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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)93号 判決 1982年11月29日

原告

トリオ株式会社

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1双方の求めた裁判

1  原告は、「特許庁が昭和56年2月10日に同庁昭和54年審判第970号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

2  被告は、主文同旨の判決を求めた。

第2原告主張の請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和48年2月20日、特許庁に対し、名称を「多回路スイツチ」とする考案(以下「本願考案」という。)について、実用新案登録出願(昭和48年実用新案登録願第21913号)をしたが、昭和53年10月12日付で拒絶査定を受けたので、昭和54年2月7日、右拒絶査定に対する審判を請求したところ、特許庁は、これを同庁同年審判第970号事件として審理のうえ、昭和56年2月10日、右審判の請求は成り立たない旨の審決(以下「審決」という。)をし、その審決の謄本は、同年3月9日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨

次の各項から構成されることを特徴とする多回路スイツチ(別紙図面1参照)

(a)  多回路にそれぞれ接続される端子を保持する絶縁体

(b)  前記端子の少くとも一部の端子を互に隔離するように前記絶縁体の表面に形成され、アースに落とされる導電体

3  審決の理由の要点

本願考案の要旨は、前項記載のところにあるものと認める。

これに対し、実公昭37―18926号公報(以下「引例」という。)には、多回路にそれぞれ接続される複数の切換端子4を保持した絶縁体からなる端子板2、これら端子の一部を互に隔離するように、端子板2を貫通して設けられアースに落とされているシールド板3から構成されることを特徴とするスライドスイツチ(別紙図面2参照)が記載されているものと認められる。

本願考案と引例のスイツチを対比すると、引例の端子板2を貫通したシールド板3が本願考案では絶縁体の表面に形成された導電体である点を除いて、両者間に検討を要する相違は見出せない。

しかるに、相違点について検討すると、アースに落とされた導電体を端子板(本願考案でいう絶縁体)の表面に配置しても、それが端子間であれば、これら端子間にクロストーキングに関する一定のシールド効果を期待できることは周知であり、また、このような導電体を端子板の表面に形成することは、プリント配線に関する周知の技術的思想からみてきわめて容易なことと認められる。

してみると、本願考案は引例に記載された事項に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決は、左記のとおり、引例の記載事項を誤認し、本願考案と引例との相違点を看過し、また、相違点についても判断を誤つた違法があるから、これを取り消すべきものである。

(1)  審決は、引例の記載事項を誤認し、ひいては、本願考案と引例のものの構成上及び効果上の相違を看過したものである。

1 審決が引例記載のシールド板はアースに落とされていると認定したのは誤りである。

引例には、その明細書、図面のいずれにも、そのシールド板(3)がアースに落とされている旨の記載は全くない。かえつて、引例の出願人自身が、別件実用新案登録出願事件(実願昭48―143336号。以下「別件出願」という。)につき、本件と同じ引例に基づく拒絶理由に対する意見書(以下「別件意見書」という。)において、引例記載のシールド板(3)は固定端子列の間に単に配置されているにすぎず、かつ、それでもクロストークが2ないし3デシベル向上する旨を述べている(甲第7号証)。そして、実験によれば、もしもシールド板(3)がアースされていればクロストークの向上が2ないし3デシベル程度の低い値であるはずはない(甲第8号証)。また、後記のように、引例の出願当時においては、シールドやアースに関して必ずしも充分解明されていたとはいえないのである。

以上を総合すれば、引例記載のシールド板(3)は固定端子間に単に配置したにすぎない(アースに落とされていない)ものと解すべきであり、かつ、当時としては、それでもスイツチの改良としての効果を有していたものとみるべきである。

被告は、シールドという場合、それに使われる導体はアースに落とされていると解するのが斯界における技術常識であるから、引例に「シールド板」という語がある以上、これがアースに落とされて使用されるものと解するのが妥当である旨主張する。

しかし、被告が右主張の根拠の1つとする乙第2号証刊行物は、引例の出願より12年も後に発行されたものであり、しかも、後記のように、同刊行物が発行されるまでアースに関するまとまつた書物は存在しなかつたことを考えると、同号証は、引例の記載内容を判断するにつき、何の資料にもなりえないものである。

