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松山地方裁判所 平成元年(行ウ)11号 判決 1994年11月18日

愛媛県東予市三津屋一五三番地二

原告

岩城昭芳

右訴訟代理人弁護士

東俊一

今川正章

愛媛県西条市神拝字新町甲五二の一七

被告

伊予西条税務署長 森下幹夫

右指定代理人

栗原洋三

東野昇

岡田武夫

吉本真敏

石丸邦彦

藤本義文

吉原幸昭

大西道臣

堤正人

宮井雅規

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

原告の昭和六〇年分、六一年分及び六二年分の各所得税につき、被告が原告に対して昭和六三年六月二二日付けでした、各更正処分並びに各過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告の確定申告、本件更正処分等

(一) 原告は、鮮魚店と仕出し店を経営する者であるところ、昭和六〇年、昭和六一年及び昭和六二年(以下「本件係争各年」という。)の各年分の所得税の確定申告書に、別表一ないし三(課税経緯表)の「確定申告」欄のとおり記載して、それぞれ法定申告期限までに申告した。

右確定申告において、原告が申告した総所得金額は、昭和六〇年分が一六二万五七三三円、昭和六一年分が一八一万三一四〇円、昭和六二年分が一七三万七四二〇円であった。

(二) 右各申告に対し、被告は、昭和六三年六月二二日付けで、別表一ないし三(課税経緯表)の「更正及び賦課決定」欄のとおり、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をし、更に昭和六三年六月二四日付けで、昭和六〇年分及び昭和六一年分の所得税に係る過少申告加算税額を、同表の「過少申告加算税額の変更決定」欄のとおり、変更決定により減額した(以下、以上の各処分を総称して「本件更正処分等」という。)。

被告が本件更正処分等において認定した総所得金額は、昭和六〇年分が一〇七九万七三三二円、昭和六一年分が一三六九万六七九三円、昭和六二年分が一二一五万五四八五円であった。

2  異議申立、審査請求、裁決

原告は、本件更正処分等を不服として、昭和六三年八月一九日付けで被告に対し異議申立てをしたところ、同年一一月一八日付けでいずれも棄却されたため、更に、昭和六三年一二月一七日付けで国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、平成元年九月一一日付けでいずれも棄却する旨の裁決を受け、同年九月一四日その裁決書謄本の送達を受けた。

3  争いのない課税項目等

原告の本件係争各年分の課税項目毎の金額について、原・被告双方の主張は別紙1(主張対照表)記載のとおりであり、仕出し部門の売上原価、標準外経費、専従者控除、一時所得の金額は当事者間には争いがない。

鮮魚部門の売上原価については、別紙1記載のとおり原・被告間に争いがあるが、その原因は、原告が別表八の項目<4>(岩城養魚からの仕入)を否認しているからであり、別表八の項目<1><2><3><5><6><8>記載の金額については、当事者間に争いがない。

二  被告の主張――本件更正処分等の根拠

1  推計課税の必要性

伊予西条税務署の国税調査官の伊芸良定(以下「伊芸係官」という。)は、原告の本件係争各年分の確定申告が、その事業規模に照らして不自然であると考え、昭和六三年五月一六日以降多数回にわたり原告店舗に臨場し、原告に対し、本件係争各年度の事業所得金額の計算の説明、及びその計算の基礎となるべき帳簿書類の提出を求めた。

しかるに、原告は、鮮魚部門については、売上げ・仕入れともに記帳はない旨答弁し、仕出し部門については、請求書控等の原始記録の一部を提出したのみで、売上金額や標準経費等の所得計算に必要な項目について、帳簿書類等の資料を提出せず、また、事業所得の申告額が正当であるとする具体的な根拠の説明もせず、税務調査に協力しなかった。

そのため、被告は、原告の本件係争各年分の事業所得の金額を、実額計算の方法で算定することはできないと判断し、原告の仕入先等に対する反面調査を行い、その結果をもとに、所得税法一五六条に規定する推計の方法により、原告の本件係争各年分の売上金額、標準経費の金額を算定したものであり、本件更正処分等について、推計課税の必要性が認められる。

2  推計課税の合理性

(一) 原告の仕出し部門について

(1) 売上金額の推計

原告の仕出し部門の本件係争各年分の売上金額は、その売上原価に類似同業者の平均差益率(後記(3))を適用して推計したものであり、次のとおりである。

<省略>

(2) 標準経費の推計

原告の仕出し部門の本件係争各年分の標準経費は、前記売上金額に類似同業者の平均標準経費率(後記(3))を適用して推計したものであり、次のとおりである。

<省略>

(3) 類似同業者の抽出基準の合理性

原告の仕出し部門の類似同業者の平均差益率は、別表四(料理仕出し業に係る類似同業者の差益率表)のとおりであり、平均標準経費率は、別表九(料理仕出し業に係る類似同業者の標準経費率表)のとおりである。

類似同業者の抽出基準は、次の<1>ないし<5>のとおりであり、その抽出過程に恣意的な点はなく、その内容は、基礎資料の正確性や、原告の仕出し部門についての事業の種類・場所・規模等に照らして、合理性があるといえる。

<1> 原告の納税地を所轄する伊予西条税務署及びこれと隣接する松山、今治、新居浜の各税務署管内において、仕出し業を営む個人又は法人であること。ただし、法人にあっては、事業年度の期間が一年で、かつ各年の九月末日から翌年の三月末日までに事業年度が終了するものであること。

<2> 個人にあっては、昭和六〇年分、昭和六一年分及び昭和六二年分、法人にあっては、昭和六〇年九月末日から昭和六一年三月末日までに終了する事業年度の開始の日以降、昭和六二年九月末日から昭和六三年三月末日までに終了する事業年度の終了に至るまでの期間を通じて、事業を継続していること。

<3> 前記<2>の各年分又は各事業年度を通じて、青色申告書を提出していること。

<4> 前記<2>の各年分又は各事業年度の売上原価の額が、五〇〇万円から一五〇〇万円までの範囲内のものであること。

<5> 前記<2>の各年分又は各事業年度を通じて、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。

(二) 原告の鮮魚部門について

(1) 売上原価の推計

原告の鮮魚部門の本件係争各年分の売上原価は、別表八の「仕入金額」欄記載の各金額であり、昭和六〇年分が五三四〇万三五八八円、昭和六一年分が五四二七万八九五三円、昭和六二年分が五〇〇四万一一二四円である。

別表八の項目<4>(岩城養魚からの仕入)は、原告が本訴で提出した甲第三号証(鮮魚部門の収支台帳)に基づき、次の方法により算出した仕入構成比率を適用して推計したものである。

<1> 秋山魚市場株式会社、河原津漁業協同組合及び徳永豊からの昭和六〇年ないし昭和六二年の仕入金額の合計は、次のとおりである。

イ 昭和六〇年 五五七一万六四一二円

ロ 昭和六一年 五八七一万五八〇八円

ハ 昭和六二年 五三二一万八九三〇円

<2> そして、秋山魚市場株式会社、河原津漁業協同組合及び徳永豊からの平成元年の仕入金額は五二一七万三七九五円であり、岩城養魚からの同年の仕入金額は二六八万二三一〇円であるから、岩城養魚からの仕入の割合は、五・一四パーセント(268万2310円÷5217万3795円=0・0514)となる。

<3> 従って、昭和六〇年ないし昭和六二年の岩城養魚からの仕入金額を推計すると、前記<1>の本件係争各年の仕入金額合計に、五・一四パーセントを乗じた次の金額となる。

イ 昭和六〇年 二八六万三八二三円

ロ 昭和六一年 三〇一万七九九二円

ハ 昭和六二年 二七三万五四五三円

(2) 売上金額、標準経費――第一次的推計

原告の鮮魚部門は業種上鮮魚小売業に当たるので、原告の鮮魚部門の本件係争各年分の売上金額・標準経費の額は、次の<3>の類似同業者(以下「第一次鮮魚同業者」という。)の平均差益率・平均標準経費率に基づき、次のとおり推計するのが合理的である。

<1> 売上金額の推計

原告の鮮魚部門の売上金額は、前記(1)の売上原価に第一次鮮魚同業者の平均差益率を適用して推計したものであり、次のとおりである。

<省略>

<2> 標準経費の推計

原告の鮮魚部門の売上金額は、前記<1>の売上金額に第一次鮮魚同業者の平均標準経費率を適用して推計したものであり、次のとおりである。

<省略>

<3> 類似同業者の抽出基準の合理性

第一次鮮魚同業者の平均差益率の算出結果は、別表五(鮮魚小売業に係る類似同業者の差益率表)のとおりであり、標準経費率の算出結果は、別表一〇「鮮魚小売業に係る類似同業者の標準経費率表」のとおりである。

第一次鮮魚同業者の抽出基準は、次の(a)ないし(e)のとおりであり、その抽出過程に恣意的な点はなく、その内容は、基礎資料の正確性や、原告の鮮魚部門の事業の種類・場所・規模等に照らして、合理的といえる。

(a) 原告の納税地を所轄する伊予西条税務署及びこれと隣接する松山、今治、新居浜の各税務署管内において、鮮魚小売業を営む個人又は法人であること。ただし、法人にあっては、事業年度の期間が一年で、かつ各年の九月末日から翌年の三月末日までに事業年度が終了するものであること。

(b) 個人にあっては、昭和六〇年分、昭和六一年分及び昭和六二年分、法人にあっては、昭和六〇年九月末日から昭和六一年三月末日までに終了する事業年度の開始の日以降、昭和六二年九月末日から昭和六三年三月末日までに終了する事業年度の終了に至るまでの期間を通じて、事業を継続していること。

(c) 前記(b)の各年分又は各事業年度を通じて、青色申告書を提出していること。

(d) 前記(b)の各年分又は各事業年度の売上原価の額が、三五〇〇万円から七五〇〇万円までの範囲内のものであること。

(e) 前記(b)の各年分又は各事業年度を通じて、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。

(3) 売上金額、標準経費――第二次的推計

仮に、原告が主張するように、原告の鮮魚部門には、一般消費者に対する売上が殆どなく、料理店・飲食店への売上が主体であるとした場合、原告の鮮魚部門の本件係争各年分の売上金額・標準経費の額は、次の<3>の類似同業者(以下「第二次鮮魚同業者」という。)の平均差益率・平均標準経費率に基づき、以下のとおり推計するのが合理的である。

<1> 売上金額の推計

原告の鮮魚部門の売上金額は、前記(1)の売上原価に第二次鮮魚同業者の平均差益率を適用して推計したものであり、次のとおりである。

<省略>

<2> 標準経費の推計

原告の鮮魚部門の標準経費は、前記<1>の売上金額に、第二次鮮魚同業者の平均標準経費率を適用して算出すると、次のとおりである。

<省略>

<3> 類似同業者の抽出基準の合理性

第二次鮮魚同業者の平均差益率及び標準経費率の算出結果は、別表一一(鮮魚販売に係る類似同業者の差益率及び標準経費率表)のとおりである。

第二次鮮魚同業者の抽出基準は次のとおりであり、その抽出過程に恣意的な点はなく、その内容は、基礎資料の正確性や、原告の鮮魚部門の事業の種類・場所・規模等に照らして、合理性があるといえる。

(a) 高松国税局管内で鮮魚販売業を営む個人又は法人で、事業所得者(鮮魚販売を行う業者のほか、料理旅館、ホテル、結婚式場、寿司、小料理、給食等を営む業者)に対する鮮魚の売上がある者。

