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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)1403号 判決 1979年3月28日

控訴人

宮下嶺一

右訴訟代理人

谷村唯一郎

外三名

被控訴人

株式会社埼玉銀行

右代表者

長島恭助

右訴訟代理人

渡邊綱雄

小村義久

被控訴人

佐竹徳蔵

右訴訟代理人

赤井文彌

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人の本件土地所有権取得について

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一)  控訴人の父宮下信亮は、太平洋戦争中浦和市内に工場を所有し、宮下製作所の商号で鉄かぶと等の軍需品を製造して、多くの利潤を得ており、終戦当時個人資産として土地、工場家屋等の不動産のほかに、相当多額の現金、預金等を所有していたところ、終戦後右工場設備を利用しての中華鍋の製造販売を企画し、株式会社宮下製作所(訴外会社)を設立して代表取締役となつたが、個人企業を法人組織に変更した機会に、手持の現金のうちから、妻光子に一〇万円、控訴人ら四名の子女に各五万円を贈与した。当時控訴人は一五、六才であり、受領した右金員は、母光子が保管していた。

(二)  光子は、終戦直後高橋富作から本件建物を買い受けて、昭和二〇年一二月三日光子名義に所有権移転登記を経由し、その頃信亮ら家族は本件建物に居住するようになつた。

(三)  右建物の敷地である本件土地は石井弘の所有であつたが、昭和二三年六月四日控訴人が代理人母光子の手によつて本件土地を代金二万八、八七五円で買い受け、信亮から受贈した前記金員で右代金を支払い、同年同月七日控訴人名義に所有権移転登記を経由した。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右事実によると、控訴人は昭和二三年六月四日本件土地を買い受けてその所有権を取得したものというべきである。

二被控訴銀行の本件土地所有権取得について

控訴人から被控訴銀行に対して本件土地につき本件土地につき本件(一)の登記が経由されていること及び右登記の当時本件土地の所有者である控訴人が未成年者であつたことは、当事者間に争いがない。

被控訴人らは、本件土地は昭和二五年五月一〇日被控訴銀行が控訴人からその親権者たる信亮及び光子を代理人として代金一四万円で買い受けたものであると主張し、控訴人はこれを争つて、本件土地については信亮と被控訴銀行との間で訴外会社の被控訴銀行に対する旧債務及び新規貸付についての譲渡担保に供されることが約定され信亮から被控訴銀行に対して本件土地の権利証、印鑑証明書等が差し入れられたところ、これが被控訴銀行側に悪用されて、売買を原因とする本件(一)の登記が経由されたものであるというから考えるに、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一)  訴外会社は設立当初こそその経営も順調であつたが、輸出用玩具の製造販売に転換した昭和二三年頃から経営不振となり、翌昭和二四年に入つてからは、多額の債務を抱えて操業も思うようにできず、事実上の倒産状態に陥つた。すなわち、訴外会社の昭和二四年当時の閉鎖機関鉄鋼統制会に対する債務額は六七〇万円に達していて、その不払いのため、訴外会社所有の工場建物機械器具に対する抵当権が実行されたほか、代表者である信亮自身も、その所有の建物につき、すでにその前年の昭和二三年一一月三〇日国税滞納処分による差押登記を受けており、信亮の執玉県信用組合からの六〇万円の借受金債務も弁済ができなかつたため、右債務の保証人であつた妻光子所有名義の本件建物について昭和二四年九月一四日強制競売開始決定がなされており、また、訴外会社の被控訴銀行からの手形貸付による二八〇万円の債務(この債務の存在については当事者間に争いがない。)についても、延期された弁済期日までの利息の支払いができず、利息についてさらに手形を振出して支払いの猶予を求めていたのであり、訴外会社の所有財産のみならず、信亮及び光子名義の財産までも、すべて早晩競売もしくは公売に付されることが明らかな状態であつた。

(二)  このため信亮は、関係会社及び銀行の援助を得て訴外会社を再建しようと計つていたが、その再建案とは、別会社によつて前記競売物件たる工場建物機械器具等を競落し、訴外会社がこれを無償で借り受け、右会社の下請会社として操業することとし、右競落代金相当額及び当座の運転資金として必要な分合計二〇〇万円は訴外会社が被控訴銀行から新規に貸付を受けることにより調達するというものであつた。

