大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(ム)36号 判決 1981年5月19日

再審原告

八木政次

右訴訟代理人

田邊尚

再審被告

(旧商号・株式会社結城屋呉服店)

株式会社ゆうきや

右代表者

長峯一郎

再審被告

長峯一郎

再審被告

長峯チエ

右三名訴訟代理人

瀬沼忠夫

主文

本件再審の訴を却下する。

再審費用は再審原告の負担とする。

事実

(申立)

再審原告代理人は「当裁判所が昭和四六年(ネ)第二一五七号登記抹消等請求控訴事件について昭和五一年三月二三日に言渡した判決(以下原判決という。)を取消す。同事件の一審判決を取消す。再審被告らの請求を棄却する。訴訟費用は全部再審被告らの負担とする。」との判決を求め、再審被告ら代理人は、主文同旨の判決を求めた。

(主張)

再審原告代理人は、再審の理由として次のとおり述べた。

原判決は、最高裁判所が昭和五一年一一月一九日に言渡した上告棄却の判決により確定した。

原審(原判決にかかる訴訟事件をいう。うち、一審、二審をそれぞれ原一審、原二審といい、原審に提出された甲号証、乙号証をそれぞれ原甲号証、原乙号証という。)において再審原告は、石井政子、石川美智子、八木文男、中村富士代を証人として予定していたが、右四名は、いずれも暴力団小金井一家鈴の家組準構成員森本大造、同稲川会清宮組組長清宮康雄、同鈴の家組組長勝池銀蔵(以下森本ら三名という。)から後記威迫行為を受けたため、原審において証言することができず(但し、石川美智子は原二審で証言したが、その内容は制限されている。)、右は、いずれも民事訴訟法四二〇条一項五号にいう刑事上処罰されるべき行為(刑法一〇五条ノ二該当)により再審原告が攻撃防禦の方法の提出を妨げられたものであつて、右妨害が原判決に影響を及ぼすことは後記のとおり明らかである。ところで、以上の被威迫者四名はいずれも後難をおそれてこれら威迫行為を口外しなかつたのでこれら犯行は発覚に至らないまま、森本は昭和四八年一〇月三一日、清宮は昭和五二年二月一四日それぞれ死亡し、いずれも証拠欠缺外の理由により有罪判決を得ることができない。再審原告は、後記のとおり、昭和五四年九月二七日から同年一〇月二日までの間に右威迫の事実を初めて知つた。

一  破井政子は、昭和四〇年一二月二五日午後三日三〇分頃横浜市神奈川区六角橋二丁目二〇番一一号の再審原告事務所において再審原告が再審被告会社代表者である再審被告一郎に対し現金七〇万円を手渡すのを目撃したものであるが、昭和四一年五月六日頃及び同年一二月三〇日頃森本ら三名から右事実を口外したときは、顔を切る、一生をめちやくちやにしてやる等と告げられる等の脅迫を受けて畏怖し、再審原告から昭和四二年一月頃から昭和五〇年一一月頃までの間に三、四回にわたり、右目撃事件につき原審事件につき出廷し証人として供述するよう求められたが、かかる事実は知らないと答えてこれを拒んだ。

同女が出廷し供述したとすれば、再審原告が再審被告会社に対し昭和四〇年一二月二五日に七〇万円を貸付けた事実、原乙第四号証の三作成の経緯、他に昭和四〇年一二月三〇日、昭和四一年二月二八日にも再審原告から再審被告会社に対し金員貸付の事実があることを立証することができた。

再審原告は、昭和五四年九月二七日自宅敷地擁壁工事依頼のため横浜市保土ケ谷区神戸町一一六番地土木業石井和吉方を訪ねた際、その妻である政子と会い、同女から右威迫の事実を告げられて初めてこれを知つた。

二  石川美智子は、夫郁平とともに、再審原告が再審被告会社に対し昭和四一年二月二八日及び同年三月七日に貸付をなす資金として同年二月二四日に七〇万円、同年三月七日に六〇万円を再審原告に貸付けた者であるが、同年八月頃以降たびたび森本ら三名から威追され、原一審においては再審原告からの証人出廷依頼に対し右威迫の事実を秘し、税務署に貸金の事実を知られたくないとの口実でこれを拒み、また、原二審の証人尋問については、その期日の二、三日前に清宮から電話で前記威迫の事実を述べれば、顔を切つてやる、利き腕を折つて商売ができなくしてやる等と告げて威迫され、右証言中で威迫を受けた事実を述べることができなかつた。

