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横浜地方裁判所 平成4年(ワ)540号 判決 1993年3月29日

原告

磯井房子

ほか二名

被告

広重弥

ほか一名

主文

一  被告らは各自

1  原告磯井房子に対し、五三五万六〇〇〇円及び内四八五万六〇〇〇円に対する平成元年一二月二五日から、内五〇万円に対する本判決確定の日の翌日から、完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告磯井康充、原告磯井理江子に対し、それぞれ二六七万八〇〇〇円ずつ及び内二四二万八〇〇〇円に対する平成元年一二月二五日から、内二五万円に対する本判決確定の日の翌日から、完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  原告ら勝訴部分に限り仮に執行できる。

事実及び理由

第一請求

被告らは各自

一  原告磯井房子に対し一一六八万四四〇九円及びうち一〇六二万二一九〇円に対する平成元年一二月二四日から、残一〇六万二二一九円に対する本判決確定の日の翌日から、完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告康充及び原告理江子に対し、それぞれ五八四万二二〇五円ずつ及びうち五三一万一〇九五円に対する平成元年一二月二四日から、残五三万一一一〇円に対する本判決確定の日の翌日から、完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自動車に轢かれて負傷(骨折等)し、その後自殺した歩行者の妻と子が、民法七〇九条、自賠法三条に基づき損害賠償を請求した事件である。

一  争いない事実等

1  事故

日時・平成元年一二月二五日午前零時ころ

場所・相模原市上鶴間二四〇九番地先交差点

態様・被告広重が運転し、被告会社が所有する普通乗用自動車が道路横断歩行中の磯井秀夫に衝突し負傷させた。

2  責任

被告会社は自賠法三条により責任を負う。

3  身分関係

秀夫は平成二年四月八日自殺し、妻子である原告らが相続した(甲一、一三)。

二  争点

被告は、損害額を争うほか、被害者の自殺は本件事故と因果関係がなく、かつ被害者にも横断に際して安全を確認しなかつた過失があるから、四割以上の過失相殺(原告らは二割の過失を自認している。)をするべきであると主張する。

第三争点に対する判断

一  被害者の治療と自殺に至る経過

証拠(甲二、三、一三、一四1・2、一五~二二、二三1~12、二四1~4、二五、乙一、五1・2、原告房子)によると、次の事実を認めることが出来る。

1  被害者は事故当日の平成元年一二月二五日、左腸骨ないし大腿部の強度疼痛を訴え、救急車で相模原市所在の黒河内病院に入院し、左腸骨・左恥骨骨折、左大腿挫傷、右大腿擦過傷、臼蓋骨折、中心性脱臼により全治三カ月を要する見込みと診断され、牽引療法を施された。同二年一月より排尿障害が生じたため、三月九日北里大学病院を受診し、尿道狭窄で手術が必要と診断されたが、空床がないため、三月一四日大和徳州会病院に入院し、一六日に内尿道切開術を受けた。術後の経過は良好で同月二六日退院した。なお、同病院入院中に、三月二四日、整形外科で股関節の診断を受け、左股関節寛骨臼底突出症で骨頭の軟骨も大分やられており、将来は人工骨となるであろうこと、肉体労働に従事することは難しく、事務職及び軽労働に限定されることなどの説明を受けた。

2  被害者は昭和三六年から株式会社丸井に勤務していたが、独立して郷里の富山県五箇山で土産店を経営することを志し、昭和六二年に販売士三級の、同六三年に損害保険初級の資格を得、平成元年一二月には丸井を依願退職して、自動車を二台購入し、法人設立の手続きを研究したり、「平成元気・羽馬秀企画」と商号を刷り込んだ名刺を作るなど準備を整えていた矢先に本件事故に遭つたものであり、大きなショツクを受けた様子であつた。同二年三月二六日退院して後は歩く練習をして、リハビリに励んでいたが、歩くと痛みを訴え、口数が少なく弱気になつており、息子の大学進学のことで姉の家を訪問・相談する約束をしていた、四月八日、遺書を残さずに自殺した。

3  以上によれば、被害者は、本件事故の受傷による入院と後遺症のために、計画中の事業の出鼻をくじかれたことによる失望と、将来に対する絶望感から、自殺したものと推認される。したがつて、本件事故と自殺との間に事実的因果関係があることは明らかである。

