東京高等裁判所 昭和47年(行コ)44号 判決 1980年4月30日
昭和四七年(行コ)第四四号事件
控訴人(原審被告)
公共企業体等労働委員会
右代表者会長
中西實
右指定代理人
船岡實
外五名
昭和四七年(行コ)第四五号事件
控訴人(原審参加人)
国
右代表者法務大臣
倉石忠雄
右訴訟代理人
濱秀和
右指定代理人
城谷昌雄
外二名
昭和四七年(行コ)第四四、第四五号事件
被控訴人(原審被告)
全逓信労働組合
右代表者中央執行委員長
石井平治
右訴訟代理人
仲田晋
同
秋山泰雄
主文
原判決中控訴人公共企業体等労働委員会敗訴の部分を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用(参加によつて生じた費用を含む。)は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一被控訴人は、郵政大臣及び新宿郵便局長を被申立人として、原判決別紙命令書中理由第1所掲の各事項(1ないし3)を不当労働行為として、控訴人委員会に対し、(1)速やかに原状回復の措置を執ること、(2)今後一切この種の不当労働行為を行わない旨の誓約及び右不当労働行為に対する陳謝の意を掲載することの救済命令の申立てをしたところ、同控訴人は、昭和四二年二月一三日右申立てを棄却する旨の本件命令を発し、この命令書の写しは、同月一五日被控訴人に交付されたこと、並びに、右申立棄却の理由は、当審における審判の対象たる原判決主文第一項所掲の各事項についていうと、そのうち(1)ないし(6)の点はいずれも不当労働行為を構成しないとし、同じく(7)の点は救済命令を発する必要がないとするものであること、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二控訴人委員会の本件命令中右(1)ないし(7)の諸点に関する適法・違法の審査に入る前に、被控訴人の救済命令申立てに至るまでの背景的な事実関係につき検討するに、<証拠>を総合すると、
1 新宿郵便局においては、既に昭和三八年の年末闘争のころから、被控訴人新宿支部の組合活動の在り方に批判的な勢力が同支部組合員の中に芽生えていたが、昭和三九年の年末闘争を経て翌四〇年四月の春闘のころに至ると、新宿郵便局の職場を明かるくすることを標榜する一部有志の呼掛けにより、同支部の活動に対する批判的勢力が新生会というグループを結集し、最近における同支部の運営と行動には常軌を逸し看過し得ないものがあるとして、メンバーのほとんどが被控訴人から脱退した上郵政労に加入し、同年六月一日には郵政労新宿支部を結成したこと。
2 これらグループの主張は、要するに被控訴人新宿支部の闘争は、独走する組合幹部が指導する非民主的なもので、いたずらに闘争を事とし、業務の運営を阻害して能率の低下を目指すものであつて、かくては公衆に迷惑を及ぼし、世論の支持も得られないし、また、労使の対立を激化させて、陰惨な職場を作り出すものであるから、このような方針には断固反対するというのものであること。
3 当時の新宿郵便局長加藤秀松が着任した昭和三九年七月ごろ、同郵便局には郵便物が相当滞留していたので、同局長は、職場規律を確立し、郵便業務の正常化を図ることが必要であると考え、職員に対し、勤務時間の厳守、服務の厳正などを命じたが、職場秩序の乱れは容易に改まらず、加藤局長の業務命令も必ずしも素直に従われないような状態であつたため、同局長は、これらの改善に腐心していたこと。
以上の事実及びこれらの詳細は原判決別紙命令書中理由第2一記載のとおりであることを認めることができる。被控訴人は、加藤局長の講じた諸施策は、被控訴人新宿支部を弱体化させ、活動家を排除することを目的とするものであつたと主張するけれども、これを認めるに足りる確証はない。
そこで、右認定の事実関係を背景に、原判決主文第一項所掲の(1)ないし(7)の諸点につき、順次判断を進めることとする。
三五月一三日加藤局長が貯金募集打合せ会でした発言について
