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東京高等裁判所 昭和54年(行コ)76号 判決 1983年5月26日

控訴人(原告) 町田昌志

被控訴人(被告) 国 陸上自衛隊第三二普通科連隊長

訴訟代理人 江藤正也 後藤博司 外八名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める判決

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人陸上自衛隊第三二普通科連隊長伊藤三雄が控訴人に対し昭和五三年一月二九日付をもつてした継続任用拒否処分を取消す。

3  控訴人が被控訴人国との関係において陸上自衛隊自衛官陸士長たる地位を有することを確認する。

4  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  控訴人の経過

控訴人は、昭和四九年一月三〇日陸上自衛隊第一教育団第一一七教育大隊に二等陸士として入隊し、同日付で前期教育として同大隊三三一共通教育中隊に、同年四月後期教育として市ケ谷駐とん地第三二普通科連隊教育隊に、次いで同年六月同連隊第四中隊にそれぞれ配属され、同五三年一月二九日まで同中隊において勤務した。その間、同五〇年一月一日一等陸士に、同五一年一月一日陸士長にそれぞれ昇任し、かつ、同月三〇日付をもつて自衛隊法第三六条第四項の規定に基づいて継続任用された。

2  継続任用拒否処分

(一) 控訴人は、昭和五三年一月二九日付をもつて自衛隊法(以下「法」という。)第三六条第四項所定の二年の任用期間が満了するため、同五二年一二月三日同条第四項の規定に基づいて、任免権者である防衛庁長官が法第三一条第一項の規定に基づく「任命権に関する訓令」(昭和三六年防衛庁訓令第四号。)第二八条第三項の規定により任免権を委任した被控訴人陸上自衛隊第三二普通科連隊長であつた伊藤三雄(以下「被控訴人連隊長」という。)に対し継続任用を志願する旨の明示の意思表示をした。

(二) しかるに、被控訴人連隊長は、同五三年一月二九日付をもつて、控訴人に対し、継続任用を拒否する処分をし、継続任用の意思表示をしない。

3  継続任用拒否処分の違法性

被控訴人連隊長が控訴人に対してした右継続任用拒否処分は、次の点で違法である。

(一) 任免権者である被控訴人連隊長は、継続任用の志願があつた場合には、志願者が「陸士の任用期間に関する訓令」(昭和三四年陸上自衛隊訓令第三六号。以下「訓令」という。)第六条第四号及び「陸士の継続任用に関する達」(昭和三五年陸上自衛隊第二一―五号。以下「達」という。)第七条所定の継続任用の拒否基準に該当しない限りこれを引き続いて任用すべき義務があるところ、仮に控訴人に帰隊遅延、交通違反等若干の服務規律違反があつたとしても、これらは、いずれも軽微なものであつて、右継続任用拒否基準に該当しないのであるから、被控訴人連隊長が控訴人に対し継続任用拒否処分をしたことは、拒否基準の適用を誤つたものであつて、違法である。

(二) 被控訴人連隊長は、何らの拒否理由もないのに控訴人に対し継続任用拒否処分を行つたものであつて、右処分には裁量権を逸脱、濫用した違法がある。

(三) 被控訴人連隊長は、継続任用拒否処分をするにあたり、控訴人に対し事前に理由を開示せず、かつ、弁明の機会を与えなかつたものであるから、右処分は、適正な法の手続の保障を欠くものとして憲法第三一条の規定に違反し、違法である。

(四) 被控訴人連隊長が控訴人に対し継続任用拒否処分をした真の理由は、控訴人が自衛隊の海外派兵と自衛隊による日本国内の労働運動・大衆運動・反体制運動に対する弾圧をみずからも拒否し、また他の隊員にも拒否させようとしたこと、すなわち、控訴人が憲法擁護に熱心な反戦自衛官であつたことにあるから、右処分は、憲法第一四条、第一九条及び第二一条の各規定に違反し、違法である。

4  結論

よつて、被控訴人連隊長のした継続任用拒否処分は違法、無効であるから、控訴人は、被控訴人連隊長に対し右処分の取消を求めるとともに、被控訴人国に対し控訴人が陸上自衛隊自衛官陸士長たる地位を有することの確認を求める。