(三)  そこで、信亮は、昭和二五年二、三月頃、被控訴銀行営業部長滝沢秀夫に対して前記二〇〇万円の新規貸付を申し込んだが、被控訴銀行においてこれを検討した結果、訴外会社の多額の負債の存在及び当時の営業状況からみて、再建はもはや不可能であると判断し、前記二八〇万円の債権も回収不能の不良債権として処理することにきめ、信亮の前記融資の申込みを拒絶して、同年四月頃までに右債権処理の問題は不良債権の処理を担当する管理部に引き継がれた。

(四)  かくて昭和二五年五月一〇日、控訴人の法定代理人親権者信亮及び光子と被控訴銀行管理部職員松本四郎との間で、本件土地を代金一四万円で売り渡す旨の売買契約が成立したが、当時本件土地には糸井攻及び佐竹薫のための賃借権が存在していたから、右代金額は底地価格として算出されたものであつた。そして、右契約にあたり、代金一四万円はそのまま前記二八〇万円の債務の内入弁済にあてられることに約定されていた。

(五)  なお、本件土地は、前記のとおり控訴人が昭和二三年六月前所有者石井弘から代金二万八、八七五円で買い受けたものであるが、被控訴銀行は、控訴人から本件土地を取得した後、昭和二七年一月被控訴人佐竹に代金二〇万七、九〇〇円で売り渡している。

以上の事実が認められるのであり、<証拠判断略>ほかに右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右事実によれば、被控訴銀行は、昭和二五年五月一〇日控訴人から本件土地を、当時としては相当な金額である代金一四万円をもつて買い受けたものということができる。

三停止条件の存否について

控訴人は、控訴人と被控訴銀行との間に本件土地の売買契約が成立したとしても、右契約は被控訴銀行の訴外会社に対する二〇〇万円の新規貸付が停止条件となつていたと主張するから考えるに、<証拠>中には、右主張にそう部分が存在するが、右部分は二の<証拠>によれば、控訴人の代理人から昭和四三年一二月七日付をもつて被控訴銀行に対し、被控訴銀行から融資を受ける約束で本件土地の権利証を預けておいたところ、被控訴銀行へ所有権移転登記がなされてしまつたが、融資が受けられないならば、被控訴銀行は控訴人に本件土地を返還しなければならないのに、控訴人の毎年のような返還要求に応じないから、その間の経緯について調査を求める旨の文書が送付されていることが認められ、また、<証拠>によれば、控訴人から昭和四四年九月二五日付をもつて被控訴銀行に対し、本件土地の売買はなされていないから控訴人に返還してもらいたい旨要求する文書が送付されていることが認められるが、右各文書の存在によつても、控訴人の右主張を認めるには足りない。また、<証拠>によれば、本件土地について昭和二五年五月二九日控訴人のため処分禁止の仮処分決定がなされ、同年同月三一日その旨の登記が経由されていることが明らかであるが、<証拠>によれば、右仮処分決定は同年八月二八日取り消され、同年九月一日右仮処分登記の抹消登記がなされていることが認められるから、右仮処分のなされた事実も控訴人の右主張を認めるべき証拠とすることはできない。ほかに控訴人主張の停止条件の存在を認めるに足りる証拠はない。かえつて、控訴人らの家族が昭和二五年八月一七日被控訴人佐竹もしくはその妻薫に対して本件建物を退去してこれを明渡したこと及び同年同月下旬以降被控訴人佐竹が本件建物に居住して本件土地を占有していることは、当事者間に争いがないところ<証拠>によれば、控訴人及び信亮は、被控訴人佐竹の本件土地占有の事実を知りながら、同被控訴人に対して本訴提起(昭和四五年五月八日であることが記録上明らかである。)にいたるまで、本件土地の地代もしくは賃料の支払いを求める等なんらの権利も主張したことがなく、公租公課を負担したことがなく、さらに、被控訴銀行に対しても、本件(一)の登記がなされたことを知りながら、前記仮処分が取り消された後、昭和四〇年頃にいたつて漸く交渉を求め、昭和四四年頃本件土地の取戻しについて裁判所に調停の申立をしたものの、その間なんら被控訴銀行に対して異議を唱えていなかつたことが認められるのであり、右事実に照らせば、本件土地の売買契約が被控訴銀行の二〇〇万円の新規貸付を停止条件とするものであつたとの控訴人の主張は、到底採用するによしない。