加藤局長が、昭和四〇年五月一三日の貯金募集打合せ会の席上、「新生会の会員の家庭を訪問して、新生会から抜け出さなければ舎宿に入れないようにするとか、脅迫めいたことが行われているらしいが、お互いに行き過ぎのないようにしなさい。」と話したこと、その他五月一〇日の職場集会会場における被控訴人新宿支部高橋書記長のけがに触れて、「このけがは、組合は吉田次長の暴行によるものであると言つているが、実は自分で郵袋につまずいて倒れたのであつて、決して次長が暴行を働いたものではない。」と話したことは、当事者間に争いがない。
被控訴人は、加藤局長は、右発言のほかに、「新生会は善良な人がやつたことで間違いではない。あなたたちも善良な人たちだから、今やつている組合の行動はよく分かるだろう。極力組合の方には行かないように。」と述べたものであると主張し、<証拠>には、被控訴人の右主張に添う趣旨の記載ないし供述部分があり、しかも、それは、年度目標達成への激励と貯金勧誘についての知人のアドバイスの紹介という専ら貯金募集に関する話の後、いきなり右の新生会の話に入つたというのである。しかしながら、右記載ないし供述部分は、<証拠>に照らして考えると、当日の加藤局長の具体的な発言をそのまま再現したものとしては直ちに採用することができないのみならず、新生会のメンバーが家庭訪問を受け脅迫めいたことまでされていることの続きとして、右メンバーも善良な人たちであるという話に及んだのであればともかく、このような前後の脈絡もなくいきなり新生会の話に入つたという右記載ないし供述部分には不自然なところがあるから、これをたやすく採用することは困難というほかはない。
もつとも、加藤局長の話は右争いのない短い発言のみで終わつたとは考えられないから、これに関連する他の発言もあつたものと認められるところ、その中には、あたかも被控訴人新宿支部と新生会とが対立していた時期であるゆえ、聞く人によつては、あるいは被控訴人のためにならない発言と受け取られるようなふしもあつたのではないかとの憶測も不可能ではない。そうすると、<証拠>中の右の記載ないし供述部分も、このような内容の何らかの発言があつたという証拠としてであれば、評価し得る余地がないでもない。しかしながら、何らかの発言というのでは具体性に乏しく、前記二の背景的事情を参酌して考えても、所詮憶測の域を出るものではない。
ところで、右に掲げた各証拠を総合すると、
1 当日の貯金募集打合せ会は年度初回のもので、年度計画等に関する課長説明に引き続き、加藤局長が拶挨に立ち、前年度は目標達成にいま一歩という惜しいところであつたが、新年度はしつかり頼むという激励に始まり、柏木居住の知人の貯金勧誘に関するアドバイスを紹介し、次いで最近の二つの出来事に言及して、職員の間に行き過ぎや誤解のないようにという右当事者間に争いのない発言をしたこと。
2 加藤局長が右の発言をした趣旨は、部下の者から、新生会のメンバーに対する家庭訪問に際し脅迫めいたことが行われている旨及び被控訴人新宿支部高橋書記長のけがの原因につき同支部が間違つたことを言つている旨の報告を受けたので、これらの点につき職員の間で行き過ぎや誤解のないよう注意しておく必要ありと判断し、貯金募集打合せ会の席を借りて、取りあえず貯金課の職員に対し、局長として、注意喚起のため右発言に及んだものであること。
を認めることができる。
局長発言の趣旨がおよそ右2のとおりである以上、その内容も、結局においては前に当事者間に争いないものとして掲げたところに尽きるものと認定するのが相当であり、加藤局長が右2の趣旨においてかかる発言をしたことは、郵便局長の立場として許されてしかるべきである。なお、その中には、新生会のメンバーに対する行き過ぎた家庭訪問のことを注意し、高橋書記長のけがの原因につき被控訴人新宿支部の言つていることを批判する事項が含まれているけれども、これは、全逓脱退・新生会加入をしようとしたことにはならない。したがつて、右局長発言をもつて、組合の運営に対する支配介入とし、不当労働行為を構成するものとすることはできない。
四五月一六日加藤局長が自宅においてした郵政労への加入のしようようについて