(b) 個人については平成四年分。法人については、平成四年四月一日から平成五年三月末日までに終了する事業年度で、年一回決算のもの。

(c) 前記(b)の各年分又は各事業年度を通じて事業を継続しており、青色申告者であること。

(d) 前記(b)の各年分又は各事業年度について係属中の不服申立又は訴訟のないこと。

(e) 前記(b)の各年分又は各事業年度の仕入金額が、三五〇〇万円から七〇〇〇万円まであること。

(f) 事業所得者に対する鮮魚の売上金額が、全体の売上金額の七五パーセント以上を占める者。

(三) 本件各係争年分の原告の総所得金額

以上によると、原告の本件係争各年分の売上金額(仕出し部門・鮮魚部門)、売上原価(鮮魚部門のみ)、標準経費(仕出し部門・鮮魚部門)は、別紙1(主張対照表)の被告の主張欄記載の金額となる。

そして、原告の本件係争各年分の売上原価(仕出し部門のみ)、標準外経費、専従者控除、一時所得の金額が別紙1記載のとおりであることは、原告も認めている。

そうすると、原告の本件係争各年分の総所得金額は、別紙1の(注2)記載の計算式により算出した、別紙1の被告主張欄に記載されている総所得金額となる。

3  本件更正処分等の適法性

以上の次第で、被告が本件更正処分等で認定した原告の総所得金額は、別紙1の被告主張欄に記載されている総所得金額の範囲内であり、推計課税の必要性・合理性ともに認められ、本件更正処分は適法である。

三  原告の主張――本件更正処分等の違法事由

1  調査手続の適法性、推計課税の必要性の欠如

本件更正処分等に至る税務調査の手続・過程は、次のとおり適法であり、推計課税の必要性を欠如しているから、本件更正処分等は取り消されるべきである。

(一) 税務調査の事前通知、調査理由の開示なし

伊芸係官は、事前に通知することなく原告店舗に臨場し、原告に対し、税務調査を必要とする理由について具体的な説明をせずに、本件税務調査を始めた。

(二) 許容された限度を超える税務調査

伊芸係官は、税務調査の当初から、原告の息子夫婦の寝室がある二階へ上がろうとしており、税務調査として許容された限度を超える違法な税務調査をした。

(三) 強引な反面調査、本件更正処分等

原告が本件係争各年分の残存資料をすべて提出し、営業状況や営業形態を説明して、税務調査に協力する態度を示していたにもかかわらず、伊芸係官は、いきなり反面調査を行った上、同業者比率に基づく推計の方法で算出した所得金額を提示するのみで、十分な計算内容の説明をせず、修正申告をするか更正処分を受けるかの選択を強く迫り、原告の主張を聞き入れなかった。

反面調査は、原告と取引のあった米屋と酒屋に対して行われたが、売上を見せなければ帰らないという強引な調査であった。

原告側が昭和六三年六月八日伊芸係官に対し、新たに仕切書が見つかったので、原告の売上についてもう一度説明したいと電話連絡したのに、伊芸係官は今頃見つかっても遅いと拒絶し、被告は同年六月二二日本件更正処分等をした。

(四) 民商の立会拒否

周桑民主商工会(以下「民商」という。)の事務局員が本件税務調査に立ち会って、伊芸係官に対し原告の営業実態の説明を加えていた。

ところが、伊芸係官は、強引な反面調査に基づく推計を行った昭和六三年六月六日以降は、民商の立会いを拒否し、「民商抜きなら、更正処分をしないで話し合いをしてもよい。」「民商が来たら帰る。」などともちかけ、原告がそれに応じないとみるや報復的な本件更正処分等を行った。

このようにして、被告は、原告の民商立会いを求める権利を侵害した。

(五) 推計の基礎資料の誤認

伊芸係官は、原告に対する税務調査に際し、原告の仕出し部門の売上金額を記載した仕切書を、仕出し部門における鮮魚の仕入金額と誤認して、仕出し部門と鮮魚部門の仕入構成比率を計算しており、本件更正処分等は、このような基礎資料の誤認に由来するものであり、その後の被告の新たな推計は、誤った更正処分等を正当化し、差益率を操作するための辻褄合わせでしかない。

2  推計課税の合理性の欠如

(一) 類似同業者の抽出基準の不合理性

被告による類似同業者の抽出基準・抽出方法は、以下のとおり合理性に欠けている。

(1) 原告の事業全体の特殊性が考慮されていない。

原告は、個人として仕出し部門と鮮魚部門の両方を統括して事業しているのであるから、これらのうちいずれか一つを別個独立に事業している業者とは、明らかに事業形態を異にしている。

(2) 原告の仕出し部門の特殊性が考慮されていない。

原告の仕出し店は、店内にカウンター設備等がなく、予約注文を受けた客以外は扱っていないので、売上単価が一般の仕出し店よりも安く、差益率が低い。

(3) 原告の鮮魚部門は、類似同業者とは業態が異なる。

<1> 第一次的推計について

原告の鮮魚店は、一般小売がほとんどなく、料理店や飲食店などの事業所得者に対する卸売が、売上金額全体の約七五パーセントを占めており、しかも行商人のために代わりに仕入れているだけの分があるため、その業種・業態は、鮮魚小売業ではなく、鮮魚卸売業(一般に卸売は小売りより差益率が低い。)に当たるというべきところ、第一次的推計は、類似同業者として鮮魚小売業者一般を抽出したものであるから、合理性がない。

被告が類似同業者と主張する別表五記載の伊予西条Bは、原告が調査したところ、小松センター養魚部というスーパー内の鮮魚の一般小売専門の業者であり、一般経費のなかでも広告宣伝費や消耗品費が異常に高額で、かなり特殊な業者であることが判明した。

伊予西条Bは、スーパーにテナント料を支払ったり、鮮魚を全てパックに詰めて小売するなど、原告の鮮魚部門とは全く異なる業態の鮮魚小売業者であり、原告に比べ経費が高くつく分だけ、差益率も高くなっている。

<2> 第二次的推計について

被告が抽出した第二次鮮魚同業者は、その売上先が寿司屋や料理店だけでなく、ホテルや結婚式場等も含まれており、鮮魚に一定の加工(刺身・切り身・三枚おろし等)を加えて納入する業者が、選定されている可能性が強い。

しかし、原告は、早朝市場で仕入れた鮮魚をその日のうちに、とろ箱で近所の寿司屋や料理店に卸すだけであるため、付加価値をつけて販売する業者とは業態を異にしている。

被告が抽出した第二次鮮魚同業者の差益率・標準経費率は、平成四年分に係るものであり、本件係争各年からは約六年ないし八年も経過しており、調査の対象とされた年度が遅い。

(4) 標準外経費が考慮されていない。

一般に、差益率は経費の多寡によって大きく影響されるものであり、経費が嵩む場合は、差益率を高くしてバランスをとらなければ経営が成り立たない反面、経費が少なくて済む場合は、差益率が低くても十分経営が成り立つから、類似同業者というためには、売上原価の規模が同程度というだけでは足りず、経費率が同程度でなければならない。

ところが、高松国税局長は乙第一四号証の通達により、類似同業者の経費のうち標準経費のみを照会して報告を求め、給料賃金、借入金利子、地代・家賃、建物減価償却費といった標準外経費については報告を求めず、故意に隠ぺいしていることからして、原告とは異なった立地条件・業態で、経費率の高い業者が選定されている可能性が高く、このような業者の差益率を同業者率とすることは不合理である。

(5) 被告の類似同業者の抽出基準には、法人と個人とを区別しておらず、明らかに不合理である。

(6) 被告による類似同業者の抽出基準には、事業所の近接性(立地条件の同一性)が担保されていない。

被告が抽出した類似同業者は、全員が高松税務署、松山税務署、徳島税務署、高知税務署、伊予西条税務署管内の業者であり(別表四・五、同九ないし一一参照)、いずれも大都市で営業している業者ばかりである。

ところが、原告の営業店舗は愛媛県東予市三津屋にあり、前記高松税務署管内以下の商圏とは比較にならない程小さな商圏に立地しており、東予市で営業する業者でなければ、立地条件の同一性が担保されない。

(7) 類似同業者の住所・氏名を開示していない。

被告が別表四・五、同九ないし一一で主張する類似同業者は、全て業者名が伏せられた資料しか提出されていないため、類似同業者の住所・氏名が不明であり、類似同業者の抽出方法の無作為性や資料の正確性、立地条件の類似性等の確認のしようがない。

(8) 類似同業者の同業者率の内容が信用できない。

<1> 被告は、異議決定及び裁決で採用されていた仕出し部門及び鮮魚部門(第一次的推計)の同業者各三名のうち、本訴では、いずれも差益率の最も高い一業者のみ採用し、差益率の低い二業者を外して、その代わり差益率の高い同業者を新たに抽出している。そのため、各部門の平均差益率が、異議決定及び裁決のときより高くなっている。

<2> 被告の選定した別表九の「伊予西条C」は、異議決定で採用の「同業者B」と売上金額及び差益金額が同じであり、同一業者と思われるが、標準経費の額が異なっている。

また、被告の選定した別表一〇の「松山B」は、異議決定で採用の「同業者F」と売上金額及び差益金額が同じであり、同一業者と思われるが、標準経費の額が異なっている。

(9) 被告が仕出し部門で主張している類似同業者は僅か二業者であり、類似同業者として選定した業者の数が少なく、全く合理性がない。

(二) 鮮魚部門の売上原価の誤り

被告は、鮮魚部門の売上原価を基礎に、類似同業者の平均差益率を適用して売上金額を推計し、この売上金額に平均標準経費率を適用して標準経費を推計して、原告の事業所得金額を算出している。

ところが、被告の推計の基礎となっている売上原価に誤りがある。即ち、被告は、原告と岩城養魚との間には、本件係争各年にも取引があったことを前提として、原告の売上原価を算出しているが、原告が岩城養魚と取引を始めたのは昭和六三年からであり、本件係争各年は取引がなかった。

従って、本件係争各年の鮮魚部門の売上原価は、別表八記載の仕入金額(被告主張の売上原価)から、別表八の<4>記載の岩城養魚からの仕入金額を控除した金額であり、昭和六〇年分は五〇五三万九七六五円、昭和六一年分は五一二六万〇九六一円、昭和六二年分は四七三〇万五六七一円である(別紙1の原告主張の「鮮魚部門の売上原価」欄参照)。

3  より合理的な推計方法(本人率)の存在

(一) 原告本人の平均差益率・標準経費率について

原告は、その事業の営業実態及び収支の実額を正確に把握するため、本件係争各年後である昭和六三年五月から完全な帳簿書類の記帳を始めた。右帳簿書類をもとに、仕出し部門(昭和六三年五月分から平成元年三月分まで)、鮮魚部門(昭和六三年七月分から平成元年三月分まで)の売上金額、売上原価、標準経費を算定し、原告本人の差益率・標準経費率を計算すると、以下のとおりである。

(1) 仕出し部門の平均差益率と標準経費率

<1> 原告の昭和六三年五月から平成元年三月までの売上金額は二〇八〇万八三〇〇円であり、売上原価は一二六一万一二三〇円であって、平均差益率は三九・三九パーセントである。

<2> 原告の昭和六三年五月から平成元年三月までの売上金額は二〇八〇万八三〇〇円であり、標準経費は二七六万四九二七円であって、標準経費率は一三・二九パーセントである。

(2) 鮮魚部門の平均差益率と標準経費率

<1> 原告の昭和六三年七月から平成元年三月までの売上金額は四四〇三万一七六二円であり、売上原価は三六七二万七九八二円であって、平均差益率は一六・五九パーセントである。

<2> 原告の昭和六三年七月から平成元年三月までの売上金額は四四〇三万一七六二円であり、標準経費は一二三万〇一三六円であって、標準経費率は二・八〇パーセントである。

