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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)30号 判決 1984年5月30日

原告

磯山公樹

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和57年11月15日に同庁昭和55年審判第7429号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告は、主文同旨の判決を求めた。

2  被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2原告主張の請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和52年3月31日、特許庁に対し、名称を「バインダ用戸籍整理袋」とする考案(以下一本願考案」という。)につき実用新案登録出願(昭和52年実用新案登録願第38636号)をしたが、昭和55年2月28日拒絶査定を受けたので同年4月30日審判の請求をしたところ、特許庁は、これを同庁同年審判第7429号事件として審理した上、昭和57年11月15日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし、その謄本は、昭和58年1月21日原告に送達された。

2  本願考案の要旨

ポリプロピレンのような透明材料よりなり、第1のものが底部で折曲し、間に1枚挟み込み中間のものの一側に縦側の5分の1の長さの見出し部を突設し下方のものの一側に縦側の5分の2の長さの見出し部を設けて綴じ代を加熱圧着して綴じ孔を設けたものによりなり、第2のものが底部で折曲し下方のものの一側に縦長の5分の3の長さの見出し部を設けて綴じ代を加熱圧着して綴じ孔を設けたものよりなり、第3のものが底部で折曲し間に1枚挟み込み中間のものの一側に縦長の5分の4の長さの見出し部を突設し下方のものの一側に縦長の全長にわたる見出し部を形成し綴じ代を加熱圧着して綴じ孔を設けたものよりなる3組を備えたことを特徴とするバインダ用戸籍整理袋(別紙図面参照)

3  審決の理由の要点

本願考案の要旨は前項記載のとおりのものと認める。

これに対し、本願考案の実用新案登録出願前日本国内に頒布された実公昭51―4741号公報(以下「引用例」という。)には、ポリプロピレンのような透明材料を数枚重ね、最外部の2枚のみに綴じ代を設け、綴じ代部の反対側に下方より順次長い切欠きをつくり、重ねたとき段階状に見出し部が現れるようにし、綴じ代、下縁部を加熱圧着したバインダ用書類整理袋について記載されており、この書類整理袋は特に戸籍簿用の書類整理袋に関するものであることが示され、さらに、上記綴じ代には綴じ孔を設けても良いことが示されている。そして、従来、戸籍は帳簿式に保管、整理をしていたが、一つの戸籍を閲覧すればその1冊は用が済むまで使用できず、また、複写するのにも不便であつたところ、この考案は、帳簿式に整理保管をするとともに、必要なものだけを取り出すことを可能とし、戸籍の整理保管を能率的にしたものであることが示され、5家族単位の戸籍を1組の袋状物にまとめて保管した例として、上部より一側に縦側の5分の1、5分の2、5分の3……の長さの見出し部を設けた戸籍整理袋が図示されている。

そこで、本願考案と引用例に記載された考案とを比較すると、ポリプロピレンのような透明材料よりなり、それらを重ね合わせ、下縁部を結合し、一方、綴じ代部を加熱圧着するとともに綴じ代を設けた点、及び、下方より、一側に縦側の5分の1、5分の2、5分の3、5分の4の見出し部を形成したバインダ用戸籍整理袋に関する点で同一であり、次の点で相違している。

(1)  引用例では5家族単位に整理保管する例が示されているが、本願考案における5家族単位をさらに2家族単位、1家族単位、2家族単位と3組に分けた点については引用例になんら示されていない。

(2)  本願考案において、例えば2家族単位の場合、底部で折曲し、間に1枚挟み込み、綴じ代部を加熱圧着し、綴り孔を設けているのに対し、引用例では、6枚の透明材料を重ね、下方は、加熱圧着し、側方は、最外部の2枚のみに綴じ代を設け、この綴じ代部を加熱圧着し、綴り孔を設けることが示されているにすぎない。

