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松山地方裁判所 平成3年(モ)605号 決定 1993年10月27日

申立人(原告)

渡邊忠義(X)

右訴訟代理人弁護士

村田豊

高野真人

伊藤文夫

遠藤晃

相手方(被告)

愛媛県(Y)

右代表者知事

伊賀貞雪

右指定代理人

吉池浩嗣

渡部英司

志賀和之

安田鎮夫

石丸邦彦

藤本義文

岡本康博

岡本靖

八塚洋

菅邦雄

山本忍

寺尾和祝

理由

三 当裁判所の判断

1  本件基本事件、本件文書(1)(2)の内容について

(一)  本件基本事件は、相手方職員が申立人や協立不動産に対し、本件土地の相当な価格につき著しく安い価格を前提として、本件土地売買の予定対価を減額するようにとの行政指導をしたため、申立人は不当に安い価格による売買契約の締結を余儀なくされたとして、申立人が相手方に対し、相手方職員が行った行政指導の違法を理由に損害賠償請求を求めた事案である。

(二)  本件文書(1)について

(1)  本件文書(1)は、申立人及び協立不動産の両名が本件土地の売買契約を締結するに先立ち、昭和六二年六月二四日付けで愛媛県知事に対し、国土利用計画法二三条一項に基づき本件土地売買の届出をしたことに伴い、愛媛県知事が同法二四条一・二項所定の勧告又は不勧告を行う前提として、相手方の職員が本件土地の相当な価格等を算定するために作成した文書である。

(2)  本件文書(1)には、本件土地と標準地(今治3―1)との比較を行うため、それぞれの土地の個別的要因及びそれぞれの土地が存する地域の地域要因について格差を指数化し、標準地の公示価格を時点修正した価格に当該指数を乗じて得た所有権の相当な価額、及びこれに基づき算定した本件土地についての著しく適正を欠かせない上限の価格が記載されている。

(3)  従って、本件文書(1)は、愛媛県知事が国土利用計画法二四条一・二項所定の勧告又は不勧告を行う前提として、相手方職員が本件土地の相当な価格等を算定するための資料として作成した文書ということができる。

(三)  本件文書(2)について

(1)  本件文書(2)は、申立人及び協立不動産両名から、国土利用計画法二三条一項に基づき本件土地売買の届出書を受理した今治市長が、同法二三条四項・一五条二項に基づき、売買予定対価の適否等につきその意見を記載して、愛媛県知事宛に送付した進達書である。

(2)  右進達書については、愛媛県知事が定めた国土利用計画法に基づく届出に関する事務処理要領(昭和五三年四月一日実施)により、その記載様式が定められており、同様式による記載事項は、別紙「進達書の記載事項」のとおりである。

2  民事訴訟法三一二条三号前段該当性

(一)  民事訴訟法三一二条三号前段所定の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書(利益文書)とは、当該文書が挙証者の地位・権利ないし権限を直接証明し又は基礎づけるものであり、かつそのことを目的として作成されたものであることを要する。

(二)  しかるに、本件文書(1)は、届出不動産の適正な価格等を迅速かつ統一的に判断する目的で作成されたものであり、本件文書(2)は、愛媛県知事が届出不動産の適正な価格を審査する際の参考意見とする目的で、今治市長により作成されたものであって、いずれの文書も、結果的に、指導価格や勧告・不勧告価格の不適正を証明する資料となる可能性があるに留まり、申立人が本件基本事件で求めている損害賠償請求権を直接証明し、又は基礎付ける目的で作成されたものではない。

(三)  従って、本件文書(1)(2)は、民事訴訟法三一二条三号前段所定の利益文書には当たらない。

3  民事訴訟法三一二条三号後段該当性

(一)  法律関係に密接な関連のある事項を記載した文書

(1)  民事訴訟法三一二条三号後段所定の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係」につき作成された文書(法律関係文書)とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書だけではなく、その法律関係に関連のある事項を記載した文書でもよいと解されている。そして、右法律関係と文書との関連性については、その法律関係に密接な関連を有する事実を記載内容とする文書をいい、不法行為などの契約以外の法律関係も含むと解するのが相当である。

