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東京高等裁判所 昭和58年(う)1611号 判決 1984年5月09日

控訴人 弁護人

被告人 富樫久夫 弁護人 藤巻元雄

検察官 窪田四郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人藤巻元雄作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官窪田四郎作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一控訴趣意一(法令解釈適用の誤の主張)について

論旨は、要するに、原判決は、罪となるべき事実として、「被告人は、村上市大字山辺里字堰場七〇三番地二〇所在の木造セメント瓦葺二階建居宅(床面積延ベ八〇・三二平方メートル)一棟を所有していたものであるが、昭和五一年四月一九日新潟地方裁判所村上支部が邦光吉夫を債権者とし、被告人らを債務者として右建物に仮差押決定をなし、右決定は同月二〇日登記されたものであるところ、同五四年一〇月初旬ころ、情を知らない富樫貢らをして右建物を解体撤去せしめ、もつて差押を受けた自己所有にかかる右建造物を損壊したものである。」との事実を認定し、これを刑法二六二条、二六〇条前段(差押を受けた自己所有建造物を損壊する罪)に問擬しているのであるが、刑法二六二条にいう「差押」とは、「公務員がその職務上保全すべき物を自己の占有に移す強制処分」を指称し、強制的な占有移転の事実を欠くときはこれに該当しないものと解すべきところ、民事訴訟法上の不動産の仮差押の如きは、当該不動産にその旨の登記を嘱託するのみであつて、当該不動産の強制的な占有移転を伴わないのであるから、これを以て刑法二六二条にいう「差押」に該当するというを得ず、従つて、本件建物に対する前記仮差押決定を同条にいう「差押」に当たるものとして前記各法条を適用した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令解釈適用の誤があり、破棄を免れないというのである。

原判決が所論摘示の事実を認定し、これに所論摘示の各法条を適用していることは、所論の指摘するとおりである。

しかしながら、刑法二六二条にいう「差押」とは、同法二五九条ないし二六一条に規定する物について私人による事実上又は法律上の処分を禁止する国家機関の強制処分を指称し、その執行にあたる公務員においてこれを強制的に自己の占有に移すと否とは問うところではなく、所論民事訴訟法上の不動産の仮差押をも含むものと解するのが相当であるから、これと同旨に出た原判決の法令解釈は是認するに足り、これと相容れない所論は独自の見解に立脚するものとして排斥を免れない。以下、若干補説する。

所論は、強制執行妨害罪に関し、「刑法第九十六条ニ所謂差押ハ公務員カ其職務上保全スヘキ物ヲ自己ノ占有ニ移ス處分ニシテ此ノ處分ヲ明白ニセルモノ即チ差押ノ標示ナリ従テ民事訴訟法ニ依ル有体動産ノ差押處分ハ勿論仮差押及仮處分ト雖苟モ上叙ノ性質ヲ帯フルモノ及其ノ他ノ法令ニ依リ公務員ノ為ス處分ニシテ同種ノ性質ヲ有スルモノハ悉ク刑法ニ所謂差押ニ包含セラルルモノトス然レトモ公務員カ物ヲ自己ノ占有ニ移サスシテ他人ニ対シテ一定ノ作為不作為ヲ命スル處分ノ如キハ刑法ニ所謂差押ニ非ス従テ斯ル處分ヲ妨害スル行為ハ他ノ犯罪ヲ構成スルハ格別同法第九十六条ノ罪ト為ルノ限リニ在ラス」とする大審院大正一一年(れ)第三三二号同年五月六日判決(集一巻二六一頁)及びこれと同旨の大審院昭和七年(れ)第一七一四号同八年二月一六日判決(集一二巻上一三四頁)に依拠するものであつて、刑法二六二条にいう「差押」の意義に関し、右各判例を祖述して同旨の解釈を示す学説の存在を援用している。

