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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1309号 判決 1980年3月19日

控訴人

清水甲江

外三名

右控訴人ら四名訴訟代理人

鎌形寛之

外三名

被控訴人

エヌ・ビー・シー工業株式会社

右代表者

栗田恭三

右訴訟代理人

和田良一

外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  申立て

控訴代理人は、「一、原判決を取消す。二、被控訴人は控訴人らに対し、それぞれ金四〇〇〇円および右各金員に対する昭和四六年一二月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人代理人は控訴棄却の判決を求めた。<以下、事実省略>

理由

一当事者

控訴人らがいずれも昭和四五年以前機械による織布(篩絹)製造販売業を営む会社と労働契約を結び、会社からその豊田工場において織布製造作業に従事することを命ぜられ、かつ会社従業員をもつて組織する本件組合<編注、日本中野篩絹労働組合」の意>に昭和四五年以前から加入している女子労働者であることは争いがない。

二本件手当に関する労協等の成立

1  四五年協約

本件組合が昭和四五年五月一九日会社と四五年協約を結んだこと、その内容のうち本件手当関係部分が次のとおりであることは争いがない。

「会社は既存の賃金のほかにあらたに一か月の出勤不足日数による次の区分に応じて次の金額の本件手当を組合員に支給する。

出勤不足日数のない場合 二五〇〇円

出勤不足日数一日の場合 一五〇〇円

同二日の場合 五〇〇円

同三日以上の場合    なし

年休取得日数は右出勤不足日数に算入しない。遅刻・早退・外出(一回二時間以内)三回をもつて出勤不足日数一日とみなす。

実施期日を昭和四五年三月二一日とする。」

<証拠>によると、本件組合と会社とは四五年協約締結のとき、生休取得日数を出勤不足日数に算入する旨口頭で約束したことが明らかであつて、この認定を左右すべき証拠はない。

控訴人らが当時本件組合の組合員であつたことは争いがなく、控訴人らと会社との間の労働契約において当時本件手当に関する定めが存在したと認めるに足りる証拠はないから、書面により結ばれた四五年協約は労組法一六条により控訴人らにも効力を及ぼすと解される。しかし口頭のみによる労働組合と使用者との合意は、同法一五条、一六条の趣旨にかんがみ、少なくとも同法一六条の効力を有しないと解するのを相当とするから、右口頭の約束自体は控訴人に効力を及ぼさない。

四五年協約につき文書をもつて存続期間を定めたとの証拠はないから、控訴人ら主張のような労協の存続期間を一年に限る旨の労働慣行の有無にかかわらず、四五年協約は期間の定めなく、効力を有するというべきである。

2  四六年合意

本件組合が昭和四六年一一月四日会社と四六年合意を結んだこと、その内容が次のとおりであることは争いがない。

「会社は昭和四六年三月二一日以降も組合員に対し次のように改訂した金額の本件手当を支給する。

出勤不足日数のない場合 五〇〇〇円

出勤不足日数一日の場合 三〇〇〇円

同二日の場合 一〇〇〇円

同三日以上の場合    なし」

<証拠>によると、本件組合と会社とは四六年合意の際、生休取得日数を従前通り出勤不足日数に算入し、慶弔休暇取得日数をこれに算入しない旨をも口頭で約束したことが認められる。佐藤・松浦証言中右認定に反する部分は採用しない。

しかし、前記の通り口頭の合意は労組法一六条の効力を欠くから、右合意及び約束は控訴人らに効力を及ぼさない。

3  四六年契約(その一)

控訴人らが昭和四六年一一月四日会社との間で四六年合意と同一内容の契約を結んだことを認めるに足りる証拠はない。

4  四六年契約(その二)

控訴人らが昭和四六年一〇月二一日から同年一一月二〇日までの間生休を二日間取得したほか就規所定の勤務すべき日には出勤して労務を提供したところ、同月二五日会社から右期間中(いわゆる一一月分)の本件手当として各一〇〇〇円を受領したことは争いがない。

<証拠>によると、控訴人らは右受領の際、右金額の算出方法等につき異議を述べなかつたことが明らかである。

控訴人らの一一月分の本件手当支給額は、四五年協約に従つて計算すれば、出勤不足日数のないとき二五〇〇円、これが二日のとき五〇〇円であり、四六年合意に従つて計算すれば、前者の場合五〇〇〇円、後者の場合一〇〇〇円であるから、控訴人らは異議なく右金員を受領した際会社との間で、四六年合意及びこれと同時になされた前記約束に従い、本件手当の金額を四六年合意におけると同額に増額すること、生休取得日数を出勤不足日数に算入することを黙示的に契約したと推認するのほかはない(以下この契約を四六年契約(その二)という。)。

なお控訴人らが昭和四七年一月一七日本訴を提起していることは訴訟上明らかであるが、このことをもつて右認定を左右することはできない。

5  むすび

右各事実によると、控訴人らは昭和四五年五月一九日会社との四五年協約により本件手当として一か月間の出勤不足日数のないとき二五〇〇円、これが二日のとき五〇〇円を請求できる権利を取得し、昭和四六年一一月二五日会社との契約により右各金額をそれぞれ五〇〇〇円と一〇〇〇円とに増額すること、生休取得日数を出勤不足日数に算入することを定めたというべきである。

三生休取得日数を出勤不足日数に算入する旨の約束の効力等

控訴人らは本件手当につき生休取得日数を出勤不足日数に算入するか否かにつき会社との間の労協その他の約束のないことを前提として、生休取得日数を出勤不足日数に算入しないと解釈すべき旨主張しているところ、前記のとおり控訴人らは会社と生休取得日数を出勤不足日数に算入する旨約束しているから、右主張は失当である。

