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横浜地方裁判所 平成元年(行ウ)3号 判決 1990年3月19日

横浜市緑区青葉台一丁目一八番一三号

原告

佐々木信義

右訴訟代理人弁護士

山下秀樹

遠山信一郎

横浜市緑区長津田四丁目一番一二号

被告

緑税務署長

柳澤信久

右訴訟代理人弁護士

伊藤正高

小野雅也

鈴木實

山田文夫

安藤明

杉山孝司

青木与志次郎

阿部秀雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六二年一〇月三一日になした次の各処分を取り消す。

(一) 原告の昭和六〇年分所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分

(二) 原告の昭和六一年分所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(但し、昭和六三年一〇月一三日の過少申告加算税変更決定により減額されたもの)

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四八年以降エンジニアリング業務を主たる業務内容とする株式会社エム・シー・エル(以下「訴外会社」という。)の代表取締役としてその経営に当たってきた者であるが、昭和六〇年及び昭和六一年の各年分(以下「本件係争年分」という。)の所得税について、原告のした確定申告、これに対する被告の各更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定処分(但し、昭和六一年分の過少申告加算税額は昭和六三年一〇月一三日の変更決定により減額された。以下「本件各賦課決定処分」という。)並びに国税不服審判所長がした審査裁決の経緯は、別表一、二記載のとおりである。

2  本件各更正処分のうち原告の各確定申告に係る所得金額を超える部分は、次のとおり、被告が法の適用を誤って原告の所得を過大に認定したものであるから違法であり、したがつて、本件更正処分を前提としてなされた本件各賦課決定処分も違法である。

(一) 事実経過

(1) 原告は、昭和四七年七月訴外会社(設立当初の商号は「日東精鋳造株式会社」である。)を設立して昭和四八年一月同社の代表取締役に就任し、訴外会社の筆頭株主であるとともに同社の経営に当たつてきた者で実質的なオーナーであつた。

訴外会社は、ロストワツクす法と呼ばれる特殊な精密鋳造法によるエンジニアリング業務及び精密鋳造品の製造・販売業務を主たる目的とする会社であり、研究開発型の有力な「ベンチヤービジネス」の一つとして急成長したが、昭和六三年一月二回目の手形不渡を出して倒産し、同年二月一九日横浜地方裁判所において破産宣告を受けた。

(2) 訴外会社は、多額の設備投資を要する装置産業を営むものであるから、銀行借入れ、増資、社債発行等の種々の方法で資金調達を行わなければならず、昭和六〇年七月総額四億二〇〇〇万円の新株引受権付社債を発行した。

しかし、右新株引受権付社債は何らの担保もなく極めて危険なものであったから、原告が同月三一日その大部分に相当する三億七〇〇〇万円分の右社債(以下「本件ワラント債」という。)を引き受けざるを得なかった。

原告は、本件ワラント債を担保とし年六・六パーセントの利子を支払う約定で横浜銀行日吉支店から本件ワラント債の取得資金を借り受けた。

原告は、訴外会社から本件ワラント債の利息(年六パーセント)として、昭和六〇年十二月三〇日八九七万八七九四円を、昭和六一年一月三一日一八一万九二三二円の支払いを受け、また、同日本件ワラント債の元金金額の償還を受けたが、右利息金及び償還金はすべて横浜銀行に対する借入金債務の返済に充てられたうえ、原告が右利息と同銀行に対する利子との差額分を個人負担して支払った。

(二) 本件各更正処分の違法事由

原告は、本件ワラント債の利息を配当所得と解し、横浜銀行に対する借入金利息を必要経費として右利息から控除して所得金額を算定し、これをもって本件係争年分の確定申告を行ったところ、被告は本件ワラント債の利息を利子所得であるとし、必要経費の控除を認めずに原告の所得金額を算定して本件更正処分を行った。

しかし、本件係争年分の原告の所得金額は、次のとおり、本件ワラント債の利息から必要経費を控除して算定すべきであるから、本件各更正処分は原告の所得を過大に認定した違法がある。

(1) 本件ワラント債の利息は配当所得又は雑所得とするか、或いは利子所得とするものの所得税法二四条二項又は三五条二項を類推適用して、本件ワラント債の引受けに際して横浜銀行から借入した借入金の利子を必要経費として控除すべきである。

