大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成4年(行ウ)4号 判決 1995年1月30日

横浜市神奈川区西寺尾二丁目一六番一四号

原告

横田藤男

右訴訟代理人弁護士

森卓爾

横浜市神奈川区栄町八-六

被告

神奈川税務署長 福原定雄

右指定代理人

池本壽美子

佐藤謙一

比嘉毅

近藤晃

中道衆矢

清水智之

栗原牧彦

小宮山真佐路

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対して平成二年三月一四日付けでした、原告の

(一) 昭和六一年分所得税の更正のうち所得金額三五二万〇五七六円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定

(二) 昭和六二年分所得税の更正のうち所得金額三五五万二八七九円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定

(三) 昭和六三年分所得税の更正のうち所得金額三九四万六一九七円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定

をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二請求原因

一  本件処分の経緯等

原告は、コンクリート解体業(斫(はつ)り業)を営む個人事業者であり、昭和六一年分、同六二年分及び同六三年分(以下「本件各係争年分」という。)の所得税につき白色申告書により確定申告をしたところ、被告から、更正及び過少申告加算税の賦課決定を受けた。原告の本件各係争年分の所得税について、原告のした確定申告、これに対する被告の各更正及び各過少申告加算税の賦課決定(以下右各更正を「本件各更正」と、右各過少申告加算税の賦課決定を「本件各決定」という。)並びに国税不服審判所長がした審査裁決の経緯は、別表一ないし三のとおりである。

二  本件処分の違法事由

1  しかし、被告がした本件各更正のうち、各確定申告に係る所得金額を超える部分は、いずれも原告の所得を過大に認定したものであるから違法であり、したがって、本件各更正を前提としてされた本件各決定もまた違法である。

2  また、本件各更正は、理由が付記されておらず、しかも税務調査に当たって調査理由の開示がれさていないばかりか、立会人の同席を理由に調査を打ち切り、ただちに取引先等の反面調査を実施するなどその手続が違法であるから、本件各更正を前提としてされた本件各決定も違法である。

第三請求原因に対する認否及び被告の主張

一  請求原因に対する認否

請求原因一の事実は認める。

同二1のうち、被告が原告の所得を過大に認定したとの点は否認し、その主張は争う。

同二2のうち、本件各更正に具体的理由の付記がないこと、被告所部係官が原告に対して直接調査理由を開示しなかったことは認め、同係官が立会人の同席を理由に調査を打ち切り、ただちに取引先等の反面調査を実施したことは否認し、その主張は争う。

二  被告の主張

1  調査の必要性について

(一) 原告は、昭和五六年三月一六日付けで「所得税の青色申告承認申請書・現金主義の所得計算による旨の届出書」を被告に提出し、同年一二月三一日までに被告がその承認又は却下の処分をしなかったことから、所得税法一四七条の規定により、原告は同五六年分以降の確定申告につき青色申告の方式によることの承認を受けたものとみなれさた。

(二) 被告は、<1>原告から提出された本件各係争年分の確定申告書の内容を検討したところ、青色申告の承認を受けながら、青色申告決算書を添付せずにいわゆる白色申告の方式で毎年確定申告書を提出していること及び本件各係争年分の確定申告書の所得金額の計算欄には、営業所得の金額が記載されているのみで、「収入金額」及び「必要経費」の各欄に何らの記載もなく、収支内訳書の添付もないので、右所得金額を計算するための収支内容が不明であったこと、<2>原告に対し長期間調査を実施していないこと等から、原告の申告内容が適正であるか否かについて調査を行う必要があると認め、被告所部の中園勝由希上席国税調査官(以下「中園係官」という。)に原告の所得税の調査を命じた。

2  調査の経緯について

(一) 中園係官は、平成元年一一月六日、原告宅に赴いたが、原告が不在であったため、対応に出た原告の妻横田洋子(事業専従者、以下「洋子」という。)に対し、原告の本件各係争年分の所得税の調査のため訪問した旨を告げて、調査への協力を要請し、原告の事業内容等を聴取した。その上で、中園係官は洋子に対し、同月一三日午前一〇時ころに再び調査に訪れるので、本件各係争年分の帳簿等を揃え、調査に協力願いたい旨を原告へ伝言するよう依頼するとともに、右要件を記載した原告あての連絡票を渡し、当日都合が悪ければ電話をくれるように依頼して、その場を辞去した。

