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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)155号 判決 1981年7月23日

原告

パーフエクト・リバテイー教団

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和55年4月4日、同庁昭和54年審判第2883号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求めた。

第2当事者の主張

1  請求の原因

1 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和47年5月24日、特許庁に対し名称を組織培養に依る馬鈴薯の発根方法」とする発明について特許出願(昭和47年特許願第51991号)をしたところ、昭和52年7月20日拒絶理由通知があつたので、昭和52年10月11日付で意見書を提出するとともに、明細書全文の補正をなしたが、昭和53年12月20日付で拒絶査定がなされた。そこで、原告は、昭和54年3月23日特許庁に対し、審判を請求し、同庁昭和54年審判第2883号事件として審理され、その間、原告は、昭和54年4月23日、明細書全文の補正をなしたうえ、特許請求の範囲を後記第2項(本件発明の要旨)記載のとおりとしたが、昭和55年4月4日、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決がなされ、その謄本は昭和55年4月28日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

消毒した馬鈴薯塊茎から、あらかじめ発芽部、表皮、発根部を除去した馬鈴薯塊茎を消毒し、小径薄切りして得た馬鈴薯組織を、寒天、糖類に多種類の無機塩を含有させたホワイトの培地に更に数種のビタミン類、アミノ酸、植物生長ホルモン等を含有させた無菌下に植付け、所定恒温、恒湿にて培養することを特徴とする組織培養に依る馬鈴薯の発根方法

3  審決の理由の要旨

(1)  本件発明の要旨は、前項のとおりのものである。

(2)  これに対する原査定の拒絶理由は、「従来発芽部、表皮、発根部をえぐつて除去した馬鈴薯塊茎の深部を培養することにより発根することは知られておらず、しかも明細書中には発芽部、表皮、発根部をえぐつて除去した馬鈴薯塊茎の深部をキルクボーラで打抜きこれを薄く輪切り細切りしたものを培地上で培養した際の実験データ等が記載されておらず、上記発根することが確認できない。したがつて本件明細書の記載は不備であつて特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。」というものである。

そこで、本件明細書の記載について検討するに、昭和54年4月23日付の全文補正明細書によれば、「本件発明は通常発芽、発根を見ない馬鈴薯の組織を発根させる方法に関するものであつて、通常馬鈴薯は自然の状態では塊茎に存在する所謂『目』と称する凹部以外からは発芽、発根しないのであるが、このような自然の機能、摂理の及ばない組織の深部、即ち芽の発生する部分や発根部分をあらかじめ除去した馬鈴薯組織―髄部を小径薄切りし所定培地に所定条件にて培養し発根させる方法である」とした上で、その方法を実現するための工程として

「(1) 1個約100gの馬鈴薯塊茎を水にて充分清洗する。

(2) あらかじめカルキ60gを1lの水に溶かし充分溶解した液に前記清洗した馬鈴薯塊茎を消毒の目的で20分間位浸漬する。

(3)  充分に消毒を終えた前記塊茎を、殺菌水で更によく清洗する。

(4)  充分に消毒され、清洗された塊茎を、表皮、発芽、発根部ともに除去し、大きく複数個に輪切りし、殺菌したビーカーに入れ、アルミホイルで蓋をする。

(5)  殺菌したシヤーレー中に、前記輪切りの1つを取り出し、内径約1cmのキルクボールで輪切り組織を打抜き、

(6)  柱状に打抜かれた組織を順次厚さ約0.25cm位宛に輪切りにする。

(7)  前記輪切り組織を1000ml三角フラスコ中の培地に3個宛植え付ける。

(8)  前記三角フラスコ中の培地は、無菌の糖類、寒天を主体とし、多種類の無機塩を含み、ビタミン、アミノ酸を添加させ、フラスコに分注された公知のホワイト培地に更に植物生長ホルモンを添加したものである。

(9)  前記の三角フラスコに植え付けられた3個の組織はこれを22℃の培養室で培養する。

培差室には植物栽培用の螢光灯が昼夜点灯しており、空気はフイルターにより殺菌され室内は常に温度22℃、湿度50%に保たれている。

(10)  前記の培養により、フラスコ中の組織は緑化し、膨張してカルスが形成され、10~20日間の培養により、生長点、発芽、発根部分を含まない前記組織から発根が見られた。」

との記載があるのみで、発芽部、表皮、発根部をえぐつて除去した残部から発根し、これが植物体として生長して行くという通常の常識では考えられないような生態の仕組みが何ら明らかにされておらず、また、そのような発芽部、表皮、発根部をえぐつて除去した馬鈴薯塊茎の深部を小径薄切りしたものを培地上で培養した際の実験データ等が何も記載されていないので発根、生長の事実を確認することができないのである。

したがつて、本件明細書の発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有するものが容易にその実施をすることができる程度に、その発明の構成及び効果を記載しているということのできないものであるから、本件明細書は特許法第36条第4項に規定する要件を具備しないものといわざるを得ないものであり、本件出願は、これを拒絶すべきものである。

4  審決を取消すべき理由

審決は、本件明細書が特許法第36条第4項に規定する要件を具備しないと判断したが、これは、「馬鈴薯の発芽部、表皮、発根部をえぐつて除去した残部から発根し、これが植物体として生長して行くということは通常の常識では考えられない。」という誤つた前提に立つて本件明細書をみたことによる誤つた判断であるから、審決は違法として、取消されるべきである。