すなわち、所得税法二三条一項が利子所得として列挙しているものは、預貯金の利子をはじめとしてすべて安全確実なものであり、社債についても現実には信用ある大会社が担保付で発行するために安全な貯蓄の対象とされてきたものであるから、同条項の趣旨は、安全確実な貯蓄の果実を類型化し、これを利子所得として必要経費の控除を認めない取り扱いをしているのである。ところで、原告は、安全確実な貯蓄対象として本件ワラント債を引き受けたものではなく、むしろ、原告が自己の損失において訴外会社の銀行からの金融を媒介したに過ぎないとも評価できるものであり、少なくとも、通常予定されている社債引受とは経済的にも機能的にも著しく異なるから、本件ワラント債が所得税法上の社債にほかならないということから、本件ワラント債の利息を利子所得とし必要経費の控除を認めないことは違法である。

また、経済の原則からすると、借入金利子は普通社債や預貯金の利子よりも高いため、他から融資を受けて普通社債を購入し又は預貯金することが通常あり得ず、利子所得には必要経費の控除を認めないのである。そうすると、利子所得の範囲を考えるに当たっては、元本を取得するための借入金利子その他経費を支出することがあり得るか否かの観点から決められるべきである。ところで、新株引受権付社債は、確定利付であるものの、発行会社の株価の推移をみながら機をみて新株引受権を発行時の条件で行使でき、株価が高騰したときには大きな利益を得ることができる反面、新株引受権の対価として通常の社債等よりも利率が低く、普通社債や預貯金とは著しく異なるものであり、新株引受権付社債の取得は投機性のある株式投資に類似し、他から融資を受けて購入することも通常予想されるから、本件ワラント債の利息を配当所得又は雑所得と解することもでき、仮にそう解し得ないとしても、所得税法二四条二項又は三五条二項を類推適用して本件ワラント債取得のための借入金について生じた利子を必要経費として控除できると解される。

なお、所得税法二三条一項は社債の利息を利子所得であるとしているが、新株引受権付社債は昭和五六年の商法改正により導入された制度であり、所得税法の現行所得区分の確立した時点で存在せず、全く想定されていない制度であるから、新株引受権付社債が社債の一種であることから、その利息が直ちに利子所得に該当するとはいえない。

(2) 原告が本件ワラント債を引き受けた意図、動機、資金の流れ等からすると、本件ワラント債の利息は課税すべき所得(収入)とは認定できない。

すなわち、原告は、訴外会社の株式を上場させようとしていたため、将来も同社の実質的支配権を維持する必要から新株の有利な取得を目的として、横浜銀行から本件ワラント債の引受資金を借り受け、右借受金の利子と本件ワラント債の利息との差額を負担してまで本件ワラント債を取得したのである。そうすると、原告の本件ワラント債取得の目的は、分離型の本件ワラント債のうち新株引受権の取得のみにあり、社債部分は実質的・経済的には横浜銀行が引き受けているに等しいのである。

また、原告は、本件ワラント債を担保提供する約定でその引受資金全額を横浜銀行から借入れたが、右借受金は原告の手元に入ることなく訴外会社の預金口座に振り込まれ、本件ワラント債の利息及び元金の償還金も、原告の同銀行に対する元利金の支払いのため、訴外会社から直接同銀行に支払われたのであり、しかも、原告は、右借入金及び本件ワラント債の利息を全く手にすることなく、本件ワラント債の利息の同銀行に対する借入金利子との差額分(年〇・六パーセント)を自己負担して同銀行に支払ってきた事実から明らかなように、横浜銀行の原告に対する貸付金は、単なる書類上・形式上の振替操作で動いた後に同銀行に還流し、原告の支配下には全くなかった。

以上のとおり、原告の本件ワラント債引受の意図、動機、資金の流れ等の事実関係を全体的に観察評価すれば、原告は名義上本件ワラント債の利息を取得したに過ぎず、右利息相当の所得(収入)があったとの認定はできない。

