大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(う)1074号 判決 1980年4月21日

本店所在地

千葉県船橋市習志野五丁目二番三号

法人の名称

株式会社昭和クリスタル

代表者

代表取締役 今藤正道

代表者の住居

千葉県市川市北方二丁目二七番五号

本籍

東京都新宿区北新宿三丁目六八四番地

住居

千葉県市川市北方二丁目二七番五号

会社役員

今藤正道

昭和一〇年三月九日生

本籍

兵庫県加東郡東条町新定一六六番地

住居

千葉県船橋市大穴町六〇四番地二〇

会社役員

土肥英彌

昭和一五年七月二七日生

右法人及び右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和五四年四月九日千葉地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官藤岡晋出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

原判決中被告法人株式会社昭和クリスタルに関する部分を破棄する。

被告法人昭和クリスタルを罰金二、〇〇〇万円に処する。

被告人今藤正道及び同土肥英彌の本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告法人及び被告人らの弁護人長谷川安雄作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用するが、所論は要するに、被告法人及び被告人らに対する原判決の量刑は不当に重い、殊に被告法人に対する罰金刑の金額は、被告法人の経営の現況に徴し酷に過ぎる、というのである。

そこで、記録及び当審における事実取調の結果を総合して検討してみるのに、本件は、水晶振動子等の製造販売業を営む被告法人の役員である被告人土肥及び同今藤が、共謀のうえ、不正の行為により昭和五〇年四月一日から昭和五一年三月三一日までの事業年度における被告法人の法人税一億一、〇〇〇万円余りを免れた事案であるが、確定申告では実際の法人税額の三割弱の金額しか申告しておらず、前記のとおり脱税額も多かったこと、被告人ら両名は、単に虚偽の確定申告をしただけでなく、右事業年度の当初から脱税を企図し、架空会社を介在させて仕入の水増計上や架空外注費の計上を行ったほか、売上やリベート、賃貸料の除外、決算段階での棚卸除外等の不正行為を行ったものであることに徴すると、被告法人の刑事責任が重いのはもとより、実際に不正の行為に及んだ被告人ら両名の刑事責任は特に重いといわなければならない。してみると、被告人今藤及び被告人土肥については、被告人らは収税官吏の調査を受けた後は、反省して修正申告をし、加算税、延滞税を含む国税、地方税の納付に努めるとともに、被告法人の経理組織の整備をはかったこと、その他本件犯行の動機、被告人ら生活歴など、被告人らのために酌むべき諸事情を十分に斟酌しても、原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは認められない。しかしながら、被告法人については、被告法人の属する業界は好、不況の波が著しく、本事業年度こそ多大の利益をあげることができたが、昭和五三年三月期からは厳しい赤字経営の状態が続き、その中で合計四億七、八〇〇万円余りにも達する本事業年度及びその前後の二期の国税及び地方税を支払わなければならなくなったもので、前記のような被告人両名の反省により、銀行からの借入、土地の売却等によって資金を捻出し、その納付に努めた結果、加算税、延滞税を含む国税、地方税につき最近ようやく完済の目途がついたものの、依然被告法人を取り巻く業界は不況が続いており、現に多額の借入金をかかえていることや、人員整理、経費節減等の経営努力ももはや限界に達しているとみられること、その他経理組織の整備状況なども合わせ考慮すると、被告法人に対する原判決の量刑は、現段階では重きに過ぎるものと認められる。論旨は右の限度において理由がある。

そこで、刑訴法三九七条、三八一条により原判決中被告法人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により被告法人に対し更に判決する。

原判決の認定した被告法人に対する罪となるべき事実に原判決と同一の法律を適用し処断した金額の範囲内において被告法人を罰金二、〇〇〇万円に処することとする。

また刑訴法三九六条により、被告人今藤及び同土肥の本件各控訴を棄却することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 堀江一夫 裁判官 石田穣一 裁判官 浜井一夫)

○ 控訴趣意書

被告人 株式会社昭和クリスタル

代表者代表取締役 今藤正道

被告人 今藤正道

被告人 土肥英彌

右の者らに対する法人税法違反被告事件の控訴趣意は次のとおりである。

昭和五四年六月二一日

弁護人 長谷川安雄

東京高等裁判所第一刑事部 御中

原判決はその量刑重きに失し不当である。即ち、

一 本件犯行における偶発性

本件犯行が周到な計画にもとづくものではなく極めて偶発的なものであったことは以下の通りである。

(一) 被告会社は昭和四八年一〇月二九日設立されたものである。

被告人土肥らが独立を企図し、被告人今藤らの出資により設立した資本金四〇〇万円の小規模なものであり、右被告人土肥らがアルバイトを使用し休日もなく稼働することにより漸く経営のなりたつという程度のものであり実体は家内工業に毛のはえた程度であり、設立二年目である昭和四九年四月より翌五〇年三月迄の第二期をとってみても年間売上げが約一億四、〇〇〇万円程度のものであった。

