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東京高等裁判所 昭和49年(う)1582号 判決 1975年2月20日

控訴人 検察官

被告人 西秋宏

弁護人 池田操

検察官 大村行雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四月に処する。

理由

本件控訴の趣意は、水戸地方検察庁下妻支部検察官検事清水孝一提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

一  控訴趣意一(法令適用の誤りの主張)について。

所論は、原判決は、原判示第二の酒酔い運転の罪と業務上過失傷害の罪を観念的競合の関係にあるとし、これと同第一の無免許運転の罪、同第三の一の救護義務違反の罪及び同第三の二の報告義務違反の罪が併合罪であるとして、右の酒酔い運転の罪と業務上過失傷害の罪につき一罪として業務上過失傷害の罪の刑で処断することとしたうえ禁錮刑を選択し、無免許運転の罪につき罰金刑を、救護義務違反の罪及び報告義務違反の罪につき懲役刑をそれぞれ選択して併合罪の加重をし、主文の刑を言い渡しているが、酒酔い運転の罪は業務上過失傷害の罪と併合罪の関係にあり、他方無免許運転の罪とは観念的競合の関係にあると解すべきであるから、原判決は法令の適用を誤つている。そして、右の酒酔い運転の罪と無免許運転の罪は一罪として重い酒酔い運転の罪の刑で処断すべきところ、原判決は無免許運転の罪につき罰金刑を選択して主文の刑を言い渡しているから、原判決は処断刑でない罪につき刑の言渡しをしたことになり、原判決の法令適用の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで検討すると、原判示第一の無免許運転の罪と同第二の酒酔い運転の罪とは、一個の車両運転行為が同時に右両罪に該当する場合であるから観念的競合の関係にあると解すべきであり、他方右の酒酔い運転の罪とその運転中に行なわれた業務上過失傷害の罪とは、酒に酔つた状態で運転したことが本件過失の内容をなしている場合であるけれども、社会的見解上は別個のものと評価すべきであるから、右両罪は併合罪の関係にあると解すべきである。従つて、原判決には所論の指摘するとおり法令の適用に誤りがある。そこで、さらに右の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるか否かについて考えるに、原判決の見解に従つて法令を適用すると、無免許運転の罪についてだけ罰金刑を選択したのであるから、その処断刑は、四年六月以下の懲役と五万円以下の罰金となるが、仮りに無免許運転の罪について懲役刑を選択した場合は、その処断刑は、四年六月以下の懲役となる。これに対し、前記のとおり正当に法令を適用すると、その処断刑は、観念的競合の関係にある無免許運転の罪と酒酔い運転の罪につき科刑上の処理をしたうえ、これについて罰金刑を選択した場合は、四年六月以下の懲役(業務上過失傷害の罪については原判決と同じく禁錮刑を選択する。)と五万円以下の罰金となり、懲役刑を選択した場合は、四年六月以下の懲役となる。以上によれば、罪数についていずれの見解をとつても処断刑に変りがないことになる。そうとすると、原判決の法令適用の誤りは、いまだ判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえないから、論旨は理由がない。

二  控訴趣意二(量刑不当の主張)について。

所論は、原判決は被告人を懲役七月及び罰金三万円に処したうえ右懲役刑について刑の執行を猶予したが、本件犯情にかんがみると右の量刑は著るしく軽きに失し不当であるというのである。

そこで記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて考察するに、本件は、被告人が無免許でしかも酒に酔つた状態で軽四輪自動車を運転し、酔いのために前方注視が困難になつたのに運転を中止せず、そのまま運転を継続した過失により、道路の左側で車を停めてタイヤを交換していた被害者を約九・五メートルに近づいて発見し右転把したが間に合わず、自車を同人に衝突させて転倒させ、同人に対し加療約一〇日間を要する腰部等の打撲傷を負わせる交通事故を起こしたのに、同人を救護する義務をつくさずかつ法所定の事項を警察官に報告しなかつたものである。そして被告人が車を運転することになつたのは、車を運転していた友人が酩酊したためであるが、被告人らは車を運転しているのに自制することなく飲酒を重ねたものであり、また帰宅するためには他にいくらも方法があつたのであるから、本件運転の動機に格別酌むべき事情があつたとはいえない。しかも被告人は運転時呼気一リツトルにつき一・〇〇ミリグラム以上のアルコールを保有していたものでその酔いの程度は高く、走行距離も九キロメートルに及んでいる。このような事案の性質・態様のほか、被告人が本件の一ケ月前に無免許運転幇助の罪で罰金一万円に処せられていることを考え合わせると、被告人の刑責は重く、被告人の年齢、反省の態度等被告人に有利な事情を十分斟酌しても、原判決が右懲役刑につき刑の執行を猶予したのは量刑軽きに失し不当であると判断される。それで論旨は理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い当裁判所においてさらに次のとおり裁判をする。