かえつて、同刊行物の著者自身がその「序文」や「あとがき」で述懐しているところによれば、電子回路は接続図どおりに作つても動作しない場合が多く、それがほとんどストレーキヤパシテイーやアースに関係するが、アースに関するまとまつた本がなく、アースに関しては現場で失敗を重ねた者でないとわからないのであつて、これらのことが同刊行物の出版の動機になつたというのである(甲第9号証の1ないし3)。したがつて、本願考案の出願当時においてすら、スイツチの端子間に位置する導体をアースに落とすことは、技術常識を越えたものなのである。

被告は、また、審決は技術常識に従つて解釈したまでのことであるので、引例に明記されている事項と使用態様に関する解釈事項とを特にことわらずに引例の記載事項として認定したものである旨主張する。

しかし、引例は実用新案公報自体なのであるから、その公報に記載されている事項のみが認定の対象となるべきであり、何ら明記のない使用態様をその記載事項として認定するのは、引例からの逸脱である。技術常識を加味するにしても、引例の記載事項自体を解釈することと、引例に明記されていない使用態様に関する事項を推理して、それを引例の記載事項とすることとでは、全く別の事柄である。

しかも、技術常識に従つて解釈したというような立ち入つた検討の経緯は審決に全く示されておらず、また、審査・審判の過程を通じて、引例記載のスイツチの使用態様などは全く示されなかつたのであるから、審決には引例記載のものの認定に関し論理の飛躍があるというほかなく、そして、その欠落した論理過程を審決取消訴訟において初めて明らかにするがごときは、到底許されないことである。審判の審理過程や審決において周知事項等として示されていた事項ならいざ知らず、それらにおいて全く示されなかつた事項を審決取消訴訟において主張・立証しても、審決の違法性が治癒されるはずもない。

もしもこれらの事項が審査・審判の審理過程で示されていれば、原告は、意見書の提出、明細書の補正等によつてこれに対処しえたのであるから、そのような機会を与えず、隠された論理構成を以て審決をしたことは、実用新案法第13条、特許法第50条で保障されている、意見を述べる機会を与えなかつたことになり、この点においても審決の違法があることになる。

被告は、さらに、アースの問題について原告は審査・審判の段階を通じて全く問題にしていなかつたのであるから、アースについての認定根拠の説明までも審決に記載する必要はない旨主張する。

しかし、職権主義を旨とする審査・審判においては、出願人・請求人が触れない事項を審理してはならないとか、審理する必要がないとかいうものではなく、特に、本願考案は、実用新案登録請求の範囲の記載から明らかなように、導電体をアースに落とすことを必須の構成要件としているのであるから、この要件に関する事項については、出願人・請求人が個々具体的に触れていないとしても(一般に原査定の認定判断に対する不服として審判請求がされているのであるから)、充分に審理を行い、出願人・請求人に客観的な拒絶の理由が示されるべきであり、被告の右主張は失当である。

結局、被告の主張・立証によつても、審決がした引例の記載事項の認定が正当であるということはできず、審決におけるシールド板とアースとの関係についての表現、被告が主張・挙示する論理構成・資料が審判の審理過程や審決で全く示されていないこと、などを考えると、審決時において被告主張の論理構成がなされていたとは到底考えられず、審決は引例の記載事項の認定を誤つたというほかない。

2 審決は、本願考案と引例記載のスイツチとの対比にあたり、後者のシールド板が前者では絶縁体の表面に形成された導電体である点を除いて相違点は見出せないと認定しているが、右認定は、前項1記載の引例の記載事項の誤認を前提とするものであるから、それが誤りであることは明らかである。

すなわち、引例記載のスイツチのシールド板(3)はアースに落とされていないのに対して、本願考案の導電体(8)はアースに落とされることが必須の要件となつているものであるから、この点に構成上の著しい相違があり、審決はこの相違点を看過したものである。

