大判例

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松山地方裁判所西条支部 昭和54年(ヨ)13号 決定 1979年11月07日

申請人

高橋富美子

右訴訟代理人弁護士

筒井信隆

(ほか三名)

被申請人

住友重機械工業株式会社

右代表者代表取締役

西村恒三郎

右訴訟代理人弁護士

和田良一

(ほか三名)

主文

一  申請人が被申請人に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  被申請人は、申請人に対し、金一一九万四八五二円及び昭和五四年一一月以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り、金一五万六九五一円を仮に支払え。

三  申請費用は、被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  申請人が被申請人に対して昭和五四年三月一二日以降も労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  被申請人は、申請人に対し、昭和五四年三月一二日より、毎月二五日限り、金一五万六九五一円を仮に支払え。

3  申請費用は被申請人の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

本件各申請を却下する。

第二当事者の主張

一  争いのない事実

1  被申請人会社(以下単に会社という)は、肩書地(略)に本社を置き、大阪支社、愛媛製造所、名古屋製造所、千葉製造所、追浜造船所、玉島製造所、平塚研究所等を擁する我国屈指の総合重機械製造会社である。

2  申請人は、昭和三五年三月高校を卒業し昭和三六年一一月二一日会社との間に労働契約を締結し、以来事務職として、現在に至るまで約一七年余の間外注業務の注文書発行の他、統計などの事務処理業務に従事してきた。申請人の勤務場所は愛媛県新居浜市惣開町五の二所在の会社愛媛製造所であり、また申請人は全国金属労働組合愛媛地方本部住友重機械支部(以下単に全金支部という)の組合員である。全金支部は右製造所で働く全金組合員一六名で組織する労働組合である。

3  会社は、昭和五四年三月九日付内容証明郵便により、会社愛媛製造所人事課長名で申請人に対し「昭和五四年三月一二日付をもって解雇する。但し、同日午前九時までに退職の申出があった場合には、同日付円満退社扱いとして退職優遇条件を適用する。」旨の解雇の意思表示をした。

4  申請人は、被申請人会社従業員として毎月二五日に賃金の支払を受けていたが、会社は、昭和五四年三月一三日以降申請人の就労を拒否し、賃金を支払わない。

二  争点

1  申請人の主張

(一) 本件整理解雇の不当、違法、無効性

(1) 整理解雇の有効要件について

整理解雇は、労働者が労働契約によって取得し、継続してきた従業員としての地位を労働者には何らの責任がないにもかかわらず一方的に失わせるものであり、その結果当該企業から支給される賃金のみによって生存を維持している労働者及びその家族の生活を根底から破壊するものである。

したがって企業は、当初から好景気の時もあれば不況のときもあることは予想されているのであるから、たまたま不況で経営不振に陥ったからといって労働者を不景気対策の安全弁として直ちに解雇することは許されず、整理解雇が有効とされるには次の要件すべてが満たされねばならない。

<1> 整理解雇を行なわなければ、企業の維持、存続が困難となり、倒産等回復し難い損害、打撃を被る程度にさし迫った必要性があること。

<2> 企業全体として経営危機打開のためのあらゆる物的(資金導入、新規取引先の開拓、遊休資産の売却、内部留保、各種引当金等のとりくずし等)、人的(配置転換、一時帰休、任意退職募集、時間短縮、有給休暇の完全消化の奨励等)手段をとった後の整理解雇であること。

<3> 整理解雇の必要性(右<1><2>の事情を含む)、時期、規模、解雇基準の定立内容とその適用について労働組合及び労働者と十分協議し、納得を得る手続を取ったこと。

<4> 整理解雇基準自体及びその適用としての人選の仕方が客観的、合理的なものであること。

本件の申請人に対する会社の整理解雇は右要件すべてが満たされておらず不当、違法、無効であることは明白である。

(2) 整理解雇の必要性、緊急性の不存在

<1> 会社の経営環境

<イ> 会社は世界的規模を誇る同業他社(石川島播磨、三井造船、日本鋼管、川崎重工、日立造船)においても等しく雇用調整、人員整理が実施されている旨主張している。

確かに造船大手七社がこの一年間に減量したことは事実であるが、その減量率は三菱八・七%、川重一七・六%、三井一七・九%であるのに対し会社においては二二・二%の高率である。

会社の次に高いのが石播であるが、これは予想外の退職希望者が出たという特別事情のあるものである。しかも右大手七社中指名解雇を為したのは会社以外に一社もない。それも希望退職者が多く出たので指名解雇せずに済んだというわけでも必らずしもない。例えば日立等においては応募者は募集数に大巾に未達であったにも拘らず指名解雇をしていないのである。

従って同業他社の例は希望退職募集とは本質的に異る指名解雇を合理化する口実とはなりえないこと明らかである。

<ロ> 会社は造船、産業機械の不況を強調する。確かに造船部門の不況という事実は存在する。しかし、これは構造不況というものではなく、循環不況というべきものなのである。しかも造船受注は確実に回復の兆しをみせている。

つまり海事プレスによると「上昇機運への転換をうかがわせている輸出船引き合い状況だが、三月はこの傾向が一層顕著に現われ、受注増への明るい兆しをみせたようである。

本社調査によると造船大手七社に寄せられた三月中の輸出船引き合い件数は合計二二二件となり、過去一年間の最高水準を記録した。」とのことである。また産業機械部門についても会社は内需の伸びがない上超円高のため輸出においても競争力が失われている旨を主張している。しかし昭和五三年度の一般機械等の前年度比生産額は約一〇%前後の伸びを示しているのみでなく、輸出についても二%程度の伸びを示している。昭和五四年度の生産動向、輸出動向も同様程度の見通しが為されている。しかも「超円高」という状態も解消して来ていることは周知の事実である。従って産業機械部門の状況も不況とは言っても指名解雇をすべき状況とは決して言えないだけではなく、会社が為した如き大量減量もなさざるを得ないとは言えないものである。本件解雇はもちろん会社の為した大量希望退職募集も不況に名を借りた首切りであり、「行き過ぎた減量経営」なのである。だからこそ通産省でさえ企業の行き過ぎた減量経営が雇用、物価の両面で問題になって来たとの判断を明らかにし、「企業に余力があるのに減量経営に名を借りるようなことは控えてほしい。」旨財界に要請している。

希望退職を強行した造船大手各社は、それが行き過ぎてしまったことから、人手不足という状況さえきたし、人員配置計画の手直しにさえかかっているのである。

<2> 会社の経営状況

会社は昭和五三年三月期においても黒字決算であり、累積の赤字もなく、昭和五三年三月末における内部留保も後述のように、有価証券差益、外債差益、別途積立金、減価償却超過累計額からみた増加延払利益繰延金、遊休資産の保有、退職給与引当金等々の相当の蓄積としてあり、到底会社が直ちに倒産するほどに切迫した状態にあるものでないことは明白である。

すなわち、会社はこの一〇年間で資本金を七一億円から二二一億円へ売上高も九〇四億円から二、七六七億円へとそれぞれ三倍に増やして来た。経常利益では四九年度三六億円、五〇年度九八億円、五一年度一三五億円と飛躍的に伸ばしている。その後、造船不況の影響により五三年度は売上、経常利益ともに五二年度より大巾減となるが、これも前半期の落ち込みを後半期で改善するよう五三年当初から見込まれていたものである。従って五三年度の決算は営業赤字でも延払益戻入れ、為替差益などの隠し利益を合計操作することにより純利益で五億円程度の黒字決算の見通しである。(上表参照=編注)

<省略>

右のとおりであるから会社における内部留保は巨大な額にのぼっている。この内部留保について会社は約三〇〇億円と主張しているので、ここで内部留保の金額を明確にさせる必要がある。内部留保とはまず各種引当金(準備金)である。次に資本勘定の剰余金(法定準備金と剰余金)であり、それに延払利益繰延金その他含み利益である。

<イ> 会社の昭和五三年三月三一日決算についての有価証券報告書の内引当金合計額は金三一六億八百万円である。その内例えば価格変動準備金は赤字の場合には積み立てることの出来ないもので、現実に日本の企業でこれを積み立てているのは三分の一程度にすぎない様に、特定引当金を設定するかどうかは企業の自由にゆだねられている。会社は、しかも税法が認めている繰入限度額いっぱいに引当てていることに注意しなければならない。

税法は例えば貸倒引当金について「売掛金、貸付金その他これに準ずる債権」の一・五%以内で損害の額に積み立てることが出来ると規定しているが、これを一〇〇%積み立てるということは、実際の利益をそれだけ少なくし、あるいは隠していることになる。

従って、ほとんどの引当金を税法繰入限度額いっぱいに積み立てているということは極めて余裕のある経営状態であることを示しているのである。いずれにしろ引当金とはすべて将来の損失、支払等に備えるためのものであるにも拘らず、すでに現在において損害として算定されているものであるから、本質的に内部留保としての性格を有しているものである。

<ロ> 次の内部留保項目たる資本勘定の剰余金と延払利益繰延金であるが、前者は二九五億七千四百万円、後者は一七三億二千四百万円であり、計四六八億九千八百万円となる。この内延払利益繰延金がただちに使用可能な内部留保金であることは会社も認めているところである。前者の内、法定準備金については、資本の欠損の填補に充つる場合の外には使用することの出来ないものであるが、任意準備金(剰余金)にはそのような制限は何ら存しないこと言うまでもない。そして会社においては資本の欠損も存しない。ところで会社が人員整理をしなくては存立を危くさせられるが如き切迫した状況を呈しているかどうかを判断しなければならない本件において、これら法定任意の各準備金の額を内部留保として算出することは当然のことである。法定準備金を取り崩すことが出来ない状態であることはかえってその切迫した状況でないことを示しているのであり、切迫した状況と言えるためには、それらの準備金を取り崩さなければやっていけず、又取り崩すことが出来る状況でなければならないのである。

<ハ> その他の内部留保として会社が自認しているのは、仕掛品中、損失処理をしたもの五〇億円、株式含み益約二四億円および横須賀工場の売却見込益三〇億円、計一〇四億である。しかし、客観的に会社の保有する株式の含み益は一二七億円であり、他に円高による為替差益二五億円のあることは会社も認めている。更に有形固定資産の二〇%近くが土地であるが、これはもちろん取得価格での記載であるから、この含み益は極めて大きい。土地の含み益は一、二二二億円程度存することも明らかである。従って、このその他内部留保、含み利益等の合計は一、四二四億円である。

<ニ> 従って以上の内部留保、含み利益等の総合計額は二、二〇九億六百万円となる。これは資本金の一〇倍余りにものぼる。会社は何らの根拠も示さず、昭和五三年度において約二〇〇億円の実質赤字状態に陥ったとか、昭和五五年度に至る三年前の累積赤字が八四〇億円と予測されるとか主張している。それらの主張が不可解なものであるだけでなく、最初に述べた景気回復の予測、昭和五三年三月末の当期利益二八億七、一〇〇万円の計上、各種引当金の限度額いっぱいの計上、及び五四年三月末の決算においても税引後利益を数億円計上し配当は実施する等の主張等々と矛盾するものである。又、人員整理の有効要件として必要な倒産必至の切迫した状況とは現時点のそれであって、将来切迫した状況が来ると予測されるということではダメなことは明らかである。単なる将来の予測で労働者が死にも等しい犠牲を強いられることは許されない。しかも例え会社の予測赤字額が正しいとしても、それが内部留保、含み益等合計額の半分以下であるのだから右切迫した状況であるとは言いえないこと明白である。

<3> 会社愛媛製造所において、希望退職募集目標一九四名に対し一八三名が既に応募しており、残りわずか一一名が退職しなければ、同製造所での製造事業が継続できないという訳ではない。会社全体においても目標一四五〇名に対し残りわずか約四〇名まで到達している。