しかし、右判文中には「刑法ニ所謂差押」というような一般的表現も散見するものの、その行文全体に照らせば、右判示は刑法九六条にいう差押の意義に関するものであることは明らかであつて、これと罪質及び構成要件の態様を異にする同法二六二条にいう「差押」の意義を同一に解さなければならない必然性はない。すなわち、同法九六条は、同法第二編第五章「公務ノ執行ヲ妨害スル罪」に属し、ひろく公務の執行を妨げる行為のうち、同法九五条が公務員に対する暴行脅迫を伴う態様のものを取り上げているのに対し、公務員がその職務上保全すべき物を自己の占有に移した旨を公示する「封印又ハ差押ノ標示」を損壊し又はその他の方法によつて無効たらしめる態様のものを取り上げて犯罪類型としたものであり、当初から公務員による占有の標示に対する侵害行為に処罰対象を限定していることが、その構成要件上も明らかである。前掲大審院の各判例が、公務員による占有を要件としているのは、それが刑法における「差押」の概念そのものに内在している故ではなく、同法九六条にいう「封印」又は差押の「標示」という概念に伴う制約を表わしたものに過ぎない。そうだとすれば、構成要件上同条のような制約の存しない同法二六二条(同法一一五条の場合も同断である。)においては、「差押」の意義を本来の語義のとおりひろく解するに何らの支障はないものというべきである。むしろ、これらの規定が、差押債権者等の権利ないし法律上の利益を保護法益としていることからすれば、公務員による占有の有無によつて刑法上の保護に異同を生ずべき合理的根拠に乏しく、また、「物権ヲ負担シ又ハ賃貸シ」(同法一一五条の場合には、更に「若クハ保険ニ付シ」)た場合との権衡からしても、ひとり差押の場合にのみ、公務員による占有の取得を要件とすべき理由は見当らない。

所論は、刑法九六条の罪と同法二六二条の罪とが観念的競合の関係にあること(最高裁判所昭和二五年(あ)第一六二四号同二七年六月三日判決、裁判集六五号一三頁)を理由に、両法条にいう「差押」の意義を同一に解釈すべきであると主張するが、罪数関係は、一個の行為が右各法条の構成要件にいずれも該当すると認められた場合(封印又は差押の標示の施された物自体を損壊することによつて、他人の権利を害し、同時に封印又は差押の標示を無効たらしめた場合)にはじめてこれを論ずべきものであつて、各法条の構成要件をどのように解すべきかはそれ以前の問題であるから、罪数関係から構成要件の解釈を導こうとするのは、本末転倒のそしりを免れない(所論の解釈によれば、不動産の仮差押は両法条のいずれにも該当しないこととなるのであるから、罪数関係を論ずる余地はないこととなる。)。

