大判例

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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)870号 判決 1974年8月29日

控訴人

飯島興業株式会社

右訴訟代理人

三野昌治

外一名

被控訴人

有限会社竜王堂

右訴訟代理人

舟橋諄一

外二名

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金三二万円及びこれに対する昭和四六年五月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その四は控訴人の負担とし、その余は被控訴人の負担とする。

この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一六〇万円及びこれに対する昭和四六年五月一一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、左記に訂正、付加するほか原判決事実摘示のとおりであるからここに引用する。

(訂正)《省略》

(控訴人の主張)

(一)  控訴人が支払を約定した金一六〇万円は、停止条件付賠償予定としての建物消却費であつて、無条件の支払債務ではない。

右債務の発生は、「契約違反による解除、三カ月分以上の賃料不払による解除、解約権留保による解約」(乙第一号証の賃貸借契約書第一〇条所定の事由)(以下、第一〇条所定の契約終了事由という。)の場合に限定される。当事者双方の責に帰すことのできない目的物の給付不能、合意解約及び期間満了の事由による契約終了は、右債務発生の条件とはされていない。本件賃貸借契約の終了は、本件建物が東京都地下鉄一〇号線建設工事の施工により取毀されることとなり、同建物内の賃借室が賃貸借の目的とならなくなつたため、賃貸人たる被控訴人が控訴人にこの間の事情を訴えたことから、控訴人は、当時盛業中であり、かつ、賃借期間の多くが残存しているにもかかわらず、被控訴人の申出を諒として本件店舗部分を明渡したのである。右のごとき契約の終了は、契約当初において当事者双方の予想しなかつたことであり、第一〇条所定の契約終了事由には該当しない。

(二)  また、前記金一六〇万円は建物消却費すなわち建物毀損のある場合の補償金であつて、賃貸権の対価である権利金ではない。建物毀損の事実がないから支払義務はない。

(三)  被控訴人は昭和四五年五月中控訴人に対して本件店舗部分の明渡を懇請したが、当時控訴人において債務不履行も建物毀損の事実もなかつたので、建物毀損補償としての部分を包含する敷金金額の返還を約した。

(被控訴人の主張)

控訴人の右主張はいずれも否認する。

(当審における新たな証拠)《省略》

理由

一控訴人が昭和四二年五月一〇日被控訴人から本件建物のうち本件店舗部分を期間五年の約で賃借し、被控訴人に対し敷金として金七〇〇万円を交付したこと、本件賃貸借契約は、本件建物が東京都に収用され取毀されることとなつて存続できなくなつたため、昭和四五年五月一日付の被控訴人からの申出によつてこれを終了することとし、控訴人は昭和四六年五月一〇日本件店舗部分を明渡し、被控訴人から前記金七〇〇万円のうち金五四〇万円の返還を受けたこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。

二控訴人は、右七〇〇万円の残金一六〇万円についても、控訴人返還すべきものである旨主張し、被控訴人は、当事者間の契約によりこれを取毀したものである旨主張するので、以下この点について判断する。

1  <証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件賃貸借契約は第五商事株式会社の仲介により、昭和四二年五月初めに下交渉があつた後、同月一〇日に貸店舗賃貸借契約書(乙第一号証)(以下本件契約書という。)を作成して契約が締結され、同年六月七日に、本件契約書とほぼ同旨の内容の賃貸借契約公正証書(甲第一号証)(以下公正証書という。)が作成された。

(二)  本件契約書においては、賃貸借の目的を飲食店営業(第一条)、期間を昭和四二年五月一〇日から昭和四七年五月九日までの満五ケ年(第二条)、賃料を一カ月金一五万円(第三条)と定めているほか、第一二条において、「控訴人は敷金として金七〇〇万円を無利息にて被控訴人に預け入れるものとする。右敷金は本契約終了解約並びに途中解約の場合、控訴人が賃借室を完全に被控訴人に明渡し本契約上の一切の義務を完了した後に返還するものとする。」旨、第一三条において、「控訴人は本契約の終了並びに解約の場合敷金七〇〇万円のうちから金一六〇万円を建物消却費として被控訴人に支払わなければならない。」旨、また、第一〇条において「本契約解除並に契約終了事由は左の通りとする。一、控訴人に於て本契約に違反したるときは直ちに本契約を解除することが出来る。二、控訴人が賃料の支払いを三カ月以上怠つた時は直ちに賃借室の明渡を請求することが出来る。三、賃貸借期間内に解約しようとするときは被控訴人は六カ月前に、控訴人は三カ月前にそれぞれ相手方に対し書面で予告しなければならない。」旨定めている。

(三)  本件建物は昭和三五年に建築され、その当時から被控訴人は本件建物の各部屋を他に賃貸したが、その契約書には、金額は別としていずれも大体右(二)認定と同趣旨の約定がなされていた。