<イ> 各製造所における対応

昭和五四年三月一三日正午現在までに、会社は、横須賀地区においては四六名も残して退職強要を打ち切り、玉島地区においては未達成人員二一名中総評全日本造船機械労働組合玉島分会(以下玉島分会という)の一八名に対し、申請人と同様の解雇通告をしてきたが、申請人に対するのと異なり、その就労を拒否しておらず、解雇を強行せずに留保して、岡山地方労働委員会で話し合いに入り、同地区で「勇退」対象者とされている残三名については解雇等の処置は何らなされていない。

このように会社は、その目標人員に到達せずに今回の整理を終了しようとしており、当初の目標人員数が到達しなければ会社が倒産する程切迫したものではなかったといえる。

<ロ> 愛媛地区における解雇の必要性、緊急性

会社は、今回の整理について、各地区ごとに目標を定め、地区内の従業員によってこれを達成しようと考えてきた。

そして各地区の達成率は横須賀地区九二・九六%、愛媛地区九四・八四%、玉島地区八一・五七%、その他一四三・六六%となっている。その他の地区(千葉に全金組合員が一名いるのみで総評系組合は事実上存在しない)を除けば、愛媛地区は達成率としても高いといえる。

そして愛媛地区が一般産業機械、運搬機械設備、電機製品等(愛媛新居浜工場)、及び大型鉄工構造物(東予工場)を主として生産するのに対し、横須賀地区は不採算部門の造船関係が中心である。しかも愛媛地区においては、現在まで対象者一〇名に対し、解雇したのは申請人一名のみである。

目標の九四%以上を達成し、残りわずか一〇名の段階で何故に、申請人一名のみを愛媛地区において解雇せねばならないのか全く不合理といわねばならない。

<4> 従業員の自然減

会社の自然減員は、愛媛地区で昭和五二年度合計六二名(月平均五・一名)、昭和五二年度合計八七名(同七・四名)であり、愛媛地区の未達一〇名は通常二ケ月の自然減で達成しうるといえる。従って単に一名にすぎない本件解雇も、申請人を解雇するまでもなく自然減でも十分にカバーできるはずである。

<5> 新規採用について

会社が現実に申請人一名のみでも解雇せねば、企業存続が維持できない程に追い込まれているとすれば会社全体においても新規採用は不可能のはずである。ところが、昭和五四年度においても若干名を採用している。昭和五三年度は大卒者二四名(内間接部門一二名)も採用し、昭和五二年度には中途採用を含め、一二二名も採用し、しかも同年度では愛媛地区だけでも一九名を採用しているのであり、このような実態は、整理解雇の必要性、緊急性欠如の証左である。

(3) 経営危機打開のための努力の欠如

<1> 申請人に対する解雇以前に、希望退職を募集すれば、応募者の存在する可能性があるにも拘らず、一般者を対象とした希望退職募集は、第一次のみ施行したにすぎず、第二次、第三次は、特定の限定された者に対してのみ、なされており、会社として努力を尽していない。

<2> 前記のように内部留保等の蓄積があるにも拘らず、これを取崩し、その間に再建を図ろうとする努力がみられない。遊休資産も多数保有しているのに、積極的に売却する努力もみられない。

<3> 時間短縮や有給休暇の完全消化により相当数の雇用創出ができるにも拘らず、会社は何ら努力しておらず、かえって無支給の残業をさせている現状である。

<4> 会社は、コストダウンにつき、昭和五三年九月、市場開拓につき同年一〇月にそれぞれ推進本部を設置しているが、いずれも未だ着手したにすぎず、その努力を尽したうえでの整理解雇でない。

<5> (2)<5>で述べたように新規採用面でも経営努力を尽していない。

(4) 申請人、全金支部の納得の欠如

<1> 会社は、本件において希望退職募集基準につき、何ら全金支部と協議することなく、一方的にこれを設定し、退職強要を行ない、また同基準を理由として解雇を強行している。このような会社の態度は、労使間の信義則にも反するものであり、右整理基準とそれに基づく解雇は、合理性、公正さを欠く。

<2> 会社は昭和五三年一一月一三日人員整理を含む「経営改善計画について」と題する書面を配布し、さらに同年一二月一四日勇退基準を内容とする申入書を提示し、全金支部や造船重機労連住友重機械労働組合(以下単に住重労組という)と協議中にも拘らず、直ちに職制による個別の退職強要を公然と行ない、全金支部の中止要求にも耳を貸さず、一挙に一七九名の退職者を生み出した。さらに第二次募集からは、合理的説明なしに一方的に募集対象者を限定し、実質的な指名解雇に切りかえてきた。申請人についても全金支部は干渉をやめるように要請したにも拘らず、会社は、様々な職制を使って、退職を強要し、昭和五四年三月一二日付をもって解雇する旨通告してきている。このように会社は、全く誠意をもって全金支部や申請人と協議せず、十分納得させる資料を積極的に提供したわけでもない。会社は、全金支部、申請人に対し、整理の必要性、基準、手続過程のすべてにわたり、申請人及び全金支部が客観的に納得しうる努力も怠っている。

(5) 本件整理解雇基準及びその申請人への適用の不合理性

<1> 希望退職募集基準(勇退基準)は、一方的に会社により設定されたが、その内容も第一類型(3)<6>「勤労意欲に欠け、業務に不熱心な者及び勤務成績不良な者」と極めて、会社の恣意的、主観的な基準が存在する。また第一類型(3)の但書「改悛の情著しい者は除く」及び第二類型(1)但書「業務上必要な者を除く」旨の「基準」も主観的で不合理であり、その適用を全く不合理にするおそれがある。

<2> 申請人に対する本件解雇の唯一の理由とされている第二類型(1)「共稼ぎの者で配偶者の収入で生計が維持できる者及び兼業又は副業があり、もしくは財産の保有など別途の収入があり、退職しても生計が維持できると判断される者」も会社にとって兼業、副業、別途収入の有無やその実態、退職後の生計維持の可否につき全従業員の資料を正確に把握することは不可能といえ、何をもって判断するか極めてあいまいである。

<3> さらに、右第二類型(1)の具体的適用も極めて不公平で主観的であり、しかも女性を差別するものである。

すなわち、右基準に該当する者は男女を問わず、会社従業員には多数存在するにも拘らず、会社は対象を共稼ぎ女子労働者のみに限っており、現にこの基準によって退職させられたのは、全部女子労働者である。このような基準の適用は、憲法一四条、労働基準法三、四条の精神に反するものである。

申請人は配偶者より収入もよく、しかも申請人の家庭は、申請人夫婦両者の収入によって家族七人の生計が立てられており、到底配偶者の収入だけでは生計が維持できないことは明瞭である。申請人が基準に該当しないにも拘らず、あえて会社が適用してきているのは、会社の他の意図がうかがわれるところである。

もともと会社は、第二類型(1)については、端的に、有夫女子労働者を対象として設定する意図を有していたものの、そのような直截な基準では、有夫女子労働者に対する差別として争われることをおそれ、「共稼ぎの者で配偶者の収入で生計が維持できる者」という一見男子労働者をも対象とするかの如き基準を設定したものである。会社は、その適用に際し全社的に共稼ぎ男子労働者に対し、当該労働者の妻の収入で生計維持可能か否か調査していない。また共稼ぎ女子労働者が夫の収入で生計維持できるかどうかの調査もしていない。適用にあたっては、ただ共稼ぎ女子労働者であるということだけのゆえに、対象とされたものである。

有夫の女子労働者であることが整理基準とされた場合は、憲法一四条、労基法三、四条に違反し無効である。本件においては、基準自体においては「有夫の女子」という表現こそないが、有夫の女子だけを対象として適用したものであるから右趣旨より同様に無効となる。

<4> 後記のように昭和五一年五月全金支部組合員に集団で暴行を加えたとして起訴され、本人自身もこれを認め、罰金に処せられている者が三名おり、明らかに右基準第一類型(3)<1>本文「懲戒処分を受けたことのある者」に該当するにも拘らず、会社は、右基準を適用していない。

すなわち、右第一類型(3)その他による基準<1>に「過去五年間(昭和四八年一一月以降)に減給又は出勤停止の懲戒処分を受けたことのある者、但し改悛の情の著しい者は除く。」とされている。

<イ> 昭和五二年一〇月一三日右三名(池西桂一、高橋孝年、池永巧)につき、罰金刑の略式命令がなされ、同人らはこれを争わず確定している。

<ロ> 会社は昭和五四年三月一六日東京地方労働委員会に提出した文書中で右三名につき「就業規則上の懲戒処分を行なっている」と明らかにしている。

<ハ> 会社の就業規則七一条によれば懲戒には、譴責、減給、出勤停止、諭旨解雇及び懲戒解雇の種類があり、同七四条一〇号には「刑法犯に該当する行為があったと確認されたとき」には「懲戒解雇に処する。但し、情状により、諭旨解雇、出勤停止又は減給にとどめることがある。」と規定されている。

右三名が未だに解雇されていないことは明白であるが、少なくとも出勤停止又は、減給処分を受けねばならないはずである。

<ニ> もっとも就業規則七三条一二号には「刑法犯に該当する行為があったと確認され、その情が軽いとき」には「情状により、譴責、減給、又は出勤停止に処する。」と規定されている。しかし、暴力事件の三名の行為は「その情が軽いときに」該当するものではなく、ましてや最も軽い譴責処分などに当るものではないことも明瞭である。

すなわち、被害の実態、加害者が集団で少数の者に、白昼、会社構内で暴行を加えたこと、その結果会社の名誉も傷つけていることなどからすれば、「その情」は重いといわねばならず、また右暴力事件の後記損害賠償請求事件における右三名の応訴態度からみても「改悛の情著しい者」とは到底いえるものではない。

よって前記三名は明らかに前記基準に該当するものである。それにも拘らず、会社はこれら三名を退職させずに、申請人のみを解雇している。この基準の適用は、不公平、不合理なものであり、本件解雇は無効である。

(二) 不当労働行為

(1) 会社の全金敵視の労務政策

<1> 会社は、昭和四四年六月旧浦賀重工業株式会社を吸収合併し、総合重機械メーカーとして飛躍的発展を遂げているが、右合併直後より現在に至るまで、会社は一貫して全金支部に対する敵視政策をとってきた。すなわち、昭和四四年から昭和四五年ころには全金支部を攻撃する内容のパンフを作成し、これに基づき研修会を開いて、社員教育を行ない、全金に対する運動路線批判を強化し、昭和四七年九月全金支部を分裂させた。

<2> 昭和五一年四月九日会社と全金支部との間で和解が成立したが、その直後の同年五月一二、一三日には会社構内で全金支部組合員に対し集団暴行傷害事件が起されている。右暴力行為を行った者として明らかな範囲で六名の者が告訴され、うち三名は前記のとおりこれを認め罰金刑に処せられている。

<3> しかし、右暴力事件後も会社の全金に対する態度は改められておらず、支部組合員に対する日常的な職場での差別、いやがらせ等が続けられている。

(2) 本件解雇における不当労働行為の具体的事実

<1> 会社は、前記のように第一次の希望退職募集では一般を対象としたが、第二次からは、未達成数わずか一五名のうち、ほとんどの対象を全金支部組合員に限定してきており、以降は全金支部組合員の数をいかに減少させるかを狙ってきていることは明らかである。このことは会社が整理解雇に藉口して一気に全金支部を破壊々滅させようとしてきているものといわねばならない。

<2> 会社は全金支部が整理の必要性や規模等について納得せず、基準についても抗議し、協議継続中であったにも拘らず、前記のように一方的に定めた基準により一方的に申請人に対し、組合を無視して個別の退職強要(肩たたき)をしてきている。右事実は、全金支部の団結を侵害する行為であり、不当なものである。

