大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和51年(う)2026号 判決 1977年6月20日

本籍

栃木県河内郡上三川町大字上三川一、六六〇番地

住居

東京都墨田区業平二丁目一〇番九号

会社役員

青柳良太郎

大正六年三月二二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五一年八月二七日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官設楽英夫出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人葛西宏安、同小野寺富男共同作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用するが、所論は、要するに、被告人に対する原判決の量刑は重きに過ぎ不当である、というのである。

そこで、所論に徴し、記録を調査、検討すると、本件は、玩具卸売業を営む被告人が、原判示のごとく、昭和四七年から昭和四九年までの三暦年にわたり、合計三、六三五万八、一〇〇円にのぼる所得税をほ脱した事案であり、原判決が、本件犯行の動機、経緯、態様、ほ脱税額により被告人の刑責が必ずしも軽いとは言えない旨説示するところは当裁判所においても首肯し得るところであつて、原判決が被告人にとつて有利な情状として説示するところの事情並びに所論指摘の被告人にとつて斟酌すべきすべての情状を十分考慮に入れても、原判決の量刑は、重きに過ぎ不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

以上によれば、本件控訴は理由がないので、刑訴法三九六条に則り、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石崎四郎 裁判官 長久保武 裁判官 中野久利)

○控訴趣意書

被告人 青柳良太郎

右の者に対する所得税法違反被告事件の控訴趣意は次のとおりである。

昭和五一年一一月一八日

弁護人 葛西宏安

同 小野寺富男

東京高等裁判所 御中

原判決は被告人の本件犯行に至るまでの動機犯行の形態等につき十分情状を酌んでいるとはいえず刑の量定が不当であると思料するので以下これについて述べる。

一、本件犯行にいたる動機

被告人の事業は所謂玩具のバツタ屋であり、商品を仕入れても当らない場合は、その商品を廃棄しなければならぬ等投機的要素が強く、特に被告人のように零細な企業は常に倒産の危険につきまとわれ(現に被告人は過去二度倒産に見舞われている)るうえ、現金取引のためもあり一時に多量の資金を必要とする機会が多い。

そこで、被告人としては金融機関に対しある程度の信用を得ておく必要に迫られるが、被告人のような業種は投機的要素が強いためもあつて、一般的に信用性に乏しいため金融機関の融資を受けるためには出来るだけ預金を多くしてその信用を獲得する以外方法がない。

まして、被告人の如く殆んど身体一つを資本としてこの事業に取り組み勤倹貯蓄を旨としながらも、前記のように過去二度倒産という悲運に見舞われている場合、金融機関の信用を得ることは並み大低のことをしたのでは難かしい。

被告人としては、倒産時には国は税金の還付をしてくれる訳ではなく見殺しにされたとの実感を持ち、それ以後税金の支払を非常に苦痛に感じたとしてもあながち被告人を一方的に責めることは出来ないものと思料される。

又、被告人の資産は、その努力に較べれば決して大きいとは云えないので既に働き盛りを過ぎた被告人夫婦の老後の生活を保障するものとしての金銭を少しでも多く蓄えておこうとし度の過ぎた節税意識をもつた被告人の心情は十分理解できるものである。

二、被告人が帳簿を作成せず、一部売上除外をしていた点について

1 原判決は被告人が帳簿を作成しなかつたのはその「所得税を免れ」るためであつたとするが、それは必ずしも真実とは言い難い。

即ち、被告人は昭和四九年分については帳簿を作成していたものの、申告後右帳簿をタクシー内に遺失してしまつたのであり、昭和四八年分については雑記帳に金銭の出納帳を自らが作成していたのであり、また昭和四七年分については確かに帳簿類を作成していなかつたが、その理由は被告人の従来の経営方針が経費をできるだけ節約し収益をあげるためその事業遂行に際し他人を一切使用せず全て自らとその家族の重労働のみにより営業しその経理面でも自らがその任に当つたものの、生憎被告人はその方面の経験知識に欠けていたため、伝票のみを保存し税金申告時には右伝票を青色申告会に持参し同所で申告書を作成してもらうとの方法をとつていたため右のごとき結果となつたのである。

以上のごとく古風な営業観念をもつ被告人が、一途に経費の節約を考え実行した結果、右のごとき状態となつたものであつて決して所得税を免れようと企てて帳簿を作成しなかつたわけではない。

2 一部売上除外していた点

弁護人も、被告人が一部売上除外をしていた事実を否定するものではないが、それは、決して所得税を免れるため計画的になされたものでなく、前述の如く被告人が税法に全く無智だつたため、若しくは、仕入先からの品物の出所を秘して欲しい旨の強い要求に基づいてなされた部分も相当数あり、従つて右売上除外の事実があつたことだけを根拠にして被告人に対して一方的に強く脱税の責任を追求しようとするのは相当ではない。

