東京高等裁判所 昭和53年(行コ)80号 判決 1979年10月25日
控訴人
林武
外五名
右六名訴訟代理人
楠本安雄
同
斎藤浩二
被控訴人
東京都知事
鈴木俊一
右指定代理人
金岡昭
同
伊東健次
主文
1 本件各控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 本件を東京地方裁判所に差し戻す。
二 控訴の趣旨に対する答弁
控訴棄却の判決を求める。
第二 当事者の主張及び証拠
次のとおり附加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する(なお、控訴代理人は、本件第一次及び第二次の請求を取り下げた。)。
一 当審における控訴人らの主張
1 原判決がいう財務事項と非財務事項との区別は、基本的には正当であるとしても、その具体的意味は必ずしも明らかでなく、最近では、かかる区別自体どれだけの意味を持つか疑問であると指摘されている。現に住民訴訟でも、非財務事項の違法を前提問題として主張することは認められており、むしろそれが主たる争点となることも少くないのであつて、公の財産の減少をもたらす原因となる行為の違法性との実体法上の関連を住民訴訟において専ら問題とする視角も許されるのである。しかるに、原判決は、右のような視角を全く欠如し、住民訴訟の目的を不当に矮小化して理解したために、論理を誤つた方向に展開したものといわざるを得ない。すなわち、住民訴訟の対象が財務事項に限られるとしても、財産の価値の維持、保全、実現を直接の目的とする行為とそれ以外の行為との間に絶対的な区別を設けることは、あまりにも形式的で実質的根拠に乏しく、公の財産保護を目的とする住民訴訟制度にきわめて不当な制限を課するものというほかはない。
2 住民訴訟は、普通地方公共団体の財産が侵害されるのを防止する側面からその可否を考慮すべきで、間接的に財産侵害を招くような場合でも、これを財務事項と理解し、住民訴訟の対象とするのが妥当な場合もありうる。管理行政の懈怠などが間接的に自治体の財産を侵害するため、これを住民訴訟の対象とするのが妥当であるとみるべきケースもある。本件の場合が、正にそれである。
3 仮に、被控訴人が本件建築の許可ないし計画決定をしたこと及び都市計画法に基づく取消変更をしないことそれ自体が住民訴訟の対象外であるとしても、被控訴人は、日比谷公園ないしその敷地及び同地上の施設、樹木等の財産の管理者としての法律上の地位、職責に基づき、右建築許可及び都市計画の担当部局に対し、右許可、計画にかかる建築物が日比谷公園及びその構成財産の価値を著るしく減損させる事実を指摘し、右許可、計画を決定すべきでない旨あるいは仮に決定するとしてもその内容上右の点に可能な限り配慮すべき旨の意思具申、申入れ等をすべきであつたのに、本件ではそれがなされた形跡は全くない。さらに、右許可、計画がされた後は、被控訴人は、右と同じ法律上の地位、職責に基づき、担当部局に対し都市計画法第二十一条による都市計画の取消変更をすべき旨及び建築許可について行政法上の一般理論による取消し又は撤回をすべき旨の意見具申、申入れ等をすべきであり、これを怠っている被控訴人の不作為は、地方財政法第八条に反し違法である。
4 被控訴人は、財産管理者としての法律上の地位、職責に基づいて、建築主たる訴外株式会社第一勧業銀行及び富国生命保険相互会社に対し、各建物の建築工事の全部若くは一部の差止又は妨害排除を請求することができ、本件の各被害程度、地域性、公共性等いずれの見地からみても右請求が認められるであろうことは疑問の余地がない。しかるに、被控訴人は、なんら右の措置をとることなく建築の進行を放置傍観しており、右不作為は前記法条に反する重大な義務違反というほかはない。
二 右主張に対する被控訴人の答弁
1 控訴人らの主張する被控訴人の不作為が財産の管理を違法に怠る事実に当るというならば、当然それに対応する請求の趣旨があるべきところ、そのような請求の趣旨は、原審では全く示されていない。そうすると控訴人らは当審において訴えを変更したことになるが、第一審で訴えが不適法として却下された場合には、控訴審における訴えの変更は許されない。
2 仮にそうでないとしても、控訴人らは右怠る事実に対する監査請求をしていないから、本訴は不適法である。
3 控訴人らが主張する被控訴人の不作為のうち、被控訴人が担当部局に対して意見具申等をしなかつたとの点については、それは本件建築許可、都市計画決定にあたつての被控訴人の内部行為に過ぎず、住民訴訟の対象となる財産管理行為ではない。すなわち、本件建築許可、都市計画決定に際しては、被控訴人は事前に右許可、決定が周辺に与える影響を調査し、これを勘案して意思決定を行なつており、そのための情報収集手段として被控訴人の指揮下にある東京都の各部局を利用しているのである。
三 右答弁に対する控訴人らの反論
1 もともと「怠る事実」という不作為の内容は、包括的で時間的にも特定されないから、これを請求の趣旨にどの程度具体的に特定して記載するかは相対的な問題に過ぎず、要は他の請求との混同を避けるための実質的同一性が認められれば足りる。控訴人らが当審において被控訴人の具体的義務違反の態様を例示したのは、怠る事実の具体的内容を明らかにし、原判決の解釈判断が一面的に過ぎることを述べたものに過ぎず、しかもそれらはすべて実質的に控訴人らの原審での請求及び主張に含まれているもので、これによつて訴えを変更するものではないから、被控訴人の主張は失当である。