(二) 原告の仕出し部門について

(1) 売上金額の推計

仕出し部門の本件係争各年分の売上金額は、その売上原価に原告本人の平均差益率(前記(一)(1)<1>)を適用して推計したものであり、次のとおりである。

<省略>

(2) 標準経費の推計

仕出し部門の本件係争各年分の標準経費は、前記売上金額に原告本人の標準経費率(前記(一)(1)<2>)を適用して推計したものであり、次のとおりである。

<省略>

(三) 原告の鮮魚部門について

(1) 売上原価

鮮魚部門の本件係争各年分の売上原価は、別表八記載の仕入金額から<4>の岩城養魚からの仕入金額を控除した額であり、昭和六〇年が五〇五三万九七六五円、昭和六一年が五一二六万〇九六一円、昭和六二年が四七三〇万五六七一円である。

(2) 売上金額の推計

鮮魚部門の本件係争各年分の売上金額は、前記売上原価に原告本人の平均差益率(前記(一)(2)<1>)を適用して推計したものであり、次のとおりである。

<省略>

(3) 標準経費の推計

鮮魚部門の本件係争各年分の標準経費は、前記売上金額に原告本人の標準経費率(前記(一)(2)<2>)を適用して推計したものであり、次のとおりである。

<省略>

(四) 原告の本件係争各年分の総所得金額

以上によると、原告の本件係争各年分の売上金額(仕出し部門・鮮魚部門)、売上原価(鮮魚部門のみ)、標準経費(仕出し部門・鮮魚部門)は、別紙1(主張対照表)の原告主張欄記載の金額となる。

そして、原告の本件係争各年分の売上原価(仕出し部門のみ)、標準外経費、専従者控除、一時所得の金額が別紙1記載のとおりであることは、被告も認めている。

そうすると、原告の本件係争各年分の総所得金額は、別紙1の(注2)記載の計算式により算出した、別紙1の原告主張欄に記載されている総所得金額となる。

4  本件更正処分等の違法性

以上の次第で、本件更正処分等は、次のいずれの点からも適法であり、取消を免れない。

(一) 本件更正処分等の前提となった税務調査手続が違法であり、推計課税の必要性も認められない。

(二) 被告主張の推計課税(同業者率)は、推計方法が不合理である。

(三) より合理的な推計方法(本人率)が存在する。本人率による推計方法によると、原告の本件係争各年分の総所得金額は、別紙1の原告主張欄記載の金額であり、被告が本件更正処分等で認定した金額を遙かに下回る金額である。

四  被告の反論

1  基礎資料の誤認の主張について

原告は、被告が、仕出し部門における売上金額を記載した仕切書を、仕出し部門における鮮魚の仕入金額を記載したものと誤認して、本件更正処分等をしたと主張するが、被告はそのような誤認をしていない。

そもそも、被告は本訴において、仕出し部門の売上金額を売上原価から推計して計算しており、右仕切書を使用していないから、原告の主張は失当である。

2  被告の推計課税の合理性について

(一) 第一次的推計について

原告は、原告の鮮魚部門の実態が鮮魚卸売業であると主張するが、もともと、原告の事業所得者に対する売上の割合が約七五パーセントあるとする原告の主張自体、これを裏付ける客観的資料がなく、かえって、一般消費者に対する鮮魚の売上が、右割合以上存在する可能性が高い。

(二) 第二次的推計について

被告は、第二次鮮魚同業者の平成四年度分の売上金額・売上原価・標準経費をもとに、原告の本件係争各年分の差益率・標準経費率を算定しているが、これは、第二次鮮魚同業者において、平成四年度より前の年度の帳簿資料が保存されていないためであり、本件係争各年分と平成四年度の間で特に差益率や標準経費率が大きく異なることはないから、右年度の違いによって、第二次的推計の合理性が左右されることはない。

3  原告本人の差益率、標準経費率による推計について

(一) 主張自体失当ないし信義則違反

納税者が課税庁の行った推計課税の合理性を否定するには、更正処分当時、客観的に存在した事実・資料に基づいた計算によることが必要であるから、本件係争各年より後の帳簿書類に基づく原告の主張は失当であり、そうでなくとも、課税事務に著しい支障をきたすものとして、信義則に反し許されない。

(二) 推計の基礎資料の信用性の欠如

原告による推計は、本件更正処分後の記帳に基づくものであることから、もともとその信用性に問題がある上、具体的にみても、料理仕出し店や鮮魚店における売上金額や仕入金額について、その算定の基礎となった帳簿書類に不自然な点が多く、売上げの計上漏れ等、実額に合致していない可能性が高いから、信用できない。

五  争点

1  税務調査手続の違法性、推計課税の必要性の有無

2  推計課税の合理性の有無

(一) 仕出し部門について

推計による売上金額、標準経費額は幾らか。換言すれば、被告主張の類似同業者の抽出基準、抽出方法には合理性が認められるか。

(二) 鮮魚部門について

(1) 鮮魚部門の売上原価は幾らか。換言すれば、岩城養魚からの仕入が認められるか。認められるのなら、その金額は幾らか。

(2) 推計による売上金額、標準経費額は幾らか。換言すれば、被告主張の類似同業者(第一次鮮魚同業者・第二次鮮魚同業者)の抽出基準、抽出方法には合理性が認められるか。

3  被告による推計と原告による推計の合理性の優劣

(一) 原告による推計の主張の可否(主張自体失当若しくは信義則違反か)。

(二) 原告による推計の基礎資料の正確性の有無。

第三争点に対する判断

一  争点1(調査手続の違法性、推計課税の必要性)について

1  本件更正処分等に至る経緯について

証拠(乙四・五の各1、六、証人伊芸良定、同岩城美由紀〔一部〕、同岩城勝〔一部〕)によると、次の事実が認められる。

(一) 伊予西条税務署の統括国税調査官は、原告の本件係争各年分の確定申告について、事業規模に比べて所得金額は少なく、確定申告書には端数まで所得金額が記載されているのに、収入金額も必要経費も記載されていないことなどから、その申告内容に疑問を感じ、部下の伊芸係官に対し原告の税務調査を指示した。

(二) そこで、伊芸係官は、昭和六三年五月一六日原告の鮮魚店に臨場したが、原告が風邪で寝込んでいたため原告に会えず、原告の妻岩城トヨ子から、事業概況や取引先、記帳状況などの説明を受けたが、帳簿は記帳していないとのことであり、近所で原告の次男岩城勝、同妻岩城美由紀が仕出し店を担当していることを聴取した。

伊芸係官は、同日引き続いて原告の仕出し店に臨場し、岩城勝及び岩城美由紀から、原告の仕出し部門について、事業の概要や記帳状況・給料の額等の事情聴取をしたところ、予約簿・料理飲食税の徴収簿・売上に関する請求書があるとのことであったので、昭和六三年五月一八日に再び調査に訪れるから、右書類を整理しておくように言って帰署した。

(三) 伊芸係官は、昭和六三年五月一八日原告鮮魚店に臨場したが、対応した原告夫婦及び民商の河原副会長、安藤事務局長、植木某との間で、税務調査の理由について、一時間余り押し問答となった。

伊芸係官が原告らに対し、「事業規模に比べて申告金額が低いため調査にきた。」旨伝えたが、原告らは右回答だけでは納得しなかったため、伊芸係官は、当日はこれ以上税務調査を実施することが困難であると判断し、原告らに対し、昭和六三年五月二五日に再度調査に訪れると伝えて帰署した。

右問答の過程で、伊芸係官は、職務上知りえた取引先の秘密保護、守秘義務の観点から、民商役員らの退席を求めたが、河原副会長や安藤事務局長らはこれに応じなかった。

(四) 伊芸係官は、昭和六三年五月二五日及び二七日原告鮮魚店において、原告夫婦、岩城美由紀、安藤事務局長立会いの上で、所得金額の計算方法について質問し、原告らから回答を得たが、その回答では計算の根拠が不明で、概算によるものであった。

次に、伊芸係官は、本件係争各年分の帳簿書類の記録及び保存状況について聴取したところ、原告らは、帳簿の備付け・記録・保存をしていないとのことであり、鮮魚部門については、仕入に係る市場の証明書、預金通帳及び仕出し部門への売上に係る仕切書だけを提示し、仕出し部門については、売上に係る請求書の控え、予約簿、料理飲食税の徴収簿を提示した。

伊芸係官がそれらを確認したところ、仕切書は本件係争各年分がなく、請求書の控えは、昭和六〇年及び昭和六一年分は一部存在しない分があり、昭和六二年分は全部欠落しており、予約簿は昭和六三年四月からのものしかなく、料理飲食税の徴収簿は、客から税金を徴収せず安く提供しているため、売上の全部を記帳していないとのことであった。

(五) 伊芸係官は、原告らから提示のあった帳簿書類だけでは、原告の事業所得の確定申告額が正しいか否かを確認することができず、原告の事業所得を確認するためには、反面調査をしなければならないと判断した。

そこで、伊芸係官は、原告の仕入先に対する反面調査を実施するなどして、仕入金額(売上原価)を把握し、売上原価に同業者の差益率を乗じて売上金額を算出し、売上金額に同業者の標準経費率を乗じて標準経費を算出し、原告らから聴取した内容や書類に基づき標準外経費の実額を算出して、原告の本件係争各年分の事業所得金額を推計した。

(六) 伊芸係官は、昭和六三年六月六日原告の鮮魚店に臨場し、原告夫婦、岩城美由紀らに対し、被告が現時点までに調査したところにより、原告の本件係争各年分の収入金額、所得金額及びその計算過程について分かりやすく説明し、修正申告を慫慂した。

すると、原告は、修正申告するつもりだが、暫く考えさせてくれと答え、安藤事務局長は、推計に基づく所得金額は高すぎて話にならないので、今日は帰ってもらいたいと答えた。伊芸係官は、原告が暫く考えさせてほしいということだったので、その結果を昭和六三年六月八日までに税務署の方に連絡してほしい旨伝えて、帰署した。その際、伊芸係官は、修正申告に応じない場合には、更正処分をすることもやむを得ないと伝えた。

(七) 伊芸係官は、昭和六三年六月八日岩城美由紀からの電話により、仕出し部門の仕入に関する仕切書が見つかり、それにより所得税の計算をしたところ、被告が提示した金額にはならない旨の連絡を受けた。

そこで、伊芸係官は、右電話連絡の事実を確認するため、昭和六三年六月九日の朝原告鮮魚店に臨場し、岩城トヨ子に対し右仕切書の提示を求めた。しかし、岩城トヨ子は、今は仕切書を民商に持って行っており、手元にはないと言って、右仕切書の提示を拒絶した。

更に、岩城勝が伊芸係官に対し、仕出し部門の売上に係る領収書の控えもあったと告げたので、伊芸係官が岩城勝に右領収書の控えの提示を求めたところ、岩城勝は、領収書の控えも民商の所に持って行っており、今は手元にないと言って、その提示を拒んだ。

そのため、伊芸係官は、同日午後に再度原告の鮮魚店に臨場し、右各書類の確認をしようとしたが、原告らから今日は忙しいからと言われて、再度右各書類の提示を拒まれた。そこで、伊芸係官は、原告側から税務署に連絡してくれたら、右各書類の確認のために再度原告方に伺うので、必ず連絡してほしいと言って、帰署した。

(八) 伊芸係官が、更に昭和六三年六月一三日原告鮮魚店に臨場し、仕切書及び領収証の控えを確認しようとしたところ、岩城トヨ子が民商の役員ら三名を電話で呼び寄せ、その上で、岩城勝が伊芸係官に対し、「あんたみたいな信用のできん者に見せたら、どんなことをするか分からん。」「恐ろしいから見せん。」「とにかく計算できたら持って行く。」「仕事の休みのときしか計算できへんし、いつになるか分からん。」などと発言し、原告らが右各書類の提示を拒んだため、伊芸係官は結局、仕切書及び領収証の控えを確認ができないまま帰署した。