三、被告の脱税額がその実体に比して過大に評価されている点

1 被告人は、その経歴からみても判るように身体一つで苦労して現在の事業を築き上げたのであるが、その間、零細な玩具商の常として二度に亘り倒産の悲劇にみまわれたこともあつて、経費をできるだけ切りつめ、それにより事業の基礎を固めようと以下の如き努力を重ねて来たのである。

まず第一に、被告人はその事業遂行に際しては専ら経費のかからぬ家族労働に依存し、被告人と同規模同業種の者の使用人を最低二、三人通常の場合は四、五人置いているのに被告人は全くそれを使用せず、被告人自身が先頭に立ち土曜・日曜の別もなく過重ともいえる労働を行なつて来た。

2 またそのため事業経費も同様に、切りつめられるだけ切りつめ最低限度必要のものしか揃えて居ず、あるものといえば殆んど電話一本と老朽化した住居兼用の店舗の空間のみであり、玩具卸売商を営む以上当然相当量の商品を扱いそれを移動させねばならないのであるから、荷物運搬用の自動車は是非とも必要不可欠なのであるが、被告人方には乗用車は勿論トラツクも一台もなく、必要に応じて被告人自身や妻が商品を背中に担いで運搬の任にあたつていた。

従つて経費が異常に少ないものとなつた。

3 さらに生活費の面においても、被告人は粗衣粗食に甘んじ極度に奢侈を排し、住居も戦後間もない昭和二四年に建築した半ば老朽化した店舗兼用の家屋である。

また被告人が質素な生活を旨としていたことはその他に、被告人の妻が三〇年になんなんとする結婚生活中に僅々数万円の指輪を買い与えられたのみで、その他装身具等も殆んど買つていない事実からしても明らかであり、このことは原判決も認めているところである。

このように、被告人の所得は、原判決も認めるとおり被告人自身の並々ならぬ経費節約の努力の結晶であり余人をもつてしてはとうてい獲得し難いものであるが、不幸にも本件が財産増減法による立証が行なわれたため、右のごとき異常な努力による経費、生活費の節約による財産の蓄積が全て所得として把握された訳である。

そこで被告人の右の努力が裏目に出て逆に脱税額を高額化することになりその責任を強く追求されることとなつたわけであり、現行法の立場からすれば本件の被告人の行為は脱税の概念にあたることは勿論であり弁護人もこのことを否定するものではないが、右のごとき過少経費の分は十分に情状が酌量されるべきものと思料する。

そもそも脱税犯は秩序犯ではなく「正当に納むべき税金を故意に免れることにより国庫の利益を侵害する」という実体を備えた実質犯であるから本件被告人の行為を全体的に考察したとき、被告人が「国庫の利益を侵害した」との点には大きな問題が残るところであると考えられ右のごとき事情にある被告人の公平妥当な所得額を算定するには、本件により把握された実所得から平均的数額の経費生活費相当分は控除すべきものであると考える。この点は少なくとも量刑に際し相当程度考慮すべき事由と考える。

四、被告人が誠実な性格である点

被告人は公判廷におけるその供述及び同人の供述調書、及び関係者の供述調書からも明らかな如く極めて真面目で誠実である。

この点被告人戦前高等小学校卒業後直ちに玩具問屋に俸公して以来玩具商一筋に打ち込んできたのであるが前述のとおり不幸にも昭和三三年昭和三九年の二回に亘り自己の経営する会社が倒産するという経験をしたが、その際も、法人財産に属しない純然たる私財を全て投げ出し負債を全額乃至一〇年間の割賦返済をする等して債権者の了承を得て負債を減額してもらつた後その額をそれぞれ全部返済している。

そして、このような被告人の誠意が債権者に認められた結果倒産後も債権者の協力のもとに被告人が現在の事業を再開することが可能となつたのである。

五、犯後の情状

被告人は前述のように誠実な人柄であるため、本件脱税の事実が判明した後はひたすら自己の非を悔い、査察において把握された所得金額をもつて修正申告し、本税延滞税は勿論地方税も全額納付を完了させている。

また、重加算税についても、苦しい資金繰りの中から一年間の分割支払の約束をし、手形を差入れたうえ、現在その決済をしている最中である。

そして、さらに被告人は、将来再度このような不祥事がおこらぬよう、その事業を法人化し、経理知識の乏しさを自覚しその経理を税理士に一任する等して将来に備えており従つて再犯の危険性もない。

以上の諸事情を考慮され、一審判決より更に減軽した判決を下されるよう切望する次第であります。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例