二  被控訴人らの本案前の主張

1  取消訴訟の対象となる処分の不存在

法第三六条第四項の規定に基づく継続任用とは、任用期間の定めのある隊員を任用期間が満了した場合引き続いて隊員に任命することをいうものであり、隊員は、当該任用期間が満了する場合において継続任用がされない限りは、当該任用期間の満了をもつて当然退職することになるのである。右のように任用期間の満了によつて隊員の地位が当然に消滅することが継続任用をしないということであつて、そこに特段の継続任用を拒否する処分が存在するものではない。控訴人は、被控訴人連隊長が継続任用をしないことを拒否処分としてとらえ、その取消を求めているが、控訴人は、昭和五三年一月二九日付をもつて任用期間の満了により当然自衛官としての身分を喪失したものであつて、控訴人のこの身分の当然喪失すなわち継続任用がなかつたことについては、何ら取消訴訟の対象となる行政処分は存在しない。また、任用期間の満了した控訴人に対し引き続き任用することを決定しないという単なる不作為状態は、行政事件訴訟法第三条二項に規定する処分の取消しの訴えの対象になるものとはいえない。したがつて、控訴の趣旨第二項に係る訴えは、その対象を欠き、不適法である。

2  地位確認を求める利益の不存在

控訴人は、被控訴人国に対し、控訴人が陸上自衛隊自衛官陸士長たる地位を有することの確認を求めているが、仮に控訴の趣旨第二項の請求が認容されると結局その目的を達することができるのであるから、更に右地位の確認を求める利益はない。

三  請求原因についての被控訴人らの認否

1  1の事実は認める。

2(一)  2の(一)の事実は認める(ただし、志願の意思表示をした日は、昭和五二年一〇月一九日である。)。

(二)  2の(二)は争う(ただし、被控訴人連隊長が継続任用の意思表示をしていないことは認める。)。控訴人は、任期満了により陸上自衛隊を退職したものである。

3  3は争う。

四  被控訴人らの二の1の主張に対する控訴人の主張

被控訴人連隊長が控訴人に対して継続任用を拒否したことは、以下述べるように行政処分と解すべきである。

1  被控訴人国の任用行為の性質

(一) 期間の定めのない雇用契約

次に述べるように、被控訴人国が昭和四九年一月三〇日控訴人を自衛官として採用した時点で、被控訴人国と控訴人との間において期間の定めのない雇用契約が成立したものである。

(1) 陸士長、一等陸士、二等陸士及び三等陸士(以下「陸士長等」という。)の任用期間を二年間と定めた法第三六条第一項の規定は、陸士長等を任期の定めのない一般職の国家公務員及び地方公務員と差別するばかりでなく、任期の定めのない三等陸曹以上の階級の自衛官とも差別するものであつて、憲法第一四条の規定に違反し、また、自衛官として雇用された者の勤労権を侵害するものであつて、憲法第二七条第一項の規定に違反し、無効であるから、被控訴人国と控訴人との間の雇用契約は、任用期間を二年と定めた部分が無効であり、被控訴人国と控訴人との間においては期間の定めのない雇用契約が成立したものである。

(2) 仮に右(1)の主張が理由がないとしても、法第三六条第一項の規定は、陸士長等の退職制限期間を定めたものであり、雇用契約の期間を定めたものではないと解すべきであるから、被控訴人国と控訴人との間の雇用契約においては、明示的に期間を定めた部分は存在せず、控訴人は任用期間を定めないで任用されたものというべきであり、結局被控訴人国と控訴人との間においては期間の定めのない雇用契約が成立したものである。

(二) 期間の当然更新

仮に、被控訴人国と控訴人との間に昭和四九年一月三〇日付の採用により期間の定めのない雇用関係が成立したとはいえないとしても、その雇用契約の期間は、控訴人の継続任用志願により、昭和五三年一月三〇日に当然更新された。したがつて、控訴人は、昭和五三年一月三〇日当時、被控訴人国との間において雇用期間を二年とする雇用関係を有していた。