3 したがつてまた、審決は、前項2記載の構成上の相違点に基づく効果上の差異を看過したものでもある。

すなわち、シールド板を単に(アースに落とすことなく)配置しただけでは、アイソレーシヨン(分離度)はたかだか2ないし3デシベル程度向上するにすぎないが、これを本願考案のようにアースに落とすことにより、アイソレーシヨンは著しく向上するのである。このことは、引例の出願人自身が別件意見書で述べているとおりであつて、別件意見書では、「アース」という字句こそ用いていないが、シールド板とフレームとを電気的に結合するとアイソレーシヨンが10ないし20デシベル向上する旨が述べられており、スイツチカバー(フレーム)が金属(導体)であれば、これがアースに落とされることは当該技術分野においては当然であること、別件意見書には、さらに、アイソレーシヨンの向上は固定端子列と接触片とで構成される回路間の静電結合を小さくすることによつて得られる効果である旨が述べられていること、などを考慮すれば、引例のシールド板がアースに落とされていないのに対して、別件出願のシールド板がアースに落とされており、その結果、後者が前者と比較してアイソレーシヨンの著しい向上をもたらしたことは明らかである。また、実験結果(甲第8号証)も、引例のシールド板はアースに落とされていないのに対して別件出願のシールド板及び本願考案の導電体がアースに落とされていることによつて、前述のようなアイソレーシヨンの向上が可能であることを示している。

(2)  審決は、本願考案と引例のものとの相違点について、シールド用導電体を端子板の表面に形成することはプリント配線に関する周知の技術から極めて容易なことであるというが、それは次に述べるように誤りである。

1 右判断は、本願考案と引例のものとの構成上及び効果上の相違点を前記のように看過した上でのものであるから、その前提において既に誤りである。

2 また、引例のものは、端子板(2)をシールド板(3)が直角に貫通する構造になつているため、製造が困難であり、端子板の強度が落ちるなどの欠点を有し、しかも、個々の端子の間をシールドすることはできない難点がある。

これに対して、本願考案は、絶縁体表面に導電体のパターンを形成することにより実現され、端子板の強度を落とすことなくシールドすることができ、しかも、導電体パターンを各端子の間に設けることが可能であり、これにより各端子間のクロストークを防止できるものである。

審決の前記判断は、この効果上の差異を看過した結果であり、誤りである。

(3)  なお、別件出願は実用新案登録第1286180号として登録されているが、その考案の技術内容は、引例記載のスイツチにおいて、そのシールド板をそのまま用いてこれをスイツチのカバーに電気的に接続してアースに落としたものであるから、その技術的思想は本願考案と実質的に同一であり、その実用新案登録請求の範囲に記載された事項はすべて本願考案の明細書中に記載されているため本願に対していわゆる後願の関係にある別件出願は、実用新案第3条の2の規定により実用新案登録を受けることができないものである。また、先願たる本願考案を明細書の実施例のように実施すれば、後願たる別件出願に係る登録実用新案を実施する恐れがある。このような矛盾は、前記のような本件審決の認定判断の誤りに基因する。本願考案は、引例のものと構成及び効果を異にし、右誤りがなければ当然に登録されたものである。

第3請求の原因に対する被告の認否及び主張

1  原告主張の請求の原因1ないし3の各事実は認める。

2  審決を取り消すべきであるとする同4の主張は争う。この点に関する原告の主張は、左記のとおり、いずれも理由がなく、審決にはこれを取り消すべき違法の点はない。

(1)  原告主張の取消事由(1)について。

審決には原告主張の誤認も看過もない。

1 審決が引例記載のシールド板はアースに落とされていると認定した点に誤りはない。

本願考案と引例のものとに共通な問題であるクロストークは、導体間の静電結合に基因するものであるから、この静電結合を無くすることがクロストークを防止することになる。そして、静電結合を無くする技術がシールドである。しかるところ、シールド用導体はアースに落として使用することが理論上必要であり(乙第1号証)、実際上もそのように構成され、遊んでいる導体でさえアースに落として誘導を防ぐことが行われている(乙第2号証)。さらに、スイツチの分野に限つても、シールド板はアースに落として使用されるものである(乙第3号証)。すなわち、「シールド」といえばそれに使われる導体はアースに落とされていると解するのが、斯界における技術常識である。

以上にかんがみて、引例にはスイツチそれ自体の構造が記載されているに止まり、その使用態様に係るアースへの接続までは記載されていないけれども、「シールド板」という用語がある以上、審決は、前記の技術常識に従つてそれがアースに落とされて使用されるものと解するのが妥当であるとして、そのように認定したのであり、そのように解することは、引例に記載された作用効果である、「本考案のスライドスイツチは……高周波用低周波用の端子を使いわけることができ、しかも両端子間に電気的干渉が生じなく、小型のバンド切換用のスライドスイツチを提供することができる」(甲第5号証第1ページ右欄第3ないし第9行)こととも整合し、適切である。一般に、引例の記載に技術常識を加味してその解釈をするのは許されることである。したがつて、審決の認定は正当である。