伊芸係官は、その後も昭和六三年六月二二日まで、原告側からの連絡を待ったが、原告側からは何の連絡もなかった。そこで、被告は、以上のような事情を踏まえて、同日付で本件更正処分等を行った。

2  考察

(一) 税務調査日時の事前通知、調査理由の開示について

原告は、伊芸係官が、事前に通知することなく原告店舗に臨場し、原告に対し、税務調査を必要とする理由について、具体的な説明をせずに、本件税務調査を始めたと主張して、本件税務調査は違法であるという。

しかし、税務署職員が税務調査を行うに際し、税務調査の相手方である納税義務者に対し、税務調査を実施する日時・場所を事前に通知することや、税務調査を必要とする理由について、個別具体的に説明しなければならないことを、法律上義務付けられているものではなく(最高裁昭和四八年七月一〇日決定・刑集二七巻七号一二〇五頁)、原告に対する税務調査の際に、伊芸係官が原告に対し、税務調査の日時・場所を事前に通知せず、調査理由やその必要性を告知しなかったとしても、本件税務調査が違法とは認められない。

のみならず、前記認定によると、伊芸係官は、昭和六三年五月一八日原告鮮魚店に臨場した際、応対した原告夫婦及び民商の河原副会長、安藤事務局長、植木某に対し、「事業規模に比べて申告金額が低いため調査にきた。」旨伝えており、現実に税務調査理由の告知までしている。

原告の前記主張は理由がない。

(二) 限度を越える税務調査について

原告は、伊芸係官は税務調査の当初から、原告息子夫婦の寝室がある二階へ上がろうとしたと主張して、本件税務調査は許容された限度を越えるものであり、違法であるという。

しかし、証人伊芸良定の証言によると、伊芸係官は、昭和六三年五月一六日原告の仕出し店に臨場した際、仕出し部門の事業形態や事業規模を確認したいと思って、岩城美由紀に対し二階に上がりたいと言ったが、岩城美由紀から、二階は自分達夫婦の居住用に使用していると言われたため、調査の必要がないと判断して、二階に上がることを止めていることが認められる。

従って、伊芸係官の税務調査の方法には、原告主張のような違法はなく、原告の前記主張も理由がない。

(三) 強引な反面調査、本件更正処分等について

原告は、原告が本件係争各年分の資料を全て提出し、税務調査に協力する態度を示していたにもかかわらず、伊芸係官がいきなり反面調査を行い、原告に対し、推計で算出した所得金額を提示して、修正申告をするか更正処分を受けるかの選択を強く迫り、原告の主張を聞き入れずに、本件更正処分等を行ったと主張する。

しかし、前記認定によると、伊芸係官が昭和六三年五月一六日以降度々原告方へ臨場して、原告らに対し税務調査の協力を依頼したにもかかわらず、原告らはこれを拒否するか、不十分な協力しかしなかったのであり、原告ら提出に係る資料も一部に過ぎなかった上、その提出された資料の正確性、信用性にも問題があったことから、原告の所得金額は、反面調査に基づく推計によらなければ、算出することができなかったのである。

しかも、伊芸係官は、昭和六三年六月六日原告方へ臨場して、原告らに対し、推計で算出した所得金額を提示し、その計算過程についても分かりやすく説明したところ、原告側から更に追加資料の存在を指摘されたため、その確認のため追加資料の提示を何度も求めたが、原告側が提示を拒絶したため、被告は昭和六三年六月二二日、止むなく本件更正処分等を行ったのである。

以上の次第で、伊芸係官が反面調査を行ったこと、被告がこれに基づき推計により原告の所得金額を算出し、本件更正処分等をしたことに関し、何ら違法な点はない。

(四) 民商立会拒否について

原告は、伊芸係官が昭和六三年六月六日以降民商の立会いを拒否し、「民商抜きなら、更正処分をしないで話し合いをしてもよい。」「民商が来たら帰る。」などともちかけ、原告がそれに応じないとみるや報復的な本件更正処分等を行ったと主張する。

しかし、そもそも、税務調査の範囲・程度・時期・場所等、その方法について実定法上特段の定めのない実施の細目については、税務調査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限界にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられているものであり(最高裁昭和四八年七月一〇日決定・刑集二七巻七号一二〇五頁)、税務調査に当たって、第三者の立会いを拒否しうるかどうかも、税務職員の合理的な裁量に委ねられているものである。

これを本件について見るに、前記認定によると、伊芸係官は、民商役員らの立会いを拒否しようとしたのは、本件税務調査の初期である昭和六三年五月一八日のみであり、伊芸係官は、職務上知りえた取引先の秘密保護・守秘義務の観点から、民商役員らの退席を求めたが、民商役員らはこれに応じなかったのであって、伊芸係官が税務調査に当たって、民商役員らの立会いを拒否しようとしたことは、税務職員の合理的な裁量の範囲内のことであり、何ら違法なことではない。

そして、昭和六三年五月二五日以降の税務調査においては、民商役員らも税務調査に立会い、所得計算等についての意見を述べているのであり、伊芸係官は、民商役員らが税務調査に立ち会うことを、事実上黙認していたものである。

しかも、証人伊芸良定の証言によると、伊芸係官が原告に対し、「民商抜きなら、更正処分をしないで話し合いをしてもよい。」「民商が来たら帰る。」などと、もちかけた事実がないことが認められ、前記1の認定からも、そのようなことをもちかけた事実がないことが裏付けられる。

以上の次第で、原告の前記主張事実は認められず、伊芸良定が税務調査初期の段階で、民商役員の立会いを拒否しようとしたことはあったが、何ら違法なものではない。

(五) 推計の基礎資料の誤認

原告は、伊芸係官が原告に対する税務調査に際し、原告の仕出し部門の売上金額を記載した仕切書を、仕出し部門における鮮魚の仕入金額と誤認して、仕出し部門と鮮魚部門の仕入構成比率を計算しており、本件更正処分等は、このような基礎資料の誤認に由来するものであり、本件更正処分等の取消事由に該当すると主張する。

しかし、被告は、本訴においては、原告が平成元年五月一五日に高松国税不服審判所に提出した反論書(乙二八)に基づき、原告の昭和六三年五月から平成元年三月までの間の仕出し部門の仕入構成比率を適用して、本件係争各年分の仕出し部門の仕入金額を推計し、鮮魚部門から仕出し部門に回した鮮魚の金額を確定しているのであり(被告の平成五年一月二九日付け準備書面第三の一、第四の二の1の(二)、別表六、七、八の項目<6>参照)、原告が問題としている仕切書は使用していない。

しかも、原告は、本訴において、被告主張の仕出し部門の仕入金額(売上原価)を認めており(別表七の合計欄と、別紙1の売上原価の仕出し部門欄の金額を対比して参照)、鮮魚部門で仕入れた鮮魚のうち、仕出し部門に回した鮮魚の金額(別表八の項目<6>欄記載の金額)を認めているのである(「事案の概要」一の3の後段、三の2の(二)の三段目参照)。

従って、仮に、被告が本件更正処分等の段階では、原告の仕出し部門の売上金額を記載した仕切書を、仕出し部門における鮮魚の仕入金額と誤認して、仕出し部門と鮮魚部門の仕入構成比率を計算していたとしても、被告は、本訴では、そのような誤った仕入構成比率にはよっていないのであり、しかも、原告は、本訴では、被告が本訴で主張している、鮮魚部門から仕出し部門に回した鮮魚の金額を認めているのであるから、被告の本件更正処分段階での推計の基礎資料の誤認が、本件更正処分等の取消事由には当たらない。

原告の前記主張も理由がない。

(六) 小括

以上の認定判断によると、本件更正処分等の前提となった税務調査手続には、本件更正処分等の取消事由となるような違法な点はなく、推計課税の必要性も認められる。

二  争点2(推計課税の合理性)について

1  一般に、事業所得者の売上金額・標準経費を、類似同業者の差益率・標準経費率をもとに推計することは、類似同業者の抽出基準が、事業の種類・規模等の類似性に照らして合理性があり、類似同業者の抽出方法・過程に恣意が介在しておらず、その差益率・標準経費率の算定の正確性が担保されている限り、一応合理的なものとみることができ、他により合理的な推計方法が存しない限り、右推計の結果により、当該金額を認定することができるものと考えられる。

そこで、以上のような見地から、被告による類似同業者の抽出基準・抽出方法につき、以下検討する。

2  原告事業の種類・規模

証拠(証人伊芸良定、同岩城勝、同岩城美由紀、原告本人)、及び弁論の全趣旨によると、原告事業の種類・規模は、次のとおりであることが認められる。

(一) 原告は、愛媛県東予市内で、鮮魚店(愛媛県東予市三津屋一五三番地二所在)と、仕出し店(同市三津屋五一番地五所在)を経営している事業所得者である。

(二) 原告の仕出し部門は、原告が昭和五七年頃、現在地に店舗を購入して営業を開始したものであり、本件係争各年当時、実際の営業は岩城勝とその妻岩城美由紀が担当し、パート一人を雇用して行っていた。

原告の仕出し部門は、法事や宴会用等の料理の仕出しを行っているほか、予約客を相手に一階奥の座敷で料理・酒等を提供しており、一度に七、八人程度の予約客三グループに酒食を提供することができ(証人岩城美由紀の平成四年一月三一日付け証人調書の一一丁裏三行目から五行目まで)、本件係争各年分の売上規模は、売上原価でみると、昭和六〇年分が九五〇万七三三五円、昭和六一年分が一二八二万八九六四円、昭和六二年分が一一五六万六三九六円であった。

(三) 原告の鮮魚部門は、もともと鮮魚の行商をしていた原告が、昭和五〇年頃現在地に店舗を購入して始めたものであり、本件係争各年当時、実際の営業は原告が担当し、妻岩城トヨ子と二男岩城勝が手伝っていた。

原告の鮮魚部門は、市場から仕入れた鮮魚や冷凍会社から仕入れた冷凍魚を、店頭等で個人の消費者や、寿司店・料理店等に対して販売しているほか、原告の仕出し部門に仕入原価で回している分があり、市場に参加できない行商人に、一部販売している分もある。

原告の鮮魚部門における本件係争各年分の売上規模は、売上原価(仕出し部門に回した分は除く。)でみると、昭和六〇年分が五三四〇万三五八八円、昭和六一年分が五四二七万八九五三円、昭和六二年分が五〇〇四万一一二四円であった(後記4の(一)の認定による)。

3  仕出し部門における売上金額、標準経費の推計の合理性

(一) 類似同業者の抽出基準、抽出方法について

証拠(乙一四ないし一八、証人阿部毅、同宇野秋則)、及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(1) 高松国税局長が伊予西条・松山・今治・新居浜の各税務署長に対し、平成二年四月一六日付けの「税務訴訟資料に関する資料の提出について」と題する通達(乙一四)を発し、「事案の概要」二の2の(一)の(3)の<1>ないし<5>記載の基準に該当する仕出し同業者について、同業者調査表を作成して提出するように命じた。

(2) しかして、右各税務署所属の統括国税調査官が、管内の仕出し業者の中から、右通達に記載された基準に該当する者の機械的な選定作業を行ったところ、今治・新居浜税務署管内には該当者がいなかったが(乙一六・一八)、伊予西条税務署管内では、別表四・九記載の「伊予西条C」(愛媛県東予市)が、右通達に記載された基準に該当し、松山税務署管内でも、別表四・九記載の「松山A」(愛媛県伊予郡松前町)が、右通達に記載された基準に該当した。

