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東京高等裁判所 昭和54年(行コ)19号 判決 1979年10月31日

控訴人 金井良蔵

被控訴人 鶴見税務署長

代理人 布村重成 吉岡栄三郎 ほか三名

主文

原判決のうち請求の趣旨(一)記載の請求に関する訴を却下した部分を取消し、右部分につき本件を横浜地方裁判所に差戻す。

控訴人のその余の控訴を棄却する。

前項の控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。本件を横浜地方裁判所に差戻す。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の事実上及び法律上の主張は、原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因(一)記載の事実は、当事者間に争いがない。

二  ところで、被控訴人は、本件決定処分及び本件更正処分の各取消しを求める本件各訴はいずれも行政事件訴訟法第一四条第一項、第四項所定の出訴期間を徒過して提起された不適法な訴であると主張するので、その主張の当否について判断する。

1  まず、取消訴訟は、処分または裁決があつたことを知つた日から三か月以内に提起しなければならないものであり、かつ、本件各訴の原告である控訴人のごとく、処分または裁決につき審査請求を経由した者については、右期間は審査請求に対する裁決があつたことを知つた日から起算すべきものであることは、行政事件訴訟法第一四条第一項、第四項の法文上明らかである。そして、右にいう裁決があつたことを知つた日とは、審査請求者(その代理権限等を有する者を含む。)が裁決書の謄本を受領するなどして裁決のあつたことを現実に知つた日を指すものであるとともに、右にいう裁決があつたことを知つた日から起算するとは、その日を初日として期間に算入して計算すべきことを意味するものと解するのが相当である。

2  そこで、控訴人が本件裁決のあつたことを知つた日はいつであるかについて検討するに、控訴人は、昭和四九年一月二四日国税不服審判所長に審査請求書を提出した際、その住所を馬場町と表示していたが、その後東寺尾に転居した後も、同審判所長にその旨の届出をしていなかつたこと、そのため、同審判所長は、本件裁決書の謄本を書留郵便で旧住所の馬場町に送達し、控訴人の姉規聿子が昭和五一年三月一二日その書留郵便を受領したこと、その当時、控訴人は父安雄から引継いだ造園業を営んでいたことは、いずれも当事者間に争いがなく、これらの事実と、<証拠略>を総合すると、次の事実を認定することができ、この認定を覆すに足りる証拠は存在しない。

(一)  控訴人(昭和一八年五月一〇日生れ)は、昭和二八年ごろから、馬場町にある父安雄所有の家屋に居住し、以来父を世帯主とする世帯の一員として両親と一緒に生活していたが、昭和四九年一〇月、控訴人が結婚するとともに、同人が東寺尾に新築したマンシヨン(東寺尾ハイツ)が完成したので、新婚生活と右マンシヨンの管理のため、同月二六日、東寺尾の右マンシヨンに転居し、その一室に居住するようになり、同月三一日、鶴見区役所に右転居の届出をした。そして、控訴人は、その後昭和五一年八月に神奈川区松見町の現住所に転居するまで、東寺尾に生活の本拠を置いていた。

(二)  控訴人の父安雄(明治三五年一〇月一一日生れ)は、古くから造園業を営み、控訴人も、昭和三九年ごろからその事業を手伝つてきたが、昭和四五、六年ごろ以降は、父が老齢となつたため、実質上控訴人がその事業の経営を引継ぎ、父は、馬場町の住家に隣接して植えられた営業用の植木の手入れを時々手伝うなど軽易な仕事をするだけになつた。そして、そのころから、右事業に関する所得税の確定申告に当つても、控訴人が納税義務者となつて、これを行ない、父は事業専従者、母キク(明治四〇年九月二〇日生れ)は扶養親族として申告するようになつたが、これは、その後控訴人が東寺尾に転居した後も、同様であつた。

(三)  控訴人の姉規聿子(昭和一〇年一月三〇日生れ)は、昭和三九年四月から馬場町の両親方に同居するようになり、家事の手伝いなどをしているが、控訴人が東寺尾に転居した後も、従来どおり両親と一緒に馬場町で生活しており、更に控訴人が松見町の現住所に転居してからは、住所は従来のまま、東寺尾にある前記マンシヨンの管理をも手伝つている。なお、規聿子は、右のとおり馬場町の両親方に同居しているが、住民基本台帳上は、当初から両親や控訴人とは別個の世帯の世帯主として記載されており、また、前記の所得税の確定申告においても、事業専従者にも、扶養親族にもなつていない。

(四)  控訴人が父から引継いで行なつている造園業は、顧客からの依頼に応じ顧客方に出向いて、庭園の設計、施工をしたり、植木の植込み、手入れをしたりすることが主な仕事であり、父が時々軽易な仕事を手伝うほかは、使用人その他の従業者はいなかつたし、馬場町に植えられた営業用の植木も頻繁に取引されるものではなかつたので、顧客との契約や連絡も随時口頭や家事用の電話ですれば足り、従つて、右事業用の事務所や店舗は、馬場町にも、東寺尾にも格別設けられていなかつた。そして、控訴人の東寺尾への転居後には、馬場町の両親方になされた顧客からの電話を規聿子や両親が控訴人のために取り次ぐことはあつたが、それもしばしばあつたわけではない。