よつて、つぎに右約束の効力につき控訴人らの主張に従つて順次検討する。

1  控訴人らの業務と生休取得の必要性

(一)  控訴人らの業務内容と労基法六七条の適用

(1) <証拠>によると、次の事実が認められる。

会社は控訴人らを含む本件組合の組合員の作業する豊田工場において小麦粉を篩う篩の網となる篩絹の製造を行つているところ、絹糸を取扱う関係上工場を半地下式とし、蒸気を工場内に噴出させて湿度を八〇パーセントに保持しており、従業員は冷を防ぐため厚着を必要とする。織機自体は振動し、その発する騒音は大きい。

控訴人清水は右製造業務のうち糸を筬に一本ずつ通す引込と称するこまかく著しい神経的緊張を必要とする業務に従事している。

控訴人西川は右業務のうち織布作業用横糸を管に捲く操糸機を監視するという著しく神経的緊張を必要とする立作業に従事している。

控訴人菊地、同浅倉は右業務のうち織機による篩絹の織布工程を監視調整するという立作業に従事している。

以上の事実が明らかである(但し控訴人清水が引込作業、同西川が操糸機監視の立作業、同菊地、浅倉が織布工程の監視調整の立作業などいずれも篩絹製造作業に従事していること、職場の湿度が八〇パーセントであることは争いがない。)。右認定を左右すべき証拠はない。

(2) <証拠>によると、その他の組合員中には控訴人らと同一の作業に従事する者もあり、又これと異なるが大部分の労働時間が立作業を必要とする作業、著しく神経的緊張を必要とする作業に従事する者もあつたことが認められる。

(3) なお組合員らの操作する機械が振動するにしても、さらに組合員らの業務が身体の振動を伴うことを肯認するに足りる適確な証拠はない。

(4) <証拠>によると、会社は昭和四六年六月八日本件組合に対し生理中の従業員のため工場付近の男子寮に休憩室を設けここで労基法三四条所定の休憩時間以外に一時間休憩することを認める旨通告し、直ちに実施したことが認められる。

(5)  以上の事実によると、控訴人の従事する業務は女年則<編注、「女子年少者労働基準規則」の意>一一条一項二号に、控訴人西川のそれは同条同項一、二号に、控訴人菊地、同浅倉のそれは同条同項一号に、その他の組合員のそれは内容により同条同項一、二号に、それぞれ該当するから、いずれも労基法六七条に規定する生理に有害な業務であるというべきところ、会社のとつた休憩時間付与等の措置は女年則一一条二項一号に該当すると考えられるので、結局控訴人ら及びこれと同様の業務に従事する組合員は昭和四六年六月八日までは生理に有害な業務に従事する者として、それ以後は生理日の就業が著しく困難な者として、生理日にそれぞれ生休を請求できる筋合である。

(二)  女子組合員と他企業女子労働者との生休取得率の比較

(1) <証拠>によると次の事実が認められる。

労働省婦人少年局調査に基づく製造業における昭和四六年四月一日から昭和四七年三月三一日までの間の女子労働者の生休取得状況は次のとおりである。

(イ) 生休を一回以上請求した者の女子労働者全体に占める割合は25.1パーセント

(ロ) 生休請求者のあつた事業所数の全事業所数に対する割合は39.1パーセント

(ハ) 生休請求者一人当りの年間生休請求回数は5.3回

(ニ) 生休請求者一人平均の年間生休取得日数は6.8日

(ホ) 生休請求者一人当りの一回平均請求休暇日数は1.3日

(ヘ) 女子労働者一人当りの年間生休取得日数は1.6日

なお東洋紡ほか一〇社(綿・スフ・合繊・羊毛・絹の各紡織業と製糸業を営む。)の女子労働者の昭和四八年四月中の各社の平均生休取得率は0.03パーセントから0.19パーセントまでの間に分布しており、このことは同年五、六月についても同様である。

本件組合の女子組合員のそれは同年四月中6.12パーセント(女子組合員一人当り1.5日)、同年五月中5.99パーセント(同じく一日)、同年六月中5.08パーセント(同じく1.3日)である。一方エヌ労組の女子組合員のそれは〇パーセント(同じく〇日)である。

(2) <証拠>によれば、昭和四六年四月一日から昭和四七年三月三一日までの女子組合員の生休取得率は、右昭和四八年四月ないし六月のそれと大差ないと認められる。

(3) 従つて女子組合員の生休取得日数は製造業の女子労働者のそれと比較すれば、約八倍ないし約一一倍に達し、その生休取得率は前記維繊業一一社の女子労働者のそれと比較すれば約二六倍から約二〇〇倍に及んでいる。

(4) <証拠>によれば、繊維労連の調査に従うと、会社と同様に生休二日間に限り有給としている他の繊維業者に雇傭されている女子労働者の右二日間のうち第一日目の生休取得率(パーセント)は0、30.8、53.1、61.4、77.8、97.0、100等にわかれ、第二日目のそれは0ないし22.2であるのに対し、会社の女子労働者のそれは両日とも82.8であることが認められる。

(三)  女子組合員の生休取得状況

(1) <証拠>によると、

会社の休日は日曜日等であるが、その豊田工場の女子子労働者中機織と準備とに従事する者の昭和四一年九月二一日から昭和四二年一月二〇日までの曜日別の平均年休及び生休取得率は

曜日

生休取得率

年休取得率

(いずれもパーセント)

