大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和54年(う)748号 判決 1979年7月09日

被告人 平松晃一

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人岡崎国吉作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

第一、控訴趣意第一は、原判示第二事実(有印私文書偽造、同行使)につき、事実誤認あるいは、法令の解釈適用の誤りを主張し、被告人が、原判示の日時、場所で、交通事件原票中の被疑者供述書の供述者氏名欄に「鈴木義男」と記載し、これを警察官に提出したことは認めるけれども、被告人は、昭和四八年七月一五日澤新聞店に鈴木義男の名で雇用されて以来、本名の平松晃一でなく、鈴木義男として通用して来たものであり、鈴木義男の名称は、被告人の人格の別称であつて、これを前記文書の作成者として使用したとしても、被告人以外の者の文書として作成したものではないから、偽造文書を作成したことに当らず、これに刑法一六一条一項を適用した原判決は、事実を誤認したか、あるいは法令の解釈適用を誤つたものであるというのである。

よつて、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、原判決挙示の証拠および被告人の当審公判廷における供述によれば、被告人は、郷里岡山県で農地の相続に関して兄と不仲となり、単身上京したが、昭和四八年七月澤新聞店に新聞配達人として住み込んで働くこととなつた際、実家の者に自己の所在を知られたくないため、鈴木義男の偽名を用いて雇われ、それ以後澤およびその家族、同僚数名からは鈴木義男であると思われており、新聞購読料集金帖にも鈴木の印を用い、また、警察官派出所の受持地区住民調査の際、鈴木義男と名乗つたことは認められるけれども、右鈴木の名称が通用するのは右の範囲に止まり、それ以上には出ないこともまた、認められる。してみると、右は、鈴木義男という偽名が、被告人の周囲の極く限られた範囲において、被告人の本名として誤信されていたに過ぎないものであつて、未だ社会生活上、鈴木義男の名称が被告人の人格を示すものとして通用するに至つたものということはできない。また、被告人は、原判示日時、警察官が交通事件原票を作成するに際し、自己の本籍が肩書本籍地であるのに、香川県三豊郡八幡村大字八幡六六番地と告げているが、右は、村名以下がすべて架空のものであつて、被告人が自己と異る人物を被疑者としようとする意図を示したものと解せられる。してみると、被告人が、交通事件原票中の被疑者供述書を作成するに際し、自己の氏名として鈴木義男と署名したことは、被告人以外の者の作成名義の文書を作成したこと、すなわち私文書を有形偽造したものに当ることは明らかである。これと同趣旨に出た原判決が、事実を誤認したものとはいえず、また右事実に刑法一五九条一項、一六一条一項を適用した点において、法令の解釈適用を誤つたものということもできない。論旨は理由がない。

第二、控訴趣意第二、第三は量刑不当を主張し、犯情に照らして、被告人に対しては罰金刑で処罰すべきであるというのである。

よつて、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、本件の事実関係は、原判決の認定判示するとおり、被告人が、昭和五三年四月一一日、松戸市胡録台地内道路において原動機付自転車を無免許運転し、その場で警察官の取調を受けた際に、交通事件原票中の被疑者供述書の氏名欄にほしいままに鈴木義男と記載し、もつて行使の目的をもつて事実証明に関する私文書一通を偽造し、これを警察官に提出して行使したというものである。関係証拠によると、被告人は、足踏自転車で新聞配達をする者として澤新聞店に雇われたが、担当地域に坂道が多いので、約三〇〇戸の家庭を朝夕廻るため、原動機付自転車を、長期間にわたり、その都度約一七キロメートル無免許運転して来たものであることが認められ、被告人の順法精神の欠如は著しく、その刑事責任は重いものといわなければならない。

してみると、被告人が、運転免許を受けるためには住民登録をしなければならないが、住所地で住民登録をすると、不仲の兄等に自己の所在が発覚してしまうものと考え、そのため住民登録をせず、免許試験も受けなかつたこと、原判決後において原付免許を取得したことを斟酌するとしても、被告人に有印私文書偽造、同行使罪が成立する以上、罰金刑のみで処断することが法律上不可能であることはいうまでもないのみならず、被告人を懲役六月、三年間執行猶予(求刑懲役六月)に処した原判決の量刑が、重きに失して不当であるとはいえない。この点に関する論旨も理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項本文により被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引紳郎 藤野豊 三好清一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例