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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)205号 判決 1987年4月30日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を九〇日とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和五七年四月二一日、同庁昭和五四年審判第一一九九七号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文第一項及び第二項同旨の判決を求めた。

第二  当事者の主張

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四七年一一月三〇日、一九七二年(昭和四七年)五月二五日(以下「優先日」という。)にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願をし、昭和五二年六月二日出願公告、昭和五四年四月二七日設定登録がされた名称を「クリップ」とする特許第九五〇三四三号(以下「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許権者であるが、被告(当時の商号・株式会社日本バノック商会)は、昭和五四年一〇月三日、原告を被請求人として、本件特許の無効審判を請求し、昭和五四年審判第一一九九七号事件として審理された結果、昭和五七年四月二一日、「本件特許を無効とする。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同年五月二六日原告に送達された(出訴期間として九〇日付加)。

二  本件発明の特許請求の範囲

目的物Oと係合させられるように各々適合させられた複数の一緒に固定された取付具から成るクリップであって、該取付具の各々が目的物貫通部分2と、拡大部分4と、該両部分を結合している該貫通部分2から伸長した細長い区分材6と、該貫通部分2を相互に平行的に間隔を置いて結合している切断されうる部材8、10とから成るクリップにおいて、該拡大部分間に介在してそれらを結合している容易に切断されうる固定部材22を備え、該固定部材は該切断されうる部材より隣接する該拡大部分がねじり力により相互に手操作で分離されうる程充分に弱いことを特徴とするクリップ。

(別紙図面(一)参照)

三  本件審決理由の要点

本件発明の要旨は、前項記載の特許請求の範囲のとおりと認められるところ、請求人(被告)は、「本件特許を無効とする。」旨の審決を求め、その理由として、本件発明は、本件発明の特許出願前に頒布された刊行物記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項に該当するか、又は本件発明の特許出願前の実用新案登録出願であって、本件発明の特許出願後に出願公告されたものの願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されたものと同一であり、しかも、本件発明をした者が前記実用新案登録出願に係る考案者と同一であるとも、また、本件発明の特許出願時にその出願人と前記実用新案登録出願人と同一であるとも認められないから、特許法第二九条の二に該当し、同法第一二三条第一項第一号の規定により、その特許は無効とされるべきであると主張し、甲第一号証(本訴における甲第三号証に相当。以下本項において同じ。)として米国特許第三、一〇三、六六六号明細書、甲第二号証(本訴における甲第五号証に相当。以下本項において同じ。)として特許出願公告昭四六―三七一〇〇号公報、甲第三号証(本訴における甲第六号証に相当。以下本項において同じ。)としてオーストラリア国特許第四三八七〇八号明細書、甲第四号証(本訴における甲第四号証に相当。以下「引用例」という。)として実用新案出願公告昭四五―三〇三六三号公報、甲第五号証として米国特許第三、一四七、五二二号明細書、甲第六号証として実用新案登録願昭四四―一八七七八号の願書に最初に添付した明細書及び図面を提出している。これに対し、被請求人(原告)は、甲第一号証ないし甲第五号証刊行物記載のものは、本件発明の必須の構成要件の一部を欠除しているから、本件発明は、それらの記載に基づいて容易に発明をすることができたものではない。また、甲第六号証記載のものは、本件発明の構成と本質的に相違しているものであるから同一のものでもない、と主張した。

甲第一号証ないし甲第三号証には、各々の取付具は、貫通部分と拡大部分の両部分を結合している細長い区分材とからなり、各取付具は、切断され得る部材によって平行的に間隔を置いて結合されているクリップが記載されている。また、引用例には、突入杆兼止め杆2と止め片3とを吊下用細杆1で結合して、ピン単体Aを形成し、このピン単体の複数を引き揃えて各突入杆兼止め杆及び止め片の両縁部を接着剤で接着4、4´してピン結集体を構成した正札取付用ピンが、また、ピン単体は前記のように構成したので、その一端部で連結した従来のこの種のピンにおけるような非連結端部側のピン単体相互のもつれを絶無にすることが記載されている。

本件発明と引用例の記載事項とを対比すると、本件発明の目的物、取付具、クリップ、貫通部分、拡大部分、細長い区分材、切断され得る部材、固定部材は、引用例記載の被取付商品の布面、ピン単体、ピン結集体、突入杆兼止め杆、止め片、吊下用細杆、接着4´、接着4にそれぞれ相当し、両者は、目的物と係合させられるように各々適合させられた複数の一緒に固定された取付具からなるクリップであって、該取付具の各々が目的物貫通部分と拡大部分と該両部分を結合している該貫通部分から伸長した細長い区分材と該貫通部分を相互に平行的に結合している切断され得る部材とからなるクリップにおいて、該拡大部分間にそれらを結合して容易に切断され得る固定部材を備えた点で一致しているが、(1)目的物貫通部分の結合手段が、本件発明では、目的物貫通部分を相互に平行的に間隔を置いて切断され得る部材に結合しているのに対して、引用例記載のものでは、複数のピン単体を引き揃えて各突入杆兼止め杆の縁部を接着している点、(2)拡大部分間の結合手段が、本件発明では、拡大部分間に介在して、それらを結合している固定部材であるのに対して、引用例記載のものでは、各止め片の縁部を接着剤で接着している点、(3)固定部材の分離手段が、本件発明では、固定部材は切断され得る部材より隣接する拡大部分のねじり力により相互に手操作で分離され得るほど充分に弱いのに対して、引用例記載のものでは、各止め片の縁部の接着剤が分離するとあるのみで、どの程度の力で分離するのか明らかでない点で一応相違が認められる。

そこで、前記相違点について検討すると、(1)の点について、複数個の取付具において、それらの貫通部分が切断され得る部材により相互に平行的に間隔を置いて結合されているという結合手段は、本件発明の特許出願前周知(例えば、甲第一号証ないし甲第三号証参照)であるから、この点に格別の発明力を認めることはできない。(2)の点について、各々の拡大部分を固定部分(本件発明の実施例では、接着剤をも含む。)で結合する際、固定部材を本件発明のように拡大部分間に介在させるか、引用例のように止め片の縁部に介在させるかは、各々の拡大部分を結合する機能において格別差異が認められないので、この点は、単なる設計変更にすぎない。(3)の点について、引用例に、ピン単体の両縁部が接着剤で接着されているためにピン単体相互のもつれを無くするようにすることが示されている以上、両縁部を接着する代わりに、取付具相互のもつれを防ぐために、本件発明のように固定部材で固定された拡大部分をねじり力により分離させることは、当業者であれば容易になし得たものと認められる。また、この固定部材を切断され得る部材より手操作で分離され得るほど充分弱くするとある点は、引用例記載のものも、各止め片は取付機具で分離するものではないから、当然手操作で分離されるものと認められる。してみると、各止め片の接着力を各突入杆兼止め杆の接着より弱くするか、その同程度でない限り、止め片が手操作では分離しないのであるから、この点は、当業者であれば容易になし得たものと認められる。

したがって、本件発明は、特許法第二九条第二項に該当し、同法第一二三条第一項第一号の規定により、本件特許を無効にすべきものとする。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、本件発明の取付具の拡大部分の結合手段として接着剤による結合が含まれ、また、引用例記載のピン単体Aの止め片を結合する接着剤は手操作で分離される旨誤認し、かつ、本件発明の課題が本件発明の明細書に記載された取付装置(以下「ガン」という。)の構成を考えなければ容易に想到し得ず、また、本件発明の効果も同様にガンに使用することを考慮しなければ理解し難いにもかかわらず、これらの困難性を看過した結果、本件発明のクリップと引用例記載のピン結集体との相違点の対比判断を誤り、ひいて、本件発明は、引用例及び周知の事項に基づいて容易に発明をすることができたものであるとの誤った結論を導いたものであって、この点において違法として取り消されるべきである。すなわち、