その後、原告から右指定日は都合が悪いとの連絡があったため、中園係官は調査日時を同月二一日午前一〇時と約した。

(二) 同年一一月二一日、中園係官が被告所部の村上泰貴調査官(以下「村上係官」という。)を同行して原告宅に臨場したところ、洋子に案内れさた原告宅の一角にある事務所には、原告はおらず、男性一人と女性二人が待機していた。中園係官は、洋子が、原告は仕事のために出掛けており、自分がすべてを任されている旨言ったので、洋子に対し、再度原告の本件各係争年分の原告の所得金額の確認調査に訪れた旨を伝えるとともに、同席の三名が誰であるか尋ねたところ、同人は「いつもお世話になっている民商の人達です。」と答たので、同係官は調査に関係ない第三者に退席してもらった上で、帳簿書類等を提示するよう要請した。立会いについての同係官と洋子及び右三名(以下「立会人ら」という。)とのやりとり中に同係官は再三にわたり洋子に対して、調査に関係のない第三者がいると守秘義務が守れないことを説明し、本件調査に協力するよう要請したが、洋子は立会人らが同席するのでなければ調査に応じられないと言い張るだけであった。また、洋子は「帳簿は付けられないので、(青色申告の取り止めの)手続は(民商の)事務局にお願いした。」と、同人自身、原告が青色申告であるとの認識は持ていない旨応えた。

中園係官は、このような状況から、これ以上の調査の進展は望めないと判断し、洋子に対して、税務署で独自に調査を行って原告の所得金額を算定せざるを得ない旨を伝え、原告方事務所を辞去することにした。ところが、中園係官及び村上係官が出口に行こうとした際、村上係官の左手を立会人らのうちの女性の一人が引っ張り、村上係官の行く手を遮ったので、同係官が「おれに、触るな。」と言ったところ、右発言を巡って同係官と立会人らとが口論となった。

(三) 以上のように、原告は一度も中園係官に会おうとせず、原告の委任を受けたとする洋子は第三者の立会いを認めることを主張するのみで、第三者の立会いなしに調査に協力する姿勢を全く見せず、帳簿書類等の提示も行わなかったことから、同係官は原告の所得金額を実額で把握することは不可能と判断し、原告の取引金融機関及び取引先への反面調査を開始し、その結果に基づき、原告の本件各係争年分の事業所得の金額を推計の方法により算定した。

(四) そして、中園係官は、調査結果の説明のため、事前連絡をした上、平成二年二月二七日、原告方事務所を訪れたが、またもや原告は不在で洋子だけが対応し、しかも前回と同じ立会人ら三人が事務所に入って来たため、同係官は立会人らの退席を求めたところ、同人らは前回の村上係官の発言についての質問を繰り返し、その後、退席した。

そこで、中園係官は、調査結果に基づき算出した所得金額及びその税額と確定申告におけるそれらを併記したメモを示して説明したところ、洋子は納得できない旨申し述べたので、同係官は、そうであるならば、申告の基となった帳簿書類等を持って税務署へ来てくれるように重ねて要請した上、原告宅を辞去した。

(五) 同年三月二日、洋子は、神奈川税務署を訪れ、中園係官に対して、前回渡したメモを示しながら、説明を求めたため、同係官は、その説明をする一方、申告の基となった帳簿書類等を提示するよう再度要求したが、洋子は右要求に応じる態度を示さず、また、申告内容が正しいことの説明もしなかった。

3  推計の必要性について

申告納税制度の下における納税者は、税法の定めるところに従って正しい申告をする義務を負うとともに、その申告内容を確認するための税務調査(質問検査権の行使)に対しては、所得金額の計算の基となる経済取引の実態を最もよく知っている者として、その所得金額を算定するに足りる直接資料を提示し、その申告内容が正しいことを税務職員に説明する義務を負うものというべきである。

また、税務職員が右質問検査権を行使する場合の第三者の立会いも、税理士法二条及び同三四条の規定以外に実定法上特段の定めがないのであるから、税理士以外の第三者の立会いを拒否するか否かは権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている。また、税務調査に当たっては、調査の内容が被調査者のみならず、その取引の相手方である第三者の営業上の秘密に及ぶことが少なくないのであるから、被調査者が法律の規定による守秘義務を負わない第三者の立会いを要求する権利を有するということはできず、調査担当者が調査に際し、このような第三者の立会いを拒むことはもとより正当な処置である。