法の定める継続任用制度を、右のように国と自衛官との間の雇用契約の更新制度と考え、右期間の更新という法律効果が陸士長等の一方的な継続任用志願という法律要件の充足により発生するとする考え方は、終身雇用制を前提とし、更に公務員については期限付任用の禁止を建前とするわが国の労働秩序の下で、自衛官が永続勤務を期待し、一生の職業として自衛官を選択し、国が右のような趣旨で任用している現状において、継続任用に関する法の規定を憲法第一四条、第二五条、第二七条の各規定に適合するように合憲的に解釈することから導き出されるものである。

(三) 更新(又は再任)請求権の存在

仮に、被控訴人国と控訴人との間の雇用契約が控訴人の継続任用志願により当然に更新されるものではないとしても、控訴人は、被控訴人国に対し、自己の雇用契約の期間を更新するように(又は再任するように)請求する権利を有し、被控訴人国は、控訴人の右の請求に対し応答すべき法律上の義務を負つているものである。

右のような考え方は、憲法第一四条、第二五条、第二七条の規定の趣旨、公務員の期限付任用の禁止にみられる公務員の身分保障等から導き出されるものである。すなわち、自衛官にも他の公務員と同様に、法第四二条、第四九条第三項、第四項に規定されているとおり身分保障制度が認められており、それを前提として任用期間を二年とし、同時に継続任用制度が定められている。したがつて、右の継続任用制度は、自衛官の任用について相当程度の法的継続性を認めるものと解すべきであり、被控訴人国は、自衛官に任命された者が継続任用を志願する旨の意思表示をした場合には、本人が自衛官として不適格でない限り、その継続任用をする義務があり、当該自衛官は継続任用を求める請求権を有するものである。このことは、「訓令」第六条、「達」第七条による継続任用の基準、「訓令」第七条ないし第一二条による継続任用の手続、「防衛庁職員の特別昇給の基準等に関する訓令」等の法の体系、また、自由退職の制限、継続任用志願者の全員継続任用の原則、辞令の交付形式、昇給・昇任の制度、退職手当採用等の法の運用実態、更に法制定時の立法事実等からも裏付けることができる。

(四) 法律上の利益

仮に、控訴人が更新(再任)請求権を有しないとしても、控訴人は、継続任用の志願をすることにより自衛官への採用を求めており、憲法の下における法その他の法規に定められた諸原則にその基礎をおく基準及び手続に従つてその採否を決定してもらう利益を有しており、これは、他の一般国民の抽象的利益とは区別された法律上の特別の利益である。 すなわち、憲法の下においては、国は、自衛官の採用にあたり、私企業における従業員の採用の場合のように契約自由の原則に支配されるものではなく、憲法第一四条の定める平等取扱いの原則、憲法第三一条の定める適正手続の原則、国家公務員法、地方公務員法による採用試験の公開平等の原則、法による各種継続任用の基準に従い、公正に自衛官の採用を決すべき客観的・合理的な制約を受けるものであり、継続任用を志願した者は、右客観的・合理的な制約に基づき、その採否を判断してもらうという法律上の特別の利益を有するものである。

2  継続任用拒否の処分性

(一) 解雇処分

被控訴人国の任用行為の性質を1の(一)及び(二)のように解すると、被控訴人国と控訴人との間においては、期間の定めのない雇用契約又は昭和五三年一月三〇日から期間を二年とする雇用契約が存在するのであるから、被控訴人連隊長の継続任用の拒否は、実質上控訴人の自衛官たる地位を剥奪する解雇というべきものであつて、控訴人の法律上の地位に変動を生じさせる行政処分である。

(二) 継続任用拒否処分

仮に(一)の主張が理由がないとしても、被控訴人連隊長の継続任用の拒否は、控訴人の有する継続任用請求権又は継続任用についての法律上の利益を侵害するものであるから、行政処分というべきである。