1  本件発明と引用例記載のものとの相違点について

本件発明は、商品に値札を取り付ける等の用途に用いられるプラスチック製の取付具に関する発明であって、右取付具は、プラスチックの細いフィラメントの一端にT字形に横棒を、他端に板状の部分を設けた構造をしており(別紙図面(一)第4図及び第5図参照)、衣類などの上に値札を重ねて、その上から取付具の横棒を、フィラメントを横棒と重ねるように曲げて突き通すと、横棒は布の裏側でT字形に戻って引っ掛かり、フィラメントの他端の板状の部分も布を通り抜けられないので、結局、取付具は布に固定され、布と板状部分の間に値札等を固定することができるのである(別紙図面(一)第4図の下側の図参照)。この種の取付具が初めて考案されたのは古いことで、その形状、材料、取付方法等次第に工夫をこらされ、発展してきたものであり、原告は、本件発明の特許公報である特公昭五二―二〇二四〇号公報(甲第二号証。以下「本件特許公報」という。)の第一頁第二欄第三三行以下に引用されているガン(米国特許第三、一〇三、六六六号明細書(甲第三号証)記載のピストル形状の取付装置)とそれに適する取付具を発明した(別紙図面(二)参照)が、ガンを使用するときは、取付具を数十本横に並べて、布を貫通する横棒の下側を連結した集合体、つまり、別紙図面(二)第4図のように、一本の連結用の棒35の上に取付具を並べて立てたような形をした集合体を用い(この連結材は、取付操作の際、ガンによって切断されるようになっている。)、この集合体をガンに装填し、最初の取付具の貫通用横棒をガンの針の溝に入れ、針を布に突き通し、針の溝に添って取付具の横棒を布の裏側へ押し出し、これで一回の取付作業を終わり、次に取付具の集合体を取付具一本分移動させて、次の横棒を針の溝にセットし、以下繰り返すのである(別紙図面(二)第8図及び第9図参照)。ガンの発明の際用いられた取付具は、その後単体の構造が改良されたが、集合体の全体構造は同様であった。この取付具は広く用いられたものであるが、取付具のフィラメント部分は、細くしなやかであることが望ましいが、そのためにたわみ、集合体の一端のみで固定しているため、フィラメントの部分が絡まってもつれがちになり、そうすると、もつれをほどく手作業が必要となり、面倒で時間がかかり、作業者をいらだたせ、また、時間がかかることは経費を増やすことにもなるといった欠点があったことから、原告は、更に研究を重ね、取付具の集合体のもつれを防ぐため、その板状部分を結合することにより、一本ずつ整列して固定し、しかも、ガンで取付作業をするときには、取付済みの取付具が未使用の集合体から容易に離脱するようにすることを考え、本件発明の特許請求の範囲の記載のとおりの構成を採用したものである。右構成のうち、「取付け具の各々が目的物貫通部分2と、拡大部分4と、該両部分を結合している該貫通部分2から伸長した細長い区分材6と、該貫通部分2を相互に平行的に間隔を置いて結合している切断されうる部材8、10とから成るクリップにおいて」という要件は、公知の取付具集合体の要件であって、「拡大部分間に介在してそれらを結合している容易に切断されうる固定部材22を備え、該固定部材は該切断されうる部材より隣接する該拡大部分がねじり力により相互に手操作で分離されうる程充分に弱いこと」という要件、すなわち、各取付具の拡大部分4がその間に介在する固定部材22により結合されていることとその固定部材22が容易に切断され得ること、より具体的には、固定部材22は、切断され得る部材より隣接する該拡大部分4がねじり力により相互に手操作で分離され得るほど充分に弱いという要件が本件発明の特徴である。そして、本件発明の明細書の発明の詳細な説明の項及び図面中には、固定部材22としては、薄くて短小のフィラメント状接続材が適しており、それは取付具の成形作業に合わせて形成することができること(本件特許公報第三頁第五欄第九行ないし第一三行及び第二六行ないし第三七行、第四頁第八欄第二行ないし第六行並びに第7図)、このような短小なフィラメントとしては、直径と長さが約〇・〇一三センチメートル程度であることが好ましく、〇・一センチメートルでは大きすぎること(同第四頁第八欄第七行ないし第二五行及び第五頁第九欄第二〇行ないし第二四行)、取付具の拡大部分4間は、通常約〇・一センチメートル離れているから、右のフィラメントによって直接結合するのは適当でなく、拡大部分4に突起部を設け、その先端にフィラメントを設けるのがよいこと(同第四頁第八欄第七行ないし第二〇行)、又は拡大部分の近傍にロッドを配し、ロッドと拡大部分を短く薄いフィラメントで結合することにより、拡大部分の位置を相互に固定することもできること(同第五頁第九欄第五行ないし第二四行)等固定部材22についての具体的な記載がされているのである。以上のように、本件発明において、各取付具の拡大部分4を直接接触させないで、固定部材22により連結するようにしたのは、別紙図面(一)第5図に示すように、取付具の目的物貫通部分2がある程度間隔を保って連結されなければならないために(針の溝に取付具の横棒が一本ずつぴったり嵌まるようにするには、取付具同士があまり接近していては困る。)、拡大部分4間にも間隔が必要だからであって、この間に本件発明の目的に適する特殊な固定部材22を設けることが本件発明の特徴の一つであり、また、固定部材22が容易に切断され得るという要件の内容を右のように厳密に定義したのは、右固定部材22は、取付具が使用前にばらばらになってもつれることのないよう十分強く、しかも、使用時には容易に切断されるという一見矛盾した機能を有しなければならないからであって(本件特許公報第四頁第七欄第二二行ないし第二八行)、本件発明は、部材の材料、形状の選択により、引っ張り力には十分耐えるがねじり力には簡単に破断するような固定部材22を得て右目的を達成したのである。すなわち、本件発明は、ガンを用いて取付作業を行った場合、取付直後(目的物貫通部分2の下側の連結部材が切断され、取り付けられた取付具がそれから分離された直後)に、別紙図面(一)第3図に示すように、取付具は布等の目的物に引かれ、他方、それ以外の取付具集合体はガンとともに次の操作のため引っ張られる結果、相互の間に、ちょうど拡大部分4にねじり力を与えるような運動をするという現象を巧みに利用したものであって(本件特許公報第四頁第七欄第二九行ないし同頁第八欄第一行)、その結果、別紙図面(一)第3図の状態から、取付済みの取付具は、分離のための特別な操作(作業)をしなくても、すなわち、一回ごとに取付具を引きちぎる操作(作業)をしなくとも(本件特許公報第三頁第五欄第一五行ないし第二二行、第四頁第七欄第二九行ないし第八欄第一行及び第五頁第一〇欄第二一行ないし第三四行)、自然に発生するねじり力によって切断され、未使用の結集体から分離することができるのであって、本件発明の効果は、右のようにガンの作動を前提として生じるものである。つまり、本件発明のクリップは、ガンと組み合わせて使用されたときに、別紙図面(一)第1図ないし第4図に示された使用態様において、拡大部分がねじり力により手操作で分離され得るという構成要件の作用効果として、極めて簡便かつ迅速な取付操作を実現するものである。ところで、本件審決は、本件発明と引用例記載のものとの相違点(2)についての判断において、本件発明の各取付具の結合手段として、接着剤による結合が含まれるとしたうえで、各々の拡大部分を固定部分で結合する際、固定部材を本件発明のように拡大部分間に介在させるか、引用例記載のもののように止め片の縁部に介在させるかは、単なる設計変更にすぎないとしているが、本件発明の各取付具の結合手段として、接着剤による結合が含まれる旨の右認定判断は、誤りである。なるほど、本件発明の実施例には接着剤を用いる態様が記載されている(本件特許公報第五頁第九欄第三五行以下)。しかし、本件発明の特許請求の範囲においては、明瞭に「固定部材」といい、それが拡大部分間に「介在する」と述べ、更に、それが「切断される」ことを要件としているのであって、これらの言葉は、いずれも日本語として接着剤にあてはまらないばかりか、右特許請求の範囲には、「固定部材22」と記載されているのであり、それは、本件発明の明細書の発明の詳細な説明及び図面、特に第7図の記載からして、接着剤を含まないことは明らかである。一方、接着剤を用いる実施例によれば、接着剤層は第12図及び第13図において「32」という数字で指示されている。したがって、本件発明の特許請求の範囲にいう固定部材22が接着剤を含まないことは明白であって、接着剤の実施例は、たまたま明細書に紛れ込んだものと扱うほかはない(なお、原告は、昭和五八年四月八日付の訂正審判請求書(甲第七号証)により、本件発明の願書添付の図面から、接着剤を使用したクリップを示す図面である第12図と第13図を削除し、合わせてこれに関係する本件発明の明細書の発明の詳細な説明の項中の記載を削除する訂正の申立てをしたところ、昭和五九年一二月二一日付の請求公告の決定(甲第九号証)により、右訂正審判の請求は公告すべきものとする旨の決定がなされ、請求公告の公報(甲第一〇号証)は、昭和六〇年三月四日付で発行されている。)。被告は、本件発明は、その明細書中第12図及び第13図の実施例において、接着剤層を用いた例を明記し、それを本件発明の特許請求の範囲に包含して表現している以上、本件発明の特許請求の範囲にいう固定部材22に接着剤を用いる実施例は含まれず、右実施例は明細書に紛れ込んだとする原告の主張はいいのがれにすぎない旨、また、本件発明の実施例第12図において、目的物貫通部分2は相互に平行的に間隔を置いて設け、拡大部分相互を接着層32で固定した構成を採用している事実から、かかる主張は当を得ない旨主張するが、前述のとおり、第12図及び第13図に示される接着剤による結合態様は、本件発明の実施例とはいえないのであるから、被告の右主張は、失当である。また、被告は、本件発明の特許請求の範囲においては、ガンをその構成要件としていないのであるから、その作動を前提とする主張は誤りである旨主張するが、ガンに関する原告の右主張は、本件発明の目的及び効果に関するものであるところ、本件発明のような物の発明においては、特許請求の範囲には物の構成だけを特定するのが原則であり、目的や効果に関する事項は明細書の発明の詳細な説明の項に記載されるべき性質のものである。そして、本件発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、特許請求の範囲に記載された構成からなる取付具は、公知の取付装置に使用されるという目的及び従来品の欠点を解消するという目的を有していることが(本件特許公報第一頁第二欄第二九行ないし第二頁第三欄第一一行、第二頁第三欄第一九行ないし第四四行及び第三頁第六欄第三行ないし第四三行)、しかも、右公知の取付装置の構造と組み合わされることによって、取付前はもつれることなく、取付時には固定部材に作用するねじり力によって容易に取付具の集合体から分離するという効果を達成するという関係にあることが(本件特許公報第四頁第七欄第一〇行ないし同頁第八欄第六行等)記載されており、したがって、本件発明において、取付装置が特許請求の範囲の構成要件になっていないとしても、それとの関連において本件発明の特徴を説明することは何ら批判されるべきことではなく、被告の右主張は、誤りである。なお、被告は、ガンを引用例記載のピン結集体に適するように改造することは容易である旨主張するが、本件発明のクリップにおいて、歯車と噛み合う役割を果たす「切断されうる部材10」に相当する部材は、引用例の結集体には全く存在せず、したがって、単に歯車を、例えばゴムローラに代えればすむ問題ではなく、また、スプリングを用いるとしても、スプリングをどこに置くか、クリップを取付機具にセットすることが甲第三号証のガンのように容易にできるか否かなど、解決を要する問題が多数あり、しかも、仮に、ピンを移動させる方法が完成したとしても、引用例記載のピン結集体においては、突入杆兼止め杆2を針穴と摩擦させながら目的物に貫通させる際、接着剤の粉末が発生してガンの内部に蓄積するはずであって、この粉末は、ガンの作動を阻害し(ピンの送りを妨げたり、針穴を閉ざす可能性が高い。)、あるいはピンを取り付ける商品に付着して汚染させる問題を生じさせ、被告の提案する微細な歯を有する歯車やゴムローラを使う方法あるいはスプリング力を作用させる方法がそう簡単に実用に供し得るように完成できるとは思われない。一方、引用例には、ピン単体A(取付具)とそれの多数を重ね合わせて上縁と下縁を接着剤で接着したピン結集体が開示されている(別紙図面(三)参照)。ところで、このピン結集体は、取付機具によって取付操作を施すためのもののようであるが(引用例第一頁第一欄第三五行ないし同頁第二欄第一〇行)、引用例には、取付機具について何らの記載もなく、ピン結集体がどのように機械的に操作されるのか全く不明である。しかし、いずれにせよ、右のピン結集体にあっては、ピン単体A、すなわち取付具が密着しているから、その一本を甲第三号証第7図及び第8図(別紙図面(二)第7図及び第8図)のようなガンの針の溝に装填することができず、本件発明のクリップ用のガンに使用できないことは明らかである。したがって、引用例記載のピン結集体を使用する取付機具は、本件発明の予定しているガンとは異なる作動原理を有するものでなければならず、それゆえ、その各部分もまた、本件発明のクリップと一見対応してみえる部分と機能において異なっているのであって、引用例においてもつれ防止という課題が示されている(引用例第一頁第二欄第三〇行ないし第三二行)としても、本件発明が容易に推考されるという関係にはない。被告は、引用例はあくまでもピン単体A相互のもつれを絶無にするために、止め片3同士を結合させた技術的思想が開示されているものとして引用されたものである旨主張し、引用例において接着剤が使用されていることは問題ではないとするようであるが、本件審決は、接着剤での結合という要素が本件発明と引用例記載のものとに共通であることを決定的に重視し、「引用例では各止め片の縁部を接着剤で接着している」との認定のもとに判断をしているのであるから、被告の右主張は、失当である。