しかるに、原告は、前記2で述べたとおり、被告所部係官が再三にわたり調査に対する協力を要請し、帳簿書類等の提示を求めたにもかかわらず、第三者である立会人がいなければ、帳簿は見せられないなどと主張して調査を拒否する態度をとる反面、帳簿は付けられないので青色申告の取り止めの手続はすでに済ませているとも発言するなど、自らの事業所得について帳簿書類等の提示などの直接資料による計算根拠を全く明らかにしようとしない。

右のような状況では、被告においても、原告の収入、経費の具体的な数値を把握することは到底不可能であり、実額によって原告の本件各係争年分の所得金額を算出することができなかったため、やむを得ず所得税法一四八条所定の青色申告者の帳簿書類の備付け等が行われていないものと認定して、同法一五〇条一項一号に基づき昭和六一年分以降の青色申告の承認取消処分を行うとともに、原告の取引先等に対する調査によって把握した収入金額等を基礎として原告の所得金額を推計し、各課税処分を行ったものである。

4  本件各更正の根拠について

(一) 事業所得の金額及びその計算根拠

被告が本訴において主張する本訴各係争年分の原告の総所得金額(事業所得の金額)及びその計算根拠は、次のとおりである。

(1) 昭和六一年分

右年分の事業所得の金額は一一九四万三二一九円であり、その算出経過は以下の<1>ないし<5>のとおりである。

<1> 総収入金額 八一四八万〇七三三円

右金額は、原告の営む斫り業に係る昭和六一年分の収入金額の合計金額であり、その内訳は、別表四「被告・原告収入金額対比表」の被告主張額欄記載のとおである。

<2> 同業者の平均特前所得率 一五・二一パーセント

右率は、東京国税局管内において、原告と同様に斫り業を営む青色申告の個人事業者で、かつ原告と事業規模が類似する者(以下「同業者」という。)の昭和六一年分の事業所得に係る総収入金額に対する特前所得(総収入金額から売上原価・一般経費・特別経費を控除して算定した所得金額をいう。なお、本訴においては、妻以外の者に係る青色事業専従者給与の額をも経費に含めた。以下同じ。)の金額の割合(以下「特前所得率」という。)の平均値(別表五の一参照。ただし、小数点第五位以下四捨五入、以下同じ。)である。

<3> 特前所得金額 一二三九万三二一九円

右金額は、<1>の総収入金額に<2>の同業者の平均特前経費率を乗じて算出したものである。

<4> 事業専従者控除額 四五万円

右金額は、原告の妻洋子に係る所得税法五七条三項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)所定の事業専従者控除額である。

<5> 所得の金額 一一九四万三二一九円

右金額は、<3>の特前所得金額から<4>の事業専従者控除額を控除した金額である。

(2) 昭和六二年分

右年分の事業所得の金額は一〇七七万〇五一五円であり、その算出経過は以下の<1>ないし<5>のとおりである。

<1> 総収入金額 八二六九万四六五九円

右金額は、原告の営む斫り業に係る昭和六二年分の収入金額の合計金額であり、その内訳は、別表四「被告・原告収入金額対比表」の被告主張額欄記載のとおりである。

<2> 同業者の平均特前所得率 一三・七五パーセント

右率は、同業者の昭和六二年分の特前所得率の平均値(別表五の二参照。)である。

<3> 特前所得金額 一一三七万〇五一五円

右金額は、<1>の総収入金額に<2>の同業者の平均特前経費率を乗じて算出したものである。

<4> 事業専従者控除額 六〇万円

右金額は、原告の妻洋子に係る所得税法五七条三項(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。以下同じ。)所定の事業専従者控除額である。