(3) そこで、伊予西条税務署の統括国税調査官が、前記「伊予西条C」について同業者調査表(乙一七の四枚目)を作成し、松山税務署の統括国税調査官が、前記「松山A」について同業者調査表(乙一五の二枚目)を作成して、それぞれ高松国税局長に提出した。

(4) 被告は、本訴において、右「伊予西条C」「松山A」の売上金額と差益金額、売上金額と標準経費に基づき、本件係争各年分の差益率、標準経費率を算出した上、原告の仕出し部門の売上原価に右差益率、標準経費率を適用して、原告の仕出し部門の本件係争各年分の売上金額、標準経費を推計している。

(二) 原告主張に対する判断

(1) 原告の事業全体の特殊性について

原告は、個人として、仕出し部門と鮮魚部門の両方を統括して営業しているから、これらのうち、いずれか一つを別個独立に営業している業者とは、明らかに営業形態を異にしており、被告の類似同業者の抽出基準は不合理であると主張する。

しかし、仕出し店と鮮魚店とでは業種が全く異なる上、前記認定によると、原告は、仕出し店と鮮魚店の店舗を別個に構え、独立して営業するという形態をとっているのであり、このような営業形態に鑑みれば、むしろ、仕出し部門と鮮魚部門とをそれぞれ別個に推計するのが合理的であり、原告の前記主張は理由がない。

(2) 原告の仕出し店の業態の特殊性について

原告は、原告の仕出し店は、店内にカウンター設備等がなく、予約注文を受けた客以外は扱っていないので、売上単価が一般の仕出し店よりも安く、差益率は低い旨主張する。

しかし、前記認定によると、原告の仕出し店においても、予約客を相手に一階奥の座敷で料理・酒等を提供しており、一度に七、八人程度の予約客三グループに酒食を提供することができるのであって、座敷における宴会のようなものは、どの料理店でも予約を原則とするものであるから、原告の仕出し店には、カウンターのような設備がないからといって、他の仕出し店に比べて、特に差益率が低いとは認められない。

また、予約注文客だけを扱っているのであれば、予約分の材料を仕入れるだけで足り、余分な仕入が不要となることから、予約客だけの扱いであるからといって、差益率が一般の料理店よりも低いとはいえない(証人岩城美由紀の平成四年五月一五日付け証人調書の九丁裏四行目から一〇丁表四行目まで)。

しかも、原告の仕出し店は、鮮魚を原告の鮮魚部門より仕入原価で購入できるので、他の料理店よりも安い値段で鮮魚を購入できるのであり(証人岩城美由紀の平成四年五月一五日付け証人調書の一〇丁表一・二行目、証人岩城勝の平成四年一一月一三日付け証人調書五丁裏五行目から七行目まで)、この点では、差益率が一般の料理店よりも高くなるのである。

原告の前記主張も理由がない。

(3) 標準外経費を考慮していない点について

原告は、一般に経費が高くなれば、差益率も高くしなければ経営していくことができないところ、高松国税局長は、乙第一四号証の通達の中で、類似同業者の経費のうち標準経費のみを照会して報告を求め、給料賃金、借入金利子、地代・家賃、建物減価償却費といった標準外経費については報告を求めず、故意に隠蔽していることからして、経費率の高い業者が選定されている可能性が高く、このような業者の差益率を同業者率とすることは、不合理であると主張する。

しかし、一般に、標準経費や標準外経費が多くかかれば、利益を確保するため、多額の経費を販売単価に折り込む業者がいるとしても、経費率の低い業者の差益率が、経費率の高い業者の差益率に比べて、一概に低いとは限らないのであって、経費があまりかからない業者が、より高い利益を得ていることも、十分に考えられるところである。

例えば、自宅の老朽建物内で子供相手の駄菓子屋を営んでいる老夫婦は、スーパー内で多数の近代的な店舗を賃借し、従業員を雇用して菓子店を営んでいる者よりも、差益率が高いのが通常であろう(老夫婦の店は、売上高は少ないが利益率が高く、スーパー内の店は、売上高は多いが利益率は低い)。しかし、この場合、経費率は、前者の方が後者に比べてはるかに低いのであり、経費率が低いからといって、差益率も低いとは一概に言えないのである。

原告の前記主張も理由がない。

(4) 法人・個人を区別していないことについて

原告は、被告の類似同業者の抽出基準には法人・個人の別がなく、合理性がない旨主張する。

しかし、被告の類似同業者の抽出基準の中には、事業内容及び事業規模の類似性が条件として入っているから、実質的な類似性は担保されており、原告の仕出し部門の売上原価の半分から一・五倍程度の売上原価の仕出し業者(被告が設定した類似同業者の抽出基準)であれば、法人であっても、実質的には個人企業と異ならないから、個人か法人かという形式的な差異は、余り問題とはならないであろう。

しかも、証人宇野秋則、同阿部毅の各証言によると、別表四・九記載の「伊予西条C」「松山A」は、いずれも個人の仕出し業者であることが認められるので、原告の前記主張も理由がない。

(5) 事業場所の近接性について

原告は、「伊予西条C」「松山A」は、西条・松山といった大消費地を控えた業者であるため、東予市にある原告の仕出し店との間には、類似性が認められないと主張する。

しかし、「伊予西条C」の所在地は、原告と同じ愛媛県東予市であり、「松山A」の所在地も、愛媛県伊予郡松前町であって、西条市や松山市に立地しているものではなく、この点で既に原告の主張は失当である。

のみならず、一般に、人口の多い都市では、それだけ同業者との競争も激しくなるから、人口が多い都市ほど当然に差益率も高くなるとはいえず、東予市(人口三万人台)と松山市(人口四〇万人台)、西条市(人口五万人台)程度の立地場所の違いがあっても、そのことから直ちに、売上原価の規模によって抽出された類似同業者の差益率、標準経費率の平均値に解消されないほどの差異があるものとは認められない。

(6) 類似同業者の住所・氏名が開示されていないこと

原告は、被告が類似同業者の住所・氏名を伏せた資料しか提出しないため、類似同業者の抽出方法の無作為性や資料の正確性、立地条件の類似性等の確認のしようがないと主張する。

しかし、被告が、住所・氏名を開示しない類似同業者に関する資料に基づき推計を行うことについては、税務官庁に守秘義務がある(国家公務員法一〇〇条、所得税法二四三条)以上、やむを得ないことであり、そのことだけで、右推計方法が不合理であるとはいえない。

そして、前記(一)の認定によると、被告の類似同業者の抽出方法は、伊予西条・松山・今治・新居浜の各税務署の統括国税調査官が、抽出基準に該当する者を機械的に選定したものであり、類似同業者の抽出方法・過程に恣意が介在する余地がなく、また、被告が本訴で主張する類似同業者は、いずれも年間を通じて事業を継続する青色申告者であり、その申告額について係争がなく確定していることからすると、差益率や標準経費率算定の基礎となった帳簿資料の正確性も、担保されているものと認められる。

原告の前記主張も理由がない。

(7) 類似同業者の同業者率が信用できないこと

<1> 原告は、被告が、異議決定及び裁決で採用されていた類似同業者三件のうち、本訴では差益率も最も高い一件のみを採用し、差益率の低い残りの業者をはずし、その代わり、差益率の高い類似同業者を追加して採用しており、恣意的に類似同業者を抽出した疑いがあると主張する。

しかし、被告がした類似同業者の抽出方法は、前記認定の如く、伊予西条税務署及びこれに隣接する三税務署管内において、事業所を有する青色申告をしている事業者について、事業規模の近似性が担保できる条件を設定して、客観的に抽出したものであり、この抽出過程に恣意が介在する余地がないことは、前記認定のとおりである。

異議決定及び裁決で採用されていた類似同業者三件のうち、本訴では一件のみが採用され、残り二件が外されているのは、被告が設定した類似同業者の抽出基準について、一件の業者が充足し、残り二件の業者が充足していなかったためであり、被告が本訴になって、新たに一件の類似同業者を採用したのは、被告が設定した類似同業者の抽出基準を充足する類似同業者が、新たに判明したからである。

原告の前記主張も理由がない。

<2> 原告は、被告が本訴で主張する「伊予西条C」は、異議決定で採用された「同業者B」と売上金額及び差益金額が同じであり、同一業者と思われるのに、標準経費の額が異なっていると主張する。

しかし、証拠(乙一〇ないし一二、一四、一七、証人宇野秋則)、及び弁論の全趣旨によると、被告が、異議決定の「同業者B」と本訴の「伊予西条C」とは同一業者であるのに、異議決定の認定と本訴の主張とでは、標準経費の額を異にしているのは、異議決定の認定では、支払手数料及び建物以外の減価償却費を、標準経費に含めていなかったことによるものであり、被告は、異議決定で誤っていた認定を、本訴では是正して主張しているに過ぎず、本訴になってから、恣意的に数値を動かしたものではないことが認められる。

原告の前記主張も理由がない。

(8) 類似同業者の抽出業者数について

原告は、被告が仕出し部門で抽出した類似同業者は僅か二業者であり、類似同業者として選定した業者数が少なすぎて、合理性が担保されていないと主張する。

しかし、被告がした類似同業者の抽出方法は、原告の仕出し部門と可能な限り立地条件の同一性を担保するため、原告の仕出し店を管轄する伊予西条税務署、及び同署に隣接する松山・今治・新居浜税務署管内の仕出し業者の中から、青色申告をしている者で、原告の仕出し部門と事業規模・事業内容の近似性が担保できる条件を設定して、類似同業者を設定することとしたものであり、その結果、今治・新居浜税務署管内からは類似同業者を抽出できず、伊予西条税務署管内から一業者、松山税務署管内から一業者、以上二業者しか抽出できなかったのである。

ところで、類似同業者の数は、営業規模や営業形態等の類似性の問題と離れては考えられないのであり、類似同業者として抽出するための条件が厳しいものであれば、抽出できる類似同業者数が少なくなることは避けられず、結局、類似同業者として抽出するための条件が、合理性を持つものであれば、抽出された類似同業者数が少なくなっても、やむを得ないものといえよう。

そして、これまで考察してきたところによると、被告の類似同業者の抽出方法、抽出のための条件が、合理的なものであることが認められるので、その結果、原告の仕出し部門の類似同業者が、「伊予西条C」「松山A」の二業者しか抽出できなかったとしても、やむを得ないものであり、原告の前記主張も理由がない。

(三) 小括

以上の認定判断によると、原告の仕出し部門について、被告が設定した類似同業者の抽出基準は、原告が本件係争各年当時営んでいた仕出し部門と、事業の種類・規模等に類似性が認められ、合理的ということができ、また、類似同業者の抽出方法・過程に恣意が介在しておらず、差益率や標準経費率算定の基礎となった帳簿資料の正確性も、担保されていることが認められる。

従って、原告の仕出し部門について、類似同業者として被告が抽出した「伊予西条C」「松山A」の売上金額、差益金額に基づき、本件係争各年分の差益率、標準経費率を算出した上、原告の仕出し部門の売上原価に右差益率、標準経費率を適用して、原告の本件係争各年分の売上金額、標準経費を推計することは、一応合理的な方法と認められる。

以上の次第で、原告の仕出し部門について、被告主張の売上金額・標準経費の推計(別紙1の被告の主張欄記載の金額)は、一応合理的なものといえる。

4  鮮魚部門における売上金額、標準経費の推計の合理性

(一) 推計の前提となる売上原価について

(1) 原告の鮮魚部門の本件係争各年分の売上原価を構成する各項目のうち、別表八の項目<1><2><3><5><6><8>記載の金額については、当事者間に争いがなく、同項目<4>(岩城養魚からの仕入)について、争いとなっている。