2  本件発明と引用例記載のものとの対比判断における本件審決の認定判断の誤りについて

(一) 目的物貫通部分の結合手段について

本件審決は、本件発明と引用例記載のものとの相違点として、本件発明のクリップにおいては、取付具の目的物貫通部分2は、「相互に平行的に間隔を置いて」「切断されうる部材で」結合されているのに対し、引用例記載のピン結集体においては、ピン単体Aの突入杆兼止め杆2は、そのようになっていないことを認めながら、本件発明の取付具の目的物貫通部分2の結合手段は、本件発明の特許出願前周知(甲第三号証、第五号証及び第六号証)であったから、この点に格別の発明力を認めることはできないと認定判断している。この点がそれ自体として公知であることは、本件特許それ自体が認めているところであって、今更他の公知文献を引くまでもない。しかし、発明の一部分の構成が、ある構成のもとにおいて公知だからといって、それを、その特定の構成と切り離して、他の構成の中に組み込むことが公知だとはいい得ない。前述のとおり、本件発明の取付具の目的物貫通部分2の結合手段は、本件発明の取付具を使用する方法(ガンによる)と密接不可分の関係にあるのであって、本件審決は、今これをもって、本件発明のクリップにあって引用例記載のピン結集体にない部分の補強とし、これが甲第三号証等によって知られているがゆえに、引用例記載のピン結集体に欠けているとしても(本件審決は、引用例記載のピン結集体にも一応「結合部材」があり、ただ本件発明のものとは少し違うだけだというように述べているが、引用例記載のピン結集体には結合部材はないというのが正しい。)、そのために引用例記載のピン結集体と本件発明のクリップとを格別異なるものとすることはできないとする議論を展開しているが、これは全くの誤りである。引用例記載のピン結集体は、前述のとおり、本件発明のクリップが予定しているようなガンと組み合わせて使用するものとは到底考えられず、それは後述の拡大部分の接着の仕方にも現れているが、この目的物貫通部分2の連結の態様においてもそのことは明瞭である。すなわち、本件発明では、取付具は間隔を置いて平行に連結部材によって保持されてガンによる操作が可能であるようになっており、かつ、この連結部材はガンを使用する際、ガン内の歯車とかみ合って取付具の位置を決める役割を果たしているのに対し、引用例記載のピン結集体は、ピン単体A同士が密着しているから、その一本を別紙図面(二)第7図及び第8図のようなガンの針の溝に装填することができないことはもちろん、ガンの操作における連結部材の位置決めなどという機能もない。したがって、たとい、本件発明の目的物貫通部分2の結合部材が甲第三号証等によって公知であるとしても、それゆえに、引用例記載のピン結集体において、接着剤の代わりに本件発明の右結合部材を採用するという発想の生ずる余地はない。換言すれば、引用例記載のピン結集体を与えられた当業者は、その突入杆兼止め杆2の結合手段として、接着剤による接着に代えて、一本ずつ間隔をあけ、特殊な装置によらなければ切断できない一本の結合部材(実質上はプラスチックの棒)で貫いて止める、ということを容易に推考し得るものではなく、したがって、本件審決のこの点についての前記判断は、誤りである。被告は、本件発明と引用例記載の考案とは、いずれも取付具の集合体という同じ技術分野に属するものであり、本件発明の取付具の目的物貫通部分2の連結態様は、甲第三号証等により周知であるから、右技術を転用することは容易である旨主張するところ、別々の文献に記載されている部分を結合して新規な物を製造する場合あるいは一方の技術を他方に転用して新規な物となす場合、そのような結合又は転用が容易であるか否かが進歩性判断の対象であることはいうまでもないが、結合又は転用にも進歩性を有するものとそうでないものがあるのであって、特許を無効とするためには、当該発明における結合等の容易であることが積極的に理由づけられなければならないところ、その理由はないから、被告の右主張は、失当である。