(2)  これを本件についてみるに、本件文書(1)は、相手方職員が申立人らに対し、本件土地の売買予定対価を減額するよう行政指導をした際、その前提となる本件土地の相当な価格等の調査・算定をするための資料であり、いずれも相手方職員が行った行政指導の適否を直接基礎付ける事実が記載された文書ということができるから、挙証者と文書の所持者との間の法律関係に密接な関連を有する事実が記載された文書と認められる。

(3)  しかし、本件文書(2)は、今治市長が本件土地の売買予定対価の適否等についての参考意見を記載したものに過ぎず、相手方職員が申立人らに対し本件土地の売買予定対価を減額するよう行政指導をした際、今治市長の意見も参考にはしたであろうが、右意見に拘束されて行政指導をしたものとは認められず、本件文書(2)の記載内容から、相手方職員が行った行政指導の適否が間接的に証明できる場合があるに過ぎない(即ち、例えば、今治市長が予定対価は適正との意見であったのに、相手方職員が予定対価が高いとして行政指導をしていた場合に、相手方職員の行政指導が違法であったことを裏付ける一間接事実となるに過ぎない)。従って、本件文書(2)は、挙証者と文書の所持者との間の法律関係に密接な関連を有する事実が記載された文書とは認められない。

(二)  内部文書

(1)  意義・内容

<1> 挙証者と文書の所持者との間の法律関係に密接な関連を有する事実が記載された文書であっても、右文書が専ら自己使用を目的として作成された内部文書であるときは、民事訴訟法三一二条三号後段所定の「法律関係ニ『付』」作成された文書とは認められず、文書提出命令の対象文書には当たらないと解するのが相当である。

<2> 即ち、右「内部文書」とは、作成者が外部に公表することを予定せずに、専ら備忘録又は職務上の便宜等のために任意に作成する文書であり、そのような文書には、秘密にわたる事項や個人的意見にわたる事項等が記載されることが多く、これが後に作成者の意に反して公表されることになれば、作成者が著しい不利益を被ることが予想されるので、民事訴訟法三一二条三号後段が、このような内部文書について、文書所持者が有する文書処分の自由を制約し、一定の不利益制裁(民事訴訟法三一六条・三一八条)を課してまで、強制的に提出することを命じているものとは解されない。

(3)  そして、国や地方公共団体は、法令・条例に基づき適正な職務を遂行すべく義務付けられているのであるから、行政文書が内部文書に当たるか否かは、それが法令・条例上作成を義務付けられているか否かにより判断するのが相当である。

(2)  本件文書(1)について

<1> 本件文書(1)は、相手方の担当職員が、届出地の売買予定対価につき勧告又は不勧告等の行政行為を行うに際し、限られた時間の中で、統一的基準により適正な価額の判断ができるように、価格算定の資料として作成・使用される文書であり、売買予定対価の適正確保を通じ、勧告又は不勧告通知等の行政行為の適正を図ることを目的とした文書ということができる。

<2> しかし、本件文書(1)は、売買予定対価の適正確保を目的としているとはいえ、法令・条例によりその作成が義務付けられているわけではない(国土庁土地局地価調査課長通達(昭和五〇年一月二〇日付け五〇国土地第四号)は、標準地比準方式により価格判定を行う場合には、同通達添付の土地価格比準表を原則として適用するものとしているが、法令上、標準地比準方式による価格の判定にあたり、相当価格の算出過程を記載した文書の作成を義務付けた規定は存しない。)から、現行法体系の下では、行政庁内部で行っている適正確保の手段として、行政庁が自己使用目的で作成している単なる内部文書であるといわざるを得ない。

(3)  本件文書(2)について

<1> 国土利用計画法によれば、同法所定の土地売買につき届出がなされた場合、市町村長が「意見」書を作成して都道府県知事に送付するものとされ(同法二三条四項、一五条二項)、国土庁計画・調整局長、国土庁土地局長通達(昭和四九年一二月二四日付け四九国計総第六六号、国土利第六一号>及び国土庁土地局土地利用調整課長通達(昭和五〇年一月二四日付け五〇国土利第一一号)により、市町村長は右「意見」を記載した文書として「進達書」を作成するものとされている。

