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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)661号 判決 1980年11月13日

控訴人 小野ヨシ子

右訴訟代理人弁護士 田中和

同 西山鈴子

被控訴人 東京物産株式会社

右代表者代表取締役 清田史郎

右訴訟代理人弁護士 山崎俊彦

同 鈴木忠正

同 前田幸男

同 富永義政

右訴訟復代理人弁護士 山崎陽久

同 八木橋伸之

同 福田治栄

同 太田耕造

同 高井正直

主文

一  本位的請求に関する本件控訴を棄却する。

二  予備的請求に関する原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は控訴人に対し金一四〇万円及びこれに対する昭和四七年一〇月一三日から右完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人は控訴人に対し別紙目録株券欄記載の各株券を引渡せ。

もし右各株券の引渡について強制執行ができないときは、被控訴人は控訴人に対し別紙目録金額欄記載の金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人、その余を被控訴人の各負担とする。

事実

控訴人は、本位的請求及び予備的請求について、請求の一部を拡張、一部を減縮して「一 原判決を取消す。二 被控訴人は控訴人に対し金一四〇万円及びこれに対する昭和四六年一月二〇日から(予備的請求については、昭和四七年一月一九日から)支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。三 被控訴人は控訴人に対し別紙目録株券欄記載の各株券を引渡せ。もし右株券の引渡について強制執行ができないときは、被控訴人は控訴人に対し別紙目録金額欄記載の金員を支払え。四 被控訴人は控訴人に対し金二六万円の支払を受けるのと引換えに株式会社百十四銀行株式五二〇〇株を引渡せ。もし右株券の引渡について強制執行ができないときは、被控訴人は控訴人に対し金一三六万二四〇〇円を支払え。五 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、当審において双方が次のとおり追加したほかは、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。ただし原判決三枚目表末行「香川県」の前に「同年一月二五日」を加え、同六枚目裏六行目「八八万七六〇〇円」を「一七七万五二〇〇円」と訂正し、同九行目「現金と株券」の次に「と合わせて四五九万七八〇〇円にすぎない」を加える。

(控訴人の主張)

1  原判決三枚目裏六、七行目に摘示された(本位的請求原因)(三)の主張を「(三)本件口頭弁論終結の日に接着する時期の前記各株式の価額は本判決別紙目録の金額欄記載のとおりである。」と改める。

2  同四枚目表末行「なお」から同裏一行目の終りまでに摘示された株式会社百十四銀行の新株の価格に関する主張を「なお右株券の本件口頭弁論終結の日に接着する時期の価額は合計一三六万二四〇〇円である。」と改める。

3  被控訴人は、控訴人が被控訴人に交付した現金や株券は、毛糸先物商品取引の委託証拠金であると主張するが、控訴人は被控訴人に毛糸の先物商品取引を委託したことはない。そのことは、被控訴人の提出した委託者別委託証拠金現在高帳(乙第五号証の一ないし三及び五)の預り額欄及びその日付の記載が、被控訴人の発行した預り証(甲第一ないし第四号証の各一、二)の記載と符合しないばかりでなく、被控訴人の主張する委託証拠金の総額四五九万七八〇〇円とも合致しないことに徴して明らかというべきである。これらの数字はいずれも何ら根拠のないもので、特に右委託証拠金総額四五九万七八〇〇円という金額は、被控訴人がほしいまゝに作成した委託者別先物取引勘定元帳の残額から逆算して出した数字であるとしか考えられない。

4  被控訴人主張の商号変更の事実及び変更の日時は認める。

(被控訴人の主張)

被控訴人は昭和四七年四月三日商号を丸菱商品株式会社から東京物産株式会社に変更した。

(新たな証拠関係)《省略》

理由

一  被控訴人が昭和四七年四月三日商号を丸菱商品株式会社から東京物産株式会社に変更したものであること、及び控訴人が被控訴人(当時の商号は丸菱商品株式会社)に、その正確な日時は別として、現金一五〇万円及び別紙目録記載の株券を交付した事実は当事者間に争いがない。