そこで、本件係争各年において、岩城養魚からの仕入が認められるか、認められるのであれば、その金額は幾らかについて、以下考察する。

(2) 原告は、岩城養魚からの仕入は昭和六三年以降のことであり、本件係争各年は、未だ岩城養魚との取引がなかった旨主張する。

しかし、甲第三号証(原告の鮮魚部門の収支台帳)には、原告の鮮魚部門の昭和六三年七月から平成二年九月までの鮮魚の仕入先別の仕入金額の日計表が記載されており、そこには岩城養魚からの仕入も記載されているところ、証人岩城勝は、「岩城養魚は原告の親戚が経営しており、原告は岩城養魚から鰻を仕入れていた。」(平成四年八月七日付け証人調書二九丁裏九行目から三〇丁表三行目まで)、「甲第三号証に記載された鮮魚の仕入先から魚の仕入れを始めたのは、自分が学校に上がる前の相当古くからのことである。」(平成四年一一月一三日付け証人調書一一丁表一〇行目から裏七行目まで)旨証言しており、原告は本件係争各年についても、岩城養魚から鮮魚を仕入れていたことが認められる。

(3) もっとも、右仕入金額については、これを直接裏付ける帳簿資料の提示がないから、推計によるほかないところ、被告は、前記甲第三号証(原告の鮮魚部門の収支台帳)に基づき、争いのない仕入先からの仕入金額に、「事案の概要」二の2の(二)の(1)の<1><2><3>の記載の方法により算出した仕入構成比率を適用して、原告の岩城養魚からの仕入金額は、昭和六〇年分が二八六万三八二三円、昭和六一年分が三〇一万七九九二円、昭和六二年分が二七三万五四五三円と推計しており、その推計方法には合理性が認められる。

(4) 従って、原告の本件係争各年分の売上原価は、被告主張の別表八の仕入金額欄記載の金額、即ち昭和六〇年分が五三四〇万三五八八円、昭和六一年分が五四二七万八九五三円、昭和六二年分が五〇〇四万一一二四円であると認められる。

(二) 第一次的推計の合理性について

被告が第一次鮮魚同業者として主張する、別表五・一〇記載の「伊予西条A」「伊予西条B」「松山B」「松山C」は、いずれも鮮魚小売業を営む個人又は法人であるが、鮮魚の販売先について、一般消費者の占める割合が多い業者か、寿司屋・料理店・鮮魚行商人などの事業所得者の占める割合が多い業者かは、一切不明である。

ところが、証拠(甲三、乙二六、証人岩城美由紀、同岩城勝、原告本人)によると、原告の本件係争各年分の鮮魚部門は、寿司屋・料理店・鮮魚行商人などの事業所得者に対する販売が約七割五分を占めており、一般消費者に対する販売の占める割合は約二割五分に過ぎないことが認められる。

このように、原告の鮮魚部門の業態は、事業所得者に対する販売が主体で、一般消費者に対する販売が僅かであるのに、被告が本訴で主張している第一次鮮魚同業者は、事業所得者に対する販売が主体か、一般消費者に対する販売が主体かが明確でなく、原告の鮮魚部門と事業の業態が類似しているといえるか、一抹の不安が残るので、第一次鮮魚同業者の同業者率に基づく差益率については、合理性を認めるのに躊躇せざるを得ない。

(三) 第二次的推計の合理性について

(1) 第二次鮮魚同業者の抽出基準、抽出方法について

そこで、更に、被告による第二次的推計に合理性が認められるかどうかを検討するに、証拠(乙三〇ないし三四)、及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

<1> 高松国税局長が高松国税局管内の二六税務署長に対し、平成五年一一月三〇日付けの「税務訴訟に関する資料の提出について」と題する通達(乙三〇)を発し、「事案の概要」二の2の(二)の(3)の<3>の(a)ないし(f)記載の抽出基準に該当する第二次鮮魚同業者について、同業者調査表を作成して提出するように命じた。

<2> しかして、各税務署所属の統括国税調査官が、管内の鮮魚販売業者の中から、右通達に記載された抽出基準に該当する者の機械的な選定作業を行ったところ、高松税務署管内では別表一一記載の「高松(有)B」、松山税務署管内では同「松山(有)O」「松山(有)S」、徳島税務署管内では同「徳島(有)Y」、高知税務署管内では同「高知M」が、いずれも右通達に記載された抽出基準に該当した。

なお、事業所得者に対する売上が全体の売上金額に占める割合は、各税務署所属の統括国税調査官が、通達記載の他の要件を充足する者を抽出した後に、本人又は関与税理士に対して確認したところに基づくものである。

<3> そこで、高松税務署の統括国税調査官が、前記「高松(有)B」(事業従事者四人)について、同業者調査表(乙三一の二枚目)を作成し、松山税務署の統括国税調査官が、前記「松山(有)O」(事業従事者五名)、「松山(有)S」(事業従事者四名)について、同業者調査表(乙三二の二・三枚目)を作成し、徳島税務署の統括国税調査官が、前記「徳島(有)Y」(事業従事者四名)について、同業者調査表(乙三三の二枚目)を作成し、高知税務署の統括国税調査官が、前記「高知M」(事業従事者三名)について、同業者調査表(乙三四の二枚目)を作成して、それぞれ高松国税局長に提出した。

<4> 被告は、本訴において、右「高松(有)B」「松山(有)O」「松山(有)S」「徳島(有)Y」「高知M」の売上金額と差益金額、売上金額と標準経費に基づき、類似同業者の平均差益率・標準経費率を算出した上、原告の鮮魚部門の本件係争各年分の売上原価に、右差益率・標準経費率を適用して、原告の鮮魚部門の本件係争各年分の売上金額、標準経費を推計したものである。

(2) 原告主張に対する判断

<1> ホテル・結婚式場等の事業所得者について

原告は、第二次鮮魚同業者の売上先には、寿司屋や料理店だけではなく、ホテル・結婚式場等の事業所得者が含まれており、鮮魚に対して一定の加工(刺身・切り身・三枚おろし等)を加えて納入する鮮魚販売業者が選定されている可能性が高いのに対し、原告は、早朝市場で仕入れた鮮魚をその日のうちに、とろ箱で近所の寿司屋や料理店に販売するだけであるため、付加価値をつけて販売する業者とは、明らかに業態を異にしていると主張する。

しかし、第二次鮮魚同業者の抽出基準は、販売先の事業所得者として、鮮魚販売を行う業者のほか、料理旅館、ホテル、結婚式場、寿司、小料理、給食等を営む業者等、多様な業者を含んでおり、ホテルや結婚式場に対する売上げの多い業者を、特に抽出したものではない。

加えて、ホテルや結婚式場に販売する場合も、必ず加工して販売するとは限らない上、被告が本訴で主張している第二次鮮魚同業者は、いずれも事業従事者が三名ないし五名しかおらず、その程度の事業規模に照らすと、鮮魚を加工して販売するといっても限度があり、原告との業態の類似性が否定されるものではない。

<2> 調査対象年度が遅いことについて

原告は、第二次鮮魚同業者の差益率・標準経費率は、平成四年分(事業年度)に係るものであり、本件係争各年からは六年ないし八年も経過しており、調査対象年度が遅く合理性がないと主張する。

確かに、調査対象年度が本件係争各年に近接していることが望ましいが、高松国税局長が管内の各税務署長に通達を発したのが平成五年一一月三〇日であり、右時点では、本件係争各年までの確定申告書のうち、既に保存期間が経過しているものがあることや、事業所得者に対する売上の占める割合を把握するためには、右通達の発せられたときの直近の年分又は事業年度によるのが相当であることから、高松国税局長は、調査対象年度を平成四年分又は平成四年度の事業年度と設定したのであり、やむを得ない措置である。

そして、原告本人尋問の結果によると、本件係争各年と調査対象年度との間で、原告の鮮魚部門の営業形態やその規模・内容に、顕著な変化がないことが認められる上、一般的に見ても、本件係争各年(バブル経済に入る前)と調査対象年度(バブル経済が破綻した後)との間で、鮮魚販売業者の差益率や標準経費率が大きく異なることもないと思われるので、調査対象年度が本件係争各年よりも六年ないし八年後であるからといって、第二次的推計の合理性が左右されることはないというべきである。

<3> 法人・個人の区別をしていないことについて

原告は、第二次鮮魚同業者の抽出基準には法人・個人の別がなく、合理性がない旨主張する。

しかし、被告が第二次鮮魚同業者の抽出基準で設定した仕入金額の上限七〇〇〇万円は、原告鮮魚部門の仕入金額の最高額五四二七万八九五三円(昭和六一年分)の約一・二九倍であり、被告が第二次鮮魚同業者の抽出基準で設定した仕入金額の下限三五〇〇万円は、原告鮮魚部門の仕入金額の最低額五〇〇四万一一二四円(昭和六二年分)の約〇・七〇倍である。

従って、被告が設定した第二次鮮魚同業者の抽出基準は、原告の鮮魚部門の事業規模に照らして、極めて類似性の高いものであると認められ、原告の鮮魚部門の売上原価の〇・七〇倍から一・二九程度の売上原価の鮮魚販売業者であれば、法人であっても、実質的には個人企業と異ならないと言ってよい。

しかも、被告が抽出した第二次鮮魚同業者の事業従事者数は三名ないし五名であり、原告の事業従事者数は三名(原告夫婦と岩城勝)であるから、この点でも、原告の鮮魚部門と被告が抽出した第二次鮮魚同業者とは、事業規模の類似性が保たれていることが認められる。

その上、被告が設定した第二次鮮魚同業者の抽出基準では、事業内容及び事業態様の類似性も条件として入っているから、原告の鮮魚部門と第二次鮮魚同業者との実質的な類似性は担保されており、個人か法人かという形式的な差異は、余り問題とはならないといえる。

原告の前記主張も理由がない。

<4> その余の原告主張について

(a)原告の事業全体の特殊性について(「事案の概要」三の2の(一)の(1))は、前記3の(二)の(1)で判断したとおりであり、(b)標準外経費を考慮していないことについて(「事案の概要」三の2の(一)の(4))は、前記の3の(二)の(3)で判断したとおりであり、(c)事業場所の近接性について(「事案の概要」三の2の(一)の(6))は、前記3の(二)の(5)の三段目で判断したとおりであり、(d)類似同業者の住所・氏名を開示していないことについて(「事案の概要」三の2の(一)の(7))は、前記3の(二)の(6)で判断したとおりである。

従って、仕出し部門の類似同業者の抽出基準の合理性について判断したことが、第二次鮮魚同業者の抽出基準の合理性についても、そのまま当てはまるから、その余の原告主張も理由がない。

(3) 小括

以上の認定判断によると、原告の鮮魚部門について、被告が設定した第二次鮮魚同業者の抽出基準は、原告が本件係争各年当時営んでいた鮮魚部門と、事業の種類・規模等の類似性が確保されていると認められるから、合理的ということができ、また、第二次鮮魚同業者の抽出方法・過程には恣意が介在しておらず、差益率や標準経費率算定の基礎となった帳簿資料の正確性も担保されていると認められる。

従って、原告の鮮魚部門について、第二次鮮魚同業者として被告が抽出した「高松(有)B」「松山(有)O」「松山(有)S」「徳島(有)Y」「高知M」の売上金額・差益金額・標準経費に基づき、類似同業者の差益率・標準経費率を算出した上、原告の鮮魚部門の本件係争各年分の売上原価に右差益率・標準経費率を適用して、原告の本件係争各年分の売上金額・標準経費の推計することは、一応合理的な方法と認められる。