四本件売買契約の利益相反性について

控訴人は、控訴人及び被控訴銀行間の本件土地売買契約か民法第八二六条にいわゆる親権者と子との利益相反行為にあたると主張するから、以下この点について判断する。

控訴人が被控訴銀行に本件土地を売り渡した当時未成年者であつたことは、当事者間に争いなく<証拠>によれば、控訴人は昭和七年七月三日生であることが認められる。)、控訴人の親権者であつた父信亮及び母光子が控訴人の法定代理人として右売買契約を締結したことは前記認定のとおりである。

ところで、<証拠>によれば、訴外会強は宮下信亮の個人経営にかかるものであることが認められ、<証拠>によれば、訴外会社の被控訴銀行に対する前記二八〇万円の債務については信亮及び光子がいずれも訴外会社のため連帯保証していること、信亮及び光子から本件土地売買契約の当日である昭和二五年五月一〇日付をもつて連名で被控訴銀行に対し、売買代金一四万円は「拙者等」の債務に充当することを確認する旨の念書が差し入れられており、被控訴銀行からも同年同月二三日付をもつて宛名を信亮及び他債務者として、右一四万円を「貴殿等」の債務の一部に入金した旨の通知がなされていること、右売買契約締結にあたり一四万円についての領収証は作成されているものの、現金の授受はなかつたことが認められる。

右事実によれば、控訴人及び被控訴銀行間の本件土地売買契約は、実質的には訴外会社の、並びにひいては信亮及び光子の被控訴銀行に対する前記二八〇万円の債務の内入弁済に代えて本件土地が譲渡されたものというに等しく、これによつて信亮及び光子は自己の負担する債務の減少という利益を受ける反面、控訴人は本件土地を失なうという不利益を受けることは明らかであり、したがつて、右取引は民法第八二六条にいわゆる親権を行う父又は母とその子と利益が相反する行為にあたるものと認めるのが相当である。しかして、<証拠>によれば、本件土地売買契約にあたつて控訴人のため特別代理人が選任されていなかつたことが明らかであるから、右売買契約は無権代理人によつてなされたものというべきであり、控訴人のためにその効力を生じなかつたものといわなければならない。してみれば、控訴人は右売買契約の締結後も本件土地の所有権を有していたものということができる。

五被控訴人佐竹の本件土地の時効取得について

被控訴人らは、控訴人及び被控訴銀行間の本件土地売買契約が親権者と子との利益相反行為にあたり無効であるとしても、被控訴人佐竹において本件土地を時効取得したと主張するから考えるに、<証拠>によれば、本件土地上に宮下光子が所有していた本件建物は、前記のとおり競売された結果、被控訴人佐竹の妻薫が昭和二五年一月三一日競落によりこれを取得し、同年五月一一日同人のための所有権取得登記がなされたが、右建物に居住していた信亮、光子らの家族がこれを明渡さなかつたため、被控訴人佐竹において立退料一〇万円を支払つてその明渡しを受けたところ、その後右建物の敷地である本件土地を買い受けていた被控訴銀行からその買取りを求められ、昭和二七年一月二三日被控訴銀行から本件土地を買い受けて、本件(二)の登記を経由し、その後本件土地の公租公課は被控訴人佐竹において支払つていたことが認められる。してみれば、被控訴人は、反証のないかぎり、所有の意思をもつて善意、平穏かつ公然に本件土地の占有を開始したものというべきであり、また前掲被控訴人佐竹本人尋問の結果によれば、右占有の開始にあたり過失がなかつたことが認められる。

控訴人は、被控訴人佐竹は被控訴銀行から本件土地を買い受けるにあたり、被控訴銀行の前所有者たる控訴人が未成年者であること及び本件土地について控訴人と被控訴銀行との間に紛争があり、控訴人から処分禁止の仮処分がなされていたのを知つていたこと、被控訴人佐竹は控訴人に対し本件土地の借地権譲渡を承認してもらうための承認料を支払つていることからみて、被控訴銀行の所有権の存否について疑問を抱いたものというべく、したがつて、被控訴人佐竹としては本件土地取得にあたり、控訴人と被控訴銀行との本件土地取引の経過、その所有権移転についてのかしの有無について調査すべきであつたのに、これを怠つた過失があるという、本件土地について、被控訴銀行の買受後控訴人のため処分禁止の仮処分がなされているが、右仮処分は被控訴人佐竹が本件土地を買い受ける一年余も前に取り消されていること前記認定のとおりであるから、右仮処分の存在も被控訴人佐竹の無過失の認定を覆えすに足りず、また、被控訴人佐竹から控訴人側に支払われた金員は、借地権譲渡承認料ではなく、控訴人らの家族が本件土地上の本件建物を退去して明渡すための立退料であつたこと、前記認定のとおりであるから、右金員支払いの事実によつて、被控訴人佐竹が本件土地の買受にあたりこれが控訴人の所有であることを知り、または知りうべかりしものであつたということはできず、かえつて、被控訴人佐竹としては、通常の個人よりも遙かにすぐれた調査機能をそなえ、信用力も高いと認められる銀行から本件土地を買い受けたのであるから、その前所有者が未成年者であつたにせよ、その売渡し行為が有効かどうかを事前に調査しなかつたからといつて、このことから直ちに本件土地の所有者として占有を開始するにあたり被控訴人佐竹に過失があつたとの結論がもたらされるものではない。