六・三

二・八

七・五

二・〇

四・九

一・七五

五・九

〇・九五

六・四

二・一

四・一

三・七

であることが明らかである。

(2) <証拠>によると、会社は生休取得者に対し本給相当額の一〇〇パーセント相当額の不就業手当を一回に二日間分に限り支給していたところ、女子組合員中に休日である日曜日をはさみ土曜日と月曜日に生休を取得する者が出てきたので、会社と本件組合とは昭和四四年七月二五日右不就業手当を支給すべき二日間とは一回につき連続した二日間に限る旨の労協を結び、本件組合はこのような生休のとり方を自制する旨言明したことが認められる。

(3) <証拠>によると、女子組合員の昭和四四年四月から昭和四六年三月までの生休取得日をみると、日曜等の休日に接続する直前又は特に直後の一日又は連続した二日である場合が他の場合に比べて目立ち、その状態は昭和五二年ごろまでも同様であると認められる。

(4) <証拠>によると、会社は昭和四三年以降逐年休日を増加させた結果、同年中の年間所定労働日三〇一日を昭和五一年に二六八日に減少させたにもかかわらず、女子組合員の生休取得率は昭和四三年中の6.4パーセントから順次増加して昭和四九年中に7.9パーセントにまで達したことが明らかである。

(5) <証拠>によると、本件組合の前身である日本篩絹労働組合、中野篩絹労働組合は結成された昭和三七、八年ごろから生休の完全消化すなわち不就業手当を受け得る毎回二日間の生休を女子組合員全員が取得するようになることの実現をめざして、生休をとりやすくするよう会社と交渉を続け、女子組合員にも完全消化を呼びかける等の努力を重ねてきたことが認められる。

(四)  生休取得の必要性等

以上の諸事実によると、女子組合員の生休取得率はエヌ労組の組合員及び他企業の労働者に比べて著しく高く、その原因は、主として業務の性質にもとづく生休取得の必要性、労働組合・労働者及び使用者の生休に対する態度等の相違にあるが、必ずしもそれだけではなく、女子組合員の取得した生休のうちには労基法六七条所定の要件を欠くものがかなりあつたことにもよると推認せざるを得ない。

2  会社の生休取得に対する態度と本件手当創設の経緯等

(一)  日本篩絹と中野篩絹の労使

<証拠>によると、日本篩絹株式会社と中野篩絹株式会社とはいずれも主として女子労働者を使用して篩絹の製造売買を営んでいたこと、前者の労働者は昭和三八年一月日本篩絹労働組合を、後者の労働者は昭和三七年一〇月中野篩絹労働組合をそれぞれ結成したことが認められる。

(二)  日本篩絹と中野篩絹の労使の生休に対する態度

(1) <証拠>によると、当時会社の女子労働者は生休取得日には寄宿者で就寝するを要し、外出を制約されていたが、右両組合員生休の完全取得をめざし、右両会社と交渉してこれを緩和撤廃させたこと、日本篩絹株式会社は昭和二三年当時から生休取得一回当り二日間各基本給日額の一〇〇パーセントを支給しており、中野篩絹株式会社はかような賃金を支給していなかつたのであるが、中野篩絹労働組合は組合結成直後会社と交渉して、生休取得一回当り一日限り基本給日額の八〇パーセントの支給を受けるように改めさせ、一年後これを一〇〇パーセントに、昭和四〇年四月一六日これを二日間一〇〇パーセントに改めさせたこと、これらの対策が功を奏し両組合の女子組合員の生休取得率は順次向上し、日本篩絹株式会社における生休取得率は昭和三七年4.4パーセント、昭和三八年4.9パーセント、昭和三九年6.5パーセント、昭和四〇年7.9パーセントと向上したことが認められる。

(2) 会社が昭和三九年一時金の配分を生休取得者に不利益に変更する旨の労協を結ぶことを企てた等の事実は、これを認めるに足りる証拠がない。

(3) <証拠>によると、会社は昭和四〇年一一月三〇年、本件組合と同年末一時金に関する労協を結び、その中で年末一時金の額は、基本給の月額プラス家族手当の二か月分に支給率を乗じて得た額とし、その支給率は従前出勤不足日数一六日から三〇日までの間九〇パーセントであつたのを、同年年末一時金において一六日から二〇日まで九五パーセント、二一日から三〇日まで九〇パーセントと改め、さらに昭和四一年夏期一時金において二一日から二五日まで九〇パーセント、二六日から三〇日まで八〇パーセントと改めたことを認めうる。

(三)  右両会社の合併と右両労働組合の合同(会社と本件組合との発足)

<証拠>によると、右両会社は昭和四〇年五月合併し、日本中野篩絹株式会社と称し、昭和四四年にエヌ・ビー・シー工業株式会社と商号を改めたこと、右両組合も当時合同して日本中野篩絹労働組合と改称し(これが本件組合である)、これは当時総評に属する繊維労連に加入したことを認めうる。

(四)  本件組合の分裂

<証拠>によると、本件組合が昭和四一年一〇月二一日総評提唱のいわゆるベトナム侵略反対一〇・二一ストの実施日に退職金要求ストライキを行つたことをきつかけとして、かねて本件組合の運営は日本共産党員・日本民主青年同盟員らによつて牛耳られ政治闘争至上主義に陥つていると批判していた組合員らが中心となつて、組合員三六〇人中男子の殆ど全部と女子のうち事務労働に従事している者、豊田工場の作業員中約一〇パーセント、八王子工場の作業員中かなりの数の者が本件組合を脱退してエヌ労組を結成したこと、この結果本件組合には豊田工場の作業員一一〇人と八王子工場の作業員若干名が残留するにすぎなくなつたことが認められる(本件組合のストライキ実施・大量脱退・エヌ労組結成・女子労働者の残留は争いがない。)。<証拠判断略>