(二) 拡大部分の結合手段について

本件審決は、本件発明の各取付具の拡大部分4間の結合手段が、その間に介在する固定部材22であるのに対し、引用例記載の各ピン単体Aの止め片3間の結合手段が接着剤4であるという相違があることを認めながら、固定部材22を本件発明のクリップのように各取付具の拡大部分4間に介在させるか、引用例記載のピン結集体のように各ピン単体Aの止め片3の縁部に介在させるかは、各々の拡大部分4を結合する機能において格別差異が認められないので、単なる設計変更にすぎないと判断している。この審決の論理は、初めに結合の手段の相違を問題にしながら、これに答えるに結合の場所に言及しており、明らかにおかしいが、本件審決は、括孤で囲んで、本件発明の実施例では接着剤を含むと述べているので、恐らく、それが結合手段の相違が問題とならない理由だという趣旨であると思われる。しかしながら、前述のとおり、本件発明の接着剤の実施例は、たまたま明細書に紛れ込んだものと扱うほかはないのであって、そのようにみるならば、本件発明の各取付具の拡大部分4間の固定部材22(実際にはプラスチックのフィラメントである。)も引用例記載の各ピン単体Aの止め片3間の接着剤4も同じものとする本件審決の認定判断は、誤りである。更に、付け加えれば、本件発明のクリップにおける拡大部分4の結合態様と引用例記載のピン結集体における止め片3の結合態様とは、到底同一視されるべきものではない。本件発明においては、取付具の目的物貫通部分2は、「相互に平行的に間隔を置いて」結合されているから、これに対応する拡大部分4もまた、その間に「介在」する固定部材22によって結合され、平行関係を保つ必要がある。しかるに、引用例記載のピン単体Aの突入杆兼止め杆2は、接着剤4により相互に密着しているから、こういう構成において、止め片3だけを、その間に固定部材を介在させて間をあけるわけにはいかないのであって、拡大部分間の結合手段について差異がないものとした本件審決の認定判断は、誤りである。そして、本件発明の明細書に開示されたガンと組み合わせて使用するという認識があって、初めて、目的物貫通部分は平行的に間隔を置いて切断され得る部材により結合した構造としつつ、拡大部分が取付操作前にもつれることなく、取付時には簡単に分離できるような拡大部分用の結合手段を得たいという発明の課題が発見されるのであり、また、ガンと組み合わせて使用することにより、ねじり力により手操作で分離され得るほど充分に弱くした拡大部分固定部材の作用効果が発見されるところ、引用例記載のピン結集体は、目的物貫通部分を間隔なく引き揃えて接着しているから、切断され得る部材と係合する歯車によって目的物貫通部分を順次取付操作位置に送るという操作をすることができず、したがって、ガンに使用することはできないから、本件発明の明細書に記載されたガンに基づいて認識された発明の課題及びその解決手段が引用例から容易に想到されるという根拠は、不明である。なお、この点に関し、被告は、引用例記載の考案における接着剤に代えて、甲第三号証における取付具の下側を連結する手段(コッドと連結片)を拡大部分の結合に転用することによって、本件発明を容易に発明することができる旨主張するが、右主張は、本件審決にはない理由であるばかりか、甲第三号証の連結片は、見るからに太く強そうであるし(別紙図面(二)第2図等)、ガンの機械的操作によって切断されるものであるから、このような連結材によって拡大部分を相互に固定すれば、これを分離するためにはナイフで切断する等の作業が必要であることは明らかであって、このような態様から、本件発明におけるねじり力により自動的に分離され得る固定手段を想像することは困難である。また、本件発明においては、ロッドと拡大部分の連結材は、別紙図面(一)第11図に示されているように、突起部26aとネック28aから構成される特殊な形をしており、甲第三号証記載のクリップの連結片とは全く異なるものであって、このような構成は、本件発明の思想に到達して初めて可能になるのであって、被告の右主張は、いずれにしても失当である。

(三) 固定部材の強度及び切断方法について

本件審決は、拡大部分の結合力が、本件発明の場合はねじり力により相互に手操作で分離され得るほど充分に弱いが、引用例記載のピン結集体では、止め片3の接着4がどの程度の力で分離するのか明らかでないという相違を認めつつ、引用例に接着剤による接着が示されている以上、拡大部分を固定部材で結合し、ねじり力で分離させることは当業者の容易になし得るところであり、また、引用例記載のピン結集体の止め片3の分離も取付機具によるのではないから手操作で分離されるものと認められると認定判断しているところ、接着剤による接着という公知技術があれば、ねじり力による分離が容易に推考し得るということは全く理由になっていない。二つの平たいものを接着した場合、その分離は通常ねじって行うのではなく、剥がすのであって、右の認定判断は、誤りである。また、本件審決は、引用例記載のピン結集体におけるピン単体Aの各止め片3は取付機具で分離するものではないから、当然手操作で分離されるものであるとしているが、引用例には、取付機具によって接着剤を切断するのではないとの記載はどこにもないのであって、この認定も誤りである。引用例のこの点に関する説明は、「次に本案品を装填した取付機具(図示してない)によってピン単体Aにおける突入用鋭利部2aが正札6の孔6aに挿通可能に正札取付操作を施す。然る時は所要のピン単体Aは結集体から分離してピン単体Aにおける突入杆兼止め杆2は被取付商品の布面5に突入する。この場合、突入杆兼止め杆2は吊下用細杆1と並行一致化しているが、前記杆2全体が被取付商品の布地5に対する挿通完了後、取付機具を除去すれば第4図および第5図に示す様に容易に所要商品に対する正札の吊下げ目的を達成させる。」(引用例第一頁第一欄第三八行ないし同頁第二欄第一〇行)というもので、これを素直に読めば、ピン結集体からピン単体Aを分離するのはむしろ機械的操作によるものと理解されるのであって、少なくとも、本件発明の操作のように、拡大部分4はガンで保持せず、目的物貫通部分2の連結点だけを機械的に切断し、目的物に取り付けるので、自然に拡大部分4の結合部にねじり力が加わることを利用してその切断を容易にするという手段は全く教示されていない。これをいい換えれば、引用例には、ピン結集体の取付方法(取付装置の構成)が説明されていないから、止め片3を手操作で分離するか否か不明であり、また、分離する際にねじり力が作用するような使用方法が説明されていないから、引用例には、ガンの取付操作から拡大部分の結合部に自然発生するねじり力を利用して固定部材を切断するという技術的思想を教示する記載があるとはいえない。そもそも、本件発明は、単に拡大部分を結合しておき、取付時に切断すれば取付具相互のもつれを防ぐことができるというだけのものではない。本件特許公報第四頁第七欄第二二行ないし第二八行に説明されているように、そのような結合には、もつれを防ぐためには使用前に安定して存在していなければならず、したがって、ある程度強くなければならないが、同時に取付操作時に容易に分離されるためには弱くもなければならないという相反する要求があることを認識し、その課題をねじり力によって切断され得る固定部材22(しかも、目的物貫通部分2を結合する部材と対応して、個々の取付具を平行に保つべく拡大部分4間に介在する。)で解決した点に発明が存するのであり、その具体的態様として、別紙図面(一)第7図ないし第11図のような細く短いフィラメントによる結合を開示しているのであって、引用例には、右のような問題の存することの示唆すらなく、もちろん前記課題解決のための技術的思想を教示しているとはいえない。被告は、引用例記載のピン結集体において、ピン単体Aは明らかにねじって分離するものであり、拡大部分を分離するのにねじり力を利用するという技術的思想は、本件発明の特許出願前公知であるから、その強さを容易に分離することができるような程度にすることは容易である旨主張するが、前述のとおり、引用例には、取付機具の構成もピンの分離の方法も記載されていないから、引用例を見た場合、二箇所の接着層の一方は機械で、他方は手操作で切断すべきだという発想は容易に生じるものではない。むしろ、引用例の図面第3図の結集体を見る限りでは、止め片3の部分も機械的に保持しておき、端から順に機械操作により切断していくのが自然のように思われるのであって、被告の主張は、失当である。