新宿郵便局第一郵便課清水忠蔵課長代理は、昭和四〇年五月一六日(日曜日)昼ごろ、同課臨時補充員岩崎伸義及び田中惟一郎から「局長に遊びに来ないかと言われているので一諸に案内してくれないか。」と言われ、武井亀第一郵便課長に相談したところ、「岩崎・田中と同じく大学卒の新規採用者の鈴木崇元も誘つてはどうか。」と勧められたので、右鈴木も誘つた上、同日午後七時半過ぎ「若い者を二、三名連れていく。」と加藤局長自宅に電話をし、午後八時半ごろ品川区旗の台の同局長宅に着いたところ、既に、集配課の中村清一課長代理(郵政労組合員)、斎藤幹愛、佐藤秀雄、池沢昇及び宮下敏男の四名の統括責任者(宮下は全逓組合員。他の三名は、全逓新宿支部に脱退届を出していた。)が先客として来ており、六畳の部室で酒食を並べて歓談していたこと、加藤局長は清水課長代理らを同席させ、同課長代理が「ここに集まつた者は同じ考えの者で、私と同じ第一課郵便課に勤務している者です」と紹介し、同局長は、直ぐに一同に酒を勧め、席上「郵便事業は三代しなければ一つの仕事を達成できないと私は考えている。」旨発言したこと、なお、中村課長代理ら五名の集配課職員は午後九時過ぎ局長宅を辞去し、また、清水課長代理ら四名は、午後一一時ごろ辞去し、加藤局長の息子の運転する私用車で新宿駅まで送つてもらつたこと、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
そして、<証拠>を総合すると、
1 加藤局長は、清水課長代理らが席に加わるや、まず「今日は局長と思わないで飲んでくれ。広島から届いた特級酒もある。」と言つて気分をほぐした上、世間話や各人の郷里の話をしたり、じつくり腰を据えて仕事をするようになどと先輩としての忠告や激励も交えながらもてなしたが、このような仕事に関する心構えの話の中で、「郵便事業は三代云々」という発言があり、続いて「全逓の闘争主義者たちは三代かからなければできないことを破壊する。」と発言したこと。
2 そうしているうちに、清水課長代理は、郵政労への加入届用紙をポケットから出して田中・鈴木両名に配り、「君たち三名で臨時補充員を郵政労へ入れてくれ。」と要請したところ、田中はその場でサインしたが、鈴木は「これはどういうことですか。」と尋ね、加藤局長は「これは郵政省の正規の組合だ。」と発言し、鈴木が「しばらく研究させて下さい。」と言つたのに対し、同局長は「ええ」とうなずいたこと。
3 なお、清水課長代理は、帰りの車中「新生会のバックが分かつたろう。」と述べたこと。
等の事実を認めることができる。
被控訴人は、右認定2の清水課長代理の加入届用紙配布につき、加藤局長は、武井課長とともにこれに共謀していたものであり、少なくとも事前に了解を与えていた旨主張するけれども、これを認めるべき直接の証拠はない。もつとも、同局長宅で郵政労への加入届用紙を配布するという一歩誤れば局長に累を及ぼしかねない同課長代理の行動それ自体から、同局長がこれを了解していたことを逆に推認すべきであるとい見解も考えられる。しかしながら、個人の内心の問題という非定型的な事実については、このような逆の推認をすることは一般に困難である。そうすると、右争いのない事実及び右認定の事実、更には前記二の背景的事情等をも総合して、同局長の了解という内心の事実を認定するほかはないが、そのためにはいまだ証拠不十分といわざるを得ない。けだし、これらの事実関係の下においても、清水課長代理の右行動は同局長にとつて思いもかけないとつさの出来事であつたと認められる可能性も十分にあり、本件の全証拠によつても、かかる可能性が排斥されていないからである。
このように、清水課長代理の加入届用紙配布という行動につき加藤局長が共謀し又は了解していたことは証拠上認められないのであるから、同課長代理が、いずれの組合にも属していない鈴木ら(この点は、右認定に供した各証拠により認められる。)に対するオルグ活動を行うにつき局長宅の酒食の席を利用したことは、局長に迷惑のかかつてくる軽率な行為であつたというほかなく、その際局長がこれを制止しなかつたこと、あるいは郵政労は正規の組合である旨発言したことをもつて、同組合への加入をしようようし、又は被控訴入組合の運営に支配介入したものとすることは、いまだ早計である。なお、郵便事業は三代かかる・全逓の闘争主義者たちはこれを破壊しようとする旨の局長の発言、殊に「全逓の闘争主義者」という言葉は、できれば避けるのが最善であつたには違いないが、右認定1の事実関係に右に掲げた各証拠を総合すると、局長の発言の趣旨は、訪ねてきた若い新入職員たちと膝を交えて歓談しながら、先輩の一人として、じつくり腰を据えて仕事をするようにと忠告し激励しようとしたものと認められるから、右の語句のみをとらえて被控訴人組合の運営に対する支配介入とするのは当を得ない。