従って、本件文書(2)は、その作成が法令上義務付けられているということができるから、いわゆる自己使用・内部文書にあたらないというべきである。

<2> この点、相手方は、本件文書(2)が、国の機関委任事務の処理に関し、市町村(今治市)長と都道府県(愛媛県)知事の間で使用されることが予定されているにとどまるから、内部文書にあたる旨主張する。

しかし、国の機関委任事務の処理に関し、市町村長が都道府県知事宛に送付するものとして作成される文書であっても、その作成が、行政庁内部の要請にとどまらず、法令により義務付けられている場合には、当該行政庁に文書作成・処分の自由が認められているわけではないから、その内容を公開することが法令に抵触しない限り、裁判を通じてその作成の有無、内容が明らかにされることは甘受すべきであって、当該文書を単なる自己使用・内部文書とみることはできないというべきである。

(三)  秘密文書

(1)  意義・内容

<1> 文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証言義務と同一の性格を有するものであるから、文書提出義務についても、民事訴訟法二七二条ないし二七四条、二八一条が類推適用されるものと解されている。

<2> 従って、職務上の秘密に当たる事項が文書に記載されている場合には、当該文書の所持者は文書提出を拒むことができるのであるが、右「職務上の秘密に当たる」ことを理由に当該文書の提出を拒むことができるのは、秘密の保護の必要性が訴訟における真実発見の必要性に優越する場合でなければならないと解するのが相当である。

<3> この点、相手方は、民事訴訟法二七二条が、職務上の秘密につき公務員を証人尋問する場合、当該公務員の監督官庁の承認を受ける必要がある旨規定していることから、本件においても、職務上の秘密に当たるかどうかの判断権は相手方に専属し、相手方が職務上の秘密に当たると判断し、その旨主張している以上、裁判所は右判断に拘束され、独自に職務上の秘密に当たるかどうかを判断することは許されない旨主張する。

<4> しかし、右規定は、公務員を証人として尋問する場合、その尋問事項に職務上の秘密が含まれているか否かは、第一次的には当該公務員の監督官庁が最も良く知るところであるから、裁判所は右監督官庁の意見を尊重し、その意見を踏まえて判断するのが相当であるとしたにとどまるというべきであって、職務上の秘密にあたるかどうかの判断につき、これを行政庁の専権として、裁判所の判断権を否定したものではないと解するのが相当である。

<5> 従って、本件において、文書の記載内容に職務上の秘密が含まれるかどうかにつき、裁判所が、相手方の意見を聞いた上で判断することは許されるというべきである。

(2)  本件文書(1)について

<1>本件文書(1)には、愛媛県知事が宅地見込地調査及び算定表により算出した本件土地所有権の相当な価額とともに、これをもとに、同知事が定めた許容限度率の範囲内で算定した、本件土地についての著しく適正を欠かない上限の価格が記載されており、文書提出命令を通じてこのような許容限度率の存在及び程度が一般の知るところとなれば、今後土地売買の届出を行おうとする者が、土地の所有権の相当な価額と見積もった金額に許容限度率分だけ上乗せした価格を売買予定対価として届け出るといった事態が予想され、相当な価格より割高な価格による取引が横行する事態になりかねず、国土利用計画法の適正かつ円滑な運用に支障をきたすおそれがある。

<2> そうなると、国土利用計画法の適正・円滑な運用に支障をきたし、ひいては地価の安定を図るという国土利用計画法制定の趣旨にも反し、著しく公益が侵害されるおそれがあるので、国土庁も全国の都道府県知事に対し、前記許容限度率を公開することは差し控えるべきであるとの指導を強く行っているところである。

<3> 従って、本件文書<1>の提出によって侵害されるおそれのある公益は重大であるということができる。

<4> これに対し、申立人としては、本件文書(1)(2)を書証として用いなくても、相手方が、基本事件の準備書面等により宅地見込地調査及び算定表の一般的記載事項及びこれによる相当価格の算定方式の詳細を明らかにしていることから、右算定方式等をもとに相手方職員が指導した価格の適否を立証することは可能である。

