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東京高等裁判所 昭和53年(ラ)1158号 決定 1979年3月19日

抗告人

神奈川県

右代表者知事

長洲一二

右指定代理人

野崎悦宏

外八名

相手方

岩村文雄

外一〇六名

右代理人

竜喜助

外五名

主文

原決定中、抗告人に対し原決定添付文書目録二及び三記載の各文書の提出を命ずる部分を除き、その余を取消す。

相手方らの本件「抗告人の神奈川県横須賀土木事務所が株式会社建設技術研究所に依頼して作成させた昭和四六年度平作川河道計画調査報告書(資料編を含む)」―(原決定添付文書目録一記載の文書)―についての文書提出命令申立を却下する。

理由

一本件抗告の趣旨は主文と同旨であり、抗告の理由は、別紙一、抗告理由補充書記載のとおり、これに対する相手方らの意見は、別紙二、抗告理由に対する意見書記載のとおりである。

二一件記録によれば、本件の本案訴訟(横浜地方裁判所横須賀支部昭和五一年(ワ)第二四六号、昭和五二年(ワ)第一〇九号)は、相手方らが原告として、抗告人、国及び横須賀市を共同被告に、国家賠償法に基づき、公の営造物たる河川及び公共下水道の設置ないし管理の瑕疵による損害賠償を求めるもので、その主張の要旨は、「相手方らは、昭和四九年七月八日当時横須賀市舟倉町に居住していたが、右同日午前零時頃から午前一〇時頃まで降り続いた降雨により、相手方らの居住地域を流れる平作川(二級河川)並びにこれに注く吉井川等(公共下水道)が氾濫溢水し、相手方らの居住家屋の床上にまで浸水し、そのため相手方らは多大の損害を蒙つた。平作川は、昭和四〇年頃からその流域が急激に宅地開発され、保水能力が著しく低下し、降雨時には大量の雨水が一挙に平作川に注ぐようになり、しかも、本件溢水区間は、護岸が低く、その河幅もその下流部分に比して著しく狭く、土砂の堆積等で流水機能の阻害があつたのに拘らず、その管理者たる国及び管理費用負担者たる抗告人は、同河川の流下能力を高める改良工事をなんらなさず、また、吉井川等の公共下水道についても、昭和三七年頃からその流域周辺に団地が開発され、地形上僅かな降雨にも溢水の危険が存したのに、その管理者たる横須賀市は、浚渫、拡幅、ポンプ場設置等の有効適切な溢水防止対策をなんら講じなかつた。前記水害は、かゝる河川及び公共下水道の設置、管理の瑕疵によつて発生したものであるから、国および横須賀市は、国家賠償法第二条第一項により、抗告人は、同法第三条第一項により、相手方らが受けた損害につき、各自これを賠償する責任がある。」というのであり、相手方らは、公の営造物たる右平作川及び吉井川等の設置、管理に右の瑕疵が存在していたことを「証すべき事実」として、抗告人の所持する原決定添付文書目録一ないし三の文書につき、民訴法三一二条一号及び三号後段により、提出命令を申立て、原審がこれを認容し(ただし、原決定添付文書目録一の文書中に「河川改修に伴う放水路の建設計画に基づく私有地の買収予定地に関する部分」を除く。)、これに対して抗告人が本件抗告に及んだものである。(抗告人が不服を申立てているのは、原決定中、同決定添付文書目録一の文書―昭和四六年度平作川河道計画調査報告書(資料編を含む)―の提出を命ずる部分についてのみである。以下、右文書を、「本件報告書」という。)

三先ず、本件報告書が、民訴法三一二条一号所定の引用文書にあたらないとした原審の判断は相当であり(ただし、「平作川河道計画案」を、河川法一六条に基づき作成が義務づけられている「工事実施基本計画」とする点を除く。)、当裁判所の判断もこれと異るものではない。