以上の次第で、原告の鮮魚部門についても、被告主張の売上金額・標準経費の推計(別紙1の被告主張欄記載の金額)は、一応合理的なものと認められる。

第三争点3(原告による推計と被告による推計の合理性の優劣)について

1  原告による推計主張の可否について

原告は、原告による事業所得金額の推計は、原告が本訴において主張する売上原価(別紙1の原告の主張欄記載の売上原価)をもとに、仕出し部門(昭和六三年五月分から平成元年三月分まで)、鮮魚部門(昭和六三年七月分から平成元年三月分まで)の収支の実額に基づいて求めた差益率、標準経費率を適用して算定したものであり、被告主張の類似同業者率による推計よりも、営業の実態及び収支の実情に合致し、合理的といえる旨主張する。

これに対し、被告は、推計課税は、更正処分がなされた当時、客観的に存在した事実・資料に基づいてされなければならないから、原告の本人率による推計の主張は、主張自体失当であり、そうでなくとも、課税事務に著しい支障をきたすものとして、信義則に反し許されない旨反論する。

思うに、推計課税は、所得金額を実額により直接証明することができない場合の代替的な課税手段であり、実額との近似性が認められることを要件に認められるのであるから、推計方法が複数考えられる場合、より、実額に近くより合理的と認められる推計方法によって、所得金額を算定するのが相当であり、そのような合理性が認められる限り、更正処分当時存しなかった帳簿書類に基づき、所得金額を推計することも許容されるというべきである。

従って、原告による推計の主張が、主張自体失当もしくは信義則に反するということはできず、被告の前記主張は理由がない。

2  原告の本人率による推計の合理性について

(一)  一般に、係争年度より後の記帳に基づき算出された事業所得者本人の差益率・標準経費率による推計(本人率による推計)も、その記帳の時期が係争各年と近接していて、その間に営業の実態等に特別の事情の変化がなく、その帳簿書類の正確性が認められる限り、類似同業者の同業者率による推計よりも、所得の実額に近い金額を算出することができる方法として、合理性が認められるといえる。

但し、当該帳簿書類の信用性については、これを主張する側でその正確性を証明することが必要というべきであり、当該帳簿書類につき、軽微な誤記や失念の範囲を超えた、売上の過少計上や経費の過大計上の存在が疑われる場合には、帳簿書類の正確性の証明に欠けるというべきである。

(二)  そこで、右のような見地から、原告の主張する本人率による推計方法の合理性について検討するに、原告は、当初(原告の平成三年一月二四日付け準備書面)、(1)原告の仕出し部門については、甲第一号証(仕出し部門の収支台帳)等に基づき、昭和六三年五月分から平成元年三月分までの売上金額合計、売上原価合計、標準経費合計を算出し、それにより、差益率を三八・三二パーセント、標準経費率を一二・八〇パーセントと算定し、(2)原告の鮮魚部門については、甲第三号証(鮮魚部門の収支台帳)等に基づき、昭和六三年七月分から平成元年三月分までの売上金額合計、売上原価合計、標準経費合計を算出し、それにより、差益率を一六・五九パーセント、標準経費率を二・八〇パーセントと算定しており、右本人率を立証する証拠資料として、原告が昭和六三年五月又は七月から正確な記帳を始めたという仕出し部門の収支台帳(甲一)、鮮魚部門の収支台帳(甲三)を始めとする、次の各帳簿書類を提出した。

(1) 仕出し部門について

毎月の売上金額と費目別の支出金額を集計して記載した収支台帳(甲一)、売上日計表(甲二)、売上請求書(甲四)、売上領収証(甲五)、鮮魚部門からの仕入仕切書・納品書(甲六)、スーパー等で野菜を仕入れた際のレシート(甲七)、予約帳(甲二四ないし二八)

(2) 鮮魚部門について

収支台帳【<1>毎月の売上金額、仕入金額、経費支出の集計記載、<2>鮮魚の仕入先別の仕入金額の日計表、<3>売上内容及び売り先別の売上金額の日計表】(甲三)、一般現金売りをレジスターに記帳したものの写し(甲八)、寿司屋.・料理店に対する現金売り・掛け売り分の請求書(甲九・一〇)、領収書【一般現金売り・卸し現金売り分、寿司屋・料理店に対する現金売り・掛け売り分、ミリオンパチンコ店に対する掛け売り分】(甲一一)、ミリオンパチンコ店に対する売掛帳(甲一二)、一般掛け売り仕切書(甲一三)、河原津漁協からの仕入計算書(甲一四・一五)、秋山魚市場からの仕入計算書(甲一六・一七)、徳永豊からの仕入計算書(甲一八・一九)、岩城養魚からの仕入分の領収証(甲二〇・二一)、今治冷凍からの仕入分の納品書(甲二二・二三)

(三)  ところが、原告は、被告から、原告提出の前記各帳簿書類には、その正確性に疑問があるとして、数次にわたる準備書面で多数の疑問点を指摘されたため、基本的に前記各帳簿書類によりつつも、どうしても合理的な説明がつかない部分については、更に資料を追加するなどして、後日(原告の平成六年五月一一日付け準備書面の第一)、当初(原告の平成三年一月二四日付準備書面)の主張を、一部修正するに至った。

即ち、原告は、原告の仕出し部門について、昭和六三年五月分から平成元年三月分までの売上金額合計、仕入金額合計、標準経費合計を修正し、差益率を三九・三九パーセント、標準経費率を一三・二九パーセントと変更するに至ったのである。

(四)  しかし、原告主張の本人率を立証するための前記各帳簿書類については、以下のような問題点が認められるのであり、前記各帳簿書類に基づく原告主張の本人率(差益率・標準経費率)については、変更後のものも含めて疑問点を払拭できない。

(1) 仕出し部門の売上日計表(甲二)と売上領収証(甲五)の不一致について

<1> 仕出し部門の収支台帳(甲一)は、売上日計表(甲二)の数値を月毎に集計したものである(証人岩城勝の証言)ところ、昭和六三年五月から平成二年三月までの売上日計表(甲二)と売上領収証(甲五)が一致せず、売上領収証(甲五)が作成されているにもかかわらず、売上日計表(甲二)に計上されていないものが、件数で七〇件、金額で二〇三万九五五〇円に及んでいる。

また、仕出し部門では、売上領収証が必ず作成されているところ(証人岩城美由紀の平成四年五月一五日付け証人調書六丁裏二行目から五行目まで)、売上日計表(甲二)に計上され、現金で売上金を領収しているとされているにもかかわらず、売上領収証(甲五)の提出のない売上が、昭和六三年五月から平成二年一月までの間に、件数で一三六件、金額で七〇三万三三〇〇円もあることが認められる。

<2> この点、原告は、仕出し部門の売上について、件数で六件、金額にして八万五〇〇〇円の計上漏れがあったことを認め、原告の平成六年五月一一日付け準備書面第一の一の3で、仕出し部門の売上金額を増額している。

そうだとすると、そもそも、仕出し部門の売上日計表(甲二)や収支台帳(甲一)の記載内容の信用性に、根本的な疑問を持たざるを得ず、原告が認めた以外にも、売上の計上漏れが存在するのではないか、との疑問を払拭できない。

<3> 更に、原告は、仕出し部門の売上日計表(甲二)と売上領収証(甲五)の不一致につき、甲第三九、四〇号証の中で、その理由について一件一件弁解し、その主な理由として、次の(a)ないし(e)の各イ記載のとおり主張しているが、次の(a)ないし(e)の各ロで指摘する如く、原告の弁解を裏付ける証拠に乏しかったり、弁解自体が不自然・不合理であって、原告の弁解は信用性に乏しいといわざるを得ない。

(a) 領収証の金額訂正の失念

イ 原告の弁解

請求書に基づいて領収証の金額を予め記載して集金に赴いたが、集金先で小額の値引きを余儀無くされた場合、帰ってから領収証控えの金額訂正を行うべきところ、それを怠ったままにした。

しかし、請求書の金額訂正は行い、それに基づき日計表に売上計上している。

ロ 裁判所の疑問

集金先で小額の値引きを要請された場合、何故、領収証控えの金額を訂正せず、請求書の金額訂正だけを行い、それに基づき日計表に売上計上をするのか疑問であり、合理的根拠を見出せない。請求書(甲四)の金額訂正をするのであれば、領収証控え(甲五)の金額訂正もするのではないか。

(b) コンパニオン料金、タクシー代金について

イ 原告の弁解

原告がコンパニオン料金、タクシー代金を立替払した場合は、顧客の要望により、立替分も含めて領収証を書かされているが、立替分は仕出し部門の売上には該当しないので、日計表への売上計上は、その分を差し引いた金額が記載された請求書に基づいて行っている。

ロ 裁判所の疑問

昭和六三年九月二五日の近藤、同年一一月一九日の河原津漁港、同年一二月九日のフジボウ保全、同年一二月七日のいろは会に対する各請求書(甲三九に添付)記載のサービス料が、コンパニオン料の立替払であることを裏付ける証拠がない。

昭和六三年五月一〇日の青年会議所、同年五月一九日の校長会、近畿日本ツーリスト、平成元年一二月二日のおつび会、平成二年一月二一日の正法寺消防団に対する各請求書(甲三九に添付)には、タクシー代の記載がなく、原告がタクシー代を立替払したことを裏付ける証拠がない。

昭和六三年一二月二〇日周桑大工組合に対し、コンパニオン料金を立替払したことを裏付ける請求書がない(甲三九には該請求書が添付されていない)。

(c) 領収証と請求書の日付が異なる場合

イ 原告の弁解

請求書の日付と領収証の日付が異なる場合(売上日とそれを実際に領収した日とは、異なる場合がある。)、請求書の日付に基づき売上計上をしている。

ロ 裁判所の疑問

昭和六三年四月二八日から同年一一月一七日までの東周校長会の領収証五通が、同年一〇月二四日の田野小学校に対する請求書に対応するものであるというが(甲三九)、領収証と請求書の客の名称が異なり、また、同年一〇月二四日に請求書が発行されること自体が、不自然・不合理である。

平成元年三月二〇日付けの東予市PTA事務局に対する領収証は、同年四月二四日の請求書に対応するものであり、右領収証の日付は遡らせたものであるというが(甲三九)、このようなことをする合理的理由がないし、右事実を裏付ける証拠もない。

(d) 請求書と領収証の客の名称が異なる場合

イ 原告の弁解

請求書に記載した客の名称と、領収証に記載する客の名称が異なる場合、請求書の記載に基づいて売上計上している(甲三九・四〇)。

ロ 裁判所の疑問

請求書に記載された客と領収証に記載された客が、同一人であることを裏付ける証拠がない。

(e) 領収証綴り一冊分のコピー漏れ

イ 原告の弁解

領収証のうち、平成元年二月四日から同年三月一八日までの分は、甲第五号証(仕出し部門の売上領収証)の中に当然入っているべき分であるが、原告が本訴で甲第五号証として提出するに際し、コピーをするのが漏れてしまい、領収証綴り一冊分がそっくり末提出となっていた。

しかし、この分に対する請求書は提出されており、売上計上は漏れなくされている。前記未提出の領収証を、甲第四一号証として提出する。

ロ 裁判所の疑問

本訴における原告の裏付けとなるべき領収証の一部が未提出であり、被告の指摘により初めて気付き、提出されるなどということは、極めて不自然・不合理なことであって、原告が後日提出した甲第四一号証の領収証の記載内容は、直ちには信用できないものである。

<4> 原告は、仕出し部門の売上日計表(甲二)と売上領収証(甲五)の不一致の理由について、前記<3>で主張した理由の外、甲第三九号証の中で、一件一件種々雑多な弁解を展開しているが、その弁解についても、次の(a)ないし(f)で指摘する如く、原告の弁解を裏付ける証拠に乏しかったり、弁解自体が不自然・不合理なものが多く、この点からも、原告の弁解は信用性に乏しいといわざるを得ない。