そして《証拠省略》によれば、夫々控訴人主張の日に主張の現金又は株券が授受されたものであることを肯定することができる。(甲第一、第三号証の各一の金額及び日付は右認定と一致しないが、それが事実と異る記載であることは後記のとおりである。)

次に控訴人は右現金及び株券のほかに登記済権利証一通を交付したと主張し、被控訴人はこれを争うけれども、被控訴人が控訴人から控訴人主張の日にその主張の登記済権利証一通及び控訴人の委任状、印鑑証明書各一通を受取ったことは、《証拠省略》によって、これを肯定することができる。

以上認定を左右するに足りる証拠はない。

二  《証拠省略》を総合すると、控訴人が被控訴人(丸菱商品株式会社坂出営業所)に現金、株券ならびに登記済権利証等を交付した経緯及びその後の経過は次のとおりであることが認められる。

1  控訴人は昭和四二年夫と死別し、娘夫婦と同居して染物業を営んでいるもので、被控訴人に渡した現金、株券及び前記登記済権利証の土地は、当時控訴人が自由に処分し得る控訴人の全財産ともいうべきものであったこと。

2  控訴人は昭和四三年中、同じ町内に住む被控訴人(丸菱商品)の社員にすゝめられて商品の先物取引に手を出したが、丸菱商品の担当者が控訴人の意思によらず勝手な取引をしたなどのことがあって、損失に終わり、取引委託証拠金として差入れていた二〇〇万円全額を差損金・手数料として失った経験があること、尤も右取引については控訴人が弁護士に依頼して被控訴人に委託証拠金の返還を要求し、被控訴人側にも非のあったことを認めさせ、結局四〇万円の返還を受けていること。

3  昭和四五年一二月頃控訴人は、被控訴人(丸菱商品)坂出営業所に転勤して顧客を開拓しているという同所員の中村勝一から、再び商品取引をするよう強く勧誘され、当初はさきの経験で懲りたといって断ったが、中村から、どこに行ってもそれを言われて相手にされないのがまことにつらい、悪いことをした社員は馘になっているのに、といわれてつい同情し、それでは一度だけといって中村に委託証拠金九万六〇〇〇円を手交し、同人のすゝめる砂糖の先物取引を一回委託したこと。しかし控訴人は中村にそれ以上商品取引には関与しない意思を明らかにしていたこと。

4  ところがその後中村は、「会社の名誉回復のため特別に、さきに損させた一六〇万円の埋合わせをしてあげたい。ただそのためには六〇〇万から七〇〇万位の金が要る。しかしその金は二箇月経ったら一円も減らさずに返す。同じような目にあった人六人だけに限ってすることであり、その人たちからはすでに頼まれて金も預っている。」などと申し向け、控訴人には自身が商品取引に手を出すのではないように思わせ何か特別有利な利殖方法を講じて貰えるものと信じさせ、営業所長であった加藤洋祐とも意思を相通じて、次々に控訴人から前認定のとおり現金・株券・登記済権利証等の交付を受けたものであること。

5  右中村と加藤とは、控訴人に無断で、交付を受けた百十四銀行株式六〇〇〇株を売却し、登記済権利証の土地を担保に入れて金融業者から資金を借入れ、そのようにして得た資金を前記現金及び他の株券に合わせ、控訴人から委託証拠金として差入れられたことにして、勝手に、すなわち控訴人の指示や承諾によらずに、控訴人名義で毛糸の先物取引を行ったこと。両名は右取引に関して形式的に控訴人に宛てて売買報告書や計算書を郵送はしたが、控訴人がそれを自己の関知しない取引であるとして開封せずまとめて返還するのを受取ったりして、それが控訴人の計算において行われていることにつき警告を発することはしなかったこと。