<3> 全金支部組合員の内、会社に企業籍のある者は現在わずか一一名である。今回の会社の退職強要により、全金支部組合員のうち、三名(一四分の三に当る)が退職させられている。他方住重労組は約二九〇〇名中二四〇名(出向者六〇名を含む)が退職しただけであり、組合員数に対する退職者の数を両労組について比較してみれば、全金支部は約二・五倍強であり、申請人を含めると約三・五倍近くなる。これは明白な組合間差別である。

全金支部は組合員数が少なく一人一人の組合に占める位置は極めて大きいのであり、そのことを会社は十分に熟知していながら、申請人を解雇しており、組合に対する影響は多大であり、会社の全金支部に対する支配介入であることは疑いの余地がない。

<4> 申請人は、全金支部に所属し、組合の青婦部役員等をしてきたが、分裂後も全金支部に踏みとどまり、以降六期支部会計監査をしてきており、会社の全金敵視政策、不当労働行為攻撃にも耐え抜いてきた全金組合員であり、現在全金支部にとって唯一の女性であることを含め、不可欠の存在である。

このように合理的理由なく、他に共稼ぎとして申請人よりも恵まれた生活状態にある者や妻に相当の収入がある男性労働者を全く対象とせず、申請人を排除しようとする被申請人会社の行為は不当労働行為にほかならない。

以上のように本件解雇は、全金支部組合の破壊ないし弱体化を企図し、申請人を同支部組合員である故をもって、不利益に扱うものであり、労働組合法七条一号、三号に該当し、無効である。

(三) 賃金請求権

申請人は、前記のとおり会社の従業員として毎月二五日に賃金支払いを受けているが、その解雇前三ケ月(昭和五三年一二月から同五四年二月まで)の平均賃金は金一五万六九五一円である。従って申請人は毎月右平均賃金相当額の賃金請求権がある。

(四) 保全の必要性

申請人は、会社より得る賃金と配偶者が得る賃金をあわせてようやく生計を維持しており、扶養家族は五名である。しかも、これまで会社において一七年強の間骨身を惜しまず働き、配偶者と協力して生活を安定させてきているのである。したがって、申請人が本案判決確定まで会社からの賃金を支給されなければ申請人の生活は全く危殆に瀕し、回復し難い損害を受けることは明らかである。

2  被申請人の主張

(一) 解雇理由

(1) 会社は、後述する会社の経営危機打開の方策として昭和五四年二月から三月の間、雇用調整を実施したが、その際、会社は右雇用調整を公正かつ合理的に実施するため人員整理の基準を作成し、右基準の定める要綱に従って、これに該当する者の退職を求めるという方法によって右の雇用調整を推進した。申請人はこの基準(勇退基準と称した。別表一を参照)第二類型第一順位前段「共稼ぎの者で配偶者の収入で生計が維持できる者(但し、業務上必要な者は除く)」に該当したため、会社愛媛製造所においては、昭和五四年二月一日から九日まで実施した退職募集の期間およびその募集期間において減員目標が未達成であったため、この未達分の処理としてその後に実施した基準該当者に対する説得等の期間において、同人が右の基準に該当する事実を知らせ、同人が本件雇用調整の趣旨に協力して退職するよう話したが、同人は遂に応じなかった。

会社が実施した雇用調整が企業の起死回生の手段であったことは言うまでもないが、会社は、一方で、この調整目標を達成するため、他方基準該当者の処遇を平等公平に実施して人事の公正を期するため、適用基準に該当した申請人との雇用契約を存続することが経営として不可能であると判定し、同人を解雇したものである。すなわち会社愛媛製造所(以下愛媛という)では、本件雇用調整において前記勇退基準のうち第一類型に該当する者は、すべて退職し、次いで未達の処理のため適用した同第二類型の第一順位に該当した者も全員退職したが、申請人は明らかに右基準に該当しながら、退職に応募しなかったものであるから、同人ひとりを別扱いとして、これを残留せしめることは著しく公正に反し、会社の窮状を了承して、それぞれ犠牲を甘受して退職に応募した者との関係においても、また社内に残留して今後の困難な社業の遂行に従事する者との関係においても、今後の社内人間関係に払拭できない禍根を残す結果となることは避けられない。

会社は、大要、以上の理由から会社の一般解雇の条項を定めた就業規則五〇条三号「やむを得ない事業上の都合によるとき」を適用して、申請人に対し解雇の告知をしたものである。

(2) 申請人が会社の作成した勇退基準第二類型の第一順位に該当する者であることは、会社の調査ならびに同人の会社に対する申述によって明らかであるが、同人は、その配偶者が一流会社(住友化学工業株式会社)の正社員として家族を扶養する十分の収入があったから、右第二類型第一順位「社外共稼ぎの者で配偶者の収入で生計が維持できる者」の趣旨に合致する者であった。また会社は本件雇用調整の実施に際しては、多額な退職条件を設けてあるほか、再就職あっせんの制度と機構を設け、退職によって直ちにその収入の道を失う結果となるような事態は、あらかじめ回避する措置をとり、現に申請人に対しても月額収入約一三万円という同人が会社において得ていた収入と大差ない再就職先を準備して、同人の退職を求めたものであるから、同人の生活上の不利益はほとんど発生しないのであり、同人もそのことは認めていた。

一方、申請人の従事していた外注注文書作成の業務は、早くから電算機の導入等によって著しく単純化し、その仕事量も次第に減少し、今後においても一層縮少することが予想されるものであったから、その段階で同人を右基準の適用から除外して社内に残存せしめる必要性は全くない状態であった。

従って基準該当の事実が明らかな申請人が、他の該当者とは別にこの雇用調整の対象から外されるべき理由もいっさい存在しなかったのである。

(二) 解雇に至る経緯

(1) 本件雇用調整の必要性

<1> 会社の目的たる業務は産業機械および船舶の製造であるが、この業種が現在戦後最大の不況に見舞われている事実に関しては、石川島播磨重工、三井造船、日本鋼管、川崎重工、日立造船等、世界的規模を誇る同業他社において、ひとしく雇用調整、人員整理が実施されている事実に徴しても多言を要しない。

すなわち、造船部門にあっては、世界的船腹過剰の状況から受注が激減し、運輸当局からも過剰設備の四〇%削減や三四%の操業短縮等の施策が提唱され、設備の買上機関が設けられようとする状態にある。また産業機械部門にあっては、国内景況の慢性的停滞から内需の伸びがない上、昭和五二年以降の超円高のため輸出においても国際競争力が失われ、この部門でも抜本的経営改善なしには克服できない深刻な危機に直面している。

<2> 会社をめぐる上記の環境事情が、会社の経営にとって抜きさしならない危機をもたらしたことは言うまでもない。

すなわち、船舶では、昭和四八年度一〇〇に対し、同五二年度は四五%、同五三年度は一二%の受注を計上したにすぎないが、しかも船価は四八年にくらべドル建価格で下落しており、ドル価値の大巾下落を考慮するとほぼ半減程度にまで落ちこんでいる。これは、石油危機後の世界的な船腹過剰による需要の激減に加え、中後進国の造船部門への進出により世界的な造船シェアが我国の従来の五〇%から三五%に減少するなど我国造船業を襲った構造不況が会社にも大きな影響を与えていることに起因していることは言うまでもない。また産業機械においても、主力工場である愛媛製造所の多くの製品が依存している鉄鋼や化学の新規大型設備投資が零に等しい状況であり、自ずと輸出への依存度が高まり、それまで一〇%程度であった愛媛製造所の輸出比率は、昭和五〇年以降五〇%を超えるに至っていた。こうした経営事情にあった会社が超円高によって潰滅的打撃を被ったことは当然である。会社の財務収支は昭和五三年度において約二〇〇億円の実質赤字状態に陥らざるを得なかった。

なるほど、会社には昭和五三年三月末の時点で過去の蓄積として若干の社内留保等の未実現利益が残存したが、この破局的営業状態および損益状況に対し即刻対処しない限り、近い将来において社業の存続そのものが危ぶまれる状況にあったことは誰の眼にも明らかであった。

会社は、昭和五三年一一月、取り急ぎ経営改善計画を立案作成し、緊急に会社の再建に着手することとした。

<3> 会社の経営改善計画(別表二を参照)が以上の経緯から、その主眼点を生産と営業の構造改革、国際競争力を保持し得るコスト・ダウンの諸方策、ならびにそれに対処し得る社内人員構造の改善においたことは言うまでもない。右計画の骨子は、昭和五五年度において会社の収支が均衡を得ることを目標として、企業にとって必要かつ可能な基準売上高を設定し、これを基礎に収支の均衡を確立すべき企業努力の大綱を掲示した点にある。

計画の基準売上高は、二、一〇〇億円という数字であったが、これは昭和五二年度の売上高二、七六七億円を基礎に、景況の動向、経済産業構造の変化とそれに対応するための会社の生産、営業構造の改善、コスト・ダウン方策の結果等を見込んで設定した売上高である。会社の計算によれば、現在の景況では昭和五五年度に至る間の三年間の累計赤字は八四〇億円ということであったが、会社には未実現利益が約三〇〇億円あったから、これを差引いた残り約五四〇億円が、この計画達成によって改善さるべき額であった。会社は、そのうち約三八〇億円をコスト・ダウンと販売価格の改善で達成しうるとみたが、残る約一六〇億円については固定費の削減等によって捻出する以外方法はなかったのである。

前述した基準売上高二、一〇〇億円という計画からすれば、会社の財務構成上これに必要な資材、外注費等の変動費が七三・四%、減価償却、利子、人件費を除く固定費の合計で一一・五%という計算になるから、許容される人件費は一五・一%、三一七億円になり、財務的には許容人員八、三四二名ということになる。

一方、来たるべき経営改善計画では、営業や生産の構造改革が目論まれ、造船等の不況部門の大巾削減(五二年度の売上実績九八八億円に対し、三〇〇億円目標に削減)や、産業機械部門でソフト化、エンジニアリング指向等が構想されていたから、これを達成するため必要な人員目標は、会社各部門別に具体的な工数計算がなされ、下から必要な人員数として積み上げられてゆく必要があった。会社は、この部門別の事業所における必要工数の算定とそれに要する人員数を検討し、数次にわたる修正の後、部門別人員の算定を実施したが、その結果全社八、四九五名の人員体制を構想し、これによって年間約七三億円(金利をふくめ五四、五五年合計一五八億円)の経費の削減をはかることとした。

会社は、以上の経営改善計画の内容およびそれに伴う社内稼働人員計画については、昭和五三年一一月、企業内の各労働組合に提示したが、これによれば社内稼働人員目標は次のとおりである。

船舶海洋本部 一、九〇〇名

愛媛(玉島鋳鍛を除く) 二、三一〇名

玉島(玉島鋳鍛を含む) 七一六名

その他 三、五六九名

言うまでもなく本件雇用調整は、この新稼働人員体制を作るため余剰人員一、九〇〇名の削減を目指して実施されたものである。

(2) 会社の危険回避のための企業努力

<1> 会社は、以上の経営改善計画の立案に先立ち、経営環境の悪化と、これに伴う企業危機に対処するため諸方策の実施については鋭意努力してきた。すなわち、

<イ> 昭和五二年中頃には、当時の円レートや市況など企業環境は今日ほど最悪の事態ではなかったが、それでも昭和五三年以降、会社の業績は、実質赤字へ転落することが明確となり同五二年九月に社長の諮問機関として「体質強化委員会」を設置し、雇用維持、アイドル防止をはかることを中心に経営全般にわたる施策を強力に推進することとした。