(三) 任用拒否の手続からみた処分性

「訓令」によれば、被控訴人連隊長により控訴人が継続任用を拒否されるに至るまでの手続は、次のとおりであつた。すなわち、継続任用の志願者は、任用期間満了の四か月前までに継続任用志願書を中隊長に提出し(訓令第七条)、中隊長は、それに基づいて志願者名簿を作成し、継続任用実施の三か月前までに駐とん地司令に対しこれを送付して健康診断の実施を求め(同第八条)、その健康診断の結果について通報を受けた中隊長は、継続任用実施の二か月前までに、志願者につき、継続任用不適当者か継続任用適当者かのいずれかであると認めて、不適当者名簿と適当者名簿とに分けた名簿を任免権者に提出し(同第九条第一項)、次に、継続任用選考審査会議は、その名簿を審査したうえで、志願者につき継続任用の適否の意見書を任免権者に提出し(同第一一条第三項)、任免権者は、継続任用選考審査会議の意見書を見たうえで、志願者に対し継続任用をしないこととする場合は、その理由が明らかにされている(同第一〇条第二項)。以上のような一連の経過は、行政庁の内部において一つの行政処分が形成される手続過程というべきであり、したがつて、その最終結論として「控訴人を継続任用しないこととする」としたことは、手続的にみて一つの行政処分というべきである。

第三証拠<省略>

理由

第一当事者間に争いのない事実

請求原因1、同2の(一)及び防衛庁長官の委任により陸士長等の任免権を有する被控訴人連隊長が控訴人に対し継続任用する旨の意思表示をしていないことは、当事者間に争いがない。

第二控訴人の被控訴人連隊長に対する継続任用拒否処分の取消を求める訴えについて

一  法第三六条第一項は、「陸士長、一等陸士、二等陸士及び三等陸士(以下「陸士長等」という。)は、二年を‥‥任用期間として任用するものとする。」と規定し、同条第四項は、「長官は、陸士長等‥‥の任用期間が満了した場合において、当該陸士長等‥‥が志願をしたときは、引き続き二年を任用期間としてこれを任用することができる。この場合における任用期間の起算日は、引き続いて任用された日とする。」と規定している。そして、成立に争いのない乙第一号証ないし第三号証によれば、法第三一条第二項の規定に基づいて防衛庁長官が制定した「隊員の任免等の人事管理の一般的基準に関する訓令」(昭和三七年防衛庁訓令第六六号)において、「継続任用」とは「法第三六条第四項の規定に基づき、任用期間の定めのある隊員を任用期間が満了した場合引き続いて隊員に任命すること」と定義されており(同訓令第三条第三号)、継続任用の発令についても、任用期間の定めのある隊員の採用の場合と全く同様の方法がとられていること(同第一六条、第一八条第一号及び第二号)、更に、右継続任用の運用に関し、防衛庁長官の訓令及び陸上幕僚長の達が制定されていること、訓令第六条及び達第四条ないし第七条は、採用の際の選抜試験に代え継続任用に際し適任者を選抜するための基準を定め、達第二条は、訓令第六条に規定する継続任用は同条各号の基準に該当する者のうち適任者を任用して行う旨を定め、また、訓令第一〇条は、任免権者は継続任用選考審査会議の意見を徴したうえ継続任用者を決定し、発令する旨を定めていることがそれぞれ認められる。

右の法第三六条第一項及び第四項の規定の趣旨並びに右認定の事実に照らすと、陸士長等の任用期間は二年であり(ただし、同項ただし書の場合は三年)、陸士長等に任用された者は、任用の日から二年間に限り自衛官としての地位を取得するものであつて、本来、任用期間の満了により、当然に退職しその地位を失うに至るものであるが、他方継続任用は、任用期間が満了した陸士長等に引き続き任用された日から二年間自衛官としての地位を設定する行政処分であつて、継続任用という処分が行われた場合には、本来生ずべき任用期間満了による退職の効果の発生が阻止され、その地位が継続することになるものと解すべきである(このように、継続任用の場合は、一旦退職したうえで新たに採用されるのではなく、その地位が継続することになるのであるから、辞令も退職辞令の交付はされず、継続任用の辞令のみが交付されるのであり(ただし、「隊員の任免等の人事管理の一般的基準に関する訓令」第一八条によれば、任期制の自衛官を継続任用する場合には、辞令書に代わる文書の交付その他適当な方法をもつて辞令書の交付に代えることができるとされている。)、また昇給、昇任も、勤続期間を考慮して行われることとされており、退職手当の支給に関する関係においても、防衛庁職員給与法第二八条第三項の規定において退職したものとみなすこととされているのである。)。したがつて、継続任用という処分が行われない場合には陸士長等は、任用期間の満了によつて当然退職し、自衛官としての地位を失うことになるのであつて、その場合には、任免権者のなんらの公権力の行使に当たる行為の介在なしにその地位を失うことになるものと解される。