(3) したがって、本件各更正処分は、本件ワラント債の利息から借入金利子を控除せず、原告の所得を過大に認定した違法がある。

(三) 本件各賦課決定処分の違法性

本件各賦課決定処分は本件各更正処分を前提になされたものであり、右のとおり、本件各更正処分が違法である以上、本件各賦課決定処分も違法である。

よつて、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2の冒頭は争う。

(二)  同2(一)の事実中、原告が昭和四八年から訴外会社の代表取締役であったこと、訴外会社が昭和六三年二月一九日横浜地方裁判所において破産宣告を受けたこと、訴外会社が昭和六〇年七月総額四億二〇〇〇万円の新株引受権付社債を発行し、原告が同月三一日本件ワラント債を引き受けたこと、原告が訴外会社から本件ワラント債の利息(年六パーセント)として昭和六〇年一二月三〇日に八九七万八七九四円を、昭和六一年一月三一日に一八一万九二三二円の支払いをそれぞれ受け、また、同日本件ワラント債の元金全額の償還を受けたこと、原告が横浜銀行日吉支店から年六・六パーセントの割合による利子を支払う約定で本件ワラント債の引受資金を借り入れたことは認め、その余の事実は知らない。

(三)  請求原因2(二)の事実中、原告が本件ワラント債の利息から横浜銀行に対する借入金利子を控除した所得金額をもって確定申告したこと、被告が本件ワラント債の利息を利子所得とし、必要経費の控除を認めずに本件更正処分を行ったことは認め、その余は争う。

(四)  同2(三)は争う。

三  被告の主張

1  本件各更正処分の適法性

(一) 昭和六〇年分の所得金額

(1) 原告の昭和六〇年分の総所得金額及びその内訳は、次のとおりである。

順番 項目 金額

<1> 利子所得の金額 八九七万八七九四円

<2> 配当所得の金額 二七〇万六七七七円

<3> 給与所得の金額 二〇九二万〇〇〇〇円

<4> 雑所得の金額 二六万三六六六円

<5> 総所得の金額 三二八六万九二三七円

(2) 利子所得の金額 八九七万八七九四円

右金額は、原告が昭和六〇年七月三一日訴外会社発行の本件ワラント債を取得し、同年一二月三〇日本件ワラント債の利息として受領した金額である。

(3) 配当所得の金額 二七〇万六七七七円

右金額は、次の<1>の金額から<2>の金額を控除した金額である。

<1> 収入金額 三五三万〇〇〇〇円

右金額は、原告が昭和六〇年九月三〇日の訴外会社から取得することの確定した株式配当金額である。

<2> 負債の利子 八二万三二二三円

右金額は、原告が配当所得に係る負債の利子として確定申告書に記載した一〇六九万九八九六円から、原告が本件ワラント債の取得に際し横浜銀行日吉支店から借り入れた三億五七〇〇万円に係る借入金利子九八七万六六七三円を控除した金額である。

(4) 給与所得の金額 二〇九二万〇〇〇〇円

右金額は、原告が訴外会社から役員報酬として取得した二三七〇万円に係る給与所得の金額である。

(5) 雑所得の金額 二六万三六六六円

右金額は、原告が講演料等として取得した三七万六六六六円に係る雑所得の金額である。

(6) 総所得金額 三二八六万九二三七円

右金額は、(2)ないし(5)の合計金額である。

(二) 昭和六一年分の所得金額

(1) 原告の昭和六一年分の総所得金額及びその内訳は、次のとおりである。

順番 項目 金額

<1> 利子所得の金額 一八一万九二三二円

<2> 給与所得の金額 二六三六万三五〇〇円

<3> 総所得金額 二八一八万二七三二円

(2) 利子所得の金額 一八一万九二三二円

右金額は、原告が昭和六一年一月三一日本件ワラント債の利息として受領した金額である。

(3) 給与所得の金額 二六三六万三五〇〇円

右金額は、原告が訴外会社ほか二社から役員報酬として取得した二九四三万円に係る給与所得の金額である。

(4) 総所金額 二八一八万二七三二円

右金額は、(2)及び(3)の合計金額である。

(三) 以上のとおり、原告の昭和六〇年分の総所得金額は三二八万九二三七円、昭和六一年分の総所得金額は二八一八万二七三二円であるから、いずれも本件各更正処分に係る総所得金額と同様であって、本件各更正処分は適法である。

2  本件各賦課決定処分の適法性

原告は、本件係争年分に係る納付すべき税額を過少に申告していたので、本件各更正処分により各納付すべきことになる税額、すなわち、昭和六〇年分について五四三万円(但し、国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てる。以下同じ)、昭和六一年分について六三万円をそれぞれ基礎として、昭和六二年法律第九六号による改正前の国税通則法六五条一項に基づき右各金額に一〇〇の五の割合を乗じて、昭和六〇年分の過少申告加算税を二七万一五〇〇円、昭和六一年分の過少申告加算税を三万一五〇〇円と算定して賦課決定したのであるから、本件各賦課決定処分は適法である。

