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東京高等裁判所 昭和54年(行コ)64号 判決 1981年1月30日

控訴人(原告) 松岡清次郎 外一二名

被控訴人(被告) 東京都港区建築主事

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が訴外伊藤房子及び同株式会社第一ホテルエンタープライズに対し昭和五二年六月四日付確認番号第四三〇六号をもつてした建築確認処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、左記のとおり主張を附加し、控訴人ら代理人において甲第一五ないし第一八号証を提出し、被控訴代理人において右甲号各証の原本の存在及び成立を認めると述べたほかは、原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決六枚目裏六行目から八行目にかけて「同笠木、並びに(行ウ)第一〇〇号事件原告アルフレツド・ブレーキー」とあるのを「同笠木」と改め、同一四枚目表四行目から同枚目裏五行目までを削除する。)であるから、これをここに引用する。

(控訴人ら代理人の主張)

1  建築工事完了後に建築確認処分を取り消す旨の判決がなされたとしても、法九条により違反建築物の除却等の是正措置を命ずるか否かは特定行政庁の自由裁量に委ねられているとして、工事完了後には右取消しを訴求する利益は認められないと解するとするならば、およそいかなる段階においても第三者が建築確認処分の取消しを求める訴えの利益は認められないとの到底容認しがたい結論に至らざるをえない。けだし、法九条の是正措置命令を発するか否かは、建築工事が完了しているか否かにかかわらず、特定行政庁の自由裁量に委ねられているのであり、工事完了前に建築確認処分を取り消す旨の判決がなされた場合にあつても、建築主が違法に工事を続行するならば、これを法的に阻止しうるか否かは、特定行政庁がその自由裁量により工事停止命令等の是正措置命令を発するか否かにかかるのであつて、工事完了後の場合と事情は何ら異ならないからである。被控訴人の挙げる法六条五項、九九条一項二号は、建築確認なしに工事をしてはならず、これに違反したときは一〇万円以下の罰金に処せられることがある旨を規定しているにすぎず、建築工事完了前に建築確認処分が取り消されれば、即、建築工事の施工ないし完成が阻止されるという法構造にはなつていない。現実にも僅か一〇万円を最高限とする罰金刑の存在が右の阻止に有効であるとは到底考えられず、また右罰金刑が過去に発動された例も皆無である。してみると、建築工事完了前につき建築確認処分の取消しを訴求する利益の存在を肯定しうるのであれば、工事完了後についても同様であるといわなければならない。

2  建築工事完了後違反建築物につき特定行政庁が法九条による是正措置を命ずるか否かは、まさしくその自由裁量に委ねられているとしても、右自由裁量にも当然合理的な限界があり、右措置の不作為は一定の場合には違法となることがあるものと解される。そして、右不作為が違法となるか否かを判断するにあたつては、建築確認処分が取り消されているか否かが重要な基準となるのであつて、この意味において、右処分の取消しを求める訴えの利益は工事完了後であつても当然に肯定されるべきである。

仮に、建築工事完了後には右訴えの利益が消滅するとされるならば、建築主は建築審査会や裁判所による審理を引き延ばす一方、工事完了を急ぐことによつて容易に違法建築を実現しうることになり、かかる不合理は到底容認しえないところといわなければならない。

3  本件処分にかかる建築物は、昭和五一年法律第八三号による改正後の建築基準法五六条の二に基づく東京都日影による中高層建築物の高さの制限に関する条例によつて指定された第二種住居専用地域の第一ランクの日影規制に適合しておらず、かつ容積率も、右改正後の同法五二条に定める容積規制による最高値二八八パーセントを超える三七八パーセントであり、右の二点において既存不適格建築物となつているもので、控訴人らが本件処分にかかる建築物によつて現行の法及び条例により保護される日照及び良好な空間を享受する利益を阻害されることは明らかであり、右のような阻害があれば、本件処分の取消しを求めるにつき控訴人らに訴えの利益を肯定するに十分である。

(被控訴代理人の主張)

控訴人ら代理人の右主張はすべて争う。建築確認処分が建築工事完了前に取り消された場合には、建築主は適法に工事を続行することができず(法六条五項)、これに違反したときは一〇万円以下の罰金に処せられる(法九九条一項二号)。したがつて、工事完了前であれば、建築確認処分が取り消されると、そのこと自体によつて工事の施工ないし完成が阻止されるといいうるのであり、この意味において、右の段階であれば建築確認処分の取消しを訴求する利益の存在を肯定しうる場合があるとしても、工事完了後については右と事情が異なるといわなければならない。

理由

一  訴外伊藤房子及び同株式会社第一ホテルエンタープライズが共同して、昭和五一年一二月七日被控訴人に対し、請求原因第1項記載の内容による建築確認申請をしたところ、被控訴人が法六条に基づき昭和五二年六月四日付確認番号第四三〇六号をもつて本件処分をしたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、被控訴人の本案前の主張2(一)についてまず検討する。

1  原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証、同第四号証、同第五号証の二、同第一一号証、成立に争いのない甲第五号証の一、同第六ないし第一〇号証、乙第二号証、同第五、六号証、同第七、八号証の各一、二、同第九号証の一ないし三、五ないし七、一一に弁論の全趣旨を総合すれば、

