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横浜地方裁判所 平成5年(ワ)2473号 判決 1996年1月26日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金五〇六八万三九九六円及びこれに対する平成四年八月二八日から支払い済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要等

本件は、自動二輪車を運転中、誤つて転倒した原告の右下肢を、被告が運転していた普通乗用自動車が轢過したとして、原告が被告に対し、民法七〇九条、自賠法三条に基づき損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 事故の日時 平成四年八月二八日 午前八時二〇分ころ

(二) 事故の場所 静岡県駿東郡小山町須走、国道一三八号線一六・四キロポスト付近路上

(三) 加害者 被告(加害車両を運転)

(四) 加害車両 普通乗用自動車(横浜三三ほ三九〇六)(以下「被告車両」という。)

(五) 被害者 原告(被害車両を運転中に転倒)

(六) 被害車両 自動二輪車(川崎つ一九六三)(以下「原告車両」という。)

(七) 事故の態様 原告が、原告車両を運転して国道一三八号線を御殿場方面から山梨県方面へ進行中、誤つて路上で転倒したところ、同国道を山梨県方面から御殿場方面へ進行中の被告運転の普通乗用自動車が、原告の右下肢を轢過した。

(八) 事故の結果 原告は、右大腿骨開放性骨折、右下腿骨骨折の傷害を負い、右下腿切断をした。

2  被告が運行供用者であること。

被告は、自賠法三条本文にいう運行供用者に該当する。

3  被告車両に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたこと。

被告車両には、自賠法三条ただし書きにいう、構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。

二  争点

本件の争点は、1被告が自賠法三条ただし書きにより免責されるか、及び、2原告の損害額である。

1  被告は自賠法三条ただし書きにより免責されるか。

(一) 被告の主張

(1) 本件事故は、原告が、湾曲路において運転操作を誤り、転倒、滑走してセンターラインを越えて被告運転車両の直前に飛び出してきたことにより発生したものであり、被告にとつて回避不可能であり、予見可能性もなく、本件事故の発生につき、被告に過失はない。

(2) 本件事故は、原告が湾曲路を通過する際に、適切に速度の調整、減速を行つて走行すべき義務を怠り、転倒、滑走して対向車線内に飛び込んだことにより発生したものであり、原告の過失により発生したものである。

(二) 原告の主張

本件事故は、被告が、制限速度時速四〇キロメートルを遵守して走行すべき義務があるのにこれを怠り、時速七〇ないし八〇キロメートルの高速度で本件事故現場付近を走行し、また、カーブの多い道路であるから対面車両がセンターラインに近づいて走行することを予測して、前方を十分注視して運転すべき義務があるのにこれを怠り漫然と走行したため、原告及び原告車両の発見が遅れ、事故を回避することができなかつたものであり、被告に過失がある。

2  損害額

(原告の主張)

(1) 治療費 一七万八四三三円

平成四年八月二八日から同年九月一一日までの入院治療費

(2) 通院交通費 一四万六四八〇円

(3) 後遺障害による逸失利益 三二六一万九〇八三円

原告は、本件事故により、右下腿切断を余儀なくされ、右後遺障害は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級第五級第五号に該当する。原告は、事故当時一六歳の少年であつたが、将来、大学を卒業して就労する予定であり、大卒者二二歳の平均年収額を三一一万三一〇〇円として、ライプニツツ係数により逸失利益を算定すると右金額になる。

(4) 慰謝料 一七七四万円

入通院慰謝料として二〇〇万円、後遺障害慰謝料として一五七四万円が相当である。

第三争点に対する判断

一  争点1(被告は自賠法三条ただし書きにより免責されるか)について

1  前記の争いのない事実に証拠(甲四、五、六の1ないし4、七、乙一の8ないし13、17、18、証人水野、原告本人、被告本人。ただし、人証については以下の認定事実に反する部分は除く。)を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故現場である国道一三八号線の一六・四キロポスト付近は、左右にカーブが続く山道に位置し、本件事故現場は、別紙図面のとおり御殿場方面から山梨県方面に向かつて左にカーブする片側一車線のアスフアルト舗装の道路で、片側車線の幅員は、センターラインから路端の白線まで各三・四メートルであつた。本件事故現場は、御殿場方面から山梨県方面に向かつてやや上り坂になつており、カーブの内側が山林のため、カーブ付近での双方進行方向の見通しは悪く、制限時速四〇キロメートル、駐車禁止、及び追越しのための右側はみ出し禁止の各交通規制がされ、本件事故当時、路面は乾いており、黄色のセンターラインは明瞭に印されていた。