3  原告の主張に対する反論

(一) 原告は、本件ワラント債の利息が配当所得又は雑所得になる旨主張する。

しかし、所得税法は、所得の種類を利子所得(二三条)、配当所得(二四条)、不動産所得(二六条)、事業所得(二七条)、給与所得(二八条)、退職所得(三〇、三一条)、山林所得(三二条)、譲渡所得(三三条)、一時所得(三四条)、雑所得(三五条)の一〇種類に分類して定め、各所得の内容に応じて課税所得の計算や課税方法を各別に規定しており、ある所得が右一〇種類のどの所得に該当するかによつて、所得金額の計算及び課税方法が機械的に定まるものであるから、右区分は厳格に遵守されるべきものである。

そして、本件ワラント債が社債であり、その利息が利子所得であることは所得税法二条一項九号、二三条一項に明記されているのであるから、原告の右主張は到底採用できない。

また、原告は、所得税法二三条一項が安全確実な貯蓄の果実を類型化して利子所得としたのであるが、本件ワラント債は無担保のもので安全確実なものとはいえず、かつ、原告も本件ワラント債を安全確実な貯蓄対象として取得したものではなく、実質的には訴外会社の銀行からの金融を媒介したに過ぎず、通常の社債の取得とは異なるから、原告の横浜銀行に対する借入金利子を必要経費として控除しないことが違法である旨主張する。

しかし、原告の右主張は、社債を安全確実なものとしからざるものの二種類に区分する趣旨の主張であつて、租税法規自体に根拠規定がないのみならず、商法上定められた社債に独自の概念を設定するものであつて到底認められない見解であり、また、原告の主張することろによれば、原告は、訴外会社の実質的オーナーとして同社の事業の目算、資金調達の種類・方法を自ら考慮し、本件ワラント債の利息を得ることよりも訴外会社の実質的支配権を維持し、かつ、将来株価の高騰した際に多大な売買差益を得られるとして、新株引受権付社債の発行によって資金調達することにしたのであり、本件ワラント債の利息が利子所得に該当し経費の控除が認められないことも十分に知悉していたはずなのであつて、訴外会社の事業が当初のもくろみに反し結果的に失敗したからといって右のような原告の主張が許容される余地はない。

さらに、新株引受権付社債の制度が昭和五六年の商法改正により導入されたにしても、所得税法において社債の利息は利子所得とされており、右商法改正により新株引受権社債の制度が創設され、それが、社債であるとされる以上、所得税法においてもそれにより生ずる所得が利子所得とされることは当然である。したがつて、原告の右主張は失当である。

(二) 原告は、本件ワラント債の利息が利子所得に該当するとしても、所得税法二四条二項又は三五条二項を類推適用すべきである旨主張する。

しかし、所得の種類区分が厳格になされ、当該種類における所得の内容に応じて各法規が定立されているのであるから、当該所得とは異なる所得について規定した条項を安易に類推することは認められるべきではない。

そして、所得税法二四条二項の対象たる配当所得は、同条一項の定めるとおり利益の配当であり、本件ワラント債の額面金額に対する年六パーセントの計算により支払われる利息とは全く性格を異にするものであつて、同法二四条二項を類推する余地はない。また、所得税法三五条二項の対象たる雑所得は、同条一項に利子所得に該当しない所得であることが明定されていのであって、同様に類推する余地がない。

したがつて、原告の右主張は失当である。

(三) 原告は、本件ワラント債引受の意図、動機・資金の流れ等の事実関係を全体的に観察評価すれば、原告が名義上本件ワラント債の利息を取得したに過ぎず、右利息相当の所得(収入)があつたとは認定できない旨主張する。

しかし、一定の法律名義を採用するについては、それ相応の経済的、実質的動機に基づくことが通常であつて、法律名義と実質とは通常一致すべきものであるという前提に立つて社会的・経済的生活が営まれ社会秩序が形成されている以上、法律上の名義と実質所得者とが異なる場合を除き、法律上の名義人に対してその収益を帰属させることが当然である。本件ワラント債は、原告自身が発行の決定権者であり、訴外会社の実質的支配権を維持する意図から、一定の株式を有利に取得する目的で本件ワラント債を引き受けたものであつて、原告は、形式的のみならず実質的にも本件ワラント債を取得したというべきである。