<5> 所得の金額 一〇七七万〇五一五円

右金額は、<3>の特前所得金額から<4>の事業専従者控除額を控除した金額である。

(3) 昭和六三年分

右年分の事業所得の金額は一五三五万七四九一円であり、その算出経過は以下の<1>ないし<5>のとおりである。

<1> 総収入金額 九四五九万〇九三九円

右金額は、原告の営む斫り業に係る昭和六三年分の収入金額の合計金額であり、その内訳四「被告・原告収入金額対比表」の被告主張額欄記載のとおりである。

<2> 同業者の平均特前所得率 一六・八七パーセント

右率は、同業者の昭和六三年分の特前所得率の平均値(別表五の三参照。)である。

<3> 特前所得金額 一五九五万七四九一円

右金額は、<1>の総収入金額に<2>の同業者の平均特前経費率を乗じて算出したものである。

<4> 事業専従者控除額 六〇万円

右金額は、原告の妻洋子に係る所得税法五七条三項所定の事業専従者控除額である。

<5> 所得の金額 一五三五万七四九一円

右金額は、<3>の特前所得金額から<4>の事業専従者控除額を控除した金額である。

(二) 推計の合理性

(1) 右算出の基礎とした同業者の抽出方法は、次のとおりである。

すなわち、原告が斫り業を営む白色の申告者であることから、東京国税局管内において原告と同様に斫り業を営む個人事業者のうち、本件各係争年分ごとに次の<1>ないし<6>の基準のすべてに該当する者を同業者として別表五の一ないし三のとおり抽出した。

<1> 管内で斫り業(コンクリート建物等の解体に伴うこわし工事を含む。)営む者

<2> 所得税の申告を青色申告によっている者のうち青色事業専従者のいる者

<3> 本件各係争年分の総収入金額が、次の範囲内である者

ア 昭和六一年分については、四〇〇〇万円以上一億六〇〇〇万円以下の者

イ 昭和六二年分については、四〇〇〇万円以上一億六〇〇〇万円以下の者

ウ 昭和六三年分については、四〇〇〇万円以上一億八〇〇〇万円以下の者

<4> 年を通じて前記<1>の事業を営んでいる者

<5> 災害により経営状態が異常であると認められる者以外の者

<6> 税務署長から更正又は決定処分を受けた者のうち、次のア又はイに該当しない者

ア 当該処分について国税通則法(以下「通則法」という。)または行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していない者

イ 当該処分に対して不服申立てがなされ、又は訴えが提起されて、現在審理中である者

(2) 以上のとおり、被告は、本件各係争年分ごとに(1)の<1>ないし<6>の各抽出基準のすべてを満たしている者を同業者として漏れなく抽出したのであるから、右抽出に恣意が介在する余地はなく、かつ、抽出された同業者は原告と業種及びその事業規模が類似している青色申告者であるから、被告が採用した推計の方法は合理的であり、これによって求められた数値を原告の本件各係争年分の真実の所得金額に近似するものとして認定してよい。

5  本件各更正の適法性について

被告が、本件において主張する原告の本件各係争年分の総所得金額(事業所得の金額)は、前記4(一)の(1)ないし(3)で述べたとおり、それぞれ

昭和六一年分 一一九四万三二一九円

昭和六二年分 一〇七七万〇五一五円

昭和六三年分 一五三五万七四九一円

であるところ、本件各更正に係る原告の総所得金額(事業所得の金額)は、別表一ないし三の「更正・賦課決定処分」欄記載のとおり、それぞれ

昭和六一年分 一〇一四万四五七二円

昭和六二年分 九三八万三四七八円

昭和六三年分 一二〇二万四二五九円

であって、いずれの年分も被告が本訴で主張する金額の範囲内であるから、本訴各更正は適法である。

6  本件各決定の適法性について

原告は、本件各係争年分の所得税につき、いずれも過少に申告していたので、被告は、本件各更正により新たに納付すべきこととなった税額(通則法一一八条三項により一万円未満の金額を切り捨てた金額。以下同じ。)を基礎として、次のとおり計算した過少申告加算税をそれぞれ賦課決定したものであるから、本件各決定はいずれも適法である。

1 昭和六一年分 一一万円

右金額は、右年分の本件更正により、原告が新たに納付すべきこととなった税額一三五万円に通則法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの。)の規定に基づき一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額六万七五〇〇円と、同条二項の規定に基づき右一三五万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額八五万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額四万二五〇〇円との合計額である。

2 昭和六二年分 一四万三〇〇〇円

右金額は、右年分の本件更正により、原告が新たに納付すべきこととなった税額一一二万円に通則法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正後のもの。以下同じ。)の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額一一万二〇〇〇円と、同条二項の規定に基づき右一一二万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額六二万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額三万一〇〇〇円との合計額である。

3 昭和六三年分 二五万二五〇〇円

右金額は、右年分の本件更正により、原告が新たに納付すべきこととなった税額一八五万円に通則法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額一八万五〇〇〇円と、同条二項の規定に基づき右一八五万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額一三五万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額六万七五〇〇円との合計額である。