ほかには、加藤局長の当夜の自宅における発言等については、前記二の背景的事情を考慮に入れても、これを郵政労加入のしようようないしは被控訴人組合に対する支配介入と目すべき点は見いだし難いから、結局、同局長の当夜の発言等は、不当労働行為を構成するものではない。
五四月二〇日加藤局長が局長室において臨時補充員小林宏市らにした発言について
加藤局長が、昭和四〇年四月二〇日午前九時ごろから二、三十分間、集配課の臨時補充員小林宏市、松島市郎、渋川久雄、佐藤忠二、佐藤文雄及び小沢良雄を局長室に呼んで話をしたこと、この際、加藤局長は、「仕事に慣れたか。」と切り出し、自己の少年時代の苦労話をした後、「職場でも休憩室でも暗くなつてしまうほどビラがはつてある。職場の中でもゴタゴタしている。」という趣旨の話をしたことは、当事者間に争いがない。
そして、<証拠>を総合すると、同局長は、その際、右六名ともまだ組合に入つていないということであつたので、組合に入るのは自由であるが、いつたん入るとなかなか出られないからよく考えて入るようにという程度の話をしたことは認められるけれども、これが被控訴人組合に加入しないようにとの意味を込めて言つたものとまで断定するには、右乙号各証のみでは不十分である。被控訴人は、なお、加藤局長が右のほか「職場を明るくする会というものがある。そういう人たちはいいですね。」と述べたと主張し、<証拠判断略>。
加藤局長の当日の発言は右に見たとおりであるところ、<証拠>を総合すると、同局長が右六名を呼んで話をした趣旨は、入つたばかりの臨時補充員をねぎらい激励するためのものであり、またビラがいつぱいはつてあるというのもこれに気後れしないようにとの意味であつたと認められる。そうすると、右に見た同局長の発言は、何ら被控訴人組合を誹謗したことにはならないから、不当労働行為を構成するものとすることができない。
六五月一〇日の被控訴人新宿支部の職場集会に対する妨害について
昭和四〇年五月一〇日午後〇時三五分ごろから、集配課休憩室において、休憩時間中の被控訴人組合員約七、八十名が職場集会を開いたこと、この集会は、休憩室利用について郵便局管理者の許可を得ていなかつたので、同集会場に吉田次長、福島庶務課長、伊藤集配課長らが赴き、再三携帯マイク又は大声で解散するよう通告したこと、この集会は午後一時ごろまで続行されたことは、当事者間に争いがない。
そして、<証拠>に本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、
1 右集会において携帯マイクを使つて解散するよう通告したのは吉田次長であり、それは、福島・伊藤両課長がこの集会は許可していないから解散するようにと命じたのに対し、「休憩室で休憩中の者が何をしようと自由ではないか。」などと言つて取り囲み、集会を中断して集団抗議を行つていたからであること。
2 郵政省就業規則及びその運用通達は、国有財産の使用に関する取扱いにつき、「組合から組合事務室以外の庁舎の一時的な使用を申し出たときは、庁舎使用許可願を提出させ、業務に支障のない限り、必要最小限度において認めてさしつかえないこと。」と定めており、新宿郵便局においても、休憩室の使用を含めて、このとおり行われてきたところ、昭和三九年一二月ごろから、被控訴人新宿支部は、休憩室については自由に使つてよい室であるとして、庁舎使用許可願を提出しないで集会するようになり、右五月一〇日の集会も同様許可願の提出がなかつたものであるが、同支部のかかる方針については、許可願の提出を命ずる当局との間に、しばしば対立が見られたこと。