二  前記当事者間に争いのない事実によれば、控訴人は、昭和五三年一月二九日任用期間が満了するところ、被控訴人連隊長は、控訴人に対し継続任用の意思表示をしていないのであるから、控訴人は、同日をもつて任期満了により退職し、自衛官としての地位を失つたものというべきであり、控訴人が右地位を失うについて、被控訴人連隊長の行政処分その他公権力の行使に当たる行為が介在したものと解することはできない(仮に被控訴人連隊長が控訴人に対し継続任用をしない旨の通告をしたとしても、それは控訴人が任用期間の満了により退職することになる旨の当然の結果を通告したにとどまり、控訴人の法律上の地位になんら変動を及ぼすものではないから、これをもつて行政処分その他の公権力の行使に当たる行為ということはできない。)。

三  控訴人は、被控訴人連隊長が控訴人に対し継続任用をしなかつたことをとらえて、種々の観点からこれを行政処分であると主張しているので、以下これについて判示する。  1 控訴人は、まず、法第三六条第一項の規定は憲法第一四条及び第二七条第一項の規定に違反して無効であり、仮にそうでないとしても、同項の規定は退職制限期間を定めたものにすぎないから、被控訴人国と控訴人との間には期間の定めのない雇用契約が成立しており、被控訴人連隊長が控訴人を継続任用しなかつたことは、実質上控訴人を解雇したものであると主張する。ところで、隊員と被控訴人国との関係は、契約に基づく雇用関係ではなく、任用によつて生ずる公法上の勤務関係と解すべきものであるから、控訴人の右主張は、被控訴人国と控訴人との間には任用期間の定めのない勤務関係が存在し、被控訴人連隊長が控訴人を継続任用しなかつたことは控訴人を免職したものであるという趣旨と解される。

(1)  一般職の国家公務員及び地方公務員については、原則として任期を定めないで任用すべきものとされており(国家公務員法第六〇条、人事院規則八―一二「職員の任免一第一五条の二、地方公務員法第二二条参照)、また、等しく陸上自衛隊の自衛官であつても、三等陸曹以上の階級の自衛官については任用期間の定めがない。したがつて、陸士長等の自衛官は、任用期間の点において前記の者と異なる取扱を受けていることは否定することができない。しかしながら、自衛隊は、「わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務」とされているものであり(法第三条)、右任務は、それを遂行するために適切な組織の下で、上級指揮官の指揮・監督により統制された規律ある行動を行うことによりはじめて効率的にこれを達成することができるものであつて、そのために、法は、自衛隊の部隊の組織、編成を定め、自衛官に階級を設け、部隊を指揮し隊務を管理すべき幹部及び曹と指揮官の指揮・命令に従つて部隊行動に従事する士との区分を定めている(法第三二条)。ところで、自衛官は、他の一般職の公務員の任務にはみられない防衛出動(法第七六条、第八八条)に従事するものであり、陸士長等は、その場合、主として最前線において相当長期間生命身体を危険にさらしながらの肉体的、精神的な緊張の連続の下で行動することになるものであるから、それに耐えうる強じんな体力、気力及び持久力を備えていることが必要であり、またそのためには、常に右のような体力、気力及び持久力を有する壮健な身体を保持するよう教育、訓練を行うことが必要であることはいうまでもない。右のような陸士長等の職務内容と強じんな体力、気力及び持久力が必要とされることにかんがみると、高齢者では右の任務に耐えられないおそれがあるばかりか、部隊行動の効率を阻害するおそれすらあることは明らかである。したがつて右の危険を回避するためには、陸士長等の新陳代謝をはかり、若く壮健な陸士長等を常時確保し、精強な部隊を編成・維持することができる制度が必要不可欠であり、陸士長等について任期制を設けることは、右の目的により適合するものと考えられ、さらに一定の定員数の下における右の円滑な新陳代謝の確保及び法第五章第五節において設ける予備自衛官の制度の充実を併せ考えれば、陸士長等の任用期間が二年とされていることも、充分合理的な理由のあるものと考えられる。また、曹以上の隊員の職務内容は、陸士長等のそれとは異なり、陸士長等を指揮・監督するものであるから、豊富な知識、経験をより必要とし、そのためには長期にわたつて勤務し、知識・経験を積むことができる定年制がより望ましいと考えられる。右のように、自衛官と一般職の国家公務員及び地方公務員、また等しく自衛官でも陸士隊長等と曹以上の階級の者とでは、その職務の内容及び職務の遂行に要求される事柄に差異があり、それに応じて任用期間についてそれぞれ異なる取扱をする合理性があるものと考えられる。したがつて、陸士長等について任用期間の定めがされていることをもつて憲法第一四条の規定に違反するものということはできない。

