大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成元年(ワ)2870号 判決 1990年10月23日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成元年一一月二四日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は、亡小野保治(以下「保治」という)の子で、保治には他に四名の子(高橋千代、深澤光世、小野光雄及び小野輝勝。以下同人らを「高橋ら」という)がいる。

2. 保治は昭和五八年一二月二〇日、横浜地方法務局所属公証人笹岡彦右衛門に委嘱して、次のような内容の公正証書遺言をした。

(一)  保治所有の別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件各不動産」という)を原告に遺贈する。

(二)  遺言執行者を被告とする。

3. 保治は昭和六二年五月一六日死亡した。

4. 被告は、同年七月二五日ころ、原告に対し遺言執行者に就任することを承諾する旨の意思表示をして、遺言執行者に就任した。

5. 遺言執行者は就任後、直ちにその任務を行わなければならないから、被告は右就任の意思表示後、直ちに前記遺言に基づき、本件各不動産につき原告に対する遺贈を原因とする所有権移転登記手続をすべきであるのにこれを怠った。

6. このため、本件各不動産につき、昭和六二年九月一日横浜地方法務局受付第六八二七〇号及び第六八二七一号をもって、原告及び高橋らを法定相続分に応じた共有持分権者とし、同年五月一六日相続を原因とする相続登記がなされ、原告は、右相続登記を原告の単独所有に更正する仮登記処分及び高橋らから申立てられた遺産分割の調停手続につき弁護士を委任せざるを得なくなり、同年八月二三日ころ、弁護士鵜沢晉及び同関沢政彦に対し手数料として金五〇〇万円の支払いを余儀なくされた。

また、原告は被告の右職務懈怠により精神的苦痛を受け、これを慰謝するのには金五〇〇万円の支払いをもってするのが相当である。

よって、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として金一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日ののちであり、訴状送達の日の翌日である平成元年一一月二四日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1の事実は認める。

2. 同2の事実中、公正証書遺言の内容が遺贈であることは否認し、その余の事実は認める。

公正証書の記載は本件各不動産を原告に相続させるというものである。

3. 同3の事実は認める。

4. 同4及び5の事実は否認する。

5. 同6の事実中相続登記がなされたことは認め、その余の事実は否認する。

第三、証拠<略>

理由

原告が保治の子で、保治には他に四名の子がいること、保治が昭和五八年一二月二〇日、横浜地方法務局所属公証人笹岡彦右衛門に委嘱して公正証書遺言をしたこと、保治が昭和六二年五月一六日に死亡したこと、右公正証書には、被告を遺言執行者とする旨の記載がなされていることは、当事者間に争いがない。

しかしながら、原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証によれば、保治の遺言公正証書の記載は、本件各不動産を原告に相続させるというものであって、遺贈するというものではないことが認められる。

ところで、被相続人が、遺言で、遺産に属する特定の財産を相続人の一人に相続させるとの意思表示をした場合は、それは、遺贈の趣旨ではなく、相続分の指定あるいは遺産分割の方法の指定と解するのが相当であり、本件で保治がした遺言は、相続人たる原告に本件各不動産を相続させるというものであるから、これを遺贈とみることはできない。

そして、不動産の遺贈の場合においては、遺言執行者に就任した者は受贈者に対する所有権移転登記手続義務を負うが、相続分の指定あるいは遺産分割の方法の指定の場合においては、被相続人から特定不動産を取得した相続人に対する所有権移転の登記は、不動産登記法二七条の相続による登記によりなされるものであって、特定不動産取得者である相続人の単独申請によりなされるものであるから、遺言執行者は右相続人に対する所有権移転登記手続義務を負わないというべきである。

したがって、右義務があることを前提とする原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないことになるから、棄却を免れない。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

物件目録<略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例