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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2425号 判決 1981年5月27日

控訴人

佐原昇

右訴訟代理人

和久田只隆

被控訴人

日本道路工機株式会社

右代表者

森本浩

右訴訟代理人

菅徳明

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする

事実《省略》

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、同3の事実のうち、昭和四九年六月中旬ころヤマテ工業による搬出、処分のため、ニホン工業が被控訴人に対し本件ビームを引渡すことが不可能となつたことは当事者間に争いがない。

二控訴人は、ニホン工業は被控訴人に対し債務不履行(履行不能)に基づく損害賠償(填補賠償)責任を負わない旨抗弁するので、まずこの点について判断する。

(一)  控訴人はまず、本件売買契約では売買代金を即時一括して支払う旨約定されていたから、ニホン工業は被控訴人に対し、本件ビームの即時引取り方を要請したが、これに応じないで、二か月分の倉庫保管料すらニホン工業に負担せしめ、その後においても度々本件ビームの引渡についての履行の提供をして引取方を強く求めたにも拘らず、被控訴人はその引取方を拒んでいたところ、ヤマテ工業が搬出するに至つたものであるから、ニホン工業は履行不能の責任を負わない旨主張し、当審における控訴人本人は右主張に副う趣旨の供述をしているが、被控訴人代表者(原審第一回、当審)の反対趣旨の供述に照らしたやすく採用し難く、他に控訴人の右主張事実を認めるに足る証拠はない。却つて右被控訴人代表者の供述によれば、被控訴人とニホン工業間に請求原因2前段の約定の存したことが認められる。

そうだとすると、控訴人の、受領遅滞を理由とする免責の主張及び過失相殺の主張はいずれも失当である。

(二)  次に控訴人は、本件ビームはヤマテ工業がニホン工業の関知しない間に突然保管倉庫から搬出してスクラップとして処分したものであるから、ニホン工業においていかに注意を払つたとしても右搬出等は防止しようがなく、不可抗力による事故というべきである旨主張するので判断するに、<証拠>に照らしてたやすく採用し難い。

却つて<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

即ち、ニホン工業(ただし契約名義人は控訴人及び八木覚哉個人名義)とヤマテ工業(ただし当時の商号は山手ボーリング工業株式会社)との間で昭和四七年五月一五日、ニホン工業はヤマテ工業に対し、控訴人の考案にかかる建築用架設ビーム(ニホンビーム)の製造を依頼し、ヤマテ工業はこれに応じて右ビームを製造し、ニホン工業に販売する旨のいわゆる製作物供給に関する基本契約を締結し、ヤマテ工業は早速その製造にかかり、以後ニホン工業の発注に応じて同社に対し供給出荷していた。当初販売代金の支払はニホン工業の転売先振出の手形によつてなされていたが、右手形の不渡が多くなり、また右代金の回収の不能が原因となつて、昭和四八年九月頃ニホン工業も不渡手形を出すに至り、ヤマテ工業のニホン工業に対する未払代金は約三五〇〇万円に達し、そのためヤマテ工業においては以後ニホン工業に対し手形による取引をやめ、現金取引にのみ応ずることにした。ところで、ヤマテ工業は、昭和四七年二月頃前記東信から、また同年一一月頃前記小林茂からそれぞれの所有する本件倉庫を賃借し自らの責任で製造したニホンビーム類を右倉庫に保管して鍵は倉庫管理人に預けてあつた。本件ビームも右のようにしてヤマテ工業が製造し、右倉庫に保管占有していたものである。ニホン工業は被控訴人との間で昭和四九年二月一四日頃本件売買契約を締結したが(右事実は当事者間に争いがない。)、その際ニホン工業は被控訴人に対し本件ビームが自己の所有物であり、かつ、自己の占有にかかる物件であるとし、被控訴人においても同社所有の物件と信じて右契約を締結し、合計金四二七五万円の内入金の授受を続けたものであるが、ニホン工業は、右売買契約当時はもとよりその後においても、代金を支払うなどしてヤマテ工業から本件ビームの所有権を取得したことはもとより、同会社から現実の引渡あるいは占有改定(ないし指図による引渡)によつて直接であれ、間接であれその占有権を取得したことはなく、また本件売買契約に基づくニホン工業の被控訴人に対する売主としての義務を履行するために、ヤマテ工業から本件ビームの所有権及び占有権を取得するような何らかの努力をした跡もなく、漫然と放置していた(当審における控訴人本人の供述中には、ニホン工業がヤマテ工業に売買代金を支払つて本件ビームの所有権を取得し、ヤマテ工業において本件ビームの直接占有者たる前記東信等に対し爾後ニホン工業のために占有すべき旨を命じ、東信等においてこれを承諾したとの趣旨の部分がないわけではないが、いずれも概ね代表取締役の八木覚哉からの伝聞として述べているにすぎず、前掲証拠に比照してたやすく採用できない)。かくするうち前記のようにヤマテ工業は昭和四九年六月中旬以降、東信等の倉庫から本件ビームを搬出して北部金属工業株式会社に売却し、右会社においてスクラップとして処分した。