(五)  本件組合の生休完全消化方針

本件組合が組合員の大量脱退の打撃を受けたにもかかわらず、引きつつづき女子労働者の権利を守ることを目的とし、生休を気兼ねなく完全消化すること、すなわち生理一回当り有給分の二日間の生休を取得するよう女子組合員を指導してきたので、女子組合員の生休取得率はエヌ労組の組合員や他企業の労働者に比して著しく高くなつたことは争いがない。

(六)  会社の出勤率向上対策

(1) <証拠>によると、会社は原料・賃金の高騰のほか主として生産性の低下により経営状態悪化し事業の維持も危ぶまれる情況に陥つたが、労働者の出勤率が他の繊維業者においては九三パーセント程度であるのに、会社では昭和三七年九四パーセント(ただし、合併前の日本篩絹株式会社当時のもの)から昭和四一年の八五パーセント迄低下しており、作業能率もはかばかしくない関係上、労働者の出勤率向上をまず目的として、昭和四二年二月一七日豊田・八王子両工場の労働者あてに、経済困難を訴え、その建直しのため、経営悪化の主因である能率と出勤率との低下を改めるべく、まず出勤率の向上に協力されたい旨の掲示を行い、併せて出勤率、生休・年休・病気欠勤・事故欠勤別の休暇等取得率をグラフに示したことが認められる(掲示の事実は争いがない。)。

(2) <証拠>によると、会社は昭和四二年都労委のあつせんにより本件組合との間で、能率給の算定方法を変更し、出勤・技能と成果・作業態度によつて能率を判定すること及び右出勤の判定に当り生休取得日数中一回二日をこえる日数に限り出勤不足日数に算入することを定めたこと、従つて生休取得日数が一回二日間以内にとどまる限り、それが能率給に影響を及ぼすことのなかつたことが認められる。

(3) <証拠>によれば、会社は昭和四二年一二月六日本件組合との間で同年年末一時金について労協を結び、その中で、新たに一時金のうち約九一パーセントを一律分、約九パーセントを査定分と分け、査定分は能率給の前記算定方法を利用して決定する旨約したことが認められる。

(4) <証拠>によると、会社は昭和四三年三月二五日本件組合に対し、生産性低下により工場の維持すら危殆に瀕しており、生産性の向上のため今後大きな協力を得たい旨申入れたことが認められる。

(5) <証拠>によると、繊維製造業を営む他企業の労働者の出勤率は九〇パーセントをこえているのに、組合員の出勤率は昭和四三年81.8パーセント、昭和四四年81.1パーセントと順次低落する傾向にあつたことが認められる。

(6) <証拠>によると会社は本件組合との間で昭和四四年七月二日同年夏期一時金のうち査定分の占める割合を総額の二〇パーセントに、同年一二月一二日同年末一時金のうち右割合を同じく三〇パーセントに、各増加する旨の労協を結んだことが認められる。

しかし会社が右査定分の査定にあたり組合員をエヌ労組のそれよりも不利益に取扱つたり、一律支給分の算定にあたり生休取得日数を出勤不足日数に算入する措置をあらたに採用したと認めうるに足りる証拠はない。かえつて<証拠>によると、会社は合併前の昭和三八年ころから右算定にあたり生休取得日数を出勤不足日数に算入していることが認められる。

(7) 会社社長栗田恭三が昭和四四年六月社長就任直後控訴人ら主張のように生休をとりすぎる旨非難したとの事実は、これを認めるに足りる証拠がない。

(8) 会社が昭和四四年七月二日本件組合との間で、組合員に対し六か月間出勤不足日数のない場合、六か月当り一万円、以下出勤不足日数の増加に応じ、減額される金額を、夏期及び年末の二回に、特別手当金として支給する旨の労協を締結したこと、これにより生休取得者はその日数が出勤不足日数に算入され、他に出勤不足日数がなければ、生休取得ゆえにこの手当金の減額をみるに至つたこと、この手当金の額は昭和四五年七月一日締結の労協により出勤不足日数のない場合一万五〇〇〇円に、その他の場合もこれに準じ増額されたことは争いがない。

(七)  会社の本件組合に対する態度

(1) <証拠>によると、会社の子会社であるエヌ・ビー・シー・グラス株式会社の労働者杉本某が昭和四四年七月解雇されたことが認められるが、これが繊維労連加入を理由とするものであることは佐藤証言をもつてしてもこれを認めるに足りず、その他この事実を認めるべき証拠はない。

(2) <証拠>によると、会社は昭和四四年一一月一二日学卒者採用業務の一環として約一〇〇人の中学生による工場見学を予定したところ、本件組合が会社食堂を無許可で使用し、繊維労連オルグ佐藤洋輔の出席を得て集会を開き、中学生の見学に支障を生じさせるので、会社労務部長寺倉正治は本件組合に食堂からの退去を申入れたが、かえつて佐藤から突きとばされ負傷させられたため、会社は以後佐藤が会社構内中本件組合事務所と団体交渉の場所以外の場所に出入することを禁じ、その後都労連のあつせんにより本件組合と施設利用の労協を結び、佐藤をして謝罪させたことが認められる。

会社が職制をして集会に乱入させ、ストライキに対しその実施時間をこえて賃金カットを行つたとの事実を認めるに足りる証拠はない。

(八) 本件手当の創設等―四五年協約等

(1)  <証拠>によると、会社の栗田社長は昭和四四年一〇月ころ本件組合の幹部に対し生休取得日について賃金を支払つているのは誤りであると述べたことが認められる。

(2)  <証拠>によると、会社の労働者の出勤率低下傾向は昭和四五年に入つても改まらず、単位生産量及び生産性の低下が目立つてきたので、会社は出勤率向上対策に腐心し、従前に引きつづき本件組合にも出勤率の向上に協力するよう申入れたことが認められる。

