大判例

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東京高等裁判所 昭和51年(う)1796号 判決 1977年6月22日

本籍ならびに住居

静岡県清水市有東坂六一五番地の二

個室別浴場、キヤバレー、ホテル、レストラン経営

松本弘二

大正一〇年九月二七日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五一年六月一〇日静岡地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官栗田昭雄出席のうえ審理をし、つぎのとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月および罰金八五〇万円に処する。

但し、この裁判確定の日から三年間、右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納できないときは、金五万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大蔵敏彦作成名義の控訴趣意書(但し、六項を除く)に、これに対する答弁は、検察官設楽英夫提出の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、原判決の量刑は重きに過ぎて不当であるというのである。

そこで、所論に徴して記録を精査し、当審における事実取調べの結果を総合して認められる諸般の情状、とくに本件は、被告人がトルコニユージヤパンを開店して三年位の間業績が振わず多額の負債に苦しんだことと、トルコ風呂営業が競争はげしく浮き沈みの多いところから、不時の場合に備えて入浴料収入の一部を除外して資産を蓄積しようと企て、昭和四七年一月一日から同四九年一二月三一日までの三年間にわたり、約三割の入浴人員、入浴料収入を除外し虚偽の営業日報を作成して、いわゆる裏金を作り、これを鈴木信夫、海野正雄、山本良平等の架空名義の普通預金、定期預金、または無記名の定期預金にし、定期預金証書、印鑑等を床下の瓶の中に隠匿するなどして隠蔽し、もつてその間合計四、二七二万六、九〇〇円もの所得税を免れたというものであつて、その責任は決して軽いものではない。しかしながら被告人は本件の発覚後自己の非を反省して関係書類を全部係官に提出して査察に協力するとともに、本件三年間にわたる所得の修正申告をなし、合計一億九三五万円余の所得税、延滞税、過少申告加算税および重加算税を完納したこと、被告人にはみるべき前科前歴がなく、今後再びかような犯行をくり返さない旨誓つていることなどを総合して勘案すると、原判決の被告人に対する量刑は重きに過ぎるものと認められる。論旨は理由がある。

そこで、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書の規定に従つて、さらに判決することとする。

原判決が適法に確定した事実は、いずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い原判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において、罰金刑については同法四八条により合算した範囲内において、被告人を懲役八月および罰金八五〇万円に処し、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予し、同法一八条を適用して右罰金を完納できないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石崎四郎 裁判官 長久保武 裁判官 中野久利)

○ 昭和五一年(う)第一七九六号

被告人 松本弘二

右に係る所得税法違反被告事件について、控訴趣意書を差し出す。

昭和五一年一〇月一八日

弁護人 大蔵敏彦

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

控訴趣意書

原判決は、被告人に対し懲役一〇月(三年間執行猶予)罰金一、〇五〇万円を科しているが、その量刑はいちじるしく不当である。

一、被告人が本件の脱税を図つた動機は、昭和三九年トルコニユージヤパンを開業したが、三年間ぐらいは全く業績が不振で、多額の債務をかかえ苦労をしたことと、トルコ営業自体が競争がはげしく、浮き沈みのきわめてはげしい商売であるため、利益のあがつているうちに自己資本を蓄積したいということから、かかる行為をなしたものである(五一・一・二一被告人の検面調書一二項)。

トルコ営業という業態からみて、金融機関からの融資を受けることも、きわめて困難であるから、被告人が将来営業不振になつたときに備え、従業員やその家族の生活の維持のためにも少しでも多くの自己資金を持ちたいと考えるのは経営者の責任として、ある程度やむをえないことである。

本件の脱税によつて取得した現金のほとんど全部を銀行預金にして保管していたことからみても、被告人のこの供述は偽りではない。

二、脱税の方法は、極めて単純であつて、まず正確な営業報告書が作成され、岡部勉らによつてその三割程度の金額を簿外預金とするものであつて、巧妙複雑な方法によつて脱税を図つてはいない。