6  控訴人は、当初二箇月といわれて現金や株券(東京海上株式は先ず二〇〇〇株だけ)を預けたが、二箇月を経過する頃中村らにその返還を求めたところ、却って以前約束したとおり東京海上株式は五〇〇〇株全部預けてほしい、更に二箇月待って貰えば必ず返すから、などと言われ、言われるままに東京海上株式三〇〇〇株を追加して手渡したが、初めから四箇月以上経過して控訴人が強く返還を求めはじめたのに対して、中村や加藤(ないし同人の転勤後坂出営業所長となった下川某)らは、はじめは控訴人に緊急な必要があるならいつでも返還するというようなことを言っていた(この間、昭和四六年六月一〇日頃現金一〇万円が、同年九月一六日頃登記済権利証が、控訴人の度々の催促によって、それぞれ被控訴人から控訴人に返還されている〔右一〇万円の支払の事実は当事者間に争いがない。〕。)が、のちには冷淡な応待に終始するようになって来たこと。

7  控訴人は、右のように被控訴人の担当者の態度が変ったことに不安を抱き、その年すなわち昭和四六年の九月頃から住所地高瀬町の心配ごと相談所長の早馬和市に事情を訴え返還の斡旋を求めたこと。当時すでに中村も加藤も転勤して坂出営業所にはいなかったが、被控訴人は右高瀬町心配ごと相談所の斡旋を受ける方針を決め、当時の坂出営業所長下川某及び直接本社を代理するものとしてその前後頃専務取締役になった前営業所長加藤洋祐の両名をこれに出席させたこと。両名は昭和四七年一月に二回同相談所の斡旋の席についたが、一回目は控訴人のした取引は損失に終ったのだから預ったものは返せないと主張したものの、二回目の同月一七日には、控訴人が前回法的手段に訴えてでも是非返還を求めるという強い態度を示したこともあって、同相談所早馬所長ほか相談員二名の面前で控訴人に対し、預かった現金及び株券全部を、株券は同種の株券の現物で、入手困難のときはその時価で、夫々返還すべき旨を確約したこと。

以上のように認められ(る。)《証拠判断省略》

三  右の事実関係からすると、控訴人は被控訴人の担当者から、儲けさせてあげるから六、七百万円用意しなさいと言われて概ねこれに相当する程度の現金・株券及び不動産を被控訴人に交付し、控訴人自身の利益のためその利殖運用を依頼したものと認められ、控訴人主張のように被控訴人のために金融を与える目的で現金又は現金代用物につき消費貸借契約をしたものとはたやすく認められない。

一方、被控訴人は、これらの現金及び株券は控訴人が被控訴人に毛糸の先物取引を委託するについて委託証拠金として差入れたものと主張し、被控訴人が控訴人から取引の委託があったものとして帳簿書類上の処理をしていることは、《証拠省略》によってこれを肯定することができる。しかしながら鉛筆による書込み部分を除き成立に争いのない甲第一号証の一、成立に争いのない同第二号証の一、鉛筆及びボールペンによる書込み部分を除き成立に争いのない同第三、第四号証の各一(いずれも預り証)のうち、同第二、第四号証の一は実際に授受された株券の種類・数量及びその日時と合致するが、同第一、第三号証の各一には実際に授受された現金・株券・登記済権利証の金額・種類等及びその日付がそのとおりには表示されていないこと、しかも右甲第一ないし第四号証の一の内容は、いずれも乙第五号証の一ないし五(委託者別委託証拠金現在高帳)の預り額の記載とは符合していないこと、が明らかである。そのようなことは正常な商品取引委託契約に基く取引関係とは考えにくい事情であるといわなければならない。そればかりでなく、乙第一、第四号証(昭和四五年一二月二四日付の商品取引委託に関する控訴人名義の被控訴人に宛てた承諾書であって、第四号証が原本、第一号証はその写しである。)については、証人加藤洋祐は中村勝一が控訴人の承諾を得て受領して来たものであると証言しているのに証人中村勝一は自分は知らないと証言していて、両証言の間にはくいちがいがあり、他にこれが控訴人の意思に基いて作成されたものであることを肯定すべき資料はなく、却って原審における控訴人本人の供述によると、右承諾書は控訴人が自署したものではなく印影も控訴人の印章によるものではないと認められる。従って被控訴人主張のように控訴人と被控訴人との間に毛糸の先物取引に関する委託契約が成立し控訴人の意思に基づいてその売買が行われたとは認めることができない。