(3)  会社が昭和四五年三月三一日本件組合の賃金改訂要求に対し、「勤続一年以上の者の平均昇給額は女子八三二八円、男子一万〇二五二円である」との回答を示したが、これは一律昇給分女子四〇〇〇円、男子四六〇〇円に能率給・役職手当・二交替手当の各増額分を加え、さらに新設予定の本件手当の出勤不足日数皆無の場合の支給額二五〇〇円を加算したものであること、

会社の本件組合及びエヌ労組あての提案によると、本件手当の金額は一か月間の出勤不足日数による区分に応じて次のように定められていたこと、

「出勤不足日数のない場合 二五〇〇円

出勤不足日数一日の場合 一五〇〇円

同二日の場合 五〇〇円

同三日以上の場合     なし」

以上の事実は争いがない。

<証拠>によると、右提案中の出勤不足日数とは生休取得日数を含む趣旨であつたことが認められる。

(4)  会社が昭和四五年四月一七日エヌ労組との間で、その組合員に対し前記会社提案どおり本件手当を支給する旨、年休取得日数は出勤不足日数に算入しない旨、会社の全労働者平均月間出勤率が九二パーセントに達すれば本件手当の定額支給を検討する旨の労協を締結したことは争いがない。

<証拠>によると、この際会社がエヌ労組との間で生休取得日数を出勤不足日数に算入する旨口頭の約束を結んだことが認められる。

(5)  <証拠>による、と本件組合は、「会社の本件手当新設提案は生休取得者に対し本件手当を支給せず、賃金上不利に取扱い、生休取得を抑制し、女子労働者の権利を無視するものである。」と判断し、これに反対したが、会社はその態度を堅持し、「生休を毎月二日間とることは誤りである。」と反論したことが認められる。

本件組合はこのように交渉を進めるかたわら、昭和四五年四月二〇日から同年五月一九日まで五八波の時限ストライキをもつて対抗したが、結局会社提案を受入れて同年五月一九日四五年協約を締結したことは争いがない。

(6)  <証拠>によれば、会社と本件組合とはこれと併せて、本件組合は生産性向上のため単位生産量と出勤率との向上等の会社の施策に協力する旨、会社の労働者の平均月間出勤率が九二パーセントに達した場合は本件手当の定額支給方法について検討する旨の労協を締結したことが明らかである。

(7)  この際会社と本件組合とは生休取得日数を出勤不足日数に算入する旨口頭で約束したことは前記二1で認定したとおりである。

(8)  会社が生休取得日数を出勤不足日数に算入し本件手当支給額を計算して、労働者に支給したことは争いがない。その際本件組合がこれに反対したと認めるべき証拠はない。

(9)  <証拠>によると、会社は昭和四五年七月一日と同年一二月一日とに本件組合との間で同年年末一時金の一律支給分の出勤不足日数に応じた減額措置につき、年休取得日数を出勤不足日数に算入しない旨改めた労協を結んだことが認められる。

(九) 四六年合意・約束・四六年契約(その二)

(1)  本件組合が昭和四六年三月四日会社に本件手当廃止を含む賃金改訂要求書を提出したが、会社は同年四月五日本件手当の金額を二倍に増加させることを含む賃金改訂の反対提案をしたことは争いがない。

(2)  会社が昭和四六年一四日エヌ労組との間で本件手当の金額を二倍に増加し、あらたに慶弔休暇取得日数を出勤不足日数に算入しない旨の労協を結んだことは争いがない。

(3)  本件組合が会社の右反対提案に対し引きつづき本件手当の廃止、又はその一律定額化を求め、これができなければ生休取得日数を出勤不足日数に算入しないで本件手当支給額を計算するようにすべきであると要求し、二一七波の時限ストライキを交えつつ交渉を進めた結果、昭和四六年一一月四日会社との間で口頭により、

「組合員の平均昇給額を本件手当増額分も含み女子八九四四円、男子一万一三一一円とすること

本件手当の金額を同年三月二一日以降次のように改訂すること

出勤不足日数のない場合 五〇〇〇円

出勤不足日数一日の場合 三〇〇〇円

同二日の場合 一〇〇〇円

同三日以上の場合 なし」

との合意(四六年合意)が成立したことは争いがない(但し本件組合の要求事項は<証拠>によつて認める。)。

(4)  この合意の際会社と本件組合との間で生休取得日数を従前通り出勤不足日数に算入し、慶弔休暇取得日数をこれに算入しない旨をも口頭で約束したことは前記二2で認定したとおりである。

(5)  <証拠>によると、本件組合は本件手当につき前記合意及び約束を与えたものの、かような賃金体系は生休完全取得上支障を来し女子労働者の権利を侵害するものであるとの立場から、さし迫つた昭和四七年度賃金改訂交渉の際及びこの問題を法律上の争いとして裁判所に訴える際、事態を自己の立場に副つて有利に展開させるためには右合意及び約束中本件手当関係部分を文書化して労協とすることは不適当と考えたことが認められる。

(6)  そこで会社と本件組合とは前記合意の昇給額に含まれている本件手当増額分を口頭の合意にとどめ、前記生休取得日数の出勤不足日数への算入の約束とあわせて文書化せず、右昇給額から本件手当増額分等を除外した上、組合員平均昇給額を女子五九七六円、男子八二〇六円とする旨及び本件手当について昭和四七年度賃金改訂期に本件組合の意向を考慮して再検討する旨の各文言を記載した労協を締結したことは争いがない。

