大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和50年(く)219号 決定 1976年1月07日

被請求人 松本忠男

主文

原決定を取消す。

千葉地方裁判所一宮支部が、昭和五〇年一〇月三日被請求人に対してなした刑の執行猶予の言渡は、これを取消す。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、千葉地方検察庁検察官検事塚本明光作成名義の「即時抗告申立書」及び「即時抗告を申立てた理由」と題する各書面に記載のとおりであるから、これらを引用する。

(所論は、要するに、本件取消請求は、刑法第二六条第三号に該当し、刑の執行猶予の言渡しを取消すべきことが明らかであるのに、これを取消さずに、刑の執行猶予言渡取消請求を棄却した原決定は、同条同号の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

そこで、一件記録、被請求人にかかる暴力行為等処罰に関する法律違反・銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件記録及び道路交通法違反被告事件記録を調査して検討すると、被請求人は、昭和五〇年五月二六日東京高等裁判所(第一審は千葉地方裁判所一宮支部)において道路交通法違反罪(以下甲事件という。)により懲役三月及び罰金一万円に処する旨の判決の言渡しを受け、右判決は最高裁判所の上告棄却決定により同年一〇月五日確定し、一方同年一〇月三日千葉地方裁判所一宮支部において暴力行為等処罰に関する法律違反及び銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪(以下乙事件という。)により懲役八月、三年間執行猶予の判決の言渡しを受け、右判決は同月一八日確定したこと、千葉地方検察庁検察官は、東京高等検察庁検察官から甲事件にかかる同月一三日付の裁判執行指揮嘱託書を同月一五日受理し、そのころ右事件の判決の確定を知つたこと、千葉地方検察庁一宮支部検察官は、東京高等検察庁検察事務官からの甲事件にかかる同月一五日付の上訴結果通知書を乙事件の判決確定後である同月二二日に受理し、そのころ甲事件の判決が確定したことを知つたこと、千葉地方検察庁検察官は、昭和五〇年一〇月二九日前記裁判執行指揮嘱託書に基づき甲事件につき千葉刑務所長宛に刑の執行指揮をした際、乙事件の判決の存在を知り、はじめて被請求人に執行猶予を付すべきでない欠格事由の存在を覚知し、同年一一月五日被請求人が千葉刑務所に在監中であつたので、その現在地を管轄する原裁判所に対し乙事件につき本件刑の執行猶予の言渡し取消請求をなしたこと、原裁判所は、同年一二月六日右請求を刑法第二六条第三号の所定の要件を充たしていないとの理由で棄却する旨の原決定をなしたことが明らかであり、前記千葉地方検察庁一宮支部検察官は、甲・乙両事件の一審の審理に立会つていたので、乙事件の判決言渡前においても被請求人が甲事件につき東京高等裁判所で実刑判決を受けて上告中であることを知つていたが、一〇月二二日前記上訴結果通知書を受理するまで上告棄却になつたことを知らず、また、前記千葉地方検察庁検察官は、前記裁判執行指揮嘱託書を受理した当時甲事件の判決の確定は知つたが、乙事件の存在に気づかず、したがつて、乙事件の確定前に併せて甲事件の確定を覚知し、乙事件につき執行猶予を付した判決の違法となつたことを知つた検察官のいなかつたことが認められる。ところで、刑法第二六条第三号により刑の執行猶予の言渡しの取消をするには、検察官において、上訴の方法により、違法に言渡された執行猶予の判決を是正する途がとざされた場合すなわち、執行猶予の判決確定によつて進行を始めた猶予期間中に、「猶予ノ言渡前他ノ罪ニ付禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコト」が検察官に発覚したときに、その執行猶予の言渡しの取消をすることができると解すべきところ(最決昭三三、二、一〇大法廷、刑集一二-二-一三五)、右のごとき本件取消請求に至る経緯等にかんがみれば、本件は、被請求人に対する執行猶予の判決確定によつて進行を始めた猶予期間中に「猶予ノ言渡前他ノ罪ニ付禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコト」が検察官に発覚したときというほかはないから、右は検察官において、上訴の方法により、違法に言渡された執行猶予の判決を是正する途がとざされた場合にあたることは明らかであるといわなければならない。

原決定は、「検察官において、甲事件の判決確定後、裁判の執行指揮の嘱託及び執行指揮それ自体の各手続をすみやかになし、あるいは検察庁相互間において判決の結果についての調査連絡が十分なされておれば、控訴を申立てるという方法をとり得たものと認められる」と説示し、かかる事情のもとにおいては本件は刑法第二六条第三号所定の要件を充たしていないものと解するのが相当であるとしているのでこの点につき案ずるに、右の如き本件取消請求に至るまでの経緯に甲事件の判決の確定した同年一〇月五日より乙事件の判決の確定するまで僅々一三日間しかなかつたこと、甲・乙両事件が地裁支部及び最高裁判所にそれぞれ係属し、各検察庁間の執行指揮の嘱託や事務連絡にある程度の日数を要するのはやむをえないところとせねばならないことなどを合わせ考えると、本件において、検察官が乙事件の上訴期間内に甲事件の確定した事実を覚知することがおくれ上訴の方法をとり得なかつたことを以て検察官の過失として深くとがめることはできないといわなければならない。そうだとすると、乙事件の判決言渡後確定前に、検察官において、甲事件の確定の事実を知らずしたがつて被請求人が執行猶予の欠格者であることを覚知せずまたその覚知しなかつたことについて特段の過失の認められない本件において、同法第二六条第三号所定の要件を充たさないとして、本件刑の執行猶予言渡取消請求を棄却した原決定は、同条同号の解釈適用を誤つた違法があるというべきであり取消を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第四二六条第二項により原決定を取消し、被請求人の本件刑の執行猶予言渡取消請求事件につき更に裁判する。

被請求人は、(一)昭和五〇年一〇月三日千葉地方裁判所一宮支部において、暴力行為等処罰に関する法律違反罪及び銃砲刀剣類所持等取締法違反罪により懲役八月、三年間刑の執行猶予の言渡しを受け、右判決は、同月一八日確定したが、更に(二)、同年五月二六日東京高等裁判所において道路交通法違反罪により懲役三月及び罰金一万円(金二、〇〇〇円を一日に換算)に処せられ、その刑につき執行猶予の言渡しがなく、同年一〇月五日右判決が確定したものであることは、被請求人の原裁判所に提出した昭和五〇年一一月二六日付意見書を含む前記各記録によつて明白であるから、刑法第二六条第三号により右(一)の刑の執行猶予の言渡しを取消すこととする。

よつて、主文のとおり決定する。

(裁判官 瀬下貞吉 金子仙太郎 小林眞夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例