第三  被告の答弁

被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一  請求の原因一ないし三の事実は、認める。

二  同四の主張は、争う。本件審決の認定判断は、正当であって、原告が主張するような違法の点はない。

1  原告の四1の主張について

本件発明の特許請求の範囲には、固定部材22の形状や寸法あるいは取付位置等の重要な限定条件についての記載はなく、本件発明において、いかなる形状や寸法を選定し、更にこれをいかなる場所に取り付けると、「ねじり力により相互に手操作で分離されうる程充分に弱い固定部材22」が得られるのか不明であって、要は、「手操作によって取付具のアセンブリより一個の取付具の拡大部分が分離される」か、あるいは「部材8、10より弱い固定部材22で拡大部分を連結する」程度のことしか記載されていない。そして、本件発明の願書添付の図面中第5図ないし第9図(別紙図面(一)第5図ないし第9図)には、拡大部分4(あるいは4´)の側面に形成して突起部26と26(あるいは26´と26´)の間を結ぶ薄いネック、すなわちフィラメント28(あるいは28´)からなる固定部材22を用いた実施例が、同第10図及び第11図(別紙図面(一)第10図及び第11図)には、拡大部分4の縁部とロッド30との間をフィラメント28aからなる固定部材22を用いた実施例が、同第12図及び第13図(別紙図面(一)第12図及び第13図)には、接着層32からなる固定部材22を用いた実施例が示されており、これらの実施例を併せ検討すると、本件発明のクリップにおける固定部材22は、拡大部分4を形成する樹脂そのものでもよいし、接着剤でもよく、また、その取付個所も特定されたものではないことを意味していると解される。結局、本件発明における「固定部材22」は、拡大部分をクリップを構成する樹脂そのものあるいは接着剤等何らかの手段を用い、直接的に、あるいは間接的に連結したものであればよい。原告は、本件発明の特許請求の範囲にいう「固定部材22」が接着剤を含まないことは、特許請求の範囲において、明瞭に「固定部材」といい、それが拡大部分間に「介在する」と述べ、更に、それが「切断される」ことを要件としていることから明白であって、接着剤の実施例は、たまたま明細書に紛れ込んだ旨主張するが、本件発明は、その明細書に実施例として第12図及び第13図の接着層の発明を明記し、それを特許請求の範囲に包含して表現している以上、本件発明の特許請求の範囲に接着剤を用いる実施例を含まないとする主張並びに接着剤の実施例が明細書に紛れ込んだとする主張は、いい逃れというほかない(なお、原告は、本件発明の明細書のうち接着剤に関する記載及び実施例の第12図及び第13図を削除する訂正審判を請求し、訂正公告がなされたが、被告は、訂正異議の申立てをなし、現在係争中である。)。また、原告は、本件発明における拡大部分4の結合態様と引用例記載の止め片3の結合態様とは到底同一視されるものではない旨主張するが、本件発明の実施例第12図において、目的物貫通部分2を相互に平行的に間隔を置いて設け、拡大部分4は相互に接着層で固定した構成を採用している事実から、原告の右の主張は、当を得ないものというべきである。原告は、本件発明において、拡大部分を直接接触させないようにして、固定部材で連結したのは、別紙図面(一)第5図のように、取付具の目的物貫通部分がある程度間隔を保って連結されなければならないために、拡大部分間にも間隔が必要だからであり、その間に本件発明の目的に適する特殊な固定部材を設けることが、本件発明の特徴の一つである旨主張するが、本件発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、拡大部分4同士を固定部材22で連結することについては詳細な説明がなされているが、取付具の間隔については、全くその重要性が記載ないし示唆されていないのであって、このことは、取付具同士の間隔は特に問題ではなく、広くてもよいし、狭くてもよく、また、密着状態で配列されてもよいことを意味しているものと解され、また、原告自らが別紙図面(一)第12図に示す発明をなし、それを明記しているのであるから、かかる主張は不当である。また、原告は、本件発明の効果は、甲第三号証記載のガンの作動を前提としている旨、また、本件発明の目的物貫通部分2の結合手段は、本件発明の取付具を使用する方法(ガンによる)と密接不可分の関係にある旨主張するが、本件発明の特許請求の範囲には、取付装置は構成要件とはされておらず、その作動を前提とするとの主張は意味をなさず、失当である。更に、原告は、取付具同士の間隔は、これを取り付けるガンとの関連においていかにも重要である趣旨の主張をするが、甲第三号証第7図及び第8図(別紙図面(二)第7図及び第8図)より分かるように、クリップはガンの送り装置である歯車50に噛合して間歇的に移送されているが、クリップを構成している切断され得る部材36がこの歯車50に噛み合うために間隔が必要であったにすぎない。そして、本件発明は、複数の取付具がロッド8にネック10を介して接続されたクリップの一体構造に関するものであって、取付具同士の間隔については特に限定されるべき条件もないので、この間隔と取付具を衣類に取り付けるためのガンとの関係を重要な要件として論ずるわけにはいかない。一方、引用例には、その構成に関し、「……ピン単体Aの無数を各止め杆2……における吊下用細杆1との連設縁の反対縁および各止め片3……の上縁を凡て引揃えて該両縁部を接着剤によって接着4、4´してピン結集体を構成する布製品に対する正札取付用ピン」との記載があり、右ピンは、ピン単体Aの突入杆兼止め杆2(本件発明の目的物貫通部分2に相当)と止め片3(本件発明の拡大部分4に相当)の縁部を接着剤4、4´で接着した構成により、非連結端部側のピン単体相互のもつれを絶無にする等の作用効果を奏するものであることが記載されている。原告は、引用例記載のピン結集体は、取付機具によって取付操作を施すためのもののようであるが、引用例には取付機具について何らの記載もなく、ピン結集体がどのように機械的に操作されるのか全く不明であるが、いずれにしても、引用例記載のピン結集体は、ピン単体相互が密着しているから、その一本を別紙図面(二)第7図及び第8図のようなガンの針の溝に装填することができず、本件発明のクリップ用のガンに使用できず、引用例にもつれ防止という課題が示されているとしても、そこにおける解決方法からして、本件発明が推考されるという関係にはない旨主張するところ、原告主張のとおり、引用例には、ピン結集体を打ち込む取付機具についての記載はないが、引用例は、あくまでもピン単体A相互のもつれを絶無にするために、止め片3同士を結合させた技術的思想が開示されているものとして引用されたものである点を銘記すべきであるし、また、本件発明においては、クリップ自体のもつれをどのようにして解決したかということが問題なのであって、特定の構造を有するガンとの関係を論ずる必要は全くない。なお、付言するに、例えば、別紙図面(二)第7図及び第8図に記載されたガンにおいても、<1>歯車50の代わりに微細な歯を有する歯車を使用するか、あるいは<2>歯が無いゴムローラを使用することによって取付具を商品に打ち込むことは可能であり、また、<3>単に取付具を一定方向に送るのであれば、常時スプリング力をクリップの移動方向に作用させるような構造とすることも可能である。したがって、甲第三号証に記載されたガンを各取付具間に間隔のないクリップに使用する際に、前記のような改造をすることは当業者であれば通常行っているものであり、逆にこのような設計変更ができない者は当業者ということはできないものである。

2  原告の四2の主張について

(一) 同(一)及び(二)の主張について

クリップの基本的な構造、すなわち、拡大部分と細長い区分材と貫通部分とからなる取付具をネックを介してロッドに櫛状に接続した構造のものは周知であり、引用例によって、ピン結集体(本件発明のクリップに相当)の突入杆兼止め杆2(本件発明の目的物貫通部分2に相当)と止め片3(本件発明の拡大部分4に相当)とを接着材4、4´によって接着して固定することは公知であり、また、引用例により、貫通部分と拡大部分とをそれぞれ連結することによって「非連結端部側のピン単体A相互のもつれを絶無にする」という作用効果を奏することが教示されており、更に、甲第三号証第4図及び第5図(別紙図面(二)第4図及び第5図)に示されているように、目的物貫通部分31と拡大部分32とこれらを結ぶ細長い区分材(フィラメント)33からなる取付具をまとめる手段として、切断可能な連結片36を介してロッド35に連結した構造が提案されており、このことは、多数の成形品をまとめる手段として、その成形品を構成する樹脂そのものを利用する方法が提案されていることになる。原告は、あるいは前記主張に対して、連結片36はガンに内臓されたナイフ82によって切断するものであり、本件発明のように手操作で分離され得るほど充分に弱いという点については記載されていないと指摘するかもしれない。しかし、目的物貫通部分31をネック(連結片)36を介してロッド35に連結することが甲第三号証によって開示され、更に拡大部分を接着剤で一体的に接着することによって取付具相互間のもつれを絶無にするという課題解決手段が引用例によって開示されている以上、本件発明のように、拡大部分4を固定部材22(特に形状、構造、寸法等が限定されていない。)によって連結すること、及びこの固定部材22を手操作(取付機具による取付具の取付操作)によって簡単に分離できるような強度に構成することは、取付具は一時的にクリップになっているものであり、使用状態において分離するものであることからして、当業者であれば当然決定することができる単なる設計変更あるいは単なる選択の問題であり、かかる簡単な構造は発明性が認められる事柄には相当しない。そのうえ、多数の物品をまとめて成形する際には、乙第一九号証ないし第二一号証等に示すように切れやすい固定部材で連結した状態で成形することは通常に行われていることである。この点について、原告は、目的物貫通部分2の結合手段に関して、発明の一部分の構造がある構成のもとにおいて公知であるからといって、それをその特定の構成と切り離して、他の構成の中に組み込むことが公知とはいえない旨主張するが、本件発明の取付具の目的物貫通部分2の連結態様は、前記のとおり甲第三号証等により周知であり、右周知の結合手段を転用すればよいのであって、容易になし得ることであり、原告の右主張は、失当である。また、原告は、目的物貫通部分2の結合手段は、本件発明の取付具を使用する方法(ガンによる)と密接不可分の関係にあるところ、本件審決は引用例にはない部分を甲第三号証によって補強して判断している旨主張するが、前記のとおり、取付具の集合体であるクリップの基本的な構造は、甲第三号証等の多数の文献や原告等が販売した多数のクリップから周知であったことが明らかであるから、この点について特に言及する必要はない。本件審決における問題は、本件発明と甲第三号証記載の発明及び引用例に記載の考案との同一性を論じているものではなく、進歩性ないしは特許に値する高度性があるかどうかの問題であり、特許法第二九条に規定されているように、公知公用の発明はもちろん、当業者がこれらの公知公用の発明から容易に発明し得たものは特許に値しないものである。しかるに、原告は、公知の発明及び考案と本件発明との同一性を論じているものであって、到底容認できない。更に、原告は、引用例記載のピン結集体は本件発明のクリップが予定しているようなガンと組み合わせて使用するものとは到底考えられず、また、本件発明では、取付具は間隔を置いて平行に連結部材によって保持されてガンによる操作が可能であるようになっており、かつ、この連結部材は、ガンを使用する際ガン内の歯車とかみ合って取付具の位置をきめる役割を果たしているが、引用例記載のピン結集体は、ピン単体Aが密着しているから、その一本を別紙図面(二)(甲第三号証の図面)第7図及び第8図のようなガンの針の溝に装填することができず、もちろん、ガンの操作における連結部材の位置ぎめなどという機能もなく、したがって、たとい本件発明の取付具の目的物貫通部分2の結合部材が甲第三号証等によって公知であるとしても、それゆえに、引用例記載のピン結集体において、接着剤の代わりにこれを採用するという発想の生ずる余地はない旨、換言すれば、引用例記載のピン結集体を与えられた当業者は、その突入杆兼止め杆2の結合手段として、接着剤による接着に代えて、一本ずつ間隔をあけ、特殊な装置によらなければ切断できない一本の結合部材(実質上はプラスチックの棒)で貫いて止めるということを容易に推考し得るものではないから、本件審決は発明の進歩性の判断を誤っている旨主張するが、本件発明は、前述のとおり、ガンとの組合せを要件としておらず、かつ、本件発明の取付具の目的物貫通部分2の連結態様は、甲第三号証により周知であるから、これを転用することは容易であって、原告の主張は、失当である。