等の事実を認めることができる。右に掲げた証人高橋及び岩本の各証言中には、この認定に一部抵触する部分があるけれども、これは、右の他の証拠に照らして信用し難く、ほかには、右認定を動かすに足りる証拠はない。
思うに、企業施設は、本来企業活動を行うために管理運営されるべきものであり、この点において、企業主体が国のような行政主体である場合と、また私人である場合とで異なるものではない。そして、企業主体は、職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営態勢を確保するため、その物的施設の使用については許可を受けなければならない旨を一般的に定め、又は具体的に指示命令することができ、これに違反する行為をする者がある場合には、企業秩序を乱すものとして、当該行為者に対し、その行為の中止、原状回復等必要な指示命令を発し、又は所定の手続に従い制裁として懲戒処分を行うことができるものと解するのが相当である。
ところで、企業に雇用されている労働者は、企業の所有し管理する物的施設の利用をあらかじめ許容されている場合が少なくない。しかしながら、この許容が、特段の合意があるのでない限り、雇用契約の趣旨に従つて労務を提供するために必要な範囲において(休憩室、食堂等にあつては、休養をし食事をする等その設置の趣旨に従つた範囲において)、かつ、定められた企業秩序に服する態様において利用するという限度にとどまるものであることは、事理に照らして当然であり、したがつて、当該労働者に対し右の範囲を超え又は右と異なる態様においてそれを利用し得る権限を付与するものということはできない。また、労働組合が当然に当該企業の物的施設を利用する権利を保障されていると解すべき理由は何ら存しないから、労働組合又はその組合員であるからといつて、使用者の許諾なしに右物的施設を利用する権限を持つているということはできない。もつとも、当該企業に雇用される労働者のみをもつて組織されるいわゆる企業内組合の場合にあつては、当該企業の物的施設内をその活動の主要な場とすることが極めて便宜であるのが実情であるから、その活動につき右物的施設を利用する必要性の大きいことは否定し得ないところではあるが、利用の必要性が大きいことの故に、労働組合又はその組合員において企業の物的施設を組合活動のために当然に利用し得る権限を有し、また、使用者において労働組合又はその組合員の組合活動のためにする企業の物的施設の利用を当然に受忍しなければならない義務を負うとすべき理由はない。したがつて、労働組合又はその組合員が使用者の許諾を得ないで使用者の所有し管理する物的施設を利用して組合活動を行うことは、これらの者に対しその利用を許さないことが当該施設につき使用者が有する権利の濫用であると認められるような特段の事情がある場合を除いては、当該施設を管理運営する使用者の権限を侵し、企業秩序を乱すものであり、正当な組合活動に当たらない。
以上については、最高裁判所昭和五四年一〇月三〇日第三小法廷判決(裁判所時報七七七号一ページ)がほぼ同旨の判断を示すところであるが、本件においては、特に、被控訴人が休憩室を組合の職場集会のため使用するにつき、庁舎管理権者の許可を受けなければならないかどうかが争点となつている。そして、休憩室の使用については、右にいささか言及したところであるが、休憩室が職員の自由使用にゆだねられているといつても、それは、休憩時間における休養等その設置の趣旨に添う通常の休憩の態様において使用する場合に限られるものである。本件五月一〇日職場集会のように、明らかに他の目的をもつて集配課休憩室を使用することは、休養のための休憩室の自由使用とは著しくその態様を異にし、集会を行うこと自体休憩室設置の趣旨には到底添い難く、したがつて、一般の庁舎の目的外使用の場合と全く同様に、許可願を提出して承認を受けた上でなければ、該集会のために休憩室を使用することはできないものというほかはない。被控訴人は、休憩時間中に休憩室で交される親睦的な雑談でも時に多人数・長時間にわたることがあり、一方、職場集会といつても複数の職員の話合いにほかならないと主張するけれども、かかる事由をもつて右の判断を左右することはできない。また、本件の全証拠によつても、休憩室の使用につき郵政省と被控訴人との間に特段の合意が成立していたこと、及び許可願の提出がないことを理由に被控訴人新宿支部の本件集配課休憩室の使用を許さなかつたことが当局の権利濫用と目すべき特段の事情は、これを認めることができない。
