大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(行ス)19号 決定 1980年11月20日

抗告人

運輸大臣

塩川正十郎

右指定代理人

瀬戸正義

外七名

相手方

中島秀明

外八八名

右訴訟代理人

宮沢洋夫

外三名

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。本件を東京地方裁判所に移送する。」との裁判を求めるにあり、抗告の理由は別紙二記載のとおりである。

まず本件抗告の適否について検討する。

本件の場合のように、管轄違いを理由として職権の発動を促すためになされた移送の申立てを却下した決定に対し、民事訴訟法三三条による即時抗告を申立て得るか否かについては、争いのあるところであるが、同条は、職権の発動を促すにすぎない申立てを却下した裁判を即時抗告の対象から除外する趣旨を明らかにしていないのみならず、実質的にこれをみても、裁判所が当事者の管轄違いを理由とする移送の申立てに対し何らかの判断を示した場合には、その判断に誤りがないという保障はないのであるから、これに対しては不服申立ての途を開き誤つた裁判についてはこれを是正すべき必要性がある。従つて、本件のような管轄違いを理由とする移送の申立てを却下した決定は、前記法条にいわゆる「移送ノ申立ヲ却下シタル裁判」に該当し、不服のある当事者は右裁判に対して即時抗告をなし得るものと解するのが相当である。

よつて、本件抗告は適法というべきである。

次に本件抗告の当否について判断する。

記録によれば、本件訴訟は、抗告人がいずれも昭和五五年一月二五日付で訴外日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)に対する東北新幹線東京都・盛岡市間工事実施計画の変更に関する認可及び訴外日本鉄道建設公団(以下「公団」という。)に対する上越新幹線東京都・新潟市間工事実施計画の変更に関する認可をなしたとして、右各工事実施計画による埼玉県南部(戸田市、浦和市、与野市)区間の予定線路敷地内及びその沿線に位置する肩書地に居住すると主張する相手方らが抗告人を被告として、行政事件訴訟法に基づき、右各認可(以下「本件認可」という。)の取消を訴求するものであることが認められる。

行政庁を被告とする取消訴訟は、原則として当該行政庁所在地の裁判所の土地管轄に属するところ(行政事件訴訟法一二条一項)、本件の場合、行政庁たる抗告人の所在地は東京都内であるうえ、本件認可につき埼玉県内に抗告人の下級行政機関が存在したことを認めるに足る資料は全く存しないから、浦和地方裁判所が本件訴訟につき土地管轄を有するというためには、本件認可が同裁判所の管轄区域内に存する「不動産又は特定の場所に係る」ものであることを要することになる(同条二項)。そして、同条二項にいう「不動産に係る処分」とは、不動産に関する権利の設定、変更や権利行使の強制、制限、禁止等を目的とする処分を、「特定の場所に係る処分」とは、特定の地点又は区域において一定の行為をする権利、権限ないし自由を付与したり、これを制限、禁止する等の処分をそれぞれ指すと共に、右の各効果は当該処分から直接発生するものでなければならないと解すべきことは、原決定の説示するとおりである。

全国新幹線鉄道整備法九条、同法施行規則二条によれば、国鉄又は公団において抗告人の指示により新幹線鉄道の路線(建設線)の建設を行おうとするときは、同法七条所定の整備計画に基づいて、路線名、工事の区間、線路の位置、線路延長、工事方法及び工事予算その他の事項を記載した建設線の工事実施計画を作成して、抗告人の認可を受けるべきものとされ(同法九条一項前段)、工事実施計画を変更しようとする場合も同様とされている(同項後段)ところ、本件訴訟において、相手方らは同条一項後段の規定によつて本件認可がなされたとしてその取消を求めていることは記録上明らかである。