被告人土肥は営業が専門であり経理に暗いところから、当初より経理書類は不備であり、又不備であっても間に合う程度の経営内容であった(第一審第二回公判期日における被告人土肥英彌の供述一〇丁ないし一二丁、同人の昭和五三年一〇月一八日付検察官に対する供述調書一二三一ないし一二三六丁、第一審第三回公判廷における被告人今藤正道の供述一四丁・一五丁)。

(二) 右第二期後半より第三期(昭和五〇年四月より翌五一年三月迄)初期にかけ右被告人土肥らは需要が上向きであるところから、小規模ながら資産の蓄積を計ろうと考えた。

元来被告会社の業種は需要が限定されているうえ、景気の浮沈が激しく、会社が実力をつけぬ限り何時も倒産の危機に頻しているのが常況であるからである。

そこで、その方法として、晶栄産業株式会社なる新会社を新設し、仕入れにワンクッションを置き、その分の経費を蓄積しようとした。

もとより売上げ除外等諸種の方法も考え実行したのであるが(被告人土肥の前記調書一二三五丁、同人の昭和五一年一〇月二〇日付大蔵事務官迫野毅に対する供述調書一〇五四丁被告人今藤の昭和五三年一〇月二五日付検察官に対する供述調書一〇四一ないし一〇四三丁)。

(三) もし第三期(本件犯行期)の売上げが前期と同程度であるならば、右新会社も設立されていたし、売上げ除外も微々たるものであり、その脱税金額も国税庁の告発に価したとは到底思われないのである。

然るに第三期はアメリカにおけるトランシーバーブームという事情により、現実には予想も出来ぬ一八億という前期の実に一三倍の売上げがあったのである。

右売上がいかに異常なものであったかは昭和五三年三月二三日付船橋市長の円相場高騰による影響に係る認定書記載の通り、売上減少率は同月二〇日現在で実に九五パーセントであり、更に昭和五三年四月一日より翌五四年三月三一日迄の被告会社の損益計算書記載の通り同期の実質売上が三億八、五六二万一、九八三円であることからも明らかである。

第三期の被告会社の実状は、売上の極端な増大に伴い、フル操業につぐフル操業であり、原材料の確保への狂奔であった。

もともと少数のメンバーで設立された会社であり、アルバイトが大多数なのであるから、被告人土肥ら自ら原材料の購入と製品の販売に走り廻っていたのである。

他方原材料供給業者は需要の盛なところから正規の商取引については常に大手業者優先であり、被告会社の如き弱小業者に対しては領収書を発行せぬ現金取引を要求した。ために被告会社自身常時簿外の現金をプールしておかねば、原材料の購入が困難な状況にあったのである(被告人土肥の前記公判廷における供述一〇丁ないし、一二丁同人の前記検面調書一二三六丁、弁護人提出の書証一二九九丁ないし一三〇二丁、一三一五丁)。

(四) 以上の通り、アメリカにおけるトランシーバーブームという異常な予期しえぬ好況がなければ、本来通常の節税か、もしくは許される程度の脱税を企図したところが、考えるヒマもない中にアッという間に規模が増大した、というのが本件犯行の実状であり、犯行の偶発性ないし偶然性は明白であり憫諒すべき充分の情状があると考える。

二 被告人今藤及び土肥における規範意識の覚醒。

被告人今藤は、昭和五〇年一二月に被告会社の代表取締役となったが、当初より被告会社の帳簿書類の不備を認識しており、当時の経理担当者だった相原に対し、取引先の帳簿と照合し、早急に帳簿を整備するよう指示していたが、被告人今藤は翌年新設した昭和電子の販路開拓のためと原材料確保のため、国の内外を飛び回っており、充分な監視は出来ぬ状況にあり、又被告人土肥も同様であった。

右両名共営業が専門であり、経理実務にうといということも一因であった。

然し、被告人今藤は三期分の税金申告の際より、余りに極端な売上げの増大と利益の計上におどろき、出来る丈正確な申告をすることを指示し、同年六月の修正申告及びその内容につき晶栄産業株式会社仕入分が未だ同社が設立もされておらず完全な架空の仕入であるところから、その分を実体に即して正確な申告をするよう前記相原及び担当税理士に強く要望していたのであるが、実際には余りの帳簿の不備のため、それも不可能な実状だったのである。