<ロ> 最重点の課題は、仕事量の確保、受注確保である。建設機械、プラスチック機械、変減速機械等の標準仕込機械や橋梁など相対的に需要環境の明るい部門に対し営業力強化のための人員の傾斜配置、代理店網の整備、サービス体制の強化等を実施した。

その結果、昭和五二年下期、同五三年上期と精一杯受注の伸びをはかることができた。また国内設備投資の不振による国内機械需要の停滞を補うため、輸出関係の営業人員の増強に努め、機械部門の輸出受注確保をはかった。

<ハ> 船舶や舶用原動機については、極めて過酷なマーケットの状況で受注しても大巾赤字は避けられないような市況であったが、仕事量確保の観点より、やむなく赤字受注を断行した。その後の円高の進行、過当競争の激化等から機械部門においても、雇用の維持をはかるため出血を覚悟した受注を余儀なくされた。可能な限界まで雇用の完全維持を念願したからである。

<ニ> また中小企業的な専門体制にすることにより、より仕事量の確保をはかり、結果として雇用機会が得られることを意図して、新規事業のための会社設立を行ったが、その主なものは、住重横須賀鉄工株式会社、住重岡山エンジニアリング株式会社、住重名古屋エンジニアリング株式会社、住重エンジンサービス株式会社、住重技術サービス株式会社等である。

<ホ> その他事業所間の繁閑を調整するため仕事の融通を実施した。

さらに社内の設備投資を大巾に圧縮し減価償却費の軽減をはかったり、遊休資産の売却、棚卸資産、売掛債権の回転率の向上等金利負担の軽減努力を行った。

また部門費予算を大巾に圧縮し、あらゆる面で諸経費節減を行い人件費以外の固定費圧縮に努めたことはもちろんである。

<2> 特に人員削減を伴う雇用調整については、極力これを避ける方針で、既に景気の下降が明らかとなった昭和五一年以降において、大要以下のような諸施策を実施してきた。

<イ> 新規採用を中止し、減耗人員については補充しない方針を堅持した。

このため、在籍人員は昭和五一年三月一三、〇四四名から同五三年三月には一二、一八二名へ減少している。

<ロ> 昭和五二年一〇月以降、全社的な規模での人員の配置換えを実施した。不況部門から好況部門への配置転換や応援派遣を行ない、さらに従来下請に外注していた作業を可能な限り社内にとりこみ雇用量の造出を行うとともに、これに伴う職種転換も実施した。また系列関連企業への出向、応援等で社内過剰人員の吸収をはかった。

昭和五二年一〇月からの一年間で、右の実績は、他事業所への転勤七一五人、所内での配置換二、〇三四人、出向、派遣五一五人、事業所間応援は毎月一四〇人にのぼっている。

<ハ> 役員報酬の削減と賞与の不支給、管理職へのベース・アップおよび定期昇給の中止、および賞与と給与の一部カットの方策により人件費の削減をはかった。

<ニ> 昭和五三年一〇月以降は、船舶部門で同五四年二月まで毎月一二〇名の教育訓練帰休を実施し、機械部門では同五三年一〇月から年末までは毎日八〇人の臨時休業を実施した。

<ホ> 昭和五二年一一月から翌五三年三月の間、管理職の勇退を求めたが、これにより会社全管理職の三〇%に当る約二五〇名が退職した。

<3> 昭和五三年一二月からは、同五四年一月二四日に至る間、前記八、五〇〇名体制を実現するための第一段階として、先に提案した転職退職者優遇制度(退職金割増制度)を自己都合退職にも適用すること等により退職者を誘引造出する措置を講じた。

この措置により全社で一六七名が退職を申出た。

(3) 本件雇用調整実施に関する組合との協議

<1> 会社は本件雇用調整については組合の合意を得、労使協力の下に円満に遂行したい意向であったから、企業内に存在する四つの労働組合にこの雇用調整の趣旨、規模および会社が考える実施方法について提案し、昭和五三年一一月一〇日以降これと十数回にわたる協議をかさねた。この間、会社は組合に対し本件雇用調整の必要性に関する全資料を開示した上、その意見を容れて、まず雇用調整の実施時期を大巾に延期したほか、後述する退職に関する基準の内容、退職条件、雇用調整の推進方法等多くの点に関し譲歩し、住重労組(組織人員一〇、二六五名)とは合意もしくは会社の方針を尊重するという了解を得て実施に入った。

しかし企業内に存在した他の三つの組合である全金支部(組織人員一四名)、全造船機械労働組合浦賀分会(以下浦賀分会という。組織人員二〇五名)および玉島分会(組織人員九九名)とは合意に達することができなかった。すなわち全金支部外二労組は、今回の危機に対処する本件雇用調整は会社の経営状況から必要性がないものとして、調整実施そのものを争うという主張で、もっぱら雇用調整に関する会社提案の白紙撤回を求めるという態度であったから、当然の結果としてその実施方法、退職基準等の細部については合意をみることはできなかった。しかし会社はこの三組合とも住重労組同様、一〇回を越える団体交渉を開き、会社提案のすべてについて説明し、その意見を徴し尽した後に雇用調整の実施に入ったのである。

<2> この労使協議全般を通じて、組合から会社に対し要求された点は、ひとつは雇用調整の必要性は認めるとして、その減員目標人員を極力削減すること、実施方法として能う限り指名解雇を回避すること、および退職者に対する条件を最大限優遇せよという三点であった。

会社の減員目標がいかなる経営事情から策定されたものであるかについては前述したとおりである。従って会社の立案した社内稼働人員を確立するため、一、九〇〇名を削減するという減員目標を若干でも削減することは、直ちに経営改善計画の成否に係るから言うべくして至難のことであった。しかも組合要求は削減目標を七〇〇減じて一、二〇〇名とするという大巾なものであった。

言うまでもなく経営改善計画の社内稼働人員八、五〇〇名体制がギリギリのものである以上、削減目標を大巾に削減するためには、社外関係会社への出向、応援、配転等の枠を拡大すること以外に方法はないが、会社は前記の危機対策の段階でこの社外に雇用量を造出するという手段については、ほぼ最大限の努力を尽くしていたのである。会社はあらためて事業所、部門毎にその可能性を検討した上、昭和五三年一一月一一日以降同五四年一月二四日までの退職者が約三五〇名あったことと、今後に発生を予想される自然減耗等の減量要因を最大限に見積って、この組合要求を受諾することとした。

従って、昭和五四年二月一日各事業所において掲示した削減目標は、その必達を期さない限り経営改善計画そのものの遂行を不可能とするという極限の数値であったのである。全社的には経営改善計画の削減目標一、九〇〇名が一、二〇〇名となり、その後昭和五三年一二月一日から同五四年一月二四日までの退職数を差引き一、〇三三名となったが、愛媛においては計画での削減目標四一九名に対し、この組合要求に対する譲歩によって、その後の退職者を差引き一九四名が削減目標となった。

<3> 指名解雇の最大限回避という組合要求については、前記企業内四組合がひとしく主張した点であった。

会社は、雇用調整にあっては、目標稼働人員体制を確立するため、目標に対する余剰者の退職を求めることとなるが、この余剰者の選定については企業秩序と士気の保持のためにも公平、平等であることが求められると同時に、雇用調整を完了した再建会社にあっては、少数精鋭をもって来たるべき難局に対処すべき強い必要性がある。このため経営社会にあっては昭和二〇年代以降の経済危機において実施した人員整理、もしくは雇用調整において、いずれも退職者の基準を設定し、これを尺度として人員整理を実施してきた。

そしてその基準の内容としては生産性貢献度の低い者、高令者等が優先退職順位となり、次いで別異な観点から、共稼ぎもしくは他に収入源があって退職による打撃の少ない者等が選定されるのが一般である。いずれもこの企業目的に沿い、かつ平等の趣旨に反しない限り適法のものであることは言うまでもない。会社はこの趣旨から別表一の「勇退基準」を作成し、これをもって本件雇用調整における退職者選定の基準とすることを考えた。この基準第一類型は社内の平等のため、余剰人員の有無を問わず各事業所一律に適用されるものであることは言うまでもない。前記のとおりこの会社案は組合との協議により一部修正されている。

会社は、組合との本件雇用調整の実施に関し協議した際、以上の考えからその「削減目標の必達」を期すべきことを申入れた。しかし、前述のとおり組合は指名解雇を極力回避すべきことを強く主張した。かりに勇退基準による指名解雇を回避することともなればこの会社方針は大巾に変容され、退職者はまったく無原則的に応募することとなる上、経営改善計画で策定された削減目標を達成し得るか否かについても何らの保証もないことに帰着する。会社は、この点に関し、組合と協議を重ね、結局本件雇用調整の実施に当っては、勇退基準をあらかじめ組合に提示し、かつ該当者本人にその事実を知らせ、協力を求めるという方法によって目標未達を避けること、退職募集期間において削減目標が未達となったときは、その未達の処理についてあらためて組合と協議するという運用方針を提案したが、住重労組がこれを了承し、会社としては、これを本件雇用調整実施のルールと定めて昭和五四年二月一日から同九日まで退職者の募集を実施したものである。

すなわち会社は、この住重労組との了解に基づき、募集期間内に未達を生じた場合と雖も、直ちに「必達を期して」指名解雇を実施するとする当初の方針は留保したが、その際も経営改善計画にある社内稼働人員を確立することを当然の前提として、その達成のため目標未達の処理について組合と協議すべきことを約定したのである。

<4> 会社は、社内人員の九七%を占める住重労組との合意を前提として、これを規範として雇用調整を実施したのであるが、申請人の所属する全金支部は、この雇用調整の実施に同意していない。言うまでもなく、経営の危機に際して労働契約の存続が不可能となった場合、これを解消し得ることは就業規則に明定され契約の内容となっているところであるから、契約解消もやむなしとする経営事情が客観的に存在する限り、会社の行なう雇用調整解雇を違法とすることは許されない。そして既に契約解消の必要性が認められる以上、その手段、方法については原則的には企業の裁量に委ねられるべきものであり、それが法律、協約その他の法規範に違背するか、もしくは著しく不合理で権利の乱用と認められるような場合を除き、これを違法とする主張は理由がない。

本件にあっては、全金支部が雇用調整に原則的に反対し、その実施を争うのは、その信条に基づいて自由であることは言うまでもないが、会社の雇用調整に理由があり、その実施方法が前記の如き手続に基づいて行われるものである以上、会社と合意をみず結果として会社の行為を控制すべき規範を有しない同支部組合員たる申請人が、この雇用調整実施上の会社の行為に対してこれを不当とする根拠は存しないものと言わねばならない。

<5> 会社は、組合の主張であった退職者の退職条件に関しては能う限りの優遇措置を講じ、結局住重労組とは合意した。右の退職条件の内容については(証拠略)のとおりであるが、退職の際支給される賃金は最高約一、六〇〇万円となり、同時に雇用調整を実施した重工他社との比較においても最高位にある。

またこれとは別に会社は退職によって収入の道がなくなる結果を避けるため、住友グループ内系列各社をはじめとしてひろく他企業に協力を求め、再就職あっせん制度を設けたが、愛媛については四八社一二四名の枠が調整のための退職募集当時までに用意されていた。申請人に対しても退職の説得の際、この制度の運用により会社の給与と大差ない再就職先が同人に提供されたことは前述のとおりである。

すなわち本件雇用調整の実施においては、退職によって直ちに収入の道を失なうという結果は、会社の配慮によって現実に回避されていたのである。

(4) 愛媛における雇用調整の実施

<1> 前述したとおり愛媛においては、全社統一方針に従い、その削減目標を一九四名として昭和五四年二月一日から同九日まで、退職者の募集を実施した。

愛媛では、基準第一類型該当者は、一一四名であり、これが全員退職に応募しても目標未達であることは明らかであったが、とりあえず、この期間におけるその余の一般勇退者の応募状況を勘案しながら、第一類型該当者を中心に、その該当の事実を告げ、会社として本人の退職を希望する旨を説明し、退職の意向について打診した。