原判決が確定した事実に法令を適用すると、原判示第一の所為は道路交通法一一八条一項一号、六四条に、同第二の所為中酒酔い運転の所為は同法一一七条の二第一号、六五条一項に、業務上過失傷害の所為は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、同第三の一の所為は道路交通法一一七条、七二条一項前段に、同第三の二の所為は同法一一九条一項一〇号、七二条一項後段にそれぞれ該当するが、右の無免許運転の所為と酒酔い運転の所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い酒酔い運転の罪の刑で処断することとしたうえ懲役刑を選択し、業務上過失傷害罪については禁錮刑を、原判示第三の一及び二の各罪については懲役刑をそれぞれ選択し、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により最も重い原判示第三の一の罪の懲役刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内で前記の情状を考量して被告人を懲役四月に処することとする。

よつて、主文のとおり判決をする。

(裁判長裁判官 寺尾正二 裁判官 丸山喜左エ門 裁判官 田尾健二郎)

検察官清水孝一の控訴趣意

原判決は、罪となる事実として、公訴事実どおり、第一無免許運転、第二酒酔い運転および業務上過失傷害(酒酔いによる運転中止義務違反を過失の内容とするもの)、第三、一負傷者不救護、二警察官に対する事故不申告の各事実を認定したうえ、検察官の被告人に対する懲役八月の求刑に対し、被告人を懲役七月、執行猶予三年および罰金三〇、〇〇〇円(労役場留置一日一、〇〇〇円換算)に処する旨の判決を言い渡した。

しかしながら原判決は、以下に述べるとおり、法令の適用を誤り、かつ刑の量定が、著しく軽きに失し不当であるから、到底破棄を免れないものと思料する。

一、法令適用の誤りについて

原判決は、判示第二の事実中、酒酔い運転の罪と業務上過失傷害の罪を観念的競合として刑法五四条一項により、重い業務上過失傷害の罪で処断することとしたうえ、判示第一の無免許運転、判示第二の業務上過失傷害、判示第三の一の負傷者不救護、同二の警察官に対する事故不申告の各罪を刑法四五条前段の併合罪としたが、原判決が、右酒酔い運転の罪と業務上過失傷害の罪を観念的競合とした点は、昭和四九年五月二九日最高裁判所(大法廷)言い渡しの昭和四七年(あ)第一八九六号事件判決に違背し、法令の適用を誤つたもので、右酒酔い運転の罪と業務上過失傷害の罪は併合罪と認めるべきものであり、また、原判決が、右無免許運転の罪と酒酔い運転の罪を併合罪とした点は、同日同裁判所(大法廷)言い渡しの昭和四六年(あ)第一五九〇号事件判決に違背し、法令の適用を誤つたもので、右無免許運転の罪と酒酔い運転の罪は観念的競合と認めるべきものである。

従つて、本件は、先ず、判示第一の無免許運転の罪と判示第二の酒酔い運転の罪を観念的競合として、刑法五四条一項により重い判示第二の酒酔い運転の罪で処断し、さらに判示第二の酒酔い運転、業務上過失傷害、判示第三の一および同二の各罪を刑法四五条前段の併合罪として処断すべきものであるところ、原判決は判示第一の無免許運転の罪につき所定刑のうち罰金刑を選択して前記の刑を言い渡したもので、右は処断刑でない罪につき刑の言い渡しをしたことになり、右法令適用の誤りが判決に影響を及ぼすことは明白である。

(その余の控訴趣意は省略する)

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