以上のように被告人両名には、当初より規範意識の覚醒はあったのであるが、前項の如き、異常な売上げの増大という偶然性から、帳簿の整理や晶栄産業株式会社設立がすべてペンデイングのまま税金申告時をむかえたということであり、更に六月に帳簿上説明のつく範囲で修正申告をした、という点に被告人両名の右規範意識の覚醒が如実に見られるのである。

この点も憫諒すべき情状である、と考える(第一審第二回公判廷における証人添野忠二の証言一丁ないし三丁、被告人の前記公判廷における供述一二丁ないし一三丁)。

三 被告会社は既に充分すぎる程の経済的ペナルテイーを支払っていること。

被告会社は二期(昭和四九年四月より同五〇年三月迄)、本件犯行期である三期(昭和五〇年四月より同五一年三月迄)及び四期(昭和五一年四月より同五二年三月迄)を通じ国税、市民税、県民税並に事業税を合計実に四億七、三五三万五、三六〇円支払っている。もとより本件犯行にもとづく本税、加算税及び延滞税は全額支払済である。

被告会社は本件犯行により確保した利益を、目的であった体質の強化、具体的には工場用地の取得、工場の新設及び優秀なスタッフの獲得に使用したのであり、現実にその利益を金銭で保有していた訳ではない。五期(昭和五二年四月より同五三年三月迄)及び六期(昭和五三年四月より同五四年三月)は大幅な赤字である。

前期五億円弱の税金支払の主たる財源はつまるところ銀行よりの借入金である。

借入金合計額は実に二億八、七七二万円である。その余は、営業経費のヤリクリである。

更に被告会社は三期以降の青色申告を取消されており三期以降七期迄の赤字を前期の黒字よりの還付により償却出来ない、という極めて厳しい制裁を受けている。

とくに五期、六期が大幅な赤字であるため、その厳しさは一しおである。

被告会社への罰としては以上で充分すぎる程である(前記添野証人の証言一丁ないし八丁、弁護人提出の各書証一二五七丁ないし一三一五丁検察官提出の書証三一丁)。

四 被告会社及び被告人らの現況

国税庁の査察時より、経理責任者として専門家の添野忠二を入社せしめ、他方国税庁の紹介により高徳利雄税理士を新に顧問としてむかえ、伝票及びコンピュータ会計のダブルチェックシステムを採用し、経理部門は整備された。再犯の可能性は全くない。

被告会社の営業は惨憺たるものである。

トランシーバーブームは三期をピークとして四期で終った。

五期より大幅な赤字に転落し、六期も同様である。六期の損益計算書及びその附表によれば、名目上の売上げは四億七、七五七万五、八七五円であるが、相手方倒産による売上回収不能額と不渡手形の合計額は、実に一億一、四二七万三、六八一円に達している有様である。

トランシーバーの需要が全くない現在、むしろ右の状況が本来的被告会社の業界の常況であろう。

被告会社の経理を圧迫する他の一つの要因は税金支払のための尨大な借入金及びその利子負担である。

これに対し、被告会社は、工場用地の半分を売却すること、被告人今藤は、被告会社に来る以前より所有していた自宅(以上いづれも抵当権設定済)を売却することにより、それぞれの売得金で借入金をすこしでも減少せしめ、金利負担を軽減し、他方人員整理と役員の減俸を実施し、この苦境を脱出しようとしている。

業界の将来の予測は暗い。

取引先の倒産は以前と同様頻発している(前期添野証人の証言一丁ないし八丁、弁護人提出の各書証一二五七丁ないし一三一六丁、被告人土肥の前記公判廷における供述一一丁ないし一三丁、被告人今藤の前記第四回公判廷における供述一七丁)。

五 以上の通り、本来企業が宿命的に有している企業防衛のための小規模な脱税に端を発した、本件犯行は偶発的なものであり、被告人今藤も土肥も私腹を肥した訳ではなく、ひとえに会社の為を考えてしたことであり、前科もなく、本件犯行後の態度も良好であり、加算税の支払も完了し、被告会社の不況克服のために懸命に努力しているものである。

六 以上の通りの情状を考慮すると原審判決は特に被告人株式会社昭和クリスタルについては求刑通りであり、量刑重きに失すると考える。

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