五を乗じて算出した金額であり、原告浩一郎が確定申告書に添付して提出した「譲渡内容についてのお尋ね」の「2」欄の「購入代金」欄の上棚記載の金額と同額である。

(三) 譲渡のために要した費用 一六〇八万七六〇〇円

右金額は、日吉不動産に支払った仲介手数料三〇〇〇万円、測量費(図面代及び届出代行代を含む。以下同じ。)一九六万七四〇〇円及び印紙代二〇万七八〇〇円の合計額三二一七万五二〇〇円のうち、本件土地についての原告浩一郎の持分(二分の一)に相当する部分に係る費用であり、同人が確定申告書に添付して提出した「譲渡内容についてのお尋ね」の「4」欄の譲渡費用欄記載の金額と同額である。

(四) 取得費に加算される相続税額 三億三〇三三万八三三八円

右金額は、原告らが被相続人小嶋碩蔵から本件土地等を相続により取得した際、原告浩一郎が納付した相続税額五億〇四三六万三三〇〇円のうち、措置法三九条及び措置法施行令二五条の一四の規定に基づき、本件土地のうち原告浩一郎の持分(二分の一)に相当する部分の取得費に加算される相続税額である。

(五) 特別控除額 一〇〇万円

右金額は、措置法三一条四項の規定に基づく金額であり、原告浩一郎が確定申告書に添付して提出した「譲渡内容についてのお尋ね」の「4」欄の「特別控除額」欄記載の金額と同額である。

3 納付すべき所得税額 八五〇五万五一〇〇円

右金額は、後記(一)の総所得金額に対する税額二二一万四八〇〇円と後記(二)の分離課税の長期譲渡所得の金額に対する税額八三三九万七六〇〇円との合計額八五六一万二四〇〇円から後記(三)の源泉徴収税額五五万七二七一円を控除した後の税額(ただし、通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である(別紙2の1参照)。

(一) 総所得金額に対する税額 二二一万四八〇〇円

右金額は、所得税法七四条、七六条、七七条、八六条及び八七条二項の規定に基づき、原告浩一郎の総所得金額一一〇五万二七〇三円(前記1の金額)から原告浩一郎の確定申告額と同額の所得控除の額の合計額七六万四七四〇円を控除した金額一〇二八万七〇〇〇円(ただし、通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの。)に、所得税法(平成六年法律第一〇九号による改正前のもの。以下同じ。)八九条一項に規定する税率を乗じて計算した金額である。

(二) 分離課税の長期譲渡所得の金額に対する税額 八三三九万七六〇〇円

右金額は、原告浩一郎の分離課税の長期譲渡所得の金額二億七七九九万二〇〇〇円(前記2の金額。ただし、通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの。)に、措置法三一条一項に規定する税率(一〇〇分の三〇)を乗じて計算した金額である。

(三) 源泉徴収税額 五五万七二七一円

右金額は、原告浩一郎が源泉徴収の方法により納付した金額であり、同人の確定申告額と同額である。

二 原告順子について

1 総所得金額 一三三一万三五九七円

右金額は、不動産所得の金額四八七万〇三四七円と雑所得の金額八四四万三二五〇円との合計額であり、原告順子の確定申告額と同額である。

2 分離課税の長期譲渡所得の金額 二億七七九五万一八五三円

右金額は、後記(一)の譲渡収入金額六億五八三三万五〇〇〇円から、後記(二)の取得費三二九一万六七五〇円、後記(三)の譲渡のために要した費用一六〇八万七六〇〇円、後記(四)の取得費に加算される相続税額三億三〇三七万八七九七円及び後記(五)の特別控除額一〇〇万円の合計額三億八〇三八万三一四七円を控除した金額である(別紙1参照)。

(一) 譲渡収入金額 六億五八三三万五〇〇〇円

右金額は、原告らが本件土地の譲渡金額一三億一六六七万円のうち、本件土地についての原告順子の持分(二分の一)に相当する金額であり、同人の確定申告に係る譲渡収入金額と同額である。

(二) 取得費 三二九一万六七五〇円

右金額は、措置法三一条の四第一項本文の規定に基づき、前記(一)の譲渡収入金額六億五八三三万五〇〇〇円に一〇〇分の五を乗じて算出した金額であり、原告順子が確定申告書に添付して提出した「譲渡内容についてのお尋ね」の「2」棚の「購入代金」欄の上欄記載の金額と同額である。

(三) 譲渡のために要した費用 一六〇八万七六〇〇円

右金額は、日吉不動産に支払った仲介手数料三〇〇〇万円、測量費一九六万七四〇〇円及び印紙代二〇万七八〇〇円の合計額三二一七万五二〇〇円のうち、本件土地の原告順子の持分(二分の一)に相当する部分に係る費用であり、同人が確定申告書に添付して提出した「譲渡内容についてのお尋ね」の「4」欄の譲渡費用欄記載の金額と同額である。

(四) 取得費に加算される相続税額 三億三〇三七万八七九七円

右金額は、原告らが被相続人小嶋碩蔵から本件土地等を相続により取得した際、原告順子が納付した相続税額五億〇五七七万七四〇〇円のうち、措置法三九条及び措置法施行令二五条の一四の規定に基づき、本件土地のうち原告順子の持分(二分の一)に相当する部分の取得費に加算される相続税額である。

(五) 国特別控除額 一〇〇万円

右金額は、措置法三一条四項の規定に基づく金額であり、同人が確定申告書に添付して提出した「譲渡内容についてのお尋ね」の「4」欄の「特別控除額」欄記載の金額と同額である。

3 納付すべき所得税額 八五〇六方八二〇〇円

右金額は、後記(一)の総所得金額に対する税額二九八万七六〇〇円と後記(二)の分離課税の長期譲渡所得金額に対する税額八三三八万五三〇〇円どの合計額八六三七万二九〇〇円から後記(三)の源泉徴収税額一三〇万四七〇〇円を控除した後の税額(ただし、通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である(別紙2の2参照)。

(一) 総所得金額に対する税額 二九八万七六〇〇円

右金額は、所得税法七四条、七六条、七七条、八六条及び八七条二項の規定に基づき、原告順子の総所得金額一三三一万三五九七円(前記1の金額)から原告順子の確定申告額と同額の所得控除の額の合計額一〇九万四〇二七円を控除した金額一二二一万九〇〇〇円(ただし、通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの。)に、所得税法八九条一項に規定する税率を乗じて計算した金額である。

(二) 分離課税の長期譲渡所得の金額に対する税額 八三三八万五三〇〇円

右金額は、原告順子の分離課税の長期譲渡所得の金額二億七七九五万一〇〇〇円(前記2の金額。ただし、通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの。)に、措置法三一条一項に規定する税率(一〇〇分の三〇)を乗じて計算した金額である。

(三) 源泉徴収税額 一三〇万四七〇〇円

右金額は、原告順子が源泉徴収の方法により納付した金額であり、同人の確定申告額と同額である。

別紙1

〔譲渡所得の計算明細書〕

<省略>

別紙2の1

〔所得税額の計算明細書〕

(原告 樋口浩一郎)

<省略>

別紙2の2

〔所得税額の計算明細書〕

(原告 樋口順子)

<省略>

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