したがつて、査察を受けるや、営業収入の全貌はただちに明らかとなつたのである。

そして被告人も、収税官吏の調査には積極的に協力し、資料もすすんで提出し、査察を妨害したり、さらに所得をかくそうとはしていない。このことは被告人に対する質問てん末書によつて明らかである。

原審証人遠藤重雄も被告人は「自分の非を悔いて本人の所得全部を明らかにし、関係書類も全部提出して査察に協力した」旨証言しているとおりである。

三、被告人はトルコ営業のほかに、三立観光株式会社松本商事の代表取締役で、これらの会社はバー・キヤバレー・旅館等を経営しているが、本件と同時に査察を受けたが会社関係の納税は適法になされていることが認められている。

本件後、被告人はトルコ営業についても、この会社の経理方式と同様の方法をとり、正確な記帳をなし、再びかかる行為をなさないよう十分配慮し、その体勢を調えている。

四、被告人が本件脱税行為をしたために、修正申告をし、不足税額を支払うと同時に、延滞税、過少申告加算税、重加算税を賦課され、そのすべてをただちに支払つている。このことは、弁護人が原審において提出した納付書、領収証書等によつて明らかである。

そこで、それらによつて被告人が国庫に支払つた金額を計算すると、昭和四七年度分合計三〇、四八五、一〇〇円、昭和四八年度分合計三五、六五一、一〇〇円、昭和四九年度分合計四三、二一四、六〇〇円となつている。この三ケ年分を合計すると、一〇九、三五〇、八〇〇円となり、原判決認定の被告人に対する正規の所得税額の合計は八四、四九五、二〇〇円だから、被告人は本件脱税行為により二四、八五五、六〇〇円余分に加算税等を徴収されたことになる。

これは、被告人にとつて本件の脱税行為をしたために科された制裁といえるものである。

五、所得税法二三八条は、偽りその他不正の行為により脱税した者に対する罰則規定で、その一項で三年以下の懲役もしくは五〇〇万円以下の罰金、またはその併科とされ、その二項で情状により罰金を五〇〇万円をこえ脱税以下とすることができるとされている。

前項で述べた加算税は納付すべき税額の基礎となる事実について隠ぺいまたは仮装をして過少申告した場合に過少申告加算税、重加算税が課されるのであるが、それは同時に右にいう偽りその他不正の行為による脱税ということであつて、被告人の一個の脱税行為に対し、一方で加算税が課され、他方で刑罰を科されるという結果になつている。

六、憲法三九条は一個の行為に対し二重の処罰を禁止している。

本件について、加算税は税の申告納付の適正な履行を確保せんとする行政上の特別の経済負担であるとされているが、加算税も罰金も被告人にとつては金銭的な負担であることは変りがないのである。

そうだとすれば、本件の場合、被告人に対し所得税法二三八条を適用するに当りいちじるしく高額な罰金刑を併科すれば、場合によつて憲法三九条に違反することになると考えられる。

七、原判決は被告人に対し懲役刑と併せ罰金一、〇五〇万円に処している。

これによれば、被告人がすでに国庫に納付した税の総額とこの罰金額を併せると約一億二、〇〇〇万円となり、原判決認定の所得総額の約七五パーセントを被告人から取りあげようとするものであつて、あまりにも苛酷である。

八、現在わが国において、国家枢要の地位にある高官等の多額の脱税問題に対するきびしい国民世論がある。それは課税の不公平と高い税負担に悩まされているわが国一般市民の歎きでもある。

本件被告人は一介の商人として、前述のとおりの動機と方法により本件を犯したものであるが、査察を受けるや、自己の非を卒直に認め、進んで全資料を提供し、税務当局の調査に全面的に協力してきたものである。

今まで被告人に反社会的な行動や前歴もなく、本件を真剣に反省し、再びかかることのないよう十分な配慮と措置をなしているものである。

以上の諸点を考え合せると原判決の罰金刑はあまりにも苛酷であるから、原判決を破棄し、罰金刑を軽減せられたい。

右のとおり控訴の趣意を述べる。

以上

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