それゆえ、前認定のとおり被控訴人が預かった現金及び株券の返還を約した(登記済権利証がすでに控訴人に返還されていたことは前述のとおりである。)のは、被控訴人としても、預かるにあたって担当者の勧誘の仕方が公正でなく、預かった現金や株券を控訴人の毛糸先物取引の失敗によるものとして失わせるには問題があると考え、両者間の紛議を預かったものの無条件返還という形で解決することとしたものと推認するのが相当である。従ってそのようにして成立した紛争解決の合意は有効であって、両者を拘束するものといわなければならない。

四  以上説示したところによれば、控訴人の本位的請求は理由がない。そして、控訴人の予備的請求についてみるに、

1  被控訴人は控訴人に対し、預かった一五〇万円から控訴人が返還を受けた一〇万円を控除した残額一四〇万円を返還する義務を負うものというべきである。ただしその履行期につき確定期限が合意されたことを肯定すべき証拠はないから、本件訴状の送達による催告の結果履行期が到来したものというべきである。そして被控訴人は商人であり商行為として右一四〇万円の返還を約したものと認むべきであるから、その遅延損害金は訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四七年一〇月一三日から完済まで商法所定の年六分の割合によることとなる。

従って、現金で預けた一五〇万円の残金一四〇万円の返還を求める部分の控訴人の本訴請求は、以上の限度で理由があるから正当として認容すべきであるが、これをこえて遅延損害金の支払を求める部分は失当として棄却しなければならない。

2  被控訴人は控訴人に対し、預託されたのと同種の東京海上株式五〇〇〇株、日立製作株式一八三二株及び百十四銀行株式六〇〇〇株の返還義務を負うものというべきである。そしてその引渡の強制執行は被控訴人がそれに該当する種類・数量の株券を所持しないときは執行不能に帰する関係にあるから、該株券の引渡にあわせて、その引渡の執行が不能となったときは当審における本件口頭弁論終結の日に接着する時期の価額を賠償すべきこと(《証拠省略》によると、控訴人主張のとおり、昭和五五年七月二三日の東京海上株式は一株六〇五円、日立製作株式は一株二六九円、同年六月二八日の百十四銀行株式は一株三一二円であることが認められる。)を求める控訴人の本訴請求は全部理由があり、正当として認容すべきである。

3  控訴人は、右百十四銀行株式については、昭和四七年九月三〇日払込期日の新株割当、次いで昭和五〇年一一月一七日払込期日の新株割当があり、割当てられた新株は右六〇〇〇株の果実であるから、控訴人は被控訴人に対して右各新株についても返還請求権を有すると主張する。しかし株主が増資に際して割当てられる新株は民法八八条の果実に該当するものとは認められず、また前認定の返還の合意に際しすでに新株の割当のあることが判明していて新株を合わせて返還すべきことが合意されたというのでもないから、控訴人が被控訴人の種類債務としての株券の返還義務の遅滞の結果新株の割当を受けられなかったことを理由としてその損害の賠償を求め得ないかどうかは別として、前記株券返還の合意のみに基づいて、その後なされた増資に関して、被控訴人に対し新株の引渡を求め得るとする控訴人の主張は採用することができない。

従って控訴人の被控訴人に対する百十四銀行の新株に関する請求は、全部失当として棄却しなければならない。

五  よって、原判決中、控訴人の本位的請求を棄却した部分は相当で、右部分に関する本件控訴は理由がないから棄却し、予備的請求に関する部分は、右と結論を異にする限度で不当であるから、これを以上の趣旨に変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉田洋一 裁判官 松岡登 裁判官蓑田速夫は差支えにつき署名捺印することができない。裁判長裁判官 杉田洋一)

<以下省略>

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