もつとも、審決は、引例に明記されている事項と使用態様に関する解釈事項とを、特にことわらずに、引例の記載事項として認定したものであるが、それは、通常の技術常識に従つて解釈したにすぎない事項であり、しかも、原告は審査・審判の過程を通じてアースの問題には全く触れなかつたので、アースに関する認定の根拠を特に示さなかつたまでのことである。

したがつて、乙第1号証ないし乙第3号証の提出は、いささかも審決の論理に影響を及ぼすものではなく、単なる補足的な説明資料の提出にすぎず、また、特許庁における経過からみて意見を述べる機会はあつたのであるから、原告が違法の根拠として主張しているような、隠された論理構成を以て審決をなしたために意見を述べる機会が与えられなかつたとする点、さらに、審決が引例の記載事項の認定を誤つたとする点は、原告の誤解によるものであつて、その主張は当らない。

また、原告は、乙第2号証刊行物が引例の出願の時から12年も後に発行されたことを強調し、それは引例の記載内容を解釈するときの参考資料として適切でない旨主張する。

しかし、一般に、引用文献の解釈に当つては、その作成時の状況、作成者の主観的意図等は問題とならず、それが、審理の対象である発明あるいは考案の出願時における技術水準に基づいてどのように解釈されるかが問題となるのである。

したがつて、乙第2号証は、原告主張のように、引例の出願時より可成り後に発行されたものではあるが、本件出願の出願日よりほぼ1年前に発行されたものであるから、審理に当り引例の記載内容を解釈する際に、乙第2号証を資料として参酌することには何ら支障はないものである。それゆえ、原告の主張は当らない。

2 原告は、審決が本願考案と引例のものとの構成上及び効果上の相違点を看過した旨主張する。

しかし、前項1記載のように、引例のシールド板(3)は、その使用態様においてはアースに落とされていると解するのが技術常識に従つた妥当な解釈であるので、この解釈を前提とする審決の認定に誤りはない。これに反した前提に立つ原告の主張は誤りである。

(2)  同(2)について。

原告は、審決がシールド用導電体を端子板の表面に形成することはプリント配線に関する周知の技術からきわめて容易なことであるとしたのは誤りである旨主張するが、右主張は、次のとおり、理由のないものである。

1 原告は、審決の右判断は本願考案と引例のものとの構成上及び効果上の相違点の看過に基づくものであるからその前提において既に誤りであると主張するが、審決に原告のいう相違点の看過がないことは前項(1)記載のとおりであるから、原告の右主張は理由がない。

2 原告は、審決が本願考案は絶縁体表面に導電体のパターンを形成することにより実現できて端子板の強度を落とすことなくシールドすることができ、しかも、導電体パターンを各端子の間に設けることができ、これにより各端子間のクロストークを防止できるという効果を看過した旨主張する。しかし、審決は、絶縁体表面に導電体パターンを形成することが周知であることを根拠として、本願考案は引例のものにおけるシールド板を右周知の導電体パターンで置換したものに相当し、それは当業者がきわめて容易に着想しうる域を出ないものと判断したものである。そして、審決の結論を導き出すためには右判断を以て必要にして充分なものということができるから、特に本願考案の効果の1つ1つにつき言及するところがないからといつてそれら効果を看過したということはできない。

なお、絶縁体表面に導電体パターンを形成し、これをアースに落とす技術は、電子部品の技術分野(本願考案のスイツチもこの分野に属する。)に属するプリント基板において周知である(乙第2号証)。

(3)  なお、原告は、審決が認定判断を誤つた結果、矛盾が生じている旨主張するが、以上のとおり、審決の認定判断に誤りはないのであるから、原告の右主張は前提において誤りである。

のみならず、原告が本願の後願であると主張する実願昭48―143336号は、別件であり、かつ、その実用新案登録請求の範囲と本願のそれとを比較しても、それらの構成要件は全く相違するものであつて、到底同一考案とはいえない。

したがつて、この面からみても、原告の右主張は理由がない。

第4証拠関係

本件訴訟記録中の証拠目録欄記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  原告主張の請求の原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、審決取消事由の存否について検討する。

