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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)1949号 判決 1981年5月25日

控訴人

松原喜平

右訴訟代理人

大橋堅固

伊藤孝彦

被控訴人

森とよ子

右訴訟代理人

錦織正二

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する(但し、原判決四枚目―記録一〇丁―表四行目「坂本」を「坂元」と訂正する。)。

一  控訴代理人の新たな主張

1  被控訴人は、昭和五二年三月初旬ころ訴外外崎に対し、同人が埼玉県所沢所在の建物を買い受けるにつき被控訴人の名義を使用することを許諾して、右買受けの代理権を付与し、そのころ白紙委任状、本件建物の登記済権利証、実印及び印鑑証明書を同人に交付した。

2  訴外外崎は、右代理権の範囲を越えて、控訴人との間で本件建物の売買契約を締結した。

3  控訴人は、訴外外崎が右委任状、権利証、実印、印鑑証明書等を所持し、また、被控訴人が本件建物の売買代金の領収証に署名押印したので、本件建物の売買が訴外外崎の右代理権の範囲内の事項であると信じたものであり、右のように信ずるについては正当の理由があつたものである。

二  被控訴代理人の右主張に対する答弁

被控訴人が、控訴人主張のころ訴外外崎に対し、同人が控訴人主張の建物を買い受けるにつき被控訴人の名義を使用することを許諾し、白紙委任状、本件建物の登記済権利証、実印及び印鑑証明書を交付したことは認めるが、その余の事実は否認する。被控訴人は、訴外外崎に右白紙委任状等を騙取されたものである。仮に、被控訴人が、訴外外崎に対し、控訴人主張の代理権を付与したとしても、控訴人は、本件売買契約締結の直前被控訴人に会いながら、契約の締結、登記手続申請の依頼及び売買代金授受の場所である司法書士事務所への同行を被控訴人に求めず、被控訴人の意思を確認しなかつたこと、本件建物の登記済権利証は、既に七〇万円の債務の担保として高利貸に差し入れられていて、契約当日司法書士事務所において訴外外崎に返されたこと、本件建物は時価一〇〇〇万円相当であつて、これを担保にすれば、二〇〇万円の融資を容易に銀行等から得られたこと、本件建物の敷地は借地であるのに、控訴人は、貸主に対し借地権譲渡の承諾の有無を確認しなかつたこと等からすれば、控訴人は、本件建物の売買が訴外外崎の代理権の範囲内の事項でないことを知つていたものであり、仮に知らなかつたとしても、知らなかつたことにつき過失があつたものである。

三  <証拠省略>

理由

当裁判所も、被控訴人の本訴請求は理由があり、正当として認容すべきものと判断するものであり、その理由は、次に訂正、付加するほかは、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

一原判決四枚目―記録一〇丁―裏五行目及び同五枚目―記録一一丁―表四行目の各「坂本」をいずれも「坂元」と訂正する。

二原判決五枚目表末行の次に、次のとおり付加する。

「次に、被控訴人が、控訴人主張のころ外崎に対し、同人が埼玉県所沢所在の建物を買い受けるにつき被控訴人の名義を使用することを許諾し、白紙委任状、本件建物の登記済権利証、実印及び印鑑証明書を交付したことは、当事者間に争いがなく、右事実のみから直ちに、被控訴人が、外崎に対し右建物買受けの代理権を付与したものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はないが、被控訴人は、右白紙委任状等の交付により、外崎に右建物買受けの代理権を付与した旨を第三者に対して表示したものというべきである。そして、<証拠>によれば、控訴人は、契約当日、被控訴人が外崎の求めに応じて白紙の領収証用紙に署名したこと及び契約の締結、登記手続申請の依頼、売買代金授受の場所である司法書士事務所において外崎が右白紙委任状等を提示したことから、本件建物の売買が外崎の右代理権の範囲内の事項であると信じたことが認められる。しかし、<証拠>によれば、控訴人は、本件建物の売買の形式により外崎に金員を貸付けることとしたのであるが、外崎の職業、財産、支払能力、外崎と被控訴人との関係等も確かめず、本件売買契約締結の当日、これに先立つて、外崎の運転する自動車に同乗し被控訴人の居宅である本件建物の見分に赴いた際も、外崎が建物内部の見分を子供がいるという理由で拒否したことに不安を覚えたにもかかわらず、これに応じ、外崎の呼出しに応じて出て来た被控訴人と右自動車の中で会い、被控訴人が外崎のいうままに白紙の領収証用紙に署名するのを見ながら、本件建物の売買について被控訴人の意思を確認せず、司法書士事務所への同行も求めなかつたこと、本件建物は時価最低五〇〇万円相当であるのに、当時株式会社釜正に六〇万円の債務の担保として外崎から差し入れられていて、契約当日司法書士事務所において、同社代表者野口から本件建物の登記済権利証が外崎に返され、控訴人は、その際はじめて右権利証を見たこと、本件建物の敷地は借地であり、控訴人は、同日司法書士事務所において、外崎から貸主の借地権譲渡の承諾書を受取つたが、内容も確かめず、数か月後貸主のところに赴いて、右承諾書が偽造であることを発見したことが認められる。<反証排斥略>。右認定事実によれば、本件建物の売買が外崎の代理権の範囲内の事項であると控訴人が信じたことについては、控訴人に過失があつたものと認めるのが相当であり、したがつて、控訴人は右のように信ずべき正当の理由を有していたものということはできない。他に、右のように信ずべき正当の理由のあつたことを認めるに足りる証拠はない。」

よつて、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(田宮重男 中川幹郎 真榮田哲)

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