このように見てくると、福島庶務課長及び伊藤集配課長が、本件五月一〇日職場集会の現場である集配課休憩室に赴き、この集会は許可していないから解散するようにと命じたことは、何ら被控訴人新宿支部の組合集会を不当に妨害したこととはなり得ない。そもそも右職場集会は正当な組合活動に当たらないものというべきであり、特に、携帯マイクによる吉田次長の解散通告があつた時には、集会を中断して右両課長を取り囲んで集団抗議をしていたのであるから、右解散通告が組合集会を不当に妨害したことにならないことはいうまでもない。したがつて、五月一〇日職場集会に対する解散通告は、不当労働行為を構成するものではない。
七六月七日・一一日の被控訴人新宿支部の各職場集会に対する監視について
昭和四〇年六月七日午後五時ごろから、四階年賀区分室付近において、被控訴人組合員約八〇名が職場集会を開いたが、この集会は、年賀区分室利用について郵便局管理者の許可を得ていなかつたので、午後五時一五分ごろ同集会場に福島庶務課長及び犬塚労務担当主事らが赴き解散するよう通告したけれども、この集会は午後五時四五分ごろまで続行されたこと、その際、福島庶務課長らは、組合員が解散するか、勤務時間中の者がいないかを見極めるため同集会場にとどまつたこと、次いで、同月一一日正午ごろから、四階年賀区分室付近において、被控訴人組合員約一二〇名が組合掲示物撤去に対する抗議集会を開いたが、この集会は、年賀区分室利用について郵便局管理者の許可を得ていなかつたので、午後〇時二〇分ごろ同集会場に福島庶務課長らが赴き解散するよう通告したけれども、この集会は午後〇時五五分ごろまで続行されたこと、その際、福島庶務課長らは、組合員が解散するか、勤務時間中の者がいないかを見極めるため同集会場にとどまつたこと、以上の各事実は、当事者間に争いがない。
そして、<証拠>を総合すると、
1 右各集会は、いずれも庁舎使用許可願の提出がなかつたものであり、また、右各集会現場において福島庶務課長とともに組合員が解散するかどうか等を見極めていた犬塚労務担当事は、集会の模様(開始・終了の時刻、解散命令を発したか・これに応じたか等)のメモを取つていたこと。
2 右各集会が開かれた四階年賀区分室付近という所は、会議室と呼ばれており、年賀郵便を区分するために年末年始にかけて使われるのが本来の目的であり、その時期を除いては、職員が平常執務する場所ではなく、いわば予備室的なものであること。
等の事実を認めることができる。
被控訴人は、右のごとき年賀区分室付近は、組合集会のため使用するにつき許可願を提出する必要がないと主張するけれども、右六において休憩室につき詳細に説明したところと同じ理由により、右主張は採用することができない。もつとも、年賀区分室付近は、右認定2のように年末年始以外は平常使われていないという点において、休憩室の場合といささか異なるところがあるけれども、これを組合集会のために使用することは、年賀区分室設置の本来の趣旨目的とは遠く隔るものであり、使用の態様も本来のそれと大いに異なるのであるから、結局においては、休憩室の場合と同様に、平常は使われていない年賀区分室付近といえども、許可願を提出して承認を受けた上でなければ、組合集会のためにこれを使用することはできないものというべきである。
そうすると、右のように許可願を提出しないで開いた四階年賀区分室付近における右各集会は、正当な組合活動に当たるものではなく、したがつて、福島庶務課長らが各集会現場に赴き解散するよう通告するとともに、現場にとどまつて組合員が解散するかどうか等を見極めていたことは、組合集会を不当に妨害し監視したこととはなり得ない。また、右六において指摘したように、右解散通告の指示命令に従わないことは、懲戒事由にも該当するのであるから、これを現認した福島庶務課長らは上司に報告する義務があり、したがつて、犬塚労務担当主事がその模様(開始・終了の時刻、解散命令を発したか・これに応じたか等)をメモに録取することは、正当な職務の遂行であり、何ら組合集会に対する不当な妨害・監視となるものでもない。
