大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和61年(う)1254号 判決 1986年12月18日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中七〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小松正富、同山田有宏、同松本和英が連名で提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官氏家弘美が提出した答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一控訴趣意第一について

1  所論は、原判決には不法に公訴を受理した違法ないしは判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反があるといい、その理由として、次のとおり主張する。

(一)  原判示第五の新宿郵便局関係事実は、原判示第四の赤坂郵便局関係事実との間に公訴事実の同一性がないから、原裁判所が、第二回公判において、これを赤坂郵便局関係事実に訴因として追加することを許可したのは違法であり、第七回公判において、右許可を取り消す決定をしたのも違法である。

(二)  検察官が、第七回公判において、新宿郵便局関係事実について、訴因の撤回を請求し、原裁判所が訴因追加の許可を取り消す決定をしたことは、実質的に公訴の取消としての意味を持ち、かつ、本件においては、右の事実につき新たに重要な証拠を発見したという事情もないのであるから、その後昭和六〇年九月二〇日付でされた同じ新宿郵便局関係事実についての公訴は、刑訴法三四〇条に違反するものとして、同法三三八条二号により棄却されなければならないのに、原裁判所は、これを看過している。

(三)  原裁判所が、第九回公判において、右の追起訴にかかる新宿郵便局関係事実について取り調べた各証拠は、第三回公判において、撤回前の新宿郵便局関係事実の訴因について取り調べられた証拠と同一であるから、右の第九回公判における審理及びこれに基づく判決は、刑訴法二五六条六項の予断排除の原則、ひいては憲法三七条一項の公平な裁判所の裁判の要請に違反する。

2  そこで、記録を検討してみると、原判示第四及び第五の各事実並びにこれらの事実についての原裁判所における審理の経過は、おおむね次のとおりである。

(一)  原判示第五の新宿郵便局関係事実と原判示第四の赤坂郵便局関係事実とは併合罪の関係にあることが明らかであるところ、新宿郵便局関係事実について、検察官が、昭和六〇年三月九日付の書面により、これをすでに起訴されていた赤坂郵便局関係事実に訴因として追加することを請求し、同月一二日の第二回公判において、弁護人がこれに異議がない旨の意見を述べ、原裁判所が右訴因の追加を許可する決定をしたこと。

(二)  そして、右公判期日において、追加された訴因につき被告人がそのとおり間違いない旨陳述し、弁護人も被告人の述べたとおりである旨の意見を述べ、次いで、同年四月二三日の第三回公判において、裁判官の交代により公判手続が更新されたうえ、追加された訴因につき検察官の請求した証拠がすべて同意書面として取り調べられたこと。

(三)  ところが、同年九月一八日の第七回公判において、検察官が、弁護人の求釈明にこたえて前記二つの事実が併合罪の関係にあると釈明し直したうえ、前記の追加された訴因の撤回を請求し、弁護人が撤回に同意するとの意見を述べ、原裁判所がこれを許可するとともに先にした訴因追加の許可を取り消す決定をし、他方、検察官は、新宿郵便局関係事実について、同年九月二〇日付で改めて公訴を提起したこと。

(四)  原裁判所は、同年一一月一三日の第八回公判において、すでに取調済の各証拠のうち、訴因追加の許可が取り消された訴因との関係で取り調べられたものについて、検察官が証拠請求を撤回したのに伴い証拠採用決定を取り消す旨の決定をしたうえ、右追起訴事件の審理に入つたが、その公判において、被告人は、公訴事実のとおり間違いない旨陳述し、更に、昭和六一年一月二二日の第九回公判において、弁護人も、公訴提起が不適法であると主張したものの、公訴事実については被告人が述べたとおりであるとの意見を述べ、次いで、先に採用決定が取り消された各証拠が、再度、検察官の請求によりすべて同意書面として取り調べられたこと。