四次に、右報告書が、民訴法三一二条三号後段にいう「挙証者と文書の所持者との間の法律関係に付き作成せられた」文書にあたるか否かにつき判断する。

(一) 弁論主義を基調とするわが民事訴訟法の下において、証拠の提出は当事者の責任に委ねられているのであり、従つて証拠を提出するか否かは原則として当事者の自由であり、当事者は、いわば証拠につき処分の自由を有するものである。してみれば、同法三一二条が、一号ないし三号所定の場合に、文書の所持者に対して証拠としての提出義務を課したのは、前記証拠についての処分の自由という原則に対する例外を定めたものといわなければならず、また法がかゝる例外規定を設けるとともに、提出義務の範囲を右各号所定の範囲に限定した趣旨は、一面において、証拠の偏在という状況の下で極力証拠面での当事者対等を図り、併せて、およそ争点の解明に役立つ証拠資料は、出来るだけ法廷に提出させ、もつて訴訟上の事実発見の理想を実現しようとする反面、当該文書の所持者に不必要な不利益を及ぼすことを避けようとするにあると解される。従つて、同条三号後段の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書の意義についても、右の法意に即して、実質的に検討することが必要であり、証拠面での当事者対等及び訴訟上の事実発見の観点からして、右文書は、単に挙証者と文書所持者間に成立した法律関係それ自体を記載した文書にとどまらず、なおそのほかに、これに準ずる文書で重要なものを包含すると考えられる反面、所持者の処分の自由の観点からして、所持者がもつぱら自己使用のために作成した内部的文書のごときは、右文書に該当しないといわなければならない。

(二) ところで、本件報告書は、抗告人の神奈川県横須賀土木事務所が株式会社建設技術研究所(以下「訴外会社」という。)に依頼して作成させたもので、「昭和四六年度平作成川河道計画調査報告書」と題しているが、法令に基づいて作成されたものではなく、抗告人の事務処理上の参考資料として作成されたものである。すなわち、河川法一六条は、河川管理者がその管理する河川について、計画高水流量その他該河川の河川工事の実施についての基本となるべき事項を内容とする工事実施基本計画を定むべき旨を規定し、同法施行令一〇条はこれを受けて、一項において、右基本計画を作成するについて考慮すべき事項(以下「考慮事項」という。)を、二項において、右基本計画中に掲記すべき事項をそれぞれ定めているが、一件記録によれば、抗告人は平作川河川改修計画を進めるにあたり、先ず同河川の流出解析、縦横断形状の検討、放水路計画及びその概算工事費等の調査のため、訴外会社に調査資料の収集と調査書の作成を委託し、これに応じ昭和四七年三月三一日訴外会社が作成したものが本件報告書であること、次で抗告人は、各種資料を基にして、総合的に本件報告書の内容や数値が適切妥当なものであるかどうかを検討し、取捨選択して具体的な調整をした上、平作川工事実施基本計画の基となる昭和四六年度平作川河道計画案(原決定添付文書目録三記載の文書。以下「河道計画案」という。この文書は、原決定があつた後、抗告人から乙第一三号証として本案訴訟に提出された。)を作成し、国と協議を行つたこと、河川法の規定上、河道計画案は同法施行令一〇条一項の考慮事項についての案であつて、同法一六条の工事実施基本計画ではなく、本件報告書は、河道計画案作成の前段階において抗告人が訴外会社に委託して調査、作成させた事務処理上の資料であつて、法令上作成が義務づけられたものでないこと、及び本件報告書の記載には一私人に過ぎない訴外会社の主観的意見が多数含まれているので、前記のごとく他の資料とも併せて、改めて総合検討の対象とされたことが認められる。従つて、本件報告書は、抗告人がもつぱら自己使用のために訴外会社に作成させた内部的文書であるというべきで、文書所持者たる抗告人が行政庁であることをしんしやくしても、なお、本件報告書は、民訴法三一二条三号後段所定の法律関係文書にはあたらない、とするのが相当である。

五以上のとおりであるから、本件報告書についての、相手方らの文書提出命令の申立は理由がなく、これを一部認容した原決定は相当でなく、本件抗告は理由がある。

よつて、原決定中、抗告人に対して、原決定添付文書目録二及び三記載の各文書の提出を命ずる部分を除き、その余を取消し、相手方らの本件報告書についての文書提出命令の申立を却下することとし、主文のとおり決定する。

(大内恒夫 新田圭一 奈良次郎)

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