(二) 原告は、平成四年八月二八日午前八時二〇分ころ、原告車両を運転し、本件事故現場付近を御殿場方面から山梨県方面に向けて、友人の広田貴司が運転する自動二輪車に続いて時速四〇ないし六〇キロメートルの速度で走行し、原告の後には、友人の水野勝之及び野間がそれぞれ自動二輪車を原告とほぼ同じくらいの速度で走行していた。原告は、本件事故現場であるカーブにさしかかつた際、別紙図面地点付近で誤つて転倒し、そのまま原告車両と共に対向車線を滑走し、同図面の<×>地点付近において、原告車両及び原告は被告車両と衝突した。本件事故直後、別紙図面の地点から地点まで、約九・三メートルの長さの擦過痕が路上に印象され、右擦過痕は、右地点を頂点として御殿場方面に向けてV字型の形態で刻印されていた。衝突地点である別紙図面の<×>地点は、被告車両走行車線の路端の白線から約一・五メートルに位置し、その位置は、別紙図面のとおり擦過痕の終了地点である前記地点と極めて近接していた。

(三) 被告は、右日時ころ、被告車両を運転し、本件事故現場付近を山梨県方面から御殿場方面に向けて走行していたが、別紙図面の<イ>点で、同図面<1>の地点にいた原告車両が転倒しそうになつたのを発見し、制動措置をとつたが間に合わず、被告車両は、同図面<×>地点付近において、原告車両及び原告と衝突し、同図面<エ>の地点で停止した。被告が、転倒しそうな原告車両を発見したときの、被告と原告車両の距離(別紙図面<イ>と<1>の間の距離)は約二二・四メートル、右原告車両存在地点(別紙図面<1>)から衝突地点(同図面<×>)までの距離は約一二・〇メートル、被告が転倒しそうな原告車両を発見した地点から衝突地点までの距離(別紙図面<イ>と<×>の間の距離)は約一一・一メートル、衝突地点から被告車両が停止した地点までの距離(別紙図面<×>と<エ>の間の距離)は約一〇・二メートルであつた。

2  事故直前の原告車両と被告車両の位置関係に関し、原告は、同本人尋問の際、原告が転倒したときに対向車線に車は見えず、転倒後四、五秒経過してから被告車両に轢かれた旨供述した。そして、右供述に基づくならば、被告車両は、原告が転倒しそうになつた際、右1(三)で認定した地点よりもはるかに山梨県寄りの路上を走行していたことになる。

しかしながら、乙一号証の11及び12によれば、原告は、本件訴訟提起前の平成五年五月二一日に、自動車保険料率算定会横浜調査事務所に対し提出した本件事故の状況についての照会回答書には、はじめて相手(被告)の車両に気づいたとき、相手車両は中央線に寄りすぎていたので、自車(原告車両)のハンドルを左に切つた旨(乙一の12の回答書(Ⅰ)2項(3)、(4))、及び原告車両が中央線を越えた際、事故回避措置をとる時間的余裕がなかつた旨(同回答書(Ⅰ)3項(2))それぞれ記載していることが認められ、右各内容は、原告の前記供述と相反するものである。また、右回答書(乙一の12)に記載された事故状況図(同回答書(Ⅱ)13項)は、転倒、滑走して対向車線に進入した原告車両が、折から対向車線を進行してきた原告車両と衝突した出会い頭の事故であるように記載されており、さらに、原告の父親が、原告から聴取した事故発生状況を平成五年三月一九日に報告した文書と思料される乙一号証の18の事故発生状況報告書もまた、原告が転倒直後に被告走行車線に進入し被告車両と衝突したという出会い頭の事故であるように記載されている。そして、甲五号証によれば、原告を立会人として平成五年二月一二日に行われた実況見分の際に、原告は、衝突地点が別紙図面<×>地点付近だと思う旨指示説明するにとどまり、原告車両が転倒したとき対向車線に車両が見えず、転倒後四、五秒という時間的経過を経てから本件事故が発生した旨の指示説明をしてはいないと推認され、他に、本件訴訟提起前に、本人尋問の際に供述したような状況を報告ないし申述したことを窺わせる証拠は何ら存しない。以上によるならば、原告本人尋問における右供述は信用することができない。