同女が原一審で出廷し供述したとすれば、再審原告が再審被告会社に対し昭和四一年二月二八日に七〇万円を貸付け、右貸金について再審被告会社所有の宅地に同年三月二日受付をもつて抵当権設定登記、停止条件付所有権移転仮登記、停止条件付賃借権設定仮登記を経由したこと、また、再審原告が再審被告会社に対し同年三月七日に七〇万円を貸付け、翌八日原乙第四号証の二が作成され、同月一〇日受付をもつて右貸金につき右土地に抵当権設定登記、停止条件付所有権移転登記が経由された事実が立証され、また、原二審において同女が威追の事実を証言することができれば、右各貸付の事実をさらに明らかにすることができた。

再審原告は石井政子に対する前記威迫の事実を知り、石川美智子にも同様の事実があつたと推察して、昭和五四年九月二八日横浜市神奈川区白幡東町九一番地の同女方に同女を訪ねて質したところ、右威迫の事実を告げられ初めてこれを知つた。

三  八木文男は、その父八木英雄が昭和四〇年一二月一五日再審原告の肩書住所において再審原告に対し借金利息とも二七〇万円を返済するのに同席し、また、昭和四一年三月二四日昼頃に再審原告が相模原市の八木英雄方に立寄つたことを右英雄(昭和四六年五月三日死亡)から聞き知る者であるが、昭和四一年四月頃森本ら三名から英雄ともども右事実を口外しないよう威迫されたので、昭和四七年一月再審原告から原審の証人となるよう求められたが、かかる事実は知らないと述べてこれを拒んだ。

八木文男が原審において証人として供述したとすれば、原一審証人森本大造の供述中、同証人が昭和四一年三月二四日再審原告の事務所で再審原告に会い、その際再審原告は、再審被告会社あるいは同一郎に対する貸金額は七〇万円と四五万円のみであると述べた点が虚偽であること、原甲第二八号証の作成の経緯及び再審原告が昭和四〇年一二月三〇日に再審被告会社に七〇万円、翌三一日に同一郎に対し五〇〇万円をそれぞれ貸付けたことを立証することができた。

再審原告は、二の末尾記載と同じ動機から昭和五四年一〇月二日相模原市二本松三丁目一四番九号の文男方を訪ねて同人に質したところ、右威迫の事実を告げられて初めてこれを知つた。

四  中村富士代は、昭和四一年二月二八日再審原告が前掲の再審原告事務所において再審被告一郎(再審被告会社代表者)に対し七〇万円を手渡すのを目撃した者であるが、同年五月一〇日頃及び同年一二月二〇日頃森本ら三名から右事実を口外すれば、顔を切り、仕事ができないようにしてやる等と告げられ威迫を受けた。

同女が原審で証人となつたとすれば、二掲記の昭和四一年二月二八日の貸付及び同年三月二日受付の各登記に関する事実が明らかとなつた。

再審原告は二の末尾記載と同様の動機から昭和五四年一〇月二日三井生命保険相互会社神奈川営業所に同女を訪ねて質したところ、右威迫の事実を告げられ初めてこれを知つた。

再審被告ら代理人の陳述した主張(認否・反論)は次のとおりである。

再審原告主張の事実中、原判決が再審原告主張の経緯により確定したこと、森本、清宮が同主張の日に死亡したこと(勝池も昭和四八年一月に死亡した。)、石井政子、八木文男、中村富士代がいずれも原審で証言せず、石川美智子が原一審で証言せず、原二審で証言したことが認めるが、その余はすべて争う。

森本は、不動産仲介業者で世評のよい人格者、勝池は、飲食店「すゞの屋」を経営する者であつて、いずれも暴力団に関係がない。再審被告らは、暴力団に関係がなく、清宮なる者は知らないし、暴力団員が本件訴訟に介入するはずがない。

原審において再審原告の主張する証人らを調べることなく再審被告らの勝訴の原判決を言渡したのは、再審原告が原審に提出した原乙第四号証の一ないし三等の再審被告ら名義の文書が偽造であり、証人尋問をするまでもなく、再審原告の主張は理由がないとしたためであつて、石井政子、八木文男、中村富士代の証言の有無、石川美智子の証言内容如何は、原判決の結論に影響しないことが明らかである。