(五)  なお、原裁判所においては、第三回公判から判決に至るまで、裁判官の交代がなかつたこと。

3  以上の事実関係によると、原裁判所の審理過程には、公訴事実の同一性がない訴因の追加に端を発した異常な手続が介在しているが、だからといつて、所論のように、不法に公訴を受理したとか、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反があるなどということはできない。以下に、その理由を述べる。

(一) 追加された訴因について、後にそれが公訴事実の同一性を害するものであることが判明した場合には、これを是正するため、訴因追加の許可を取り消す決定によつて、その訴因を審判の対象から排除するのが相当であり、この点に関する原裁判所の措置に所論のような違法は認められない。所論は、訴因の追加の許可を取り消す決定は公訴事実の同一性を害しない範囲内の訴因についてのみ可能であるというが、右の許可を取り消す決定は刑訴法三一二条一項の訴因の撤回の許可決定ではなく、所論も指摘するように、訴訟関係を整序するための非類型的な決定であるから、公訴事実の同一性を害しない範囲内の訴因についてのみ可能であるという制約はない。所論は、また、右の訴因を排除するためには、同法三三八条四項の準用による公訴棄却の判決をなすべきであるともいうが、もともと公訴の提起がなく、独立した公訴として取り扱われたこともない訴因を排除するのに、公訴棄却の判決をするのは過分であり賛成できない。

(二) 検察官が訴因の撤回を請求し、原裁判所が訴因追加の許可を取り消す決定をしたことをもつて、所論のように当該訴因につき公訴が取り消され、刑訴法三三九条三号による公訴棄却の決定が確定したのと同視することはできないから、前記九月二〇日付の公訴の提起が同法三四〇条に違反するとの所論は、前提を欠き採用できない。

(三) 前記のようにして訴因が審判の対象でなくなつた場合には、その立証のために取り調べられた証拠は不要であり、紛らわしくもあるから、それらの証拠については採用決定を取り消す決定をするのが相当であり、この点に関する原裁判所の措置に違法は認められない。そして、このような措置がとられた本件においては、同じ原審裁判官が、過去に取調をしたことのあるそれらの証拠を、追起訴事実の審理において再び証拠として採用し、取り調べて判決をしたとしても、予断排除の原則ひいては公平な裁判所の裁判の要請に反するものとは解されない。なお、右の追起訴事実については、それが先に追加訴因の形であつたときと全く同様に、事実関係に争いがなく、請求のあつた証拠も総て同意書面として取り調べられているのであつて、結果的に、原審裁判官が先に同じ証拠を取り調べたことがあるために、事実認定に影響を生じたとは考えられないから、この見地からしても、原判決に所論の違法はないといわなければならない。

論旨は理由がない。

二控訴趣意第二について

所論は、被告人を懲役三年六月の実刑に処した原判決の量刑が不当に重く、被告人に対しては刑の執行を猶予すべきである、というのである。

しかし、記録によると、本件は、犯行の動機、態様、回数、被害額、犯行後の行動、被告人の果たした役割、前科関係などの種々の観点からみて、甚だ犯情の悪質な事案であつて、被告人の刑事責任は重大であるといわなければならない。

従つて、他面において、被害弁償の状況、反省の態度、被告人の経歴、性格、環境などの、所論が指摘し、あるいは当審における事実取調の結果からうかがわれる被告人に有利な諸事情を十分にしん酌してみても、被告人に対し刑の執行を猶予する程の情状があるとは到底考えられないし、原判決の量刑が不当に重いとも思われない。論旨は理由がない。

なお、職権で原判決の法令の適用を調査すると、原判決は、併合罪の加重をするに際し、処断刑の長期が同じである原判示第一ないし第六の各罪のうち、短期が重く、かつ、その中で情状の最も重い第四の罪の刑に法定の加重をすべきであるのに、短期が第四の罪の刑より軽い第三の罪の刑に法定の加重をする誤りを犯しているが、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。

よつて、刑訴法三九六条、刑法二一条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官坂本武志 裁判官田村承三 裁判官本郷 元)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例