すなわち、

(1)  植物の組織培養法という概念は1902年からあり、1938年頃には組織培養が達成されている。従つて、本件出願当時、かかる技術は公知であつた。すなわち、茎、根または他の器官の切片を、糖と無機栄養を含む寒天培地に無菌的に植えると、それらは芽や根を再生して完全な植物になるか、またはカルスと呼ばれる未分化の細胞の小さなかたまりになり、やがて茎の切片の上で球状のかたまりとなるのである。

そうすると、馬鈴薯の発芽部、表皮、発根部をえぐつて除去した残部から発根し、これが植物体として生長せしめることは本件出願前可能なことであり、決して通常の常識では考えられないようなものではなかつたのである。ただ、その具体的な方法が不明であつたに過ぎないのである。本件発明は、前叙のような技術水準を前提として発根方法を開示したものである。

(2)  本件明細書によると、

(Ⅰ) 発明の目的は、「通常、発芽、発根を見ない馬鈴薯の組織を発根させる方法に関するもので、最終目的とする無菌馬鈴薯塊茎、通常『薯』を得る前提としての発根を得」ることである。

(Ⅱ) その構成は、

「(1) 1個約100gの馬鈴薯塊茎を用い水道水、井戸水等にて充分清洗する。(第1図)

(2) あらかじめカルキ60gを1lの水に溶かし、充分溶解した液に、前記清洗した馬鈴薯塊茎を消毒の目的で20分間位浸漬する。(第2図)

(3)  充分に消毒を終えた前記塊茎を、殺菌水(水道水を高圧蒸気減菌機に殺菌した水)で更によく清洗する。

(4)  充分に消毒され、消洗された塊茎を、表皮、発芽、発根部ともに除去し、大きく複数個に輪切りし、殺菌したビーカーに入れ、アルミホイルで蓋をする。第3図矢印に示すのが所謂“目”である。第4図が殺菌したビーカーに輪切り組織を入れるところである。

(5)  殺菌したシヤーレー中に、前記輪切りの1つを取り出し、第5図に示すように内径約1cmのキルクボールで輪切りし、組織を打抜き、

(6)  第6図に示すように、柱状に打抜かれた組織を順次厚さ約0.25cm位宛に輪切りにする。

実験的にこれ以上細小の組織では、組織が褐色枯死した。

(7)  前記輪切り組織を100ml、三角フラスコ中の培地に3個宛植え付ける。第7図はこれを示す。

第8図は密封する所を示す。

第9図は、前記三角フラスコ中の培地に植付けた直後を示す。

(8)  前記三角フラスコ中の培地は、無菌の糖類、寒天を主体とし、多種類の無機塩を含み、ビタミン、アミノ酸を添加され、フラスコに分注された公知のホワイト培地に、更に植物生長ホルモンを添加したものである。

(9)  前記の三角フラスコに植え付けられた3個の組織はこれを22℃の培養室にて培養する。

なお、培養室は、第10図に示すように、天井及び各段毎に、植物栽培用の螢光灯が、昼夜点灯している。昼間は太陽光線の利用もする。

空気はフイルターにより除菌され、室内は常に温度22℃湿度50%に保たれている。

(10)  前記の培養により、フラスコ中の組織は緑化し、膨張して第11図に示すようにカルス(不定形の緑色細胞集団)が形成され、10~20日間の培養により、生長点、発芽、発根部分を含まない前記組織から第12図に示すように発根を見られた。第12図中、4は組織6は根7は根毛を示す。」

のとおりである。

(Ⅲ) その効果は、生長点、発芽、発根部分を含まない組織から発根を見ることができることである。

(3) 本件明細書には、前記のとおり発明の目的、構成及び効果が記載されており、右の構成のとおり実施すると同明細書記載の効果を達成することができる。

したがつて、本件明細書の「発明の詳細な説明」には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の目的、構成及び効果を記載しているものというべきである。

2 被告の答弁

請求の原因事実は、すべて認める。

理由

1  請求の原因事実については、すべて当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に徴すると、本件発明は、無菌馬鈴薯塊茎(いわゆる「薯」)を得るための前提として、まず通常、発芽、発根を見ない馬鈴薯の組織から発根を得ることを目的として、その発根方法として、「発明の詳細な説明」の欄(1)ないし(10)記載のごとき構成を採用し、この組織培養によつて生長点、発芽、発根部分を含まない馬鈴薯の組織から発根を見ることができたという効果の記載のあることが明らかであり、しかも本件出願前において、すでに、植物の組織培養なる技術は、公知のものであり、植物の茎、根またはその他の器官の切片を、無菌下において、いわゆるホワイト培地のような培地上に植込むと、それらは芽や根を再生して完全な植物体となるか、または、未分化の細胞の小さなかたまり(カルス)となり、これをさらに培地に移して最終的に完全な植物体を得ることが可能であることは、この技術の分野において、広く知られていたことであることも明らかである。

そうすると、審決が「発芽部、表皮、発根部をえぐつて除去した残部から発根し、これが植物体として生長して行くということは、通常の常識では考えられない。」としたことは、植物の組織培養法に関する本件出願当時における前叙のごとき技術水準についての認識を欠いたことに基づく誤つた判断というべきである。

審決は、右の誤りを前提として、本件明細書は特許法第36条第4項に規定する要件を具備しないものであると誤つて結論したものであるから、違法として取消しを免れない。

3  よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することにし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(杉本良吉 高林克巳 舟橋定之)

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