その際、本人の意思を抑圧し、これを強制もしくは誘導するごとき手段は全く用いられていない。

結局、この期間においては、退職申出が一七九名あり前記目標に対する未達は一五名となったが、基準第一類型該当者は、五名を残しすべて退職の申出をした。

<2> 目標未達は、愛媛の一五名のほか、全社で相当数に達したが、前記組合との協定では、この段階で未達の処理について組合と協議すべきことになる。

会社は、この退職募集期間の応募結果を分析した結果、その後の未達の処理については、経営改善計画の趣旨に反しない程度で事業所毎に、その責任において判断して処理することが最適であると判断し、これを事業所に提示した。すなわち、本件雇用調整においては、横須賀地区のように大巾な削減目標を掲げて、これを実施したところもあり、その応募状況も事業所毎に区々であった上、未達の処理に当たっては、退職による方法を避け、出向、配転等によってこれを達成する可能性も探求すべきであるが、事業所毎にその実情は、異なるところがあったし、雇用調整の実施という非常手段をとる際には、事業所の所在する地域に対する影響やその反応も無視できないものがあると考えられたからである。

<3> 愛媛では、この会社方針に基づき、その後の目標未達の処理方法について、事業所において決定することとし、まず協定の趣旨に従い所内両組合(住重労組、全金支部)と協議した。

その結果、愛媛の未達は、一五名という少数であり、さらに追加募集を実施して徒らに事を長びかせるのは、所内の士気や秩序にも影響があると考えられたことから会社は、二月一九、二〇日の両日、基準該当者を対象として、その応募を求めることを提案して、組合と協議した。そして基準該当者の範囲は、最終的には、第一類型該当で残存する者(五名)第二類型第一順位該当の残存者(三名)に限定することとし、なお残る未達分については、その応募を保留して余剰人員は出向等の他の方法で処理することとした。

すなわち、会社の検討によれば、この未達をすべてなくするためには、第二類型第二順位(一二名)までを対象として、退職の説得もしくは、最悪の場合、指名解雇を行うこととなるが、この第二類型第二順位は、病気欠勤中の者であり、その多くは、入院治療中であったから、退職しても再就職は、不可能であった。組合からも強い反対があった上、監督官署からも、これに対しては、保留すべきとの意見があった。結局会社は、この順位については、最終的に退職対象とすることを保留したのである。

<4> 会社は、先の一九日、二〇日の募集期間を改めて、二一日、二二日の両日としたが、その間、四名が退職を申し出、対象とした基準該当者で残る者は、四名(第一、第二類型第一順位各二名)となり、目標未達は一一名となった。

しかし、第一類型該当の二名は、折から公傷のため、一名は休業して入院加療、一名は通院加療中であったから、これを退職とすることは保留して、結局残る第二類型第一順位該当者の二名に対し、退職の説得に当たることとした。この二名は、組合所属を異にし、一名は住重労組、一名は全金支部に所属する者であったが、会社はこの二名に対する説得の措置についても両組合と協議した。住重労組は賛成し、全金支部は反対した。説得の結果、一名は退職に同意し、一名(申請人)は、結局これに応じなかった。

かくして、愛媛では、退職募集による未達は一〇名となったが、会社が基準を公平に実施する趣旨から、申請人を指名解雇としたことは、前述のとおりである。愛媛の未達は、最終的には九名となり、その処理は、他の手段に委ねられることとなった。

(三) 申請人の主張に対する反論

(1) 会社の社内留保について

<1> 申請人は、一方で会社の本件雇用調整は、その必要性を欠くものとし、他方で会社が雇用調整による退職を回避するため、必要な企業努力を行わなかったその証左として、会社には五〇〇億円を上回る内部留保が残存すると指摘している。

前述したとおり、会社には、今日の危機において実現し得る未実現利益が存在していることは事実である。そして会社が損益均衡を達成すべき時期として定めた昭和五五年までの間に発生を予想される赤字が八四〇億円にのぼり、この処理の方法として実現可能な未実現利益約三〇〇億円を実現して、危機回避の重要な方策としていることも前述したとおりである。これを詳述すれば、会社には、昭和五三年三月末において延払利益繰延金約一七三億円、特定引当金二四億円、仕掛品中、損失処理をしたもの五〇億円、株式含み益約二四億円、および横須賀工場の売却見込益三〇億円があり、その合計が約三〇〇億円となる。そして、この点に関しては、前記本件雇用調整に関する組合との協議において、すべて組合に対し説明を尽くしている。

<2> この点、申請人は、前記主張の前提として右の外、会社の保有する株式の含み益は、一二七億円であるとして、そのすべてを実現可能な未実現利益であるかの如く主張している。なるほど会社の貸借対照表上の株式含み益は、申請人主張のとおりであり、また同人主張の別途積立金七五億九、〇〇〇万円が計上されていることも事実である。

しかし、会社の本件雇用調整が、会社が企業としての存続をやめ、倒産もしくは、更生会社として、その財産を処分することを前提として実施されているものでないことは言うまでもない。その危機を現時点で回避する方策をとることが必要であるから、調整実施するのであり、企業を存続して今後に利益を計上し得る体制を前提として、これを考えるのである。

従って、保有する他社の株式等は、これとの今後の取引関係の維持等を考慮することなくして処分することは、存続する企業としては、できないことである。

また別途積立金は、過去の利益の積立金であり、蓄積であることは事実であるが、これは商法の規定により、企業の期間業績をあらわす損益計算書において期間損失を補填する形で利益とする処理はできないものであり、信用を維持してゆく決算をするための補填原資にはならないものである。言うまでもなくこの取崩しは、株主総会の利益処分としてなされる承認事項である。

<3> また申請人主張の円高による為替差益二五億円があることも事実である。しかしこれは、既に前述した八四〇億円の赤字の算定の際、織込み済みの利益である。

さらに会社には当然円高による含み損が存在する。現在の厖大なドル建の受注残は平均してほぼ三〇%が目減りしているからこれを考慮に入れれば、為替差益どころか、逆に大巾な差損が発生している。円高により会社が利益を得ていたとしたら、おそらく今日の会社の危機もなかったことになろう。前述した八四〇億円の赤字の一部にはこの種の差損も含まれている。

(2) 不当労働行為の主張

<1> 申請人は、会社の勇退基準の各条項がことさら同人の所属する全金支部の組合員が多数含まれることを意図して、全金支部組合員の締め出しをねらったものとして、この基準の作成、適用がともに会社の不当労働行為意思に基づく行為であると主張する。

しかし、この基準が特に会社において事新しく作成された特異なものであれば格別、これが危機回避のための人員整理に当って一般に採用される内容のものであり、その合理性が認められるものである以上、たまたま申請人ら全金支部組合員がこれに該当することがあったとしても、そのことから直ちに、この基準の作成を不当労働行為とする主張は理由がない。

また、この基準が元来、査定者の主観を排して選定の公平を保持する趣旨で作成され、現に愛媛においても両組合員に平等に適用され、該当する者が組合所属の如何を問わず、説得の対象となり、退職している以上、基準の適用についても、差別もしくは、組合支配として非難されるいわれはない。

また、この基準該当者について、病気その他特別事情のある者については、適用を保留したが、この措置は、全金支部所属の第一類型該当者にも、ひとしく採られたことは前述のとおりである。

この点、申請人は、住重労組に属する者で罰金の略式命令を受けた者が退職対象者とならなかった事実を指摘して基準の運用を不当とするが、組合間の抗争が原因で告訴され罰金刑となった者が直ちに無条件で勇退基準第一類型に該当するとする主張は、該当事実の疎明を欠くものとして、結局理由がない。

<2> 申請人は、退職募集期間が終了して一五名の目標未達の処理が問題となった時点で会社が住重労組と合意して実施した未達処理において、この説得対象者に全金支部組合員が多かった(すべてではない)事実を指摘して、この運用方法が全金支部組合員の排除を意図したものだと非難する。

しかし、この時点で全金支部に所属する者が多かったのは、その前段階たる退職募集期間に全く応募せず、組合の方針として勇退基準の適用に協力しなかったことの当然の帰結である。すなわち、全金支部組合員は、この段階になってようやく会社に対する協力の姿勢を示してき、現に三名の退職応募者が出たが、この時点までは、いっさい会社の雇用調整を無視してきたのが実態であった。そして右の応募者も全金支部組合の激しい反対を排して会社と合意するに至ったものである。

(3) 指名解雇不要の主張について

<1> 退職募集期間に応募しなかった基準該当者のうち、四名がその後退職を申し出、申請人を含む残る二名が最終的説得の対象となった経緯については、前述した。

申請人は、本件雇用調整において指名解雇となった者が同人一名であった事実を特に問題とし、この点に関し、僅か一名の解雇は、雇用調整の趣旨とする経営上の必要性からは、無視することが可能なものであるとして、これをあえてした解雇が経営上理由のないものであり、専ら特に申請人を排除する趣旨の下に実施されたものであると主張する。

しかし、言うまでもなく愛媛において実施した雇用調整は、経営改善計画の許容する社内稼働人員目標の必達を期して、余剰人員一九四名を対象としたものであり、一人の解雇を目的としたものではない。申請人は、たまたま最後まで自主的応募を拒否してきたため、唯一名指名解雇を受ける結果となったが、この一名は同時に一九四名を構成する一名である。

しかも、これは当初の削減目標四一九名をその後の組合との交渉において大巾削減した結果の一九四名である上、そのうち会社は、やむを得ない事情として第二類型第二順位の適用を除外し現実には九名の未達を残す結果となった数字である。

<2> 申請人は、さらに第二類型第二順位を除外してこの九名の未達を残存したことや、会社の他事業所、特に横須賀地区において四五名の未達を残して指名解雇を実施しなかった事実を指摘して、申請人の指名解雇は、避けようと思えば避けられたものと主張する。

会社が愛媛において、第二類型第二順位(一二名)を対象から除外した趣旨については、前述した。その際、会社は、この該当者のほとんどが休職や入院療養中で会社が賃金の支払いをしていないこと、従って必ずしも会社の当面の出血なしに可能であることも考慮して保留したのである。

また、横須賀地区で四五名の目標未達を残したことは、申請人主張のとおりである。これは、退職募集期間の経過後、本社の方針によって横須賀地区事業所がその独自の判断で同地域および同事業所の特殊性を考慮して実施した未達処理の結果であった。言うまでもなく船舶を主体とする横須賀地区においては、これを残存しても経営改善計画の目標たる船舶部門一、九〇〇名体制を確立することができると判断して、この未達を容認し、基準適用の公平に関しては、基準該当者で応募しなかった者については、一、九〇〇名体制の枠外で別に出向、応援等新たな雇用量を造出して、これに振り向けることを条件として残存せしめたものである。

また、横須賀地区の削減目標が他地区を大巾に上回るものであった事情も、この際の判断動機を構成するが、言うまでもなく愛媛には、この種の配慮をなすべき特殊事情はない。

そして、横須賀地区での第一類型該当の残存者は、一名を残し、すべて本件雇用調整に原則的に反対した浦賀分会の組合員である。

ちなみに、玉島地区においては、未達人員二〇名のうち基準該当者一七名を指名解雇としている。

<3> 会社には、申請人一人を特に排除しなければならない理由がない。

申請人は、その組合活動について云々するが、申請人が組合活動家として特に活発であり、日頃会社から嫌悪されたか、もしくはただ一人排除される程度に嫌悪されるに足る活動をしたという主張は、申請人自身これをなし得ない。

