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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2150号 判決 1977年6月09日

控訴人

山本一郎

被控訴人

田中静子

右訴訟代理人

小林弥之助

主文

原判決を左のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金一〇万円を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じこれを四分し、その一を被控訴人のその余を控訴人の負担とする。

この判決は、控訴人勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一当事者間に争いない事実

(1)  控訴人が、東京弁護士会所属の弁護士(昭和三二年四月登録)であること、

(2)  昭和四六年二月、控訴人は訴外川上雄二から訴訟委任を受け、訴外日東機械株式会社を被告として損害賠償請求事件(東京地方裁判所昭和四六年(ワ)第四、六〇五事件)を提訴遂行していたところ、同年一一月四日依頼人川上雄二が死亡したこと、

(3)  同年一一月九日、控訴人は雄二の遺族から右訴訟事件とは別に同人の債権債務の整理事務の委任を受け、これを承諾したこと、

(4)  同四七年七月二五日、被控訴人が、控訴人に対し控訴人所属の東京弁護士会に懲戒の申立てをしたこと、

(5)  同四九年一一月一六日、同弁護士会綱紀委員会は右懲戒の申立てにつき、控訴人を懲戒に付さないことを相当とする旨の議決をなしたこと、

以上の事実は、当事者間に争いがない。

二被控訴人が控訴人に対し右懲戒の申立てをするに至つた経緯と右申立ての意思内容

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  被控訴人は、昭和四三年三月以降、隣家の訴外川上雄二に対し数回にわたり合計金三六二万三、〇〇〇円を貸付けていたが、右金員を返済しないため、同四六年六月野方警察署に同人を詐欺罪で告訴していたところ、同年一〇月一〇日頃川上は控訴人に債権の取立てを依頼しているので、回収できたら返済するから告訴を取り下げてほしい旨懇請して来た。

ところが、その後同年一一月四日雄二が死亡するに至り、同人の妻良子は、雄二の債権債務の整理を控訴人に委任し、雄二の事務所には連絡先として控訴人方を表示した。

(2)  雄二の死亡により同人に対する自己の債権の回収に不安を感じた被控訴人は、同年一二月から翌四七年一、二月頃かけて三、四回にわたり、電話で、控訴人に対し、右雄二に多額の金員を貸付けていたことを告げたうえ、その後の債権取立ての状況について説明を求めたところ、控訴人よりは被控訴人に対し債権の種類、金額の明示を求め、相互に相手に対し求問するのみで、自己に対する求問についての回答を留保する対話に終始し、最後の電話のとき、控訴人は「あなたに何も話す必要はない」旨発言して一方的に電話を切るに至つた。

かくて、被控訴人は控訴人の右態度を不親切と受取り、控訴人との交渉を断念し、亡雄二の妻良子を被告として東京地方裁判所に貸金請求訴訟(同庁昭和四七年(ワ)第三、七四六号事件)を提起したが、判決の結果、良子の借用証がある分僅か二万円だけ勝訴し、その余は、良子が昭和四七年一月二四日相続放棄をしたため、全部敗訴に終つた。

ところが、その間、亡雄二の債権者の一人である訴外岡野祥宏から、雄二の死後、同人の取引先である有限会社西浜工務店より雄二の事務員に金一〇〇万円、妻良子に二〇〇万円合計金三〇〇万円が支払われている旨聞き及び、前記控訴人の態度は、債権回収の事実を秘匿するものとの疑念を抱くに至つた。

(3)  そこで、被控訴人は、昭和四七年七月二五日控訴人所属の東京弁護士会に赴き、同会の職員山川公明に対し前記被控訴人の疑念を開陳し、弁護士会に於て真相を糾明したうえで、然るべき処分をなされたい旨述べたところ、同職員から懲戒申立の書式(乙第二号証)を示され、これに基づいて書類を提出するよう指導されたので、その日のうちに本件懲戒申立書(甲第一号証)を記載して弁護士会に提出した。