そこで、これらの相違点についてさらに審究すると、(1)について、引用例においては、例えば5家族単位のような小家族単位とした理由として、1つの戸籍を閲覧すればその1冊は用が済むまで使用できなかつた等の不便を解決し、必要なものだけを取り出せるようにし、戸籍の管理保管を能率的にする旨示されているので、この家族単位をどの程度に分割するかは、当業者が必要に応じてなしうるものであり、整理の都合上端数が出た場合、無駄をなくす等、請求人の主張する効果は、小家族単位に分割した場合に当然予想される範囲のものと認める。そして、本願考案において、2家族、1家族、2家族の単位からなる3組に分割したことにより、前記したほかに格別の意義を見出すことはできない。

(2)について、一般に袋状物を製造する場合、大きなシート状物を折り曲げることにより袋底部を形成するか、2枚のシートを加熱圧着することにより形成するかは、当業者が任意に選択しうる程度のものであり、本願考案において、綴じ代部は、用いられたシートを一体として側縁部を加熱圧着しているが、これは、引用例における底部の形成手段を側縁部の形成に適用したにすぎない。

してみれば、本願考案は、引用例に記載された考案から当業者がきわめて容易になしえたものと認められるので、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

引用例に審決認定のとおりの特に戸籍簿用のバインダ用書類整理袋について記載され、戸籍整理袋が図示されていることは争わないが、審決は、後記のとおり、本願考案と引用例及び1種類の家族数を収容する戸籍整理袋との作用効果の相違を看過したため、本願考案が引用例からきわめて容易に考案できたものと誤断したものであるから、違法としてこれを取り消すべきものである。

すなわち、通常、戸籍の管理については、戸籍簿及びその見出し部の大きさの関係から、5家族単位に整理するのが便利であるから、本願考案は、5家族単位の見出しを表すようにし、しかも、無駄が出ないように1家族単位(第2のもの)、2家族単位(第1のもの)、3家族単位(第1と第2のもの)、4家族単位(第1と第3のもの)、5家族単位(第1、第2、第3のもの)のいずれにも使用できるようにしたものである。

また、本願考案は、5家族とその倍数単位を原則として使用し、6、11、16……家族、7、12、17……家族、8、13……家族、9、14……家族にも効果的に使用できるものである。

そして、本願考案のものは、2、1、2個の見出しをもつた袋を組み合わせて5個の見出しをもつたものを多数綴じて戸籍簿を形成するのに対し、引用例のものは5個の見出しをもつた袋の単一の集合体を多数綴じて戸籍簿を形成するものであるから、明らかに両者の構成は異なる。図面から明らかなように本願考案の一集合体は8枚の薄板より形成され、引用例のものは6枚より形成されている。

さらに、引用例のものが、5家族単位で端数が出た場合に不経済であるので本願考案がなされたものであるのに、審決では、この点すなわち5家族単位を原則的に使用しながら端数のものを無駄なく使用できるようにした点を無視している。

以上のとおり、その構成と作用効果が全く異なるのに対し、基本を5家族単位で使用するものにおいて、常に5家族単位で使用しなければならないものと、必要に応じ1、2、3、4家族分にも使用するものとを、単に任意の数のものとして考えて比較し、それらの変更の容易性を判断した審決の判断は誤りといわなければならない。

第3請求の原因に対する被告の認否及び主張

1  原告主張の請求の原因1ないし3の各事実は認める。

2  審決を取り消すべきものとする同4の主張は争う。原告主張の取消事由は、後記のとおり、理由のないものであり、審決にはこれを取り消すべき違法はない。

本願考案は、5家族単位を前提とした上で、端数のものを無駄なく使用できるように、2家族分収容のもの、1家族分収容のもの、2家族分収容のものと分離しうるようにしたものであるが、引用例に記載された戸籍簿においても、従来の帳簿式に比して端数は4家族分以下となる。また、バインダ用書類整理袋において、整理袋のみを1個ずつ自由に増減しうるようにすることは、本願考案の実用新案登録出願前より広く知られているところであり、この家族単位をどの程度に分割するかは、当業者が必要に応じてなしうるものである。してみれば、整理の都合上端数が出た場合無駄をなくすとの請求人の主張する効果は、小家族分収容のものとすればする程大きくなり、全てを1家族分収容のものとするなら無駄が全くなくなり、2家族分収容のものと1家族分収容のものとの組み合わせにおいても同様であることは、きわめて容易に予測しうることであるから、請求人の主張する効果は、小家族単位に分割した場合に当然予想される範囲のものと認定した審決に誤りはない。