右のとおりであるから、本件六月七日・一一日の各職場集会における福島庶務課長らの行為は、不当労働行為を構成するものではない。
八六月一〇日福島庶務課長らが組合掲示物を撤去した行為について
昭和四〇年六月七日ごろ、一階通用口付近にある被控訴人新宿支部の掲示板に、当局の許可を得ないで同支部の掲示物が貼布されていたところ、同月八日、福島庶務課長は、住谷同支部支部長に対し、許可を得ていないという理由でこれを撤去するよう申し入れ、更に同月九日、同課長は、組合が応じなければ局側で撤去する旨口頭で通告したが、同支部がこれにも応じなかつたので、翌一〇日、福島庶務課長及び犬塚労務担当主事が掲示物を撤去したこと、控訴人委員会は、本件命令において、右組合掲示物撤去につき、不当労働行為に該当するものであるけれども、郵政省では被控訴人に掲示板設置を許可した以上個々の掲示物については許可を要しないという取扱いに改め、被控訴人も了承して既に解決されている問題であつて、救済命令を発する必要はない旨の判断を示したこと、そして、同控訴人が右判断をするに至つた背景としては、その付加陳述に係る主張1所掲の事情、これを要約すると、(1)同控訴人が本件不当労働行為の審査を終了した時点においては、組合掲示物の掲示ごとの許可制が一括許可制に改められ、郵政省ではその旨の通達改正を行い、被控訴人においても右趣旨に添う指導文書を発しており、しかも、これに延岡郵便局事件における同控訴人の一部救済命令が主たる契機となり、数次にわたる労使の交渉によつて相互の了解が成立したものであること、(2)この結果、同種案件についての同控訴人に対する他の救済申立て等が取り下げられ、延岡郵便局事件命令中の組合掲示物撤去に係る救済命令の履行についても、双方の間で陳謝文の交付を行うこともなく円満に解決し、右命令に対する取消請求訴訟もその部分は取り下げられたこと、という事情が存在すること、以上の各事実は、当事者間に争いがない。
思うに、控訴人委員会は(一般の労働委員会も同様であるが)、不当労働行為の存在が認められるときでも、救済命令を発する必要がなければ、その申立てを棄却するという措置を執ることができるものと解するのは相当とし、かかる申立棄却の措置は、例外的ではあるが許されてしかるべきである。もつとも、このような例外的措置が軽々に執られることは慎まなければならないところ、右当事者間に争いのない事情の下においては、慎重に事を考えても、控訴人委員会が判断したごとく、本件における組合掲示物撤去については、既に解決済みの問題として救済命令を発する必要はないものということができる。すなわち、同控訴人の延岡郵便局事件の命令が契機となり、数次にわたる労使の交渉の結果、郵政省においては、個々の掲示物については掲示ごとの許可は必要でないという取扱いに改め、被控訴人もこの措置を了承しているのであり、このように上部機関同士の数次の交渉により相互の了解が成立している以上、掲示ごとの許可を受けていないという理由による掲示板撤去に関する問題は、係争中の案件をも含めて、当該案件に格別の特殊事情のない限り、すべて解決されたものと見るべきであり、このようにすべて解決されたがゆえに、同種の他の案件も取り下げられ、延岡郵便局事件も陳謝文交付を実現させることなく処理されたものと認めるのが相当である。上部機関同士の間で回を重ねて協議を成立させながら、係属中の個々の案件の処理は別問題であるというのでは、右協議成立の意味がほとんど失われることにもなる。そして、本件掲示物撤去については、同種の他の案件及び延岡郵便局事件とはその扱いを異にし、これをなお未解決のものとしておくべき格別の特殊事情を認めるに足りる証拠はないから、あえて救済命令を発する必要はないものというべきである。なお、他の同種案件等とは異なり、本件ではいまだ救済申立てを取り下げていないこと自体が、救済命令を必要とすべき事情を意味するとの考え方もあり得るが、これは、一種の循環論法に属し、到底賛同することができない。