叙上のとおり、原判決に所論法令解釈適用の誤はなく、論旨は理由がない。

第二控訴趣意二、三(保護法益の侵害ないし可罰的違法性を欠く旨の主張)について

論旨は、要するに、<1>不動産の仮差押債権者の利益が刑法二六二条による保護の対象になるものと解すべきであるとしても、これによつて保護される仮差押債権者の利益は、原判決も指摘するように、「将来本執行をなし得る要件を具備した場合には、直ちに換価・満足の段階に進み得る地位を取得する」というに過ぎないところ、本件仮差押債権者邦光吉男は、被保全権利である一〇〇〇万円と一二〇〇万円の手形上の債権二ロ等につき、昭和五三年七月六日、新潟地方裁判所村上支部において、被告人外一名に対する全部勝訴の仮執行宣言付き手形判決を得ており、いつでも執行をなし得たにもかかわらず、被告人が本件建物を解体撤去した同五四年一〇月初旬ころまでの間、一年三か月の長きに亘り放置していたのは、証拠制限の関係で手形訴訟には全部勝訴していたものの、右訴訟の過程で明らかとなつた裏書偽造や利息制限法超過利息の元本充当などの関係で、手形判決に対する異議訴訟で敗訴することを覚悟していたためであり、本件建造物損壊行為の時点においては、強制執行の意思はなく、仮差押債権者として保護されるべき利益を放棄していたものといわざるを得ず、従つて、右損壊行為によつて何らの法益侵害も発生していないのであり、また、<2>本件仮差押の被保全権利である前記手形上の債権については、新潟地方裁判所村上支部における原告邦光吉男、被告本間金廣、同富樫久夫(本件被告人)間の昭和五三年(ワ)第二〇号約束手形金・小切手金請求異議事件及び原告本間金廣、被告邦光吉男間の同五一年(ワ)第一五号債務不存在確認・不当利得返還請求事件において激しく争われて来たものであるところ、原判決後の昭和五九年三月九日の口頭弁論期日において、右各事件につき、邦光吉男において被告人に対する本件一三〇〇万円の手形金請求権を有しないことを確認し、本件不動産に対する仮差押決定の執行申立を取り下げることなどを内容とする裁判上の和解が成立したのであつて、本件仮差押決定は存在しない被保全権利に基づく違法不当なものであつたことに帰し、本件建造物損壊行為によつて侵害される法益は無かつたのであり、更に、<3>本件建物は、被告人が建築資材として使用されるのが三度目の古材を使つて約一五年前に建築したものであり、昭和五三年には梁の一方が折れたため、強風の吹く都度大揺れし、横なぐりの雨水が軒から浸入する老朽家屋であり、ことに日本海からの強風を受ける一一月ころから三月ころにかけては倒壊の危険も予想されたので、被告人の取引先であり本件建物の担保権者でもあるブリジストンタイヤ新潟販売株式会社の勧めもあつて、同五四年一〇月初旬ころこれを取り壊し、その跡に一六〇〇万円以上を投じて鉄骨造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅工場(床面積延べ二二〇・〇二平方メートル)を新築し、ブリジストンタイヤ新潟販売株式会社に事情を話して新築家屋に第一順位の担保権を設定することを見合せてもらい、邦光吉男に対し、双方の代理人を通じ、保証金額については従前の仮差押と同額か、あるいは無担保でよい旨の被告人名義の上申書を提出するから、新築家屋を仮差押して欲しい(併せて、本件告訴を取り消されたい)旨を申し入れたが、邦光に拒否されたという事情があり、これらの事情を総合すれば、被告人の本件建造物損壊行為は、老朽家屋の倒壊の危険から自己及び家族の生命身体の安全を護るという緊急の目的に出たものであり、かつ、代替家屋を提供することによつて仮差押債権者の実質的利益を何ら損つていないことになるから、刑罰を科するに値するほどの違法性を有しない、というのである。

しかし<1>邦光吉男は、手形判決に対する異議申立後の訴訟において自己の債権を主張し、被告人らと係争を続けていたことは所論自体から明らかであつて、仮執行宣言付き手形判決を得てから一年三か月に亘りその執行に着手しなかつたとしても、その一事を以て強制執行の意思を放棄したものとは認められず、また、<2>所論裁判上の和解において、本件手形金請求権を有しないことを確認したからといつて、本件仮差押決定自体が遡つて違法不当なものとなるべきいわれはないから、法益侵害がない旨の右<1><2>の所論はその前提を欠き、更に、右<1><2>の事情に所論<3>の事情を併せて考察しても、いまだ被告人の本件建造物損壊行為がいわゆる可罰的違法性を欠くものとするに由ないところである。

原判決に所論の過誤はなく、論旨は理由がない。

第三控訴趣意四(量刑不当の主張)について

しかし、所論諸事情をすべて被告人に有利に斟酌しても、原判決の被告人に対する科刑(懲役六月、三年間執行猶予)が重過ぎて不当であるものとは認められない。論旨は理由がない。

第四結語

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 草場良八 裁判官 半谷恭一 裁判官 龍岡資晃)

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