果して相手方らの主張するとおり本件認可がなされたとするならば、右認可がその性質上抗告訴訟の対象となる行政処分にあたるか否かの点はさて措き、本件認可にかかる工事実施(変更)計画によつて建設線の路線名、工事区間、線路の位置、工事方法等工事の実施に関する基本的事項がその線路の敷地となるべき場所との関係においてもかなり具体的に定められたことになり(例えば、線路の位置についてみると、前記施行規則二条一項三号によれば、工事実施計画における「線路の位置」は、縮尺二〇万分の一の平面図及び縮尺横二〇万分の一、縦四〇〇〇分の一の縦断面図をもつて表示すべきものとされているから、仮に線路の位置が縮尺二〇万分の一の平面図上に一ミリメートル程度の線をもつて表示されたとしても、これを現地に引き直せば約二〇〇メートルの幅をもつた帯状の範囲内で線路位置が示されたことになる。)しかも、その認可によつて国鉄又は公団は、該工事実施(変更)計画に基づいて建設線の工事を実施していくことのできる一種の権限を直接的に付与されるものということができる。従つて、仮に本件認可が抗告訴訟の対象となる行政処分にあたるとするならば、右は行政事件訴訟法にいわゆる「特定の場所に係る処分」と解することができ、又本件認可が相手方らの主張するとおり埼玉県南部(戸田市、浦和市、与野市)の区間についてなされたとするならば、同所を管轄区域とする浦和地方裁判所が該認可の取消訴訟につきその管轄を有することになる。

以上説示のとおり、本件認可の存否及びその行政処分性の有無の点につき、本件訴訟の原告である相手方らの主張を前提とする限り、本件訴訟について浦和地方裁判所がその管轄を有することは明らかであり、従つて、管轄違いを理由とする本件移送の申立を却下した原判決は相当であつて、本件抗告は理由がない。

よつて、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(杉田洋一 中村修三 松岡登)

即時抗告理由書

第一 本件即時抗告の適法性

管轄違いを理由とする移送の申立てを却下した原決定に対し、民訴法三三条に基づいて即時抗告を申し立てうるか否かについては争いがあり、管轄違いを理由とする移送の申立ては、単に職権の発動を促す申立てであつて申立権に基づくものではないことを理由として、これを却下した決定は同条の「移送ノ申立ヲ却下シタル裁判」に該当しないとする見解も存する。

しかしながら、民訴法上管轄違いを理由とする移送の申立権について明文がないからといつて、被告に移送の申立権を否定する趣旨と解すべきではない。被告が管轄権のある裁判所で審判を受けたいという利益は法律上認められた利益なのであるから(裁判所の裁量によつて左右される利益ではない。)、被告に対して、その利益を享受するための申立てをし、かつ、それについての裁判所の応答を求める権能を認めるのは当然というべきである。民訴法は、管轄違いでないのに他の裁判所への移送を求める申立権(同法三一条、三一条ノ二)、管轄違いの裁判所でもそこで審判をしてくれと求める申立権(同法三〇条二項)―いずれも裁判所の裁量にかかる申立人の利益のための申立権―を認め、即時抗告の道を開いているのであつて、これとの均衡からしても、管轄のある裁判所で裁判を受けたいとの、より重大な被告の法定の利益保護のために、その申立権を認めるべきである。また、通常の訴訟要件の欠缺の問題は、訴えという申立てに対する応答の形で必ず裁判所の判断が出されるし、上訴という方法で被告もその判断に対して不服申立てをする機会を与えられているが、訴訟要件の中でも管轄違いは、起訴の時を標準にして判断され、しかも終局判決に対する上訴の理由とならないから、特にその主張に対する裁判所の応答を終局判決以前にこれと別に求める地位を被告に与え、その応答に対して上訴とは別に不服申立ての道を認める必要があるのである(新堂幸司著「民事訴訟法」七九頁)。

また、民訴法三三条は、即時抗告に服する裁判を定めるにあたり、単に「移送ノ裁判及移送ノ申立ヲ却下シタル裁判」とのみ規定し、管轄違いを理由とする移送の申立てを却下した場合を除外する趣旨を明らかにしていないのみならず、裁判所が移送の申立てに対しこれを排斥する裁判をした場合には、これに誤りがないという保障はないのであるから、これに対して不服申立ての道を開き、右裁判が誤つている場合にはこれを是正すべき必要性があるといわなければならない(裁判所が誤つて移送の決定をした場合、この決定に対して即時抗告をなしうることは異論はないであろうから、このこととの均衡上も、即時抗告を認める必要があるのである。)(東京高裁昭和四一年二月一日決定・判例時報四四六号四五ページ、仙台高裁秋田支部昭和四七年九月六日決定・同六八四号六三頁)。