3  また、原告は、本人尋問において、別紙図面のからに印象された擦過痕が原告車両が横倒しで滑走したためにできたものであることを否定すると共に、転倒後の状況について、原告は、センターライン上で、頭をカーブの内側(山側)、足をカーブの外側に向けてセンターラインに垂直方向の状態で転倒していたこと、原告車両は原告より数メートル山梨県側まで行つて停止したことを各供述した。

しかしながら、まず、別紙図面からに印象された擦過痕は、原告が本人尋問の際に転倒地点であると供述した別紙図面<2>地点に極めて近い同図面地点を始点として、原告が平成五年二月一二日の実況見分の際に衝突地点であると思う旨指摘した(乙五)別紙図面<×>地点に極めて近い地点を終点として刻印されており、前示のとおり、地点における擦過痕は、を頂点として御殿場方面に向けてV字型の形態を示しているのであり、原告車両が地点付近で転倒した後地点付近まで滑走し、その後被告車両に衝突して被告車両に引きずられたことによつて、右のような形態の擦過痕が印象されたものと推認され、これを否定する旨の原告の供述は採用できず、他に右推認を覆すに足る証拠はない。また、衝突時の原告及び原告車両の位置関係については、乙第五号証によれば、原告は、平成五年二月一二月に実施された実況見分の際、衝突した地点については別紙図面の<×>地点付近であると思う旨の認識を示し、事故前後の具体的な位置関係については、よく覚えていませんと答えるにとどまつたことが認められ、右実況見分の際に、原告がセンターライン上で転倒していたことや、衝突時に原告と原告車両が数メートル離れていたことを指示説明した事実は窺えないばかりか、前掲乙一の12(回答書)及び同乙一の18(事故発生状況報告書)によれば、本件事故は、原告と原告車両が共に滑走した上で、出会い頭に被告車両と衝突した旨原告が認識していたことが窺えるのであり、右各書証には、原告の右供述と内容を一にする記載はなく、他に原告の供述内容に沿う事実の存在を推認させる証拠はない。以上によるならば、これらの点に関する原告本人尋問における右供述は信用することができない。

4  なお、証人水野は、被告車両が停止していた場所が、別紙図面<エ>地点よりも御殿場よりであつた旨供述した。しかしながら、同証人は、本件事故後の被告車両、原告、及び原告車両の位置関係について、原告と原告車両では、原告の方が被告車両に近い位置にあつた旨証言しつつも、具体的な距離を尋ねられると、逆に原告車両の方が被告車両に近い距離であつた旨の証言をし、さらに、当初、原告車両と被告車両の距離は一〇メートルくらいと証言したものの、原告代理人からもつと近いのではないかと正されると、二、三メートルくらいと容易に大幅な証言変更をするなど、この点についての同証人の証言は極めてあいまいである。そして、事故直後に行われた実況見分の調書(甲四)には、立会人であつた同証人が被告車両の停止位置として別紙図面<エ>地点を指示した旨記載されているところ、同証人は、同人の指示した地点と異なる地点を警察官が調書に記載した旨証言した。しかしながら、一般に、警察官が立会人が指示説明をした地点と異なる地点を調書に記載することは、特別の事情がない限り考え難いところ、本件において、右特別の事情は見い出し難く、むしろ、同証人の証言によつても事故後実況見分までの間に被告車両が動かされた記憶はないというのであるから、警察官は、事故現場にあつた被告車両を現認して調書を作成したと考えられるのであつて、同証人が、実況見分の際に、被告車両停止位置として別紙図面<エ>地点と異なる地点を指示したという同証人の証言は信を措きがたい。そして、他に、被告車両の停止位置が別紙図面<エ>地点より御殿場よりであつたことを窺わせる証拠は何ら存在せず、被告車両の停止位置に関する同証人の前記証言は信用することができない。