(1)  原告主張の取消事由(1)(引例の記載事項の誤認及び相違点の看過)について。

右取消事由は、次のとおり、いずれもその理由がない。

1 引例記載のシールド板とアースの接続の認定(取消事由(1)の1)について。

成立に争いのない甲第5号証によれば、引例には、スライドスイツチにおいて、端子板にその面に直交する節度兼シールド板(以下「シールド板」と略称する。)(3)を設けて端子群(4)、(4)及び(5)、(5)を区隔した構造により、端子群を高周波用と低周波用に使いわけることができ、両端子間に電気的干渉が生じない旨記載されている(第1ページ右欄第3ないし第7行)が、シールド板とアースとの関係については何の記載もないことが認められる。

しかしながら、いずれもその成立に争いのない乙第1ないし第3号証によれば、本願考案の出願当時において、電気的干渉の防止を目的とするシールド手段としての導電体はアースに接続するのが、電気関係の分野における技術常識であつたと認められ、したがつて、当業者であれば、引例中に特に記載がなくとも、引例記載のスイツチのシールド板(3)がアースに落とされることを予定したものであること、ひいては、右スイツチをその通常の使用態様に従つて回路中に組み込んだとき、右シールド板(3)がアースに落とされている状態になることを、当然の事項として了知すべきものと推認することができる。

ところで、実用新案法第3条の規定の趣旨にかんがみれば、同条第1項第3号にいう「刊行物に記載された考案」とは、刊行物の記載から一般の当業者が了知しうる技術的思想をいうものと解するのが相当であるから、審決が引例にアースに落とされているシールド板(3)が記載されているとしたのは、引例の記載の技術的内容の認定として、誤りであるということはできない。

原告は、引例のシールド板はアースに落とされないものと解すべき旨主張し、その根拠として、引例の出願人が別件意見書で述べた事項を引用するとともに、その述べられた事項に符合する実験結果(甲第8号証の1、2)を示し、さらに、前記乙第2号証刊行物の記載自体が当時におけるシールドやアースに関しての未解明状態を示している点を強調する。

しかし、たとえ別件意見書の内容が引例の出願人の真意を述べたものであるとしても、一般当業者はその存在を知る由もなく、また、前記甲第5号証を精査しても、引例の記載自体にはそのような出願人の真意を窺うに足りる記載を見出すことができないから、別件意見書は、一般当業者がその技術常識によつて引例記載のシールド板(3)は当然アースに落とされるべきものとして理解することを妨げるものではない。また、右実験結果は、別件意見書に述べられた事項にのみ符合するにすぎず、引例自体の記載事項とは無関係である(右甲第5号証によれば、引例には、そのシールド板(3)について、それがアースに落とされない旨の記載がないのはもとより、それによるアイソレーシヨンの向上が2ないし3デシベル程度である旨の記載もないことが認められる。)から、引例の記載を一般の当業者がどのように理解したかを推認するための資料とすることはできない。

さらに、いずれもその成立に争いのない甲第9号証の1ないし3によれば、前記乙第2号証刊行物に記載されたシールドやアースについての未解明の問題ないしは困難性とは、「接続図通りに作つても動作しない」ことの理由がストレーキヤパシテイ等の「接続図に書いてないもの」に基因しており(甲第9号証の1第1ページ下から第11ないし第6行)、そして、「接続図に書いてない部品」はほとんど全部といつてよいほどアース回路に関連している(同第2ページ第7ないし第8行)点、つまり、基本的な理論からみてアースすべきものをアースするのは当然とした上で、さらに、一見アースする必要がないように思えるものでさえしつかりとアースしなければならない点にあるものと認められる。したがつて、右乙第2号証は、右甲第9号証の1ないし3に照らしても、シールド用導電体をアースに落とすのが技術常識であつたことを示しこそすれ、それを疑わしくするようなものでは毛頭ない。

そうであれば、原告指摘の諸事実は、いずれも、引例記載のシールド板とアースの関係に関して一般当業者の理解すべき内容についての前記認定を左右するに足りないものである。

したがつて、原告の主張は採用できない。

なお、原告は、技術常識を加味するにしても引例の記載自体を解釈することと引例に明記されていない使用態様に関する事項を引例の記載事項とすることとでは全く別であり、後者は引例からの逸脱である旨主張する。

しかし、引例記載のシールド板が使用態様としてアースに落とされるということは、前示技術常識に照らして読むとき、「シールド板」という引例の用語自体の技術的意味内容の一部に他ならないから、実質上記載されているに等しいというべきであり、原告の主張は理由がない。