2 控訴人らの監査請求書には、本件「怠る事実」も対象として含まれている。
3 被控訴人の建築許可等が建築基準法、都市計画法等に基づく処分だとしても、そのことによつて財産管理者としての被控訴人の義務、責任はなんら免除されるものではない。当該建築許可等の処分又はその前後における被控訴人の作為、不作為が、地方自治法、地方財政法等に照らし、財産管理を違法に怠る事実として評価される場合は当然ありうる筈で、本件はその典型的事例といわなくてはならない。もともと建築許可等の処分庁(機関委任事務)としての被控訴人と財産管理者(固有事務)としての被控訴人とは別箇の地位、権限、職責であり、それがたまたま被控訴人に併存しているに過ぎない。従つて、被控訴人は、財産管理者としての独自の立場において本件建築許可等をすべきでない旨、適切十分な配慮をすべき旨又は事後において取消変更すべき旨を申入れ、要請すべきだつたのであり、それによつてはじめて地方財政法第八条等による被控訴人の職責は全うされ得た筈である。<以下、事実省略>
理由
当裁判所も、控訴人らの本件訴えをいずれも不適法として却下すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり附加するほか、原判決理由と同一であるから、右理由の記載をここに引用する。
一建築許可等の処分庁としての被控訴人と東京都の財産管理者としての被控訴人との関係について。
1 建築許可等の処分庁としての被控訴人と、財産管理者としての被控訴人とが、準拠すべき法令、目的及び職責を異にする別個の地位であることは控訴人主張のとおりであるが、両者が一個の機関に帰属する以上、前者の地位と後者の地位とを切り離し、一方が他方に対して意見具申や申入れをするということはあり得ず、両地位に基づいてなすべき配慮の問題は被控訴人の内部関係に過ぎないから、控訴人ら主張のごとき意見具申や申入れの不作為をもつて訴えの対象とすることは許されない。また、控訴人らは、被控訴人が財産管理者としての地位、職責に基づいて、建築許可等の担当部局に対し申入れをすべきであり、それをしなかつた点に不作為があると主張するけれども、被控訴人の補助機関に過ぎない関係部局間の協議のごときも、被控訴人の意思決定における内部的手続の問題に過ぎないから、それ自体を取り上げて訴えの対象とすることは許されない。
2 そして、右の点は、都市計画法第二十一条による都市計画の取消変更等について、被控訴人が担当部局に対し申入れをすべきであつたという控訴人らの主張についても同様である。
二建築主に対する差止請求の不作為について。
控訴人らは、被控訴人が東京都の財産管理者としての地位に基づいて建築主に対し建築の差止め等の請求をすべきであつたのにこれを怠つた違法があると主張する。
しかしながら、前記のとおり、建築許可等の処分庁としての地位と地方自治体の財産管理者としての地位とを兼ねる一個の機関である自治体の長は、建築許可等の処分を行なうに当たつて、財産管理者としての立場を保留又は除外して判断するのではなく、その有するすべての権限、職責に基づく総合的判断のもとに行なうのであつて、一の地位に基づいてある処分を行ない、他の地位に基づいてこれと牴触する他の措置をとるべきでないことは、いう迄もない。したがつて、被控訴人の行なつた建築許可等の処分に対する不服の申立ては、当然に、右の許可等の処分に基づいて建築主が行なう建築に対し被控訴人がとるべき態度(即ち、関係法令及び当該処分の趣旨に添う建築が行なわれることを容認する態度)に関する不服をも包含すると解するほかなく、控訴人主張のように、被控訴人の有する複数の地位ごとに被控訴人の一個の処分を分解し、それぞれについて別個の不服の対象とすることが許されるものではない。即ち、被控訴人が、特定の法令に基づく処分庁として、積極的に本件建築許可等の処分をした以上、その処分が同時に東京都の財産管理者として被控訴人のとるべき措置に関連を有するものであるとしても、これらの措置に不服がある者は、右特定の建築許可等の処分を争うべき筋合いであつて、右処分に対する不服申立てが不適法であるからといつて、右の許可処分と内容的に牴触する措置をとらなかつた被控訴人の不作為を財産管理上の違法として、別個に争い得るものと解することはできない。
被控訴人が建築主に対し建築の差止め等の措置をとらないことの違法をいう控訴人らの主張は、結局、建築許可等の処分をしその取消、変更をしない被控訴人の措置を違法として攻撃するのと同一に帰し(控訴人らの監査請求の趣旨もその点にあつたことは、<証拠>により明らかである。)、そのような住民訴訟が許されないことは既に説明したとおりであるから、この点に関する控訴人らの主張も理由がない。
よつて、その余の点について判断するまでもなく、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法条八十九条、第九十三条第一項本文の規定を適用して主文のとおり判決する。
(杉山克彦 横山長 三井哲夫)