第四被告の主張に対する認否及び原告の反論

一  被告の主張に対する認否

被告主張1のうち、(一)は認め、(二)については、原告が白色で申告していること、確定申告書に収入金額、必要経費の記載がなく、収支内訳書を添付していないことは認め、その余は不知。

同2(一)のうち、中園係官が平成元年一一月六日、原告宅に赴き、原告が不在のため、原告の妻洋子に対し、原告の本件各係争年分の所得税の調査のため訪問した旨を告げたこと、同係官が連絡票を渡したこと、その後原告方から右指定日は都合が悪いとの連絡をし、同係官は調査日時を同月二一日午前一〇時と約したことは認める。同(二)のち、同年一一月二一日、中園係官が村上係官を同行して原告宅に臨場した際、洋子が両名を原告宅の一角にある事務所に案内したが、原告はおらず、男性一人と女性二人(立会人ら)が待機していたこと、洋子が原告は不在であり自分がすべてを任されていると答えたこと、中園係官が本件係争年分の原告の所得金額の確認のための調査であると言ったこと、同席の三名が誰であるか尋ねたこと、同係官が調査に関係のない第三者がいると守秘義務が守れないと言ったこと及び洋子らと係官との間で騒然とした雰囲気になったことは認め、その余は否認する。同(三)は争う。同(四)のうち、中園係官が、事前連絡をして、平成二年二月二七日、原告方事務所を訪れたところ、また原告は不在で洋子だけが対応し、前回と同じ立会人らがいたこと、同係官がメモを示して説明したこと、洋子が納得できない旨申し述べたことは認め、その余は否認する。同(五)のうち、同年三月二日、洋子が、神奈川税務署を訪れ、中園係官に対して、前回のメモを示しながら、説明を求めたことは認め、その余は否認する。

同3は争う。

同4の別表四の被告主張額欄記載の各収入金額については、有限会社山崎工務店の昭和六一年分ないし同六三年分、有限会社大城工業の昭和六一年分及び丸太運輸株式会社の昭和六一年分の各収入金額を否認し、その余は認める。右取引金額は、山崎工務店の昭和六一年分は一四〇万八〇〇〇円、同六二年分は八七万四〇〇〇円、同六三年分は三万八〇〇〇円、大城工業の昭和六一年分は零円及び丸太運輸の昭和六一年分は零円でる。

二  原告の反論

1  推計の必要性の不存在

(一) 原告は、毎日の仕事の内容については、日報を付けており、その日報には、現場に何人の作業員が行って、どのような仕事をしたかが詳細に記帳されており、洋子は、この日報に基づいて請求書を作成し得意先に送っている。その上、入金のほとんどは銀行振込であり、現金で受領する場合も記録に残すために一旦銀行に入金している。また、経費については、領収書と、領収書のないものについては、出金伝票で処理し、まとめて経費用紙に記載している。

したがって、これらの資料を精査すれば、実額で所得を算出することが可能であった。

(二) 本件調査は、洋子にとって初めての調査であり、調査がどのように行われるか不安があり、立会人はそのために必要であった。

(三) 洋子は、神奈川税務署に対して調査をやり直してほしい旨伝えており、調査を受けることを拒否したり、回避したりしていなかった。

したがって、被告所部の調査官は、再度洋子に接触して調査を行うことは可能であったが、被告は、臨場しての調査を行わず、反面調査を続け、推計額を算出した段階でようやく洋子に連絡をとったのである。

(四) 以上によれば、被告において調査を続ければ実額による所得金額の算出は可能だったのであり、推計の必要はなかったというべきである。

2  推計の合理性の不存在

(一) 被告主張の収入額につき、有限会社山崎工務店、有限会社大城工業及び丸太運輸株式会社からの収入については、前記第四の一の被告の主張4に対する認否で述べたとおりであり、推計の基礎として実額で把握したとする総収入額に誤りがあるから、これを前提とする被告の推計には合理性がない。

(二) 被告は同業者の抽出について、通達に基づき機械的に行ったと主張するが、原処分の段階では「近隣の税務署管内に事業所を有する同業者」を抽出していたものが、本件訴訟段階では東京国税局管内と大きく選定範囲を広げており、これは原処分を上回る所得金額を算出するために恣意的に行ったものであり、このうような抽出方法による推計に合理性はない。