(2)  また、憲法第二七条第一項の規定は、国民に対し何らかの具体的な権利を保障したものではなく、立法者又は国政担当者の政治的責務に対する基本的な方針を示したプログラム規定と解すべきものであるから、国会がその立法裁量により陸士長等について任用期間を二年と定めた法第三六条第一項の規定について、これが憲法第二七条第一項の規定に違反するものとして無効になることはないものというべきである。

(3)  また、法第三六条第一項の規定が陸士長等の任用期間を定めたものであることは、その文言に照らし明らかなところであり、右規定が陸士長等の退職制限期間を定めたものにすぎないとする控訴人の主張は、独自の見解であつて採用することができない。

(4)  そうすると、前記当事者間に争いない事実によれば、控訴人は、陸士長として二年の任用期間により任用されたものというべきであり、任用期間の定めなく任用されたことを前提とする控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

2 次に、控訴人は、控訴人の継続任用志願により任用期間は昭和五三年一月三〇日当然更新されたものであり、被控訴人連隊長が継続任用をしなかつたことは控訴人を免職(控訴人は解雇と主張するが、この趣旨と解すべきである。)したものであると主張する。

しかしながら、前述のとおり、法第三六条第一項及び第四項の規定の趣旨によれば、陸士長等の任用期間が満了した場合においては、継続任用の志願があつたときであつても、任免権者である長官が継続任用という行政処分を行うことによつてはじめて引き継き二年を任用期間として地位を継続させることとしているものと解するのが相当である。けだし、法第三六条第四項の志願は、継続任用についての陸士長等の事前の同意と解すべきものであつて(陸士長等の任用は、他の公務員の任用と同様、当該陸士長等の同意を要件とする任命によつてその効力を生ずるものと解すべきである。)、陸士長等が継続した地位を取得するのは、あくまでも任免権者の任用行為によるものというべきであるからである。したがつて、控訴人の志願により当然任用期間が更新されることを前提とする控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

3 次に、控訴人は、陸士長等は任用期間の更新(又は再任)請求権を有し、被控訴人連隊長が控訴人を継続任用しなかつたことは、陸士長である控訴人の右権利を侵害するから、行政処分にあたると主張する。

しかしながら、継続任用も一種の任用であり、その行為の性質及び法第三六条第四項の趣旨に照らすと、継続任用をするか否かは任命権者の裁量に任されているものと解すべきであり、訓令第六条、達第七条の規定も、継続任用の適格者を選抜するための基準を定めたものであつて、定められた定員の制約もある以上、任命権者は、右基準に該当する者であつてもこれを必ず継続任用しなければならないことを義務づけられているものと解することはできないから、陸士長等に任用期間の更新(又は再任)請求権等継続任用をされるべき権利が保障されているものということはできない。したがつて、右権利のあることを前提とする控訴人の主張も、その余の点について判断するまでもなく失当である。

4 控訴人は、更に、継続任用の志願をしたことにより法その他の法規の定める諸原則に基礎を置く基準及び手続により採否を決定してもらう法律上の利益を有するところ、被控訴人連隊長が継続任用をしなかつたことは、控訴人の右利益を侵害するものであるから、行政処分と解すべきであると主張する。

任免権者が継続任用適格者を選抜するにあたり公正かつ適正な基準及び手続によつてこれを行わなければならないものであることは当然のことであるが、それは、任免権者の国に対する職務上の義務であつて、志願者個人に対する義務とはいえず、また、法第三六条第四項所定の志願は継続任用についての陸士長等の事前の同意と解すべきものであること及び陸士長等について継続任用を請求する権利が保障されているものでないことは前記のとおりであるから、控訴人が継続任用の志願をしたからといつて、そのことにより直ちに控訴人に法律上保護されるべき利益が生ずるものとは解されない。したがつて継続任用の志願をしたことにより法律上の利益が生じたことを前提とする控訴人の主張も、その余の点について判断するまでもなく失当である。

