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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)1966号 判決 1980年11月13日

控訴人

韓正子

右訴訟代理人

中平健吉

外三名

被控訴人

三利建設株式会社

右代表者

斉藤一

右訴訟代理人

倉田靖平

高橋直治

主文

被控訴人は控訴人に対し、金一四六万四一〇〇円及びこれに対する昭和五三年六月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は、第一項に限り、控訴人が金五〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

一不当利得返還請求について

まず控訴人の不当利得請求の当否について判断する。

控訴人が自己の費用負担のもとに本件建物を改修することとし、昭和四七年七月一〇日訴外グランド東京をして訴外富所工務店にその改修工事を委託させたこと、富所工務店が同年一〇月末までに右委託にかかる工事を完了したので、控訴人において同年一一月三〇日に右工事代として金一四六万四一〇〇円をグランド東京を介して富所工務店に支払つた経過は、原判決九枚目表二行目から一一枚目表一行目までの説示と同じであるから、これを引用する。但し、原判決一〇枚目表二行目「右証言」から同四行目までを、「証人朴貞子、同橋本堅の各証言並びに控訴本人尋問の結果によると、控訴人は、訴外朴が前記債務を弁済しなかつたため、昭和四五年三月一日頃同人から、本件建物のうち一階の三室及び二階の五室計八室を除くその余の部分につきその引渡を受け、その頃からこれを訴外日拓商事株式会社に賃貸していたが、その後右賃貸借を解約し、次いで、昭和四七年五月二八日訴外グランド東京との間に、本件建物につき、これを同会社の社員寮として使用させるため、賃料月額一五万円で賃貸する旨の契約を締結したことが認められ、他に該認定を覆えすに足りる証拠はない。」と改め、同裏三行目に「工事」とあるのを「工事のうち一四室の修繕と外壁、雨樋その他の工事」と改める。

そして、<証拠>によると、前記改修工事の内容は、破損して既に用をなさない各室出入口の扉や各室内の畳を新品と取替え、床の根太や床板の腐つた個所を補修し、破損している内壁をプリント合板で張替え、建て付けの悪くなつている窓枠をアルミサッシと取替え、梁の根太が腐つて崩壊の危険のある二階北側の外廊下については、柱の上に梁を付け、柱と建物本体とをデッキプレートでつなぐなどし、破損した雨樋を取り替え、更に外壁の破損箇所は左官職の手によつて穴埋めをしたうえ、吹き付けをするなどしたものであることが認められ(右認定を左右するに足りる証拠はない。)、右事実によれば、前記改修工事の内容は、本件建物の維持保存のため必要最少限度のものであつたということができるから、右改修により、本件建物の価値は、これに要した本件費用額と同額の増殖を来したものと解するのが相当である。

前記事実関係によれば、本件建物の競落許可決定は、右改修工事着手前である昭和四七年六月九日になされたものであるから、該競売手続における最低競売額及び競落代金額は、いずれも右改修前の状態を基礎にして決定されたものであつて、右改修による価値の増殖分がそれに反映されていないことは明らかである。従つて、競落人たる被控訴人は、右増殖前の評価に基づいて本件建物の所有権を取得したのであつて、法律上の原因なくして右価値の増殖分につき利得をしたということができ、一方、控訴人は、右支出した本件費用と同額の損失を被つたものということができる。

ところで、一般に不当利得の要件とされる受益と損失との間の因果関係とは、単一の事実が一面において利得をもたらすと共に他面において損失をもたらすものであることを要し、かつこれをもつて足りると解すべきところ、本件の場合には、控訴人において本件建物に関する競落許可決定後に本件費用を支出してその改修をした結果、本件建物の価値が増殖し、その後被控訴人が本件建物の所有権を取得したため、右価値の増殖分がそのまま被控訴人の利得となつたのであるから、本件建物の改修という単一の事実が被控訴人の右利得と控訴人の前記損失とを共にもたらしたのであり、両者の間には直接の因果関係があると解するのが相当である。

被控訴人は、前記改修工事の時点における本件建物の所有者は訴外朴であつたから、仮に右改修によつて利得が生じたとしても、その利得者は訴外朴であり、控訴人の損失と被控訴人の利得との間には直接の因果関係はない旨主張する。しかしながら、前認定のとおり、訴外朴は右改修時に本件建物の所有者であつたものの、本件建物については当時既に被控訴人を競落人とする競落許可決定がなされ、次いでなされた競落代金の納付により被控訴人がその所有者となつたもので、右改修による価値の増殖分は最低競売価額及び競落代金額に何ら反映されなかつたのであるから、換言すれば、訴外朴は、競落許可決定後はもはや競落代金以上のものを取得することができなかつたのであるから、右改修によつて訴外朴が何らかの利得をしたものとみるのは相当でなく(他に、同人が利得したと認めるべき事由は見当たらない。)、右改修によつてもたらされた利得は、訴外朴の右所有権の介在によつて中断されることなく、そのまま競落人たる被控訴人に帰属したとみるべきである。よつて、被控訴人の右主張は採用することができない。

以上のとおり、被控訴人は、法律上の原因なくして控訴人の損失において本件費用相当額の利得をしているものであるから、民法七〇三条により、その利得の現存する限度においてこれを控訴人に返還すべき義務があるところ、本件建物の滅失、毀損などその利得の現存しない事由については何ら主張立証がないから、右利得はなお現存しているものと認むべきである。従つて、控訴人の本件不当利得返還請求は、本件費用相当額である金一四六万四一〇〇円及びこれに対する右請求権を主張する旨記載した控訴人の昭和五三年五月九日付準備書面が被控訴人に到達した(右準備書面の到達により、右不当利得返還債務につき履行の請求がなされたものと認めることができる。)後であることが記録上明らかな同年六月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でその理由があり、その余は理由がないというべきである。

二結論

以上の次第で、控訴人の当審における新たな請求は、右理由がある限度で認容し、その余は棄却すべく(占有者の費用償還請求は、これと選択的関係に立つ不当利得返還請求が認容されることを解除条件とするものであるから、後者が認容された以上、審判の対象ではない。従つて、本件控訴の当否については、判断を示さない。)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(杉田洋一 蓑田速夫 松岡登)

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