(三) また、同業者の範囲を東京国税局管内に広げることは、事業所の近接性を失わせ、原告との類似性を没却するものであるから、同業者の抽出に当たっては、神奈川税務署と隣接する税務署もしくは神奈川県内の税務署からの抽出に限られるべきであり、東京国税局管内に広げて抽出を行った被告の推計には合理性がない。

(四) 被告は、本件推計において厳密な意味での倍半基準を用いず、原処分を上回る所得額の計算が可能なように、総収入金額四〇〇〇万円以上という基準を恣意的に設定しており、そのような恣意的な基準を設定して得られた平均特前所得率に基づく推計に合理性はない。

理由

第一請求の原因一及び被告の主張1(一)は争いがない。

第二本件各更正の当否について

一  推計の必要性について

1  所得税の課税は、本来、実額調査により行われるべきであるが(通則法二四条、二五条)、信頼し得る調査資料を欠くなどの事由により実額調査ができない場合に、これを理由に課税をしないことが許されないことは、国民の納税義務及び租税負担公平の原則から明らかであり、このような場合は、実額調査による課税に代える方法として推計により課税をすることができるものと解される(所得税法一五六条)。

したがって、本件について、推計課税が許されるのは、実額調査を実施しようとしてもこれをなし得ない事由があったことが必要であるから、この点に関連して、本件税務調査がいかなる経緯でされたかをまず検討する。

(一) 被告の係官が原告の所得税の調査をした経緯が次のとおりであることは当事者間に争いがない。

(1) 中園係官は平成元年一一月六日、所得税調査の目的で原告宅に赴いたが、その際原告は不在であったため、原告の妻洋子に対し、原告の本件各係争年分の所得税の調査のため訪問した旨を告げ、次回の訪問指定日を記した連絡票を渡した。その後、原告から、右指定日は都合が悪いとの連絡があり、同係官は調査日時を同月二一日午前一〇時と約した。

(2) 右二一日に、中園係官が被告所部の村上係官を同行して原告宅に臨場したところ、洋子に案内された原告宅の一角にある事務所には、原告はおらず、男性一人と女性二人の立会人らが待機していた。そして、洋子は、原告は不在であり、自分がすべてを任されていると答え、中園係官が本件各係争年分の原告の所得金額の確認のための調査であると告げ、第三者の立会いのもとでは守秘義務が守れないことを告げて調査を打ち切り、立ち去ろうとしたところ、これを制止しようとする洋子らと同係官との間で騒然とした雰囲気になった。

(3) 中園係官が事前連絡をして、平成二年二月二七日、原告方事務所を訪れたところ、またもや原告は不在で洋子だけが対応した。そして、前回と同じ立会人ら(三人)がおり、同係官はメモを示して被告の調査結果に基づく税額を説明したが、洋子は納得できない旨申し述べた。

(4) 同年三月二日、洋子は神奈川税務署を訪れ、中園係官に対して、前回のメモを示しながら、説明を求めた。

(二) なお、証人中園勝由希の証言及び弁論の全趣旨によれば、中園係官が原告の税務調査を行ったのは、上司から、原告は青色申告者でありながら、青色申告決算書の提出がなく、白色申告書を提出していること、申告書には所得金額だけしか記載がなく、その算定された内容が不明であること、長期間調査をしていなかったことなどから原告に対する税務調査を実施するよう指示されたためであったこと、中園係官が平成元年一一月二一日に所得税調査のため原告宅へ赴いた際、立会いを要求する立会人ら及び洋子に対して、公務員には守秘義務が課せられていることを説明して退席を要求したが、応じてもらえなかったこと、洋子に案内された原告宅の事務所の机の上等には、帳簿書類等はなく、立会人らのいない場所での帳簿書類等の提示の要求にも洋子は応じなかったこと、三月二日頃までに帳簿書類等を持って来るように中園係官が要求したにもかかわらず、同日神奈川税務署を訪れた際に洋子は帳簿を持参せず、また帳簿を提示する様子もなかったことが認められる。

2  ところで、税務職員が税務調査を行うに当たり質問検査をなし得ることは所得税法二三四条一項に規定されているところであるが、これは税の公平確実な賦課徴収を図るために税務調査のひとつの方法手段として規定されたものであって、その範囲、程度、時期等の実施の細目については、質問検査の必要があり、その相手方の私的利益との衡量における社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的選択に委ねられていると解すべきである。したがって、税務職員が、税務調査を行うに当たり、事前通知をなすか否か、求められた調査理由を開示するか否か、立会人を認めるか否か等については、当該税務職員の裁量に任されており、その判断が権限を逸脱していない限り、違法とはいえないことになる。この見地からすれば、前記争いのない事実及び右認定の事実関係のもとにおいて、本件にかかわる中園係官の右判断及び対応等に格別違法・不当な点があったと認められないことは明らかである。