以上のとおり、申請人には、本件仮処分申請の要件たる被保全権利が存しない。

(四) 申請人は、一流会社の正社員であり月額約一五万円ある夫の収入で十分に生活が可能であり、また自ら陳述するとおり、義父の年金月額八万円の収入もある上、会社の提供した月額一三万円の再就職先をあえて放棄して指名解雇となったものである。

以上の事実は、本件解雇により、申請人には、仮処分命令の要件である「著しい損害もしくは、急迫なる強暴」の要件がその生活上、発生しないことを示すものであるから、結局、本件申請には、仮処分の必要性がない。

第三当裁判所の判断

一、会社の経営状況

本件各疎明資料及び審尋の結果を総合すると、以下の事実を認めることができる。

1、会社は、産業機械、船舶等の我国有数の製造業者であり、昭和五三年一〇月一日現在で資本金一二三億円余、従業員数一〇四一二名を擁している。会社は、過去一〇年余で資本金を約七一億円から右金額まで、また売上高も約九〇〇億円から約二七〇〇億円へとそれぞれ約三倍に増加させ、経常利益も順調に増やしながら、発展してきたが、昭和四八年のいわゆる石油ショック以後、受注が急激に減少し、また貿易為替レートにおける円の激しい高騰により、輸出品については、国際競争力の悪化と外貨建受注残の目減りによって急激に業績が悪化した。

(一) 造船部門では、世界的な船腹過剰のための需要の不振と韓国、台湾などの中進国の進出、加えて円高による国際競争力の低下によって不況に陥っており、造船設備の四〇%削減、操業短縮などを余儀なくされ、操業規模の縮小をせまられている。この部門の会社全体の売上に占める比率は昭和四八年から五二年度間の平均で約四〇%あり、その影響は重大である。

(二) 産業機械部門においても石油ショック以後、それまで受注先となっていた鉄鋼等の民間大型設備投資が停滞して受注量が減少した。これを補うため、輸出による海外市場への依存を強めたが円高によって国際競争力が低下し、また外貨建受注残が目減りするなど受注損益は悪化している。加えて輸出先のいわゆる発展途上国においても、自国産業育成のために、各種制限を課してきており、国内取引同様の利益確保は困難となってきている。

その他の海洋構造物、熱交換器、塔、槽などの製造についても供給過剰による低価格市場が現出し業績は振わない。鋳鍛造品も素材交換の影響や特別複雑な技術を要しないため台湾、韓国などの低人件費によるものとの競争に勝ち抜くことが困難であり、低操業、採算悪化の状況に陥っている。

総合的な機械設備等を扱うプラント事業本部も、昭和五三年二月設立したばかりで、受注による仕事量確保が困難なうえ、事前に費用の支出を要し、採算面では、当分負担とならざるを得ない。

プラスチック加工機械、建設機械、変減速機、電気品及び橋梁鉄構の製造販売においては収益を比較的上げうるが、前記の不況部門に比べて小規模(昭和五二年度実績売上が全社の約二六%、昭和五三年度上期でも三二・七%)なため、その損失を補うには不十分な実情にある。

(三) 愛媛製造所においては、主要な顧客が製鉄所(大手高炉メーカー)及び造船所であり、その顧客とともに成長発展してきた。しかし石油ショック後の長期不況により、製鉄所は高炉の三分の一を運転休止とする状態になり、増産のための設備投資をほとんど中止した。このため主要取引先である住友金属工業からの受注額をみても昭和五〇年度二九七億円あったのが、同五一年度一一八億円、同五二年度五一億円、同五三年度四一億円と落ち込んでいる。

また造船不況の深刻化により新たなドックの建設が途絶えたため、主要製品であった大型クレーンの受注は無くなり、造船会社からの受注額は、昭和四七年度五二億円、同四八年度四一・五億円、同四九年度二七・五億円、同五〇年度七・三億円、同五一年度三億円、同五二年度〇・九億円、同五三年度零円となっている状況である。

そこで同製造所では昭和五〇年ころより、製品の輸出を推進し、売上高に占める輸出品の割合は昭和五〇年二一%、同五一年四四%、同五二年六一%、同五三年五一%と増加してきた。しかし、輸出先となるいわゆる発展途上国では、自国内産業の保護育成を図るため、設計等の技術面は一〇〇%提供させながら、契約金額の五〇~七〇%を輸入国内で生産する義務を課すため、技術面の仕事量は翻訳等の負担もあって国内での取引より増加する反面、製造部門の仕事量は、受注金額の三〇~五〇%しか確保されず、国内受注先に対応してきた体制では余剰人員を生じ、生産によって利益を上げることが容易ではない状況である。

また昭和五〇年以降、急激な円高を生じ、愛媛製造所においても昭和五二年度五・八億円、同五三年度九・九億円の為替差損が生じている。

右のような状況で生じた仕事量不足を補うため、二七・六億円の原価の高炉を二〇億円で受注するなどの赤字受注を行なった。

愛媛製造所の業績は、右のような理由により、昭和五〇年度三九億円の利益(実態)を計上していたが、同五一年度三・七億円、同五二年度一六・五億円と減少し、昭和五三年度には三二億円の損失(実態)を生じるに至っている。

(四) 会社の最近の決算状況は、昭和五二年三月期四七億七九〇〇万円の利益、配当率年一二%、昭和五三年同期二八億七一〇〇万円の利益、配当同率、昭和五四年同期四億三三〇〇万円の利益、配当率六%となっている。

会社は右昭和五四年三月期(昭和五三年四月一日~昭和五四年三月三一日の決算)の黒字決算、六%配当については、社債発行の最低必要条件の年六%配当をみたし、資金繰、新規契約等の信用保持のため未実現利益を取崩した結果であり、営業収支としては、約二〇〇億円の実質赤字である旨説明している。

2、このような状況に対し、会社は昭和五一年以降、次のような施策を行なった。

(一) 前記プラスチック機械等の好況部門の営業力を強化した。

(二) 機械部門の輸出体制を強化した。

(三) 船舶部門では昭和五二年度に雇用確保のため平均二〇%の赤字受注を船七隻について行なった。

(四) 雇用確保のため新会社七社を設立した。

(五) 固定費削減のため、設備投資の抑制、遊休資産の売却、売掛債権の回転率向上(早期回収)による金利負担の軽減に努めた。

(六) 昭和五一年四月以降新規採用の制限(現業職要員は採用中止、但し、技術部門強化のための大卒等は採用)、減耗人員の不補充の方針をとり、八六二人減員した。

(七) 昭和五二年一〇月以降余剰労働力吸収のため、全社的に人員の配置換を実施した。不況部門から好況部門への配置転換、応援派遣、外注下請作業の社内取込みとそれに対応する職種転換、系列関連企業、自動車関連企業に対する出向、応援派遣の実施等である。

(八) 昭和五二年度より役員報酬の削減(五~一五%、昭和五四年一月からは一〇~二〇%)、昭和五三年度役員賞与の不支給を断行した。

(九) 昭和五二年一二月より管理職の勇退を求め、全社で約三〇%の二五〇名が退職した。また管理職の昇給、ベースアップを昭和五三年には中止し、同年下期賞与の約一〇%削減、昭和五四年一月から給与平均七%削減を実施した。

(一〇) 一般従業員の時間外労働の規制、福利厚生費の削減を実施した。

(一一) 昭和五三年一〇月から同五四年二月まで船舶部門で毎日一二〇名の教育訓練帰休、昭和五三年一〇月から同年末まで機械部門で毎日八〇名の帰休を実施した。

3、会社のこうした不況対策にも拘らず、予想以上の円高などにより、業績は悪化の方向をたどったため、会社は同年一一月に至り、取り急ぎ「経営改善計画」(別表二参照)を立案した。その内容の骨子は、次のとおりである。

(一) まず経営状態の見通しとして、(1)昭和五二年度の売上実績約二八〇〇億円を基礎に、景気動向等を勘案して受注予測を行ない、船舶、舶用エンジン等の売上額を削減し、他の製品は若干の売上増を見込み、また受注額に比した仕事量の増減を検討して基準売上額を二一〇〇億円と想定する(なお昭和五三年度の現実の売上額は一九一九億円にとどまった)。(2)これを基礎に、現体制のままで昭和五三~五五年度の会社の業績見込を行なうと昭和五三年度約二七〇億円、同五四年度約三三〇億円、同五五年度約二四〇億円、三年間累計八四〇億円の損失が見込まれるとする。その内訳は、年平均でみると二八〇億円のうち愛媛約五〇億円、玉島約二〇億円、船舶約一三〇億円、本社配賦差額八〇億円、他部門は収支均衡という推測である。(3)右赤字に対し、現体制で最大限にコストダウン等の経営努力を行なっても改善額は、三年間累計三八〇億円(昭和五三年度約七〇億円、同五四年度約一四〇億円、同五五年度約一七〇億円)と想定する。(4)昭和五三年三月末時点で会社が実現しうる未実現利益のうち企業存続を前提として取崩しうる限度額は約三〇〇億円であると算定する。

(二) 結局、現体制では、右(2)の八四〇億円から(3)(4)の合計六八〇億円を差し引いても一六〇億円の損失が残るとし、昭和五五年度以後赤字決算を避けるためには、右損失に見合う固定費の削減が必要だとし、その方法につき、前記基準売上高(二一〇〇億円)の前提となる材料費等の変動費の全社平均は七三・四%であり、また減価償却費等の削減困難なものが一一・五%あるので、人件費を基準売上高に対して一五・一%(三一七億円)以内に圧縮することが要求されるとする。そして一人当りの人件費を三八〇万円として計算すると許容人員は八三四二名となり、また右基準売上高達成に必要な人員を昭和五二年度の売上高を基礎に算定すると八四一三名となるとする。さらに各事業所への人員配分、仕事の中味による増減等をも勘案検討すると、昭和五四年三月末の適正人員は八四九五名と算定され、昭和五三年一〇月一日現在の社内稼働人員一〇四一二名から一九一七名削減することが要求される(この削減で年間約七三億円、二ケ年で金利を含め約一六〇億円の赤字解消となる)というものであった。

(三) そしてこの前提に立ってコストダウン等の経営努力を行なうとともに、右適正人員に対する余剰人員の削減を行なうというものであり、愛媛製造所では二六八七名を二三一〇名に差引三七七名削減するという方針であった。

二、本件疎明資料及び審尋の結果によると、本件雇用調整の経緯は次のとおりであると一応認められる。

1、会社は右計画見通しに基づく人員整理を行なうにあたって、勇退基準(別表一参照)を他社等の先例、裁判例等を検討したうえ設定したが、まず第一に自発的な退職の促進を図るため、特別退職金などを盛り込んだ転職退職者優遇制度(以下、単に優遇制度という。)を考案し、昭和五三年一一月一一日「経営改善計画」及び「転職退職者優遇制度」を住重労組、全金支部、浦賀分会、玉島分会に文書で示し、提案説明を行なった。また同月一三日に同趣旨の説明文書を全従業員に配布した。

2、右提案に対し、住重労組(全従業員の九七%で構成)は、これを検討することとし、会社は右勇退基準も示してその後交渉を続け、同年一一月二九日に優遇制度について合意が成立した。しかし全金支部ほか二組合は(一)内部留保が高額にあり雇用調整の必要性自体存しないこと、(二)企業には雇用維持の社会的責任があること、(三)不況の原因は企業、政府にあること、(四)企業戦略、経営努力の欠如等を主張してこれに反対した。

3、会社は、昭和五四年一月二九日までの間に住重労組とは雇用調整の実施方法につき交渉し、また全金支部ほか二組合とは、会社の内部留保、財務状況等につき一応数字をあげて説明し、また住重労組と検討中の雇用調整の修正案等を示して一一回の交渉を重ねたが、右三組合は、終始雇用調整の必要性自体を否定していたため、具体的実施方法の協議は十分にはなされなかった。