(7)  会社が昭和四六年一一月二五日生休取得日数を出勤不足日数に算入して計算した本件手当支給額を女子組合員に支給したことは争いがなく、<証拠>によると、受給者はいずれも異議を述べなかつたことが認められる。これにより控訴人らが四六年合意及びこれと同時になされた約束に従い四六年契約(その二)を結んだことは前記二4で認定したとおりである。

(一〇)  その後の会社の出勤率向上対策

<証拠>によると、会社は昭和四五年一二月一日と昭和四六年七月七日に重ねて本件組合との間で昭和四六年夏期一時金の一律支給分につき慶弔休暇取得日数を出勤不足日数に算入しないように改めた労協を結んだが、生休取得日数は従前通り算入する取扱のままであることが認められる。

<証拠>によると、会社は昭和四九年六月二八日本件組合との間に同年夏期支給の特別手当金につき年休と慶弔休暇との取得日数を出勤不足日数に算入しないように改めた労協を結んだことが明らかである。

栗田社長が昭和五〇年一月年頭のあいさつで控訴人ら主張のようなことを述べた事実を認めるに足りる証拠はない。

(一一) 生休取得に伴う不利益

(1)  会社が生理一回当り二日間に限り、生休取得者に基本給相当額を不就業手当として支給しており、その額は一日当り控訴人清水一五五六円、同菊地一四九二円、同西川一四六〇円、同浅倉一五一〇円であることは争いがない。

(2)  前記各事実によれば、女子組合員は年休(昭和四六年三月二一日からそのほかに慶弔休暇)以外の理由による欠勤(生休によるものも含む。)第一、第二日目につき一か月当り、同年同月二〇日までは各一〇〇〇円、その翌日以降各二〇〇〇円、第三日目につき同年同月二〇日までは各五〇〇円その翌日以降各一〇〇〇円本件手当の減少をみるのであつて、控訴人らについては一日当り右減少額は前記基本給日額をこえる場合を生ずることが明らかである。

(3)  本件手当が時間外勤務手当計算の基礎に算入されるので、一か月に二日生休を取得する者の時間外勤務手当の単価は一時間当りそのために二六円の減少をみることは争いがない。

(4)  夏期一時金と年末一時金とのそれぞれ一律分と査定分とに分れること、一律分は基本給に家族手当を加えた合計月額にその都度労協で定める一定月数を乗じ、さらに出勤不足日数に応じて定まる支給率を乗じて算出されること、生休取得日数は出勤不足日数に算入されるから、かりに毎月二日宛生休を取得すると、これを取得しない場合に比し一率支給分は8.1パーセント減額されるが、これを昭和四七年一二月支給の年末一時金についてみると平均六七八二円余の減額となることは争いがない。

(5)  夏期及び年末の各特別手当金は出勤日数に応じて算定され、生休取得日数は出勤不足日数に算入されるので、毎月生休を二日宛取得すると、これを取得しない場合に比し、支給のつど六五〇〇円の減収をみることは争いがない。

(一二) 本件手当等の創設及び運用の目的

(1)  前記認定事実及び<証拠>によると次の事実が認められる。

会社(ただし、合併前は日本篩絹株式会社)の豊田工場における女子組合員の出勤率は逐年低下し、生休取得率・生休を含まない欠勤率は逆に上昇の一途をたどつている。これを年別に見ると次表(ただし、昭和四〇年までは豊田工場の女子作業員全員、昭和四二年は二月二一日から一一月一〇日までの間豊田、八王子両工場の女子作業員全員、昭和四三年以降は三週間以上の長期欠勤者を除外した女子組合員についての調査結果によるものである。)のとおりである(率はいずれもパーセントで示す。)。

昭和年

出勤率

生休取得率

生休を含まない

欠勤率

三七

九四・七

〇・八

四・四

三八

九一・六

三・七

四・九

三九

八八・六

四・八

六・五

四〇

八六・三

五・六

七・九

四一

不  明

四二

八四・七

不  明

四三

八一・八

六・四

一一・七

四四

八一・一

六・五

一二・二

四五

七七・一

七・三

一五・五

四六

七五・〇

七・六

一七・二

エヌ労組の女子組合員の出勤率は昭和四六年ころ九四パーセント(男子は九六パーセント)であつた。

このほか作業能率の低下等も原因となつて生産性低下し、会社の経営は悪化して事業の維持も危ぶまれる情況に陥つたが、他の繊維業者の労働者の出勤率は九三パーセント程度を保つていたから、会社はこの点でも競争上不利益を受けることは明らかであつた。

会社はその打開策として、昭和四二年一一月前記掲示を行い、本件組合に対し生産性向上のための単位生産量、出勤率の増加に協力方を要請し、その旨の労協を結ぶほか、始業時刻における点呼を行い出勤簿を廃止するなどの措置をとり、生休の有給二日間を連続した二日間に限り、本件組合をして女子組合員に対し休日をはさんだ生休二日間取得を自制させ、これと並行して期末一時金の算定方法の改訂と特別手当金の新設及び改訂等により欠勤者に賃金上の不利益を及ぼすようにしたが、出勤率は更に低下し、ついに本件手当の新設にふみ切つたものの、その効果顕れず、その金額の倍増を実施した。

会社は出勤率の向上対策の実施に当り、当初は年休・生休・慶弔休暇・病気その他の理由による欠勤(以下病気その他の理由による欠勤を自己都合欠勤という。)を対象としたが、年休は有休を保障されており、慶弔休暇は回数少なく大勢に影響ないので、期末一時金・本件手当・後に特別手当金につき年休と慶弔休暇との取得日数を順次出勤不足日数に算入しない措置をとつた。