なお、原告は、被告係官が、調査を続ければ、実額による所得金額の算出が可能であったと主張するが、洋子は立会人らのいない場所での帳簿の提示の要求には応じようとはしておらず、しかも右のとおり、第三者の立会いを認めるか否かは権限のある税務職員の合理的な裁量に委ねられているというべきであるから、原告の右主張は理由がない。

3  以上の事実経過によれば、原告は、中園係官が三回にわたって税務調査に赴いているにもかかわらず帳簿書類を提示しようとせず、調査のため原告宅に臨場した中園係官に対して、立会いを認めるべく要求し、中園係官から立会人らを退席させること及び帳簿書類を提示することを求められたのに、これに応ぜず、その後三月二日に神奈川税務署を訪れた洋子に対して帳簿類を提示するように求められたにもかかわらず、それに応じなかったなど、税務調査に協力しなかったことは明らかであり、そのため被告において、本件各係争年分の原告の所得金額を実額で把握することができなかったと認められるから、被告が本件各係争年分の所得金額及び税額を推計により算出する必要性があったというべきである。

二  推計の合理性について

次に被告が採用した推計課税の方法については、その内容が実額調査に代える方法となし得るだけの合理性を有していなければならないことはいうまでもないから、以下においては、右合理性の存否について検討する。

証人加藤道訓の証言、弁論の全趣旨及びこれによりその成立の真正を認める乙一号証の一ないし八〇の四によれば、被告は、原告の取引先業者を調査(いわゆる反面調査)することにより把握した昭和六一ないし六三年の原告の各総収入金額(別表四の各被告主張額欄記載の金額)を基礎とし、東京国税局管内において、原告と同様に斫り業を営む青色申告の個人事業者で、かつ、原告と事業規模が類似するもの(同業者)の右各年度分の事業所得に係る総収入金額に対する特全所得の金額の割合の平均値を乗じて特前所得金額を算出し、原告の事業所得金額を推計したこと、右同業者の抽出に際し、被告は東京国税局長からの平成四年六月一一日付け「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について(通達)」と題する書面により、東京国税局管内において、昭和六一年分から昭和六三年分までの<1>管内で斫り業(コンクリート建物等の解体に伴うこわし工事を含む。)を営む者、<2>所得税の申告を青色申告によっている者のうち青色事業専従者のいる者、<3>右<1><2>の該当者のうち、対象年分における総収入金額が、いわゆる倍半基準の範囲内にある者、すなわち昭和六一年分及び同六二年分については、それぞれ四〇〇〇万円以上一億六〇〇〇万円以下、昭和六三年分については四〇〇〇万円以上一億八〇〇〇万円以下の範囲内にある者、<4>年を通じて右<1>の事業を営んでいる者、<5>災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者、<6>税務署長から更正又は決定処分を受けた者のうち、当該処分について通則法又は行訴法の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していない者でなく、かつ当該処分に対して不服申立てがなされ、又は訴えが提起されて、現在審理中でない者について報告するよう求められ、これに応じてその基準にすべて該当する者を、所得税確定申告書の職業欄、青色申告決算書等の業種名欄等から分類した被告の内部資料である業種別名簿に基づき、別表五の一ないし三のとおり機械的に行ったこと、これらに基づく本件各係争年分の原告の所得等の計算結果は、昭和六一年分は総収入金額八一四八万〇七三三円、特前所得金額一二三九万三二一九円、事業所得金額一一九四万三二一九円、昭和六二年分は総収入金額八二六九万四六五九円、特前所得金額一一三七万〇五一五円、事業所得金額一〇七七万〇五一五円、昭和六三年分は総収入金額九四五九万〇九三九円、特前所得金額一五九五万七四一九円、事業所得金額一五三五万七四九一円となることがそれぞれ認められる。