(五)  控訴人は、東寺尾への転居後も、郵便局長への住居変更届をしていなかつたので、その後も、控訴人宛の郵便物が馬場町の両親方に配達されることはあつた。しかし、東寺尾の前記マンシヨンは馬場町の両親方から約一・五キロメートルの所にあり、かつ、控訴人は、右転居後も、営業用の軽トラツクや道具類の一部を両親方に置いていたので、その後もしばしば両親方に出入りしており、その際右郵便物を受領していた。もつとも、控訴人宛の郵便物は営業用のカタログや広告類がほとんどで、右転居後両親方に控訴人宛の書留郵便物が配達されたのは、本件裁決書の謄本がはじめてであつた。そのため、本件裁決書謄本の送達の以前に、控訴人が両親や規聿子に対して書留郵便物の開封はもとより、そのような郵便物の受領を委任していた事実はない。なお、控訴人が東寺尾への転居後郵便局長への住居変更届をしなかつたのは、同人が成人してから後転居した経験がなく、郵便物を新住所に転送してもらうためには郵便局長に対し住所変更届をしなければならないことを知らなかつたためであつて、その届をしなければならないことを知つていながらあえてこれを怠つていたものではない。

(六)  ところで、控訴人は、昭和四九年一月二四日国税不服審判所長に審査請求書を提出した際、その住所を当時の住所であつた馬場町と表示していたが、東寺尾に転居した後も、同審判所長にその旨の届出をしていなかつたため、本件裁決書の謄本の封入された書留郵便は、昭和五一年三月一二日、旧住所である馬場町の両親方に送達され、たまたま居合せた規聿子が両親の印鑑を利用してこれを受領した。しかし、規聿子は、それより以前に控訴人から、馬場町に植えられた植木の手入れのため同人が次の日曜日の同月一四日に両親方に立ち寄る予定であることを聞知していたので、控訴人には何ら連絡せず、かつ、右書留郵便は開封しないまま、これを保管して、右一四日の午後一時ごろ控訴人が予定どおり馬場町の両親方に立ち寄つた際、これを同人に手交した。そこで、控訴人は、同日、右書留郵便を開封して、同月一〇日付で本件裁決のなされたことを知るに至つた。

そして、以上の事実関係を総合して判断すると、規聿子が昭和五一年三月一二日に本件裁決書謄本の封入された書留郵便を受領したことをもつて、直ちに控訴人本人が本件裁決のあつたことを現実に知つたものということはできない。また、規聿子は、右書留郵便を受領した当時、控訴人からそのような重要郵便物の受領及び開封の権限を授与されていたといえないのはもとより、控訴人の使用人その他の従業者または同居者であつたとすらいえないから、規聿子が右書留郵便を受領したことをもつて、社会通念上控訴人本人が本件裁決のあつたことを現実に知つた場合と同視することも困難である。

従つて、規聿子は、右書留郵便物を受領する権限も義務もなかつたにもかかわらず、控訴人の姉としての立場から単なる事務管理としてこれを受領したにすぎないものというべきであり、控訴人は、昭和五一年三月一四日、規聿子から右書留郵便を受領し、これを開封して、はじめて本件裁決のあつたことを知つたものと解するのが相当である。

3  以上に認定したとおり、控訴人が本件裁決のあつたことを知つた日は昭和五一年三月一四日であつたというべきところ、本件記録によれば、本件各訴が原審の横浜地方裁判所に提起された日は同年六月一二日であつたことが明らかであるから、本件各訴はいずれも行政事件訴訟法第一四条第一項、第四項所定の出訴期間内に提起された適法な訴であるというべきである。

三  更に、被控訴人は、本件各訴のうち本件更正処分の取消しを求める訴は法律上の利益のない不適法な訴であると主張するので、判断するに、原更正処分は、原決定処分によつて決定された控訴人の昭和四七年分の贈与税額及び無申告加算税額を減少させる処分であり、控訴人にとつては原決定処分の一部を取消す効力のみを有する利益な処分であつて、原更正処分によつて取消されなかつた部分につき更に不服がある場合には、控訴人としては、その部分(但し、その後更に本件裁決によつて取消された部分を除く。)につき原決定処分の取消しを求めれば足りるというべきである。そうすると、控訴人には、本件決定処分の取消しのほかに、本件更正処分の取消しを求める法律上の利益はないといわなければならないから、本件各訴のうち本件更正処分の取消しを求める訴は、被控訴人の主張するとおり、法律上の利益のない不適法な訴であるといわざるをえない。

四  以上の次第であるから、原判決のうち、本件決定処分の取消しを求める訴を却下した部分は、不当であつて、取消しを免れないが、本件更正処分の取消しを求める訴を却下した部分は、相当であつて、この部分に対する控訴は棄却すべきである。

五  よつて、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第三八六条、第三八八条、第三八四条、第九五条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 川島一郎 沖野威 奥村長生)

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