以上の認定事実によれば、ヤマテ工業は本件ビームの所有者としての当然の権利として右物件を搬出、処分したものにすぎず、他方ニホン工業は他人所有、占有の物件を自己所有、占有の物件として被控訴人に売却し、かつ被控訴人から売買代金の大半を受領していながら、右代金をヤマテ工業に内入するなどして本件ビームの所有権を取得することに尽力をすることもなく、漫然放置し、ヤマテ工業の処分を見、ひいては被控訴人に対する債務の履行を不可能たらしめるに至つたものであるから、その原因はとうてい不可抗力とはいえず、結局本件履行不能につきニホン工業に帰責事由なしとすることはできないから、控訴人の前記主張はこれまた採用の限りではない。

よつて被控訴人は既払代金額相当の損害を被り、ニホン工業は被控訴人に対し同額の損害賠償債務を負うに至つたといわねばならない。

三そこですすんで、ニホン工業の被控訴人に対する履行不能に基づく填補賠償債務の負担、ひいては被控訴人の損害の発生について八木覚哉に代表取締役としての、控訴人に取締役としての職務執行につき故意又は重大な過失が存するか否かについて判断するに、前記二の(二)に認定した事実及び<証拠>によれば、ニホン工業は役員と従業員の双方を含めて一〇名足らずの小規模の会社であるところ、八木覚哉はその代表取締役、控訴人は常務取締役であつて(八木がニホン工業の代表取締役、控訴人が取締役であることは当事者間に争いがない。)、控訴人は欠勤し勝ちな八木と並んで同社の実権を握り采配を振つていたものであり、かつ八木、控訴人ともに、前記ヤマテ工業及び被控訴人間の各取引に直接関与し、特に被控訴人代表者森本浩をして、本件ビームがニホン工業の所有、占有するものと誤信させて、本件売買契約を締結させており、その間の事情を熟知していたものであるから、八木は代表取締役、控訴人は代表取締役の職務執行を監視すべき取締役として、本件売買契約に関し、会社(ニホン工業)に損害をかけぬようそれぞれの立場で適切な措置を執るべきであるのに、前記のように漫然放置し、その結果会社に履行不能による損害賠償債務を負担させ、しかもその頃会社は事実上倒産し資産なきに至つていることが認められるから右八木にニホン工業の代表取締役としての、控訴人に取締役としての職務の執行につき少なくとも重大な過失の存することは否定できない。<証拠判断略>。

四そうだとすれば、控訴人に対し、商法二六六条の三に基づき前記損害額金四二七五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和五二年一〇月一五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の本件請求はすべて理由がある。

五よつて、本件請求を全部認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(田中永司 宮崎啓一 岩井康倶)

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