第4証拠関係

当事者双方の書証の提出及びその認否は、訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  原告主張の請求原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯・本願考案の要旨及び審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、審決取消事由の存否について検討する。

原告は、通常戸籍の管理は5家族単位でこれを整理するのが便利であるところ、本願考案は、整理袋として2家族分収容のもの、1家族分収容のもの、2家族分収容のもの3つを組み合わせたことにより、1家族から5家族まで及びそれ以上の家族単位においても、整理袋に端数が出ることがなく、その結果無駄がなく、そして、5家族単位を収容できるような3つの整理袋を合わせて8枚の薄板で形成されている旨主張し、被告は、整理袋のみを1個ずつ自由に増減しうるようにすることは本願考案の実用新案登録出願前広く知られていることであり、そして、整理の都合上端数が出た場合無駄をなくすという効果は、小家族分収容のものとすればするほど大きくなり、全てを1家族分収容のものとするならば無駄が全くなくなり、2家族分収容のものと1家族分収容のものとの組み合わせにおいても同様であることはきわめて容易に予測しうる旨主張する。

ところで、本件口頭弁論の全趣旨によれば、戸籍の管理においては、戸籍簿を5家族分単位程度にまとめることが、戸籍簿やその見出しの大きさの関係等から適当であると認められる。そして、5家族単位にまとめるべく5家族分収容のものを使用した場合端数が出たとき無駄が出るのを避けるために、5家族単位にまとめることをやめて、整理袋を4家族分収容のもの、3家族分収容のもの、2家族分収容のものあるいは1家族分収容のものとすることは、被告の主張するように、きわめて容易に考案することができたということができるし、1家族分収容の整理袋を使用するならば、端数が出ることがなく、無駄もないことも、被告の主張するとおりとみることができる。

しかしながら、2家族分以上収容のもの1種類の整理袋のみでは、端数が出て無駄が出ることがあることが明らかであり、また、1家族分収容のもの1種類のみでは、端数は出ず無駄がないが、5家族分を収容するには5組の整理袋を必要とし、整理袋を形成する薄板も10枚を必要とすることは明らかである。

これに対し、前記本願考案の要旨によれば、本願考案は、2家族分収容のもの、1家族分収容のもの、2家族分収容のものの3組で構成されているから、1家族分のみを収容する場合は、被告の主張する1家族分収容のもの1種類のみの整理袋と異ならないが、2家族分以上を収容する場合は異なることが明らかである。すなわち、2家族分収容する場合に、本願考案は、2家族分収容の整理袋1組を必要とするのみでそれに用いられている薄板は3枚であるのに対し、1家族分収容の整理袋では2組を必要とし、用いられる薄板は4枚であり、3家族以上の場合も同様1家族分収容の整理袋の方が多数の薄板を必要とするものであり、また、前認定のように、戸籍については整理袋を5家族分程度ずつを単位としてまとめた方が管理し易いことも明らかである。

以上のとおり、本願考案は、5家族分収容の整理袋ほどは、薄板の数は少なくなく、まとめられてはいないが、1家族分収容の整理袋よりは薄板が少なく、まとめられたものであり、しかも、1家族分収容のものと同様に収容部に無駄のないものである。

したがつて、整理袋を2家族分収容のもの、1家族分収容のもの、2家族分収容のものの3つの組のものとした本願考案は、引用例のような小家族分収容のもの1種類の整理袋とは作用効果が相違し、そして、1種類のもので課題を解決しようとしたものと、3種類のものの組み合わせで解決しようとしたものとでは、その発想の仕方も相違するとみられるから、引用例にみられるように家族単位をどの程度小さく分割するかという思考方法からは、右3種類の家族分収容のものの組み合わせとすることに想到することがきわめて容易であるとすることはできないといわなければならない。

以上のとおりであるから、引用例のものから本願考案がきわめて容易に考案できたとする審決は、判断を誤つたものであり、違法として取消を免れない。

3  よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。

(楠賢二 松野嘉貞 岩垂正起)

<以下省略>

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