ところで、本件各係争年分の原告の収入については、前記のとおり、ほぼ別表四記載の数値であることについては原告及び被告間において争いがないが、そのうち、有限会社山崎工務店の本件各係争年分全部、有限会社大城工業の昭和六一年分、丸太運輸株式会社の昭和六一年分については争いがあるので、以下、検討する。なお、別表四においては、大和久昭及び東洋プラント工業株式会社からの昭和六一年分の収入についても争いがあるかのように記載されているが、この両者については、原告も同被告主張額欄各記載の収入があることは認めているので、その範囲においては争いがないことになる。

まず、右山崎工務店については、弁論の全趣旨によりその成立の真正を認める乙八二号証の一によれば、同工務店が原告に対し、本件各係争年分にわたって別表四記載のとおりの支払いをしたものと認めることができる。原告は甲八号証の一ないし五、甲九号証により、被告が昭和六三年分の収入であるとする金額については、これは平成元年分の収入であると主張するが、乙八二号証の一には本件係争年度の各月ごとに順次金額が記載されており、その記載方法からも年度を取り違えたりする余地はなく、その記載数値も十分信用できるのに対し、右甲号各証は、右乙号証が昭和六三年とする金額について、それに対応する平成元年の月日に当該金額を受領したことを記載した領収書綴りであり、その記載の外形等からもただちに信用することはできず、これをもって、被告主張の金額が本件係争年度ではなく、平成元年分のものであると認めることはできない。

次に有限会社大城工業の昭和六一年分の五六万五〇〇〇円についても、弁論の全趣旨によりその成立の真正を認める乙八四号証によれば、明らかに同年一月以降の請負代金として同大城工業が原告に対して当該金額を支払っていると認められるのであって、これが原告主張のように、昭和六〇年度の代金とすることはできない。

さらに、丸太運輸株式会社の昭和六一年分の二五万円についても、弁論の全趣旨によりその設立の真正を認める乙九一号証によれば、原告から丸太運輸に対し、同年五月二九日に、同年一月八日以降の工事について請求していることが認められるのであるから、これが昭和六〇年度の工事代金であるとすることはできない。

したがって、本件係争年分の原告の収入については、別表四の被告主張金額があったものと認められる。

以上によれば、被告が本件において採用した推計方法は、それ自体から明らかなように恣意的作為の介在する余地が少ないものであるばかりか、具体的にも算定の基礎とした総収入金額の把握方法とその結果、原告と業種及び事業規模等が類似する同業者の抽出過程とそれに基づく特前所得率の平均値の算定方法においても相当であると認められ、これらを用いて原告の事業所得金額を算出することにより、原告の実際の所得に近似した数値が得られるものと考えられるので、原告の所得の推計方法として社会通念上合理性があるものとしてこれを是認することができる。

また、同業者の抽出についても倍半基準の設定についても、被告が恣意的に行ったと認め得る適切な証拠があるとは言いがたく、原告の主張は採用し得ない。

三  本件各更正の理由付記欠如等の違法事由について

1  原告は、本件各更正には理由付記を欠き、違法であると主張するが、所得税法においては、白色申告者に係る更正決定につき、理由付記を義務づける規定がなく、その他、原告に対する各更正について理由付記をすべき適切な理由も見当たらないから、原告の主張は失当である。

2  また、本件税務調査に当って被告係官が、原告に対して直接調査理由を開示しなかったことは争いがないが、この点についての中園係官の判断及び対応等は前述のとおり相当であり、しかも同係官のした本件反面調査等が適法であったことも前述のとおりである上、他に本件各更正の手続についての違法不当な点も見当たらない。

第四結論

そうすると、原告の昭和六一年、同業者六二年及び同六三年の総所得額(事業所得の金額)は、昭和六一年分が一一九四万三二一九円、昭和六二年分が一〇七七万〇五一五円、昭和六三年分が一五三五万七四九一円と認められるから、課税標準を右金額の範囲内でなされ本件各更正は、いずれも適法であり、したがって、これらの金額を前提としてなされた本件各過少申告加算税賦課決定もまた適法である。

よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾方滋 裁判官 秋武憲一 裁判官 今井弘晃)

別表一

昭和六一年分 課税処分等の経緯

<省略>

別表二

昭和六二年分 課税処分等の経緯

<省略>

別表三

昭和六三年分 課税処分等の経緯

<省略>

別表四

被告・原告収入金額対比表

<省略>

別表五の一

昭和61年分 同業者一覧表

<省略>

別表五の二

昭和62年分 同業者一覧表

<省略>

別表五の三

昭和63年分 同業者一覧表

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例