また、仮に横浜銀行日吉支店が本件ワラント債の利息を受領したとしても、これは、原告が同銀行から借入た借入金の返済に充てたに過ぎないから、所得がないと認定することはできない。

したがつて、原告の右主張は失当である。

四  被告の主張に対する認否

1(一)  被害の主張1(一)(1)の事実中、給与所得の金額が二〇九二万円、雑所得の金額が二六万三六六六円であることは認め、その余の事実は否認する。

(二)  同1(一)(2)の事実中、原告が昭和六〇年七月三一日本件ワラント債を取得し、同年一二月三〇日本件ワラント債の利息として八九七万八七九四円を受領したことは認め、右金員が利子所得になることは争う。

(三)  同1(一)(3)の事実中、原告が昭和六〇年九月三〇日訴外会社から三五三万円を株式配当として取得することが確定したこと、原告が配当所得に係る負債の利子として確定申告書に一〇六九万九八九六円と記載し、右負債利子の金額のうち、九八七万六六七三円が本件ワラント債の取得に際し横浜銀行日吉支店から借入れた三億五七〇〇万円に係る借入金利子であることは認め、その余の事実は否認する。

(四)  被告の主張1(一)(4)及び(5)の各事実は認める。

(五)  同1(一)(6)は争う。

(六)  同1(二)(1)の事実中、給与所得の金額が二六三六万三五〇〇円であることは認め、その余の事実は否認する。

(七)  同1(二)(2)の事実中、原告が昭和六一年一月三一日本件ワラント債の利息として一八一万九二三二円を受領したことは認め、右金員が利子所得になることは争う。

(八)  同1(二)(3)の事実は認める。

(九)  同1(二)(4)は争う。

(十)  同1(三)は争う。

2  同2の事実中、その計算根拠は認め、本件各賦課決定が適法であることは争う。

3  同3は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  本件各更正処分の違法性の有無について判断する。

1  原告は、本件各更正処分が本件ワラント債の利息を利子所得とし、原告が本件ワラント債の取得に際し横浜銀行日吉支店から借入れた借入金の利子を経費として右利息から控除せず、かつ、右利息を課税所得としたから、原告の所得を過大に認定した違法がある旨主張する。

そこで考察するに、原告が昭和六〇年七月三一日本件ワラント債を取得し、本件ワラント債の利息として同年一二月三〇日に八九七万八七九四円を、昭和六一年一月三一日に一八一万九二三二円をそれぞれ受領したこと(請求原因2(一)(2)、被告の主張1(二)(2))は当事者間に争いがない。

ところで、所得税法二条一項九号は公社債を公債及び社債と定義したうえ、同法二三条一項が公社債の利息を利子所得とする旨明記している。そして、本件ワラント債は訴外会社が発行した新株引受権付社債であるから、本件ワラント債の利息が利子所得に該当することは明らかであり、かつ、利子所得については、所得税法二三条二項が公社債の利息等の収入金額をもって課税所得金額を算定すると規定しており経費の控除を認めていないのであるから、原告主張の借入金利子を控除する余地はない。

原告は、本件ワラント債の利息から経費の控除を認めるべきであり、或いは右利息が課税すべき所得(収入)とは認定できない旨主張するが、右主張は、次に説示するとおり失当である。

(一)  原告は、所得税法二三条一項が安全確実な貯蓄の果実を利子所得としているところ、本件ワラント債は無担保の社債であるうえ、いわゆる「ベンチヤービジネス」として急成長した訴外会社の発行にかかる社債であり、しかも、原告は本件ワラント債を安全確実な貯蓄対象として取得したものではなく、訴外会社の銀行からの金融を媒介する趣旨から、銀行から資金を借り受けて本件ワラント債を取得したのであって、通常の社債を取得した場合とは異なるから、本件ワラント債の利息は配当所得又は雑所得に該当し、本件ワラント債の取得に際して銀行から借入れた借入金の利子を右利息から控除すべきである旨主張する(請求原因2(二)(1))。

しかし、右説示のとおり、所得税法二三条一項は社債の利息を利子所得として分類しており、本件ワラント債の利息についてのみ配当所得又は雑所得とする法的根拠はない。

また、所得税法二三条一項は、担保付社債の利息又は一定規模の法人が発行する社債の利息についてのみ利子所得としているわけではないから、安全確実な社債の利息のみを利子所得として分類したものとは解し難いうえ、原告が本件ワラント債を取得した意図・動機の如何により、その利息が利子所得でなくなるとする法的根拠もなく、原告の右主張はその前提において失当である。