4、会社は、昭和五三年一二月から昭和五四年一月二四日までの間、優遇制度を住重労組との合意のみで実施し、自発的な退職者を募集した。これにより全社で一六七名が退職した。

5、会社は交渉の結果住重労組とは昭和五四年一月二五日雇用調整の必要性について一応の了解を得、同組合の要求も容れて、次のとおり合意した。(一)出向者等の増加を図ることにより削減人員は、当初目標の一九〇〇名より七〇〇名減じた一二〇〇名とする(愛媛地区は二一〇名とする。)。出向者からの削減は二五〇名とする。ただし一二〇〇名から前記一六七名の既退職者は控除されるので、一〇三三名が削減目標人員となる(愛媛地区は一九四名となる。)。(二)特別退職金を最高、基準内賃金の一三ケ月分とするなど退職条件を改善し、会社は、退職者の再就職斡旋に一層努力する。(三)雇用調整の実施方法として、まず第一段階として全社員を対象とした勇退者募集(希望退職)を行なう。(四)次に勇退基準第一類型該当者に対し会社が本人にその事実を告げ、退職を説得することを住重労組も了解する。(五)この説得の後にも目標削減人員に達しなかったときには、住重労組と別途協議する。以上の合意点につき会社、住重労組は同日付で協定書を取りかわした。会社は、この内容を同月二六日全金支部ほか二組合にも示したが、同月二九日三組合はこれに同意しない旨回答した。

6、会社は右協定に基づき、昭和五四年二月一日から同月九日の間に勇退募集と勇退基準第一類型該当者に対する退職の説得を行ない、その結果、全社で九五四名が退職した。内訳は、愛媛地区一七九名(未達一五名)、横須賀地区五八三名(同七一名)、玉島地区九〇名(同二四名)その他の地区では目標人員七一名を上回る一〇二名であった。

7、そこで会社は右未達人員の処理について検討した結果、地区ごとの削減人員数、地域に与える影響、出向等の可能性等が異なるため、各地区ごとに組合と協議し、各地区の事情を判断して解決するよう各事業所に指示した。その結果横須賀地区では、さらに勇退基準第一類型該当者に対し説得を継続し、二六名の退職者を出したが四五名の未達を残し、また玉島地区では、最終的な未達二〇名のうち一七名(第一類型該当者全員と第二類型該当者の一部)を指名解雇し、三名の未達を残してそれぞれ雇用調整を終結した。

8、愛媛製造所においては、右募集期間内に、会社は、文書配布、朝会での説明などにより全員を対象として希望退職者を求め、同時に第一類型該当者に対しては、個々的に直接の接触を行なった。その結果、目標一九四名に対し一七九名の応募があり、未達は一五名となった。そこで前記会社の方針に基づき愛媛地区の担当者が組合と協議を行なったうえ、同年二月二一日、二二日に勇退募集を勇退基準第一類型該当者(残存五名)及び第二類型第一順位該当者三名を対象として会社が対象者に自発的退職を求める接触を持つという形で実施した。そして第一類型該当者三名、第二類型該当者一名がこれに応募した。このため愛媛製造所での未達は一一名となり、そのうち第一類型、第二類型第一順位該当者は、それぞれ二名、計四名となった。しかし、第一類型該当の二名は公傷療養中であったため、さしあたり、第二類型第一順位該当と考える二名に対し、退職の説得を継続することとした。これに対し住重労組は賛成し、全金支部は反対した。そしてこの説得に一名(住重労組員)が応じ、一名(申請人、全金支部組合員)は応じなかった。そして後記のとおり申請人に対してはこれを指名解雇し、昭和五四年三月一三日九名の未達を残し愛媛製造所における雇用調整を終結した。

三、本件整理解雇

疎明によると以下の事実が一応認められる。

1、会社は、申請人が勇退基準第二類型第一順位の「共稼ぎの者で配偶者の収入で生計が維持できる者」に該当し、かつ同但書「業務上必要な者」には当らないとして、勇退募集への応募の説得を継続してきたが、申請人の不応募の意思が固いことから、同年三月九日申請人を解雇することとし、前記のとおり同月一二日午前九時までに退職申出がなければ同日付で申請人を解雇する旨の意思表示を申請人に対し行なった。

2、会社は、勇退基準第二類型第一順位該当者のもう一名の住重労組員が勇退に応じたことから、同人及び他の勇退募集応募者との人事の公平を維持し、他の従業員の抱く不公平感を払拭するため、また未達の減少を図ることが前記経営改善計画遂行に必要であることから、申請人を解雇することは已むを得ないものと判断し、就業規則五〇条三号の「やむを得ない事業上の都合によるとき」に該当するものとして右解雇を行なったものである。

四、本件解雇の効力

1、整理解雇の有効要件について。

企業の経営は、本来経営者の専権に属するものであり、その一環として企業が業績不振に陥った際に取るべき方策を決定、実施することも自由になしうるところであるが、その一態様として実施される従業員の整理解雇は、従業員の責に帰すべからざる事由によって一方的にその職を奪うものであり、その従業員に対し甚大な影響を及ぼすものであるから、これが無制約になしうると解するのは相当ではない。特に我国の雇用関係の実情においては、年齢、性別、職種等による例外を除いて、大半の労働者は特段の事情がなければ、企業が存続する限り、当該企業に終身的に勤務することを期待して、企業と労働契約を結び、その賃金収入により自己及びその家族の生計の維持、さらには将来の生活設計をも託しており、他方企業においても右趣旨の雇用継続により、その労働者の当該企業に対する忠誠心や勤労意欲が高まることなども勘案して、通常、その期待にこたえるべく雇用維持を図っているものということができよう。その結果、定年退職以外の転退職(特に解雇)は、その労働者にとって、再就職等の面でも著しく不利益に作用することも少なくないのである。

以上の実情をもふまえて整理解雇が有効になされるための要件についてみるに、

(一) 企業が重大な経営危機に陥り、労働者を解雇するのでなければ、企業の維持、存立が困難となり、あるいは長期的に業績が悪化するなど近い将来企業も労働者も共倒れになることが予見される状態にあること、

(二) 企業において経営改善の努力を尽し、また解雇以外の出向、配転、任意退職募集等の余剰労働力吸収の手段を尽したうえで行なうものであること、

(三) 整理解雇の人選においてその基準の設定及び適用の合理性、公平さが保たれたものであること、

(四) 右解雇の必要性、人選の基準等につき、労働者側の納得を得るための努力を会社が怠っていないこと、

以上の要件が継続的法律関係である労使関係の信義則上要求されるものと解する。したがってこれらの要件をみたさずになされたものは、解雇権の濫用としてこれを無効と解すべきである。

なお(一)については、これを極めて厳格に解し倒産必至等の状況を要求する立場や、また逆に、緩かに解し、単に生産性向上とか人件費節約のためという程度では足りないが、客観的にみて解雇による人員削減が必要やむを得ないものであれば足りるとし、経営者の会社債権者、株主等に対する経営改善の義務に基づく雇用調整の必要性の判断を尊重しようとする立場も見受けられる。しかしながら、前者の立場をあまりに厳格に貫くと雇用調整の適期を失わせ、かえって企業に回復し難い打撃を与えるおそれなしとせず、にわかに賛成し難い。また後者の立場では、無配や赤字決算の企業では安易に整理解雇が許容されることにもなりかねないのでにわかに左袒し難い。

なおこの点につき付言すると、我国の企業運営の実情においては、企業が業績好調で営業利益を上げても、これをすべて労働者や株主に還元する場合は少なく、そのかなりの部分を蓄積し、企業の拡大発展の原資とすることも多く、反面労働者としても当該企業への終身雇用を前提として企業の発展が将来の賃金上昇、雇用確保に役立つことをも期待してこれを受忍している面もあると考えられるのであって、このような実情に照らすと企業が経営不振となって株主への配当等が困難となったからといって安易に労働者を解雇することによって利益確保を目指すが如きことは、労働者にとっていささか酷というべきであろう。

2、本件解雇につき、前記要件を検討すると、

(一) 会社の経営状況については前記一で認定のとおりであり、会社が造船部門の受注減、機械部門の円高等により大幅に経営状態が悪化し、経営方策の改善に迫られた事実は一応認めることができる。しかし、他面、会社は、それまでは資本金を一〇年間に三倍にするといった急成長を遂げてきたものであって、最近の決算状況も一(四)認定のとおり昭和五四年三月期まで黒字を維持し、その配当率も前年度までは一二%、昭和五四年三月期においても六%を維持しており、それが会社主張のとおりの経理操作の結果に基づくものであるとしても、そのような経理操作が十分可能なこと自体、相当な余裕があることの証左にほかならず、現在直ちに整理解雇を強行せねばならないほどの経営上の必要性を肯認するには、なお疑問を差しはさまざるを得ない。会社の主張では、競争力、信用力維持のために、黒字決算、さらに六%配当をも維持せねばならず、赤字決算に陥ることを避けるためには、整理解雇が許容さるべきだということにもなりかねないが、景気循環が不可避であり、終身雇用が常態である現在のわが国産業界の実情の下においては、仮りに企業が短期間赤字決算に陥ったとしても、近い将来に経営改善が図れる場合も少なくなく、そのような場合常に整理解雇が必然的に伴うものと言い難いところである。特に過去の収益を相当程度蓄積している企業が経営改善方策を誤らずに実施していく場合(本件会社の場合もそう推認できる)には、業績改善の可能性はより高いともいえるのであるから、今少し長期的ないしは柔軟な方策にもよりうるのではないかと思料される。

とくに本件雇用調整は、単なる不採算部門の規模縮小というだけでなく、むしろこれをも含めて会社全体の人員構成比を経営政策の転換(内需から輸出、単体製造からエンジニアリング、プラント指向)に伴って、設計・技術等の部門を強化し、製造現業部門の人員を大幅削減することによって長期的な企業の発展を目指したものと窺えるものであるから、より長期的視野に立った収支改善方策及びその実施方法の検討が図られてしかるべきではないかとの疑問も生じうるところである。

(二) また前記一2で認定のとおり会社は各種の経営努力を尽し、また多数の従業員等の配転、出向、管理職の勇退、前記二認定の任意退職者募集、優遇制度による応募の促進と、説得を行ない、会社が解雇回避の相当努力を尽していることは認められるが、反面、これらの努力の結果として、会社が本件雇用調整を必要とした人員を削減し人件費の節減を図るという主要目的はほとんど達成されたものと考えられる。

すなわち、昭和五四年二月九日(第二次勇退募集終了時)の時点で全社での未達人員は一一〇名(もっともその他の地区では三一名余計に応募しているから、人件費節減の観点からは七九名とも評価しうる。)であり、当初目標に対し、達成率は九〇・八%に達している。愛媛地区においてこれをみると、当初目標二一〇名に対し未達は一五名であり、その達成率は九三・八%であったが、前記のようにさらに説得を継続したため、本件解雇が行なわれる際には未達が一〇名に減少している。仮りに本件解雇及び玉島地区の解雇がなかったとしても全社的未達は総計七五名で、達成率は九三・七五%に達している。

そして、総数一二〇〇名の人員削減は、当初から必ずしも整理解雇を前提として打ち出されたものでなく、勇退募集を当面の目標として設定されたものであるから、その九割以上が達成された段階で勇退募集を整理解雇に切り替えるについては、なお未達人員を解雇しなければ経営危機解消の見通しがつかない事情にあることを要するところ、結局この段階では会社は今後の未達達成の方策を各事業所の裁量に委ね、その結果申請人を含め一部について解雇したものの、最終的には五七名(愛媛地区九名)の未達人員を残したまま間もなく本件雇用調整を打切っているのであるから、未達人員全部について解雇の必要性がなかったことは明らかであり、ひいては解雇した申請人に対する解雇の必要性についても疑問を差しはさまざるをえない。とくに経営改善計画の収支見通し自体が億単位の概算であり、このような会社の経営規模に照らせば、申請人ら一部の人員超過があったとしても、これによって直ちにその経営状態が左右されるものとも言い難いところである。