ところで、本件掲示物撤去につき被控訴人のため何らかの救済命令を与えるとすれば、まず、相手方に対し、「掲示物を一方的に撤去してはならない」旨の不作為命令を発し、又は「今後この種の行為を行わない旨の文書の掲示等」を命ずることが考えられる。しかしながら、郵政省の取扱いが改められ、その後は、個別に許可を受けていないという理由によつて一方的に撤去されるという事態は解消し、これもほかならぬ控訴人委員会の延岡郵便局事件における命令が主たる契機となり、労使間の協議の結果確かめられたものであり、しかも通達改正という一種の制度的な裏付けを伴つている以上、改めて不作為命令等の形でかかる事態の発生を無くすための救済命令は、これを発する必要性を見いだし難い。次に考えられる救済命令は、延岡郵便局事件におけるがごとく陳謝文の交付を命ずることがあり、ないしは、これに類する措置を命ずることである。そして、これは、福島庶務課長らの撤去行為それ自体、及びこれによつて被控訴人が現実に被つた不利益(情報宣伝活動上の不利益、組合員の無力感・挫折感)という過去の事柄を問題とするものである。しかしながら、上部機関同士の交渉による協議成立の結果係属中の個々の案件もすべて解決されたと見るべきことは、右に説示したとおりであるところ、この解決済みの事項の中には、当然に過去の問題も含まれていなければならず、したがつて、本件において右の過去の問題に触れて、陳謝文の交付ないしはこれに類する措置を命ずることは、無意味であり不必要というほかはない。また、延岡郵便局事件においては結局陳謝文の交付を実現させることなく解決しておきながら、同様の案件たる本件において、格別の特殊事情もないのに飽くまでも陳謝文の交付ないしはこれに類する措置を要求するというのでは、救済命令を発する必要性を肯定するにいまだ不十分としなければならない。
以上に対し、被控訴人は、不当労働行為と認められる事実がある場合には、救済命令を発することこそが法の目的に添うゆえんであり、不当労働行為が存在することは、同時に救済されるべき利益の存在することを意味すると主張する。しかしながら、右主張が一般論を述べているのであれば、当裁判所の以上の判断も、かかる一般論を原則としつつその例外を検討したものであるから、右判断を妨げるべき事由とはなり得ない。また、被控訴人の右主張の趣旨が、不当労働行為の存在を認定したときは必ず救済命令を発すべきであり、例外は一切認められないというのであれば、独自の見解であるから採用することはできない。被控訴人は、更に、本件においては、組合掲示物撤去に対する原状回復措置が一切されていないことが問題であり、福島庶務課長らの撤去行為によつて被つた被控訴人の情報宣伝活動上の不利益はもとより、組合員の無力感・挫折感はいまだに解消・治癒されていないと主張する。しかしながら、これは過去の事柄を問題とするものであるところ、上部機関同士の協議成立により解決済みとすべき事項の中には過去の問題も当然に含まれることは、右に説示したとおりであるから、被控訴人の右主張も採用の限りでない。なお、被控訴人は、一括許可制に改められた現在でも、一括許可に付した許可条件に違反するとして掲示物を一方的に撤去するという当局側の行為が繰り返されていることとの関連において、本件における救済命令の必要性を主張するもののごとくであるが、本件掲示物撤去とは問題の性質を異にするから、右主張は採用しない。
九当裁判所の判断は、以上一ないし八に示したとおりであり、原判決主文第一項所掲の各事項中、(1)ないし(6)の点は、前記三ないし七説示の理由によりいずれも不当労働行為を構成しないし、同じく(7)の点は、右八説示の理由により救済命令を発する必要がないものというべきである。したがつて、控訴人委員会が右と同旨の判断の下に被控訴人の救済命令申立てのうち右(1)ないし(7)の点に関する部分を棄却した本件命令中の該当部分は適法であるから、被控訴人の本訴請求中その取消しを求める部分は、失当として棄却すべきである。<以下、省略>
(岡松行雄 賀集唱 並木茂)