さらに、原告の主張するところによれば、原告は、訴外会社の実質的支配権を維持する意図から有利に株式を取得する目的で、新株引受権付社債の発行により訴外会社の資金調達を行い、本件ワラント債を引き受けたのであり、訴外会社の資金調達方法、本件ワラント債取得による利益、不利益を十分に考慮したうえで引き受けたのであつて、原告の本件ワラント債取得が訴外会社の銀行融資を媒介したに過ぎないなどとは到底いえない。

したがつて原告の右主張は失当である。

(二)  原告は、利子所得の範囲は元本を取得するために借入金利子その他の経費を支出することがあり得るか否かにより決定されるべきところ、新株引受権社債は投機性のあるもので株式投資に類似し、他から融資を受けて取得することも予想されているから、新株引受権付社債の利息は利子所得ではなく配当所得又は雑所得に該当し、また、新株引受権付社債の制度が昭和五六年の商法改正により導入された制度であつて、所得税法の現行区分の確立した時点では存在しなかつた制度であるから、新株引受権付社債の利息を利子所得にする必然性はない旨主張する(請求原因2(二)(1))。

しかし、所得税法は各種所得の法的性格に応じてこれを分類したうえそれぞれの課税方法を規定しており、「経費を支出することがあり得るか否か」などという所得の分類を曖昧にする判断基準を持ち込む余地はないから、原告の主張はその前提において既に採用し難いものである。

また、新株引受権付社債の取得が株式投資に類似する旨の主張についても、新株引受権付社債は確定利率による利息支払いが約束された債権であり(商法三〇一条二項四号参照)、利益配当の金額、利率等が保障されていない株式とは本質的に異なるものであるうえ、新株引受権付社債は、新株引受権付社債の付与されていること故にその流通価格が株価の推移に影響されるにしても、そのことが社債としての法的性格や新株引受権付社債の利息金額に影響を及ぼすものではなく、原告の右主張は、新株引受権付社債の取得と株式投資を同一視する点において失当である。

さらに、新株引受権付社債の制度が所得税法の現行区分の確立した以後に導入されたにしても、社債としての基本的性格に変動のないことは前記のとおりであり、新株引受権付社債制度の導入に際して所得税法がその利息について他の社債の利息と異なる取り扱いをする旨の改正規定を設けなかったことを考慮すると、所得税法の解釈上新株引受権付社債の利息が利子所得に該当することは明らかである。

したがつて、原告の右主張は失当である。

(三)  原告は、本件ワラント債の利息についても所得税法二四条二項又は同法三五条二項を類推適用し、本件ワラント債の取得に際して借入れた借入金利子を必要経費として控除すべきである旨主張する(請求原因2(二)(1))。

しかし、租税法の解釈は、公平な租税負担の見地から厳格に行うべきであり、所得税法が政策的観点から所得の種類を分類し、各所得の種類ごとにその税負担の程度、内容を定めているのであるから、所得の分類を曖昧にし課税要件、課税金額の算定方法等を実質的に変更するような解釈は厳に慎まなければならない。

そして、所得税法二四条一項は配当所得を法人から受ける利益の配当、剰余金の分配等に係る所得と規定し、これを受けている同条二項が配当所得についての課税所得金額算定方法を定めており、また、同法三五条一項は雑所得を利子所得等に該当しない所得と規定し、これを受けて同条二項が雑所得についての課税所得金額算定方法を定めている。そうすると、前記説示のとおり、本件ワラント債の利息は利子所得に該当し、配当所得又は雑所得或いはこれらに類似する所得とはいえないから、同法二四条二項又は三五条二項を類推適用する余地はない。

したがつて、原告の右主張は失当である。

(四)  原告は、本件ワラント債を取得した意図・動機、資金の流れ等から、本件ワラント債の利息相当分の所得(収入)がないものと認定すべきである旨主張する(請求原因2(二)(2))。

しかし、原告の主張によれば、原告は訴外会社に対する実質的支配権を維持する意図から新株を有利に取得する目的で、種々の資金調達の方法の中から新株引受権付社債の発行により訴外会社の資金調達を行うことにし、かつ、本件ワラント債を取得したというのである。そうすると、原告は、自己に最も有利な方法で訴外会社の資金調達を行い、その一環として本件ワラント債の引き受けたのであるから、それに伴う課税を受けるのは当然の結果であつて、原告主張の本件ワラント債取得の意図・動機を考慮しても、本件ワラント債の利息が課税すべき所得であることは明らかである。

