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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1353号 判決 1983年5月26日

控訴人 原田榮進

右訴訟代理人弁護士 二宮忠

被控訴人 奥村三男

被控訴人 奥村幸枝

被控訴人ら訴訟代理人弁護士 塚本郁雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人に関する部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、原判決三枚目表一〇行目から裏四行目までを削除し、次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであり、証拠関係は、記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

(控訴人)

仮登記をした場合には、本登記の順位は仮登記の順位によるとされている。しかし、仮登記には、登記原因たるべき物権変動は実体法上既に発生しているが登記申請に必要な手続上の条件が完備しないとき物権保全のためにするもの(以下一号仮登記という。)と、登記原因たるべき物権変動はまだ発生していないが、物権変動を目的とする請求権を保全しようとするとき及び請求権が始期付又は停止条件付であるとき請求権保全のためにするもの(以下二号仮登記という。)とがあり、二号仮登記の場合にはまだ本登記を請求しうる実体関係を備えていない。したがって、順位保全の効力は、一号仮登記には妥当するが、二号仮登記には妥当しない。本件仮登記は売買予約を原因とする二号仮登記であるから順位保全の効力はない。

また、仮登記制度は、所有権移転に関する仮登記をした不動産であっても本登記が完了するまではその所有名義人は当該不動産を自由に処分することができることと関連している。即ち、不動産の所有名義人が、先に不動産を処分すべき旨の意思表示(処分)をしながら、後にこれに反した意思表示(二度目の処分)をしたときは、民法では意思表示の前後にかかわらず先に本登記を備えた者が優先することになり、これでは先に意思表示を受けた者が保護されないこととなるのでこれを保護しようとするのが仮登記制度である。これは、先にした意思表示を尊重させることが私的自治の原則に沿うからで、仮登記の順位保全の効力は、この原則のはたらく範囲、即ち私権と私権が衝突する場合に妥当し、私権と公権、私権と公の処分間の関係では妥当しない。ところが、強制競売開始決定の差押登記には処分禁止の効力があるので爾後私的自治の原則ははたらかず所有名義人は当該不動産の処分をすることが許されない。二号仮登記特に本件のような売買予約を原因とする仮登記の場合は、本登記をするために改めて実体法上の権利の変動をきたす行為(処分行為)が必要である。そうすると、控訴人のためにされた強制競売開始決定の差押登記と、被控訴人らの仮登記とは、私権と私権の衝突する場合ではなく、しかも、右強制競売開始決定の差押登記は、昭和五六年三月二四日にされているのに、株式会社ホンダ自販不動産部(以下訴外会社という。)は被控訴人らに対し同月三一日所有権を移転しているから、右処分行為は処分禁止の登記後にされたもので差押の効力に抵触し、控訴人に対抗することができず、控訴人は、不動産登記法一〇五条一項で準用する同法一四六条一項の「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」(以下利害関係人という。)に該らない。

(被控訴人ら)

一号仮登記と二号仮登記は、これによって発生する対抗力に関する限り両者の間に本質的な差異はない。したがって、仮登記が一号仮登記であっても二号仮登記であっても、その仮登記後になされた登記は、それが、所有権に関するものであるか否か、また、本登記であるか仮登記であるかを問わず、更にまた、仮登記義務者の権利を前提とする限り、仮差押・仮処分・強制競売開始決定による差押等の登記であっても、その登記の名義人は利害関係人に該当する。

仮登記権利者が、所有権に関する仮登記に基づいて本登記をなしうるだけの実体関係を備えたときは、仮登記のままで利害関係人に本登記実現のための承諾を求めうるし、利害関係人は、仮登記権利者が本登記を有しないという抗弁はできない。そして、仮登記権利者が本登記をなしうるだけの実体関係を備えた時期と、利害関係人の強制競売開始決定による差押登記の時期との前後によって結論を異にしない。