5  そして、他に前記1で認定した事実を覆すに足る証拠は存しない。

6  そこで、右1で認定した事実を前提として被告の過失の有無について検討する。

(一) 一般に、普通乗用自動車の運転者が、危険を発見してから制動措置をとり実際にブレーキが効きはじめるまでの時間(以下「空走時間」という。また、右空走時間の間に進行する距離を「空走距離」という。)については、個人差があるものの、〇・八ないし一・〇秒程度かかることが不自然でないことは経験則上明らかであるところ、時速四〇キロメートルで走行している普通乗用自動車の空走距離は、空走時間を〇・八秒とすれば八・八九メートル、一・〇秒とすれば一一・一メートルである。そして、ブレーキが効きはじめてから停止するまでの距離(以下「制動距離」という。)は、一般に、「制動距離(m)=時速(km/h)の二乗(259×摩擦係数)」という計算式により算出された値と近似することが経験則上明らかであるところ、本件事故時の本件事故現場付近の道路のように乾いたアスフアルト道路の摩擦係数を〇・六として試算すれば、時速四〇キロメートルの速度で進行した場合、制動距離は約一〇・三〇メートルとなる。そして、前示のように、本件事故現場付近は、被告車両走行車線は、進行方向に向けて下り坂になつていたことをも考え合わせれば、本件事故時に本件現場付近を山梨県方面から御殿場方面に向けて、仮に制限速度である時速四〇キロメートルで普通乗用車を運転していたとしても、運転者が危険を発見してから停止するまでに約二〇メートルは進行することになる。

そうすると、前記認定のとおり、本件事故の場合、被告が、転倒しそうな原告車両を発見した地点から衝突地点までは、約一一・九メートルであるから、仮に被告が制限時速である時速約四〇キロメートルで走行し、転倒しそうな原告車両発見後速やかに急制動措置をとつたとしても、被告車両は、衝突地点より手前で停止することはおよそ不可能であつたと言わざるを得ない。

(二) たしかに、本件事故現場付近まで時速約四〇キロメートルのトラツクの後をついて走つていた旨の被告本人尋問の際の供述は、トラツクとの位置関係などがあいまいであり、被告車両の直前にトラツクの存在などなかつたとする甲七号証や原告本人尋問の結果に照らしても、にわかに措信しがたい。しかしながら、前示のとおり、被告が、転倒しそうな原告車両を発見し、制動措置をとつた<イ>地点から被告車両停止地点までの距離が、約二一・三メートルであるところ、仮に空走時間を〇・八ないし一・〇秒、乾燥したアスフアルト路面の摩擦係数を〇・六として、前掲の制動距離算出の計算式を用いて時速四〇キロメートルのときの危険発見時から停止時までの距離を試算してみると、一九・一九メートルないし二一・四一メートルとなり、同様に時速五〇キロメートルのときの右距離を試算してみると、二七・一九メートルないし二九・九八メートルとなるのであつて、原告車両と衝突した際の被告車両の減速を考慮に入れても、被告車両が本件事故現場にさしかかつた際の速度が時速四〇キロメートルをさらに三〇ないし四〇キロメートルも上回る高速度であつたとは到底推認できない。さらに、前示のとおり、被告が、転倒しそうな原告車両を発見し、制動措置をとつた別紙図面<イ>地点から衝突地点である同図面<×>地点までの距離は約一一・一メートルであり、被告車両がその距離を進行する間に、原告は、別紙図面<1>から同図面地点を経て衝突地点<×>まで約一二・〇メートルを進行しているのであつて、前示のとおり時速四〇キロメートルないし六〇キロメートルで進行していた原告車両が地点付近で転倒し、路面と相当程度摩擦して制動しつつ別紙図面<×>地点まで滑走していつた時間の間に、被告車両は原告より短い距離しか進行していないのであるから、事故現場直前の被告車両の速度は、原告車両の転倒前の速度を下回る速度であつたと推認できる。いずれにせよ、被告が制限速度である時速四〇キロメートルで走行していたとしても、衝突地点より手前で停止することはおよそ不可能であつたことは前記(一)のとおりであるから、仮に被告車両に多少の制限時速超過が存したとしても、それによつて衝突地点前の停止による事故回避可能性についての結論を左右するものではない。