してみれば、昭和二七年一月二三日から一〇年を経過した昭和三七年一月二二日、被控訴人佐竹のため本件土地について取得時効が完成したものというべきところ、同被控訴人が昭和五一年六月二四日午後一時の原審第二一回口頭弁論期日において右時効を援用したことが記録上明白であるから、同被控訴人は右占有の当初に遡つて本件土地の所有権を取得したものといわなければならない。

六本位的請求の結論

前記のように、被控訴人佐竹が本件土地の所有権を時効取得したものと認められる以上、その反面控訴人は本件土地の所有権を失なつたものというべきであるから、本件土地の所有権を有することを前提とする被控訴銀行に対する本件(一)の登記の抹消登記手続請求、被控訴人佐竹に対する本件(二)の登記の抹消登記手続及び本件建物収去本件土地明渡各請求は、いずれも理由がないから、これを棄却すべきである。

七予備的請求について

控訴人は、本件土地は被控訴銀行の訴外会社に対する新規貸付についての担保のために譲渡されたのに、被控訴銀行は新規貸付をなさず、また、かりに本件土地が控訴人から被控訴銀行に売り渡されたとしても、右売渡しは訴外会社に対する二〇〇万円の新規貸付が停止条件となつていたところ、新規貸付がなされなかつたのであるから、いずれにしても被控訴銀行は控訴人に対し本件土地の返還債務を負つたものであるところ、被控訴銀行は本件土地を被控訴人佐竹に売り渡し、同被控訴人のため取得時効を完成させて、控訴人に対する本件土地の返還債務の履行を不可能ならしめたから、被控訴銀行に対し右返還債務の履行に代わる損害賠償を求めるという。よつて考えるに、本件土地は控訴人から被控訴銀行に対して売り渡されたものであつて、譲渡担保に供されたものではないこと及び右売買契約は訴外会社に対する新規貸付を停止条件としたものではなかつたこと、前述したとおりであり、したがつて、本件土地の返還債務の履行に代わる損害賠償を求める控訴人の請求は、前提を欠くものであつて、理由がない。

なお、控訴人と被控訴銀行との間の本件土地売買契約は前記のとおり無効であるから、右売買契約の成立によつても、またその後被控訴銀行か被控訴人佐竹に対して本件土地を売却しても、本件土地は依然として控訴人の所有に属していたものであり、控訴人が本件土地の所有権を失なつたのは、被控訴人佐竹のため本件土地について取得時効が完成したことによるものというべきである。してみれば、被控訴銀行の被控訴人佐竹に対する本件土地売却と控訴人の本件土地所有権の喪失との間には因果関係のないことが明らかであるから、被控訴銀行の右売却行為は控訴人の本件土地所有権を侵害したことになるものとはいえず、したがつて控訴人に対する不法行為を構成するものともいえない(付言するに、係争土地について無効の売買契約が成立した後、買主(もしくは転得者)のために取得時効か完成した場合、元の所有者から買主に対して所有権喪失による損害賠償を求めうるものとすれば、取得時効の制度の趣旨は全く失なわれるものというべきである。)。

それゆえ、控訴人の予備的請求もまた理由がないから、これを棄却すべきである。<以下、省略>

(大内恒夫 森綱郎 奈良次郎)

別紙目録

一 浦和市高砂町五丁目一三六番

宅地 二八八坪七合五勺(959.56平方メートル)

一 浦和市高砂町五丁目一三六番

家屋番号 同町五丁目三一九番

木造瓦葺平家建居宅 一棟

建坪 二三坪二合(76.694平方メートル)

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