<5> このような事情を対比すると、本件文書(1)の提出によって侵害されるおそれのある公益上の秘密の保護の必要性は、同文書の提出によって実現される真実発見の必要性に優越するものというべく、本件文書(1)には、「職務上の秘密」に当たる事項が記載されていることが認められる。

(3)  本件文書(2)について

<1> 本件文書(2)は、愛媛県知事が定めた国土利用計画法に基づく届出に関する事務処理要領(昭和五三年四月一日施行)に従い作成されたものであり、その記載内容は別紙「進達書の記載事項」(編注、略)のとおりであるから、本件文書(2)についても、別紙「進達書の記載事項」<1>ないし<9>の事項が記載されているものと推測される。

<2> そして、別紙「進達書の記載事項」<2><5>の内容として、類似する過去の届出事例や周辺の取引事例(<2>)、届出地の利用目的に対する住民の意向(<5>)等を記載することとされており、これらの記載事項には、地域住民のプライバシーに関する情報が含まれていることから、このような情報を公開すれば、行政庁(愛媛県知事・今治市長)と地域住民(今治市民)との信頼関係を損ない、今後行政庁が国土利用計画法に基づく事務を遂行する上で支障が生ずるおそれがある。

<3> また、別紙「進達書の記載事項」<3>は、都市計画法、農業振興地域の整備に関する法律、森林法等の土地利用の規制をしている法律に照らして、届出地に係る土地の利用目的が支障のないものであるかどうかについての意見であり、それらの意見の中には、許認可権を有する当該市町村長の判断も記載されており、そのような判断が公開されれば、後日、正式に許認可等の申請がなされた場合に、当該市町村長の判断を著しく制約することになる。

<4> 更に、別紙「進達書の記載事項」<4>は、届出地周辺の将来計画として道路や学校等の施設の建設を予定している場合に、届出地の利用目的がそれらの公共施設又は公益的施設の整備の面で不適当なものではないかについての意見であり、意見の前提として、届出地周辺の将来の公共施設等の整備に関する青写真が記載される。また、別紙「進達書の記載事項」<9>は、市町村長が前述したような将来計画に照らして、届出地の買取が必要か否かを判断して記載するものである。

このような将来計画は、未だ確定していない計画策定過程上の情報であり、このような不確定・不確実な情報を公開すると、住民に対し不正確な理解や誤解を与えることになり、その結果、そのような誤解を基に土地の投機的な取引も起こりかねず、無用の混乱を生じ、公共施設等の整備に関する事務や、土地売買等の届出に関する事務の遂行に著しい支障が生ずるおそれがある。

<5> 更に、別紙「進達書の記載事項」<7>の内、地域環境の良否及び将来の地域発展の動向については、市町村長が五段階で評価するようになっており、また、届出地の最有効用途については、届出地を最も有効に利用し得る用途としてどのようなものが考えられるか、市町村長が判断することになっていて、これらの市町村長の評価・判断を公開すれば、前述のような問題が起こることが同様に予想され、その事務の遂行に著しい支障が生ずるおそれがある。

<6> 以上に加え、本件文書(2)が、原告の主張を間接的に基礎付ける可能性があるにとどまること(当裁判所の判断の3(一)(3)参照)を併せ考慮すると、本件文書(2)についても、その提出によって侵害されるおそれのある公益上の秘密の保護の必要性が、同文書の提出によって実現される真実発見の必要性に優越するものというべく、本件文書(2)にも「職務上の秘密」に当たる事項が記載されていることが認められる。

(四)  総括

以上の次第で、本件文書(1)は、法律関係に密接な関連のある事項を記載した文書ではあるが、いわゆる内部文書・秘密文書に該当し、また、本件文書(2)は、そもそも法律関係に密接な関連のある事項を記載した文書とはいえない上、いわゆる秘密文書にも該当することから、本件文書(1)(2)は、いずれも、民事訴訟法三一二条三号後段に基づき文書提出命令を発することができない文書である。

4  結論

よって、本件文書提出命令の申立ては、いずれも理由がないから却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 細井正弘 関口剛弘)

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