(a) 昭和六三年一〇月二九日付けの周布小学校に対する領収証(金額一万九〇〇〇円)に対応するものが、同年一〇月一四日付けの周布小学校に対する請求書(金額五万三〇〇〇円)であるとのことであるが、五万三〇〇〇円の請求金額を一万九〇〇〇円に値引きしたものとは思われない。請求金額に比べて、値引き額が大きすぎるからである。

同様なことが、平成元年一二月二九日付けの大西に対する領収証、平成二年一月一九日付けの豊田商店に対する領収証、及びこれに対応すると主張する各請求書についてもいえる。

以上指摘した三通の領収証は、原告主張の各請求書と対応しているものとは認められない。

(b) 原告は、昭和六三年七月二九日付けの山内に対する領収証(三万円を四万円と記載。)、昭和六三年一二月一七日付けの製材組合に対する領収証(五万円を六万六〇〇〇円と記載。)、平成元年八月一四日付けの農協貯蓄課に対する領収証(四万一八〇〇円を七万九五〇〇円と記載。)、平成二年二月三日付けの越智に対する領収証(六〇〇〇円を八〇〇〇円と記載。)、平成二年三月一二日付けの田中板金に対する領収証(三万九九〇〇円を四万円と記載。)は、実際に受領した金額よりも多い金額を、領収証に記載したと主張する。

しかし、領収証というものは、言うまでもないことであるが、実際に受領した金額を記載するものであり、実際に受領した金額よりも多い金額を領収証に記載するなどということは、通常ではあり得ないことである。

このように、通常ではあり得ないことを主張する原告は、何故、実際に受領した金額よりも多い金額を領収証に記載したかについて、五件の領収証について一件一件個々具体的に、その理由を主張・立証して初めて、裁判所としても、原告の主張を認めることができるのである。

しかるに、原告は、何故、実際に受領した金額よりも多い金額を領収証に記載したかについて、何ら具体的な主張・立証をしないのであり、原告の主張自体が不自然・不合理であって、認められない。

(c) 原告は、平成元年一月三日付けの丹原高校同窓会に対する領収証について、実際に受領した金額は八万四〇〇〇円であるが、子供のお年玉として受領した六〇〇〇円を含めて、領収証には、領収金額を九万円と記載したと主張する。

しかし、丹原高校同窓会が何故、原告の子供に六〇〇〇円ものお年玉をやったのか、その理由が不明である上、子供にもらったお年玉の遣り取りについて、親が領収証を発行するなどということは、通常ではあり得ないことであって、原告の主張自体が極めて不自然・不合理であり、原告の前記主張も認められない。

(d) 原告は、昭和六三年一二月二三日付けの壬生川小学校サッカー部に対する領収証は、壬生川小学校に対する領収証を書き換えたものであると主張するが、請求書記載の金額が一二万円であるにもかかわらず、右壬生川小学校サッカー部に対する領収証は三万円であり、金額が対応しておらず、不合理である。

(e) 原告は、平成元年七月一五日付けの松下電工に対する三万円の領収証と、同日付けの松拝屋に対する二万円の領収証は、板金組合に対する五万四五〇〇円の売上分を、二枚の領収証に分けたものであると主張する。

しかし、板金組合に対する五万四五〇〇円の売上と、松下電工からの三万円の領収、松拝屋からの二万円の領収が対応することについて、これを裏付ける証拠がない。

しかも、松下電工に対する平成元年七月一五日付けの領収証は二通存在するのであり(甲五参照)、いずれも訂正すべき事情は存しないから、いずれも売上金額というべきである。

(f) 原告は、東予郵便局に対する領収証(金額一万七〇〇〇円)は、平成二年一月二五日付けの東予郵便局に対する領収証(金額一四万三九〇〇円)の再発行であると主張するが、金額が違いすぎるため、領収証の再発行であるとは認められない。

(2) 鮮魚部門の売上金額について

原告は、鮮魚部門の昭和六三年七月から平成元年三月までの売上金額を裏付ける帳簿書類として、寿司屋・料理店に対する現金売り・掛け売り分の請求書(甲九・一〇)及び領収証(甲一一)を提出している。

しかし、そこには、売上先の記載がないものや、上様の記載しかないものが殆どであり、原告の得意先であり、売上先の名称が明らかであるにもかかわらず、このような請求書が作成されているのは不自然であり、これらは、本訴の証拠として提出する目的で作成されたのではないか、との疑念を払拭できない。

(3) 仕出し部門の野菜の仕入金額について

仕出し部門の収支台帳(甲一)の野菜の欄の金額は、甲第七号証(スーパー等で野菜を仕入れた際のレシート)の金額を合計したものであるが(証人岩城勝の平成四年八月七日付け証人調書八丁裏一二行目から九丁裏六行目まで)、甲第七号証には、菓子類・衣料品・日用品などの明らかに家事上の支出であったり、売上原価に該当しないものが多数含まれていることが認められ、甲第一号証の収支台帳に記載された野菜の仕入金額の記載は、全く信用できない。

この点につき、原告は、当初、甲第七号証の金額をそのまま仕出し部門の野菜の仕入金額としていたが、この中には、<1>売上原価に該当する分(野菜類・オードブル)、<2>標準経費に該当する分(割り箸・折り箱・お茶・海苔・食用油等)、<3>自家消費に該当する分が混在していたので、これらを分別して集計することにしたと主張して、当初の仕出し部門の差益率、標準経費率を修正した(原告の平成六年五月一一日付け準備書面第一の一の2)。

しかし、売上原価分、標準経費分、自家消費分という分類は、甲第七号証のレシートと単なる記憶に基づくものと思われるが、昭和六三年五月から平成元年三月にかけて、スーパー等で購入した多数の雑多な商品を、レシートの記載と記憶だけで、平成六年春頃に右分類作業を行ったと主張されても、その正確性には大いに疑問があり、原告の前記修正後の差益率、標準経費率の正確性にも疑問がある。

(4) 鮮魚部門から仕出し部門に回した鮮魚の金額について

原告の仕出し部門が鮮魚部門から仕入れた鮮魚の金額を記載した、収支台帳である甲第一号証(魚代欄の金額)と、原告の鮮魚部門が仕出し部門に売却した鮮魚の金額を記載した、収支台帳である甲第三号証(岩城欄の金額)との間で、昭和六三年一〇月分、平成元年一月分、平成元年二月分の金額が異なっていることからして、甲第一号証(仕出し部門の収支台帳)、甲第三号証(鮮魚部門の収支台帳)の記載内容が信用できない。

この点につき、原告は、甲第一号証(仕出し部門の仕入)は岩城美由紀が記帳し、甲第三号証(鮮魚部門の売上)は岩城勝が記帳したが、岩城美由紀が記帳事務に習熟していなかったため、単純な計算ミスが生じたものと思われると主張して、仕出し部門の鮮魚仕入代金について、甲第三号証の金額によることに訂正している(原告の平成五年一一月一九日付け準備書面第二の一の2、原告の平成六年五月一一日付け準備書面第一の一の1)。しかし、仮に原告主張どおりだとしても、仕出し部門の記帳事務に携わっていた岩城美由紀が、記帳事務について十分に理解していなかったということは、本訴で提出されている仕出し部門の収支台帳を初めとして、その他請求書及び領収書等の作成及び記帳が、正確に行われていないことを伺わせるものであり、そのような帳簿書類に基づき原告が算出した本人率による差益率等は、信用性に欠けるといわざるを得ない。

更に、原告は、甲第一号証(仕出し部門の収支台帳)の平成元年一月分及び平成元年二月分は、誤って、昭和六三年一月分及び昭和六三年二月分をコピーして提出してしまったことが判明したので、正しい資料と差し替えると主張して、甲第四九号証及び第五〇号証を提出する(原告の平成六年五月一一日付け準備書面の第四)。しかし、原告が仕出し部門で完全な記帳を始めたのは、昭和六三年五月からというのであるから(「事案の概要」三の3の(一)の頭書部分)、誤って、昭和六三年一月分及び昭和六三年二月分をコピーしてしまったという、原告の右主張にも大いに疑問がある。

(5) 自家消費金額の加算について

棚卸資産を家事のために消費した場合には、事業所得等の金額の計算上、総収入金額に算入しなければならない(所得税法三九条)。

ところが、原告が仕出し部門、鮮魚部門で扱っているものは、家庭でも消費される可能性の高いものであるにもかかわらず、甲第一号証(仕出し部門の収支台帳)、第三号証(鮮魚部門の収支台帳)には、仕出し部門、鮮魚部門の売上金額について、原告及び原告家族が消費した棚卸資産の金額、いわゆる自家消費の金額の加算が全くなく、記帳が原告の全ての売上についてなされていない疑いがある。

従って、原告の売上金額に関する帳簿書類は信用性を欠く。

(五)  小括

右にみた問題点からすると、原告がその推計の基礎とした帳簿書類については、軽微な誤記や失念の範囲を超えた、売上の過少計上や経費の過大計上の存在が疑われるから、その正確性の証明に欠けているといわざるを得ない。

従って、原告の本人率による推計が、被告の同業者率による推計よりも、合理的なものと認めることはできない。

第四結論

一  以上に検討したところによれば、原告の本件係争各年分における仕出し部門、鮮魚部門の各売上金額・標準経費は、被告の推計により算出した金額(鮮魚部門は第二次的推計による金額)によって認定するのが相当である。

二  その結果、本件係争各年分における原告の総所得金額は、別紙1(主張対照表)の「被告の主張(第二次的推計)」の「総所得金額」欄記載のとおり、昭和六〇年分が一三九一万〇一四六円、昭和六一年分が一七八四万四二九一円、昭和六二年分が一四八八万四一四九円と認められる。

従って、本件更正処分において認定された原告の総所得金額(昭和六〇年分が一〇七九万七三三二円、昭和六一年分が一三六九万六七九三円、昭和六三年分が一二一五万五四八五円)は、前記原告の総所得金額の範囲内にあると認められるから、本件更正処分等は適法というべきである。

三  よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 髙橋正 裁判官 関口剛弘)

〔別紙・別表一覧〕

・別紙1「主張対照表」

・別表一ないし三「課税経緯表」

・別表四「料理仕出し業に係る類似同業者の差益率表」

・別表五「鮮魚小売業に係る類似同業者の差益率表」

・別表六「料理仕出し業の仕入構成比率表」

・別表七「料理仕出し業の仕入金額算定表」

・別表八「鮮魚小売業の仕入金額の算定表」

・別表九「料理仕出し業に係る類似同業者の標準経費率表」

・別表一〇「鮮魚小売業に係る類似同業者の標準経費率表」

・別表一一「鮮魚販売に係る類似同業者の差益率及び標準経費率表」

別紙1 (主張対照表)

<省略>

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別表一 課税経緯表(昭和六〇年分)

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別表二 課税経緯表(昭和六一年分)

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別表三 課税経緯表(昭和六二年分)

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別表四 料理仕出し業に係る類似同業者の差益率表

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別表五 鮮魚小売業に係る類似同業者の差益率表

<省略>

別表六 料理仕出し業の仕入構成比率表

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別表七 料理仕出し業の仕入金額の算定表

<省略>

別表八 鮮魚小売業の仕入金額の算定表

<省略>

別表九 料理仕出し業に係る類似同業者の標準経費率表

<省略>

別表一〇 鮮魚小売業に係る類似同業者の標準経費率表

<省略>

別表一一 鮮魚販売に係る類似同業者の差益率及び標準経費率表

<省略>

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