理由

一、<証拠>によれば、昭和五五年一二月二二日被控訴人らは、訴外会社から原判決添付別紙目録記載の不動産を、代金は一億一四〇〇万円、手付金は契約成立と同時に、残金は物件の引渡し、所有権移転登記手続完了と同時にそれぞれ支払い、所有権は売買代金全額の授受が完了すると同時に移転するものとし、訴外会社は昭和五六年四月二〇日までに右不動産を引渡し所有権移転登記手続を完了するとの約定で買受けた(被控訴人らの持分各二分の一)こと、同月二三日被控訴人らは手付金五〇〇〇万円を支払ったこと、昭和五六年一月三〇日被控訴人らは、訴外会社に売買代金のうち一〇〇〇万円を支払ったこと、被控訴人らは、訴外会社との間に、売買代金残金のうち五〇〇〇万円は訴外会社の負っている債務担保のため右不動産に設定されていた債権者を川崎信用金庫とする抵当権設定登記の抹消登記をするため、その被担保債権の弁済に充て、四〇〇万円を右不動産引渡時に支払うことと約定を改め、右金庫に五〇〇〇万円が支払われたこと、その後右四〇〇万円については被控訴人らと訴外会社間で右売買に関する税金、諸費用等に充てることによって全額弁済されたものとすることを合意したこと、昭和五六年三月三一日右不動産の所有権を訴外会社から被控訴人らに移転することを約したことがそれぞれ認められ、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。

二、被控訴人らが、前記不動産について、横浜地方法務局川和出張所昭和五五年一二月二四日受付第四七八〇〇号をもって所有権移転請求権仮登記をしたこと、控訴人のため同出張所昭和五六年三月二四日受付第一〇四七七号をもって強制競売開始決定による差押登記がされていることは当事者間に争いがなく、前顕乙第三号証の一ないし四によれば、右仮登記は昭和五五年一二月二三日売買予約を原因としていることが認められる。

三、仮登記について、不動産登記法七条二項は、仮登記をした場合において本登記の順位は仮登記の順位による旨規定し、同法二条は、仮登記として、本登記の原因たるべき物権変動は実体法上既に発生しているが登記申請に必要な手続上の条件が完備していないときに物権保全のためにする場合の一号仮登記と、本登記の原因たる物権変動はまだ発生していないが、物権変動を目的とする請求権を保全しようとするとき及び請求権が始期付又は停止条件付であるとき請求権保全のためにする場合の二号仮登記を規定していることは控訴人主張のとおりである。

しかし、仮登記は、その原因たる権利関係自体の公示に目的があるのではなく、後になされる本登記の順位を保全することを目的とするものであるから、仮登記が後に本登記されるべき権利関係を公示するに足りるもの、即ち本登記と権利関係において同一性を有する仮登記である以上、一号仮登記と二号仮登記とではその登記をなすべき場合を異にするけれども、順位保全の効力については差異はないと解すべきである。

これを本件について見るとき、本件売買は、前記不動産の所有権は売買代金全額の授受が完了すると同時に移転するとの約定で契約が締結され、売買予約を原因とする仮登記がされたが、売買代金は結局全額支払ったものとされて被控訴人らに所有権が移転されたのであるから、右仮登記は、本登記と権利関係において同一性を有し順位保全の効力を有するものであり、被控訴人らは所有権に関する仮登記に基づいて本登記をなしうるだけの実体関係が備ったものとして、利害関係人に対し本登記をするについて承諾を求めうるに至ったものというべきである。

四、そして、仮登記の後に仮登記された権利を侵害する権利の登記がされた場合には、右登記の現在の名義人はすべて利害関係人に該当し、また、それは、通常仮登記義務者の法律行為を原因とするものであるが、それに限らず、仮登記義務者の権利を前提としてされたものであれば、その意思に基づかないものでもこれに該当すると解すべきであり、仮差押・仮処分・強制競売開始決定による差押登記も権利に関する登記であるからその登記名義人は利害関係人に該当する。これを本件についてみるとき、控訴人のため強制競売開始決定による差押登記がされているから、控訴人は利害関係人に該当するというべきである。

五、したがって、被控訴人らの本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 下郡山信夫 大島崇志)

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