(二) 同(三)の主張について

引用例には、拡大部分(止め片3)の接着剤4を切断する方法についての記載はないが、この種の取付具(ピン)を打ち込む方法として、取付機具を使用することが記載されているので(引用例第一頁第一欄第三五行ないし同頁第二欄第二行)、少なくとも突入杆兼止め杆2は、この取付機具の使用中に分離されるものであることは容易に想像できる(これ以外の方法を想像することは、困難である。)とともに、引用例の「次に本案品を装填した取付機具(図示しない)によってピン単体Aにおける突入用鋭利部2aが正札6の孔6aに挿通可能に正札取付操作を施す。」(引用例第一頁第一欄第三八行ないし同頁第二欄第二行)との記載から判断して、突入用鋭利部2aは取付機具で挿通されるが、止め片3側の縁部の接着4はガンを使用して分離するものではなく、正札6の取付操作によって、すなわち、手操作あるいは取付具の取付操作によって分離されるものであることは当業者にとって容易に想像することができることである。なぜならば、甲第三号証に記載されているグリップが周知であり、取付機具として甲第三号証に記載されたガンあるいはこれと同様な機構を有するもの等多数の形式のものがある場合において、引用例の取付具の止め片3の接着4をそうした取付機具を利用して機械的に切断(あるいは剪断)することを想像することは技術の進歩から判断して無理があるからである。ガンは、本体の前部に中空針38が設けられ、これの内部をレバーで操作されるピストンで目的物貫通部分31(突入杆兼止め杆2)を押圧して通過させる構造のものであるから、当業者としては、引用例に記載された取付具をを打ち込む取付機具を採用しようとすれば、多分これに類似したものを採用することを考慮するのが普通であり、逆に、止め片3の接着4を取付機具によって機械的に切断(あるいは剪断)する構造を考えることは、突入杆兼止め杆2と止め片3とを同時に切断できる取付機具自体の発明をすることを意味するのである。結局、引用例の接着剤4によって接着された止め片3は、取付機具によって機械的に分離されるものでないとすれば、当然、取付具を取り付ける際の取付機具の手操作によって生じるねじり力によって分離されるものであると考えるのが妥当である。原告は、接着剤による接着という公知技術があればねじり力による分離も容易に推考し得るということは、全く理由になっていない、二つの平たいものを接着した場合、その分離は通常ねじって行うものではなく剥がすのである旨主張しているが、引用例には、紙のように平たいものを全面的に接着したものが記載されているのではなく、ピン単体Aの平たい止め片3の縁部(小面積の部分)を別紙図面(三)第3図のように薄く接着剤を施して接着したものが記載されており、右接着したものを分離する場合には、剥がすよりもむしる、あるいはねじる、ひねるのであって、引用例には、拡大部分をねじって分離することが記載されているといえる。また、この接着剤4は、引用例記載の考案の目的及び作用効果から判断して、一時的に止め片3を固定する役目をするものであるから、あまり強力なものを使用しないのは常識であり、もし接着力が大きいものであれば、止め片3の分離が困難であるばかりか、残りの接着剤が衣類等に付着することが考えられるから、常識的な当業者であればそのような強力な接着剤を使用することはほとんどない。更に、原告は、引用例には、取付機具による取付操作から拡大部分の結合部に自然発生するねじり力を利用して、固定部材を切断するという技術的思想を教示する記載はない旨主張するが、引用例の第3図(別紙図面(三)第3図)には、止め片3の縁部に接着剤4の層が形成されて軽く接着されているものが示されており、この構造のピン結集体においても、中空針を取り付けた取付装置を利用してピン(取付具)を商品に打ち込むとすれば、先に突入杆兼止め杆2がピン結集体より分離されて商品の裏側に打ち込まれ、次いで、止め片3がピン結集体より分離されることになる(突入杆兼止め杆2と止め片3を同時に切断する取付装置があれば別であるが、現在においてもこのような取付装置はなく、また、このような複雑な作用をする取付装置を開発する意義も必要性も全く認められない。)。具体的には、別紙図面(三)第3図のピン結集体より一本のピン単体A(取付具)が分離される状態を考えれば分かるように、例えば、最も左側のピン単体(取付具)の突入杆兼止め杆2が取付装置の中空針中を押し出されて左側に移動すると、突入杆兼止め杆2に接続されている吊下用細杆1に引っ張られた止め片3と残りの連結された止め片3との間に当然のことながら間隔が開き、回転し、これと同時に接着剤4が分離あるいは切断(あるいは剪断)されることになるのであって、この挙動から明らかなように、止め片3を接着している接着剤4はねじられて切断されることになるのであり、本件審決はこのことを簡単に記載しているのであって、原告の主張は、失当である。

第四  証拠関係(省略)

理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本件発明の特許請求の範囲の記載及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告は、本件審決は、本件発明の取付具の拡大部分の結合手段として、接着剤による結合が含まれ、また、引用例記載のピン単体Aの止め片を結合する接着剤は手操作で分離される旨誤認し、かつ、本件発明の課題が本件発明の明細書に記載された取付装置(ガン)の構成を考えなければ容易に想到し得ず、本件発明の効果も同様にガンに使用することを考慮しなければ理解し難いのにもかかわらず、これらの困難性を看過した結果、本件発明のクリップと引用例記載のピン結集体との相違点の対比判断を誤り、ひいて、本件発明は引用例及び周知の事項に基づいて容易に発明をすることができたものであるとの誤った結論を導いたものであって、この点において違法として取り消されるべきである旨主張するが、右主張は、以下に説示するとおり、すべて理由がないものというべきである。