第二 原決定は、以下に述べる理由により失当であつて、取り消されるべきである。

一 原決定は、運輸大臣が、日本国有鉄道又は日本鉄道建設公団(以下「国鉄等」という。)に対してなす新幹線鉄道建設の工事実施計画及びその変更に対する認可の法的性質につき、抗告人主張のように、いわば上級行政機関としての運輸大臣が下級行政機関としての国鉄等に対し、運輸大臣の方針の適合性等を審査してなす監督手段としての承認の性質を有するもので、行政機関相互の行為と同視すべきものとして、「判例、学説において確定されているとは直ちにいい難い」と説示している。

しかしながら、工事実施計画及びその変更に対する認可の法的性質については、学説上多様な論議があるとしても、判例上は確定されているというべきである。すなわち、右認可の法的性質については、いわゆる成田新幹線訴訟が唯一の先例であるところ、最高裁判所は、昭和五三年一二月八日という最近において、前記のような抗告人主張の見解を採用しているのみならず、第一審である東京地裁昭和四七年一二月一三日判決も、控訴審である東京高裁昭和四七年一〇月二四日判決もいずれも同様の見解を採つているのであつて、裁判例のうえからは、右認可の法的性質につき抗告人主張の見解以外のものを見い出すことは出来ないのである。

また原判決は、右のように、認可の法的性質について、「判例、学説において確定されているとは直ちにいい難い」としながら、「本件記録及び当裁判所に顕著な資料に基づき相当な調査の結果によつて」、「本件認可は一応右講学上の行政行為としての認可に当ると解するのが相当である」との結論を導いている。そして、右の結論を導いた理由は、認可の相手方である国鉄等が「国と法主体を別にする」ことと、認可が「一種の具体的権限付与の効果を伴う意思表示」であることの二つの点にあるところ、後者は後述の如く失当であるし、前者もこれのみでは本件認可が講学上の行政行為としての認可に当たることの理由になり得ないのである。

二 仮りに本件認可が「一応講学上の行政行為としての認可」に当たるとしても「不動産又は特定の場所に係る」ものではない。

原決定は、本件認可が国鉄等に対し、工事実施計画に基づき、特定の地域に本件新幹線鉄道建設の工事を実施して行くことのできる一種の権限を付与する行為である旨説示している。

しかしながら、工事実施計画及びその変更に対する認可が、国鉄等に対し新幹線鉄道の建設工事につき次の段階に進みうる地位を付与するということはあるにせよ、原決定が、その三項1の前半において、行訴法一二条二項の「不動産又は特定の場所に係る処分」の解釈で示した「特定の場所において一定の行為をする権利や利益の付与」と同一であるとは到底言えないのである。すなわち、全国新幹線鉄道整備法、同法施行令及び同法施行規則によると、工事実施計画には、路線名、工事の区間、工事方法等を記載することが要求され、その前段階である整備計画(同法七条)に比し工事実施についてある程度具体性を帯びるものの、工事実施計画に記載される諸事項は基本的、根幹的事項のみであり、線路の位置も具体的に確定されておらず、いわば新幹線鉄道建設事業の青写真たる性質を有するにすぎないのであつて、これに対する認可もまた抽象的な性質を帯有するにすぎないものであり、道路運送法による運輸大臣の特定路線における自動車運送事業の免許などにみられるような具体的権利、利益の付与ではないのである。

また、抗告人が移送申立書及び補充意見書において繰り返し主張したとおり、本件認可によつて直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を伴うものではないのである。これを国鉄等の立場からみると、本件認可によつては、その直接の効果として新幹線鉄道建設予定区域について何らの権利、利益をも取得することはなく、一般的、抽象的な工事を実施しうる地位を与えられたにすぎないのである。このように青写真たるにすぎない計画に対する認可によつて得た一般的、抽象的な地位をもつて、原決定が行訴法一二条二項の解釈で示した「特定の場所において一定の行為をする権利」に該当するとは到底いえないのである。

三 以上のとおりであつて、抗告人のした移送の申立てを却下した原決定は失当であるので、原決定を取り消したうえ、本件訴えを東京地方裁判所に移送されるよう、本件即時抗告に及んだ次第である。

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