よつて、いずれにしても、原判決には、民事訴訟法四二〇条に定める再審事由を欠く。

(証拠)<省略>

理由

原判決が再審原告主張の経緯により確定したことは当事者間に争いがない。

原審において石井政子、八木文男、中村富士代の証人尋問がなされず、また、石川美智子の証人尋問は原一審においてなされず、原二審でなされたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、石川美智子が右尋問において再審原告主張の脅迫の事実を供述していないことが認められる。

ところで、再審原告は、森本ら三名が前記四名及び八木英雄に対し原審において再審原告主張のような事実を証言するときは、その身体等に危害を加える旨申し向けて畏怖させてその証言を拒む等させるに至らせた旨主張する。そして、再審原告は、森本ら三名の右所為は、刑法一〇五条ノ二に該当する旨主張するが、民事事件である以上右に該当しないことは明らかであつて、再審原告主張の所為があつたとすれば、刑法二二二条、二二三条あるいは暴力行為等処罰ニ関スル法律(一条など)に擬せられるべきところである(以下便宜脅迫という。)

判旨訴訟法四二〇条項五号により再審の訴が適法となるには、同条二項の要件を具備すべきところ、森本、清宮がそれぞれ再審原告主張の日に死亡したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば勝池は再審被告ら主張の頃に死亡したことが認められる。右三名の脅迫の所為につき有罪判決があつた旨の主張立証はない。してみると、右三名の脅迫の所為があつたとすれば、証拠の欠缺外の理由により有罪の確定判決を得ること能わざる場合に該当するのであるが、右二項の法意に照らせば、既に死亡した右三名の脅迫行為の存在について、有罪判決をなしうる程度の証拠のない限り、再審の訴の適法要件を充足しないと解するのが相当である。

しかるに、右三名につき再審原告主張の脅迫の所為につき右述の程度の証明があつたということはできない。すなわち、この点につき再審原告の主張に副う証拠として、石井に対する所為について甲第一号証(成立に争いのない印鑑登録証明書部分により供述書部分の真正な成立を認める。)、石川に対する所為について証人石川美智子の供述により成立を認める甲第二号証(供述書)及び同供述、八木文男及び八木英雄に対する所為について証人八木文男の供述により成立を認める甲第六号証(供述書)及び同供述、中村に対する所為について甲第七号証(印鑑登録証明書部分はその趣旨形式により真正な公文書と認められ、これにより供述書記載の真正な成立を認める。)がそれぞれ存するが、右証人石川、同八木の各供述するところはいずれも、犯人が夫都平あるいは父英雄を脅迫するのを聞いたというに過ぎず、また犯人の特定も十分といえず、以上の供述及び供述調書は、いずれもそれ自体で強く心証を惹くものといえず、<証拠>によれば、清宮が暴力団に所属し、他に脅追等の犯歴のあることが認められるが、同人と森本、勝池あるいは再審被告らとが関係のあること、森本や勝池が暴力団に関係があることを認めるに足りる証拠はない。その他、再審原告主張の脅迫の所為に関する前記供述及び供述書の記載は、清宮の暴力関係及び素行を除いては、全く裏付がなく、石井政子、石川美智子、八木文男、中村富士代の四名とも森本ら三名死亡後、しかも脅迫を受けてから多年を経過し、かつ、石井を除き、再審原告からその旨質ねられてはじめてこれを明らかにしたことは再審原告の自認するところである。

かような被害者と称する者の供述ないし供述書だけで、森本ら三名に再審原告主張の脅迫行為があつたと断定することは到底許されるところでない。

なお、再審原告が石井政子、八木文男、中村富士代につき原審において証人尋問の申出をしていないことは、原審記録上明らかで、再審原告が原審において右三名の証人尋問の求める意思を有したと認めることも困難であり、また、右申出をしなかつた理由が森本ら三名の所為にあるとみることもできない。すなわち、再審原告の主張するところによつても、再審原告は、原審係属中、右三名がかかる脅迫を受けていた事実を知らなかつたのであるから、右三名が証言を拒んだとしても、その尋問申出を断念した理由に首肯しうるものがない(中村については、同女が再審原告の求めに拘らず、証言を拒んだ旨の主張立証がない。)。この点からみると、再審原告が森本ら三名の所為により、石井、八木、中村の証人尋問申出を妨げられたということもできない。石川美智子が原二審において森本ら三名の所為につき証言しなかつたことが原判決に影響を与えるとみることもできない。

以上のとおり、原判決に民事訴訟法四二〇条一項五号に該当する事由があるということはできないので、本件再審の訴は不適法としてこれを却下することとし、再審費用の負担につき同法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(倉田卓次 井田友吉 高山晨)

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