(1)  控訴人米山令士、同米山真智子、同米山輝男、同米山千寿子は、原判決別紙図面(一)表示のとおり本件敷地の北西で、約五〇メートル離れた場所にある家屋に本件処分当時から居住している者であるところ、右家屋は本件処分にかかる建築物(建築計画が一部変更された後のもの、以下「本件建築物」という。)により若干日照に影響を受けるが、その程度は一時間日影となる箇所が右家屋の東南部分の極く僅かな部分に生じるだけのものであり、仮に本件建築物を、控訴人ら主張のとおりA道路を前面道路として法五六条一項一号による道路斜線制限を適用した建築物(原判決別紙図面(三)記載の赤線で囲む部分をカツトしたもの、以下「控訴人らの主張による建築物」という。)に変更したとしても、右日照阻害の程度には何らの変化も生じないこと、

(2)  控訴人松岡清次郎、同松岡満喜子は、前記図面(一)表示のとおり本件敷地の南西で、A道路を隔て約一〇メートル余離れた場所にある家屋に本件処分当時から居住している者であるところ、右家屋の一階応接室のA道路側にある窓を視点として作成された天空図によると、右家屋の居住者は本件建築物により天空採光の阻害及び圧迫感の被害を被るが、本件建築物を控訴人らの主張による建築物に変更しても、右阻害等にはほとんど改善が得られないこと、

(3)  控訴人服部、同金子、同福田、同笠木は前記図面(一)表示のとおり本件建築物の北西側に隣接する芝白金コーポラス(六階建)の六階、五階、三階、二階の居室にそれぞれ本件処分当時から居住している者、控訴人相馬は、同コーポラスの四階居室に本件処分当時から居住していた亡相馬正胤の死亡(昭和五三年一一月六日)により同人の右居室に関する権利を承継した者であるところ、同コーポラスの本件建築物側壁面には六階に二箇所(中央及び右側)、二階ないし五階に各三箇所(左右及び中央)窓が設けられており、同コーポラス各階の居室は本件建築物により日照、天空採光及び圧迫感の面で影響を受けることが明らかであるが、本件建築物を控訴人らの主張による建築物に変更したとしても、平面日影図の上では全く変化がみられず、立面日影図によつても、冬至の日の午前九時の時点で五階の左側及び六階の中央の窓の各一部、午前一〇時の時点で四階の左側及び五階の中央の窓の各一部、午前一一時の時点で四階の中央の窓の一部、午前一二時の時点で二、三階の各右側の窓の各一部において日照が得られるようになるというにすぎず、右変更による日照回復の程度は僅少といつてよいこと、また、天空採光の阻害及び圧迫感の被害についても、各階の中央にある窓を視点として作成された天空図によると、本件建築物を控訴人らの主張による建築物に変更しても、ほとんど改善が得られないこと、

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、本件建築物と控訴人米山令士、同米山真智子、同米山輝男、同米山千寿子の居住家屋との距離及び位置関係からみて、同控訴人らが、本件建築物の建築により、風害、圧迫感の被害を被るものとは考えられず、控訴人松岡清次郎、同松岡満喜子は、右建築により電波障害、風害を被ると主張するが、電波障害については、被控訴人が、建築主らの設置した共同アンテナによつてすでに解決済みであると主張するのに対し、同控訴人らはこれを明らかに争わないし、また、風害については、本件建築物を控訴人らの主張による建築物に変更しても、その変更の程度に照らし格別の差は生じないものとみられる。

また、前記甲第一号証によれば、控訴人岸孝、同岸寿々子は、前記図面(一)表示のとおり本件敷地のほぼ南側で、A道路を隔てた場所にある家屋に本件処分当時から居住している者であることが認められるが、同控訴人らが本件建築物の建築により具体的な被害を被ることについては、何らの主張もない。

2  以上によれば、控訴人らは、そもそも、本件建築物の建築により日照阻害等の具体的な被害を被らないか、これを被るとしても、該被害は、本件建築物を控訴人らの主張による建築物に変更してもほとんど改善が得られないものであり、結局、控訴人らは、いずれも、本件建築物に控訴人ら主張のとおり法五六条一項一号の道路斜線制限の規定に違反する部分が存するとしても、右部分の存在によつて具体的な被害を被るものとはいえないとみるべきである。そうすると、控訴人らは、本件処分に法五六条一項一号の解釈を誤つた違法があるとしても、そのような違法のある処分により自らの権利又は法的に保護された利益を侵害されるとはいえないことに帰し、右の違法を理由に本件処分の取消しを求める訴えの利益を有しないというべきである。控訴人らは、本件処分により全員が道路斜線制限の立法趣旨である街区の形態が整えられることにつき有する利益、すなわち良好な街区に居住する利益を侵害されるとも主張するが、右のような抽象的な利益の侵害があるというだけでは、本件処分の取消しを求める訴えの利益を肯定することはできないものと解すべきである。また、控訴人らは、本件建築物が昭和五一年法律第八三号による改正後の建築基準法五六条の二に基づく東京都日影による中高層建築物の高さの制限に関する条例による日影規制及び右改正後の同法五二条による容積規制に適合しない既存不適格建築物となつていることからすれば、本件処分の取消しを求めるにつき控訴人らに訴えの利益を肯定するに十分であると主張するが、本件建築物が右主張のとおり既存不適格建築物となつているとしても、そのことと本件建築物に前記違反部分が存するため近隣居住者に具体的な被害が生じるか否かとは別個の問題であり、前叙のように控訴人らはいずれも右被害を被るものといえないのであるから、控訴人らの右主張は採用しがたいというほかない。

三  そうすると、控訴人らの本件各訴えは前項説示の理由により訴えの利益を欠くものとして不適法であり、その余の点につき判断するまでもなく却下を免れないというべきところ、右と理由を異にするが本件各訴えが訴えの利益を欠くものとしてこれを却下すべきものとした原判決は結局において相当であり、本件各控訴は理由がないことに帰する。よつて、本件各控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林信次 浦野雄幸 河本誠之)

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