また、原告は、審決が右認定をするに至つた過程ないし根拠が特許庁での手続において全く示されず、本件訴訟においてそれが示されたのは違法である旨主張する。

しかし、考案の新規性及び進歩性については、出願当時その考案の属する技術の分野における通常の知識(実用新案法第3条第2項)、すなわち技術常識を前提として認定判断するのはいうまでもないことであるから、当業者が技術常識上当然のこととして了知しえたと認められる事項である以上、その認定の過程ないし根拠を説明しないからといつて、客観的な拒絶理由が示されなかつたとはいえないし、その過程ないし根拠をはじめて示すことが新たな拒絶理由を構成するわけでないことも、いうまでもない。そして、右の道理は、職権審理主義であるからといつて、また、拒絶査定不服の審判であるからといつて、変わるべきいわれはない。

しかるところ、本件において、引例に基づく拒絶理由に対して意見書を提出する機会が出願人に与えられたことは、弁論の全趣旨から明らかである。また、右のように、単に拒絶理由中の技術的認定判断の前提ないし補助となるにすぎず、それ自体では拒絶理由の直接の根拠をなさない技術常識ないし技術水準については、たとえ特許庁における手続中に明らかには現われなかつた事項であつても、審決取消訴訟の手続において、攻撃防御の必要に応じて主張、立証することが許されるべきは当然である。

したがつて、原告の右主張は失当である。

2 原告主張の構成上及び作用効果上の相違点の看過(取消事由(1)の2及び3)について。

審決における引例の記載事項の認定について原告主張の誤りがないことは、前認定のとおりである。したがつて、これがあることを前提として審決には本願考案と引例のものとの構成上及び効果上の相違点の看過があるとする原告の主張は、理由がない。

(2)  原告主張の取消事由(2)(相違点についての判断の誤り)について。

審決には、原告主張のような判断の誤りはない。

1 相違点看過に基づく誤りの主張(取消事由(2)の1)について。

審決が本願考案と引例のものとの構成上及び効果上の相違点を看過した旨の原告の主張に理由がないことは、前述のとおりである。したがつて、右看過があることを前提として審決には本願考案と引例のものとの相違点についての判断に誤りがあるとする原告の主張は、理由がない。

2 効果の看過の主張(取消事由(2)の2)について。

原告は、本願考案は絶縁体表面に導電体のパターンを形成することにより実現できて端子板の強度を落とすことなくシールドすることができ、しかも、導電体パターンを各端子の間に設けることができ、これにより各端子間のクロストークを防止できるのに対して、引例のものはそのようなことができず、審決は右効果上の差異を看過した旨主張する。

しかし、原告が主張する効果上の差異は、仮りにそれがあるとしても、結局、シールド手段を端子板表面に形成された導電体とするか、端子板を貫通する導電体板とするかの構成上の差異の当然の結果であるから、格別顕著なものとはいえないものであるところ、審決は、右構成上の差異は周知技術からきわめて容易に着想できることである旨認定判断しているのであり、前記乙第2号証(特に第56ページ第4ないし第8行、同第19ないし第21行、第131ページ下から第4行ないし第132ページ第4行、図4・4、図8・2)に照らして、右認定判断は相当であるということができるから、審決が原告主張の効果上の差異を看過したというのはあたらず、原告の右主張は理由がない。

(3)  別件出願との関係について。

原告は、別件出願が登録されたことから矛盾が生じ、それは本件審決の認定判断の誤りに基因する旨主張する。

しかし、仮りに原告のいうように、本願との関係で、別件出願が考案の技術的思想を同じくし、実用新案法第3条の2の規定により本来実用新案登録を受けることができないものであるとしても、それは、右の点において別件出願に係る実用新案登録に無効事由が存在するというだけのことであつて、右事由によつてその登録が無効にされれば、原告のいう矛盾も自ずと解消するのである。しかも、右無効事由の存否は、もつぱら本願と別件出願の間の関係のみによつて左右され、本願と引例との関係における本件審決の認定判断の当否とは無関係である。

したがつて、原告の主張は理由がない。

3 以上のとおりで、審決には、これを取り消すべき違法の点はないから、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(石澤健 楠賢二 岩垂正起)

<以下省略>

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