(4)  右懲戒申立書を受理した弁護士会は、同年九月頃右申立書の写を控訴人方へ送付し、意見、弁解を求めた。

これにより 控訴人は自己に対する懲戒の申立てを知り、同年一二月二三日付で答弁書を提出した。

そして、同弁護士会綱紀委員会は昭和四九年三月二三日付で控訴人、被控訴人両名に対し同年四月五日に出頭せられたい旨の呼出状を発し、事情を聴取し、同年一一月六日控訴人を懲戒に付さないことを相当とする旨の議決をなした。

この間、控訴人は、被控訴人が控訴人提出の答弁書を閲読することにより疑念を解いて本件懲戒申立てを取り下げるであろうことを期待していたが、前記の如く綱紀委員会よりの呼び出しに接し、被控訴人の懲戒申立の意思の強きを知り、反撃方法として昭和四九年四月一日付で被控訴人を誣告、名誉信用毀損、脅迫、業務妨害の各罪で告訴した。

右告訴に基づく検察庁での取り調べの際、被控訴人は担当検察官より控訴人に謝まつて円満示談しては如何かとすすめられたが、これを拒否し、その後は検察官の呼び出しにも応じなかつた。そのうち、前記綱紀委員会の懲戒不相当との議決をみ、控訴人は昭和五〇年四月二五日付で右告訴を取り下げた。

以上認定の諸事実を総合すれば、被控訴人は控訴人が受任した遺産整理に関し、債権取立ての状況を債権者らに明示しない態度は、弁護士としてふさわしくないものとの考えのもとに、所属弁護士会に対し何らかの監督権の発動を求めたものと解するのが相当である。

被控訴人は「懲戒の申立」と題する書面を提出はしたけれども、その内容を一読すれば明らかなように、その真意は、控訴人の受任した債権取立ての状況についての説明を得たいことに在り、懲戒処分を求める目的も意思もなかつたものであると主張し、原審における被控訴人本人はこれに沿う供述をなすものであるが、同供述は、前記(3)(4)認定の事実に照らし到底措信しえないところであつて、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

三弁護士に対し弁護士法違反の非違行為ありとしてその所属弁護士会に監督権の発動を求めるにあたつては、弁護士の社会的地位にかんがみ、慎重でなければならない。遺産の整理を委任された者が弁護士であるからといつて、弁護士なるが故に債権者と称する者に対し財産整理(本件の場合には債権取立)の状況を逐一説明すべき職責を負わされるものでないことは見易い道理であるにも拘らず、これに思いを至すことなく、控訴人の説明を拒否した態度を不当として懲戒を申し立てた被控訴人の所為は軽卒のそしりを免れない。

したがつて、被控訴人は、右懲戒の申立てにより控訴人の被つた精神的苦痛に対してこれが賠償の責を負うものと言うべく、その額は前記認定の諸般の情況にかんがみ金一〇万円を相当と判断する。

なお、控訴人は、損害賠償額について、懲戒申立日以降の遅延損害金の支払いを求めるが、控訴人が右懲戒申立てを知つたのは昭和四七年九月頃であること、右申立てを知つた当初は、控訴人提出にかかる答弁書を閲読することにより被控訴人の疑念も氷解し、右申立ては取り下げられるものと期待し、さして気にもかけないでいたこと、しかるに、綱紀委員会より昭和四九年三月二五日付の呼出状に接し被控訴人の懲戒申立の意思の固きことを知り、改めて精神的シヨツクを受けたものであること等前叙認定の事実にかんがみるときは、こうした継続せる精神的苦痛に対する賠償額は、当審における判決時を基準として算定するのが妥当である。前記金一〇万円は右趣旨に於ける賠償額であることを注記する。

四以上説述したところにより、控訴人の本訴請求は金一〇万円の支払を求める部分は正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきものである。よつて、これと異る原判決は一部不当であるからこれを変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(岡本元夫 鰍沢健三 輪湖公寛)

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