(三) 次に、被告が、転倒しそうな原告車両を発見した後、適切にハンドル操作をすることにより、本件事故を回避することができたかどうかについて検討するに、前記認定のとおり、本件事故現場の車線の幅は、センターラインから路端の白線まで片車線約三・四メートルであり、甲六の1ないし4によれば、路端の白線からガードレールまでの間の部分はおよそ走行に適する路面ではないことが窺われるところ、前記認定事実によれば、原告は別紙図面地点付近で転倒後、まさに被告車両の進行方向の正面である同図面<×>地点の方向に向けて滑走し、右<×>地点は、路端の白線からは一・五メートル、センターラインからは一・九メートルの地点であり、被告走行車線のほぼ中央に位置していたのであるから、原告が転倒して右<×>地点に向けて滑走するのを見た被告が、発見から衝突までのわずか一秒程度の間(被告の危険発見地点から衝突地点まで前示のとおり約一一・一メートルであるから、時速四〇キロメートルで走行していたとしても一秒間である)に、咄嗟にハンドルを左右に操作して事故を回避する措置をとるということはおよそ不可能であつたと言うことができる。

(四) さらに、被告が、前方不注視等により転倒しそうな原告車両の発見が遅れた事実の有無について検討するに、前記認定のとおり、被告が転倒しそうな原告車両を発見したときの原告車両の位置は別紙図面<1>地点であり、原告車両は同図面地点付近で転倒したのであつて、甲四号証によれば、右二地点の間の距離は約二・七メートル程度であることが認められるところ、一般に、自動二輪車の転倒が一瞬の内に生じ、転倒しそうになつてから転倒するまでの距離が右程度の距離であることは十分考えられるところ、前示の本件事故状況に照らしても、本件において、原告車両が転倒しそうになつてから転倒するまでの距離が右程度の距離であつたということは、十分首肯しうるものであつて格別不合理であるとは言えない。そして、本件において、原告車両が右<1>地点よりも手前から転倒しそうな状態になつていたことを窺わせる事情は何ら認めることはできないのであるから、被告に、前方不注視等のため転倒しそうな原告車両の発見が遅れた過失を認めることはできない。

(五) そして、前示のとおり、本件事故現場付近の道路は、追越しのための右側はみ出し禁止の交通規制がされており、黄色のセンターラインが明瞭に印されていたのであるから、カーブの多い山道であることを考慮しても、右のような道路を走行する車両の運転者に、対向車線を走行する車両が、センターラインを大幅に越えて自車走行車線の中央付近に達するまで進入してくることをも想定し、そのような場合でも衝突を回避できるよう常に注意して走行すべき一般的注意義務が存するとは言えないことは、けだし言を俟たないところである。

(六) 以上検討したように、本件事故は、走行する被告車両の直前に、原告が転倒滑走したために生じたものであつて、被告が本件事故の発生を回避することは不可能であつたと認められ、本件事故の発生に関し、被告には過失が存しないと認めることができる。

(七) そして、前示の事実関係によれば、原告がその過失により原告車両を転倒させたために本件事故が生じたことは明らかである。

7  以上により、被告は、自賠法三条ただし書きにより免責される。

二  よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判官 定塚誠)

交通事故現場見取図