1  前示本件発明の特許請求の範囲の記載及び成立に争いのない甲第二号証(本件特許公報)を総合すれば、本件発明は、二つの目的物を一緒に固定したり、タグやラベルを衣服等に固定したりするための取付具の集合体に関する発明であって、その一端の目的物貫通部分とそこから延長する引き延ばしフィラメント状区分材とこの区分材の厚さ又は直径を大きくした前記フィラメント状区分材の他端部(拡大部分)からなる形式の従来の取付具は、複数個の取付具から構成される集合体、すなわちクリップ状をなしているのが一般で、この形式の取付具は米国特許第三、一〇三、六六六号明細書(甲第三号証)に開示された取付装置(ガン)に用いられる形式のものであるが、右クリップにおいては、クリップを構成する個々の取付具を目的物貫通部分に隣接して一端のみで固定させていることや取付具が所望の機能を果たすためには引き延ばし接続区分材がある程度たわみ性を有しなければならないことから、クリップの取付具が互いにもつれたり、あるいは多数のクリップが一緒に梱包される場合に、隣接するクリップが相互にもつれたりして、そのもつれをほどく手作業が必要となり、面倒で時間がかかり、作業者をいらだたせる原因となり、また、時間がかかることは経費を増やすことにもなるといった欠点があったところ、本件発明は、もつれの問題を解消することを第一の目的とし、更に、その場合においても、取付具をそれらがクリップの一部である間、互いに所定方向に確実に保持し、取付具をそれらの所望の関係位置から動かそうとするかなり強い力に耐える一方、何ら大きな力を加えないで所定の時間に個々の取付具をクリップから完全に分離させる使用が容易になし得るようにすることを目的として、本件発明の特許請求の範囲の記載のとおりの構成を採用し、これをその要旨とするもので、特に「拡大部分間に介在してそれらを結合している容易に切断されうる固定部材22を備え、該固定部材は該切断されうる部材より隣接する該拡大部分がねじり力により相互に手操作で分離されうる程充分に弱いこと」という構成を採用したことによりその目的を達し、所期の作用効果を奏し得たものであることを認めることができる。ところで、右認定したところによれば、本件発明の特許請求の範囲にいう「固定部材22」は、「拡大部分間に介在してそれらを結合し」、かつ、「容易に切断されうる」ものであり、しかも、その結合は、「切断されうる部材より隣接する該拡大部分がねじり力により相互に手操作で分離されうる程充分に弱い」ことを要件とするものであるところ、右にいう固定部材の果たす機能ないしその技術的意義を更に検討するに、前掲甲第二号証によれば、その発明の詳細な説明の項には、「本発明のさらに他の目的は、相付着させた取付具から成るクリップを操作して、使用される取付具をその目的物貫通部分のクリップから分離するようにし、従来技術にみられるように、取付具が掛り合う目的物に貫通部分が突き入り、ついでクリップを操作して部分的に分離した取付具にたいしてクリップをねじるようにし、それによって、取付具をクリップから完全に分離させることにある。」(同号証第二頁第三欄第二〇行ないし第二八行)、「かなり強く引張り力に耐えるがねじり力にはかなり弱くなるような仕方により、取付具を互いにそれらの拡大部分端で固定することがきわめて有利であることが分った。薄くて短小のフィラメント状接続材はこの特性を有している。比較的弱めな接着剤層も同じくこの特性を有している。拡大部分端に隣接してこれら取付具間にこのような接続材を設けると、……各取付具は、いつの場合にも通常の取付動作として行う連続的運動の他にオペレータが何ら特別な動作を用いることなく、クリップから容易に分離することができる。」(同号証第三頁第五欄第九行ないし第二二行)、「このようにして形成されたクリップは、個々の取付具のもつれが完全に除去され、さらに、本形式のものでは、このことが、取付具を目的物に取付ける行程において取付具の普通の操作方法と協同するように特に設計され、それで取付具が一度目的物と掛り合うと、いかなる場合にも取付け操作と通常関係のある動きを有する他はオペレータに何ら特別の操作を行わせずにクリップから完全に離すことができるような構成によって達成しうるという、従来得られなかったすぐれた特徴を有する。」(同号証第五頁第一〇欄第二四行ないし第三四行)との各記載があり、図面の第5図ないし第8図の実施例の説明として、ガンを用いて取付作業を行う場合、クリップをガン12内に挿入した後、針14を目的物Oに押し込み、ハンドル20を操作すると、ガン12内に装填されているクリップの取付具の連結部材(狭小ネック10)が切断され、ロッド8から分離され、次いで、取付具の目的物貫通部分2が針14から押し出され、これに接続する細長い区分材6も針14のスロット16に沿って移動し、針14の先端を出た目的物貫通部分2は、目的物Oの表面とほぼ直角の位置を占め、次にガン12を引き戻せば、貫通部分が目的物Oに掛止され、同時に区分材6が伸長し、引張力が働いて、この取付具の拡大部4と隣接する取付具の拡大部4とを連結する固定部材22にねじり力が作用して、これを切断し、取付具がクリップから完全に分離して取付操作が完了する旨の記載(同号証第三頁第六欄第一三行ないし第四頁第八欄第一行)があるほか、固定部材の実施能様として、拡大部分4の側面に形成した突起部26、26(あるいは26´、26´)の間を結ぶフィラメント28(あるいは28´)によって固定部材を構成したもの(別紙図面(一)第5図ないし第9図)、拡大部分4の縁部とロッド30に形成した突起部26aの間を結ぶフィラメント28aによって固定部材を構成したもの(同図面第10図及び第11図)、各取付具の拡大部分を接着層で固定したもの(図面第12図及び第13図)がそれぞれ記載されているところ、右第10図及び第11図の実施例に示されているクリップをガンを用いて取付操作を行った場合のフィラメント28aに作用するねじり力の方向は、右第5図ないし第9図並びに第12図及び第13図の実施例に示されたクリップをガンを用いて取付操作を行った場合のフィラメント28や接着層32に作用するねじり力の方向とは相違するものであることを認めることができ、叙上認定の事実に本件発明の特許請求の範囲の記載を総合すると、本件発明において、固定部材22に作用するクリップの取付操作に伴って生じるねじり力の方向は必ずしも限定されたものではなく、固定部材22は各取付具の拡大部分4間に介在してそれらを結合するものであるが、取付機具(ガン)を用いて目的物に取付具を取り付ける際の人の手による一連の連続的動作によって生じるねじり力等の力によって容易に切断し得る程度に弱いものを指すものと認められ、したがって、本件発明の特許請求の範囲にいう固定部材の構成は叙上認定の趣旨に解すべきであり、そのほかには、その素材、形状、寸法等についてこれを具体的に限定する記載はないから、右要件を具備するものであれば、すべて固定部材22に包含されるものと認めるべきである。原告は、本件発明の特許願書に添付の図面中第12図及び第13図の実施例は、本件発明の実施例に当たらないから、本件審決は、本件発明の各取付具の拡大部分の結合手段として、接着材による結合が含まれると誤認したものである旨主張するところ、普通、二つの物体を接合するために塗布した接着剤が接合後固化して生じたもの(接着層)を「部材」とはいわないこと及び接着剤によって固定したものを分離する場合に、接着剤が「切断される」とは表現しないことなどから、固化した接着剤(接着層)が本件発明の特許請求の範囲にいう「固定部材」という概念に含まれるか否かは一考を要するところではあるが、前認定のとおり、本件発明の願書に添付された図面には、本件発明の実施例として、接着剤により拡大部分4間を結合した実施例第12図及び第13図が示されており、前掲甲第二号証によると、本件発明の明細書の発明の詳細の項には、右実施例に関する説明として、「クリップは従来技術のように、最初拡大部分を互いに接続しないで、別の手段で、拡大部分4の接面24にかなり弱い接着層32を塗布し、その後拡大部分を、第12図及び第13図に示すように、移動し互いに付合させるようにしてある。この接着層はきわめて強力に引張力に耐えるが、ねじり力にはかなり弱い。それで、普通のクリップの操作中、取付具をもつれない状態に維持し、一方、取付具が作動的に目的物と掛り合った後、先取付具によりその拡大部分4がクリップからきわめて容易に離れるようにしてある。」(甲第二号証第五頁第九欄第三五行ないし同頁第一〇欄第二行)旨の記載があることが認められ、出願人が右接着剤層32を固定部材の一実施例としてみていたことは明らかであるところ、これらの事実(特に、接着層の果たす作用効果が他の固定部材と差異がないこと。)に、前認定のとおり、本件発明がその特許請求の範囲において、固定部材の材料、形状、寸法等について何ら限定をしていないこと、並びに前認定の本件発明の目的及び作用効果を総合すれば、接着剤(接着層)が一般論として固定部材の概念に含まれるか否かの問題を考慮にいれても、本件発明における固定部材は接着層を含むものと解するのを相当とし、特にこれを除外しなければならない事由があるものとは到底認めることができない。原告は本件発明の明細書において固定部材が「22」の数字で表示されているのに対し、接着層は「32」の数字で表示されていることをもって接着層と固定部材とは異なる旨主張するが、この点は前掲甲第二号証中図面第7図において固定部材に相当する部分を「28」の数字で、また、第8図においては「28´」の数字で表示しているのと同断であって、叙上認定を覆すに足りない。また、原告が、本件発明の願書添付の図面から第12図及び第13図を削除し、併せて明細書中これに関連する説明部分を削除する旨の訂正の審判を請求し、訂正公告がなされたが、訂正異議の申立てがなされ、現在係争中であることは、当事者間に争いがないが、仮に、右訂正が認められた場合においても、前示接着層の果たす作用効果に徴すると、このことは、本件発明における固定部材に関する前示判断を左右するものと解することはできない。したがって、原告の叙上主張は採用するに由ない主張というほかない。一方、成立に争いのない甲第四号証(引用例)によれば、引用例は、優先日前に日本国内において頒布された名称を「布製商品に対する正札取付用ピン」とする考案の実用新案出願公告昭四五―三〇三六三号公報であって(このことは、原告の明らかに争わないところである。)、そこには、本件審決認定のとおり、突入杆兼止め杆2と止め片3とを吊下用細杆1で結合して、ピン単体Aを形成し、このピン単体Aの複数を引き揃えて各突入杆兼止め杆2及び止め片3の両縁部を接着剤で接着4、4´して、ピン結集体を構成した正札取付用ピンが記載されており、右構成、特に、突入杆兼止め杆2及び止め片3の両縁部を接着剤で接着するという構成を採用したことにより、従来その一端部で連結した無数のピン単体を連続的に製造したものに比べて、非連結端部側のピン単体相互のもつれを絶無にする等の効果を奏し得たものであるところ、引用例には、ピン単体の結集体を使用して正札を布製商品に取り付ける具体的態様に関して、「本案品によって正札を布製商品に取り付けるには先ず被取付製商品の布面5に対し正札6を摘んで当てる。次に本案品を装填した取付機具(図示してない)によってピン単体Aにおける突入用鋭利部2aが正札6の孔6aに挿通可能に正札取付操作を施す。然る時は所要のピン単体Aは結集体から分離してピン単体Aにおける突入杆兼止め杆2は被取付商品の布面5に突入する。」(甲第四号証第一頁第一欄第三六行ないし同頁第二欄第五行)旨の記載があり、右記載に続いて、「この場合、突入杆兼止め杆2は吊下用細杆1と並行一致化しているが、前記杆2全体が被取付商品の布地5に対する挿通完了後、取付機具を除去すれば第4図及び第5図に示す様に容易に所要商品に対する正札の吊下げ目的を達成させる。」(同号証第一頁第二欄第五行ないし第一〇行)との記載があることが認められる。右各記載によれば、引用例記載のピン結集体を構成するピン単体Aの突入杆兼止め杆2は、取付装置(その構成は不明である)の機械的な力によって隣のピン単体Aの突入杆兼止め杆2との接着部分を破断されて分離され、被取付商品の布面5に挿通するが、ピン結集体から分離されたピン単体Aの突入杆兼止め杆2が被取付商品の布面5に挿通完了した後、取付機具を除去すれば、すなわち、次の取付動作をするために取付機具を引き戻せば、ピン単体Aの止め片3は、取付機具の機械的な力ではなく、取付機具を引き戻す際に接着部にかかるねじり力等の力によって、隣のピン単体Aの止め片3と分離されるものと推認することができる。叙上認定の事実によれば、引用例には、ピン単体Aの両縁部を固定することにより、ピン単体相互のもつれを絶無にするという技術的思想が開示されているほか、止め片3の接着を取付装置の機械的な力ではなく、手操作により、すなわち取付機具の取付動作に伴って生じるねじり力等の力によって分離するという技術的思想を示唆する記載があるものと認められる。原告は、本件審決は、引用例記載のピン単体Aの止め片3を結合する接着剤4は、手操作で分離されるものであると誤認した旨主張するが、前認定説示のとおり、引用例には、右接着剤を手操作により、すなわち取付機具の取付動作に伴って生じるねじり力等の力によって分離する技術的思想を示唆する記載があるから、原告の右主張は採用することができない。