(三) また会社が全従業員に対して勇退募集を行なった期間は第一次が約二ケ月間、第二次は九日間にすぎない。

右事情を勘案すると、全社的に任意退職をより長期間募集する等の施策を講じることによって今回の雇用調整の目標をより以上に達成し、整理解雇を回避することも検討されるべきであったと考えられるが、この点において会社が整理解雇回避のために十分な努力を尽したとの疎明はない。

(四) また会社は、他の希望退職者等との人事の公平を図ることを解雇の正当性の理由として主張しているが、そもそも希望退職とは、労働契約を当該労働者と使用者との双方の合意に基づいて解約するものであって(そうであるからこそ、説得や退職条件の優遇がありうるし、自由意思を抑圧しない限り、整理解雇のような厳格な要件を課せられない。)、使用者の一方的意思表示による解雇とは、その本質を全く異にするものである。そして前記のとおり労働者がその責に帰すべき事由がないにも拘らずその意に反して職を奪われる整理解雇が許容されるのは、専ら企業の維持、存立にかかわる経営の危機が存在するからであって、このような観点を離れて任意退職者との間の不公平感是正のための解雇が許容される余地はないものといわねばならない。

以上考察の結果を総合すると、本件解雇は、前記整理解雇の有効要件であるところの(一)会社の経営危機、(二)会社の解雇回避の努力等の条件を充足したものとは云えずいまだその必要性、緊急性があったとは認め難いので、その余の(三)解雇基準の設定及び適用、(四)組合側との交渉等の要件につき判断するまでもない。

その他、申請人が主張する不当労働行為等についてもその判断を示す限りでない。

五、以上のとおりであるから、申請人は、会社に対し労働契約上の権利を有する地位にあり、昭和五四年三月一三日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り、右契約に基づく賃金の支払を受ける権利を有するものと一応認められるが、疎明資料によると、申請人の解雇前三ケ月の平均賃金は申請額の金一五万六九五一円以上の金一五万六九五九円であることが認められ、会社が昭和五四年三月一三日以降の申請人の賃金を支払っていないことは当事者間に争いがない。そこで申請額に基づき、右同日から昭和五四年一〇月分までの会社の不払額を算定すると合計金一一九万四八五二円となるから、申請人は会社に対し、右金員を昭和五四年一一月一日から一ケ月金一五万六九五一円の割合による賃金請求権を有する。

六、保全の必要性

本件疎明資料及び審尋の結果によると、申請人には、夫の賃金収入、義父の年金の支給が相当額あるものの、申請人及びその家族六人の生活は右の収入のみでは苦しく、申請人が会社から支払を受ける現金収入に依存して生計を維持してきたものであり、申請人は、本件解雇により安定した収入の途を断たれれば、その生活に困窮し、著しい損害をこうむるおそれがあると一応認められるので、本件仮処分による保全の必要性を認めるのが相当である。

七、結論

よって申請人の本件仮処分申請は理由があると認めるので、保証を立てさせないで、これを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中根與志博 裁判官 岩井正子 裁判官 廣瀬健二)

別表一 勇退の基準

1、第一類型

次の基準のいずれかに該当するものは、全社一律に全員勇退するものとする。

(1)年令による基準

大正一二年以前に生まれた者

(2)社内共稼ぎの社員いずれか一方の者

(3)その他による基準

<1>過去五年間(昭和四八年一一月以降)に減給又は出勤停止の懲戒処分を受けたことのある者、但し、改悛の情の著しい者は除く。

<2>過去三年間(昭和五〇年一一月一日から昭和五三年一〇月三一日迄)に事故欠勤、無届欠勤が一年につき三日以上もしくは通算六日以上の者、但し、勤怠の状況が著しく改善された者を除く。

(注)<イ>昭和五三年一一月一日以降の欠勤が上記に準ずる者及び遅刻、早退、私用外出の著しい者を含む。

<ロ>無届欠勤は一日をもって事故欠勤二日とみなす。

<3>正当な事由なく配置転換、職種変更、出向、転勤に応じられなかった者、又は正当な理由なく異動先で業務になじめないと申し出のあった者。

<4>不採算部門で内作不適のため、廃止する職場(鋳造工場木型部門)に所属する者。

<5>会社の責によらない何らかの理由により本来の職務もしくは職種の遂行に支障がある者、又は既に同事由により軽作業についている者、但し、本来の職務もしくは職種に復帰可能の者、及び公傷病による者を除く。

<6>勤労意欲にかけ、業務に不熱心な者及び勤務成績の不良な者。

2、第二類型

第一類型に定める基準による勇退で各所別目標人員に達しない事業所においては、各所別目標人員に達するまで次の順位により勇退を実施し、目標人員に達した時点で基準の適用を停止する。

(1)共稼ぎの者で配偶者の収入で生計が維持できる者、及び兼業又は副業があり、もしくは財産の保有など別途の収入があり、退職しても生計が維持できると判断される者、但し、業務上必要な者を除く。

(2)過去三年間(昭和五〇年一一月一日から昭和五三年一〇月三一日迄)に年次有給休暇及び就業規則所定の休暇以外の欠勤が一年につき五日以上もしくは、通算一〇日以上の者、但し、勤怠の状況が著しく改善された者を除く。

(注)<イ>昭和五三年一一月一日以降の欠勤が上記に準ずる者は含む。

<ロ>遅刻、早退、私用外出は四回で欠勤一日とみなす。

<ハ>無届欠勤は、一日をもって事故欠勤二日とみなす。

<ニ>病気欠勤者については、その病気が一過性のものであって、現在既に治癒しており、又は近い将来治癒する見込みが十分にある者を除く。

(3)大正一三年生まれの者。

3、第三類型

第一類型、第二類型による基準による勇退でなお目標人員に達しない事業所においては次の順位により勇退を実施し、目標人員に達した時点で基準の適用を停止する。

(1)大正一四年生まれの者。

(2)〃一五年(昭和元年)生まれの者。

4、適用範囲

上記の勇退基準は出向者にも適用する。

基準による勇退者については会社として就職あっせんに最大の努力を行なう所存であります。

別表二 経営改善計画

経営危機突破と新しい会社づくりを目指し、昭和五三~五五年度「経営改善計画」を次のとおり設定する。

一 基本方針

経営改善の基本的考え方は次のとおりである。

(1)中長期的に今後の需要構造と超円高下において国際競争力を保持しうる技術、製品からなる企業構造と量から質への効率経営に徹した新しい会社づくりを目指す。

(2)構造不況と円高の直撃をうけた当社の現状を直視し、よりエンジニアリング志向の人員構成、生産構造及び将来生き残りうる製品構成への転換を目指し、構造不況部門、非採算部門を中心に思い切った規模縮小を図る。

(3)需要量、価格、採算等現状の受注環境を勘案して選別受注を行ない、先ず出血を止め収支トントンを目途に当面の体制を整備することを前提として、基準売上(年間二一〇〇億円程度)を設定する。

(4)基準売上をベースに昭和五四年三月末を目途として社内稼働人員八五〇〇人体制を実現する。

(5)現実の悪材料を直視し、あらゆる方策を講じ、昭和五三・五四年度の重大危機を乗り切り、極力早い底入れにより再建を完了し、昭和五五年度には実力で目立しうる姿を実現する。

二 施策

本計画の基本方針とねらいを実現するため、経営全般にわたり次のとおり重点施策を策定し、これに実施細目を立案して実行するものとする。

1、コスト・ダウンの推進(昭和五三年九月コスト・ダウン推進本部設置)

(1)超円高に対応し、国際競争に生き残りうるコスト・ダウンターゲットを設定し、その目標達成に向け、全社的にコスト・ダウンの推進をはかる。

(2)重点製品を選定し、当該製品のコスト・ダウンに集中的に精力を投入する。

(3)海外調達の推進、大物受注品の組織的工事予算管理の徹底、仕損の削減など各種コスト・ダウン対策を実施する。

2、生産構造の改善

(1)低操業にも耐えうる体質を目指し、損益分岐点を引下げる。

(2)より効率化された姿を実現するため、集中生産の効果、現有設備人員の有効活用等の観点から事業の集約、あるいは分散を検討する。

(3)社内作業、内作製品を総点検し、内作不適格のもの、あるいは中小専門体制でより効率化の期待されるものは、別会社化を検討する。

3、製品戦略

(1)製品構造は橋梁、標準仕込機械の着実な発展、一般機械のエンジニアリング志向、プラント化、船舶等長期的に極度に採算が悪化する部門の縮小を基本方向とする。

(2)プラントは、ある程度先行投資的考えで前向きに進める。

(3)コスト・ダウン等方策を講ずるも、赤字体質から脱却出来ない非採算製品は縮小撤退、スピンアウトを検討する。

4、技術開発

(1)現有製品の改良、開発、環境、省エネルギー、省力化等への重点志向、社内技術のシステム化、総合化、プラント志向のためのまとめ技術を重点に技術開発を促進する。

(2)開発の効率化、スピードアップを目指し、課題を厳選する。

5、マーケッティング(営業戦略)

(1)適正受注量の確保と受注採算の均衡をはかりつゝ選別受注に徹する。赤字受注は規制する。

(2)官公需電力関係のほか、新規の市場開拓を推進する。(昭和五三年一〇月官公需営業推進本部設置)

(3)国内外の営業拠点、サービス体制の充実をはかり、より効率的な営業活動を行なう。

6、人員、組織、人事制度

(1)基準売上をベースに昭和五四年三月末八五〇〇人体制を実現する。

(2)構造変化に対応して、戦略部門への配転等、人員構成を改善する。このため職種転換、能力開発、組織の活性化等の教育研修を実施する。

(3)新しい時代に適応して、新人事管理制度体系を昭和五三~五五年度の三ケ年で整備する。

(4)当面は現行組織を基本とするが、必要あるときに今後共組織の簡素化を行なう。

(5)福利厚生(施設を含む)の見直しも含め、労務費の見直しを検討する。

7、設備の合理化

(1)全社的観点で設備の有効活用、集約を行なう。又、構造不況部門を中心に、余剰設備の休止、廃棄、売却、転換を実施する。

(2)新造船設備の四〇%削減に対しては、追浜と浦賀の稼動に止どめ、横須賀、川間を休止する。

(3)戦略部門を主体にコスト・ダウンや省力化等合理化設備の増強はある程度実施するが、全社的に新規設備投資は極力抑制する。

(4)総務一般等規模縮小に対応し、不要設備の処分を行なう。

8、経費の節減

(1)あらゆる費目、あらゆる経費発生要因を総点検し、経費の節約を徹底して行なう。

9、財務体質の強化

(1)資本構成、資産構成の改善をはかり、金融コストの低減に努める。

<1>流動性資産の水準適正化

<2>売掛債権、棚卸資産、投融資の圧縮

<3>不要、不急資産の売却

<4>借入金の圧縮 等々

(2)為替差損の極小化、為替差益捻出のため各種為替差損防止対策を行なう。

10、関係会社対策

(1)当社と各関係会社の位置付け見直しを行ない、戦略会社に対する育成戦略を確立する。

(2)基本的には、自主独立経営の徹底をはかる。

(3)新設会社に対しては、早期自立化へ協力、指導を行なう。尚、上記重点施策にそって事業部その他各部門別にもそれぞれ具体的な施策を立案し、実行する。

三 人員計画(社内稼働人員)

<省略>

以上

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