しかし、現在の社会において、交通事故の被害者が自殺することは希有の事態ではないかもしれないが、これが通常の事態であるとまで言うことができないことは自明のところであるから、自殺による損害は通常損害ではなく特別損害であり、これが認容されるためには予見可能性が存在しなければならない。そして事故による傷害の内容、程度、被害者の置かれた社会的境遇等、具体的事情によつては自殺が予見不可能といえない場合もあると考えられるが、本件にあつては、積年の計画である独立事業の出発点において、その人生設計を砕かれた被害者の心情には、深く同情されるものがあるけれども、上来認定のところを一般社会通念に照らすときは、未だ自殺が予見可能であつたとは認められないと判断される。

結局、本件事故と被害者の死亡との間には相当因果関係がないことに帰する。

二  損害額

1  治療費(請求額五一三〇円) 五一三〇円

甲四の1・2、五により認める。

2  妻の付き添い看護費(請求額四三万四五〇〇円) 一五万七五〇〇円

医師が必要性を認める、一二月二五日から一月二八日まで、日額四五〇〇円を認める(甲二三3)。

3  入院雑費(請求額一一万一六〇〇円) 一一万四〇〇円入院期間九二日につき日額一二〇〇円を認める。

4  交通費(請求額一万円) 一万円

弁論の全趣旨により認める。

5  休業損害(請求額一一八万六七〇一円) 一八五万七六〇〇

前掲証拠によれば、原告は、事故から自殺まで一〇四日休業したこと、事故当時四七才の男性であつたことが認められるから、賃金センサス平成二年第一巻第一表男子労働者学歴計の年齢別平成給与額四五~四九才六五一万九三〇〇円に基づき、休業日一〇四日分、一八五万七六〇〇円の損害があつたというべきである。

6,519.3÷365×104=1,857.6

6  逸失利益(請求額一八三三万七五四五円) 〇円

被害者の自殺と本件事故との間に相当因果関係を認めることができないから、逸失利益は認められない。

7  慰謝料(請求額六四八万円) 一〇〇〇万円

本件事故を事実上の原因として被害者が自殺したことなど、本件諸般の事情に照らして一〇〇〇万円を相当と認める。

三  当事者の過失割合

本件事故現場付近の状況は、別紙交通事故現場見取図記載のとおりである。被告広重は、タクシーを運転して時速約五〇キロメートル(制限速度四〇キロ)で進行し、<1>地点で事故現場交差点をチラツと一瞥したが、人影がなかつたため、遠方の青信号を見ながら走行し、<2>地点に至つて<ア>地点に右から左に横断中の被害者を発見し、慌てて急ブレーキをかけたが間に合わず<×>地点で衝突した。他方、被害者は飲酒して帰宅する途中、事故現場交差点に差し掛かり、町田駅方面から進行してくる加害タクシーを認めたが、先に渡れると判断してゆつくり歩きだし、中央線あたりから危険を感じて駆け出したが間に合わず、衝突したことが認められる。(甲六~八)

この事実に照らせば、原告にも左方の安全を十分確認しなかつた過失があつたというべきである。

右のように、本件は交差点内の事故であるところ、交差点は車両のみならず歩行者も道路を横断するところである。したがつて、交差点内を通行する車両は、当該交差点又はその直近で道路を横断する歩行者に特に注意し、できる限り安全な速度と方法で、進行しなければならず(道交法三六Ⅳ)、交差点又はその直近で横断歩道の設けられていない場所において歩行者が道路を横断しているときは、その通行を妨げてはならない(道交法三八の二)、という義務を負うのである。このことに鑑み、かつ原告らが二割の過失を自認していることを考慮すると、本件における過失の割合は、被害者二対被告広重八と見るのが相当である。

四  以上の事実を前提とすると、被告らが原告らに支払うべき損害額は、原告房子に四八五万六〇〇〇円、その余の原告らに二四二万八〇〇〇円ずつとなる。

12,140×(1-0.2)×1/2=4,856

4,856×1/2=2,428

五  弁護士費用中、原告房子につき五〇万円、その余の原告らにつき二五万円ずつを本件事故と相当因果関係に立つ損害と認める。

(裁判官 清水悠爾)

別紙 <省略>

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