また、原告の本件ワラント債取得の目的が新株引受権の取得のみにあるにしても、それは本件ワラント債取得の単なる動機に過ぎず、原告が横浜銀行に本件ワラント債を担保として提供し、かつ、本件ワラント債の利息及び元本償還金が同銀行に対する借入金返済に充てられた点も、それ故に同銀行が本件ワラント債のうち社債部分を取得したなどとは到底いえない。

さらに、原告の主張によれば、横浜銀行からの借入金が原告の手元に入ることなく本件ワラント債の払込金として訴外会社の預金口座に振り込まれ、また、本件ワラント債の利息及び元金償還金も原告の手元に入ることなく、原告の同銀行に対する借入金債務の返済に充てられるため訴外会社から同銀行に直接振り込まれていることになる。しかし、高度に発達した金融制度のもとでは、資金の流れが書類上において処理され現金又は小切手等の授受がなされないのが通常であつて、原告が借受金、本件ワラント債の利息又は償還金を現実に現金又は小切手等により手にしなかったからといって、このことから、原告が訴外会社の銀行融資を媒介したに過ぎないとか、本件ワラント債を形式上取得したに過ぎないなどとはいえず、原告主張の資金の流れを考慮しても、本件ワラント債の利息が課税すべき所得であることは明らかである。

したがつて、原告の右主張は失当である。

(五)  以上のとおり、本件ワラント債の利息は利子所得に該当し必要経費を控除する余地はなく、かつ、原告の取得した本件ワラント債の利息が課税すべき所得であることは明らかである。

2  原告の昭和六〇年分の所得金額について考察する。

(一)  前記二-説示のとおり、原告は昭和六〇年一二月三〇日本件ワラント債の利息として九八七万八七九四円を取得し、右利息は利子所得に該当するから、利子所得の金額は八九七万八七九四円となる。

(二)  原告が昭和六〇年九月三〇日訴外会社から三五三万円を株式配当として取得すると確定したこと、原告が一〇六九万九八九六円を配当所得に係る負債利子として確定申告し、右金額のうち九八七万六六七三円が本件ワラント債取得に際し横浜銀行日吉支店から借入れた三億五七〇〇万円に係る借入金利子であること(被告の主張1(一)(3))は当事者間に争いがないから、配当所得の金額は右株式配当額三五三万円から右配当に係る負債利子の額八二万三二二三円(1069万9896円-987万6673円)を控除した二七〇万六七七七円となる。

(三)  給与所得の金額が二〇九二万円であること(被告の主張1(一)(1)、(4))、雑所得の金額が二六万三六六六円であること(同1(一)(1)、(5))は当事者間に争いがない。

(四)  以上により、原告の総所得金額は、以上の金額を加算した三二八六万九二三七円となる。

3  原告の昭和六一年分の所得金額について考察する。

(一)  前記二1説示のとおり、原告は昭和六一年一月三一日本件ワラント債の利息として一八一万九二三二円を取得し、右利息は利子所得に該当するから、利子所得は金額は一八一万九二三二円となる。

(二)  原告の給与所得の金額が二六三六万三五〇〇円であること(被告の主張1(二)(1)、(3))は当事者間に争いがない。

(三)  以上により、原告の総所得金額は、以上の金額を加算した二八一八万二七三二円となる。

4  右説示のとおり、原告の昭和六〇年分の総所得金額は三二八六万六二三七円、昭和六一年分の総所得金額は二八一八万二七三二円と認定されるところ、本件各更正処分は原告の本件係争年分の各総所得金額を右各金額と同額と認定しているから、本件各更正処分には原告主張の違法はない。

三  本件各賦課決定処分の違法性の有無について判断する。

原告は、本件各更正処分には原告の所得を過大に認定した違法があり、これを前提として本件各賦課決定処分がなされているから、本件各賦課決定処分も違法である旨主張する。

しかし、前記二4説示のとおり、本件各更正処分には原告主張の違法はないから、右主張はその前提を欠き失当であり、本件各賦課決定処分には原告の主張の違法はない。

四  よつて、原告の本訴各請求には理由がないから、これをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊昭 裁判官 宮岡章 裁判官 西田育代司)

別表一

昭和六〇年分

<省略>

注 △は還付金の額を示すものである。

別表二

昭和六一年分

<省略>

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