このように会社は出勤率向上対策の焦点をすべての欠勤から順次生休と自己都合欠勤とに絞つてきた。

ところで生休と自己都合欠勤との割合は、昭和四一年九月二一日から昭和四二年一月二〇日までの間は生休の方が大きいが、昭和四八年四月ないし六月の間は自己都合欠勤の方が大きいので、昭和四六年までに限つてみてもいずれの方が圧倒的に大きいとも断言できず、出勤率向上のためには、両者の減少をはかるほかはなかつた。

以上の事実が認められ、<証拠判断省略

(2)  生休取得日数を出勤不足日数に算入する前記約束によると、一か月の間に生休を取得しながら自己都合欠勤をしなかつた又はその欠勤が一日か二日である者については生休取得ゆえに本件手当を減額されるが、自己都合欠勤三日以上の者については生休を取得しても、本件手当減額が生休取得ゆえとは断定できない。前記のように組合員の出勤率が昭和四六年に平均七五パーセントに低下しているが、これは一か月の所定労働日数が二五日間である場合、一人平均出勤不足日数6.25日であることに帰着し、右平均側にある者ですら年休及び慶弔休暇取得日数一日(<証拠>によると会社の労働者の年休は前年度出勤率及び勤続年限に応じ一か年三日から二〇日迄である。)とすれば、生休を二日取得しても自己都合欠勤三日となり、本件手当減額が生休取得ゆえとは断定できない筋合である。

本件手当の賃金総額中に占める割合は、その金額の倍増以降ますます大となつたが、さればとて、前記の諸事情に大きな変化があつたと認めるに足りる証拠はない。

(3)  <証拠>によると、会社は本件組合の女子組合員の出勤率向上の目標を九二パーセントとしているが、これは一か月所定労働日数を二五日として、たまたま所定労働日に生理による障害のため二日間の生休を取得したとしても、自己都合欠勤をしなければ達成できるところであり、かりにこれを会社の全労働者の出勤率向上目標とすれば、エヌ労組の組合員が男子九六パーセント、女引九四パーセントの出勤率を維持する限り、本件組合の女子組合員の出勤率が八八パーセント程度であつても、達成可能の目標であることが認められる。従つてこの目標設定をとらえて生休抑圧を目的とするものとは断定できない。

(4)  しかも女子組合員の生休取得状況をみれば、その中に労基法六七条所定の要件を欠くものがかなりあつたと推認されることは前述のとおりである。

(5)  このようにみてくれば、本件手当創設及びその金額倍増の目的は、不適法な生休のほか自己都合欠勤も減少させ、もつと出勤率の向上をはかるにあつたというべきであある。これが生休一般の不行使を奨励する趣旨であつたとは断定できない。

(一三)  他企業との比較

(1) <証拠>によると、豊田工場の所在する三多摩地方の繊維工場・衣服製造業中会社を含む従業員数一五人から三〇〇人までの間の企業における昭和四五年七月三一日現在皆勤手当と精勤手当との各最高額は三〇〇〇円と二〇〇〇円、各平均額は一三八七円と八六一円、各最低額は三〇〇円と二〇〇円であることが認められる。

<証拠>によると、東京都内の会社を含む常傭従業員数三〇人以上三〇〇人未満、資本金五〇〇〇万円未満の製造業における昭和四六年七月三一日現在皆勤手当と精勤手当との各最高額は一〇〇〇〇円と五二一〇円、各平均額は二六九〇円と二一九〇円、各最低額は五〇〇円と四五〇円であることが認められる。

(2) <証拠>によると、繊維労連に加入する各労働組合のうち五一の組合につき昭和五一年頃調査した結果は、組合員が生休取得日の賃金の支給を受けている五〇組合の大半につき、それが一日のみであり、一三組合につき二日に及び、そのうち七組合につき二日とも賃金の一〇〇パーセントを受けていること、二四組合が組合員において精皆勤手当を受け、うち一三組合が生休取得日出勤扱い、一一組合が欠勤扱いであり、五一組合が組合員において一時金を受けているが、うち三四組合が生休取得日出勤扱い、一七組合が欠勤扱いであることが認められる。

<証拠>によると、全織同盟綿紡・麻・生糸の各部会に加入している労働組合は昭和四九年七月から一二月までの間組合員において、生休取得二日間とも賃金の八〇ないし一〇〇パーセント相当額の給与を受けているものが殆どであることが認められる。

(3) 会社の賃金水準が同業他社に比し格段に低いと認むべき証拠はない。

(4) これらによれば、会社が生休取得日を有給としていることは他にもその例が多く、その支給割合も他に例は乏しくない、また会社の支給する本件手当の額及びその賃金に占める割合も他企業に比べて著しく高いとはいえず、本件手当・一時金等の支給に当り、生休取得日を欠勤扱いとすることも他の企業においても屡みられるところであるといえる。

3  結論

(一) 生休取得日の賃金に関する労基法等の趣旨

(1)  労基法六七条は、同条所定の要件を充足する者が所定労働日に生休を請求したとき、使用者はその者を就業させてはならない旨を規定しているが、その法意は、女子の健康保持のためその生理時の就業を制限し、これによる労務不提供に対し債務不履行の責を免れさせることに尽きるのであつて、さらに進んでこの労務不提供にもかかわらず賃金の支払いを使用者に命じ、あるいは何らかの関係において生休取得日を出勤したものとみなすべきことをも含むものではないと解するのを相当とする。すなわち同法三九条四項が年休を有給と定め、同法七六条一、二項が業務上の災害による労務不提供に対し平均賃金の六〇パーセントに当る休業補償の支払を使用者に命じているのに反し、同法は生休についてはかような規定を欠き、また同法三九条五項が年休取得の要件を定めるに当り業務上災害及び産前産後の休業期間を出勤したものとみなしているが、同法は生休についてこのような規定をおいていないことからみても、前記の結論は明らかである。