5 また、控訴人は、控訴人が継続任用されなかつた経過を手続的にみても、そこに行政処分があつたものと解すべきであると主張する。

前記乙第二号証によれば、訓令上継続任用をしないこととする手続的な過程は、控訴人が主張するとおりであると認めることができる。しかしながら、継続任用の決定がされた場合には、発令行為によつてそれが外部に表示され、かつ、それによつて隊員の地位に変動が生ずることになるけれども、継続任用をしないこととされた場合には、その経過はあくまでも行政庁の内部的な意思決定の過程にとどまるものであり、陸士長等の地位に変動を生じさせるような任命権者の外部的に表示される作為的行為は存在しないのであつて、右手続的過程をもつて取消訴訟の対象となる行政処分その他公権力の行使に当たる行為ということはできない。したがつて、控訴人の右主張も失当である。

四  以上によれば、控訴人は、昭和五三年一月二九日、任用期間の満了により当然退職してその身分を失つたものというべきであつて、その身分の喪失につき被控訴人連隊長による取消訴訟の対象となるべき行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為があつたものと認めることはできない(被控訴人連隊長が継続任用をしなかつたという単なる不作為は、「処分の取消しの訴え」の対象とはならないものである。けだし、行政事件訴訟法第三条第一項所定の抗告訴訟とは、行政庁の作為、不作為を含む公権力の行使に関する不服の訴訟を指称するものであるが、広く行政庁の不作為について司法裁判所に訴えを提起することを認めることは行政庁の第一次判断権を侵害するおそれがあると考えられるので、同法は、第三条第五項所定の「不作為の違法確認の訴え」の限度で行政庁の不作為を対象とすることを認めたにとどまるものと解され、したがつて、その他の抗告訴訟である「処分の取消しの訴え」、「裁決の取消しの訴え」、「無効等確認の訴え」についてはいずれも行政庁の作為的行為のみをその対象とするものと解されるからである。)。したがつて、控訴人の被控訴人連隊長に対する継続任用拒否処分の取消を求める訴えは、その対象を欠く不適法なものであつて、却下を免れない。

なお、控訴人は、被控訴人連隊長が継続任用の拒否の通告をする際には適正な法の手続が保障されることが必要である旨及び継続任用の拒否が裁量権の濫用である旨の主張をしているが、右主張は、控訴人の身分喪失につき被控訴人連隊長が取消訴訟の対象となる行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をしたことが認められる場合において右行為が違法である旨を主張するものと解されるから、右行為の存在が認められない以上、右の点について判断を加える必要はない。

第三控訴人の被控訴人国に対する陸上自衛隊自衛官陸士長たる地位の確認を求める請求について

一  控訴人は、被控訴人国に対し、控訴人が陸上自衛隊自衛官陸士長たる地位を有することの確認を求めているところ、被控訴人国が控訴人の陸上自衛官陸士長たる地位を争つている以上、控訴人が被控訴人連隊長に対し継続任用拒否処分の取消を求めているからといつて、直ちに控訴人の右地位の確認を求める訴えの利益を否定することはできないものというべきである。したがつて、被控訴人らの本案前の主張2は失当である。

二  しかしながら、前記第二で判断したとおり、控訴人は、昭和五三年一月二九日付をもつて陸上自衛隊自衛官陸士長たる地位を失つたものであり、その後右地位を取得したことについて控訴人はなんら主張するところがないから、控訴人の右請求は、理由がない。

第四結論

以上のとおり、控訴人の被控訴人連隊長に対する継続任用拒否処分の取消を求める訴えは不適法であるからこれを却下すべきものであり、また、控訴人の被控訴人国に対する地位確認を求める請求は失当であるからこれを棄却すべきものであつて、これと同旨の原判決は正当であり、本件控訴は理由がない。よつて、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九五条、第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 香川保一 越山安久 吉崎直彌)

別紙代理人目録<省略>

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