(四)  本件契約書第一三条に定める建物消却費の意味について、被控訴人会社は、建物、機械がいたんだりするので、それを補う意味で契約終了時に賃借人からもらう趣旨に理解しており、賃借権の自由譲渡を認める対価である権利金とは理解していない。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  本件金一六〇万円は、敷金七〇〇万円の一部として賃貸借成立の際控訴人から被控訴人に交付されたものであるが、本件契約書第一三条の定めによつて、賃貸借の「終了並びに解約」の場合は建物消却費として被控訴人に支払わなければならない。」、すなわち右一六〇万円は敷金と異る性格を有する建物消却費として一六〇万円全額被控訴人の所得に帰し、被控訴人は控訴人に返還義務はなくなるとされている。

控訴人は右建物消却費をもつて建物毀損のある場合の補償金という停止条件付賠償予定であると主張し、被控訴人は権利金であると反論する。この点につき、前記1の認定事実を基礎として本件契約書(乙第一号証)の趣旨を解釈するならば、建物及びその附帯設備の用法に従つて生ずる自然損耗その他の価値減少に対する補償であると解するのが相当である。したがつて、その性質は建物の使用に対する対価すなわち賃料の一種ということになる。本件契約書によれば、月額一五万円の賃料の支払義務を定めているが、右定期的に支払う賃料のほか、さらに契約終了の際一時に支払う賃料を定めても違法ではなく、前記建物消却費としての一六〇万円はまさにこの一時に支払う賃料であると解せられる。<証拠判断省略>

3  控訴人は、本件金一六〇万円を支払う義務の発生は第一〇条所定の契約終了事由の場合に限定されると主張する。しかし賃貸借契約終了に関する本件契約書の第一〇条、第一二条、第一三条の定めを検討すると、その文言は必ずしも統一的でなく正確さを欠いており、さらに前記認定事実に照すと、控訴人主張のように第一〇条所定の契約終了事由に限定する根拠がない。<証拠判断省略>

4 本件金一六〇万円の建物消却費は、本件契約書第一三条の文言によれば、賃貸借契約終了並びに解約の場合には、使用期間に関係なく全額を支払うよう定められている。したがつて賃貸借の期間満了前に合意解約がなされた場合には、特別に合意のない限り全額が被控訴人の取得するところとなるが、しかしさきに述べた建物消却費の性質から考えると、本件のように建物が東京都に収用され取毀されるため合意解約になつた(この点当事者間に争がない。)場合は、なんら当事者双方の責に帰すべき事由がなく、やむなく賃貸借契約を終了させなければならない事情にあつたのであるから、通常の場合と異なり、本件契約書第一三条の文言どおり一六〇万円全額を控訴人に負担させることは、当事者間の負担の公平を欠くものというべきである。したがつて本件では、控訴人が本件建物を占有使用した期間が昭和四二年五月一〇日から昭和四六年五月一〇日までの四年間(一日分は切捨てる。)であることは当事者間に争いがなく、この四年間は本件賃貸借期間の五分の四に当るから、控訴人は右金一六〇万円の五分の四に相当する金一二八万円を建物消却費として被控訴人に支払う義務があると解するのが当事者間の公平を図る上から相当である。したがつて、被控訴人の本件契約書第一三条にもとづく主張は、右金一二八万円の限度で理由があり、その余の部分は失当というべきである。

5  次に、控訴人は、被控訴人は本件金一六〇万円を法律上の原因なく利得し、控訴人に同額の損失を与えている旨主張する。この点につき、前記認定のとおり、被控訴人は本件契約書第一三条の規定により、右一六〇万円の内金一二八万円については建物消却費として取得する権限があつたのであるから、右一二八万円の部分についての控訴人の右主張は理由がない。しかし、残金三二万円については、被控訴人がこれを取得すべき法律上の原因がなく、控訴人はそれによつて同額の損失を蒙つていることになるから、被控訴人は控訴人に対して右金三二万円を返還すべき義務があることになり、その限度で控訴人の右主張は理由があるというべきである。

6  また、控訴人は、被控訴人が控訴人に対して本件店舗部分の明渡を懇請した際、建物毀損補償としての部分を包含する敷金全額の返還を約した旨主張するが、これを認めるべき証拠としては、成立に争いのない甲第二号証並びに原審及び当審証人渡辺良介の各証言以外にはないところ、右各証拠をもつてしても控訴人の右主張を認めるに足らないから、右主張は採用できない。

三叙上の次第であるから、被控訴人は控訴人に対して、本件金一六〇万円のうちから金一二八万円を控除した残金三二万円及びこれに対する控訴人が本件店舗部分を明渡した日の翌日である昭和四六年五月一一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があることになり、したがつて、控訴人の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分に失当であるからこれを棄却すべきところ、控訴人の本訴請求を全部棄却した原判決は失当であるからこれを取消し、民事訴訟法第九六条、第九二条、第一九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(上野宏 日野原昌 布井要太郎)

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