2  そこで、叙上認定の事実に基づいて、本件発明のクリップと引用例記載のピン結集体とを対比するに、本件発明の目的物O、取付具、クリップ、目的物貫通部分2、拡大部分4、細長い区分材6、固定部材22は、引用例記載のピンの考案における取付商品の布面、ピン単体A、ピン結集体、突入杆兼止め杆2、止め片3、吊下用細杆1、接着4にそれぞれ相当し、本件発明のクリップの切断され得る部材8、10は、引用例記載のピン結集体の接着4´に対応するものと認められるところ、両者は、タグやラベルを衣服等に固定したりするための複数の一緒に固定された取付具(ピン)からなる結集体(クリップ)であって、本件審決認定のとおり、該取付具の各々が目的物貫通部分と拡大部分と該両部分を結合している該貫通部分から伸長した細長い区分材と該目的物貫通部分を相互に平行的に結合している切断され得る部材とからなるクリップにおいて、該拡大部分間にそれらを結合して容易に切断され得る固定部材を備えた点で一致していることが認められるが、一方、(1)目的物貫通部分の結合手段が、本件発明のクリップでは、目的物貫通部分を相互に平行的に間隔を置いて切断され得る部材8、10によって結合しているのに対して、引用例記載のピン結集体では、複数のピン単体Aを引き揃えて各突入杆兼止め杆2の縁部を接着して結合している点、(2)拡大部分間の結合の態様が、本件発明のクリップでは拡大部分間に固定部材22を介在させているのに対して、引用例記載のピン結集体では各止め片3の縁部を接着剤で接着4している点、(3)拡大部分(止め片)を結合する結合材の強度について、本件発明のクリップでは、結合材である固定部材22は切断され得る部材より隣接する拡大部分のねじり力により相互に手操作で分離され得る程度に充分に弱いのに対し、引用例記載のピン結集体では、各止め片3の縁部の接着剤がどの程度の強さであるのか明示されてはいない点で相違するものと認められる。そこで、右各相違点について検討するに、相違点(1)については、成立に争いのない甲第三号証によれば、同号証は、優先日前特許庁資料館受入れに係る名称を「値札取付装置」とする発明の米国特許第三、一〇三、六六六号明細書であって、その第4図及び第8図には、複数個の取付具において、それらの貫通部分が切断され得る部材により相互に平行的に間隔を置いて結合されている貫通部分の結合手段が記載されており、また、前掲甲第二号証によると、右態様の取付具は取付具として広く用いられていることが認められるほか、成立に争いのない甲第五号証(発明の名称を「取付部片製造装置」とする発明の昭和四六年一一月一日発行に係る特公昭四六―三七一〇〇号公告公報)及び甲第六号証(発明の名称を「プラスチック・フィラメント延伸装置」とする優先日前頒布に係るオーストラリア国特許第四三八七〇八号明細書)にも右態様の取付具が記載されていることが認められ、右事実を総合すると、本件審決認定のとおり、複数個の取付具において、それらの貫通部分が切断され得る部材により相互に平行的に間隔を置いて結合されている貫通部分の結合手段は、優先日前において周知であったものと認められ、また、引用例及び前掲甲第三号証の記載によれば、取付具の集合体が取付機具によって取り付けるものであることも、優先日前周知であったものと認められるから、引用例記載のピン結集体における複数の単体Aを引き揃えて各突入杆兼止め杆2の縁部を接着するのに代えて、各突入杆兼止め杆2を相互に平行的に間隔を置いて切断され得る部材によって結合するという優先日前周知の構成を採用することは、当業者が容易になし得ることと認められる。原告は、この点について、本件発明のクリップの目的物貫通部分の結合手段は、本件発明の取付具を使用する方法(ガンによる)と密接不可分の関係にあるのであって、引用例記載のピン結集体を本件発明のクリップが予定しているようなガンと組み合わせて使用することは到底考えられない旨、また、目的物貫通部分の結合手段に関して、発明の一部分の構造がある構成のもとにおいて公知であるからといって、それをその特定の構成と切り離して、他の構成の中に組み込むことが公知とはいえない旨主張するところ、引用例記載のピン結集体が、その構造のゆえに本件発明のクリップが予定しているような特定の構造を有するガンと組み合わせて使用することができないとしても、そのことと、引用例記載のピン結集体におけるピン単体Aの突入杆兼止め杆2の結合手段として、右周知の結合手段を採用することが困難であるか否かということとは直接関係がないばかりか、前認定説示のとおり、本件発明の取付具の目的物貫通部分の連結態様は周知であることからして、右周知の結合手段を同一の技術分野に属する引用例のピン結集体におけるピン単体Aの突入杆兼止め杆2の結合手段として転用することは容易であって、そうすることに格別の困難性があるものとはいい得ないから、原告の右主張は、いずれも採用することができない。また、(2)の相違点については、各々の拡大部分4あるいは止め片3を固定部材で結合する際、固定部材を本件発明のクリップのように拡大部分4間に介在させるようにしても、引用例記載のピン結集体のように止め片3の縁部に介在させるようにしても、その奏する機能において格別差異がないことは前認定のとおりであるから、右の違いは単なる設計変更にすぎないものと認められる。原告は、本件発明のクリップにおける目的物貫通部分は、「相互に平行的に間隔を置いて」結合されているから、これに対応する拡大部分もまた、その間に「介在」する固定部材によって結合され、平行関係を保つ必要があるところ、引用例記載のピン結集体におけるピン単体Aの目的物貫通部分相当部は接着剤により相互に密着しているのであるから、このような構成においては、拡大部分相当部だけをその間に固定部材を介在させて間をあけるわけにはいかない旨主張するが、前示本件発明の特許請求の範囲によると、目的物貫通部分の相互の間隔と拡大部相互の間隔との関係については何ら限定するところがなく、前認定説示のとおり、引用例記載のピン結集体のピン単体Aの突入杆兼止め杆2の結合の態様を前記周知の態様のものとした場合には、ピン単体A相互の関係を平行に保つために止め片3相互の間隔を突入杆兼止め杆2相互の間隔と同じようにすることも単なる設計変更にすぎないものというべきであるから、原告の右主張も採用の限りでない。更に、相違点(3)の点についてみるに、本件発明における固定部材を切断され得る部材より手操作で分離され得るほど充分弱くするという技術的思想は、引用例に明記されていないが、前認定のとおり、引用例には、本件発明の固定部材に相当する接着剤を取付機具の取付動作によって生じるねじり力等を利用して分離するという本件発明と同一の技術的思想が示唆されているのであるから、本件発明の固定部材の結合の強さを手操作により分離され得るほど充分に弱くすることは、引用例に示唆された右の技術的思想から容易になし得たものと認められる。

そうであるとすれば、本件発明は、引用例及び周知のクリップの形状に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとみるのを相当とし、したがって、本件審決の認定判断は正当というべきである。

(結語)

三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤った違法があることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よって、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条、上告のための付加期間の付与について同法第一五八条第二項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

別紙図面(一)

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別紙図面(二)

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別紙図面(三)

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