労基法一条二項は当事者に同法所定の基準を理由として労働条件を低下させることを禁じ、その向上を図ることを要請するにとどまり、生休取得日につき賃金を支払うことを求める趣旨ではないと解される。

従つて労基法は全体として生休取得日につき賃金を保障していないし、又賃金支払を禁じているわけでもないから、その選択を民法及び当事者の合意に委ねていると解すべきである。

(2)  民法によれば、女子労働者が生休取得により労務を提供しないのは、生理現象という労働者使用者双方の責に帰すべからざる事由を主因とする履行不能にあたると考えられるから、当該女子労働者は同法五三六条一項によりその反対給付すなわち労務提供の対価たる賃金を受ける権利を有しないし、また同条は反対の合意を禁ずるものではないと解するのを相当とする。

(3)  かように生休取得日につき賃金を支払うべきか否かをもつぱら当事者の合意に任すのが労基法及び民法の建前である。

(4)  使用者が労働者の出勤率の向上により生産性の改善を図ることは企業目的達成のため必要な措置として是認さるべきことであるが、そのための手段方法は労働者の諸権利との関係で自ら制約を受けると解するのが相当である。出勤率向上対策の一つとして生休取得日につき賃金上の措置をとることについても同様である。従つて使用者において労働者が事実上生休を取得できないとかこれが著しく困難となるような措置を講じ、そのため生休の権利が有名無実となる事態を生じさせるごときは許されないというべきである。

(二) 会社における生休取得日の賃金

会社は女子組合員に対し生休取得二日間に限り基本給相当額を不就業手当として支給しているから、会社はその限度では生休取得日の賃金を支給しているといえる。

本件手当は女子組合員が一か月間を通じ出勤不足日数を三日以内にとどめるような態様で労務を提供したとき、その対価として出勤不足日数による区分に応じて異る金額をもつて支払われる金員であるから、労基法にいう賃金であり民法五三六条一項にいう反対給付にあたる。

(三) 生休取得日数の出勤不足日数への算入の可否

(1)  本件手当創設及びその金額倍増の目的は、不適法な生休と自己都合欠勤とを抑制することにより、出勤率の向上を図るにあたり、生休一般の不行使を奨励する趣旨にあるといえないことは前述のとおりである。

(2)  生理日に出勤する者のみに対し特別手当を支給することが違法であるかどうかはともかくとして、本件手当は生休を取得せず、自己都合による欠勤をしない者等に対して与えられる賃金であるから、右の如き特別手当にも該当しない。

(3)  生休は女子労働者の権利ではあるが、労基法が有給を保障し又は無給を禁止しているわけではないから、たまたま生休取得者に本件手当を支給せず又はこれを減額する結果となり、生休取得を抑制するとの事態が生じたとしても、そのことから直ちにかような不支給等の措置を違法であるとは解し得ない。

(4)  生休取得者は期末一時金・特別手当金・時間外勤務手当についても生休取得日数等に応じ前記減額措置を受けるけれども、期末一時金・特別手当金は出勤状況と関連させて支給額の定まる賃金であるから、法が生休取得日を右のような手当についても有給とする旨定めていないし、無給を禁じてもいない以上、右減額措置は違法といえず、又時間外勤務手当の単価をいかに定めるかは労基法に反しない限り当事者の合意によつて定めうるところ、右減額措置が同法に反するとはにわかに断定できない。

(5)  しかも生休取得日につき支給される前記不就業手当の金額とその他の賃金額及び本件手当を含む前記各手当の減収額につき前記のように検討した結果によれば、このような経済的不利益により女子労働者が生休を事実上取得できなくなるとは考えられない。

(6) 生休取得日数を出勤不足日数に算入することが、生休取得者に対し本件手当を減額する結果になつたとしても、前記説明から明らかなとおり、これが生休取得者に対する制裁・懲罰・損害賠償の予約と同視すべきものとなるとはいえないから、これをもつて労基法九一条の精神に反するとは解されない。

(7) 会社が本件手当を創設しその支給に当り生休取得日数を出勤不足日数に算入している措置は、本件手当等に関する前記認定の経緯によれば、会社が本件組合とエヌ労組との間に差異を設けて本件組合の女子組合員に対する差別待遇をしたものとはいえず、また本件組合の運営に対する支配介入をしたものとはいえないから、結局これが労組法七条一、三号に違反するとは解されない。

(8) なお、女子労働者が所定労働日に生休を請求したからといつてこれが所定労働日でなくなるものではなく、請求者の就業義務が免除される結果所定労働日ではあるが労務不提供の責を免れるにすぎない。

(9)  以上説明したとおり、生休取得日数を出勤不足日数に算入する旨の約束はこれを無効とすべき理由はない。換言すれば本件では不算入の合意がないことに帰着する。

四結論

かような次第で、控訴人らは、昭和四六年一一月分の本件手当につき、その各生休取得日数二日を出勤不足日数に算入することが適法である関係上、各自本件手当として一〇〇〇円を請求する権利を取得したにすぎず、すでにその全額についてはその履行期である同年同月二五日に弁済を得たことは控訴人らの自認するところであるから、控訴人らの請求を棄却した原判決を相当として、本件控訴を棄却し、控訴費用は敗訴した控訴人らに負担させて、主文のとおり判決する。

(川島一郎 沖野威 小川克介)

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